二月 (令和2年4月7~8日掲載分)


◎ 二月 (令和二年四月七~八日掲載分)
● 令和二年四月七日 火曜日 
○ 二月日々折々 その七 春
《今回の自選代表句と自句自解》

春愉し相撲甚句に笑い声 

 初春二月開催の福祉大相撲。午後一時からの第一部の相撲甚句で「数え歌」などいくつかの相撲甚句が披露された。ユーモラスな歌詞があるため、笑いが絶えない。

(二月中旬 第53回 NHK福祉大相撲 その四)
春の会はね太鼓の音館内に
春の会太鼓の打ち分け楽しめり
二ン月に太鼓の打ち分け楽しめり
春の会続いて相撲甚句聴く
春の会合いの手手拍子入れ甚句
春の会甚句のなかに「数え歌」
※甚句のなかに「数え歌」・・・「数え歌」
(ハァー ドスコイ ドスコイ)
♪ハァーエー
        (ハァー ドスコイ ドスコイ)
一から十まで 甚句によめば ヨー 
        (ハァー ドスコイ ドスコイ)
ハァー ものの初めを 一という
 車につむのを 荷という 
 女の大役 産という
 子供の小便 シーという
 [碁盤の上で]
 白黒競うを 碁という
 昔の侍 禄(ろく)という
 ものの出し入れ 質という
 泣きっ面には 蜂という
 貧乏したとき 苦という
 焼ゴテを 水に入れたら ヨーホホホイ
 ハァー ジューという ヨー
        (ハァードスコイ ドスコイ)
(BIGLOBEサイトより転載)
春の会「かえる」を唄う力士たち
※「かえる」・・・本唄「かえる」
(歌詞)
かえるを集めて甚句によめばヨー 
アードスコイ ドスコイ
アー 殿様蛙に牛蛙 紫陽花寄り添う雨蛙 ホイ
一茶が後押す痩せ蛙 旅に出たなら無事帰る ホイ     
嫁は実家にすぐ帰る 娘は夜遊び朝帰る    
湯上り一パイ生き返る ホイ 女房は化粧で若返る  
粋な女にゃ振り返る ホイ 私やまた浮気がバレて ヨーホホイ 
ア~しょげかえるヨー アードスコイ ドスコイ
ア~スイスイ泳ぐ蛙でも ホイ たまには温泉ひと休み ホイ
箱根か別府か雲仙か ホイ それとも道後か金毘羅か ホイ
蛙はやっぱりゲロゲロ、下呂 アードスコイ ドスコイ
(相撲甚句情報サイトより転載)
春の会相撲甚句に笑い声
春愉し相撲甚句に笑い声 
春の会甚句のせりふに笑い声
春の会相撲甚句を次つぎと
春の会最後に「当地興行」を
※当地興行・・・必ず最後に歌う、しめくくりの歌です。(日本相撲甚句会サイトより転載)
二ン月に相撲甚句を楽しめり
春の会相撲甚句を楽しめり

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● 令和二年四月八日 水曜日 
○ 二月日々折々 その八 二月
《今回の自選代表句と自句自解》

