花芙蓉 (令和元年12月17~18日掲載分)


◎ 花芙蓉 (令和元年十二月十七~十八日掲載分)
● 令和元年十二月十七日 火曜日 
○ 十月日々折々 その十七 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

スポーツの秋ここあまたな登山客

 爽やかな秋の季節。埼玉県日高市にある五百万本の曼珠沙華で有名な巾着田がある。秋は、スポーツも盛ん。巾着田の近くにある日和田山へと向かう登山者たちが列をなして歩いていた。

(十月上旬 秩父の旅 その十六)
勉学の秋説明聴き見学す
勉学の秋に見学土間・座敷
秋の旅目に古民家の土間・座敷
勉学の秋に高麗家の労苦知る
秋の旅神社後にし次の場所へ
秋の旅乗車し向かう巾着田
㊟巾着田・・・巾着田(きんちゃくだ)は、埼玉県日高市の西部、高麗本郷を流れる高麗川に囲まれた所にある巾着のような形をした平地である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅乗車し県道走りゆく
秋の旅車は川越・日高線
秋の旅橋渡りくる登山客
秋の旅来る人日和田山への登山客
㊟日和田山・・・日和田山(ひわださん)は、埼玉県日高市にある山である。標高305m。奥武蔵の山の一つ。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅来る人山への登山客
スポーツの秋ここあまたな登山客

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● 令和元年十二月十八日 水曜日 
○ 十月日々折々 その十八 花芙蓉
《今回の自選代表二句と自句自解》

公園へ行く道沿いに花芙蓉

 秋の旅。曼珠沙華曼公園へと向かう。公園の入り口手前の小道には、花芙蓉がきれいな花を咲かせていた。

目の前に曼珠沙華咲く群生地

 秋の旅。曼珠沙華公園に到着。目の前には、曼珠沙華が群生していた。燃えるように赤い。

(十月上旬 秩父の旅 その十七)
秋の旅橋の通りは大渋滞
秋の旅駅方向より人の波
秋の旅目当て駅近の巾着田
秋の旅目当てはそこの巾着田
人の込む晩秋の此処巾着田
秋の旅通りに数多な観光客
秋の旅天神橋越え巾着田
公園へ行く道沿いに花芙蓉
巾着田今が見頃の曼珠沙華 
※巾着田曼珠沙華まつり
 巾着袋のような形に蛇行した清流高麗川に囲まれた巾着田曼珠沙華公園は、約3.4haの雑木林の中に咲き誇る500万本の曼珠沙華が有名です。毎年9月中旬から下旬に咲き、最盛期には真紅の絨毯を敷き詰めたような光景が楽しめます。開花に合わせて行う巾着田曼珠沙華まつりの会場では、地元のグルメや物産品が登場。また、日高市の特産品である栗のイベント『ひだか栗フェスティバル』も9月21日(土)に開催されます。
【例年の人出】約23万人(レッツエンジョイ東京サイトより転載)
◎「巾着田曼珠沙華まつり」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百二十五)
今見ごろ込む曼珠沙華公園へ
秋の旅公園ぐるりと高麗川が
目の前に曼珠沙華咲く群生地
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・秋の写真」の「秩父の旅」(十月上旬)』に「巾着田の曼珠沙華」(埼玉県日高市)の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
秋の旅人込むなかを仲間らと

花木槿 (令和元年12月15~16日掲載分)


◎ 花木槿 (令和元年十二月十五~十六日掲載分)
● 令和元年十二月十五日 日曜日 
○ 十月日々折々 その十五 花木槿
《今回の自選代表句と自句自解》

高麗神社居並ぶ献木花木槿

 秋の旅。続いて聖天院近くの高麗神社(こまじんじゃ)へ。二ノ鳥居のすぐ左脇に献木の花木槿が列をなして植えられていた。政治家の若槻礼次郎らそうそうたる人たちの献木である。なおここには、天皇行幸啓記念碑が設置されている。天皇皇后両陛下行幸啓記念碑も設置されていた。

(十月上旬 秩父の旅 その十四)
秋の旅高麗神社に九時半過ぎ
秋の旅スタッフ神社の説明を
秋の旅スタッフ説明鳥居前
秋の旅説明受けて鳥居潜る
秋の旅鳥居近くにお手水舎
秋の旅参拝前にお清めを
高麗神社鳥居近くに花むくげ
高麗神社参道脇に花木槿
高麗神社居並ぶ献木花木槿
秋の旅参道左に水天宮

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● 令和元年十二月十六日 月曜日 
○ 十月日々折々 その十六 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

お祓所収穫祭を秋の日に

 秋の旅。ここ高麗神社では、ちょうど折よく、お祓所で収穫祭が執り行われていた。

(十月上旬 秩父の旅 その十五)
お祓所収穫祭を秋の日に
神職と参加者秋の収穫祭
秋の旅祓所(はらえど)近くに神楽殿
秋の旅社殿の脇に記念碑が
秋の旅目に両陛下行幸碑
※両陛下行幸碑・・・「天皇皇后両陛下行幸啓記念碑」のこと。
 平成二十九年九月二十日に天皇皇后両陛下が日高市を訪問されました。両陛下が日高市を訪問されることは初めてのことで、巾着田曼珠沙華公園や高麗神社を視察されました。(日高市役所HPより転載)後日、記念碑を建立した。高句麗
秋の旅御神門前で合掌す
秋旅に二礼二拍手一礼す
秋の旅本殿の前にて参拝す
秋の旅祓所先の社殿へと
秋の旅社殿の先の住宅へ
秋の旅高麗家住宅見学す
㊟高麗家住宅・・・高麗家住宅(こまけじゅうたく)は、埼玉県日高市にある江戸時代の古民家。
 概要【編集】
 高麗神社の境内にあり、神職を務めた高麗家の住居として、慶長年間に建造された。東日本の民家の中では古い形を遺している極めて重要な例として1976年(昭和51年)6月22日に国指定の重要文化財に指定された[1][2]。1976年から1977年にかけて大修理が行われた。
 2017年(平成29年)9月20日に、明仁天皇、美智子皇后(いずれも当時)が、高麗神社に行幸啓した際、高麗家住宅を視察した[3]。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「高麗家住宅について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百二十四)
秋の旅重文の民家見学す
※重文・・・国指定重要文化財の略。
秋曇り茅葺屋根にカラス避け
古民家の傍の桜木紅葉して

晩秋 (令和元年12月13~14日掲載分)


◎ 晩秋 (令和元年十二月十三~十四日掲載分)
● 令和元年十二月十三日 金曜日 
○ 十月日々折々 その十三 晩秋
《今回の自選代表句と自句自解》

晩秋に皆と参詣聖天院

 旅仲間は、皆もう老人。晩秋に、皆と聖天院(しょうでんいん)参詣を済ませた。

(十月上旬 秩父の旅 その十二)
秋の旅聖天院にて参拝す
秋旅に皆と参詣聖天院
秋の旅勝楽寺(しょうらくじ)にて参拝す
秋旅に皆と参詣勝楽寺
晩秋に皆と参詣聖天院
秋の旅本堂右手に雪山が
㊟雪山・・・雪山(石灰岩)
 本堂造成時に出現した石灰岩の大塊。釈尊の前世譚「雪山童子」にちなみ名付く。7月には岩肌をはうノウゼンカズラの花が美しい。(高麗山聖天院HPより転載)
秋の旅本堂右手に石灰石
秋の旅本堂左に鐘堂が
秋の旅鐘堂内を見学す
秋の旅鐘堂奥に慰霊塔
秋の旅ここは帰化人ゆかりの地
秋の旅本堂前に見晴台

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● 令和元年十二月十四日 土曜日 
○ 十月日々折々 その十四 秋景色
《今回の自選代表句と自句自解》

王廟の高麗王殿の墓参り

 旅仲間は、皆もう老人。晩秋に、皆と聖天院(しょうでんいん)参詣を済ませた。さらに、高麗王の墓参りも済ませた。合掌。

(十月上旬 秩父の旅 その十三)
秋の旅友と境内の見晴台
秋の旅見晴台より市街地を
秋の旅高見より日高市街地を
㊟日高市・・・日高市(ひだかし)は、埼玉県の中南部にある人口約5万7千人の市である。ヒガンバナの名所、巾着田で知られる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅眼下に日高の市街地が
秋の旅眼下に日高の街並が
聖天院見晴台よりもみじ山
聖天院見晴台より秋景色
高見より仲間と楽しむ秋景色
秋の旅参拝済ませて向かう墓所
秋の旅参拝済ませて王廟へ
秋の旅王廟墓前にて合掌
秋の旅皆と高麗王の墓参り
王廟の高麗王殿の墓参り
秋の旅近くの神社に移動して
秋の旅しばらく歩いて高麗神社
㊟高麗神社・・・高麗神社 (こまじんじゃ)は埼玉県日高市に鎮座する神社。旧社格は県社。
 概要【編集】
 現在の埼玉県日高市の一部および飯能市の一部にあたる高麗郷および上総郷は716年に武蔵国高麗郡が設置された地である。中世以降、郡域が拡大し、日高市・鶴ヶ島市のそれぞれ全域と、飯能市・川越市・入間市・狭山市のそれぞれ一部が高麗郡の範囲となった。668年に唐・新羅に滅ぼされ亡命して日本に居住していた高句麗からの帰化人を朝廷はこの地に移住させた。703年には高麗若光が朝廷から王姓が下賜されたという話が伝わっている。高麗若光(こまのじゃっこう)が「玄武若光」と同一人物ならば、高句麗王族の一人として王姓を認められたということになる。この高麗若光も朝廷の命により高麗郡の設置にあたって他の高句麗人とともに高麗郡の地に移ってきたものと推定されている(新編『埼玉県史』)。
 高麗神社は、この高麗若光を祭っている。神仏習合の時代には高麗家は修験者として別当を勤めていた。天正18年に徳川家康が関東に入国すると、翌年(1592年)、社領として高麗郷内に3石を寄進された[1]。また、高麗大宮大明神、大宮大明神、白髭大明神と称されていた社号[2]は、明治以降は高麗神社と称されるようになった。境内隣接地には江戸時代に建てられた高麗家住宅がある。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「高麗神社について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百二十三)

彼岸花 (令和元年12月11~12日掲載分)


◎ 彼岸花 (令和元年十二月十一~十二日掲載分)
● 令和元年十二月十一日 水曜日 
○ 十月日々折々 その十一 彼岸花
《今回の自選代表句と自句自解》

絶景や彼岸花の背の聖天院

 秋の旅。目的地の聖天院(しょうでんいん)(埼玉県日高市)へ歩いて向かう。やがて、歩いている小道から、秋の山を背にした勇壮な聖天院が目に入った。さらに参道からは、彼岸花を前に配置した聖天院が。まさに、絶景。

(十月上旬 秩父の旅 その十)
聖天院参道脇に曼珠沙華
絶景や曼珠沙華の背の聖天院
絶景や彼岸花の背の聖天院
秋の旅前に古びた山門が
㊟山門・・・ここでは、聖天院の山門(風神雷神門)のこと。
日高市指定文化財。瓦葺総欅木造二層楼閣、大きさ建築様式共に近郷稀にみる優美さと重厚さを備えた建造物である。天保初年~3年に完成、棟梁は北足立郡立村立川氏と小瀬戸安藤直蔵氏である。楼閣二階の山号額は江戸の住人中村入道景蓮の書。天上画は龍、鳳凰共に江戸の画師南沢による。門左右に風神、雷神を祀り、階上に大日如来、七観音、十六羅漢が配祀されている。(高麗山聖天院HPより転載)
秋の旅前に風神雷神門
格式の高き山門に秋の風
秋の旅石段のぼり中門へ
秋の旅前に古びた中門が
秋の旅中門前に庭園が
秋の旅中門右に庫裏・書院
秋の旅中門左に阿弥陀堂

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● 令和元年十二月十二日 木曜日 
○ 十月日々折々 その十二 秋の風

秋風に吹かれて回す摩尼車

 秋の旅。目的地の聖天院(しょうでんいん)(埼玉県日高市)へ歩いて向かう。やがて、歩いている小道から、秋の山を背にした勇壮な聖天院が目に入った。
 石段を上るり、中門。さらにまた石段を登り本堂へ。参拝後、阿弥陀堂にある摩尼車を回す。旅仲間と経文を唱えながら・・・。合掌。

(十月上旬 秩父の旅 その十一)
秋の旅堂前の摩尼車回す
㊟摩尼車(まにぐるま)・・・阿弥陀堂にある摩尼車を一回まわせば、お経を1巻読んだのと同じ功徳があると言われている。摩尼車に手を軽く当てながら手前に回し、経文を唱える。
秋風に吹かれて回す摩尼車
秋風に吹かれて経文唱えけり
晩秋にSと経文唱えけり
※旅仲間六人・・・SとMとIとYとKと私の六人。
秋の旅受付済ませ本堂へ
秋の旅登る石段苔生して
秋の旅さらに石段登りゆく
高見へと昇るわが身へ秋の風
秋の旅急な石段登りゆく
秋の旅急な石段仲間らと
秋の旅石段登り本堂へ
秋の旅石段登り寺本堂
秋の旅堂扁額に高麗山と
秋の旅奈良時代の寺参拝す

萩 (令和元年12月9~10日掲載分)


◎ 萩 (令和元年十二月九~十日掲載分)
● 令和元年十二月九日 月曜日 
○ 十月日々折々 その九 萩
《今回の自選代表句と自句自解》

聖天院行く道脇に萩の花

 秋の旅。目的地の聖天院(しょうでんいん)(埼玉県日高市)へ歩いて向かう。小道の道脇に赤い萩の花が咲いていた。

(十月上旬 秩父の旅 その八)
秋の旅左折右折を繰り返す
秋の旅車の走行右・左
秋の旅街なかの道を右・左
秋の旅出世橋渡り駐車場
秋の旅駐車場に朝の九時
秋の旅駐車場よりお寺へと
秋の旅駐車場より聖天院へ
㊟聖天院・・・聖天院(しょうでんいん)は、埼玉県日高市にある真言宗智山派の寺院[1]。武蔵野三十三観音霊場二十六番札所。
 歴史【編集】
 高麗王若光の菩提寺として創建された。寺号は若光が高句麗より持参した歓喜天を本尊とすることから名付けられたという[2]。1345年に法相宗から真言宗に改宗。天正18年に徳川家康が関東に入国すると、翌年(1592年)、寺領として高麗郷内に15石を寄進された[2]
 庭園の他、高麗王若光王陵(墓碑は金鍾泌韓国元首相の揮毫)、在日韓民族無縁慰霊塔などが境内に所在している。寺の紋章は菊花紋章。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「聖天院について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百二十二)
聖天院行く道際に虫の声
聖天院行く道脇に萩の花 
聖天院行く道脇に赤萩が

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● 令和元年十二月十日 火曜日 
○ 十月日々折々 その十 露草
《今回の自選代表句と自句自解》

聖天院行く道脇に露草が

 秋の旅。目的地の聖天院(しょうでんいん)(埼玉県日高市)へ歩いて向かう。小道の道脇に私の好きな露草が群生していた。

(十月上旬 秩父の旅 その九)
聖天院行く道際に柿紅葉
聖天院行く道脇の柿うるる
聖天院行く道脇に露草が
聖天院行く道脇にあかまんま
聖天院行く道脇に赤飯  
聖天院右も左も秋景色
行く道の秋の草花紙種々雑多
旅先の秋の草花紙種々雑多
秋の旅右に曲がりて参道に
もみじする日和田山背に聖天院
㊟日和田山・・・和田山(ひわださん)は、埼玉県日高市にある山である。標高305m。奥武蔵の山の一つ。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

稲架 (令和元年12月7~8日掲載分)


◎ 稲架 (令和元年十二月七~八日掲載分)
● 令和元年十二月七日 土曜日 
○ 十月日々折々 その七 稲架
《今回の自選代表句と自句自解》

高速道車窓に稲架ちらほらと

 三郷インター(埼玉県三郷市)からは、高速道の東京外環道。さらに、大泉インターチェンジから、関越自動車道に乗った。車窓からは刈田が見える。さらに稻架も目に入った。晩秋の景色である。

(十月上旬 秩父の旅 その六)
秋の旅店に紫芋たると
旅先の店に紫芋たると
秋の旅休憩終えて高速を
秋の旅車の走行順調に
秋曇り車の走行順調に
秋の旅山並み次第に近づいて
秋の朝関越道を走行す
秋の旅高速走行順調に
関越道刈田の景色車窓より
関越道車窓に稲架ちらほらと
高速道車窓に稲架ちらほらと
秋の旅車の前に入間川
㊟入間川・・・入間川(いるまがわ)は、埼玉県を流れる荒川水系の一級河川である。上流部は名栗川(なぐりがわ)とも呼ばれる[2][3]。荒川の支流としては最長である。江戸時代の頃は、江戸の市中まで通じる、大事な船の交通路だった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅川越通過し鶴ヶ島
秋の朝九時に鶴ヶ島ジャンクション
㊟鶴ヶ島ジャンクション・・・鶴ヶ島ジャンクション(つるがしまジャンクション)は、埼玉県鶴ヶ島市にある関越自動車道と首都圏中央連絡自動車道(圏央道)を結ぶジャンクションである。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

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● 令和元年十二月八日 日曜日 
○ 十月日々折々 その八 カンナ
《今回の自選代表句と自句自解》

高速道車窓の先の柿大き

 三郷インター(埼玉県三郷市)からは、高速道の東京外環道。さらに、大泉インターチェンジから、関越自動車道に乗った。車窓の先には、柿木が見えた。大きな柿の実がたわわになっていた。

(十月上旬 秩父の旅 その七)
秋の旅インターおりて下道を
鶴ヶ島車窓の脇にコスモスが
鶴ヶ島道路の傍に咲くカンナ
鶴ヶ島車窓の先に熟し柿
鶴ヶ島車窓の先に大き柿
高速道車窓の先の柿大き 
高速道車窓流れる秋景色
秋の旅鶴ヶ島より日高市に
秋の旅通過JR八高線
秋の旅朝高麗川を渡りゆく
旅先の高麗川沿いに曼珠沙華
旅先の高麗川沿いに彼岸花

蔦紅葉 (令和元年12月5~6日掲載分)


◎ 蔦紅葉 (令和元年十二月五~六日掲載分)
● 令和元年十二月五日 木曜日 
○ 十月日々折々 その五 薄
《今回の自選代表句と自句自解》

高速道左右の薄風に揺れ

 三郷インター(埼玉県三郷市)からは、高速道の東京外環道。高速道路の両側の薄が、風に揺れていた。

(十月上旬 秩父の旅 その四)
秋の旅上葛飾橋渡りゆく
秋の旅三郷インターより高速
秋の旅三郷インターより外環
秋の旅三郷南より外環へ
㊟外環道・・・東京外環自動車道(とうきょうがいかんじどうしゃどう、TOKYO-GAIKAN EXPRESSWAY)とは、東京都練馬区大泉から、埼玉県を経由し、千葉県市川市高谷に至る高速道路の道路名である。略称は東京外環道(とうきょうがいかんどう、TOKYO-GAIKAN EXPWY)、外環道、東京外環、外環など。高速道路ナンバリングによる路線番号は「C3」が割り振られている[注釈 1][1]。全線が大都市近郊区間に指定されている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅草加・川口走行す
外環道左右の薄風に揺れ
高速道左右の薄風に揺れ
秋の旅一時(いっとき)雨のなか走行
秋の旅浦和・戸田東走行す
秋の旅走行美女木ジャンクション
㊟美女木ジャンクション・・・美女木ジャンクション(びじょぎジャンクション)は、埼玉県戸田市美女木四丁目にある東京外環自動車道・首都高速5号池袋線・首都高速埼玉大宮線を接続するジャンクション(JCT)である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅戸田西・和光走りゆく
秋の旅外環走り大泉

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● 令和元年十二月六日 木曜日 
○ 十月日々折々 その六 蔦紅葉
《今回の自選代表句と自句自解》

走りゆく高速道に蔦紅葉

 三郷インター(埼玉県三郷市)からは、高速道の東京外環道。車窓から、蔦紅葉も楽しめた。

(十月上旬 秩父の旅 その五)
走りゆく外環道に蔦紅葉
走りゆく高速道に蔦紅葉
秋の旅大泉より関越道
※大泉・・・練馬区の北西部に位置する地域。北部を埼玉県和光市、南部を東大泉、南東部を三原台、東部を土支田、西部を大泉学園町と接する。関越自動車道と東京外環自動車道が通り、大泉インターチェンジがある。都営地下鉄大江戸線の延伸事業により大泉町3丁目に新駅を建設予定。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
順調に関越道乗り秋の旅
㊟関越道・・・関越自動車道(かんえつじどうしゃどう、KAN-ETSU EXPRESSWAY)は、東京都練馬区の練馬インターチェンジ (IC) から埼玉県、群馬県を経由し新潟県長岡市の長岡ジャンクション (JCT) へ至る高速道路(高速自動車国道)である。略称は関越道(かんえつどう、KAN-ETSU EXPWY)、関越(かんえつ)。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
関越道再び天気は秋曇り
仲間らと雑談しながら秋の旅
秋の旅車の話をMとY
※旅仲間六人・・・SとMとIとYとKと私の六人。
秋の旅車種の話題で盛り上がる
秋の朝所沢過ぎ三芳へと
秋の旅八時に三芳パーキング
秋の旅焼芋サブレ売店に
秋の旅三芳パーキングにて休憩
※焼芋サブレ・・・ここでは、川越の焼芋サブレのこと。

