大寒(令和3年4月4~5日掲載分)


◎ 大寒(令和三年四月四~五日掲載分)
● 令和三年四月四日 日曜日  
○ 一月日々折々 その六 大寒
《今回の自選代表句と自句自解》

大寒に写真の真白き富士鑑賞 

 一月二十日。冬晴れの大寒の日に、富士百景写真展の作品を鑑賞した。冬晴れの青空のもとの真白き富士山は、雄大で美しい作品であった。冬晴れ大寒の日の今日と思いが重なった作品である。他にも感動的な作品が多々あった。まさに力作ぞろいであった。感動と感謝の写真展であった。合掌。

(一月中旬 「富士百景写真展」)
よく晴れて大寒らしき低温に
全国で暦通りの大寒に
大寒にいそいそ出掛ける写真展
㊟大寒・・・大寒(だいかん)は、二十四節気の第24。十二月中(通常旧暦12月内)。
現在広まっている定気法では太陽黄経が300度のとき(黄道十二宮では宝瓶宮の原点に相当)で1月20日ごろ。暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。平気法では冬至から1/12年(約30.44日)後で1月20日ごろである。期間としての意味もあり、1月20日~2月3日まで、すなわちこの日から、次の節気の立春前日までである。(Wikipediaより転載)
◎「大寒について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その八百十二)》
冬晴の日松戸市文化ホールへと
マスクして松戸市文化ホールへと
徒歩で行く冬開催の写真展
大寒に富士百景の写真展
※富士百景の写真展・・・【第48回 富士百景写真展2021】
日時/1月19日(火)~24日(日)10:00~18:00(初日正午~、最終日~16:00)
場所/松戸市文化ホール(松戸市松戸1307-1 松戸ビルヂング4階)
内容/富士山を愛する写真家40人による厳選の78作品が展示
コロナ禍の中であっても変わらない、雄大で美しい富士山。
40人の富士山愛好家が撮影したその姿は、さまざまな表情があり、見る者を魅了します。新作から蔵出し作品 まで78作品を展示(1/13(水) 17:29配信 ちいき新聞より転載)
冬の日に受付済ませ写真観る
コロナ渦で写真の富士観る大寒に
写真家の富士山鑑賞大寒に
厳選の写真の富士観る大寒に
雄大な写真の富士観る冬の晴
大寒に写真の真白き富士鑑賞 
大寒に真白き富士観る写真展
冬晴の真白き富士観る写真展
冬の晴力作揃いの写真展
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・冬(新年)の写真」の「富士百景写真展」(一月中旬)に『「第48回 富士百景写真展2021」会場(松戸市文化ホール)』の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
大寒に四季折々の写真見る
コロナ渦を暫し忘れる冬の展
コロナ渦暫し楽しむ冬の展
冬晴の陽射しを背にして家路就く
冬晴の陽射しを背にして就く家路

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年四月五日 月曜日  
○ 一月日々折々 その七 一月
《今回の自選代表句と自句自解》

一月に就任バイデン大統領

米民主党のジョー・バイデン(Joe Biden)新大統領(78)が、20日正午前(日本時間21日午前2時前)、首都ワシントンで開かれた就任宣誓式で、職務の遂行と合衆国憲法の堅持を宣誓し、第46代大統領に正式に就任した。また、その後の演説では、「米国の結束」をテーマに演説し、新型コロナウイルス危機と深刻な社会分断の克服を呼びかけた。また、米ワシントンの連邦議会議事堂前で、平和を象徴した金色の鳩をドレスに付け、米国の国歌を歌ったシンガーソングライターのレディー・ガガ(Lady Gaga)も印象的であった。
なお、同日に退任したトランプ前大統領(共和)は就任式を欠席した。これらの様子はライブ中継され私も日本では深夜であったが、米国第46代大統領の就任式の目撃者の一人となった。

(一月下旬 日常生活①)
一月に就任バイデン大統領
※就任バイデン大統領・・・バイデン新大統領が正式就任 史上最高齢 民主党、4年ぶり政権返り咲き
 米民主党のジョー・バイデン新大統領(78)が20日正午前(日本時間21日午前2時前)、首都ワシントンで開かれた就任宣誓式で、職務の遂行と合衆国憲法の堅持を宣誓し、第46代大統領に正式に就任した。史上最高齢での就任。副大統領には女性として初めて黒人のカマラ・ハリス氏(56)が就いた。民主党は4年ぶりの政権返り咲き。バイデン氏の任期は2025年までとなる。(毎日新聞より転載)
一月の深夜ライブの中継を
一月の深夜ライブの放送を
一月にバイデン就任宣誓式
一月のライブの放送深夜見る

大鷹(令和3年4月2~3日掲載分)


◎ 大鷹(令和三年四月二~三日掲載分)
● 令和三年四月二日 金曜日  
○ 一月日々折々 その四 大鷹
《今回の自選代表句と自句自解》

大鷹は姿あらわに堂堂と 

 以前から噂で聞いていた江戸川の大鷹を間近で観察することができた。枯れ木の割にしっかりした梢(木の先端)に堂堂と止まっていた。ほとんど身じろぐことはなかった。魅力的な鳥である。

(一月中旬 日常生活①)
冬の朝散歩する身に川風が
凍曇凍り付くようなスカイツリー
凍曇秩父の山々冷え冷えと
凍曇凍り付くような筑波山
薄氷張りし「ふれあい松戸川」
※ふれあい松戸川・・・ふれあい松戸川は、古ヶ崎浄化施設で浄化された水が流れています。人工河川ですが、自然の小川をイメージしながら整備され、環境が保たれています。水鳥や魚の生態系が豊かに育ってきました。(松戸市役所サイトより転載)
川べりの枯木に近付き鳥判明
江戸川の噂の大鷹目の前に
㊟大鷹・・・オオタカ(蒼鷹[1]、大鷹、Accipiter gentilis)は、タカ目タカ科に属する鳥類で中型の種である。名前は大きさからではなく、羽の色が青みがかった灰色をした鷹を意味する「蒼鷹(アオタカ)」に由来する[1]。
日本における鷹類の代表的な種である。古今、タカといえば、オオタカを指すことが多い。
 形態【編集】
 雄の全長約50cm、雌の全長約60cm、翼開長約100-130cm。日本の亜種は白い眉斑と黒い眼帯が特徴である。北海道ではユーラシア大陸の亜種が往来するので別種とされていたが、現在は本州の亜種と同じものとして扱われている。(Wikipediaより転載)
◎「大鷹について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その八百十一)》
木に止まる大鷹暫し観察す
川べりの梢の大鷹身じろがす
大鷹は姿あらわに堂堂と 
大鷹はやがて羽ばたき飛び去りぬ
凍雲の雲間より少し陽光が

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年四月三日 土曜日  
○ 一月日々折々 その五 鏡開き
《今回の自選代表句と自句自解》

コロナ渦で楽しむ冬の川景色 

 一月中旬。コロナが、なかなか収束しない。そのような中でも、近くの江戸川堤の散歩を今日も楽しんだ。江戸川堤の自然や景色が、コロナのことを忘れさせて心を和ませてくれる。散歩が終わり家路に就く頃、コロナ渦の現実に引き戻される。