納谷下し王輝優勝春の会 

 春開催の福祉大相撲の幕下優秀力士八人のトーナメント戦で、祖父が第48代横綱の大鵬の納谷を応援して、順当に勝ち進んだが、最後の優勝決定戦で王輝に負けてしまった。

(二月中旬 第53回 NHK福祉大相撲 その五)
二ン月に幕下力士トーナメント
八人の力士で対戦春の会
納谷下し王輝優勝春の会 
㊟納谷・・・納谷 幸之介(なや こうのすけ、2000年2月14日 - )は、東京都江東区出身で、大嶽部屋所属の現役大相撲力士。本名同じ。身長188cm、体重175kg、血液型はA型[1]。最高位は東幕下5枚目(2020年1月場所)。
父は元関脇の貴闘力忠茂、祖父は第48代横綱の大鵬幸喜[2]。長兄はプロレスラーの納谷幸男[3]。弟は同部屋の夢道鵬幸成。従兄は元大相撲力士の若闘力。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「納谷について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百七十八)》
㊟王輝・・・王輝 一毅(おうき かずき)・・・本名: 小池 一毅; 誕生日: 平成8年6月12日; 出身: 新潟県岩船郡関川村; 身長: 182 センチ; 体重: 153キロ; 部屋: 錣山; 四股名改名: 小池 一毅 → 王輝 一毅; 初場所: 平成25年7月; 生涯成績: 89勝72敗/161出(24場所); 幕下成績: 19勝23敗/42出(6場所) (大相撲FANより転載)
春の会王輝は納谷を寄り切って
春の会幕下の王輝優勝す
第二部へ二月の福祉大相撲
春の午後ふれ太鼓の音館内に
二ン月の午後ふれ太鼓の音響く
二月の会ふれ太鼓の響く午後
春の会二部の初っ切り面白し
初っ切りの禁じ手に湧く春の会
春の会禁じ手相撲に大笑い

雛飾り (令和2年4月5~6日掲載分)


◎ 雛飾り (令和二年四月五~六日掲載分)
● 令和二年四月五日 日曜日 
○ 二月日々折々 その五 雛飾り
《今回の自選代表二句と自句自解》

両国駅ホーム階段に雛飾り 

 東京都墨田区にある両国駅のホーム階段に、十五段の雛飾りが展示されていた。毎年恒例の両国駅の雛まつりの雛飾りである。今年もしばし観賞した。有り難い催し物である。

春愉しエントランスにてサイン会 

 両国国技館の館内に入る。正面エントランスでは、芝田山親方(元横綱大乃国)のサイン会が行われていた。毎年初春二月開催の福祉大相撲では、趣向を変えていろいろなイベントが行われている。

(二月中旬 第53回 NHK福祉大相撲 その二)
二ン月に松戸駅より両国へ
車窓より富士見ゆ建国記念の日
春日浴び空を支えるスカイツリー
両国駅ホーム階段に雛飾り 
両国駅ホーム階段に雛人形
春日浴び両国駅より国技館
春の風国技館前に人だかり
春愉し国技館前に人だかり
春愉し国技館前に三力士
※国技館前に三力士・・・①左に阿武咲、②中に北勝富士、③右に竜電。
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・春の写真」の「第53回 NHK福祉大相撲」(二月中旬)』に「国技館前の三力士に人だかり」(東京都墨田区横網一丁目)の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
春の昼受付済ませ館内へ
春の会エントランスより館内に
春の会エントランスにてサイン会 
春愉しエントランスにてサイン会 
春の会我が目の前に芝田山
㊟芝田山・・・大乃国 康(おおのくに やすし、1962年10月9日 - )は、北海道河西郡芽室町出身の元大相撲力士。第62代横綱(昭和最後の横綱)。本名は青木 康(あおき やすし)[1]。現在は年寄・12代芝田山として芝田山部屋(二所ノ関一門)の師匠を務める。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

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● 令和二年四月六日 月曜日 
○ 二月日々折々 その六 春の日
《今回の自選代表句と自句自解》

大相撲太鼓の打ち分け聞く春日 

 初春二月開催の福祉大相撲。午後一時からの第一部の初っ端に「太鼓の打ち分け」で寄せ太鼓・一番太鼓・はね太鼓が披露された。

(二月中旬 第53回 NHK福祉大相撲 その三)
春の日のエントランスを晴れやかに
春の会案内されて座席着く
春の昼近くの人と雑談を
春の会その人大宮から来たと
春愉しスー女の話面白し
うららかや後刻スー女は離席して
二ン月の午後一時より開演す
二ン月の午後一時より第一部
第一部太鼓の打ち分け聞く春日
大相撲太鼓の打ち分け聞く春日 
春の会寄せ太鼓の音館内に
春の会一番太鼓の音響く

建国記念の日 (令和2年4月3~4日掲載分)