鶏頭 (令和元年12月3~4日掲載分)


◎ 鶏頭 (令和元年十二月三~四日掲載分)
● 令和元年十二月三日 火曜日 
○ 十月日々折々 その三 鶏頭
《今回の自選代表句と自句自解》

松戸駅向かう路傍に鶏頭が

 いつもの旅仲間と今年は、埼玉県の秩父方面の旅をすることとなった。十月上旬の日の朝、我が家を出立。秋らしい爽やかな朝だ。朝の秋風が、心地よい。
 松戸駅(千葉県松戸市)へと向かう路傍に、鶏頭の花が咲いていた。

(十月上旬 秩父の旅 その二)
松戸駅向かう路傍に鶏頭が
秋の旅朝風吹きゆく駅ホーム
松戸駅秋の朝風吹くホーム
松戸駅電車待つ身に秋の風
松戸駅ホーム付近に虫の声
秋の旅松戸駅より北松戸
秋の朝車内の乗客手にスマホ
秋の朝車内の客ら手にスマホ
秋の朝北松戸駅で待ち合わせ
秋風に吹かれベンチで仲間待つ

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● 令和元年十二月四日 水曜日 
○ 十月日々折々 その四 秋の朝
《今回の自選代表句と自句自解》

駅前のベンチ近くに虫の声

 いつもの旅仲間と今年は、埼玉県の秩父方面の旅をすることとなった。十月上旬の日の朝、我が家を出立。電車で、北松戸駅に行った。
 集合場所の北松戸駅前(千葉県松戸市)に着いた。駅前のベンチに座って待つ。近くから、虫の声。気候も環境も、もう秋だ。

(十月上旬 秩父の旅 その三)
駅前のベンチ近くに虫の声
秋の朝待つ間に俳句ひねりをり
秋風に通過電車の音流れ
秋の旅仲間と七時に集合す
秋の旅六人揃い出立す
※旅仲間六人・・・SとMとIとYとKと私の六人。
秋旅の企画と渉外S担当
秋旅の運転・案内M担当
秋旅の会計・買い出しYとK
秋旅の記録とその他I担当
仲間との十回目となる秋の旅
秋の朝六人揃い旅立てり
秋の旅カーナビセットし出発す
秋の旅乗車し一路秩父へと
㊟秩父・・・①埼玉県南西部の市。秩父盆地の中心地で、旧称は秩父大宮。秩父銘仙(めいせん)の産地。武甲(ぶこう)山に石灰岩を産し、セメント工業が盛ん。夜祭りで知られる秩父神社がある。人口6.7万(2010)。
②埼玉県西部、秩父市および秩父郡の総称。養蚕が盛んで、コンニャク・シイタケを特産。広く国や県の自然公園として指定。(デジタル大辞泉より転載)
◎「秩父について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百二十一)
秋の旅北松戸より一般道
秋の朝江戸川渡り三郷へと

蜻蛉 (令和元年12月1~2日掲載分)


◎ 蜻蛉 (令和元年十二月一~二日掲載分)
● 令和元年十二月一日 日曜日 
○ 十月日々折々 その一 蜻蛉
《今回の自選代表句と自句自解》

華麗なるサンバ踊りや秋まつり 

 十月上旬に、松戸市恒例催事「松戸まつりイン2019」が松戸駅周辺で開催された。今年もサンバ踊りに出場する縁者の応援に行った。そして、出場前にサンバ衣装の縁者と話したり、写真撮影などをした。その後、定刻通りにサンバ踊りが多くの観客の前で華麗に披露された。相変わらずノリが良い。

(十月上旬 日常生活)
秋未明新聞配りのバイク音応援に
我が家の小庭の花壇に秋の蝶
よく晴れた小庭にスイと蜻蛉来て
我が家の小庭の枝に蜻蛉来て
庭先の木の枝先に蜻蛉止まる
秋の晴松戸まつりを妻と観に
※松戸まつり・・・全国自治体初の試み「すぐやる課」発足50周年記念!松戸まつりは、みんなで楽しめる催しが盛りだくさんな松戸のメインイベントです!
 千葉県松戸市は10 月5日(土)・6 日(日)、松戸市恒例催事「松戸まつりイン2019」を松戸駅周辺で開催します。期間中には、松戸市役所「すぐやる課」発足50周年記念イベントも行われます。
秋の晴松戸まつりの会場へ
秋まつり出場縁者の応援に
秋まつりサンバ踊りの応援に
秋まつり出場縁者の写真撮る
秋まつり縁者華美なサンバ衣装
秋まつり通りにサンバ曲流れ
秋まつり縁者ら華麗なサンバ踊り 
華麗なるサンバ踊りや秋まつり 
華麗なるサンバ踊りや秋の晴
秋まつり通りに人垣幾重にも
秋まつり応援済ませ鑑賞す
秋まつり観終えて妻と家路就く
長袖の換え着入れ秋の旅支度

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● 令和元年十二月二日 月曜日 
○ 十月日々折々 その二 秋爽
《今回の自選代表句と自句自解》

秋爽や旅立つ我が身に朝風が 

 いつもの旅仲間と今年は、埼玉県の秩父方面の旅をすることとなった。十月上旬の日の朝、我が家を出立。秋らしい爽やかな朝だ。朝の秋風が、心地よい。

(十月上旬 秩父の旅 その一)
(秋の秩父の旅 一日目)
仲間らと一泊二日の秋の旅
秋の朝六時過ぎには家を出る
鞄手に秋曇りの朝家を発つ
秋の朝旅鞄手に松戸駅へ
駅向かう我が身の上空秋曇り
秋の朝駅向かう道に虫の声
秋の朝道みち聞こえる虫の声
駅向かう身に朝風の爽やかさ
秋爽や駅向かう身に朝風が
秋爽や旅立つ我が身に朝風が 

運動会 (令和元年11月29~30日掲載分)


◎ 運動会 (令和元年十一月二十九~三十日掲載分)
● 令和元年十一月二十九日 金曜日 
○ 九月日々折々 その十九 運動会
《今回の自選代表句と自句自解》

運動会保育園児らかけっこを 

 九月下旬の休日に地元の小学校の校庭で、近くの保育園の運動会が開催された。運動会の曲をBGM(ビージーエム)にして、保育園児らかけっこが始まった。三人一組となって、一位、二位、三位争い。接戦に歓声や拍手が湧く。

(九月下旬 近所の保育園の運動会)
秋の晴風に誘われ母校へと
小学校校門近くにコスモスが
運動会開催近くの保育園
運動会保育園児ら校庭に
校庭に運動会の曲流れ
運動会保育園児らかけっこを 
運動会曲は「天国と地獄」かな
運動会三人ごとに児ら競い
運動会保護者席より声援が
運動会保護者ら児らに拍手して
運動会ポンポンを手に児ら遊戯
運動会がんばる児らに拍手して
運動会頃合いはかり家路就く

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● 令和元年十一月三十日 土曜日 
○ 九月日々折々 その二十 秋空
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の夜逆転勝利に大歓喜 

 第9回ラグビーW杯日本大会が20日に開幕し、A組の日本(世界ランキング9位)は第二戦(9月28日・静岡エコパスタジアム)で強豪アイルランド(世界ランキング2位)と対戦した。そしてそのアイルランドから大金星を挙げた。後半18分に福岡堅樹(パナソニック)が逆転トライを決め、19―12で勝利したのだ。逆転勝利に日本中が大歓喜した。 

(九月下旬 日常生活②)
九月日本アイルランドに勝利して
※アイルランドに勝利・・・
◆ラグビーW杯 ▽1次リーグA組 日本19―12アイルランド(28日・静岡エコパスタジアム)
 1次リーグA組で世界ランク9位の日本が、同2位のアイルランドから大金星を挙げた。後半18分に福岡堅樹(パナソニック)が逆転トライを決め、19―12で勝利した。(スポーツ報知より転載)
秋の夜逆転勝利に大歓喜 
秋の夜に歓喜の「万歳」響きゆく
秋や秋日に日に上がるラクビー熱 
スポーツの秋少年らサッカーを
秋や秋サッカー少年庭駆ける
芸術の秋カラオケを楽しめり
文化の秋昭和歌謡を楽しめり
秋空を行く飛行機に差す夕日
秋空を飛ぶ行く飛行機夕日浴び
秋空を夕日を浴びて飛機行けり
秋夕日空行く飛行機オレンジに

曼珠沙華 (令和元年11月27~28日掲載分)


◎ 曼珠沙華 (令和元年十一月二十七~二十八日掲載分)
● 令和元年十一月二十七日 水曜日 
○ 九月日々折々 その十七 秋雨
《今回の自選代表句と自句自解》

朝風呂やそぼ降る秋雨リズミカル 

 朝風呂に入る。外は、そぼ降る雨。雨音が、リズミカルに聞こえる。湯船に浸りながら、雨音を楽しむ。

(九月中旬 日常生活)
秋雨の音を耳にし朝風呂に
秋雨に耳傾ける朝の風呂 
朝風呂やそぼ降る秋雨リズミカル 
しみじみと雨音楽しむ秋の朝
秋の晴上空に雲一つなし
よく晴れて秋晴の朝清々し
今年また柿の実色づく頃となり
ラグビーの日本大会秋開催
㊟ラグビーの日本大会・・・日本、初8強へ開幕戦快勝!松島が史上初ハットトリック 計4トライでロシア撃破
◇ラグビーW杯1次リーグA組 日本30―10ロシア(2019年9月20日 味スタ)
 第9回ラグビーW杯日本大会が20日に開幕し、A組の日本(世界ランキング10位)は開幕戦でロシア(同20位)と対戦。WTB松島幸太朗(26)がW杯日本史上初の1試合3トライを決める活躍で、30―10で勝利。(スポニチアネックスより転載 / 2019年9月20日 21時46分 )
◎「ラグビーW杯日本大会開幕」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百十九)
ラグビーの日本大会秋開幕
スポーツの秋開幕戦快勝す
スポーツの秋史上初の3トライ
スポーツの秋に松島3トライ
秋寂し脳裡に奥の貢献度
㊟奥(克彦)・・・日英友情のトライ、奥克彦へ届け W杯招致に奔走「一緒に見たかった」
 来年開催のラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会に向けて、日本代表がロンドン郊外でイングランド代表に挑んだ17日、この会場近くでもう一つの日英戦があった。早大、英オックスフォード大のラグビー部で活躍した外交官、故・奥克彦さん=死亡当時(45)=をしのぶ「奥記念杯」。W杯招致に尽力しながら、15年前の11月29日、イラクで凶弾に倒れたラガーマンに、仲間たちは「本番を一緒に見よう」と語りかけた。(ロンドン・阿部伸哉、写真も)
 晩秋のロンドンにめずらしく陽光が降り注ぐピッチ。やや腹の出た英議会関係者のチームも、在英日本人相手に大声を出しながら芝の上を転げ回った。
 「記念杯」は二〇〇五年から続く日英アマチュアの対戦。奥さんを英国留学時代から知る元英自民党の役員で、現在はラグビー用具メーカーを営むレッジ・クラークさん(60)の呼び掛けで始まった。
 クラークさんもオックスフォード大、神戸製鋼でならしたラガーマン。奥さんが〇一年にロンドンの日本大使館勤務となるとさらに意気投合し「ゴルフ、酒でも友情を深める」仲に。クラークさんは「彼の車のトランクにはいつも、泥だらけのラグビーシューズがあった」と思い出を語る。
 だが奥さんは〇三年十一月二十九日、復興支援のためロンドンからイラクへの長期出張中、同国北部で車で移動中に銃撃され、突然この世を去った。早大、外務省で同期の駐トルコ大使で、今年の「記念杯」に出場した宮島昭夫さんは「ラグビーがメジャーではないアジアでW杯をやるんだ」と語った奥さんを覚えている。
 ロンドン着任前の奥さんは東京でW杯招致に駆け回り、早大ラグビー部先輩の森喜朗首相(当時)を訪ね官邸にも足を運んだ。奥さんの存命中、日本はW杯招致を逃したが、ロンドン在住のラグビージャーナリスト、竹鼻智さんは「奥さんの英国人脈が、その後の招致活動に生きた」と話す。
 奥さんは一八三一年設立のロンドンの紳士クラブ「ギャリック・クラブ」で初の日本人会員となるなど、ラグビーを通じて英国の政財界に幅広い人脈を築いた。「ラグビー大国での人脈が、日本が苦手なロビー活動に大きな力となったはず」と竹鼻さんは分析する。
 「記念杯」とは別会場で八万人超を集めた日本対イングランドの代表戦でも、試合の公式冊子は奥さんの功績をたたえ、特集記事が組まれた。「彼がいたら、来年は組織委員会トップとしてぼくらを迎えてくれたはず」とクラークさん。日本でのW杯が近づくにつれ、立役者の記憶はますます強くよみがえっている。(東京新聞 2018年11月28日 夕刊より転載)
◎「奥克彦の思い」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百二十)
仲秋に奥の念願実現す
奥の夢実現令和元年秋

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● 令和元年十一月二十七日 水曜日 
○ 九月日々折々 その十七 曼珠沙華
《今回の自選代表句と自句自解》

公園の景観秋の箱庭に 

 街中にある公園。公園内は、桜の薄もみじ、彼岸花、虫の声、どんぐりなど秋らしい雰囲気になっている。上空には、うろこ雲。離れてみると、公園の景観は、秋の箱庭状態となっていた。

(九月下旬 日常生活①)
長月に巨人がリーグ優勝す
※巨人がリーグ優勝・・・巨人がリーグ優勝 5年ぶり 37回目
優勝へのマジックナンバーを「2」としていたプロ野球の巨人は21日、横浜スタジアムでDeNAと対戦し、3—2で勝って5年ぶり37回目のセ・リーグ優勝を決めた。今季、3度目の巨人監督に復帰した原辰徳監督(61)は通算13年で8回目のリーグ制覇を果たした。(9月21日 毎日新聞より転載)
寝静まる未明の空に半月が
住む街の天上に澄みし下弦月
秋の夜引退する阿部ホームラン
※引退する阿部ホームラン・・・【巨人】今季限りで現役引退の阿部、4番で豪快な同点ソロ「最高です!」ファンも涙 
 ◆巨人―DeNA(27日・東京ドーム)
 今季限りで現役引退する巨人の阿部慎之助捕手(40)が、「4番・捕手」でスタメン出場し、4回に同点ソロを放った。(スポーツ報知より転載 9/27(金) 19:11配信 )
朝散歩公園の桜薄黄葉
散歩する朝の公園に彼岸花
公園に赤白二色の彼岸花 
公園に赤白二色の曼珠沙華
散歩する朝の公園に虫の声 
散歩する朝の公園にどんぐりが 
散歩する公園上空うろこ雲
朝散歩しばらく楽しむ秋景色
街なかの公園すっかり秋景色 
公園の景観秋の箱庭に 

十五夜 (令和元年11月25~26日掲載分)


◎ 十五夜 (令和元年十一月二十五~二十六日掲載分)
● 令和元年十一月二十五日 月曜日 
○ 九月日々折々 その十五 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

「ゆりかごめ」車窓流れる秋景色 

 東京臨海新交通臨海線「ゆりかもめ」の車窓から、船の科学館、都立潮風公園、フジテレビ本社、お台場海浜公園、台場公園、東京湾、レインボーブリッジ、東京タワー、芝浦埠頭などの秋景色を楽しんだ。実に変化に富んでいる。

(九月中旬 「マンモス展」 その十二)
秋の旅プロムナードのなか駅へ
秋の旅駅傍に船の科学館
㊟船の科学館・・・船の科学館(ふねのかがくかん Museum of Maritime Science)は、公益財団法人日本海事科学振興財団が運営する海事博物館。東京都品川区東八潮の現東京臨海副都心地区に、1974年(昭和49年)7月に竣工・開館した。2011年10月に本館展示を休止[注釈 1]し、南極観測船「宗谷」の展示公開と屋外展示場での収蔵物展示を中心に博物館として営業しており、体験教室など各種イベントを継続して実施している。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅帰りはクルーズターミナル
秋の旅ターミナル駅より乗車
※クルーズターミナル駅・・・東京国際クルーズターミナル駅のこと。
秋の旅来た道戻り家路就く
秋の旅「ゆりかごめ」乗り新橋へ
「ゆりかごめ」車窓流れる秋景色 
秋の旅新橋駅より上野駅
秋の旅山手線乗り上野駅
秋の旅電車の車窓にスカイツリー
常磐線電車の車窓に秋の川
秋の旅常磐線乗り松戸駅
秋の旅松戸駅より家路就く
秋の旅終えて三時に無事帰宅

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● 令和元年十一月二十六日 火曜日 
○ 九月日々折々 その十六 十五夜
《今回の自選代表句と自句自解》

十五夜の雲井まばゆく明るかり 

 今年の十五夜の月は、曇りがち。しかし、十五夜の月の明るさは、さすが・・・。雲井でも明るい十五夜の月。まばゆいほどの月明かりだ。外で暫し、名月を楽しむ。

(九月中旬 十五夜)
流れゆく雲間に十五夜お月さま
流れゆく雲間に十五夜丸まると
流れゆく雲間の十五夜明るくて
十五夜の雲井まばゆく明るくて
十五夜の雲井まばゆく明るかり 
今年また妻と仲秋の月眺む
名月やまた一つ増す老いの歳
寝静まる街に満月煌々と 
我が街に満月の光燦々と
十五夜や老い二人して団子食む
満月や平安の世に思い馳せ
満月や久遠の光天空に
天空の満月星光打ち消して

秋風 (令和元年11月23~24日掲載分)


◎ 秋風 (令和元年十一月二十三~二十四日掲載分)
● 令和元年十一月二十三日 土曜日 
○ 九月日々折々 その十三 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の展ASIMO様々な動きして 

 実りの秋。東京お台場の日本科学未来館での企画展の「マンモス展」を鑑賞後、三階の常設展示ゾーンの「未来をつくる」、さらに五階の常設展示ゾーンの「世界をさぐる」を鑑賞した。見どころの多い公開展示であった。
 さらに昼食後、午後一時から三階で有名なASIMO(アシモ)の実演を鑑賞することができた。

(九月中旬 「マンモス展」 その十)
秋の旅昼食済ませ三階へ
秋の旅ASIMO(アシモ)の実演鑑賞に
㊟ASIMO(アシモ)・・・ASIMO(アシモ)は、本田技研工業が開発し、ホンダエンジニアリング株式会社が製造していた世界初の本格的な二足歩行ロボット[1]。予測運動制御によって重心やゼロモーメントポイント(ZMP)を制御して自在に歩くことができ、階段の上り下り、旋回、ダンスなども可能。親しみやすさを考えたデザインを採用している。本田技研工業の説明によると、「ASIMO」という名称は「Advanced Step in Innovative Mobility(新しい時代へ進化した革新的移動性)」の略である。開発の動機に手塚治虫の鉄腕アトムがあったとされている[2]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「ASIMO(アシモ)とは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百十八)
秋の展ASIMO実演一時より
秋の展実演会場人あまた
秋の展会場あまたな外国人
秋の展ASIMOの言動生なまし
秋の展ASIMO様々な動きして 
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・秋の写真」の「マンモス展」(九月中旬)に「ASIMO(アシモ)実演中(お台場・日本科学未来館)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
秋の展ASIMOボール蹴る動き
秋の展ASIMOの動きなめらかさ
ロボットの言動なめらか秋の展

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● 令和元年十一月二十四日 日曜日 
○ 九月日々折々 その十四 秋風
《今回の自選代表句と自句自解》

秋風に吹かれて揺れる万国旗 

 東京お台場の日本科学未来館を出ると傍に産業技術総合研究所臨海副都心センターがあった。その建物に、万国旗が並んでいる。万国旗は、秋風に揺れていた。お台場は、スケールが大きい。 

(九月中旬 「マンモス展」 その十一)
秋の展ASIMO実演十数分
秋の展ロボットASIMOに拍手湧く
秋の展会場内に湧く拍手
秋旅にロボットASIMO楽しめり
秋の旅ASIMO観終えて土産店
秋の旅ASIMO観終えて土産買う
秋の旅出館前に「UNI-CUB(ユニカブ)」に
㊟「UNI-CUB(ユニカブ)」・・・「UNI-CUB(ユニカブ)」は、ASIMOで培われたバランス制御技術をもとに開発されたパーソナルモビリティ。乗り物でもあり、またロボットでもあるような、新しい存在です。
屋内で歩行者が行き交う空間の中で、周囲の人と「調和」することをコンセプトとして開発されており、座ったままバランス移動のみで操作することができます。(日本科学未来館HPより転載)
文化の秋UNI-CUB操作初体験
秋の旅UNI-CUB操作楽しめり
秋の旅未来館より家路就く
秋の旅未来館出で家路就く
秋の旅未来館脇に産総研
※産総研・・・産業技術総合研究所臨海副都心センターのこと。
秋の旅産総研に万国旗
秋風に吹かれて揺れる万国旗 

秋の昼 (令和元年11月21~22日掲載分)


◎ 秋の昼 (令和元年十一月二十一~二十二日掲載分)
● 令和元年十一月二十一日 木曜日 
○ 九月日々折々 その十一 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の展国際宇宙ステーション 

 九月中旬。実りの秋。東京お台場の日本科学未来館での三階の常設展示ゾーンの「未来をつくる」を鑑賞後、さらに五階の常設展示ゾーンの「世界をさぐる」を鑑賞しに行った。このゾーンでは、国際宇宙ステーション(ISS)などが、公開されていた。