(一月中旬 日常生活②)
鏡開き息災祈り餅を食む
一月の今コロナ渦は拡大中
※コロナ渦は拡大中・・・12都府県、爆発的感染拡大 緊急宣言外の熊本、沖縄も
政府の新型コロナ感染症対策分科会による感染状況を示す6指標について、過半数の四つ以上で「ステージ4」(爆発的感染拡大)に該当するのは12都府県であることが16日、厚生労働省が公表したデータから分かった。政府が今月、緊急事態を再宣言した11都府県のうち京都以外と熊本、沖縄の2県。
 政府の対応が感染拡大の勢いに追いつかない実態がデータで示された。指標全てでステージ4相当なのは栃木、千葉、東京、神奈川、大阪、兵庫、福岡。(2021/1/16 共同通信社サイトより転載)
冬ぬくし今日も楽しむ朝散歩
江戸川の対岸の景冬霞
対岸の山々隠す冬霞
冬霞スカイツリーはうっすらと
江戸川の上空見事な冬の晴
川堤冬日を浴びて朝散歩
川沿いの木の間を大鷹羽ばたいて
冬日浴び鷭たち川面を水尾曳いて
冬日浴び今日も楽しむ川景色
コロナ渦で今日も楽しむ冬景色 
コロナ渦で楽しむ冬の川景色

お正月(令和3年3月31日~4月1日掲載分)


◎ お正月(令和三年三月三十一日~四月一日掲載分)
● 令和三年三月三十一日 水曜日  
○ 一月日々折々 その二 お正月
《今回の自選代表句と自句自解》

四日かな妻とまったりティータイム 

 コロナ渦の新年。来宅した子や孫と例年よりもコンパクトな三ケ日を過ごした。ゆったりと迎えた一月四日。おやつ時のティータイムは、妻とお菓子を摘みながらホット紅茶を啜った。

(一月上旬 松の内)
子や孫と共に餅食むお正月
三日かな家に孫弾くピアノの音
初詣歩いて松戸神社へと
※松戸神社・・・寛永三年(1626年)創建。水戸光圀公も崇拝した松戸総鎮守。千葉県松戸市に鎮座。(松戸神社HPより転載)
初詣鳥居を潜り境内へ
吹く風に揺れる幟に初詣
北風に厄除祈願の幟揺れ
初詣拝殿前にて参拝す
初詣コロナの収束祈念して
平穏な生活祈る初詣
晴れ晴れと関東晴れし三ケ日
四日かな妻とまったりティータイム 
六日朝登校子の声久し振り
六日朝列なし道行く登校子
八時前道行く厚着の登校子
コロナ渦や思い出生活送る冬
松の内昔の児らの句懐かしむ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年四月一日 木曜日  
○ 一月日々折々 その三 凍晴
《今回の自選代表句と自句自解》

凍晴や青背に秩父連山が 

 凍晴の朝。江戸川散歩。川の向こうに青空のもと、秩父の山々が連なり広がりる。
元山岳部の私には、秩父の山々には懐かしい思い出がたくさんある。-日本百名山の雲取山 (2,017m)・大菩薩嶺(大菩薩岳) (2,057m) 、日本二百名山の武甲山 (1,304m) や高尾山 (599m)などの山の思い出や山の友のことなど。山の友たちは、コロナ渦の中どうしているのか。高齢の私の胸に去来することは、多々ある。

(一月上旬 日常生活)
快晴の松過ぎの朝散歩へと
江戸川へ凍晴の朝散歩しに
凍晴や川の向こうにスカイツリー
凍晴や青背に秩父連山が 
㊟秩父連山・・・秩父山地(ちちぶさんち)は、関東地方と中部地方にまたがる山地である。群馬県・埼玉県・東京都・神奈川県・長野県・山梨県の1都5県に広がる。秩父山系、秩父連山とも呼ばれる。最高峰は北奥千丈岳で、標高は2,601mである。
関東山地のうち相模川以北の部分を指し、おおむね、東は関東平野西端、南は相模川・桂川から笹子峠・甲府盆地北端、西はJR小海線、北は碓氷峠を境界とする(一部の山域を除くこともある)[1][2]。(Wikipediaより転載)
凍晴や川の向こうに白き富士
凍晴や秩父の山の想い出が
凍晴に秩父の想い出去来して
枯萱の川辺の道を朝散歩
凍晴や心爽やかな朝散歩
凍晴に江戸川散歩楽しめり

お元日(令和3年3月29~30日掲載分)


◎ お元日(令和三年三月二十九~三十日掲載分)
● 令和三年三月二十九日 月曜日  
○ 十二月日々折々 その七 大晦日
《今回の自選代表句と自句自解》

ツルツルと孫らと蕎麦食む大晦日 

 毎年、年越し蕎麦の準備は、私が担当している。今年も来宅した孫らと共に年越し蕎麦を食べた。皆が健康で、今年も年越し蕎麦を食べられることに感謝。特にコロナ渦の今年は、強く感じる。

(十二月下旬 日常生活③)
良い年を迎える準備数え日に
ツルツルと孫らと年越し蕎麦を食む
ツルツルと孫らと蕎麦食む大晦日 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年三月三十日 火曜日  
○ 一月日々折々 その一 お元日
《今回の自選代表句と自句自解》

年明けに似つかわしきや上天気 

 令和三年の元日。関東地方は、年明けにふさわしい上天気となった。

(一月上旬 元日)
元朝や国旗掲揚玄関に
光輝満つ初日の合掌テレビ越し
お元日両陛下よりメッセージ
※両陛下よりメッセージ・・・両陛下の新年ビデオメッセージ コロナ禍の国民案じ収束願う
新年にあたり、天皇皇后両陛下のビデオメッセージが公開されました。例年2日に行われる新年一般参賀が新型コロナウイルスの影響で取りやめとなったことから、ビデオでおことばを述べられました。両陛下がそろってビデオメッセージを出されるのは、初めてのことです。(1/1(金)  TBS NEWSより転載)
元朝や真白き富士を遥拝す 
お元日真白き富士を遥拝す 
お元日妻の作りしお節食む
お元日関東地方よく晴れて
※関東地方よく晴れて・・・きょうの関東地方は年明けに相応しい、綺麗な青空が広がるでしょう。天気の崩れもなく、気持ちの良い一年のスタートを切れそうです。(tenki.jpサイトより転載)
年明けに相応したる上天気
年明けに似つかわしきや上天気 
晴れ晴れと孫らに渡すお年玉
書斎にて来た年賀状に目を通す
年賀状返信書き後に投函す
のんびりと終日過ごすお元日

冬至(令和3年3月27~28日掲載分)


◎ 冬至(令和三年三月二十七~二十八日掲載分)
● 令和三年三月二十七日 土曜日  
○ 十二月日々折々 その五 冬至
《今回の自選代表句と自句自解》

ストーブで手あぶりしながらコーヒーを 

 大分寒くなり、ストーブに手をかざしながら、ホットコーヒーを啜った。

(十二月下旬 日常生活①)
冬至の日関東朝からよく晴れて
※冬至の日・・・きょうは冬型の気圧配置が緩むため、雪や雨は次第に弱まる所が多いでしょう。ただ、北陸や近畿北部では、雷を伴う所がありそうです。一方、関東から西の太平洋側では各地で晴れて、天気の大きな崩れはないでしょう。(中略)
 きょうは、二十四節気のひとつ「冬至」。ゆず湯で温まって、風邪をひかないように気をつけましょう。(ウエザーマップサイトより転載)
ストーブで手あぶりしながらコーヒーを 
ストーブで手あぶりしながら飲むコーヒー
ストーブや手あぶりしつつコーヒーを

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年三月二十八日 日曜日  
○ 十二月日々折々 その六 クリスマスケーキ
《今回の自選代表句と自句自解》