◎ 建国記念の日 (令和二年四月三~四日掲載分)
● 令和二年四月三日 金曜日 
○ 二月日々折々 その三 二月
《今回の自選代表句と自句自解》

温暖化二月六日に初氷

 温暖化の影響か。なんと立春を過ぎた二月六日に東京都心で初氷を観測した。これは、観測史上最も遅い記録だという。我が家でも、水槽には薄氷が張っていた。

(二月上旬 日常生活③)
温暖化二月六日に初氷
㊟二月六日に初氷・・・今シーズン一番の寒気、東京で初氷を観測
 北風と強い寒気が流れ込んだ影響で、全国的に今シーズン一番の寒さとなっています。東京では初氷を観測しました。
 「きょう結構寒いですね」
 「今までがやっぱり暖冬で暖かかったのかなって」
 東京都心では6日朝、最低気温1.4度を観測し、厳しい寒さとなっています。東京都心では初氷を観測しましたが、これは観測史上最も遅い記録だということです。
 東京都心の最高気温は、5日は15度でしたが6日は6度と、日中、冷え込みが続く見通しです。気象庁は、寒気のピークは7日朝になるとしています。(TBSニュースより転載)
◎「東京で初氷を観測について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百七十五)》
温暖化二月六日に初霜が
新しき蛇口より出る春の水
ご近所に建設の音響く春
二月の夜スノームーンが東より
㊟スノームーン・・・2月の満月はスノームーン
 2月は9日(日)16時33分に満月を迎えます。
 アメリカの先住民は季節を把握するために、各月に見られる満月に名前をつけていました。
 2月は、北アメリカの2月は寒さが厳しく雪が多いため、「スノームーン」という名前が付いたそうです。(ウェザーニュースより転載)
二月宵スノームーンが東天に
二ン月の夜空の満月スノームーン
二ン月のスノームーンが丸まると
二ン月のスノームーンが煌々と
二月未明スノームーンが東天に
二月未明スノームーンがビル上に

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● 令和二年四月四日 土曜日 
○ 二月日々折々 その四 建国記念の日
《今回の自選代表二句と自句自解》

快晴や今年の建国記念の日 

 今日は、二月十一日。建国記念の日だ。祝日の今日は、朝から快晴。まさに天も寿ぐ建国記念の日となった。

早春の外出どきにマスクして 

 早春の候。今年は、インフルエンザだけでなく、新型コロナウイルス騒ぎで、特にマスクの着用を含む咳エチケットが求められている。そこで、感染症対策のため外出時にマスクをしてから両国の国技館へと向かった。

(二月中旬 第53回 NHK福祉大相撲 その一)
快晴や今年の建国記念の日 
入口に旗や建国記念の日
二月かな今年も福祉大相撲
㊟福祉大相撲・・・「第53回 NHK福祉大相撲」
1.主催 NHK、NHK厚生文化事業団
2.後援 公益財団法人日本相撲協会
3.協力 日産自動車株式会社
4.日時 2020年2月11日(火・祝)
     開場:午後0時10分/開演:午後1時/終演予定:午後5時30分
5.場所 国技館(東京都墨田区横網1-3-28 JR総武線・両国駅前)
6.主な内容(予定)
 第一部 太鼓の打ち分け 相撲甚句 幕下優秀力士トーナメント
 第二部 橫綱綱しめ実演 初っ切り 人気力士と歌手のお楽しみ歌くらべ 
    など
【歌くらべ出演】(五十音順)
岩佐美咲、丘みどり、おかゆ、柏木由紀、水雲-MIZMO-
第三部 幕内土俵入り、横綱土俵入り、幕内取組
(時事ドットコムサイトより転載)
◎『「第53回 NHK福祉大相撲」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百七十六)》
両国へ出掛ける建国記念の日
マスクして外出建国記念の日
二ン月の外出に咳エチケット
㊟咳エチケット・・・新型コロナウイルスを含む感染症対策の基本は、「手洗い」や「 マスクの着用を含む咳エチケット」です。(首相官邸サイトより転載)
咳エチケットで感染症予防 ①咳やくしゃみの際は、ティッシュで口と鼻をおおいましょう。 ②ティッシュ等がない場合には、二の腕で口と鼻をおおいましょう。(国立感染症研究所サイトより転載)
◎「咳エチケットについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百七十七)》
二ン月の外出どきにマスクして
早春の外出どきにマスクして 
マスクして出掛ける二月の大相撲
二ン月に妻連れ向かう国技館
㊟国技館・・・両国国技館(りょうごくこくぎかん)は、日本の東京都墨田区横網一丁目にある大相撲の興行のための施設。公益財団法人日本相撲協会が所有している。
プロレス、ボクシングなどの格闘技の興行会場、その他のスポーツ競技の会場、ポピュラー音楽のライブ会場としても使用される。クラシック音楽のコンサートが開かれた事例もある[1]。
なお「両国国技館」という呼称は日本相撲協会が一般向けに用いる通称であり[2]、同協会による正式な呼称は「国技館」である[3]。 番付では、旧字体で國技館と表記している。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
春や春みどりと同じ目的地
二ン月に松戸の地より両国へ