(九月中旬 「マンモス展」 その八)
秋の展なかにロボットコーナーが
秋の展アンドロイドは動き真似
秋の展和服のアンドロイド居て
秋の展アナログのうた面白し
秋の旅オーバルブリッジより五階
秋旅に「世界をさぐる」展示ゾーン
秋の展「世界をさぐる」ジオ・スコープ
秋の展「世界をさぐる」ジオ・パレット
秋の展地球環境温暖化
秋の展国際宇宙ステーション 
㊟国際宇宙ステーション・・・国際宇宙ステーション(こくさいうちゅうステーション、英: International Space Station、略称:ISS、仏: Station spatiale internationale、略称:SSI、露: Междунаро́дная косми́ческая ста́нция、略称:МКС)は、アメリカ合衆国、ロシア、日本、カナダ及び欧州宇宙機関 (ESA) が協力して運用している宇宙ステーションである。地球及び宇宙の観測、宇宙環境を利用した様々な研究や実験を行うための巨大な有人施設である。地上から約400km上空の熱圏を秒速約7.7km(時速約27,700km)で地球の赤道に対して51.6度の角度で[9]飛行し、地球を約90分で1周、1日で約16周する。なお、施設内の時刻は、協定世界時に合わせている。
1998年11月20日から軌道上での組立が開始され、2011年7月に完成した[10]。当初の運用期間は2016年までの予定であったが、アメリカ、ロシア、カナダ、日本は少なくとも2024年までは運用を継続する方針を発表もしくは決定している[11][12]。運用終了までに要する費用は1540億USドルと見積もられている(詳細は費用を参照)。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「国際宇宙ステーション(SSI)について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百十五)

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● 令和元年十一月二十二日 金曜日 
○ 九月日々折々 その十二 秋の昼
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の展見どころ多き未来館 

 九月中旬。実りの秋。東京お台場の日本科学未来館での企画展の「マンモス展」を鑑賞後、三階の常設展示ゾーンの「未来をつくる」、さらに五階の常設展示ゾーンの「世界をさぐる」を鑑賞した。見どころの多い公開展示であった。

(九月中旬 「マンモス展」 その九)
秋の展妻とISS(アイエスエス)に入る
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・秋の写真」の「マンモス展」(九月中旬)に「国際宇宙ステーション(SSI)の船内(お台場・日本科学未来館)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
秋の展体験宇宙ステーション
秋の展展示のなかに「あかつき」が
㊟「あかつき」・・・ここては、「あかつき」の模型。
 あかつき(第24号科学衛星: 計画名「PLANET-C」または「VCO(Venus Climate Orbiter、金星気候衛星)」)は、宇宙航空研究開発機構(以下JAXA)宇宙科学研究所(以下ISAS)の金星探査機。観測波長の異なる複数のカメラを搭載して金星の大気を立体的に観測する。2010年5月21日に種子島宇宙センターから打ち上げられた。
 2010年12月7日に金星の周回軌道に入る予定であったが、打ち上げから半年ほどして、メインエンジンが故障した。金星に近い軌道で太陽を周回しながら、宇宙をさまようしかなく、計画は失敗したと見なされた。
 しかしその後、メインエンジンのかわりに推力が5分の1しかない姿勢制御エンジンを使うことにした。このことで、6年後に金星に再接近する際に、金星の周回軌道に移ることが可能となった。当初計画とはまったく異なる新たなプランで、計画の完遂を狙った。
2015年12月7日に金星周回軌道への再投入が行われ[1]、12月9日に成功が確認された[2][3][4]。
2016年4月4日、再度の軌道修正を行い、4月8日成功を確認した[5]。この軌道修正により観測期間が当初予定の800日から2000日に延びる事となった[5]。
 それ以後、金星を周回しながら、大量の写真を撮影した。2019年4月現在、5台のカメラのうち2台が故障したが残る3台が正常に作動している。これまでに送られた画像は、人類にとって未知のもので、金星の構造について多大な知見を与えた[6]。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「あかつき」とは』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百十六)
秋の展展示のなかに「しんかい」が
㊟「しんかい」・・・「しんかい6500」のこと。ここでは、その模型。
しんかい6500は、国立研究開発法人海洋研究開発機構が所有する大深度有人潜水調査船。2012年現在、世界で2番目[注 1]に深く潜れる、運用中の潜水調査船である。「しんかい2000」の運用実績をもとに1989年に完成し[1]、2002年11月には「しんかい2000」が運用休止となったため、日本で唯一の大深度有人潜水調査船となっている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋旅に展示観測ニュートリノ
㊟ニュートリノ・・・ニュートリノ(英: neutrino[注釈 1])は、素粒子のうちの中性レプトンの名称。中性微子(ちゅうせいびし)とも書く[1]。電子ニュートリノ・ミューニュートリノ・タウニュートリノの3種類もしくはそれぞれの反粒子をあわせた6種類あると考えられている。ヴォルフガング・パウリが中性子のβ崩壊でエネルギー保存則と角運動量保存則が成り立つように、その存在仮説を提唱した。「ニュートリノ」の名はβ崩壊の研究を進めたエンリコ・フェルミが名づけた。フレデリック・ライネスらの実験により、その存在が証明された。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「ニュートリノとは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百十七)
秋の展見どころ多き未来館 
秋の旅常設展を楽しめり
秋の旅展示観終えて昼食に
秋の旅未来館にて昼食を
秋の昼コーヒー啜り一休み

秋冷え (令和元年11月19~20日掲載分)


◎ 秋冷え (令和元年十一月十九~二十日掲載分)
● 令和元年十一月十九日 火曜日 
○ 九月日々折々 その九 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

食欲の秋マンモス狩り疑似体験 

 九月中旬。楽しみにしていた東京お台場の日本科学未来館での「マンモス展」を鑑賞しに出掛けた。
 日本科学未来館の企画展の「マンモス展」を鑑賞する。途中に、マンモスと写真が撮れる写真コーナーがあった。妻とカツラを被り、牛の毛皮の衣装を身に着け、槍を手にして、妻と共にマンモス狩猟の写真を撮った。

(九月中旬 「マンモス展」 その六)
秋の展冷凍標本ライチョウも
㊟冷凍標本ライチョウ・・・ライチョウ(冷凍標本)
特別重要文化財(ロシア連邦)
年代:1,600年前/発掘:2016年8月/
発掘場所:サハ共和国 ベルホヤンスク地区 ユニュゲン (「マンモス展」HPより転載)
秋の展千六百年前の鳥
秋の展第三展示場に入る
秋の展なかのマンモス実物大
秋の展実物マンモス大きくて 
秋の展マンモス狩猟疑似体験 
※マンモス狩猟の関連記事・・・①ケブカマンモス遺体の脛骨、体毛、筋肉組織を試料に測定した放射性炭素年代は約4.5万年前と出た。これは、遺体の含まれていた地層の上部にある層の植物から得られた年代が約4万年前だったこととも符合する。すなわち北極海に面した北緯72度のシベリアに、4万5000年前に人類が生息し、マンモスを狩っていたのだ。
②考古学者アレクセイ・ティホーノフに率いられた学術調査隊がこのマンモスの発掘調査を開始、体長約3メートル、体高約1.8メートルの15歳ほどの若いオスマンモスの全身骨格を掘り出した。背には脂肪などの軟部の一部も、残っていた。 その成果は、今年(二〇一六年)1月15日号のアメリカの科学誌「サイエンス」で、調査に当たったロシアの研究チームによって報告された。チームが注目したのは、この個体の眼窩、肋骨、顎骨に明らかに槍で突かれたと判断される傷が見つかったことだ。さらに頬骨の窪みに、1個の槍先も残っていた。(以上、マンモス関連サイトより転載)
秋の展毛皮の衣装着て狩猟
秋の展我が頭にはカツラ付け
秋の展マンモス狩猟槍を手に
秋の展マンモス狩りは槍手にし
秋旅に毛皮着ヤリ手にマンモス狩り
文化の秋毛皮着ヤリ手にマンモス狩り
秋旅にヅラ付け槍手にマンモス狩り
文化の秋ヅラ付け槍手にマンモス狩り
食欲の秋槍を手にマンモス狩り
食欲の秋マンモス狩り疑似体験 
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・秋の写真」の「マンモス展」(九月中旬)に「マンモス狩り(お台場・日本科学未来館)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。

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● 令和元年十一月二十日 火曜日 
○ 九月日々折々 その十 秋冷え
《今回の自選代表句と自句自解》

実りの秋「未来をつくる」展示ゾーン 

 九月中旬。実りの秋。東京お台場の日本科学未来館での企画展の「マンモス展」を鑑賞後、三階の常設展示ゾーンの「未来をつくる」を鑑賞しに行った。
 このゾーンは、「これから先、私たちはどんな方法で豊かさを築いていけばいいのでしょう?私たちが望む社会や暮しのかたちを描きだし、その夢がどんなアイディアによって実現されるかを考える」ゾーンとのこと。
 ここでは、世界最先端のアンドロイド(人間酷似型ロボット)が体験できる常設展「アンドロイド ― 人間って、なんだ?」などが公開されていた。

(九月中旬 「マンモス展」 その七)
秋の展ユカギルマンモス頭部標本
㊟ユカギルマンモス・・・ユカギルマンモスの発見された現場は、ロシア連邦サハ共和国の北端のユカギル村から東方約30km離れた川の南側斜面である。川岸の平坦な頂上部から水面までの高さは約4mあり、頂上部から深さ約1mから下の部分の永久凍土から、頭部をはじめとするマンモス部位が発見されている。(愛・地球博サイトより転載)
(追記)
「ユカギルマンモス」(頭部冷凍標本)
2005年に開催された「愛・地球博」(185日間)で展示され、700万人(総来場者2200万人)が目撃した「ユカギルマンモス」(頭部冷凍標本)が14年の時を経て来日を果たします。
特別重要文化財(ロシア連邦)
年代:17,800年前/発掘:2002年/
発掘場所:サハ共和国 ウスチ・ヤンスク地区 イリン・ヴィラフチャアンニア川下流地域(「マンモス展」HPより転載)
◎「ユカギルマンモスについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百十三)
秋の展ケナガマンモス鼻標本
㊟ケナガマンモス・・・ケナガマンモス (学名:Mammuthus primigenius) は哺乳綱長鼻目ゾウ科マンモス属の一種である。英名(Woolly mammoth)からウーリーマンモスとも。マンモス属を代表する種であり、日本でマンモスと言えば大半はこの種を指す。
マンモス属としてはやや中型で、ユーラシア大陸の広範囲(東は中国中部から朝鮮半島を含むシベリアと西は北西ヨーロッパ)や北海道、北アメリカ大陸に生息していた。シベリアからは時折、軟体部が保存された標本が永久凍土から発掘されている。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「ケナガマンモスについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百十四)
冷凍やブルーの室内秋冷えに
秋の展ケナガマンモス皮膚標本
㊟ケナガマンモス皮膚標本・・・ケナガマンモスの皮膚(冷凍標本)
 昨年夏、本展のために発掘現場を訪れた調査隊が発見した、『ケナガマンモスの皮膚』(マンモスの後脚部分)の冷凍標本も世界初公開します。非常に生々しい状態で発掘されたこの皮膚には、マンモスがなぜ極寒の地で生き延びられたのかを解き明かす鍵が隠されています。
特別重要文化財(ロシア連邦)
年代:31,150年前/発掘:2018年8月12日/
発掘場所:サハ共和国 ベルホヤンスク地区 ユニュゲン(「マンモス展」HPより転載)
秋の展マンモス展示満喫す
秋の展マンモス展示楽しめり
秋の展企画展より常設展
秋の展一階観終え階上へ
秋の旅妻と常設展示ゾーン
秋の旅展示観に妻と三階へ
秋旅に「未来をつくる」展示ゾーン
実りの秋「未来をつくる」展示ゾーン 

秋哀れ (令和元年11月17~18日掲載分)


◎ 秋哀れ (令和元年十一月十七~十八日掲載分)
● 令和元年十一月十七日 日曜日 
○ 九月日々折々 その七 秋哀れ
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の展スタッフ話に毛利さん 

 九月中旬。楽しみにしていた東京お台場の日本科学未来館での「マンモス展」を鑑賞しに出掛けた。
 日本科学未来館の企画展の「マンモス展」を鑑賞するために、会館の十時頃に入館する。館内の若い女性スタッフから見どころを聞く。この若い女性スタッフは、館長の元宇宙飛行士毛利衛さんから、辞令を受けたとのこと。暫し、話が弾む。
かん
(九月中旬 「マンモス展」 その四)
秋の旅「マンモス展」の鑑賞に
秋の旅受付済ませ企画展
秋の展スタッフ話に毛利さん 
㊟毛利さん・・・ここでは、毛利衛さんのこと。
 毛利 衛(もうり まもる、1948年(昭和23年)1月29日 - )は、北海道出身の宇宙飛行士、科学者。科学者としての専門は真空表面科学、核融合炉壁材料、宇宙実験。化学者でもある。
 宇宙航空研究開発機構 (JAXA) 宇宙環境利用システム本部有人宇宙活動推進室長、日本科学未来館館長、京都大学大学院特任教授[1]、東京工業大学大学院総合理工学研究科連携教授、公益財団法人日本宇宙少年団団長。
アラバマ大学客員教授、筑波大学客員教授なども歴任した。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅妻と入る企画展示ゾーン
秋の展第一展示場に入る
秋の展冷凍マンモス標本が
秋の展冷凍標本マンモスが
秋の展ケナガマンモスの仔の「ディーマ」
㊟仔ケナガマンモス「ディーマ」・・・仔ケナガマンモス「ディーマ」(標本)
 1977年に完全体で発見された仔マンモス「ディーマ」の標本が38年ぶりに来日します。
年代:40,000年前/発掘:1977年6月/
発掘場所:マガダン州 コリマ川上流域(「マンモス展」HPより転載)
秋の展四万年前仔マンモス
秋の展冷凍保存の仔マンモス
秋哀れ冷凍保存の仔マンモス

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● 令和元年十一月十八日 月曜日 
○ 九月日々折々 その八 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の展ケナガマンモスの毛に触れて

 九月中旬。楽しみにしていた東京お台場の日本科学未来館での「マンモス展」を鑑賞しに出掛けた。
 日本科学未来館の企画展の「マンモス展」を鑑賞する。途中に、ケナガマンモスの毛に触れられるコーナーがあった。外側の毛と内側の毛の二種類に手で触れてみた。外側の毛と内側の毛の二種類の共通点は、釣り糸に振りている感じだった。異なる点は、外側の毛の方が明らかに太く、内側の毛は細かった点だ。

(九月中旬 「マンモス展」 その五)
文化の秋冷凍保存のマンモスを
文化の秋冷凍標本生なまし
文化の秋冷凍保存技術知る
秋の展ケナガマンモスの毛に触れて
秋の展意外と固い毛に触れて
秋の旅次の展示に移動して
秋の展冷凍標本仔ウマ「フジ」
㊟仔ウマ「フジ」・・・仔ウマ「フジ」(冷凍標本)
 ロシアから驚愕のニュースが届きました!世紀の大発見!「古代仔ウマ」完全体冷凍標本の「マンモス展」での世界初公開決定!
特別重要文化財(ロシア連邦)
年代:41,000~42,000年前/発掘:2018年8月/
発掘場所:サハ共和国 ベルホヤンスク地区 バタガイカ・クレーター(「マンモス展」HPより転載)
秋の展「フジ」四万二千年前
秋の展ユカギルバイソン標本が
㊟ユカギルバイソン標本「ユカギルバイソン」(冷凍標本)
特別重要文化財(ロシア連邦)
年代:9,300年前/発掘:2011年8月/
発掘場所:サハ共和国 ウスチ・ヤンスク地区 ヤナ・インジギルカ低地 チュクチャラフ湖 (「マンモス展」HPより転載)
秋の展冷凍標本仔イヌ観る
㊟冷凍標本仔イヌ(冷凍標本)
特別重要文化財(ロシア連邦)
年代:12,450年前/発掘:2015年8月/
発掘場所:サハ共和国 ウスチ・ヤンスク地区 スィアラアフ川流域 (「マンモス展」HPより転載)
秋の展一万二千年前イヌ

秋曇り (令和元年11月15~16日掲載分)


◎ 秋曇り (令和元年十一月十五~十六日掲載分)
● 令和元年十一月十五日 金曜日 
○ 九月日々折々 その五 秋曇り
《今回の自選代表句と自句自解》

秋曇り東京タワーの赤と白 

 九月中旬。楽しみにしていた東京お台場の日本科学未来館での「マンモス展」を鑑賞しに出掛けた。途中、東京臨海新交通臨海線「ゆりかもめ」の車窓から、東京タワーが見えた。秋曇りのグレーの空を背にして、赤と白の東京タワー。結構、絵になる。

(九月中旬 「マンモス展」 その二)
秋の旅上野東京ライン乗り
秋の旅新橋駅より「ゆりかもめ」
㊟「ゆりかもめ」(鉄道)・・・東京臨海新交通臨海線(とうきょうりんかいしんこうつうりんかいせん)は、東京都港区の新橋駅から江東区の豊洲駅までを結ぶ、株式会社ゆりかもめが運営する自動案内軌条式旅客輸送システム (AGT) 路線である。駅ナンバリングで使われる路線記号はU。
 開通当初から愛称のゆりかもめもしくは新交通ゆりかもめで呼ばれることが多く、また同じ東京臨海副都心地区を通る東京臨海高速鉄道りんかい線との紛らわしさもあり、正式な路線名は一般にはほとんど用いられていない。路線名の「東京臨海新交通臨海線」(「臨海線」ではなく「東京臨海新交通」を含めて路線名である)は、運営会社「株式会社ゆりかもめ」が「東京臨海新交通株式会社」だった当時からの名称であるが、社名が変更されてからも従来のままとなっている。都市計画事業としての名称は、東京都市計画道路特殊街路新交通専用道第1号臨海線1 - 3及び東京都市計画都市高速鉄道東京臨海新交通臨海線である。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「ゆりかもめ」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百十)
秋の旅電車乗り継ぎ青海へと
秋の旅「未来館」へ「ゆりかもめ」乗り
秋の旅自動運転「ゆりかもめ」
秋の旅東京タワー車窓より
秋曇り東京タワーの赤と白 
秋の旅ビル街のなかを「ゆりかもめ」
秋の旅芝浦埠頭通過して
秋の旅レインボーブリッジ渡りゆく
秋の旅車窓右手にお台場が

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● 令和元年十一月十六日 土曜日 
○ 九月日々折々 その六 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

秋風のプロムナードの道歩く 

 九月中旬。楽しみにしていた東京お台場の日本科学未来館での「マンモス展」を鑑賞しに出掛けた。東京臨海新交通臨海線「ゆりかもめ」のテレコムセンター駅で下車し、草木の多い公園のウエストウエストプロムナード(遊歩道)を歩く。秋の風に吹かれつつ歩くプロムナードは、実に気持ちがよい。
  
(九月中旬 「マンモス展」 その三)
秋の旅車窓に海浜公園が
秋の旅車窓に自由の女神像
秋の旅車窓に船の科学館
秋の旅車窓にお台場フジTV
秋の旅テレコムセンター駅で下車
㊟テレコムセンター駅・・・テレコムセンター駅(テレコムセンターえき)は、東京都江東区青海二丁目にある東京臨海新交通臨海線(ゆりかもめ)の駅である。駅番号はU 09。江東区最南端の駅である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅めざすは「日本科学未来館」
㊟「日本科学未来館」・・・日本科学未来館(にっぽんかがくみらいかん、英称:National Museum of Emerging Science and Innovation、愛称:Miraikan、みらいCAN(みらいかん))は、東京都江東区青海の国際研究交流大学村内にある科学館である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「日本科学未来館」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百十一)
秋の旅駅降り歩いて「未来館」
秋の旅プロムナードの道歩く
㊟プロムナード・・・ここでは、ウエストプロムナードの意。
 シンボルプロムナード公園は、青海、有明、台場の各エリアを結んで、臨海副都心内の様々な施設をつないでいる公園です。
 ウエスト、センター、イーストの3エリアのプロムナード(遊歩道)から成り立っております。
 ウエストプロムナードの、台場方面の海に向かってまっすぐのびる眺望のひらけた空間からは、自由の女神・自由の炎・レインボーブリッジ・東京タワーを望むことができます。
 周辺にはフジテレビやホテルがあり、ゆりかもめ台場駅から日本科学未来館をとおり、テレコムセンターまでを結びます。(東京お台場netより転載)
秋風のプロムナードの道歩く 
秋の旅歩いて「科学未来館」
秋の旅「マンモス展」の会場へ
㊟マンモス・・・マンモス (英語: mammoth) は哺乳綱長鼻目ゾウ科マンモス属 (Mammuthus) に属する種の総称である。現在は全種が絶滅している。
現生のゾウの類縁だが、直接の祖先ではない。約400万年前から1万年前頃(絶滅時期は諸説ある)までの期間に生息していた。巨大な牙が特徴で、種類によっては牙の長さが5.2メートルに達することもある。日本では、シベリアと北アメリカ大陸に生息し、太く長い体毛で全身を覆われた中型のケナガマンモス M. primigenius が有名である。実際にはマンモスは大小数種類あり、シベリア以外のユーラシア大陸はもとより、アフリカ大陸や南アメリカ大陸に広く生息していた。特に南北アメリカ大陸に生息していたコロンビアマンモスは、大型・短毛で、かつ最後まで生存していたマンモスとして有名である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「マンモスについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百十二)

残暑 (令和元年11月13~14日掲載分)