のんびりと冬日を浴びて朝散歩

 十二月下旬。関東地方は、晴れの日が続いている。今朝も、晴れ。いつもの朝散歩。距離長くして歩くよりも、冬景色を楽しみながらのんびりとした散歩を楽しんだ。

(十二月下旬 日常生活②)
十二月江戸川堤を散歩して
冬晴の朝川堤を散歩して
冬枯の川の堤を散歩して
川向こうスカイツリーに冬霞
冬晴の青空に白き飛機の雲
のんびりと冬日を浴びて朝散歩
川沿いの枯木立より鳥の声
川沿いの枯し草叢に群雀
帰り道歩く路傍に花八つ手
冬の池なかの金魚は身じろがず
冬の晴公園内に親子連れ
冬の晴遠回りをして家路就く
冬の晴家路就くのに遠回り
おやつ時妻とクリスマスケーキ食む
数え日に佐賀へ向かうと孫メール
コロナ渦や首相「静かな年末を」
※首相「静かな年末を」・・・
 新型コロナウイルス感染症に関する菅内閣総理大臣記者会見
 明るい将来に踏み出すために、まず必要なことは新型コロナウイルス、これ以上の感染拡大を食い止めることであります。4月の緊急事態宣言、夏の感染拡大に続いて度重なる御協力、お願いとなりますが、皆さんと皆さんの御家族、そして大切な方の命と暮らしを守るために、まずはワクチン接種が始まるまでの間、医療体制を何とか持ちこたえられるように静かな年末年始を重ねてよろしくお願いいたします。
 家族や大切な方と少人数で静かにお過ごしいただきたいと思います。一日も早く感染を収束させ、感染が始まる前と同様の日常を取り戻し、希望に満ちた社会を実現するために、是非お力をお貸しいただきますようによろしくお願いいたします。(令和2年12月25日 首相官邸のホームページより転載)

師走(令和3年3月25~26日掲載分)


◎ 師走(令和三年三月二十五~二十六日掲載分)
● 令和三年三月二十五日 木曜日  
○ 十二月日々折々 その三  厚着
《今回の自選代表句と自句自解》

列なして厚着の児ら行く通学路 

 十二月中旬の朝。晴れ。気温は一桁。小学校の通学路。登校中の児童は、厚着の児が多い。

(十二月中旬 日常生活①)
列なして厚着の児ら行く通学路 
列なしてマスクの児ら行く通学路
冬の午後家へと向かう黄の帽子
冬の午後時折響く児らの声
冬の午後時折耳に児らの声
入浴や湯気立ち上る冬の夜

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年三月二十六日 金曜日  
○ 十二月日々折々 その四 師走
《今回の自選代表句と自句自解》

老夫婦師走のおやつに赤福餅 

 娘が伊勢詣から帰宅した翌日の15日にコロナの影響でGoToトラベルの全国一時停止。びっくり。
 いずれにしても、一泊二日の伊勢の旅から帰った娘が15日朝、土産を届けに立ち寄った。いくつものお土産をありがたく受け取った。その中の伊勢名物の赤福餅は、妻とおやつに食べた。数年振りにおいしく頂いた。

(十二月中旬 日常生活②)
十二月娘コロナ渦伊勢参り
十二月娘先取の伊勢詣で
十二月娘一泊二日旅
十二月娘旅終え無事帰宅
十二月娘立ち寄り旅話
十二月娘より受く旅土産
十二月娘より受く伊勢土産
十二月土産の御守娘より
十二月土産の焼塩娘より
十二月旅の土産に岩戸塩
㊟岩戸塩・・・伊勢市二見にある岩戸館で作られる海水から作られたミネラル豊富な塩です。
 岩戸の塩は海水のみを原料にし、他の塩やにがり、固結防止のための添加物は一切使用していない純国産自然海塩です。薪で焚いた釜に海水を注ぎ、水気を飛ばすという原始的で大変な作業の末、現れた塩の成分は、海水の含有量比とほぼ同じです。赤ん坊が母親のお腹の中で浮かんでいる羊水も、海水とよく似ています。
 「岩戸の塩」は、人が本来必要としている海の栄養分をたっぷり含んだ、体にやさしい塩です。天然にがりには豊富な海の気がそのまま含まれています。現代人に不足しがちなミネラルを豊富に含んでおり、しかもイオン化された状態ですので、大変吸収率が高く、効果的です。
 お風呂に入れたり、飲み物に数滴入れるなど、ご使用方法は様々です。(伊勢 菊一サイトより転載)
(追記)
岩戸の塩は、天照大御神の在らせられる伊勢神宮参拝の出発地(禊の町)とされる二見浦の海水をくみ上げて製造されています。
◎「岩戸塩について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その八百九)》
十二月土産のせんべい娘より
娘来て師走に頂く生せんべい
十二月「海女の祈り」を娘より
※「海女の祈り」・・・古より伊勢志摩の海女たちから語り継がれ、受け継がれてきたおまじないの印、「ドウマン・セイマン」を焼印した生せんべい。
 真珠の塩を練り込み、風味香る青さをのせ、小倉あんを優しく包み込んだお菓子です。(三重 伊勢志摩/鳥羽相差(おおさつ)味の宿みち潮サイトより転載)
十二月土産の赤福娘より
十二月土産の包みに伊勢名物
十二月土産の包みに赤福と
十二月土産の包みに虚子の句が
※虚子の句・・・旅は春 赤福餅の 前に立つ   虚子
老夫婦師走のおやつに赤福を 
老夫婦師走のおやつに赤福餅
㊟赤福餅・・・赤福餅(あかふくもち)は、三重県伊勢市の和菓子屋赤福の和菓子商品である。餅菓子であり、いわゆるあんころ餅の一種。餅を漉し餡でくるんだもので、漉し餡には三つの筋が付き、五十鈴川の川の流れを表しているとされる。餅は傾けて持ち帰ると崩れることがあるほど非常にやわらかい[要出典]。
 「ええじゃないか」のテレビCMと「赤太郎」というキャラクターで知られ、中京・近畿圏のJR線主要駅や近鉄沿線の特急停車駅、サービスエリア、百貨店、空港売店などで、広範囲に発売されている(遠くは岡山県でも販売された)。この販売エリアは伊勢神宮の信仰が特に強い地域とほぼ等しいという説もある[要出典]。基本的に直営店と在庫を管理する営業所の近辺に限られる[要出典]。
 茶店風の本店が伊勢神宮内宮前のおかげ横丁にあり、そこでは例年、夏場に「赤福氷」という、抹茶氷に赤福餅を入れたもの、冬場は赤福の餅と餡を使った「ぜんざい」が供されている。この「赤福氷」と「赤福ぜんざい」は、本店の他に、伊勢志摩地区・名古屋地区・大阪地区の一部の直営店でも、季節限定品として供されている[要出典]。本店前には、山口誓子が早朝の様子を詠んだ句碑が置かれている[1]。
 来歴(編集)
 赤福の正確な創業年は不明だが、江戸時代初期には皇大神宮(伊勢神宮内宮)前、五十鈴川のほとりで既に「赤福」の屋号を持つ餅屋を営んでいたといわれる。1707年(宝永4年)執筆、1708年(宝永5年)刊行の市中軒の浮世草子『美景蒔絵松』に、伊勢古市の女が「(恋仲になった男が)赤福とやら青福とやら云ふあたゝかな餅屋に聟に入りを見向きもしなくなってしまい、その裏切りがくやしうて泣いております」と嘆いたという話があり、これが「赤福」の屋号の初出である。そのため、現在は1707年を赤福の創業年としている[3]。(中略)
 パッケージと製品表示【編集】
 商品包装紙の上面には伊勢神宮の神殿と内宮前の宇治橋が、底側には赤福にちなんだ俳句が記されている。子規と虚子の句と包装にあるが、正岡子規については出典不明であるという[13]。また箱の中には、「伊勢だより」というその日にちなんだ文章と絵の入った紙片が入っており、500種類ほどある[要出典]。(以下略)(Wikipediaより転載)株式会社赤福 三重県伊勢市宇治中之切町二六番地
◎「赤福餅について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その八百十)》
老夫婦師走のおやつに旨き餅

石焼き芋(令和3年3月23~24日掲載分)