年の豆 (令和2年4月1~2日掲載分)


◎ 年の豆 (令和二年四月一~二日掲載分)
● 令和二年四月一日 水曜日 
○ 二月日々折々 その一 年の豆
《今回の自選代表二句と自句自解》

七十代食む年の豆数七つ 

 齢七十二となった私には、年の数の福豆は食べられない。近年は、七十代の十を割愛して七粒だけ食べるようにしている。もう無理のできない年齢となったのだ。年相応にということだ。人生謳歌することだ!

雪氷一度も見ぬ間に春立てり 

 今日は立春。温暖化の進行により、千葉県松戸市在住の七十二年間の私の人生で初めて雪も降らないければ氷も張らない冬を初めて過ごした。

(二月上旬 日常生活①)
心地よし今年の節分よく晴れて
㊟節分・・・節分(せつぶん、せちぶん)は、雑節の一つで、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のこと。節分とは「季節を分ける」ことも意味している。江戸時代以降は特に立春(毎年2月4日ごろ)の前日を指す場合が多い。
 太陰太陽暦(旧暦)では、立春に最も近い新月を元日とし、月(太陰)の満ち欠けを基準(月切)にした元日(旧正月)と、太陽黄経を基準(節切)にした立春は、ともに新年ととらえられていた。したがって、旧暦12月末日(大晦日)と立春前日の節分は、ともに年越しの日と意識されていたことになる。今も節分を「年越し」「年取り(数え年とは、生まれた日を1歳とし、誕生日に関係なく新年に皆が年を取る数え方)」と呼ぶ地域があるのはこの名残である。
本項目では、立春の前日、およびその日に行われる伝統的な行事について述べる。
一般的には「鬼は外、福は内」と声を出しながら福豆(煎り大豆)を撒いて、年齢の数だけ(もしくは1つ多く)豆を食べる厄除けを行う。また、邪気除けの柊鰯などを飾る。これらは、地方や神社などによって異なってくる(後述)。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「節分について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百七十二)》
西南西黙して口に恵方巻
升を手に勢いつけて「鬼は外」
升を手に下より上へ「福は内」
升を手に居間や仏間に豆を撒く
七十代食む福豆の数七つ 
七十代食む年の豆数七つ 
※年の豆・・・2月3日は、節分の豆まきの日だ。鬼を家に近寄らせないよう炒った豆「福豆」をまいたり、厄除けのために恵方巻きを食べたりして、一年の健康と安全を祈る。豆は年の数だけ食べると邪気が払われるとされるが、年齢を重ねるにつれ「つらい」と感じる人が出てくる。(J-CASTトレンドサイトより転載)
◎「年の豆について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百七十三)》
雪氷一度も見ぬ間に春立てり 
雪氷見ずして今年春に成る
ここ松戸二月の上旬よく晴れて

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● 令和二年四月二日 木曜日 
○ 二月日々折々 その二 立春
《今回の自選代表句と自句自解》