◎ 残暑 (令和元年十一月十三~十四日掲載分)
● 令和元年十一月十三日 水曜日 
○ 九月日々折々 その三 残暑
《今回の自選代表句と自句自解》

台風の直後首都圏大混乱 

 九月上旬。台風が次々と発生した。特に台風15号は九月九日午前三時頃、千葉市付近に上陸した。上陸する前から、統計開始以来最も強い勢力の台風といわれ、大雨洪水さん暴風警報が発令されていた。
 そして、未明には、猛烈な暴風雨となった。なんと、午前五時までの最大瞬間風速は千葉で57.5m/sを記録した。
 台風15号が直撃した影響で、首都圏は九日(月)の朝、週明けの通勤・通学が乱れ、首都圏の市民生活に大きな混乱をもたらした。

(九月上旬 台風15号③)
台風は千葉市付近に上陸す
この千葉に過去最強の台風が
台風や約三時間の暴風雨
朝七時台風過ぎゆく気配して
台風の風雨弱まる七時台
台風や児童登校十時まで
台風後人ごった返す駅周辺
台風後タクシー乗り場に人の列
台風後駅改札の列長蛇
空晴れて残暑のさなかの列長蛇
台風の直後首都圏大混乱 
㊟首都圏大混乱・・・首都圏大混乱!倒壊、電車が/台風15号
 台風15号が直撃した影響で、首都圏は9日、週明けの通勤、通学が乱れ、市民生活が大きく混乱した。JR在来線は始発から「計画運休」となり、私鉄や地下鉄でも運休する路線があり、交通網が広範囲にストップした。強風などによるけが人や建物の被害も相次ぎ、停電も90万件以上で発生した。(日刊スポーツより転載)
◎「首都圏大混乱について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百八)

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● 令和元年十一月十四日 木曜日 
○ 九月日々折々 その四 秋の朝
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の旅行く先お台場「未来館」 

 九月中旬。楽しみにしていた東京お台場の日本科学未来館での「マンモス展」を鑑賞しに出掛けた。

(九月中旬 「マンモス展」 その一)
文化の秋妻とお台場方面へ
秋の旅妻とお台場方面へ
秋の旅出立朝の八時半
文化の秋「マンモス展」の鑑賞に
㊟「マンモス展」・・・企画展「マンモス展」【日本科学未来館】
 2005年「愛・地球博」で700万人が熱狂した「ユカギルマンモス」が、世界初公開の冷凍マンモス標本を連れて、再び日本にやってくる!
 6月7日から開催の企画展「マンモス展」では、2005年に「愛・地球博」で初公開され大きな話題となった『ユカギルマンモス』の冷凍標本をはじめ、近年、ロシア連邦サハ共和国で発掘された世界初公開を含むマンモスや古代の動物たちの冷凍標本を世界最大規模で展示、同時に最先端生命科学による『マンモス復活プロジェクト』をご紹介し、過去、現在、未来の角度から『マンモス』に迫ります。
 注目の展示は、世界初公開の『ケナガマンモスの鼻(冷凍標本)』と『ケナガマンモスの皮膚(マンモスの後脚部分)』。これまで考えられてきた鼻の形状を覆す発見があったり、なぜ極寒の地で生き延びられたのかを解き明かす鍵が隠されています。また、完全体で永久凍土から発掘された仔ケナガマンモス「ディーマ」の標本も38年ぶりに来日します。
 近年では、遺伝情報の保存状態がよい細胞サンプルが発見されており、先端バイオテクノロジーを用いたマンモスの復活に大きな進展が期待されます。その一方で、倫理的な問題や生態系への影響などの課題もあり、最先端の生命科学のあり方についても考えていきます。
 マンモスをはじめとしたさまざまな生き物の貴重な標本を通して、マンモスの生態や当時の自然環境に迫るほか、古生物を取り巻く先端の生命科学研究についてご紹介します。
企画展「マンモス展」
会期 2019年6月7日(金)~11月4日(月・振休)
会場 日本科学未来館(江東区青海2-3-6)
(イベント情報サイトより転載)
(追記)
 生命科学の進歩に伴い、研究者はマンモスなどの冷凍状態で発見される動物から、生命のさまざまな情報−遺伝情報やタンパク質情報−を取り出す技術を手に入れました。その情報を用いて、太古に起こっていただろう生命現象を再現しつつあり、ベールに覆われたマンモスの真の姿へ一歩ずつ近づいています。日本では、近畿大学がマンモスの全貌解明へ向けた研究を展開し、その姿を捉えようとしています。
 マンモスをはじめとした生命科学研究がもたらす技術革新は、絶滅危惧種の保護やマンモスなどの絶滅種の再生の糸口につながるのみならず、先端医療や食糧問題、地球環境問題などさまざまな分野に役立つ可能性があります。(日本科学未来館サイトより転載)
◎『「マンモス展」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百九)
秋の朝松戸の地より青海へと
㊟青海・・・青海(あおみ)は、東京都江東区の町名。現行行政地名は青海一丁目から青海四丁目。郵便番号は135-0064[2](フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅行く先お台場「未来館」 
秋の旅行く先青海の「未来館」
秋の日の旅先は「科学未来館」
秋の朝松戸駅より新橋へ
秋の旅松戸駅より新橋へ
秋の朝上野東京ライン乗り

台風 (令和元年11月11~12日掲載分)


◎ 台風 (令和元年十一月十一~十二日掲載分)
● 令和元年十一月十一日 月曜日 
○ 九月日々折々 その一 秋の昼
《今回の自選代表句と自句自解》

台風や大雨暴風警報が 

 九月上旬。台風が次々と発生した。特に台風15号は九月九日午前三時頃、千葉市付近に上陸した。上陸する前から、統計開始以来最も強い勢力の台風といわれ、大雨洪水さん暴風警報が発令されていた。

(九月上旬 日常生活)
秋の朝ぶらり立ち寄るネットカフェ
九月またファミリーカラオケ楽しめり
秋の昼カラオケ終えてネギトロ丼
食欲の秋のお昼にネギトロ丼
上旬に台風次つぎ発生し

(九月上旬 台風15号①)
上旬に台風首都圏来襲す
十五号台風首都圏来襲す
㊟台風十五号・・・【速報】台風15号 千葉市付近に上陸 関東では過去最強クラス
 台風15号(ファクサイ)は、9日(月)5時前に千葉県千葉市付近に上陸しました。
 関東上陸では過去最強の勢力
 台風15号は3時の時点で、中心付近の最大風速が40m/sと解析されています。統計開始以来、最も強い勢力で関東地方に上陸したとみられます。5時までの最大瞬間風速は千葉で57.5m/s、[9/9(月) 4:58配信 ウェザーニュースより転載]
◎「台風十五号について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百七)
台風や大雨洪水警報が
台風や大雨暴風警報が 
台風や深夜にパトカーウーウーと
台風や深夜にウーウー警告音
台風や未明に強き風の音
台風や未明にビュービュー風音が
台風や未明に強き雨の音
台風や未明にザーザー雨音が

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● 令和元年十一月十二日 火曜日 
○ 九月日々折々 その二 台風
《今回の自選代表句と自句自解》

台風や未明猛烈な暴風雨 

 九月上旬。台風が次々と発生した。特に台風15号は九月九日午前三時頃、千葉市付近に上陸した。上陸する前から、統計開始以来最も強い勢力の台風といわれ、大雨洪水さん暴風警報が発令されていた。そして、未明には、猛烈な暴風雨となった。なんと、午前五時までの最大瞬間風速は千葉で57.5m/sを記録した。、

(九月上旬 台風15号②)
関東に雨風強き台風が
関東に過去最強の台風が
台風や未明にピーポー消防車
台風や未明にピーポー警告音
台風や未明にキーンと強き風
台風や四時過ぎキーンと強き風
台風や未明の雨はどしゃぶりに
台風や未明猛烈な雨と風
台風や未明猛烈な暴風雨 
台風や未明頻繁な警告音

八月 (令和元年11月9~10日掲載分)


◎ 八月 (令和元年十一月九~十日掲載分)
● 令和元年十一月九日 土曜日 
○ 八月日々折々 その十七 八月
《今回の自選代表句と自句自解》

八月のリーグコンテスト応援に 

 残暑が厳しい八月三十一日(土曜日)に浅草サンバカーニバル パレードコンテスト開催。出場する縁者の浅草サンバカーニバル パレードリーグコンテストの応援に浅草へ。

(八月下旬 浅草サンバカーニバル①)
八月の下旬に妻と浅草へ
秋の旅松戸の地より浅草へ
八月やサンバカーニバル応援に
※サンバカーニバル・・・ここでは、浅草サンバカーニバル パレードコンテストのこと。
第38回浅草サンバカーニバル パレードコンテスト
【日程】 2019年8月31日(土)
【時間】 13:00~18:00※パレードコンテストは13:30から
【場所】 台東区 馬道通り~雷門通り
【主催】 浅草サンバカーニバル実行委員会
浅草サンバについて
 浅草の夏を締めくくる「浅草サンバカーニバル」は、昭和56年の開始以来賑やかなことが大好きな浅草の皆さんに支えられてますます発展し、近頃は毎年50万人のお客様で賑わう一大イベントに成長いたしました。
 また、ブラジルのリオデジャネイロのカーニバルをお手本とする出場チームの努力により、北半球最大のサンバカーニバルと申しあげても過言ではない質を誇ります。
 ただのパレードではない真剣勝負のコンテストもみどころです。(浅草サンバカーニバルの関連サイトより転載)
(追記)
 8月31日、東京・浅草で第38回浅草サンバカーニバルが開催された。約25団体、5000人がパレードに参加し、コンテスト方式でダンスや山車を披露。浅草寺の雷門前はサンバのリズムが響き渡り、来場者は、その踊りに酔いしれた。
(日刊スポーツより転載)本日(2019年8月31日)の浅草の最高気温 三十一度
◎「第38回浅草サンバカーニバル パレードコンテストについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百六)
八月のサンバカーニバル応援に
秋暑しサンバカーニバル応援に
八月のリーグコンテスト応援に 
残る暑さリーグコンテスト応援に
残暑かなリーグコンテスト応援に 
八月のS1リーグの応援に
八月に松戸の地より北千住
八月に北千住より浅草へ
八月に浅草駅より会館へ
※会館・・・ここでは、産業貿易センター台東館のこと。

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● 令和元年十一月十日 日曜日 
○ 八月日々折々 その十八 残暑
《今回の自選代表句と自句自解》

残暑かなサンバの踊り熱帯びて 

 残暑が厳しい八月三十一日(土曜日)の今日の浅草の最高気温は三十一度。この浅草で毎年恒例の浅草サンバカーニバルが開催された。出場する縁者の応援に今年もアクサにやってきた。馬道通りに、次々とサンバチームがやって来る。サンバリズムに乗り踊るダンスはとても魅力的である。だんだんと浅草サンバカーニバルは、熱を帯びてきた。

(八月下旬 浅草サンバカーニバル②)
八月に浅草駅より台東館
八月に縁者ら集う会館へ
八月や縁者のチームに挨拶し
八月や縁者の仲間に差し入れを
八月や差し入れ終えて会場へ
八月や妻と馬道通り会場へ
※馬道通り(うまみちどうり)・・・「馬道通り(道路名)」は東京都台東区花川戸2丁目にあり、最寄り駅は浅草駅。
コンテスト残暑の通りに人垣が
八月に縁者チームの写真撮る
秋暑し次々チームスタートし
残暑かな次々チームスタートし
八月にチームサンバのダンス披露
八月やサンバの踊りリズム乗り 
残暑かなサンバの踊りリズム乗り 
八月にサンバのリズム鳴り響く
秋暑しサンバの踊り熱帯びて 
残暑かなサンバの踊り熱帯びて 
八月の馬道通りにぎやかに
八月にサンバ人垣の通りゆく
八月に縁者人垣の通りゆく
コンテスト残暑のさなか応援す
残暑かな応援駅の近くまで
残暑かな頃合いはかり向かう駅
秋の旅浅草駅より帰路に就く

秋の宵 (令和元年11月7~8日掲載分)


◎ 秋の宵 (令和元年十一月七~八日掲載分)
● 令和元年十一月七日 木曜日 
○ 八月日々折々 その十五 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

芸術の秋に楽しむ歌謡ショー 

 芸術の秋。秋開催の「松戸市はつらつクラブの集い」。第二部は、歌謡ショーだ。男性歌手の新浜レオンと女性歌手のこゆりの二人の歌謡ショーを楽しんだ。

(八月下旬 松戸市はつらつクラブの集い②)
秋の会続いて第二部歌謡ショー
秋の会新浜レオンステージに
㊟新浜レオン・・・新浜レオン(にいはまレオン、男性、1996年5月11日 - )は日本の歌手である。
 2019年5月1日、"令和初日デビュー"として、シングル「離さない 離さない」でデビューした[1]。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の会新浜レオン歌披露
秋の会スーツ姿でレオン歌
秋の会シオン「離さない 離さない」 を
秋の会「心奪って」を新浜が
秋の会新浜に客大拍手
秋の会続いて登場歌手こゆり
※こゆり・・・出身地:埼玉県 血液型:B型  趣味:ピアノ 特技:マンガを描くこと。子供の頃から音楽に興味を持ち、ピアノを勉強するかたわら合唱団に所属。
 2002年日本アマチュア歌謡連盟全国大会でヤング部門グランプリ受賞を機に、音楽の道を歩む。(徳間ジャパン関連サイトより転載)
秋の会こゆりは白いドレス着て
秋の会こゆりの歌は「貴船路(きぶねみち)」
秋の会「港町慕情」をこゆり歌う
秋の会こゆりへ観客客大拍手
芸術の秋に楽しむ歌謡ショー 
秋の会第二部終えて家路就く

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● 令和元年十一月八日 金曜日 
○ 八月日々折々 その十六 秋の宵
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の宴話は肴を摘みつつ 

 旅仲間との秋の旅の打合せを兼ねた居酒屋での宴会の席。酒の肴を摘みながら、今年スペイン旅行やニュージーランド旅行に行った仲間たちの話を聞いた。旅行の写真も見せてもらいながら・・・。
 その後、今年の秋、我々が予定している秩父の一泊二日の旅について語り合った。酒を飲みながら、肴を摘みながら・・・。

(八月下旬 旅の打合せ会兼ねた宴会)
秋の宵いつもの柏の居酒屋へ
八月の下旬に旅の打合せ
居酒屋に仲間ら集う秋の宵
秋の宵旅仲間集い打合せ
八月に打合せ込みの宴会を
秋の宴ジョッキ手にしてする乾杯
秋の宴仲間五人と乾杯す
秋の宴話は肴を摘みつつ 
秋の会話しにスペイン旅話
秋の宴仲間らと飲む酒酒旨し
秋の宴焼き鳥・ピザに舌鼓
秋の宴秩父の旅の打合せ
仲間との会話の弾む秋の宴
秋の宴頃合いはかりお開きに
仲間らと握手し別れる秋の夜

秋雨 (令和元年11月5~6日掲載分)


◎ 秋雨 (令和元年十一月五~六日掲載分)
● 令和元年十一月五日 火曜日 
○ 八月日々折々 その十三 秋雨
《今回の自選代表句と自句自解》

雨後の朝窓開け放つ初秋かな 

 八月下旬。秋雨前線の影響で曇り時々雨の日が続いた。雨が止んだ朝、部屋の窓を開けると曇り空。しかし、少しひんやりとして涼しい。つい最近まで、残暑が厳しく猛暑日や真夏日が続いていたが、ようやく秋の気配が感じ取れるようになった。

(八月下旬 日常生活)
雨降れり秋雨前線近づいて
雨後の朝窓開け放つ初秋かな 
夕曇り近くに蜩鳴く声が
かなかなや街なかにても知る季節
八月に模試会場へ孫送る
初秋の朝江戸川堤散歩して
川沿いの木立に法師蝉の声
歩きゆく江戸川堤に秋の風
秋風の吹きゆく堤を歩きゆく
吹く風に江戸川沿いの薄揺れ
道沿いの深き草叢に虫の声 
草叢より不意に飛び出す蜻蛉いて
目の前をヒョイと飛び立つ蜻蛉かな
目にも秋耳にも秋を体感す
八月の下旬カラオケ仲間逝く
カラオケの歌仲間逝く秋寂し
秋寂びやカラオケの歌仲間逝く

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● 令和元年十一月六日 水曜日 
○ 八月日々折々 その十四 白粉花
《今回の自選代表句と自句自解》
会館へ向かう路傍に白粉花 

 八月下旬に開催される「松戸市はつらつクラブの集い」の当日。会場の松戸市民会館へ歩いて向かった。途中の路傍に白粉花が咲いていた。秋の花だ。

(八月下旬 松戸市はつらつクラブの集い①)
八月にはつらつクラブの集会へ
※はつらつクラブの集会・・・・松戸市はつらつクラブ連合会の集い
秋の日に妻連れ市民会館へ
会館へ向かう路傍に白粉草
会館へ向かう路傍に白粉花 
秋の会受付済ませ会場へ
秋の会最前列の座席着く
秋の会会場内に高齢者
秋の会午前十時より第一部
秋の会午前十時より式典に
秋の会会長来賓あいさつし
秋の会続いて表彰状贈呈

秋の夕 (令和元年11月3~4日掲載分)


◎ 秋の夕 (令和元年十一月三~四日掲載分)
● 令和元年十一月三日 日曜日 
○ 八月日々折々 その十一 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の会ギターとルンバにある相性 

 暦の上で立秋も過ぎ、秋となった。芸術の秋の走りの時分に、クラシックコンサートに出掛け、クラシック音楽を鑑賞した。三部構成のコンサートの第三部。ルンバのリズムを奏でるフラメンコギター。曲は、耳慣れた「コーヒールンバ」。フラメンコギターの歯切れの良い音色が、心地よい。

(八月中旬 フリーコンサートin松戸2019 その六)
秋の会フラメンコギター三重奏
㊟フラメンコギター・・・フラメンコギター(英: Flamenco guitar)は、ナイロン弦のアコースティックギターの一種で、フラメンコの演奏に適した仕様のもの。
 特徴【編集】
 明るくて立ち上がりが鋭く、歯切れの良い音色を特徴とする。側板(サイド)と裏板(バック)にローズウッドやハカランダなどの木材が使われているクラシックギターに比べ、軽いシープレスと呼ばれる糸杉が使われている。また、本体そのものも薄いのでギターの重量が軽い。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「フラメンコギターについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百三)
秋の会下肢Мの字にしてギター
秋の会奏者の下肢はМの字に
秋の会フラメンコギター響かせて
秋の会協会聖歌「聖女」聴く
秋の会「コーヒールンバ」の曲耳に
秋の会ルンバのリズム心地よく
㊟ルンバ・・・ルンバ(Rumba)とはキューバのアフリカ系住民の間から生まれたラテン音楽であり、リズム名でもあり、ダンス名でもある。
 また、1930年代にアメリカ経由でキューバのソンが、ルンバ(Rhumba)として紹介され広まった。これはキューバでのルンバとは別物であるが、世界的なルンバ・ブームを経て、社交ダンスやムード音楽など独自の発展を遂げた。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「ルンバについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百四)
秋の会ギターとルンバにある相性 
秋の会演奏に客大拍手
秋の会「ブラボー」の声会場に
秋の会「ラ・ストラヴァガンツァ」演奏
㊟「ラ・ストラヴァガンツァ」・・・ラ・ストラヴァガンツァ (伊語:La stravaganza)作品4は、アントニオ・ヴィヴァルディが作曲した12曲から構成されるヴァイオリン協奏曲集、およびその曲集のタイトルである。タイトルの「ストラヴァガンツァ」は「奇妙・狂態」などを意味する。 作品3の『調和の霊感』に続いて出版された一連の協奏曲集で、作品4は主に独奏ヴァイオリンが活躍し、高度な演奏技術を要求されるものとして知られる。 出版は1712年から1713年にかけて(1714年頃とも)、アムステルダムの出版社、エティエンヌ・ロジェ社より。なお、ヴィヴァルディは出版の際にトラブルを避けるため、弟子で行政司法官のヴィットール・デルフィーノに後援を頼んで出版した。曲集の献呈はデルフィーノになされている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「ラ・ストラヴァガンツァ」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百五)

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● 令和元年十一月四日 月曜日 
○ 八月日々折々 その十二 秋の夕
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の会ギター演奏語るように 

 暦の上で立秋も過ぎ、秋となった。芸術の秋の走りの時分に、クラシックコンサートに出掛け、クラシック音楽を鑑賞した。三部構成のコンサートの第三部。四時間ほどクラシックギターを中心とした演奏を鑑賞した。共通して言えることは、良い演奏は、優しく語りかけてくる音色で深みがある。今回のコンサートは、二十チーム、約五十人の演奏会。十分堪能できた。

(八月中旬 フリーコンサートin松戸2019 その七)
秋の会「田園組曲」大トリに
秋の会ギター演奏語るように 
秋の会ギター演奏に魅了され
秋の会二十チームの生演奏
秋の会約五十名の生演奏
秋の会奏者近隣県より来
秋の会出演者らに客拍手
秋の会世話役礼述べ終演す
秋の会出演者らに大拍手
秋の会午後四時過ぎに終演す
秋の夕大満足して家路就く

初秋 (令和元年11月1~2日掲載分)


◎ 初秋 (令和元年十一月一~二日掲載分)
● 令和元年十一月一日 金曜日 
○ 八月日々折々 その九 初秋
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の会「草原情歌」二胡に乗り 