◎ 石焼き芋(令和三年三月二十三~二十四日掲載分)
● 令和三年三月二十三日 火曜日  
○ 十二月日々折々 その一 石焼き芋
《今回の自選代表句と自句自解》

車より「石焼き芋」の声響く 

 石焼き芋を販売する車が、街の通りをゆっくりと走ってゆく。「石焼き芋~」の声を何度も響かせながら・・・。久し振りに懐かしい声を聞いた。冬の音景色だ。

(十二月上旬 日常生活①)
街に来る石焼き芋の販売車
販売車「石焼き芋」の声街に
車より「石焼き芋」の声響く 
次々と初旬に歳暮の宅配便
十二月初旬に身内と長電話し
十二月欠礼状の従弟とも
十二月諸行無常の時流れ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年三月二十四日 水曜日  
○ 十二月日々折々 その二 師走
《今回の自選代表句と自句自解》

師走かな電話の最後に「良い年を」

 令和二年の今年もあとわずか。お歳暮ほどのこの時期は、姉たちや身内と会ったり、電話したりする機会が多い。話の最後にはその都度、「良い年をお迎え下さい」と伝えている。

(十二月上旬 日常生活②)
冬の晴カプセル地球に無事帰還
冬の晴「はやぶさ」カプセル無事回収
㊟「はやぶさ」カプセル無事回収・・・はやぶさ2カプセルを回収 地球帰還、豪砂漠に着地 JAXA発表
 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6日、小惑星リュウグウの石などが入っているとみられる探査機「はやぶさ2」のカプセルを、オーストラリア南部の砂漠で回収したと発表した。カプセルは中の気体を現地で採取する予定で、その後日本へ送られ、物質の有無を確認する。(中略)
はやぶさ2は5日午後にカプセルを分離。カプセルは日本時間6日午前2時半ごろに豪上空の大気圏に突入し、同午前4時47分に豪南部・ウーメラ近郊の砂漠に着地しているのが見つかった。  
 カプセルは、発見場所からヘリでウーメラの活動拠点へ運搬。まず洗浄し、カプセルの中の気体を採取する。リュウグウの物質由来のガスが入っている可能性があるためだ。カプセルは早ければ7日に豪州からチャーター機で出発し、8日に日本へ到着する。(12/6(日) 7:51配信 毎日新聞サイトより転載)
十二月晴れた日いつもの朝散歩
十二月元気な姉らと長電話
十二月電話の最後に「良い年を」
師走かな電話の最後に「良い年を」

勤労感謝の日(令和3年3月21~22日掲載分)


◎ 勤労感謝の日(令和三年三月二十一~二十二日掲載分)
● 令和三年三月二十一日 日曜日  
○ 十一月日々折々 その七十三 勤労感謝の日
《今回の自選代表句と自句自解》

長月に妻と静穏な三連休 

 冬晴れで暖かな十一月の三連休であった。コロナ禍ではあるが、妻とボージョレ・ヌーヴォを飲みながら静穏な日々が過ごせた。感謝。

(十一月下旬 日常生活①)
公園へ一人冬晴の朝散歩
公園の入口近くに山茶花が
青空を背にして欅の冬紅葉
※欅の冬紅葉・・・ケヤキ(欅)の木は、秋に美しく色鮮やかに紅葉します。「けや」は古語で「美しい」という意味です。「けやけしの木」が訛り「ケヤキの木」と呼ばれるようになりました。
 ご存知のように、紅葉は「もみじ」は赤色、「イチョウ」は黄色に色づきます。
 しかし、ケヤキは個体によって紅葉の色が「赤」「橙」「黄」と3種類存在し、ケヤキの並木通りでは、すべて同じ木であるのに木によって色が異なるという現象が起きます。(Woodyニュースより転載)
冬の晴ケヤキの紅葉青空に
冬の晴ケヤキの紅葉青に映え
冬の晴ケヤキの紅葉青に映ゆ
冬紅葉相乗効果の青と紅
公園のベンチを落葉独り占め
公園の隅に落葉の吹き溜まり
吹き溜まりの落葉を踏めば靴隠れ
吹き溜まり落葉を踏めば靴隠れ
11月22日に新ワイン
※いい夫婦の日・・・いい夫婦の日(いいふうふのひ)は、日本の記念日の1つ。毎年11月22日である。(Wikipediaより転載)
新ワイン十一月の記念日に
ボージョレを手にして勤労感謝の日
ボージョレを口にし勤労感謝の日
十一月三連休は静穏に
長月に妻と静穏な三連休 
長月に次々届く欠礼状

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年三月二十二日 月曜日  
○ 十一月日々折々 その七十四 枇杷の花
《今回の自選代表句と自句自解》

霜月に半影月食・満月を 

 今日11月30日。18時4 3分前後に満月(ビーバームーン)と地球の半影に月が隠される現象の半影月食(はんえいげっしょく)を同時に妻と共に楽しんだ。

(十一月下旬 日常生活②)
眠れぬ夜見上げる空に冬の星
眠れぬ夜見上げる空に冬の月
坂川に帯なし流れる散紅葉
※坂川・・・坂川(さかがわ)は、千葉県を流れる江戸川水系の河川。北千葉導水路の一部としても使われている。流山市と松戸市、市川市の三市を流れ、江戸川にそそぐ。(Wikipediaより転載)
坂川に紅・黄の落葉流れゆく
坂川に紅・黄の落葉帯なして
川沿いの小道の路傍に枇杷の花
乾燥中音立て降り出す冬の雨
乾燥季小躍りして降る冬の雨
雨降りて舞い散る紅葉ハラハラと
雨に散る冬の紅葉の鮮やかさ
コロナ禍で冬の満月楽しめり
コロナ禍や冬の満月楽しめり
※冬の満月・・・今日は満月 ビーバームーン 夕方には半影月食も
 11月は30日(月)18時30分頃に満月を迎え、さらに「半影月食」が起こります。
 11月の満月、英語で“Beaver Moon”
 アメリカの先住民は季節を把握するために、各月に見られる満月に名前をつけていました。 11月の満月は“Beaver Moon(ビーバー月)”と呼ばれることがあります。 11月は、ネイティブアメリカンがビーバーを捕まえるワナを仕掛ける時期という説と、ビーバーが冬の為のダム作りを始める時期という2つの説からビーバームーンと名づけられたといわれています。
 地球の半影に隠れる「半影月食」
 さらに今回、満月の瞬間を挟む時間帯には「半影月食(はんえいげっしょく)」が起こります。 半影月食とは、月面から見て部分日食が起こっている状態です。(ウェザーニュースより転載)
霜月にビーバームーンを楽しめり
霜月にフロストムーンを楽しめり
※フロストムーン・・・11月の満月は、フロストムーンと呼ばれます。霜(frost)が降り始める時期であることから、その名が付けられたと言われていますが、日本の「霜月」にも通じるものがある呼び名です。一方で、冬に着るビーバーの毛皮を確保するため、沼地が凍る前のこの時期に罠を仕掛けることから、「ビーバームーン」という名前も浸透しています。(ヴァンサンカンより転載)
霜月に半影月食楽しめり
満月と半影月食霜月に
霜月に半影月食・満月を

冬の暮(令和3年3月19~20日掲載分)


◎ 冬の暮(令和三年三月十九~二十日掲載分)
● 令和三年三月十九日 金曜日  
○ 十一月日々折々 その七十一 冬の暮
《今回の自選代表二句と自句自解》

常磐線ビルの灯点る冬の暮 

 十一月中旬の国分寺の旅。国分寺散策を終えて、中央線の国分寺駅から帰路に就いた。帰りの常磐線の電車の車窓からの冬景色を楽しむ。ビルや住宅の窓に次々と灯が点る。冬の暮れらしい光景である。