立春の朝搾りたて新酒飲む 

 東京都内の親類から日本酒「立春朝搾り」(五十嵐酒造株式会社 埼玉県飯能市川寺)が宅配便で届けられた。早速、冷やして頂いた。香りもよくフルーティーな味だ。旨い。

(二月上旬 日常生活②)
宅配便届く立春朝搾り
立春に頂く日本酒身内より
立春の頂き物には包装紙
春立つ日包み紙にはトコろんが
㊟トコろん・・・所沢市イメージマスコット「トコろん」です。
トコろんは、市の鳥「ひばり」をモチーフに、日本航空発祥の地にちなんでプロペラ飛行機のイメージから、頭にプロペラをつけています。首に巻いた緑色のスカーフは、所沢市の名産“狭山茶”をイメージして巻いています。トコろんは、市制施行60周年記念事業の一環として、平成22年に誕生しました。(所沢市役所HPより転載)
日本酒のラベルに二月四日の字
令和二年庚子(かのえね)二月四日の字
令和二年庚子(かのえね)二月四日かな
立春の地酒の箱に奥むさし
立春の地酒の箱に「天覧山」
立春の朝搾り新酒ぐいと飲む
立春の朝搾りたて新酒飲む 
㊟立春の朝搾りたて新酒・・・立春 搾りたての新酒を出荷
立春の4日、埼玉県飯能市の酒造会社では、搾りたての新酒で春の訪れを祝ってもらおうと早朝から出荷作業が行われました。
 飯能市の五十嵐酒造では、立春にあわせて搾りたての酒を届けようと、新酒を瓶に詰める作業が夜通し行われました。
会社の倉庫には販売店の人たちが50人ほど集まり、「立春朝搾り」と書かれたラベルを貼って、配送用の箱に次々と詰め込んでいきました。
そして、出荷前には地元の神社の宮司が、関係者のほかこの新酒を買う人たちの1年間の無病息災などを祈願しました。
 4日は埼玉県内や都内の販売店におよそ7000本が出荷されるということです。
 酒造会社の五十嵐正則社長は「搾りたての、いち早く春を感じてもらえるフレッシュなお酒を楽しんでほしい」と話していました。(NHK首都圏ニュースサイトより転載)
◎「立春の朝搾りたて新酒について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百七十四)》
冷やし飲む立春の地酒生原酒
立春の地酒とうな丼マッチして

一月(令和2年3月30~31日掲載分)


◎ 一月(令和二年三月三十~三十一日掲載分)
● 令和二年三月三十日 月曜日 
○ 一月日々折々 その十九 一月
《今回の自選代表句と自句自解》

新年会食べつつ話に花咲かせ 

 昨年末の忘年会依頼会っていなかったので、新年会ではまずみんなの近況が話題となった。平穏な一ヵ月を過ごせたメンバーがほとんどであった。むしろ家族のことやご近所の人のことが話題となった。

(一月下旬 老人会カラオケ仲間の新年会①)
冬の晴今日は定例カラオケ会
冬ぬくし心はずませ店に入る
一月にカラオケ仲間集い来る
お昼どき六名集い新年会
カラオケの仲間ら集い新年会
カラオケの仲間と新年昼食会
新年会仲間と正午より開催
新年会寿司弁当食むお昼どき
新年会食べつつ話に花咲かせ 
新年会近況報告皆でして
新年会一時半よりカラオケを
新年会私がトップにカラオケを

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● 令和二年三月三十一日 火曜日 
○ 一月日々折々 その二十 冬の宵
《今回の自選代表句と自句自解》

新年会健康大事と仲間らと 

 ずっと続いている町内のカラオケ仲間との忘年会。新しい年を迎えて、また一つとしが増える。因みに今日のカラオケ参加者の最高年齢は九十二歳。仲間たちとで、足腰の痛みや視力・聴力の衰え・ボケ防止など健康の話題が尽きない。共通して言えることは、健康第一なためみんなで健康管理をでき.るだけしっかりやろうということで話がまとまった。