 暦の上で立秋も過ぎ、秋となった。芸術の秋の走りの時分に、クラシックコンサートに出掛け、クラシック音楽を鑑賞した。三部構成のコンサートの第二部「室内楽の愉しみ」。以前によく歌ったりしていた「草原情歌」が二胡で演奏されている。しばらく目を閉じて聞いた。草原が自然と映像化されていく・・・。

(八月中旬 フリーコンサートin松戸2019 その四)
秋の会二部「室内楽の愉しみ」
㊟室内楽・・・室内楽(イタリア語: musica da camera、英語: chamber music)とは、少人数編成の重奏、すなわち1声部に1人の独奏者が配される器楽である[1][2][3]。通常2人から9人くらいまでで編成される[2][3]。
 16世紀中葉のイタリアで、キリスト教教会で用いられる教会音楽に対し、王侯貴族の館の部屋で演奏される世俗音楽を指す「ムジカ・ダ・カメラ」(部屋の音楽)という言葉が用いられ始めた[1]。バロック音楽では、教会堂や劇場以外の、室内を会場とする音楽全般を意味し、独奏・声楽・管弦楽を含んでいた[4]。古典派音楽の時代に近代室内楽が成立し、弦楽四重奏・弦楽三重奏・弦楽五重奏・ヴァイオリンソナタ・ピアノ三重奏・ピアノ四重奏・ピアノ五重奏・フルート四重奏・クラリネット五重奏・木管五重奏などの定型が形成された[1]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「室内楽について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百)
秋の会トーンチャイムの生演奏
㊟トーンチャイム・・・柔らかく心に沁み入るような音色。独自のハンマー機構と厳選された材料により、すばらしい音色を実現しました。トーンチャイムから生み出されるその音色 は、聴く人はもちろん演奏者の心にも優しく響き、安らぎを与えてくれることでしょう。みんなが簡単に楽しめる楽器、みんなの力が必要な楽器。トーンチャイ ムの演奏性・音色が、大きな感動と夢を育みます。
 トーンチャイムは、ひとりでは演奏できない楽器です。ひとりひとりが自分の音を担当し、グループ全員が一つになった時に、素敵な音楽になります。
美しい音色をみんなで共有し、ひとつの音楽を創り上げることで、それぞれの個性や感性を育み、新しい感動をおぼえます。(鈴木楽器製作所サイトより転載)
◎「トーンチャイムとは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百一)
生演奏「夏の思い出」聴く秋日
生演奏「夏の思い出」聴く初秋
秋の会トーンチャイムの音響く
秋の会トーンチャイムの音優し
秋の会二胡の三重奏生で
秋の会二胡とギターの生演奏
秋の会「草原情歌」の曲耳に
※「草原情歌」・・・「草原情歌」(ツァオユァンチンゴ)は、中国の楽曲。
 草原情歌 そうげんじょうか在那遥远的地方. 遥か離れたそのまたむこう 誰にでも好かれる綺麗な娘がいる. 『草原情歌』(そうげんじょうか)は、中国の北西部に位置する新疆(しんきょう)ウイグル自治区のカザフ族民謡を元に1938年に発表された中国の歌曲。
(追記)
 第1節3行目に「家」は、ユルトというモンゴルのパオのような移動家屋のこと。「草原」も標高3000メートルだという。
秋の会「草原情歌」二胡に乗り 
秋の会耳にフルート四重奏

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● 令和元年十一月二日 土曜日 
○ 八月日々折々 その十 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

バイオリン・ギターの妙音聴く秋に 

 暦の上で立秋も過ぎ、秋となった。芸術の秋の走りの時分に、クラシックコンサートに出掛け、クラシック音楽を鑑賞した。三部構成のコンサートの第二部「室内楽の愉しみ」。バイオリンとギターという珍しい楽器演奏の取り合わせ。どんな演奏になるかといぶかしく演奏を聴いていると、意外とマッチしている。調べの妙に暫し聴き入る。 

(八月中旬 フリーコンサートin松戸2019 その五)
秋の会「モルダウ」の曲フルートで
秋の会四重奏の音相和して
秋の会耳に弦楽五重奏
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・秋の写真」の『「フリーコンサートin松戸2019」(八月中旬)』に「弦楽五重奏のワンシーン」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
※弦楽五重奏・・・曲 モーツァルト 〔全てヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ1〕 第4番ト短調K.516
秋の会五重奏の音心地よく
秋の会シックな衣装の演奏者
秋の会三部「アンサンブルの響き」
㊟アンサンブル・・・アンサンブル(仏: ensemble)は、音楽用語で2人以上が同時に演奏すること。
 合奏、重奏、合唱、重唱の意味、あるいはそれらの団体の意味にも用いられる。一般的に、オーケストラ(管弦楽団)は規定の楽器編成を満たした大人数の演奏団体(50人から100人前後)を意味するため、これに含まれない室内楽の演奏団体をアンサンブルと呼ぶことが多い。
 古典派やロマン派では、室内楽の編成として弦楽四重奏やピアノ三重奏、木管五重奏、金管五重奏などのある程度固定化された演奏形態が存在し、これらのうち独立した団体として頻繁に演奏活動を行う団体もあるが、それ以上の人数でなおかつ標準的なオーケストラまでは必要としないアンサンブルとなると、室内管弦楽団(チェンバー・オーケストラ)という名称の演奏団体として活動するか、フルオーケストラの中の抜粋メンバーがそれらの音楽を演奏する。また、金管のみいくつも必要とするなどの特殊編成の場合はオーケストラのメンバーだと賄いきれず、金管奏者のみが多数揃った金管アンサンブルが演奏を担う(他の楽器でも同様)。
 古楽や現代音楽では独特の編成を持つ楽曲も多く、これらの曲を専門に手がける演奏団体が存在し、それらのうちのいくつかはアンサンブルという名称を名乗っている。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「アンサンブルについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百二)
秋の会「ギターアンサンブルの響き」
秋の会三部最初にギターデュオ
秋の会「カディス」を演奏ギターデュオ
秋の会歌と演奏ギターデュオ
バイオリン・ギターの妙音聴く秋に 
秋の会アンサンブルの音楽しめり

秋思(令和元年10月30~31日掲載分)


◎ 秋思(令和元年十月三十~三十一日掲載分)
● 令和元年十月三十日 水曜日 
○ 八月日々折々 その七 秋思
《今回の自選代表句と自句自解》

コンサート耳に秋思の鎮魂歌 

 暦の上で立秋も過ぎ、秋となった。芸術の秋の走りの時分に、クラシックコンサートに出掛け、クラシック音楽を鑑賞した。三部構成のコンサートのオープニングにおいて、オカリナとギターの生演奏で、フォルクローレの代表作の「アルフォンシーナと海」が演奏された。この鎮魂の曲は、オカリナの優しい音色で癒された感じを受けた。

(八月中旬 フリーコンサートin松戸2019 その二)
秋の会オープニングに挨拶を
秋の会先ず世話役のご挨拶
秋の会オープニングに演奏を
秋の会演奏曲は「カバティーナ」
秋の会オカリナ・ギターの演奏に
㊟オカリナ・・・オカリナ(オカリーナ)はエアリード(無簧)式の笛であり、気鳴楽器の一種である。発音に唇の振動を用いないので、旧来の楽器分類法では、陶器やプラスチックなどで作られていても木管楽器に分類される。リコーダーやフルートなどとは共振系の形状が異なっており、音響学的にはヘルムホルツ共鳴器[1]と呼ばれるものに極めて近い特性を持っている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「オカリナとは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百九十八)
秋の会オカリナ・ギターの生演奏
秋の会「アルフォンシーナと海」演奏
㊟『「アルフォンシーナと海」について』・・・「アルフォンシーナと海」(あるふぉんしーなとうみ、Alfonsina y el Mar )は、フォルクローレの代表作の一つ。
 概要【編集】
 1969年発表のフェリックス・ルナ(Félix Luna)作詞、アリエル・ラミレス(Ariel Ramírez)作曲のサンバである。アルゼンチンの詩人、アルフォンシーナ・ストルニ(Alfonsina Storni)の事を歌っている。
創唱者であるアルゼンチンのメルセデス・ソーサの歌唱が有名である[1]。
YouTubeでも、日本のライブハウス録音も含め[2]、いくつかアップロードされている[1]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
(追記)
 若くして入水自殺した女流詩人、アルフォンシーナ・ストルニの鎮魂歌。
◎『「アルフォンシーナと海」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百九十九)
秋の会耳に繊細なギターの音
コンサート秋思の鎮魂曲演奏
コンサート耳に秋思の鎮魂曲 
コンサート耳に秋思の鎮魂歌 
秋の会音楽世界に誘われ
音楽の世界に浸る秋の日に 

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● 令和元年十月三十一日 木曜日 
○ 八月日々折々 その八 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

芸術の秋にクラシックギターの音 

 暦の上で立秋も過ぎ、秋となった。芸術の秋の走りの時分に、クラシックコンサートに出掛け、クラシック音楽を鑑賞した。三部構成のコンサートの第一部「ギターソロの魅力」。クラシックギターの音色に心が癒された。

(八月中旬 フリーコンサートin松戸2019 その三)
秋の日に三部構成のコンサート
秋の会先ず第一部ギターソロ
秋の会一部は「ギターソロの魅力」
芸術の秋にクラシックギターの音 
秋の会耳にクラシックギターの音
秋の会19世紀ギターの音
秋の会次つぎギターの演奏を
秋の会次つぎ演奏ギターソロ
秋の会ギターの迫力ある演奏
秋の会七人それぞれギターソロ

立秋 (令和元年10月28~29日掲載分)


◎ 立秋 (令和元年十月二十八~二十九日掲載分)
● 令和元年十月二十八日 月曜日 
○ 八月日々折々 その五 立秋
《今回の自選代表句と自句自解》

待っていた立秋の日は真夏日に 

 今年の夏は前半梅雨寒であったが、後半は真夏日・猛暑日が続いた。立秋になれば少しはと期待していたが、三十五度近い気温。相変わらずの真夏日だ。そしてさらに真夏日が続くこととなる。

(八月上旬 日常生活④)
待っていた立秋の日は真夏日に 
待っていた暦の立秋熱帯夜
残暑かな危険な暑さ続く日々
温暖化猛暑日続く残暑かな
温暖化真夏日続く残暑かな
残暑かな暑さをしのぐ閉じこもり
残暑かな暑さしのぎの閉じこもり

(八月中旬 日常生活①)
田舎より宅配便の桃届く
今年また長野の桃を頂戴す
今年また長野の桃を仏前に
今年また孫らと寺へ迎え火に
仏間にて棚経僧と称名を
よく晴れた早朝より鳴く法師蝉

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● 令和元年十月二十九日 火曜日 
○ 八月日々折々 その六 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

芸術の秋にクラシックコンサート 

 暦の上で立秋も過ぎ、秋となった。芸術の秋の走りの時分に、クラシックコンサートに出掛け、クラシック音楽を鑑賞した。

(八月中旬 フリーコンサートin松戸2019 その一)
秋の日に妻連れ市民劇場へ
芸術の秋にコンサート会場へ
芸術の秋にクラシックコンサート 
芸術の秋にフリーのコンサート
※フリーのコンサート・・・ここでは、「フリーコンサートin松戸2019」のこと。
 標記コンサートでは、クラシックギターのソロやアンサンブルを中心に、ハープ、フルート、二胡、バイオリン、チェロ、トーンチャイムなどによる室内楽も楽しむことができます。
開催日時 8月18日(日) 12:20~16:15(開場12:00)
開催場所 松戸市民劇場ホール
内  容     
 ☆オープニング=「アルフォンシーナと海」(永松知雄・小郷有子)/他
 ☆<第1部> ギターソロの魅力=「アダージョ」(細谷寛子)/「セビリア」(直井正敏)/「子供の夢」(熊坂勝行)/他
 ☆<第2部> 室内楽の楽しみ=「夏の思い出」(トーンチャイム音夢の樹)/二胡三重奏「草原情歌」(六風韵)/他
 ☆<第3部> ギターアンサンブルの響き=「コルドバ」(ギターデュオ)/他(地元の情報サイトより転載)
芸術の秋にギターの演奏会
秋の会受付済ませ座席着く
秋の会待ち時間見るプログラム
秋の会フリーコンサート満席に
秋の会会場内に立見客
定刻に秋のコンサート開演す

揚花火 (令和元年10月26~27日掲載分)


◎ 揚花火 (令和元年十月二十六~二十七日掲載分)
● 令和元年十月二十六日 土曜日 
○ 八月日々折々 その三 揚花火
《今回の自選代表句と自句自解》

フィナーレや花火は七色・金色に 

 今年の江戸川河川敷での松戸花火大会2019のフィナーレは、七色の花火と金色の揚花火が十分ほど交互に繰り返され、例年になく見応えのあるフィナーレとなった。

(八月上旬 松戸花火大会2019②)
暗闇に浴衣の姿ちらほらと
暗闇に四部構成の大花火
河川敷打上花火バババンと
バババンと赤緑青の揚花火
闇焦がす連続技の揚花火
客席に歓声拍手湧く花火
大花火シュルシュルと音立て
揚花火夜風に吹かれて鑑賞す
フィナーレは打上花火の連続音
七色に夜空を焦がす揚花火
金色に夜空を焦がす揚花火
フィナーレや花火は七色・金色に 
大会に一万発の花火揚ぐ
孫共に花火大会満喫す

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● 令和元年十月二十七日 日曜日 
○ 八月日々折々 その四 雲の峰
《今回の自選代表句と自句自解》

雲の峰球児の熱闘甲子園 

 今年も伝統の高校野球が始まった。一点差を争う野球中継中のテレビ画面に甲子園球場上空のむくむくと盛り上がる入道雲が映し出された。真夏の熱闘甲子園にふさわしい光景だ。

(八月上旬 日常生活③)
真夏の夜全英ゴルフ観戦す
真夏の夜渋野優勝に大感動
㊟渋野優勝・・・渋野が全英初V 42年ぶり快挙
 AIG全英女子オープンは4日、最終日を迎え、2打差の単独首位で出た渋野日向子が、 通算18アンダーとしてメジャー初出場初優勝を遂げた。日本勢42年ぶり2人目のメジャー制覇となった。(Yahoo!ニュースより転載)
真夏の夜渋野優勝に大拍手
向日葵や渋野シンデレラスマイルを
※渋野シンデレラスマイル・・・全英制覇 20歳の新星・渋野日向子選手
 まさにゴルフ界のシンデレラストーリー。日本人選手として42年ぶりの海外メジャー制覇を成し遂げた、20歳の“スマイル・シンデレラ”渋野日向子選手。
(Yahoo!ニュース関連サイトより転載)
(追記)
 全英女子オープンを制した渋野日向子(20=RSK山陽放送)の世界ランク(ロレックスランキング(が、一気にジャンプアップした。大会前は46位だったが、日本時間6日更新の最新ランクでは、14位に浮上。9位から10位に後退した畑岡奈紗に続いて日本人2位につけ、初めて東京五輪出場圏内に入った。(日韓スポーツより転載)
夏に渋野メジャー制覇や女子ゴルフ 
向日葵や渋野優勝女子ゴルフ
向日葵の大輪開花女子ゴルフ
真夏の夜日本快挙に大感動
真夏日の未明のビックニュースかな
真夏の夜我が身心も熱帯夜
向日葵や渋野の笑顔に癒されて
真夏日に球児ら戦う甲子園
球児いる甲子園上に雲の峰
甲子園球児の上空雲の峰
甲子園球児の熱戦雲の峰
甲子園戦う球児雲の峰
雲の峰球児の熱闘甲子園 
甲子園球児頭上に夏の雲
甲子園球児頭上に入道雲
クーラーを効かせテレビで野球観る

油蝉 (令和元年10月24~25日掲載分)


◎ 油蝉 (令和元年十月二十四~二十五日掲載分)
● 令和元年十月二十四日 木曜日 
○ 八月日々折々 その一 クーラー
《今回の自選代表句と自句自解》

クーラーはおやすみモード熱帯夜 

 梅雨寒の梅雨が明けたと思ったら、連日の真夏日。いきなりクーラー生活を送ることとなった。夜も熱帯夜のため、クーラーをおやすみモードで使用している。今年は、寒暖差が大きすぎ。

(八月上旬 日常生活①)
良く晴れて今年初の猛暑日に
蝉の声自宅近くの公園より
夏の夕タオルを首に力作業
作業中タオルで額の汗ぬぐう
夏夕べ作業を終えて風呂に入る
風呂上り脱衣所に入り扇風機
風呂上り着替え済ませて氷菓食む
晩夏かな昨日も今日も熱帯夜
晩夏かな連日続く熱帯夜
クーラーはおやすみモード熱帯夜 

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● 令和元年十月二十五日 金曜日 
○ 八月日々折々 その二 蝉
《今回の自選代表句と自句自解》

よく晴れて人はぐったり蝉元気 

 真夏日が続く。よく晴れて気温が上昇してゆく。人は暑さでぐったりしてきたが、蝉は元気に鳴いている。今日は、猛暑日になる予報がでている。

(八月上旬 日常生活②)
よく晴れて関東連日真夏日に
よく晴れて人はぐったり蝉元気 
油蝉の声に体感温度増す 
暑さ増し人はぐったり蝉元気
高温に人はぐったり蝉元気
午前中日陰を選んで買い物に
買い物や日傘の人とすれ違う
真夏日や早めに買い物午前中
帰宅して風鈴の音に癒されて
(八月上旬 松戸花火大会2019 ①)
晴れやかに花火大会開催す
※花火大会・・・松戸花火大会2019~みんなであげる夢花火~
日時:2019年8月3日(土曜) 19時15分から20時20分
場所:江戸川河川敷
打ち上げ数:約10,000発
 松戸花火大会は4部構成。花火の基本である光・色・音の三原則を大切に、3つの調和を楽しめるように工夫されていて、伝統的な花火や近代的なスターマイン・音楽花火など、約1万発のさまざまな花火が観る人を魅了します。江戸川の河川敷で開催し、川面を渡る心地よい風を感じながら美しく迫力のある花火を間近で鑑賞できるのもうれしいポイント!
 家族や友人とゆっくり花火を楽しめる有料観覧席や、花火開催前のイベントもご用意しています。音楽花火では、話題のあの曲も。お楽しみに!(松戸市HPより転載)
大会や孫らと花火見物を
大花火人出あまたな大会に
大空に四部構成の大花火

滝の音 (令和元年10月22~23日掲載分)


◎ 滝の音 (令和元年十月二十二~二十三日掲載分)
● 蝉時雨令和元年十月二十二日 火曜日 
○ 七月日々折々 その五十八 滝の音
《今回の自選代表句と自句自解》

ナイアガラ滝に近づきヒンヤリと 

 東京都庁第一本庁舎を出て、「虹の橋」で結ばれている隣の新宿中央公園に向かう。
 「虹の橋」を渡り、新宿中央公園内を歩く。しばらく公園内を散策した。やがて、新宿ナイヤガラの滝にたどり着いた。近づくとヒンヤリしている。気温が少し下がっているようだ。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その十五)
夏の旅江戸の頃とは様変わり
夏の旅明治の世とは様変わり
夏に知る新宿今昔物語
夏の旅白糸の滝目の前に
夏の旅階段下りて滝の水
ナイアガラ滝に近づきヒンヤリと 
※ナイアガラ滝・・・テレビドラマにもたびたび登場する新宿中央公園のシンボル的存在の人工の滝で、その名も「新宿ナイアガラの滝」で、迫力がある。
 水の流れる時間は夏季8時~19時、冬季8時~18時。
公園内ナイアガラの滝目の前に
新宿のナイアガラの滝日を浴びて
ナイラガラ前に帯なす滝の水
新宿の公園内に滝の音

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● 令和元年十月二十三日 水曜日 
○ 七月日々折々 その五十九 生ビール
《今回の自選代表句と自句自解》

ナイヤガラ響く滝の音に清涼感 

 東京都庁第一本庁舎を出て、「虹の橋」で結ばれている隣の新宿中央公園に向かう。
 「虹の橋」を渡り、新宿中央公園内を歩く。しばらく公園内を散策した。やがて、新宿ナイヤガラの滝にたどり着いた。近づくとヒンヤリしている。気温が少し下がっているようだ。
 さらに、音立てて流れ落ちる滝の音にも清涼感を覚える。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その十六)
ナイラガラ滝水の音に清涼感 
ナイヤガラ落ちる滝の音に清涼感
ナイヤガラ響く滝の音に清涼感 
夏の旅公園後にし向かう駅
夏の旅都庁前駅より松戸
夏の旅来た道戻り松戸へと
「はなの舞」立ち寄り済ませる夏の昼
行きつけの「はなの舞」にて夏の昼
妻と共小さな旅終え生ビール
夏の昼肴に刺身七種食む
夏の昼食事済ませて家路就く
夏の旅午後一時過ぎ無事帰宅

秋近し (令和元年10月20~21日掲載分)


◎ 秋近し (令和元年十月二十~二十一日掲載分)
● 蝉時雨令和元年十月二十日 日曜日 
○ 七月日々折々 その五十六 蝉時雨
《今回の自選代表句と自句自解》

蝉時雨歩きゆく道に幾重にも 

 東京都庁第一本庁舎を出て、「虹の橋」で結ばれている隣の新宿中央公園に向かう。
「虹の橋」を渡り、新宿中央公園内を歩く。蝉時雨が半端ない。ワンワンワンワンと幾重にも音が重なっている。まさに唸るような蝉の声。  
(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その十三)
夏の旅富士見台の碑丘上に
公園の富士見台に吹く風涼し
公園の高台に吹く風涼し
夏の旅丘に洋風四阿が
夏の旅丘頂上に六角堂
※六角堂・・・旧淀橋浄水場の閉鎖に伴い、主要な施設の一部を保存し、旧淀橋浄水場の果たした役割を顕彰するため、六角堂を新宿中央公園に移設された。
夏の旅六角堂にてひと休み
夏の旅富士見台にて小休止
行く道にワンワワンワの蝉時雨
蝉時雨歩きゆく道に幾重にも 
園内に赤とピンクの薔薇の花