冬の旅終えて心に充実感 

 十一月中旬の国分寺の旅。国分寺散策を終えて、中央線の国分寺駅から帰路に就いた。そして、午後五時に無事帰宅した。心には満足感と充実感がみなぎっていた。

(十一月中旬 国分寺散策 その六十五)
冬落暉市街のビル影黒黒と
冬の旅新松戸駅で乗り換えて
冬の旅新松戸にて常磐線
常磐線ビルの灯点る冬の暮 
冬の旅新松戸より松戸駅
冬の旅終え午後五時に無事帰宅
ふたりして堪能冬の紅葉狩
ふたりとも満足の冬の紅葉狩
国分寺の歴史・文学の旅終える
国分寺の歴史・文学の旅終えし
冬の午後歴史浪漫の旅無事に
冬の日に時空散歩を楽しめり
魅力ある国分寺の旅冬に終え
魅力ある国分寺の旅冬に終ふ
冬の宵見応えのある旅終える
二人して二万五千歩の冬の旅
冬うらら一日がかりの旅無事に
冬うらら一日がかりの旅終わる
冬うらら一日がかりの旅終へし
冬の旅終えて心に充実感 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年三月二十日 土曜日  
○ 十一月日々折々 その七十二 小春日和
《今回の自選代表二句と自句自解》

あら嬉し今日は小春日和かな 

 十一月中旬。ここ数日連日の冬日和。特に今日は、小春日和。十月の気温という。天気も良く風もない穏やかな一日であった。嬉しい限りだ。

冬の月木星土星に大接近

 十一月十九日(木)の宵、南西の低空の細い月の少し斜め上にはっきりとした木星が、さらにその上にかなり小さく土星が見えた。妻としばらく外で月と惑星の天体ショウを楽しんだ。

(十一月中旬 日常生活)
あら嬉しい連日続く冬日和
※冬日和・・・穏やかに晴れた冬の日。冬晴れ。《季 冬》(デジタル大辞泉より転載)
あら嬉し連日続く冬日和
あら嬉し今日は小春日和かな 
冬うららRCEP(アールセップ)に国合意
㊟RCEP(アールセップ)・・・東アジア地域包括的経済連携(ひがしアジアちいきほうかつてきけいざいれんけい、英語: Regional Comprehensive Economic Partnership; RCEP、アールセップ、域内包括的経済連携)とは、ASEAN加盟10カ国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)と、そのFTAパートナー5カ国(オーストラリア、中国、日本、ニュージーランド、韓国)の間で提案されている、アジア太平洋地域の自由貿易協定であり、世界の人口の3割、世界のGDPの3割を占める15カ国が交渉に参加している。交渉国15カ国は世界の人口の30%、GDPの30%弱を占めている[1]。2020年11月15日に署名された[2]。(Wikipediaより転載)
◎「RCEP(アールセップ)について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その八百五)》
エジプトで木棺発見長月に
※エジプトで木棺発見・・・エジプト「今年最大の発見」 ミイラ包む木棺100基 2500年前、富裕層か
 エジプト北部サッカラで発見された約2500年前の木棺。ふたを開かれた木棺の中には、ミイラを守る色鮮やかな内側のひつぎがあった。
 地元エジプトの発掘調査団が深さ約12メートルの縦穴3本を見つけ、中から大量の木棺と神々の木像などを発見した。記者会見場で木棺1基を開き、ミイラを包む色鮮やかな内側のひつぎが披露された。X線を当て、40代の男性と推定されることも示された。(2020年11月15日毎日新聞より転載)
十一月打ち上げ成功宇宙船
※打ち上げ成功宇宙船・・・野口聡一さん搭乗の米民間宇宙船1号機 打ち上げ成功
 企業が開発した民間の宇宙船としては世界で初めて運用段階に入る、「クルードラゴン」の1号機が、日本人宇宙飛行士の野口聡一さんら4人を乗せて、フロリダ州から日本時間の午前9時27分に打ち上げられ、宇宙船は予定した軌道で分離されて、打ち上げは成功しました。宇宙船はこのあと日本時間の17日午後1時ごろに国際宇宙ステーションにドッキングする計画で、宇宙の商業利用が本格化する時代の始まりとして注目されています。(2020年11月16日 NHK NEWS WEBより転載)
◎「打ち上げ成功宇宙船について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 八百六)》
十一月野口搭乗宇宙船
十一月「クールドラゴン」宇宙へと
十一月三度宇宙へ野口さん
今年またボージョレ・ヌーヴォ買う初冬
㊟ボージョレ・ヌーヴォ・・・
 ボージョレ・ヌーヴォとは?
 ボージョレ・ヌーヴォとは、フランス南部ブルゴーニュ地方のボージョレ地区で、その年に収穫された「ガメイ種」というぶどうから造られる新酒のことです。
 「ヌーヴォ」は、フランス語で「新しい」という意味です。また、ボージョレ・ヌーヴォはこの地方の秋の収穫を祝って行われる祭りで捧げられたのがはじまりと言われています。
 ボージョレ・ヌーヴォの解禁日とは?
 ボージョレ・ヌーヴォの解禁日は、毎年11月の第3木曜日午前0時と定められています。今年2020年は11月19日(木)となります。また、日本では、日付変更線の関係上、本場フランスよりも約8時間早く楽しむことができます。
(ASAHI WINE..comより転載)
◎「ボージョレ・ヌーヴォついて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その八百七)》
初冬の夜土産を摘みにボージョレを
初冬の夜妻とワインの新酒飲む
冬の宵南西の低き空に月 
公園の木のすぐ上に冬の月
南西の低空に冬の月と木星
冬の宵木星の上に金星が
冬の月木星土星に接近す
冬の月惑星に大接近
冬の月木星土星に大接近
㊟月木星土星に大接近・・・月が木星、土星に接近(2020年11月)
 宵の南西の空に注目!
 日の入りから1時間ほどたち、辺りが暗くなってきた頃、南西の低空では木星と土星が互いに寄り添うように輝いています。
11月19日には、これら2つの惑星の近くに上弦まであと3日の細い月が見えます。惑星と月との共演は、月が細いほど惑星の明るさが際立ち、とても美しい眺めになります。 木星と土星は、これから12月下旬にかけてさらに近づいていきます。12月中旬に月が再び近くに戻ってくる頃には、2つの惑星は、満月の見かけの直径分(約30分角)にまで近づいているでしょう。(国立天文台ニュースより転載)
◎「月が木星土星に大接近について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その八百八)》
冬の宵月と惑星の天体ショウ
冬の宵妻と楽しむ天体ショウ

冬夕焼(令和3年3月17~18日掲載分)


◎ 冬夕焼(令和三年三月十七~十八日掲載分)
● 令和三年三月十七日 水曜日 
○ 十一月日々折々 その六十九 冬夕焼
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の旅車窓の鉄塔夕映ゆる 

 十一月中旬の国分寺の旅。散策した各場所の紅葉(黄葉)狩りだけでなく、歴史的建造物や遺跡も観てきた。悠久の歴史ロマンも楽しめた。ある意味贅沢な旅であった。
 国分寺散策を終えて、中央線の国分寺駅から帰路に就いた。帰りの電車の車窓からの冬景色を楽しむ。夕映えに送電線の鉄塔が、暗くその鉄塔の形状をシルエットのように表現していた。印象的であった。

(十一月中旬 国分寺散策 その六十三)
冬の旅駅南口より構内へ
冬の旅国分寺より中央線
冬の旅西国分寺へ電車乗り
冬の旅西国分寺で乗り換えて
冬の旅西国分寺で武蔵野線
冬もみじ愛でつつ電車で家路就く
武蔵野線車窓に流れる枯芒
金色に西空染める冬の夕
金色に西空染める冬夕べ
金色に西空染める冬夕焼
冬夕焼国分寺の空金色に
冬の旅車窓の西空夕映ゆる
冬の旅車窓の鉄塔夕映ゆる 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年三月十八日 木曜日  
○ 十一月日々折々 その七十 暖房
《今回の自選代表句と自句自解》