(一月下旬 老人会カラオケ仲間の新年会②)
新年会マイク手にしてカラオケを
新年会手拍子拍手わきおこる
新年会皆も昭和の歌謡曲
新年会かわるがわるにカラオケを
新年会昭和の名曲次つぎと 
新年会おやつどきにまた雑談
新年会健康大事と仲間らと 
新年会ドリンクと菓子交互にし
新年会おやつ済ませてカラオケを
新年会午後五時過ぎまでカラオケを
新年会頃合はかりお開きに
冬の宵頃合はかり店を出る
冬の宵頃合はかり帰路に就く

冬の夜(令和2年3月28~29日掲載分)


◎ 冬の夜(令和二年三月二十八~二十九日掲載分)
● 令和二年三月二十八日 土曜日 
○ 一月日々折々 その十七 冬の晴
《今回の自選代表句と自句自解》

新年会「レッサンピリリ」踊る友 

 新年会の二次会の席上。大分、酒の酔いも心地よくなった日本山岳会のメンバーの友が皆の前で、有名な「レッサンピリリ」を踊りだした。皆の手拍子を受けながら、男踊りだけでなく女踊りも披露した。酒・男女・踊りは、世界共通だ。いい雰囲気だ。より楽しい二次会となっている。

(一月下旬 山の会新年会⑤)
新年会話題に日本山岳会
㊟日本山岳会・・・公益社団法人日本山岳会(にほんさんがくかい、英称:The Japanese Alpine Club, 略称:JAC)は、日本最古の山岳会。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
 公益社団法人日本山岳会は、1905年(明治38年)に設立され2012年4月、公益社団法人となりました。アルピニズムから日本的な 山旅までの登山活動、および、高所医学の研究、自然保護活動、出版や講演、啓発活動など社会貢献を多岐に進めてきました。現在、会員数 5000名余、全国に33の支部が有ります。(公益社団法人日本山岳会HPより転載)
◎「日本山岳会について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百六十七)》
冬の晴話題に日本山岳会
新年会なかに山岳会メンバー
新年会友に山岳会メンバー
新年会酒蔵巡りの話聞く
新年会酒蔵巡り八百と
八百の酒蔵話しや新年会
ネパールの山の話や新年会
新年会「レッサンピリリ」踊る友 
※「レッサンピリリ」・・・まず、日本語表記ではレッソンピリリではなく、「レッサンピリリ」がほとんどをしめ、他の表記では「レッサンフィリリ」と書いてあるものがありました。英文字表記では「Resham Firiri」。
 レッサンピリリとは、ネパール語で、「風でスカーフがピリリと揺れる。」という意味のようです。
 ネパールでは国民のほとんどが知っているような有名な歌のようで、各地方で色々な歌詞で歌われているようです。
【日本語訳詞】
  長いことネパール住んで、いろんな町行ったよ、
  その町の思い出が、胸の中に咲いたよ
  新しい町、新しい花、摘みに探しに行こう
  花の首飾りもって君に会いに行こう

  レッサンフィリリ、レッサンフィリリ
  飛んでゆこうあの山越えて レッサンフィリリ
  レッサンフィリリ、レッサンフィリリ、
  飛んでゆこう カトマンドゥへ レッサンフィリリ
(鬼飛ブログより転載)
◎「レッサンピリリとは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百六十八)》
新年会両手を挙げて踊る友
新年会知っいる仲間ら歌踊り
新年会友の話題にチェンマイも
㊟チェンマイ・・・バンコクの北方約720キロに位置するタイ第2の都市チェンマイは、「北方のバラ」とも称される美しい古都。1296年にランナー王朝初代メンラーイ王により新しい首都としてピン川のほとりに建設され、タイ北部の言葉で「新しい街」と名づけられました。以来、この地域の中心として、モン族やタイヤイ族、ビルマ族などさまざまな民族が交流するなか、建築や仏像の様式、言葉や料理、工芸の分野などで「ランナー文化」と称されるタイ北部独自の文化・伝統が育まれてきました。現在でも工芸が盛んな街として知られ、近年はその伝統をベースにタイ芸術の拠点ともなっています。また、周辺はタイ最高峰ドイ・インタノンをはじめとした峰々が重なる緑豊かな山岳地帯となっており、乾季(11月〜1月)は平均気温が約25℃と平野部より過ごしやすいことから、避暑地としても人気があります。(タイ国政府観光庁HPより転載)
◎「チェンマイについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百六十九)》