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● 蝉時雨令和元年十月二十一日 月曜日 
○ 七月日々折々 その五十七 秋近し
《今回の自選代表句と自句自解》

夏の旅熊野社昔の景勝地 

 東京都庁第一本庁舎を出て、「虹の橋」で結ばれている隣の新宿中央公園に向かう。
 「虹の橋」を渡り、新宿中央公園内を歩く。奥の方まで行くと緑の木立に囲まれた熊野神社があった。熊野神社の由緒書きから、江戸時代は景勝地であったことを知ると。今はこじんまりとした感じ。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その十四)
高遠のコヒガンザクラは葉桜に
伊那市との友好記念樹葉桜に
秋近し早くもカンナ花咲いて
緑なる立木の傍に標あり
夏日浴ぶ標に写真発祥の地
※写真発祥の地・・・戦前は、小西六写真工業(現:コニカミノルタ)の工場敷地であった。
夏旅に工業写真発祥の地
夏の旅熊野神社の程近く
㊟熊野神社・・・熊野神社(くまのじんじゃ)は、東京都新宿区西新宿二丁目にある神社。新宿総鎮守として知られている。
 由緒【編集】
 当神社は中野長者と呼ばれた室町時代の紀州出身の商人・鈴木九郎によって応永年間(1394年 - 1428年)に創建されたものと伝えられている。(天文・永禄年間に当地の開拓を行った渡辺興兵衛という人物が祀ったという異説もあり)鈴木九郎は代々熊野神社の神官を務めた鈴木氏の末裔で、現在の中野坂上から西新宿一帯の開拓や馬の売買などで財を成し、人々から「中野長者」と呼ばれていた。鈴木九郎は当初自身のふるさとである熊野三山の若一王子を祀ったところ、商売が成功し家運が上昇したので後に熊野三山から十二所権現をすべて祀るようになったのが始まりとされている。かつて存在した付近の地名「十二社」(じゅうにそう)はこれに因んでいる。この地名は現在でも通り(十二社通り)や温泉(新宿十二社温泉)の名などに見られる。
 神社境内には大きな滝があり、また隣接して十二社池と呼ばれていた大小ふたつの池があり、江戸時代には付近は江戸近郊の景勝地として知られていた。江戸時代には熊野十二所権現社と呼ばれていた。江戸時代あたりから付近には茶屋や料亭などが立ち並びやがて花街となっていった。最盛期には茶屋や料亭が約100軒も並んでいたという。この賑わいは戦前まで続いていた。
その後明治時代に入り名が熊野神社となり、その後神社の滝や十二社池は淀橋浄水場の造成や付近の開拓により姿を消し景勝地としての様相は徐々に見られなくなっていった。しかし、熊野神社はその後付近が日本有数の高層ビル街と変貌した現在でも新宿一帯の守り神として人々から信仰を得ている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)新宿西口にある新宿中央 公園の中(隣)にある神社。
◎「熊野神社について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百九十七)
熊野社は木々の緑に囲まれて
夏の旅ここは昔の景勝地
夏の旅熊野社昔の景勝地 
夏に知るこの地の今昔物語

入道雲 (令和元年10月18~19日掲載分)


◎ 入道雲 (令和元年十月十八~十九日掲載分)
● 蝉時雨令和元年十月十八日 金曜日 
○ 七月日々折々 その五十四 蝉時雨
《今回の自選代表句と自句自解》

夏の旅はるか彼方に富士の山 

 七月下旬の今日、妻と東京五輪のメダルを観に来た。都庁第一本庁舎二階の五輪PRコーナーで五輪メダルを鑑賞した後、四十五階(高さ202メートル)の展望室へ向かった。
 ピアノの音が響く展望室の窓から、夏景色を楽しむ。高層ビル街のなかにポツンと広がる緑の場所を見つけた。今万緑の新宿御苑だ。都会のオアシスだ。
 さらに都庁第一本庁舎西側からの景色も楽しむ。遠く向こうに見えるのは富士山だ。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その十一)
夏の旅はるか彼方に富士の山 
夏の旅遥か彼方に雲取山
夏の旅遥か彼方に大菩薩
夏の旅展望楽しみ階下へと
夏の旅展望楽しみ一階へ
夏の旅ラグビーの幟一階に
夏の旅ワールドカップの幟旗
㊟ラグビーワールドカップ・・・ラグビーワールドカップ2019は、2019年9月20日から11月2日に日本で開催予定の第9回ラグビーワールドカップ。アジア初の開催となる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「ラグビーワールドカップ」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百九十四)
夏旅に我もラグビー応援す
夏旅に「カウンターボール」指で押し
※「カウンターボール」・・・「カウンターボール」は、ラグビーワールドカップ2019TM日本大会への期待をつなぐものとして、先月16日に開催した100日前イベントでお披露目しました。ボールにあるボタンを押すと、埋め込まれたカウンターの数字がカウントアップします。多くの方に押していただき、大会への期待や想いをつなぎ、100万人の応援を目指しています。ぜひ、ご参加ください。(東京都 ラグビーワールドカップ2019 夏の気運醸成の取組サイトより転載)
◎『「カウンターボール」とは』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百九十五)
夏の旅観光情報センターへ
※観光情報センター・・・ここでは、東京観光情報センターのこと。東京の観光情報を提供しています。(都庁見学のご案内より転載)
夏の旅主に都内の案内所
夏の旅都庁を後にし公園へ
夏の旅庁舎出てすぐ蝉時雨

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● 蝉時雨 令和元年十月十九日 土曜日 
○ 七月日々折々 その五十五 入道雲
《今回の自選代表句と自句自解》

「虹の橋」緑の木立に囲まれて 

 東京都庁第一本庁舎を出て、「虹の橋」で結ばれている隣の新宿中央公園に向かう。
 今渡っているこの「虹の橋」は、四方ほぼ緑の木立に囲まれている。橋に吹き渡る風が涼しい。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その十二)
都庁出て見上げる空に入道雲
夏の旅新宿中央公園へ
㊟新宿中央公園・・・新宿中央公園(しんじゅくちゅうおうこうえん)は、東京都新宿区西新宿二丁目にある新宿区立の都市計画公園である。
 面積は8万8065m2。新宿区内の緑地のうち新宿御苑・明治神宮外苑・戸山公園に次ぐ面積で、新宿区立公園の中では最も広い。
 概要【編集】
 西新宿の新宿高層ビル群の一角にあり、付近の貴重な緑地として、当地界隈に勤めるビジネスマンなどにも馴染みの公園である。また、開園当初よりテレビドラマや映画、特撮テレビ映画の撮影などが頻繁に行われており、撮影現場を見かけることも多い(有名なところでは「キイハンター」、「帰ってきたウルトラマン」〔TBS系列〕や「太陽にほえろ!」〔日本テレビ系列〕等)。新宿ナイアガラの滝と前の広場は、公園のシンボル的な存在でテレビドラマや特撮・テレビアニメ(「デジモンテイマーズ」〔フジテレビ系列〕等)の撮影でも登場する。
 元々当地は、現在隣接する熊野神社の敷地の一部であり、戦前には小西六写真工業(現:コニカミノルタ)の工場敷地などになっていた。それに戦後新宿副都心計画の一環として、淀橋浄水場の跡地と併せて、西新宿に勤めるサラリーマンなどへの憩いの場として公園として整備されることになった。公園の北端には新宿区立環境学習情報センターと新宿区立区民ギャラリーの複合施設エコギャラリー新宿が設けられた。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「新宿中央公園について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百九十六)
「虹の橋」緑の木立に囲まれて 
※「虹の橋」・・・都庁敷地と新宿中央公園を結ぶ3箇所の陸橋の一つ。一番北側にある。
夏の旅暫し園内散策す
公園内夏空のもと散策す
夏の旅中央公園広びろと
夏の旅浄水場跡広びろと
※浄水場跡・・・淀橋浄水場の跡地。
公園の緑陰の道二人して
夏の旅丘の階段上りゆく
夏の旅階段上り富士見台

夏空 (令和元年10月16~17日掲載分)


◎ 夏空 (令和元年十月十六~十七日掲載分)
● 令和元年十月十六日 水曜日 
○ 七月日々折々 その五十二 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

夏の旅展望室にピアノの音 

 七月下旬の今日、妻と東京五輪のメダルを観に来た。都庁第一本庁舎二階の五輪PRコーナーで五輪メダルを鑑賞した後、四十五階(高さ202メートル)の展望室へ向かった。
 展望室に到着した途端、ピアノの音が耳に入った。音のする方向に目をやると黄色と黒のデザインのピアノが目に飛び込んできた。近くの掲示板に、「都庁おもいでピアノ」と記されていた。見てすぐ合点した。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その九)
夏の旅展望室に外国人
夏の旅展望室にピアノの音 
㊟ピアノ・・・ここでは、「都庁おもいでピアノ」のこと。
 4月3日、第一本庁舎南展望室への「都庁おもいでピアノ」の設置を記念して、お披露目会が開催されました。
この「都庁おもいでピアノ」は、国内外から訪れるお客様の音楽を通じた交流を促進するため、どなたでもご自由に弾いていただけるピアノを展望室に設置するものです。
 都民の方から寄付を受けた、思い出のつまったグランドピアノに、前衛芸術家で名誉都民の草間彌生さんの監修による装飾を施しました。(東京都HP 都政レポート 2019年4月9日 財務局より転載)
◎『「都庁おもいでピアノ」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百九十二)
夏の旅草間デザインのピアノ目に
㊟草間彌生・・・草間 彌生[2](くさま やよい、1929年(昭和4年)3月22日 - )は、日本の芸術家。長野県松本市生まれ。
 幼い頃から悩まされていた幻覚や幻聴から逃れるために、それらの幻覚・幻聴を絵にし始めた。1957年(昭和32年)に渡米すると絵画や立体作品の制作だけではなくハプニングと称される過激なパフォーマンスを実行し、1960年代には「前衛の女王」の異名をとった。
 草間彌生のいくつかの作品は、水玉模様などの同一のモチーフの反復によって絵画の画面や彫刻の表面を覆うことが特徴の一つである。合わせ鏡を用いて光やオブジェを無限に広がるように見せるインスタレーションや、男根状のオブジェを日用品などに張り付ける立体作品も制作している。カボチャをモチーフにした作品もしばしば見られる。
 また、ファッションデザインや小説執筆などの活動も行う。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「草間彌生について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百九十三)
夏の旅黄色と黒のピアノ目に
夏の旅男黄色と黒のピアノ弾く
夏の旅室内響くピアノの音
夏の旅ピアノの周りに人垣が
夏の旅耳に心地よきピアノの音
夏の旅ピアノ演奏に拍手湧く
夏の旅展望室より見る三方

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● 令和元年十月十七日 木曜日 
○ 七月日々折々 その五十三 夏空
《今回の自選代表句と自句自解》

窓景色緑の御苑我が眼下 

 七月下旬の今日、妻と東京五輪のメダルを観に来た。都庁第一本庁舎二階の五輪PRコーナーで五輪メダルを鑑賞した後、四十五階(高さ202メートル)の展望室へ向かった。
 ピアノの音が響く展望室の窓から、夏景色を楽しむ。高層ビル街のなかにポツンと広がる緑の場所を見つけた。今万緑の新宿御苑だ。都会のオアシスだ。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その十)
夏の旅三方で楽しむ窓景色
夏旅に東と南と西景色
夏の旅東京の街一望す
展望室夏空下にビルの街
夏空のビル街伸びる長き影
夏空のビル街伸びる影長し
夏の旅窓景色見て高さ知る
万緑の新宿御苑目の下に 
窓景色眼下に緑の御苑見ゆ
窓景色緑の御苑我が眼下 
摩天楼中に緑の御苑あり
摩天楼なかの御苑は今みどり
摩天楼なかの御苑は万緑に
夏の旅西側窓より遠景色

冷房 (令和元年10月14~15日掲載分)


◎ 冷房 (令和元年十月十四~十五日掲載分)
● 令和元年十月十四日 月曜日 
○ 七月日々折々 その五十 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

七月に五輪マスコットとの写真 

 七月下旬の今日、妻と東京五輪のメダルを観に来た。会場は、都庁第一本庁舎二階の五輪PRコーナー。メダル展示の隣のトーチのフォトコーナーで、オリンピツクのトーチを手に持って記念撮影をした。
 さらにその隣では、2020年東京オリンピック・パラリンピックのマスコットキャラクター「ミライトワ」「ソメイティ」のぬいぐるみと一緒に長椅子に座り、夫婦法被姿で記念写真を撮ることができた。ここでも。スタッフの方が、写真を撮ってくれた。感謝。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その七)
夏の旅前にマスコットフォトコーナー
夏の旅記念撮影半被着て
夏の旅記念撮影ぬいぐるみと
※ぬいぐるみ・・・ここでは、2020年東京オリンピック・パラリンピックのマスコットキャラクター「ミライトワ」「ソメイティ」のぬいぐるみのこと。
夏の旅二つのぬいぐるみと写真
夏の旅マスコットたちと長椅子に
夏の旅我の両側にマスコット
夏の旅記念撮影「ミライトワ」と
㊟「ミライトワ」・・・東京2020オリンピックマスコットは、大会エンブレムと同じ藍色の市松模様を頭部とボディにあしらっています。コンセプトは温故知新。温故知新とは日本の伝統的なことわざで、昔のことをよく学び、そこから新しい知識や道理を得ることを言います。そのコンセプト通り、伝統を重んじる古風な面と最先端の情報に精通する鋭い面をあわせ持っています。正義感が強く、運動神経もバツグン。特技はどんな場所にも瞬間移動できることです。
<名前の由来>
 ミライトワという名前は、「未来」と「永遠(とわ)」というふたつの言葉を結びつけて生まれました。名前に込められたのは、素晴らしい未来を永遠にという願い。東京2020大会を通じて、世界の人々の心に、希望に満ちた未来をいつまでも輝かせます。(東京2020サイトより転載)
◎「ミライトワについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百九十)
夏旅に「ミライトワ」との写真撮る
夏の旅記念撮影「ソメイティ」と
㊟「ソメイティ」・・・東京2020パラリンピックマスコットは、桜の触角と超能力を持つクールなキャラクター。顔の両サイドにある桜の触角でテレパシーを送受信しています。また、市松模様のマントで空を飛ぶことができます。普段は物静かですが、いざとなると誰よりもパワフル。超人的パワーを発揮するパラリンピックアスリートを体現する存在です。凛とした内面の強さと自然を愛する優しさをあわせ持っています。超能力を使って石や風と話したり、見るだけで物を動かすこともできます。
<名前の由来>
ソメイティという名前は、桜を代表する「ソメイヨシノ」と非常に力強いという意味の「so mighty」から生まれました。桜の触角を持ち、驚きの強さを見せるソメイティ。東京2020大会を通じて、桜を愛でる日本の心とパラリンピックアスリートの素晴らしさを印象づけます。(東京2020サイトより転載)
◎「ソメイティについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百九十一)
夏旅に「ソメイティ」との写真撮る
七月に五輪マスコットとの写真 
夏の旅二つのぬいぐるみと写真
夏に撮る写真に五輪マスコット

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● 令和元年十月十五日 火曜日 
○ 七月日々折々 その五十一 冷房
《今回の自選代表句と自句自解》

夏の旅メダル見終えて展望室 

 七月下旬の今日、妻と東京五輪のメダルを観に来た。都庁第一本庁舎二階の五輪PRコーナーで五輪メダルを鑑賞した後、四十五階(高さ202メートル)の展望室へ向かった。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その八)
夏旅に半被の我とぬいぐるみ
夏の旅脇に五輪の表示板
夏の旅表示に五輪までの日数
夏の旅後何日の表示板
夏の旅メダル見終えて展望室 
※展望室・・・第一本庁舎の45階・地上202mの高さから東京のまちを一望でる。
夏の旅手荷持つ検査受け上へ
夏の日に手荷持つ検査後階上へ
夏の旅エレベーター乗り展望室
庁内の展望室内冷房中
夏の旅北の展望室に人
夏の旅展望室に人あまた

七月 (令和元年10月12~13日掲載分)


◎ 七月 (令和元年十月十二~十三日掲載分)
● 令和元年十月十二日 土曜日 
○ 七月日々折々 その四十八 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

夏の旅メダルに輝く金の渦 

 七月下旬の今日、妻と東京五輪のメダルを観に来た。会場は、都庁第一本庁舎二階の五輪PRコーナー。並んでから三十分程、ようやく五輪メダルの展示ケースが近づいてきた。
 ほどなく目の前に。金メダルの輝いている。すぐ金の渦に魅了された。(写真掲載中)

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その五)
夏の旅五輪のメダル目の前に
夏の旅まぶしき五輪金メダル
夏の旅間近に輝く金メダル
夏の旅ピカピカメダル目の前に
夏の旅金色メダル目の前に
夏の旅メダルに輝く金の渦 
夏の旅メダルに光る女神ニケ
㊟女神ニケ・・・ギリシア神話の女神。勝利を神格化した存在で,ヘシオドスによれば,ステュクスがティタンのパラスと契って産んだ子の一人とされ,オリュンポスの神々とティタンたちが戦ったとき,母および他の兄弟姉妹たちとともに諸神にさきがけてゼウスに味方し,その功労によってゼウスと起居をともにする最も近しい従者になったというが,アテナと混同され,勝利の女神としてのこの女神の別称とされることも多い。ローマではウィクトリアと呼ばれた。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より転載)
◎「女神ニケについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百八十九)》
夏の旅三種のメダル目の前に
夏の旅金銀銅のメダル見る
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・夏の写真」の「東京都庁と周辺散策(七月下旬)」に「2020東京五輪の金銀銅メダル(都庁第一本庁舎二階大会PRコーナーにて 撮影 治蝶)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
夏の旅五輪フラッグ展示され

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● 令和元年十月十三日 日曜日 
○ 七月日々折々 その四十九 七月
《今回の自選代表句と自句自解》

夏の旅妻とトーチを手にポーズ 

 七月下旬の今日、妻と東京五輪のメダルを観に来た。会場は、都庁第一本庁舎二階の五輪PRコーナー。メダル展示の隣のトーチのフォトコーナーで、オリンピツクのトーチを手に持って記念撮影をした。スタッフの方が、写真を撮ってくれた。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その六)
夏の旅前にトーチのフォトコーナー
㊟トーチ・・・トーチ〘名〙 (torch)
① たいまつ。特に聖火リレーの走者が持つものにいう。
② 「トーチランプ」の略。(精選版 日本国語大辞典より転載)
夏の旅五輪トーチに並ぶ人
夏の旅ここでも待つこと三十分
夏の旅五輪のトーチ素手で持つ
七月や五輪のトーチ手に握り 
夏の旅半被姿でトーチ持つ
夏の旅記念撮影トーチ手に
夏の旅妻とトーチを手にポーズ 
夏の旅スタッフ記念の写真撮る
夏の旅スタッフ我らの写真撮る

蝉 (令和元年10月10~11日掲載分)


◎ 蝉 (令和元年十月十~十一日掲載分)
● 令和元年十月十日 木曜日 
○ 七月日々折々 その四十六 蝉
《今回の自選代表句と自句自解》

地下鉄の駅出て不意に蝉の声 

 七月下旬の今日は、朝から蒸し暑い。都営地下鉄大江戸線の都庁前駅で降りて地上に出た。するといきなり蝉の声。夏を音で実感した。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その三)
夏の旅都営地下鉄に乗り換えて
夏の旅妻連れ都営地下鉄に
夏の旅大江戸線に乗り換えて
夏の旅二度乗り換えて都庁前
夏の旅都庁前の駅で下車
夏の朝妻と東京都庁へと
㊟東京都庁・・・東京都庁(とうきょうとちょう、英: Tokyo Metropolitan Government)は地方公共団体である東京都の行政機関(役所)。首長は東京都知事。
 東京都庁は、一般行政職だけでも18,207人、消防吏員・公営企業・行政委員会・学校教職員・警察官までを含めると総計16.5万人もの職員を抱える巨大な組織である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
夏の旅妻と第一庁舎へと
夏の旅朝九時過ぎに都庁前
夏の旅標示に海抜三十四
都庁前駅出て不意に蝉の声 
地下鉄の駅出て不意に蝉の声 

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● 令和元年十月十一日 金曜日 
○ 七月日々折々 その四十七 七月
《今回の自選代表句と自句自解》