武蔵野線冬の落日まぶしくて 

 十一月中旬の国分寺の旅。国分寺散策を終えて、中央線の国分寺駅から帰路に就いた。帰りの武蔵野線の電車の車窓からの冬景色を楽しむ。大分日が落ちてきて、沈む前の神々しいオレンジの光が金色に・・・。車窓に入る落日の光が眩しい。

(十一月中旬 国分寺散策 その六十四)
武蔵野線森も林も冬もみじ
武蔵野線桜並木も冬紅葉
武蔵野線並木道もまた冬もみじ
武蔵野線車窓を流れる冬もみじ
武蔵野線次第に客込む冬の夕
武蔵野線学生増えゆく冬夕べ
暖房の電車に増えゆく学生さん
冬の日にビル窓映える夕べかな
落ちる日にビル窓燃ゆる冬落暉 
武蔵野線冬の落日まぶしくて 
市街地がどっぷり暮れゆく冬夕べ

短日(令和3年3月15~16日掲載分)


◎ 短日(令和三年三月十五~十六日掲載分)
● 令和三年三月十五日 月曜日  
○ 十一月日々折々 その六十七 十一月
《今回の自選代表句と自句自解》

冬もみじ腹いっぱいに我堪能 

 十一月中旬の国分寺の旅。殿ヶ谷戸庭園を散策する。好評得ている紅葉亭からの景色を楽しむ庭園の木々の紅や黄色の冬もみじも良いが、眼下に見える次郎弁天池の紅や黄色の冬もみじも良いものだ。
 そういえば、今日は朝から終日それぞれの観光地で紅葉(黄葉)狩りを堪能した。もうお腹いっぱいだ。

(十一月中旬 国分寺散策 その六十一)
冬の晴眼下に次郎弁天池
※次郎弁天池・・・次郎弁天池は、園内に湧き出ているハケの湧水を堰き止めて造られている。
庭園の紅葉亭より冬紅葉
冬もみじ腹いっぱいに堪能し
冬もみじ腹いっぱいに我堪能 
堪能し大満足の冬紅葉
冬日浴ぶ茶屋すぐ脇に鹿おどし
庭園の鹿おどし脇に石蕗の花
庭園に鹿おどしの音響きゆく
冬の庭旧岩崎家別邸が
十一月旅の最後は別邸に
冬旅に展示室内鑑賞す
※本館展示室・・・殿ヶ谷戸庭園に関する様々な資料を展示・公開している建物。昭和9年に建築されたこの建物こそが、そもそも岩崎家の別邸として使用されていたものである。
冬紅葉鑑賞終えて向かう駅
駅チカのもみじ名所は冬モミジ
国分寺通りを行く人皆マスク

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年三月十六日 火曜日  
○ 十一月日々折々 その六十八 短日
《今回の自選代表句と自句自解》

悠久の歴史ロマンを冬旅に 

 十一月中旬の国分寺の旅。散策した各場所の紅葉(黄葉)狩りだけでなく、歴史的建造物や遺跡も観てきた。悠久の歴史ロマンも楽しめた。ある意味贅沢な旅であった。

(十一月中旬 国分寺散策 その六十二)
冬の旅歩いて多喜窪通り行く
㊟多喜窪通り(たきくぼどおり)・・・東京都府中市武蔵台▽から国分寺市南町までの道路の呼び名。都が定める通称道路名のひとつ。(デジタル大辞泉プラスより転載)
冬の旅妻とお洒落な街なかを
駅前の「かがやき」像に冬陽射
冬の旅前に国分寺駅ビルが
冬の旅国分寺駅に午後三時
㊟国分寺駅・・・国分寺駅(こくぶんじえき)は、東京都国分寺市本町二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・西武鉄道の駅である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
短日の雰囲気感じる午後三時
歴史ある国分寺の街冬もみじ
国分寺どこもかしこも冬もみじ
日本史の流れ体験冬の旅
日本史の流れ体験冬の日に
冬旅に歴史と文化の国分寺
日本史の全時代観た冬の旅
日本史の全時代観し冬の旅
悠久の歴史ロマンを冬旅に 
悠久の歴史ロマンや冬の旅
冬の旅歴史ロマンの街を去る

冬の庭 (令和3年3月13~14日掲載分)


◎ 冬の庭 (令和三年三月十三~十四日掲載分)
● 令和三年三月十三日 土曜日  
○ 十一月日々折々 その六十五 冬の庭
《今回の自選代表句と自句自解》

国分寺目の前広がる冬の庭 

 十一月中旬の国分寺の旅。野川の不動橋から国分寺駅方向へ歩いた。駅の近くに目的地の殿ヶ谷戸庭園(とのがやとていえん)があった。駅前にあって森林のこんもり感が何とも言えない魅力だ。
 早速、殿ヶ谷戸庭園に入園する。順路通りに歩を進める。まず目に入るのは、広場からの紅や黄色の冬もみじ。実にきれいだ。

(十一月中旬 国分寺散策 その五十九)
冬の旅近代の崖の庭園に
冬の旅園のサービスセンターへ
冬旅に立ち寄る園の売札所
冬の旅受付済ませ園内へ
冬旅に近代の庭散策す 
国分寺目の前広がる冬の庭 
庭園の萩のトンネル冬黄葉
冬の旅起伏にとんだ花木園
冬の旅起伏にとんだ園内を
冬晴の崖地を下り竹林へ
冬の旅小径脇に竹林が

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年三月十四日 日曜日  
○ 十一月日々折々 その六十六 マスク
《今回の自選代表句と自句自解》

高台の紅葉亭より冬の池 

 十一月中旬の国分寺の旅。殿ヶ谷戸庭園を散策する。好評得ている紅葉亭からの景色を楽しむ庭園の木々の紅や黄色の冬もみじも良いが、眼下に見える次郎弁天池の紅や黄色の冬もみじも良いものだ。

(十一月中旬 国分寺散策 その六十)
冬の旅孟宗竹の小径ゆく
冬の旅階段登り観音に
冬の旅坂上に馬頭観音が
冬の旅来た道下り湧水が
冬の旅前に東京の名湧水
庭園の湧水源に石蕗の花
冬の晴目の前に次郎弁天池
㊟次郎弁天池・・・この池は、国分寺崖線から湧き出る清水(通称ハケの水)を集めてできた水たまりを別荘造成時に形のよい池として造られました。
 また、この池の水源である湧水は、古くから「次郎弁天の清水」として信仰された名水であり、野川に注いています。ただ残念なの事に、今持って、この池の名前を由来、弁天様の奉られてあった場所等不明です。(殿ヶ谷戸庭園:次郎弁天池の説明板より)
◎「次郎弁天池について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その八百三)》
次郎弁天池の背に冬紅葉
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・冬(新年)の写真」の「国分寺散策」(十一月中旬)に「殿ヶ谷戸庭園の次郎弁天池の冬紅葉(東京都国分寺市南町)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
池そばのイロハモミジは冬紅葉
冬の旅階段登り紅葉亭
冬の晴観光客込む紅葉亭
紅葉亭観光客ら皆マスク
冬の晴紅葉亭より池望む
㊟紅葉亭(こうようてい)・・・数寄屋作り風の茶室。
紅葉亭から見下ろす紅葉と池の眺めは絶景
国分寺崖線の段丘崖にできた谷を巧みに利用した回遊式林泉庭園。崖の上の明るい芝生地から竹林、崖下の湧水池、樹林で雰囲気が一変する造園手法が見どころの一つだ。200本ほど植えられたイロハモミジが11月中旬から12月上旬に見頃となり、紅葉亭から見下ろす紅葉と池の眺めは絶景。美しい庭園で武蔵野の自然を楽しむことができる。(紅葉名所2020サイトより転載)
◎「紅葉亭について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その八百四)》
高台の紅葉亭より冬の池