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● 令和二年三月二十九日 日曜日 
○ 一月日々折々 その十八 冬の夜
《今回の自選代表句と自句自解》

新年会われ飲み過ぎて生きた化石 

 新年会の二次会の席上で、ネパールの珪岩化石のアンモナイトを見せてもらった。私も今回、生ビールと日本酒を飲んで、ほぼ思考力停止状態。生きた化石になった気分だ。

(一月下旬 山の会新年会⑥)
ネパールの化石の話や新年会
新年会アンモナイトの化石見る
㊟アンモナイト・・・アンモナイト(分類名:アンモナイト亜綱、学名:subclassis Ammonoidea)は、古生代シルル紀末期(もしくは[1]、デボン紀中期)から中生代白亜紀末までのおよそ3億5000万年前後の間を、海洋に広く分布し繁栄した、頭足類の分類群の一つ。全ての種が平らな巻き貝の形をした殻を持っているのが特徴である。
 古生代と中生代の下位に当たる各年代を生きた種はそれぞれに示準化石とされており、地質学研究にとって極めて重要な生物群となっている。
 アンモナイト亜綱は、オルドビス紀から生息するオウムガイ亜綱(Nautiloidea)の中から分化したものと考えられている。以来、彼らは実に長くの時代を繁栄していたが、中生代の幕引きとなる白亜紀末のK-Pg境界を最後に地球上から姿を消した。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「アンモナイトについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百七十)》
ネパールの珪岩化石や新年会
㊟珪岩・・・珪岩(けいがん、英: quartzite、クォーツァイト)は、チャートや珪質砂岩が熱による変成(接触変成作用)を受けた変成岩。元の岩石に含まれていた石英(SiO2)が再結晶して大きくなっている。ホルンフェルスに含める場合もある。かつては、チャート(未変成)を表す語としても用いられた。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「珪岩とは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百七十一)》
新年会われ飲みすぎて生きた化石 
いつまでも話題の尽きぬ新年会
新年会七時間後にお開きに
新年会午後七時過ぎ散会す
冬の夜仲間と握手し別れけり
冬の晴帰る夜道に月煌々
新年会終えて八時に無事帰宅

冬ぬくし(令和2年3月26~27日掲載分)


◎ 冬ぬくし(令和二年三月二十六~二十七日掲載分)
● 令和二年三月二十六日 木曜日 
○ 一月日々折々 その十五 鮪
《今回の自選代表句と自句自解》

新年会ヒマラヤ登山の話聞く 

 参集した山仲間の中には、毎年恒例のヒマラヤ登山から数が月前に帰国したメンバーが四五人いる。今回のヒマラヤ登山の話でしばらく盛り上がった。拾ってきたマンモナイトの珪岩化石も見せてもらった。結構重い。

(一月下旬 山の会新年会③)
新年会雑談しながらお寿司食む
新年会旨し旨しと寿司を食む
宴会中旨しうましと鮪寿司
仲間らと会話の弾む新年会
新年会コースの料理次つぎと
新年会海外登山の話して
新年会ヒマラヤ登山の話聞く 
仲間らと雪山登山の話して
仲間らと冬山登山の話して
新年会三時間後に二次会へ

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● 令和二年三月二十七日 金曜日 
○ 一月日々折々 その十六 冬ぬくし
《今回の自選代表句と自句自解》

皆のいる居間の窓より冬陽射 

 新年会の二次会会場は、寿司屋近くに住む高校時代の友達の家。居間の窓から明るい冬の陽射が差し込む。朝からよく晴れて割と暖かい。十二人いる居間も暖房いらずだ。

(一月下旬 山の会新年会④)
新年会頃合いはかり店を出る
冬ぬくしそぞろに歩いて友の家
新年会寿司店近くの友の家
新年会二次会場は友の家
新年会二次会庭付き友の家
皆のいる居間の窓より冬陽射 
十二名移動し続ける新年会
二次会は酒で乾杯新年会
新年会日本酒でまた乾杯し
友の家ここでも乾杯新年会
新年会家庭料理に舌鼓
スケッチの話題飛び出す新年会