七月に都庁でメダル展示され  

 七月下旬の今日、妻と東京五輪のメダルを観に来た。会場は、都庁第一本庁舎二階の五輪PRコーナー。並んでから三十分程、ようやく五輪メダルの展示ケースが近づいてきた。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その四)
夏の旅正面入口より入る
旅先の東京都庁冷房中
夏の旅エスカレーター乗り二階
夏の旅フラッグ展示コーナーへ
※フラッグ展示コーナー・・・オリンピック・パラリンピックのオリジナルフラッグの展示や東京2020マスコット(ミライトワ、ソメイティ)フォトコーナー、東京2020大会PRコーナーを設置しています。(都庁見学のご案内より転載)
夏の旅五輪PRコーナーへ
七月に都庁でメダル展示され 
㊟都庁でメダル展示・・・五輪メダル、都庁で展示 栄光の渦、輝き間近に
 東京五輪で授与されるメダルを見に訪れた人たち=27日午前、東京都庁
 2020年東京五輪で授与されるメダルの展示が27日、東京都庁第1本庁舎2階の大会PRコーナーで始まった。ケースに入っており直接手にできないが、大会でアスリートの栄誉の象徴となる金、銀、銅の輝きを間近で見られる。31日までで、各日午前9時半から午後6時まで。
 メダルのデザインは大会1年前となる24日に披露された。裏側は五輪マークと大会エンブレムの周囲が立体的に渦状となっており、光の反射でどこから見ても美しく輝くのが特徴。表側には国際オリンピック委員会(IOC)の規定に沿って、ギリシャ神話の勝利の女神ニケが描かれている。(下野新聞社サイトより転載)
◎「都庁でメダル展示」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百八十八)》
夏の旅五輪のマークあちこちに
夏の旅コーナー前に人の列
夏の旅次第に近づく五輪メダル
夏の旅並び待つこと三十分

土用鰻 (令和元年10月8~9日掲載分)


◎ 土用鰻 (令和元年十月八~九日掲載分)
● 令和元年十月八日 火曜日 
○ 七月日々折々 その四十四 土用鰻 
《今回の自選代表句と自句自解》

夏の会我は演歌を孫ラップ 

 夏の日曜日の朝八時頃、孫に誘われて駅前のカラオケ店に夫婦で入店した。音楽好きな我が家では、都合のいい日に都合がついたフェミリーでカラオケを楽しんでいる。今日もそのファミリーカラオケ会。
 昭和生まれの老夫婦は演歌を歌い、平成生まれの孫は今ラップを歌っている。しかもすべて英語で・・・。時代を感じる。

(七月下旬 日常生活③)
また一つ年とる前に土用鰻
また一つ年とる前の土用鰻
梅雨晴や今日はファミリーカラオケ会
夏の会我の演歌に孫ラップ
夏の会我は演歌を孫ラップ 
孫たちとカラオケ楽しむ晩夏かな

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その一)
空晴れて関東地方梅雨明に
夏の旅出発朝の八時過ぎ
家を発つ朝からすでに蒸し暑し
妻連れて夏空のもと新宿へ

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● 令和元年十月九日 水曜日 
○ 七月日々折々 その四十五 夏の朝
《今回の自選代表句と自句自解》

夏空に見慣れし東京スカイツリー 

 梅雨明けした東京の空は、夏空だ。しかも朝から蒸し暑い。見慣れた東京スカイツリーも夏バージョンだ。

(七月下旬 東京都庁と周辺散策 その二)
夏の朝妻連れ電車で新宿へ
夏の旅松戸駅より北千住
夏空を背にして東京スカイツリー
夏空に見慣れし東京スカイツリー 
夏の朝乗り換えつくばエクスプレス
㊟つくばエクスプレス・・・つくばエクスプレス(TSUKUBA EXPRESS、略称:TX)は、東京都千代田区の秋葉原駅と茨城県つくば市のつくば駅を結ぶ首都圏新都市鉄道 (MIR) の鉄道路線である。『鉄道要覧』における正式路線名は常磐新線(じょうばんしんせん)であるが、案内上は全く使用されない。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
夏の朝エクスプレスに乗り換えて
夏の旅乗り換えつくばエクスプレス
乗り換えて新御徒町へ夏の朝
夏の旅新御徒町でまた乗り換えて
夏の旅新御徒町でまた乗り換え
夏の旅大江戸線に乗り換えて
㊟大江戸線・・・大江戸線(おおえどせん)は、東京都交通局が運営する鉄輪式・リニアインダクションモーター推進方式を採用した鉄道路線(都営地下鉄)。鉄道要覧には12号線大江戸線と記載されている[注釈 2]。都営大江戸線と呼ばれることが多い。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

蝉の声 (令和元年10月6~7日掲載分)


◎ 蝉の声 (令和元年十月六~七日掲載分)
● 令和元年十月六日 日曜日 
○ 七月日々折々 その四十二 蚊
《今回の自選代表句と自句自解》

雨後未明我が家の小庭に蚊の羽音 

 梅雨の雨上がりの朝未明、我が家の小庭で立っていると、蚊の羽音が耳のあたりで聞こえてきた。
 そういえば、今年は梅雨寒の日が長く続いたせいか、蚊の存在を忘れていたことに気付かされた。また、さされるのは嫌なので、手で追い払った。

(七月下旬 日常生活①)
風に揺れる小庭の藤より夏落葉
吹く風に小庭の藤より夏落葉
風吹いて藤より黄色の夏落葉 
今月は大暑のあとの日暦通り
今月や大暑のあとは暦通り
七月に五輪のメダル初公開
※五輪のメダル・・・2020年東京五輪開幕まで1年となった24日、大会組織委員会は選手に授与する金銀銅の各メダルのデザインを発表した。開催都市のオリジナル色が出る裏面は、中央に大会エンブレム、周りには光や輝きをテーマとした立体感のある彫刻を施した。組織委によると、金銀のメダルは夏季五輪史上最重量という。(毎日新聞サイトより転載)
◎「五輪のメダルについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百八十七)》
雨後の朝明けゆく庭に蚊の羽音
雨後の朝未明の小庭に蚊の羽音 
雨後未明我が家の小庭に蚊の羽音 
箒手に我が家の庭掃く朝涼し

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● 令和元年十月七日 月曜日 
○ 七月日々折々 その四十三 蝉の声 
《今回の自選代表句と自句自解》

雨続き下旬にやっと蝉の声 

 七月下旬の梅雨の雨上がり。例年には七月になると耳にしていた蝉の声も、   
 長い間続いた梅雨寒や日照不足で、今年の夏は七月下旬の昨日まで、一回も蝉の声を耳にしなかった。ようやく今朝、蝉の声を耳にした。懐かしさが込み上げる感動の一瞬である。

(七月下旬 日常生活②)
雨続き下旬にやっと蝉の声 
曇り空遠くかすかに蝉の声
曇り空遠くかすかな蝉の声
真夏の日東京初の熱帯夜
窓越しに風鈴の音チリリンと
窓越しの風鈴不意にチリリンと 
不意に鳴る風鈴の音に気づく風
不意に鳴る風鈴の音に風を知る
不意に鳴る風鈴の音に涼感が
吹く風にキラキラ光る葉の緑
キラキラと風に煌めく緑の葉

夏の夜 (令和元年10月4~5日掲載分)


◎ 夏の夜 (令和元年十月四~五日掲載分)
● 令和元年十月四日 金曜日 
○ 七月日々折々 その四十 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

夏の夜に武田信玄の山車運行 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の上野中央通り会場。二十番目の出演団体は、津軽ねぶた会/ 首都圏青森ねぶた囃子会。
 いよいよ最後のねぶた。上野中央通りの道いっぱいに跳人たちが、威勢よく春踊る。その後ろには、武田信玄の山車。「うえの夏まつりパレード」の最後にふさわしいねぶたとなった。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その三十三)
夏の夜に武田信玄の山車運行 
夏の夜信玄の山車明るくて
夏の夜信玄の山車明るかり
夏まつり信玄の山車ゆるゆると
夏の夜に津軽ねぶたを楽しめり
東北の三つ祭楽しめり
夏まつり十分楽しみ家路就く
夏まつり十分楽しみ家路就く
夏の旅広小路よりアメ横へ
㊟アメ横・・・東京都台東区、JR御徒町(おかちまち)駅と上野駅との間の商店街の通称。第二次大戦直後、飴(あめ)屋やアメリカ進駐軍の放出物資・横流し品を扱う店が多かった。アメヤ横丁。(デジタル大辞泉より転載)
夏の夜妻とアメ横を九時過ぎに

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● 令和元年十月五日 土曜日 
○ 七月日々折々 その四十一 夏の夜
《今回の自選代表句と自句自解》

夏の夜アメ横多き人通り 

 「うえの夏まつりパレード」を満喫した後、アメ横を通り、上野駅へと向かった。夏の夜九時を回っても、人通りが多い。外人観光客もちらほら見かける。大衆酒場には人があふれている。やもんじゃ焼き店は、長蛇の列。さすが、上野のアメ横だ。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その三十四)
夏の夜上野アメ横明るくて
夏の夜アメ横多き人通り 
夏の夜雑踏のなか向かう駅
夏の夜大衆酒場に人あまた
夏の夜外人ちらほらアメ横に
夏の夜人の列なすもんじゃ焼き
夏の夜アメ横通り上野駅
夏の夜駅構内に人あまた
夏の夜上野駅より松戸へと
夏の夜家に到着十時前
夏の日の夜十時前に無事帰宅

祭 (令和元年10月2~3日掲載分)


◎ 祭 (令和元年十月二~三日掲載分)
● 令和元年十月二日 水曜日 
○ 七月日々折々 その三十八 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり竿燈額にパフォーマンス

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の上野中央通り会場。二十番目の出演団体は、秋田市竿燈会。
 継竹されてかなり高くなった竿燈を今度は額に乗せた。すばらしいバランスパフォーマンスだ。しかも、風の中で・・・。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その三十一)
夏まつり風受け竿燈パフォーマンス
夏まつりバランス竿燈パフォーマンス
夏まつり差し手の掛け声「よっこいしょ」
夏の夜風受け竿燈パフォーマンス
夏の夜数基の竿燈揺らめいて
夏まつり法被男ら「よっこいしょ」
夏まつり竿燈額にパフォーマンス
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・夏の写真」の『「うえの夏まつりパレード」(七月中旬)』に「秋田の竿燈(東京・上野中央通り会場)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
夏まつり竿燈腰にパフォーマンス
夏まつり竿燈肩にパフォーマン
竿燈の妙技楽しむ夏まつり 
夏の夜に竿燈妙技楽しめり
夏まつりパフォーマンスに湧く拍手
夏の夜パフォーマンスに大拍手

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● 令和元年十月三日 木曜日 
○ 七月日々折々 その三十九 祭
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり跳人ら皆威勢よく 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の上野中央通り会場。二十番目の出演団体は、津軽ねぶた会/ 首都圏青森ねぶた囃子会。
 いよいよ最後のねぶた。上野中央通りの道いっぱいに跳人たちが、威勢よく踊っている。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その三十二)
秋田市の竿燈楽しむ夏の夜
夏まつり見事な竿燈パフォーマンス
夏の夜に見事な竿燈パフォーマンス
夏の夜の祭のトリは「ねぶた」かな
㊟ねぶた・・・東北三大祭りの一つ、「青森ねぶた祭」。青森市中心部を「人形ねぶた」と呼ばれる山車が運行し、「跳人(ハネト)」と呼ばれる踊り子たちが「ラッセラー、ラッセラー」と掛け声を上げながら踊り歩きます。毎年8月2~7日に開催され、全国から約300万人の観光客が訪れる青森の夏の風物詩。(旅ぐるたびサイトより転載)
◎『「ねぶた」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百八十六)》
祭の夜津軽ねぶたが披露され
夏まつり跳人ら中央通りゆく
夏まつり跳人ら皆着飾って
夏まつり跳人ら皆威勢よく 
夏まつり笛や太鼓の音響く
夏まつり武田信玄の山車運行
㊟武田信玄・・・甲斐国を治めていた戦国時代の武将。 戦国時代屈指の騎馬軍団を有し、また優秀な家臣団を従えていた。 孫子を信奉し愛読した希代の軍略家としても知られている。とりわけ、旗印に掲げた孫子の一節「風林火山」は非常に有名。(ピクシブ百科事典より転載)

夏の風 (令和元年9月30日~10月1日掲載分)


◎ 夏の風 (令和元年九月三十日~十月一日掲載分)
● 令和元年九月三十日 月曜日 
○ 七月日々折々 その三十六 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

祭りの夜盛岡さんさの艶やかさ 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の上野中央通り会場。二十番目の出演団体は、盛岡さんさ踊り実行委員会(盛岡市)。先程、水上音楽堂で観た様相と異なり、ここ上野中央通りでは、自然に夏まつりのなかに溶け込み、その中で艶やかさが強調されている感じの盛岡さんさ踊り。お祭りに華を添えた感じがいい。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その二十九)
夏まつり沖縄蛇三味線音高く
㊟沖縄蛇三味線・・・沖縄県では一般に「さんしん」「しゃみせん」という。奄美群島においては「三味線」「蛇皮線」「ジャミセン」という。「さんしん」という呼称については、起源である三弦との関係が指摘される。三弦は福建語でsamhian(サムヒエン)、北京官話ではsānxián(サンシエン)と読む。山内盛彬はサンセン(三線)からサミセンへ変化していったという説を唱えている。三線の胴の太鼓部分に蛇の皮を張るため、三味線(猫や犬の皮を張る)と区別するために、日本本土を含めて「ジャビセン(蛇皮線)」「ジャミセン(蛇味線)」と呼ばれることも多い。ただし、この呼称は沖縄では嫌われるという[2]。
 小さな島が点在する南西諸島では島ごとに方言が大きく異なるため、数多くの異称がある。統一名称として「三線(サンシン)」の言葉が広く使われている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「沖縄蛇三味線(三線)について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百八十四)》
夏まつり三線演奏音高し
夏まつり盛岡さんさ踊り披露
祭りの夜楽しむ盛岡さんさ踊り
祭りの夜盛岡さんさ艶やかに
祭りの夜盛岡さんさの艶やかさ 
夏の夜にさんさ踊りを楽しめり
灯の点る竿燈三基の夏まつり
㊟竿燈・・・竿燈(かんとう)まつりは、毎年8月3日 - 6日に秋田県秋田市で行われる祭り。祭りの正式名称は「秋田竿燈まつり」。
竿燈全体を稲穂に、連なる提灯を米俵に見立て、額・腰・肩などにのせ、豊作を祈る。重要無形民俗文化財に指定されており、青森のねぶた祭り、仙台の七夕まつりと並んで東北三大祭りの1つとされる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「竿燈」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百八十五)》
夏まつり竿燈長さ十メートル
夏まつり竿燈ひとつ五十キロ
風のなか竿燈立ち上ぐ夏まつり
夏まつり手拍子のなか竿燈が

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● 令和元年十月一日 火曜日 
○ 七月日々折々 その三十七 夏の風
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり平手で竿燈高々と 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の上野中央通り会場。二十番目の出演団体は、秋田市竿燈会。
 今、上野中央通りに三基の竿燈が差し手を変えつつ組み立てられた。一つの竿燈を平手で支えている。重くて高い竿燈のバランスをうまくとっている。継竹されてかなり高くなっている。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その三十)
夏まつり掛け声かけて竿燈を
夏まつり平手で竿燈高々と 
夏まつり次の差し手が継竹し
※継竹(つぎだけ)・・・竿燈を高くしていくもの。
夏まつり継竹足して増す高さ
夏まつり次第に竿燈高さ増す
夏まつり一人で一つの竿燈を
夏まつり平手で一つの竿燈を
竿燈は夏の夜風にしなりゆく
竿燈を大きくしならす夏の風
まつりの夜竿燈しなりハラハラ感
灯の点る提灯揺らす夏の風
夏まつり秋田の竿燈披露され

夏まつり (令和元年9月28~29日掲載分)


◎ 夏まつり (令和元年九月二十八~二十九日掲載分)
● 令和元年九月二十八日 土曜日 
○ 七月日々折々 その三十四 夏まつり
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり新潟県人佐渡おけさ 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の上野中央通り会場。十六番目の出演団体は、東京新潟県人会。新潟といえば、米と酒と佐渡おけさ。
 中央通りをおけさ笠を被った新潟県人会のメンバーが佐渡おけさを踊りながら通過してゆく。伝統的な日本の踊りだ。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その二十七)
夏まつりパンダに扮してソーランを
夏まつり続いてさんさ踊り隊
夏まつり新潟県人佐渡おけさ 
㊟佐渡おけさ・・・佐渡おけさ(さどおけさ)は、新潟県佐渡市(佐渡国)に伝わる「おけさ節」の1つである。現在では佐渡を代表する民謡として全国に知られている。
 由来[編集]
 おけさの歴史は、熊本県天草市の牛深港に伝わる酒席の騒ぎ唄である牛深ハイヤ節が、北前船の船乗り達によって小木港に伝わり、「小木おけさ」として広まり、それが相川の佐渡金山の鉱夫達に広まって、「選鉱場節」として哀愁漂うメロディとなったとされている。また、赤泊港の「山田のハンヤ」(佐渡ハンヤ節)が小木に伝わったとの説がある。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「佐渡おけさについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百八十二)》
夏まつり踊り手の頭におけさ笠
夏まつり佐渡おけさの列通りゆく
夏まつり佐渡おけさの列目の前を
夏まつりREDA舞神楽集団が
※REDA舞神楽・・・REDA舞神楽は千葉県船橋市を拠点に活動するよさこいチーム。
夏まつりYOSAKOIソーラン踊りして
㊟YOSAKOIソーラン(よさこいソーラン)・・・北海道大学の学生だった長谷川岳(現・参議院議員)が大学2年の時、母親がガンを患い、兄が医師として勤める高知県の病院へ入院したため、看病のために訪れた際、本場のよさこい祭りに接しその躍動感に感動[1]、「こうした光景を北海道でも見られたら…」と、1991年12月、学生仲間を募り5名で「YOSAKOIソーラン祭り実行委員会」を発足[2][3] させ、高知県の「よさこい祭り」と北海道の「ソーラン節」を融合させた「YOSAKOIソーラン祭り」として企画・立案し、誕生したものである。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「YOSAKOIソーランとは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百八十三)》
夏の夜にYOSAKOIソーラン演舞披露
夏まつり集団華麗なバフォーマンス

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● 令和元年九月二十九日 日曜日 
○ 七月日々折々 その三十五 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり藝大みこしに手作り感 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の上野中央通り会場。十八番目の出演団体は、東京藝大 藝祭サンバパレード。
 さすが、東京藝大。手作りの張りぼての象などのみこし三基が、会場の上野中央通りをゆっくりと進んでゆく。彩色された割と大きな張りぼてのみこしである。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その二十八)
夏まつりYOSAKOIソーラン大音量
夏の夜に藝大みこしパレードが
夏まつりみこし三基のパレードが
夏まつりパレードのなかに象みこし
夏まつり藝大張り子の象みこし
夏まつり藝大みこしに手作り感 
夏まつり観客席より拍手湧く
夏まつり琉球舞団舞い披露
夏まつり中央通りにてエイサー
夏まつり琉球舞団の太鼓の音
夏の夜に琉球舞団の太鼓の音
夏まつり迫力のエイサー踊り客前で

夏の宵 (令和元年9月26~27日掲載分)


◎ 夏の宵 (令和元年九月二十六~二十七日掲載分)
● 令和元年九月二十六日 木曜日 
○ 七月日々折々 その三十二 夏の宵
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり白梅太鼓の粋な音 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の上野中央通り会場。先程の水上音楽堂会場から、この上野中央通り会場に移動してくるとこの会場での五番目の出演団体である白梅商店会の白梅太鼓が出演していた。
 見ると若々しく粋な女性たちが、太鼓を打ち鳴らしている。会場の中央通りに、息の合った太鼓の音が響き渡っている。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その二十五)
夏まつり白梅太鼓目の前に
㊟白梅太鼓・・・白梅太鼓は平安時代から伝わる「静」の打ち方に「動」の技法を加えた、若々しく躍動美溢れる太鼓が特色です。(湯島天神サイトより転載)
ここ上野中央通りに夏の灯が
夏まつり白梅太鼓の音響く
㊟白梅太鼓・・・白梅太鼓は、湯島天満宮梅園に平安時代から打ち鳴らされている「時太鼓」の響きを受け継いだものです。 昔から伝わる『静』の打ち方に『動』の技法を加えた、若々しく躍動美溢れる太鼓が特色です。
夏の宵白梅太鼓の音響く 
夏まつり白梅太鼓の粋な音 
夏まつり白梅太鼓と笛と鉦
夏まつり次ぎ黒門小さんさ連
夏まつり続いて東京さんさ踊り
夏まつり踊りに太鼓と笛と鉦
夏まつり中央通りを踊りゆく
夏まつり各種の団体演舞して

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● 令和元年九月二十七日 金曜日 
○ 七月日々折々 その三十四 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつりひと際目を引くバンダバス 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の上野中央通り会場。十二番目の出演団体は、バンダバス。
 踊りの団体が多いなか、たった一台のバンダバス。かえって人目を引いている。形もデザインもかわいらしい。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その二十六)
夏まつり中央通りをバンダバス
㊟バンダバス・・・ジャイアントパンダの子ども「シャンシャン」が注目されるなか、東京・上野の街に「パンダバス」が走り、かわいらしい形の車両は街行く人を楽しませている。
 地元の商店会「上野のれん会」、上野マルイ、松坂屋上野店による共同運行。国立博物館の日・記念事業「上野ミュージアムウイーク」にあわせ、20日まで走らせる。運賃は無料。
 白と黒が基調のボディーに、フロント部分は目や口、前足を装飾してパンダの形をイメージ。車内はパンダの耳がついたシートカバーや大丸・松坂屋のオリジナルキャラクター「さくらパンダ」のぬいぐるみも。モニターにはシャンシャンの成長記録をビデオ放映している。
 松坂屋上野店、東京国立博物館前、上野マルイ前の3停留所を、30分かけ巡回する。松坂屋上野店から乗ると、不忍池、上野恩賜公園、上野動物園の横を通り、東京国立博物館前へ向かう。上野駅最寄りの上野マルイ前に停車する。
 バンダバスが近くを通行すると、歩道でカメラを構える外国人観光客や珍しそうに眺める通行人など、周囲を和ませていた。(東京交通新聞より転載)
夏の夜中央通りをバンダバス 
夏の夜目の前を行くバンダバス
夏まつりひと際目を引くバンダバス 
夏まつり演目合間に軽食を
夏の夜演目合間に軽食を
夏まつり各種の企業演舞して
夏まつり踊り観覧席前で
夏まつり団体ソーラン節踊り
夏まつり武士に扮してソーランを
夏まつりなかにパンダの着ぐるみも