冬の川 (令和3年3月11~12日掲載分)


◎ 冬の川 (令和三年三月十一~十二日掲載分)
● 令和三年三月十一日 木曜日  
○ 十一月日々折々 その六十三 冬の川
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の旅路傍に不動明王が 

 十一月中旬の国分寺の旅。見たかった国指定史跡の道路遺跡・東山道武蔵路(とうさんどうむさしみち)を見学した後、南下して現国分寺付近から、またお鷹の道を国分寺駅方面へと向かって歩いた。途中、真福寺(しんぷくじ)児童遊園地を通過して、野川の不動橋を渡り、石橋供養塔と庚申塚と不動明王碑のある場所まで来た。
 特にこの不動明王碑は、村内に疫病や災厄が入り込むのを防ぐ意味のためと伝えられており、今でも花や絵馬が飾られて信仰の対象になっているという。

(十一月中旬 国分寺散策 その五十七)
冬の旅ようやく野川にたどり着く
㊟野川・・・野川(のがわ)は、東京都を流れる多摩川水系多摩川支流の一級河川。
 地理【編集】
 国分寺市東恋ヶ窪一丁目の日立製作所中央研究所敷地内の湧水が源とされ、近接する市道の休憩所には案内板が設置されている。年2回の一般公開や地元小学校の見学などが行われている。 南下して西武国分寺線・JR中央本線の盛土を抜け、住宅地を抜けて東へ向きを変え、国分寺街道の不動橋で真姿の池湧水群からの湧き水を合わせる。 鞍尾根橋で、東京経済大学国分寺キャンパスの新次郎池からの湧水が合流するとともに国分寺市から小金井市へ入り、河川管理境界も東京都北多摩南部建設事務所へと移る。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「野川ついて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その八百)》
※「国分寺街道の不動橋で真姿の池湧水群からの湧き水を合わせる。」・・・湧水
 ハケ上の台地に降った雨は水を通しやすい火山灰層(関東ローム層)を通り、下の砂利層(礫層)にたまります。その下には水を通しにくい地層があるため、たまった地下水は砂利層を横に流れ、崖線のすそからしみ出してきます。これが湧水です。野川の両岸では旧石器時代から縄文時代の遺跡が数多く発掘されています。野川は古代から豊かな実りをもたらす大切な川であったのだとされています。(説明板より転載)
眼下には野川という名の冬の川
冬の旅一里塚橋右に見て
(注1)野川源流の一つ、元町用水(国分寺崖線とハケの水)
 野川の水源・源流は、日立中央研究所大池と言うのが本筋だが、それと並んで、と言うかそれ以上に味わい深い源流が、国分寺駅からもそう遠くない所に湧き出している。真姿の池湧水群、或いは国分寺境内周辺からの湧水がそれ。その湧水を集めて野川に注ぐのが元町用水である。
 その流れの、主に上流部は「お鷹の道」として雰囲気のいい散策路に整備されている。「お鷹の道」名前の由来は、この湧水群の清流沿いが、かつて江戸時代尾張徳川家のお鷹場として指定されていたことによるとのこと。
日立中央研究所大池からの水と、元町用水の合流点が国分寺駅から南、400㍍ほどの国分寺街道一里塚交差点脇に有る。ここで二つの流れが合流し、野川となって国分寺崖線沿いを流れ、さらに途中で幾つかのハケ下湧水を集めて流れる。
(注2)国分寺街道の一里塚交差点脇で野川と元町用水が合流する。(以上、武蔵野と水辺サイトより転載)
冬の旅歩いて程なく不動橋
㊟不動橋・・・国分寺といえば野川が有名ですが、国分寺街道沿いの野川本流と元町用水が合流する場所に木製の橋が架かっています。この橋は不動橋と名付けられており、現在でも多くの人々が利用する大切な場所として守られています。実はこの不動橋、以前は木製ではなく石橋だったのです。そのため、橋の北側には石橋供養塔、庚申塔、不動明王碑が橋の北側にあるのです。(国分寺物語より転載)
冬の旅不動橋前に公園が
※不動橋前の公園・・・不動橋ポケットパーク
冬の旅ポケットパークでひと休み
ベンチより愛でる野川の冬紅葉
ベンチより楽しむ野川の冬紅葉
旅先の橋の上より冬紅葉
冬の旅眼下に清き川流れ
冬の旅不動橋を今渡り越す
冬の旅不動橋傍に記念碑が
※不動橋傍に記念碑・・・田用水堰記念碑。
冬旅に元町用水合流地
※元町用水・・・武蔵国分寺付近の崖線から流れ出る湧水を集めて流れる小河川で、またの名を清水川という。湧水からの流れは、国分寺と湧水園の間に流れ出てくる。元町用水は、一里塚橋の上流で野川に合流する。距離としては1kmほどと短い。
用水の水辺の桜冬紅葉
一里塚橋近き桜冬紅葉
冬の旅清き野川を渡りゆく
橋の上見れば野川に散り紅葉
冬の旅橋を渡って野川越す
冬の旅妻と不動橋北側へ
冬の旅隣に野川の庚申塚
冬の旅路傍に不動明王が 
冬の旅路傍に石橋供養塔
冬日浴ぶ松の木挟んで供養塔
※野川の石橋供養塔と庚申塚と不動明王碑・・・不動橋の北側の路側に、石橋供養塔と隣に庚申塔と不動明王碑があります。
不動橋の北側に位置し、庚申塔は延享(1745年)に国分寺村の人々が建て、隣に天保3年(1832年)の記念銘のある石橋供養塔と、 建立年月日不明の不動明王碑があります。
 石橋供養塔は、常に人に踏まれている石橋を供養する意味と、石橋を渡って村内に疫病や災いが入り込むのを防ぐ意味があると伝えられています。
 不動明王碑は、村内に疫病や災厄が入り込むのを防ぐ意味のためと伝えられており、小さな石碑ですが、今でも花や絵馬が飾られており、信仰の対象にもなっています。所在地 国分寺市南町3-1(国分寺市役所HPより転載)
◎「野川の石橋供養塔と庚申塚と不動明王碑について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その八百一)》
冬の旅江戸の世の塔に手を合わす
冬の旅先人想い手を合わす
路傍にて祈念の合掌冬旅に

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年三月十二日 金曜日  
○ 十一月日々折々 その六十四 冬着
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の旅前に殿ヶ谷戸庭園が 

 十一月中旬の国分寺の旅。野川の不動橋から国分寺駅方向へ歩いた。駅の近くに目的地の殿ヶ谷戸庭園(とのがやとていえん)があった。駅前にあって森林のこんもり感が何とも言えない魅力だ。