夏の夕 (令和元年9月24~25日掲載分)


◎ 夏の夕 (令和元年九月二十四~二十五日掲載分)
● 令和元年九月二十四日 火曜日 
○ 七月日々折々 その三十 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつりエイサー客と一体化 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。十一番目の出演団体は、琉球舞団 昇龍祭太鼓。最初から力強いエイサー踊りを披露する。額の汗が光る。次第にエイサーの世界にはまつていく自分に気づく。すごい。
先ほど、エイサーの所作の実演付き説明があったので、観客も多くその場で主に手を動かしてエイサーを踊っている。ステージの踊り手と観客席も一体となっている。素晴らしい光景だ。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その二十三)
夏まつりエイサー客と一体化 
夏まつり会場の客と一体化
夏まつりエイサー獅子もステージに
夏まつりエイサー掛け声かけ太鼓
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・夏の写真」の『「うえの夏まつりパレード」(七月中旬)』に「沖縄エイサー(東京上野・水上音楽堂会場)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
夏まつりエイサー掛け声かけ演舞
夏まつりエイサー一気に盛り上がる
夏まつり「エイサー好き」と隣り客
夏まつり大迫力のパフォーマンス
夏まつり見事なエンターパフォーマンス
夏まつりエイサー踊りに大感動
夏まつり感動的なパフォーマンス

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● 令和元年九月二十五日 水曜日 
○ 七月日々折々 その三十一 夏の夕
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつりエイサー踊りに大拍手 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。十一番目は、エイサー踊り。エイサーの所作の実演付き説明があったので、観客も多くその場で主に手を動かしてエイサーを踊っている。ステージの踊り手と観客席も一体となっている。素晴らしい光景だ。最後は、客席から大きな拍手がわいた。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その二十四)
夏まつり大感動のパフォーマンス
夏まつりパフォーマーらに大拍手
夏まつりエイサー踊りに大拍手 
夏まつり六時前次の会場へ
夏まつり妻と最後の会場へ
夏まつり妻と広小路方面へ
夏まつり歩いて上野広小路
夏まつり妻連れ上野広小路
夏まつり雑踏のな会場に
夏まつり六時第三会場に
夏の夕中央通り会場に
※上野中央通り会場 時間17:30~20:45
※上野中央通り・・・上野広小路と上野駅を結ぶ、東京屈指の中央通り。

万緑 (令和元年9月22~23日掲載分)


◎ 万緑 (令和元年九月二十二~二十三日掲載分)
● 令和元年九月二十二日 日曜日 
○ 七月日々折々 その二十八 万緑
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり演舞華麗な「さんさ」かな 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。十番目の出演団体は、盛岡さんさ踊り実行委員会(盛岡市)。「ミスさんさ踊り」の美人四人も加わり、華麗な「さんさ踊り」を披露した。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その二十一)
夏まつり「ミスさんさ踊り」ステージに
夏まつり舞台でミスたち自己紹介
夏まつり踊りの衣装華麗なり
夏まつり笛と太鼓の音響く
夏まつりさんさの演舞次つぎと
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・夏の写真」の『「うえの夏まつりパレード」(七月中旬)』に「盛岡さんさ踊り(東京上野・水上音楽堂会場)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
夏まつり太鼓叩いて舞う「さんさ」
夏まつり太鼓叩いて「さんさ」舞い
夏まつり演舞華麗な「さんさ」かな 
万緑や音楽響く音楽堂
音楽と踊り楽しむ夏まつり

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● 令和元年九月二十三日 月曜日 
○ 七月日々折々 その二十九 汗
《今回の自選代表句と自句自解》

踊り手は額に汗してエイサーを 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。十一番目の出演団体は、琉球舞団 昇龍祭太鼓。最初から力強いエイサー踊りを披露する。額の汗が光る。次第にエイサーの世界にはまつていく自分に気づく。すごい。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その二十二)
夏まつりさんさ踊りに大拍手
夏まつり琉球舞団ステージに
夏まつり昇龍祭太鼓演舞
㊟昇龍祭太鼓(しょうりゅうまつりだいこ)・・・琉球舞団 昇龍祭太鼓は、2010年2月7日に結成された創作エイサー団体です。
 創作エイサーとは、沖縄の旧盆に古くから踊られているエイサーから、時期を問わず、見ている人に楽しんで頂ける演舞へと発展したものです。
 当団体では、振付に空手の型を取り入れたり、琉球舞踊の動きを取り入れたり、また演出に趣向を凝らし一つのエンターテイメントとして沖縄芸能を発信しています。(琉球舞団 昇龍祭太鼓ホームページより転載)
◎「琉球舞団 昇龍祭太鼓について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百八十)》
夏まつり演舞の各人撥・太鼓
幾十の太鼓の響かす夏まつり
夏まつりエイサー踊りのパフォーマンス
㊟エイサー・・・エイサーは、沖縄県と鹿児島県奄美群島でお盆の時期に踊られる伝統芸能。
 この時期に現世に戻ってくる祖先の霊を送迎するため、若者たちが歌と囃子に合わせ、踊りながら地区の道を練り歩く。また、かつては祝儀を集めて集落や青年会の活動資金とする機能も重視され、その金でため池を設けた例もある[1]。地域によってはヤイサー、エンサー、七月舞(しちぐゎちもーい)、念仏廻り(にんぶちまーい)とも呼ばれる[1]。 踊りを通して、他との関係が縁となって生起することで、五穀豊穣、大漁追福、商売繁盛、家内安全、無病息災、安寧長寿、夫婦円満、子孫繁栄、祖先崇拝や招福祈願、厄除祈念や「ハレ」に纏わることなど多岐に渡り繋がりを大事しながら踊っている。
 近年では太鼓を持つスタイルが多くなり、踊り自体を鑑賞するために沖縄全島エイサーまつりをはじめとする、各地域のエイサーを集めたイベント等も開催され、重要な観光イベントとなっている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「エイサーについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百八十一)》
夏まつり掛け声高きパフォーマンス
夏まつり赤黒白の獅子たちも
夏まつり大迫力の演舞して
夏まつり大迫力の演舞かな
夏まつり息ぴったりの演舞して
踊り手は額に汗してエイサーを 
夏まつり客にエイサーの所作説明 
夏まつり会場巻き込むパフォーマー

夏夕べ (令和元年9月20~21日掲載分)


◎ 夏夕べ (令和元年九月二十~二十一日掲載分)
● 令和元年九月二十日 金曜日 
○ 七月日々折々 その二十六 夏夕べ
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつりスーパーよさこい魅力的 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。八番目の出演団体は、原宿よさこい連。「スーパーよさこい」は、衣装も踊りも魅力的である。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その十九)
夏まつり夕方五時より後半に
夏夕べ第二会場後半に
夏まつり後半トップはよさこい連
夏まつり派手な衣装のよさこい連
夏まつり踊る原宿よさこい連
夏まつりスーパーよさこい踊り観る
※スーパーよさこい・・・「スーパーよさこい」とは - 原宿表参道元氣祭スーパーよさこいの事。 明治神宮に奉納するお祭りとして2001年に開始され、原宿表参道、明治神宮他の会場にて例年8月最後の週末に行われている。(「スーパーよさこい」サイトより転載)
◎「スーパーよさこいとは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百七十八)》
㊟よさこい・・・よさこいは、夜さり来い(夜にいらっしゃい)という古語が変化した言葉。または、高知県の民謡であるよさこい節、同県のよさこい祭りの略。他に高知県のよさこい祭りの形式を取り入れた、各地の祭り・イベント・踊りの呼称として、よさこいと呼ぶ場合がある。(よさこいサイトより転載)
先ず「シングシングシング」や夏まつり
夏まつり和モダンな踊り披露され
夏まつり「東京キッド」の踊り披露
夏まつりステージ・通路で踊り披露
夏まつり四十余名で踊り披露
夏まつりスーパーよさこい魅力的 

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● 令和元年九月二十一日 土曜日 
○ 七月日々折々 その二十七 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり唄の掛け声「エチャホ」と 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。九番目の出演団体は、再びの黒石よされ 東京会。掛け声の「エチャホ」が印象的であった。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その二十)
夏まつり「お祭りマンボ」踊りして
ステージで夏のよさこい踊りして
ステージで夏のよさこい披露され
夏まつりよさこい踊り楽しめり
夏まつり「黒石よされ」披露され
夏まつり唄の掛け声「エチャホ」と 
夏まつり「黒石じょんから」踊り披露
夏まつり津軽三味線の音響く
夏まつり「黒石甚句」披露され
夏まつり続いて盛岡さんさ踊り
㊟盛岡さんさ踊り・・・盛岡さんさ踊り(もりおかさんさおどり)は、岩手県盛岡市にて毎年8月1日から4日にかけて行われる祭りである。8月上旬、東北各地で行われる夏祭りで最も早く開催される祭りの一つで[1]、かつては3日間開催だったが、近年は参加団体数が増え続けているため4日間の開催となった。
 東北6県の主要な祭りの中では歴史が浅いため、岩手県は、東北三大祭りに対し、東北五大祭りの名称を掲げ、その1つとしてPRを図っている[2]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「盛岡さんさ踊り」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百七十九)》
(参考)
 仙台七夕まつりおよび秋田竿燈まつりに青森県の各地で行われている「ねぶた」(青森ねぶた祭・弘前ねぷた・五所川原立佞武多など)をひとまとめにして足して「三大」としたり、各ねぶた祭りを1つ1つ数えて「四大」「五大」などとしたりする場合もある。
 他方、北東北の青森ねぶた祭と秋田竿燈まつり、あるいは南東北の仙台七夕まつりと山形花笠まつりで「東北二大(夏)祭り」とするツアー商品もある。例えば「東北二大祭り(ねぶた・竿燈)と盛岡さんさ踊り」のような北東北3県周遊商品、あるいは「東北二大祭り(七夕・花笠)と松島」のような仙山圏周遊商品で使用例が見られる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

蒸し暑し (令和元年9月18~19日掲載分)


◎ 蒸し暑し (令和元年九月十八~十九日掲載分)
● 令和元年九月十八日 水曜日 
○ 七月日々折々 その二十四 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり「三味線ブキウギ」披露され 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。七番目の出演団体は、日本舞の会。ここでは、「三味線ブキウギ」の踊りが披露された。軽快で楽しい曲に合わせての踊りは、見ていて楽しい。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その十七)
夏まつり高校生らステージに
夏まつり吹奏を子ら演奏
万緑や演奏響く音楽堂
夏まつり舞台の前にフラッグ隊
夏まつりステージ上にチアキッズ
夏まつりチアダンスをまた披露して
夏まつり笑顔でキッズチアダンス
夏まつりアクロバチックなキッズダンス
夏まつり再び日本舞の会
夏まつり「三味線ブキウギ」披露され 

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● 令和元年九月十九日 木曜日 
○ 七月日々折々 その二十五 蒸し暑し
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり踊りと音楽楽しめり 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。時間的にも、「うえの夏まつりパレード」の半分を楽しんだことになりそうだ。これまででも、十分踊りと音楽(演奏や歌)を楽しめた。もう満足しているが、これからの時間もより楽しみになってきた。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その十八)
夏まつり続いてスカイツリー音頭
夏まつり時折り「ヨイショ」と掛け声を 
夏まつり踊りと唄を楽しめり 
夏まつり踊りと音楽楽しめり 
夏まつり司会者休憩告知して
夏まつりここで休憩十五分
休憩中自販機に行きアイスコーヒー
休憩中アイスコーヒー自販機で
休憩中アイスコーヒー飲み干して
蒸し暑しコーヒー飲み干し小休止
夏まつり第二会場後半へ

晩夏 (令和元年9月16~17日掲載分)


◎ 晩夏 (令和元年九月十六~十七日掲載分)
● 令和元年九月十六日 月曜日 
○ 七月日々折々 その二十二 晩夏
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり隊形変えて子ら演奏 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。二番目の出演団体は、武蔵野高等学校マーチングバンド部。部員たちが演奏しながら隊形を変える。日頃の練習の成果が感じられる。ポンポン隊も演奏に華を添えている。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その十五)
夏まつりディズニーメロディー流れ来る
ディズニーのメロディー流れる晩夏かな
夏まつりディズニーの曲次つぎと
夏まつり隊形変えて子ら演奏 
夏まつり隊形変えて子らポンポン
夏まつりここでも江戸芸かっぽれが
夏まつり舞台と通路でかつぽれを
夏まつり江戸芸かっぽれ楽しめり
夏まつり日本の舞踊楽しめり
夏まつりラテンダンスを子供らが
夏まつり子らの頭に羽根飾り

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● 令和元年九月十七日 火曜日 
○ 七月日々折々 その二十四 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

友好の心感じる夏まつり 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。四番目の出演団体は、日本ラテンアメリカ友好協会。ラテンダンスを披露した後、最後に出演者たちが、コロンビア国旗とボリビア国旗とで日本の国旗を挟むようにして周りを囲んだ。友好協会らしいパフォーマンスだ。友好の心を感じた。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その十六)
夏まつりラテンダンスに大人と子
夏まつりラテンダンサー着飾って
夏まつりダンサーラテンの曲に乗り
夏まつり「コーヒールンバ」の曲踊る
㊟「コーヒールンバ」・・・「コーヒールンバ」(Coffee rumba)は、アルパ奏者のウーゴ・ブランコ(スペイン語版)の演奏で世界的にヒットした曲。原曲は、ブランコの叔父であるベネズエラの作曲家ホセ・マンソ・ペローニ(Jose Manzo Perroni)がコーヒーをモチーフに1958年に作詞・作曲したMoliendo café(モリエンド・カフェ、日本語対訳「コーヒーを挽きながら」)である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
夏まつり大人の男女ラテンダンス
夏まつり動きの激しきダンスして
夏まつり緩急つけてラテンダンス
夏まつりコロンビア国旗ステージに
夏まつりボリビア国旗ステージに
友好の心感じる夏まつり 
夏まつり南米人へ大拍手

風涼し (令和元年9月14~15日掲載分)


◎ 風涼し (令和元年九月十四~十五日掲載分)
● 令和元年九月十四日 土曜日 
○ 七月日々折々 その二十 風涼し
《今回の自選代表句と自句自解》

音楽堂浴衣着の人客席に 
 
 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。満員の観客席には、浴衣を着た人もちらほらいる。夏を感じさせる姿である。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その十三)
風涼し天井付近に雀いて
音楽堂浴衣着の人客席に 
夏まつり堂内の席満席に
夏まつり席にちらほら外国人
夏まつり午後三時より開演す
夏まつり女性司会者開会と
夏まつり和太鼓集団登場す
※和太鼓集団・・・浅草たいこばん
夏まつりメンバー粋な掛け声を
夏まつり音楽堂に太鼓の音
夏まつり見事な太鼓の撥さばき

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● 令和元年九月十五日 日曜日 
○ 七月日々折々 その二十一 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり堂内響く太鼓の音 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。水上音楽堂会場での最初の出演団体は、浅草たいこばん。出演者五人の息の合った太鼓の響きが心地よい。

※浅草たいこばん・・・浅草を中心に活動する和太鼓団体㈱宮本卯之助商店製造の和太鼓にこだわり、Made in Asakusaをモットーに浅草の良さや風景を楽曲にのせて世界に広める活動をしている。(オフィシャルサイトより転載)

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その十四)
夏まつりメンバー粋な仕草して
夏まつり太鼓五人の音揃い
夏まつり堂内響く太鼓の音 
夏まつり堂内の客大拍手
マーチングバンド演奏夏まつり
夏まつり高校生のバンドの音
夏まつり堂にマーチングバンドの音
夏まつり最前列にポンポン隊
夏まつり列の左右にフラッグ隊
夏まつりディズニーの曲子ら演奏

蓮の花 (令和元年9月12~13日掲載分)


◎ 蓮の花 (令和元年九月十二~十三日掲載分)
● 令和元年九月十二日 木曜日 
○ 七月日々折々 その十八 蓮の花
《今回の自選代表句と自句自解》

弁天堂背にして咲くや蓮の花 

 今日は、「うえの夏まつりパレード」の開催日。第二会場の不忍池傍の水上音楽堂に向かう。やがて、不忍池の中島にある朱塗りの弁天堂を背に咲く蓮の花が目に留まった。その景色は一幅の絵のようだ。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その十一)
夏の午後コンコースより次の場所へ
夏の旅駅より不忍池方面
夏まつり駅より不忍池方面
夏まつり歩いて不忍池方面
夏の旅上野公園横切って
ここ上野公園内は万緑に
夏の旅不忍池右に見え
㊟不忍池・・・不忍池(しのばずのいけ)は上野恩賜公園(東京都台東区)の中に位置する天然の池である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
歩きゆく通り右手に夏の池
ここ上野不忍池に蓮の花
不忍池の蓮撮るカメラマン
我もまた池の蓮撮るカメラマン
弁天堂背にして咲くや蓮の花 
蓮の花愛でつつ向かう音楽堂 

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● 令和元年九月十三日 金曜日 
○ 七月日々折々 その十九 団扇
《今回の自選代表句と自句自解》

堂内に時折り入る風涼し 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の水上音楽堂会場。上野公園水上音楽堂の堂内の東側と西側は吹き抜けになっている。時折り風が入る。結構涼しい。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その十二)
夏まつり歩いて向かう音楽堂
夏まつり向かう水上音楽堂
※水上音楽堂会場 時間15:00~20:00
夏まつり第二会場三時より
夏まつり第二会場前半に
夏まつり午後三時より前半に
夏の旅ここは野外の音楽堂
夏旅にしばらく休憩堂内で
客席に団扇の揺れる音楽堂
蒸し暑し適度に水分補給して
堂内に時折り入る風涼し 

浴衣 (令和元年9月10~11日掲載分)


◎ 浴衣 (令和元年九月十~十一日掲載分)
● 令和元年九月十日 火曜日 
○ 七月日々折々 その十六 浴衣
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり「よされ」のいわれアナウンス 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の上野駅会場(JR上野駅コンコース)。
五番目の出演団体は、黒石よされ 東京会。踊りの前に、「よされ」のいわれが女性司会者によりアナウンスされた。その一説に興味がわいた。(一説については、後述)

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その九)
夏まつり黒石よされ披露され
㊟黒石よされ・・・日本三大流し踊りの1つであり、古い伝統を持ち、毎年8月中旬、市民や県内外の観光客により夜遅くまで踊られます。
黒石よされは、廻り踊り、組踊り、流し踊りの3つの踊りで構成されています。
連日2,000人もの踊り手による流し踊りもさることながら、時折、円を描く廻り踊りは観客を巻き込んでの乱舞となります。
 組踊りは、近郷近在から集まってくる踊り組(20~30人)が三味線、太鼓、唄も賑やかに津軽民謡手踊りを披露します。
近年では、創作の踊りも加わり、以前にもまして熱気ある祭りになっていま(青森県観光情報サイトより転載)
※よされ・・・「よされ」という言葉の語源は諸説あります。一説によれば、豊作で楽しいときは「仕事をして楽しみな」、凶作で苦しいときは「このようなの中は早く」と言ったことから生まれたとされています。(青森県観光情報サイトより転載)
※流し踊り・・・流し踊りは盆踊りのスタイルのひとつ。(黒石市ホームページより転載)
◎『「黒石よされ」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百七十六)》
夏まつり「よされ」のいわれアナウンス 
夏まつり踊り手頭におけさ笠
夏まつり鳴子両手に踊りゆく
㊟鳴子・・・鳴子(なるこ)は音を出す道具のひとつ。もともとは引板(ひきいた、ひいた、ひた)と呼んだ。「鳥威し」(とりおどし)の一種。地域や時代によって、ヒタ、トリオドシ、ガラガラなど様々な呼称がある。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「鳴子とは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その五百七十七)》
三味の音に合わせて踊る夏まつり
踊り手の浴衣の肩に鈴付けて
踊り手の浴衣の肩より鈴の音
夏まつり続いてラテンダンスチーム
夏まつりコロンビアチームダンスして
夏まつりラテンのダンス披露され

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● 令和元年九月十一日 水曜日 
○ 七月日々折々 その十七 夏
《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつりラテンダンサータップ踏み 

 ここは、「うえの夏まつりパレード」の上野駅会場(JR上野駅コンコース)。
六番目の出演団体は、日本ラテンアメリカ友好協会。ラテンのダンサーがラテンの曲に乗り、靴のつま先やかかとを床に突きながら踊る。そのタップの音が会場内に響く。軽快で心地の良い音だ。

(七月中旬 うえの夏まつりパレード その十)
夏まつり民族衣装色鮮やか
夏まつりボリビアチームラテンダンス
夏まつりラテンのチーム次つぎと
夏まつりラテンダンサータップ踏み 
夏まつり帽子手にしてラテンダンス
夏まつりスカート摘みラテンダンス
夏まつりラテンダンスに軽快さ
夏まつり頃合い図り場所移動
夏まつり二時半頃に場所移動
夏まつり妻連れ次の会場へ