(十一月中旬 国分寺散策 その五十八)
国分寺街道歩く冬の旅
㊟国分寺街道・・・東京都にある道路の呼び名。小平市上水南町からJR東日本、国分寺駅付近を通り、府中市府中町に至る区間。都が定める通称道路名のひとつ。(デジタル大泉プラスより転載)
冬の旅近くにバスの停留所
冬の旅バス停の名は一里塚
冬の旅車行き交う街道を
国分寺街道をゆく冬の旅
冬の晴の街道左折し庭園へ
冬の旅ゆるゆる坂道上り行く
冬の旅ゆるゆる坂道北上す
冬の旅ゆるゆる登り坂上に
冬の旅右手に児童遊園地
道路上擦れ違う人皆冬着
冬の旅歩いて多喜窪通りへと
坂上り多喜窪通りへ冬の旅
冬の旅通りを右折し庭園へ
冬の旅通りに沿いて庭園が
冬の旅やっと庭園正面に
冬の旅通りの脇に入口が
冬の旅園の中門潜りゆく
冬の旅前に殿ヶ谷戸庭園が 
㊟殿ヶ谷戸庭園・・・殿ヶ谷戸庭園(とのがやとていえん)は、東京都国分寺市にある有料の都立庭園である。
園内は自然の地形を生かした回遊式庭園となっている。国の名勝に指定されている。
 概要【編集】
 所在地:東京都国分寺市南町2-16
 主な施設:庭園、集会場(紅葉亭)
 沿革【編集】
 1913年(大正2年)から1915年(大正4年)にかけて、江口定条の別荘として庭師・仙石の手で作庭される。1929年(昭和4年)に三菱財閥創業家の岩崎彦弥太が別邸として買い取り、津田鑿の設計で洋風邸宅、数奇屋風の茶室(紅葉亭)などを追加整備した。昭和40年代に再開発計画が持ち上がったが、保存を求める住民運動をきっかけとして1974年(昭和49年)東京都が買収、公園として整備の後に1979年(昭和54年)4月より有料庭園として公開した。
 園内【編集】
 国分寺崖線と呼ばれる段丘崖と豊富な湧水を巧みに生かして築かれた、回遊式林泉庭園である。様々な木々が植えられており、園内には池や周遊順路が存在し、カメラマンや地元住民、近隣で働く人間の憩いの場として利用される。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
(追記)
この庭園はかつて三菱財閥の岩崎家が、湯島の本邸や駒込の六義園、深川の清澄庭園などと共に東京に所有していた庭園のひとつで、昭和初期に別邸として使用されていたものです。
◎「殿ヶ谷戸庭園ついて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その八百二)》

帰り花(令和3年3月9~10日掲載分)


◎ 帰り花(令和三年三月九~十日掲載分)
● 令和三年三月九日 火曜日  
○ 十一月日々折々 その六十一 冬木
《今回の自選代表句と自句自解》

冬旅に鎌倉時代の武蔵路 

 十一月中旬の国分寺の旅。都立多摩図書館付近の出口より都立国分寺公園公園から退出する。そして、見たかった国指定史跡の道路遺跡・東山道武蔵路(とうさんどうむさしみち)を見学した。野外展示それている切り通しの部分の遺構平面レプリカを鑑賞した。さらに、この先の約三百メートルを歩道形式の道路跡も鎌倉時代を想起しながら歩いた。感慨深いものがある。

(十一月中旬 国分寺散策 その五十五)
冬旅に見る武蔵路案内板
冬旅に鎌倉時代の武蔵路 
冬の旅歩く中世の武蔵路
冬の旅武蔵路跡を真っ直ぐに
冬の旅しばらく道を南下して
冬の旅多喜窪通り横断す
冬の旅今第四小前通過
※第四小・・・ここでは、国分寺市立第四小学校のこと。
冬の旅白鳥幼稚園前を
幼稚園冬木の傍ゆく園児たち
冬の旅ゆるゆる坂道下り行く
冬の旅左折しお鷹の道歩く
老夫婦石蕗咲くお鷹の道歩く

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年三月十日 水曜日 
○ 十一月日々折々 その六十二 帰り花
《今回の自選代表二句と自句自解》

冬日和遊園地内に親子連れ 
冬うらら平和を感じる遊園地 

 十一月中旬の国分寺の旅。見たかった国指定史跡の道路遺跡・東山道武蔵路(とうさんどうむさしみち)を見学した後、南下して現国分寺付近から、またお鷹の道を国分寺駅方面へと向かって歩いた。途中、真福寺(しんぷくじ)児童遊園地で五六組の親子連れを見かけた。ここでもまた、長閑な平和を感じた。

(十一月中旬 国分寺散策 その五十六)
冬旅に行くお鷹の道遊歩道
冬の旅せせらぎ耳に道歩く
冬の旅路傍に児童遊園地
冬旅に真福寺児童遊園地
冬旅に俗称「三角遊園地」に
冬日和遊園地内に親子連れ 
冬の午後遊園地内に親子連れ 
冬うらら平和を感じる遊園地 
冬の旅歩く小道はくねくねと
冬の旅くねくね道を北東に
くねくね道こんなところに帰り花

冬の池(令和3年3月7~8日掲載分)


◎ 冬の池(令和三年三月七~八日掲載分)
● 令和三年三月七日 日曜日 
○ 十一月日々折々 その五十九 冬の池
《今回の自選代表句と自句自解》

冬晴れの「武蔵の池」の背に紅葉 

 十一月中旬の国分寺の旅。都立国分寺公園の泉地区の北側エリアに入った。「武蔵の池」のバックに冬紅葉。冬晴れの青空に紅葉が映えて見える。

(十一月中旬 国分寺散策 その五十三)
冬の旅ベンチに座り池眺め
ベンチより座して眺める冬の池
冬の旅ベンチに座して池鑑賞 
冬日和ベンチに座して池鑑賞
冬の旅「扇の瀧」を前にして
公園の「扇の瀧」より冬の水
冬の晴ベンチに座して滝鑑賞
眼の前に白じらと落ちる冬の滝
眼前に白白と落つ冬の滝
冬の旅雑木林が池の背に
冬の晴「武蔵の池」の背に紅葉
冬晴れの「武蔵の池」の背に紅葉 
冬の旅ベンチに座りひと休み
妻と共円形広場を冬日浴び
冬の旅円形広場を散策す
公園の木々のあちこち冬紅葉
冬日浴び歩く広場の散策路
冬の旅芝生広場の散策路
冬の旅妻と「ぎんなん通り」行く
※「ぎんなん通り」・・・一周五百メートルの通り。
公園のイチョウ並木は冬黄葉
公園のイチョウ並木の冬黄葉

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和三年三月八日 月曜日 
○ 十一月日々折々 その六十 冬暖か
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の晴道路遺跡に我感銘 

 十一月中旬の国分寺の旅。都立多摩図書館付近の出口より都立国分寺公園公園から退出する。そして、見たかった国指定史跡の道路遺跡・東山道武蔵路(とうさんどうむさしみち)を見学した。野外展示それている切り通しの部分の遺構平面レプリカを鑑賞した。感銘を受けた。

(十一月中旬 国分寺散策 その五十四)
冬の旅休憩所近き出口へと
冬の旅北西口より退園す
冬の旅園を後にし泉町へ
冬の旅都立多摩図書館前に
冬の旅図書館員に道尋ね
冬の旅図書館員に場所尋ね
冬の旅案内受けて遺跡へと
旅先で受ける温情冬暖か
冬の旅妻と泉町二丁目に
冬の旅すぐ近くには武蔵路
※武蔵路・・・ここでは、東山道武蔵路(とうさんどうむさしみち)のこと。
㊟武蔵路・・・東山道武蔵路(とうさんどうむさしみち)【国指定史跡】
 東山道は都と各国府を結ぶ古代交通路である七道の1つで、武蔵路は武蔵国府に至る往還路(東山道の支路)で、古代道路跡として学術上価値が高いものです。
 泉町二丁目の西国分寺住宅の東側にある東山道武蔵路跡は古代の道路遺構です。
 東山道武蔵路は上野国(現在の群馬県)から南下して武蔵国府に至る往還路(東山道の支路)です。発掘調査の結果、幅12mの道路跡が台地上から谷部にかけて490mの長さで確認されました。そこで計画が変更され、地下遺構を保存して、現在の道路が築造されました。
 現在、その道路跡の約300メートルを歩道形式で保存しています。また、谷部へ下る切り通しの部分の遺構平面レプリカを野外展示しています。所在地 国分寺市泉町2-10ほか(国分寺市役所HPより転載)
◎「東山道武蔵路跡ついて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その七百九十九)》
武蔵路の道路遺跡や冬の旅
冬旅の道路遺跡に興奮す
冬の旅道路遺跡に我感銘 
冬の晴道路遺跡に我感銘 
冬の旅遺跡鑑賞終え歩く
冬の旅歩く路傍に案内板
冬の旅傍に高層住宅地