新年会(令和2年3月24~25日掲載分)


◎ 新年会(令和二年三月二十四~二十五日掲載分)
● 令和二年三月二十四日 火曜日 
○ 一月日々折々 その十三 一月場所
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の朝寝覚めの雨音心地よし 

 冬の朝。床の中で目覚めた。ぐっすり寝たせいか、冬の朝の雨音が耳に心地よく聞こえる。床の中で、しばらく雨音を聴いて楽しんだ。

(一月下旬 日常生活②)
一月場所徳勝龍が初優勝
㊟徳勝龍が初優勝・・・「幕尻」徳勝龍が初優勝 大相撲初場所 千秋楽 (2020年1月26日 17時31分)
大相撲の平幕 徳勝龍が初場所千秋楽の26日、14勝1敗の好成績で初めての優勝を果たしました。幕内で最も下位の番付、幕尻の力士が優勝するのは20年ぶりで、奈良県出身力士の優勝は大正11年春場所の鶴ヶ浜以来98年ぶりです。(NHK NEWS WEBより転載)
初場所に「幕尻」力士初優勝
冬の朝寝覚めに雨音心地よく
冬の朝寝覚めの雨音心地よし 
隣より土付き長葱頂戴す

(一月下旬 山の会新年会①)
冬の晴電車と徒歩にて寿司屋へと
冬の晴電車と徒歩にて宴会場
山の会下旬に仲間と新年会
新年会鮨神谷にて一次会
※鮨神谷・・・・JR武蔵野線の南流山駅と新松戸駅の中間にあるお店(千葉県松戸市横須賀)。店入口に、「全国すしコンクール優勝」と大きく表示されていた。鮨神谷の大将が金太楼鮨の店長をして働いているときに、全国寿司コンクールで優勝したのだ。現在の店は、その後独立したお店。店内に、そのときのトロフィーも展示されている。
新年会優勝表示店前に
新年会優勝トロフィー店内に
新年会店の大将に声かけて

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● 令和二年三月二十五日 水曜日 
○ 一月日々折々 その十四 新年会
《今回の自選代表句と自句自解》

新年会寿司ネタと飯の絶妙さ 

 山仲間との定例の新年会。宴会場は、鮨神谷(千葉県松戸市横須賀)。この寿司屋の大将は、「全国すしコンクール優勝」の実績のある大将。宴会コースに出されたお寿司の新鮮なネタと少しかための酢飯との相性が絶妙だ。実に旨い。

(一月下旬 山の会新年会②)
山仲間新年会に十二名
新年会仲間の中に帰国者も
新年会ポルトガルからの帰国者も
新年の宴会開始正午より
新年会午後零時より一次会
新年会グラス手にしてする乾杯
新年会乾杯し飲む生ビール
新年会コース料理の寿司を食む
新年会盛り付けされたお寿司食む
新年会寿司ネタの新鮮さ
新年会ネタと酢飯が絶妙に
新年会ネタと酢飯の絶妙さ 
新年会寿司ネタと飯の絶妙さ 
新年会会話しながら寿司を食む

寒椿 (令和2年3月22~23日掲載分)


◎ 寒椿 (令和二年三月二十二~二十三日掲載分)
● 令和二年三月二十二日 日曜日 
○ 一月日々折々 その十一 寒椿
《今回の自選代表句と自句自解》

日を浴びてさらに燃え立つ寒椿

 寒椿が路傍に咲いている。丁度、冬の陽射しが射しこみ、咲いている寒椿があかあかと燃えている。日を浴びてさらに燃え立っている。よりきれいだ。

(一月中旬 日常生活②)
冬曇りサッカーする子ら校庭に
あかあかと日を浴び燃ゆる寒椿
日を浴びてさらに燃え立つ寒椿
寝静まる街に降り出す冬の雨
冬深夜トタンの屋根に雨の音
冬深夜雨音耳に床に就く
冬深夜耳に雨音の子守歌
更に冷え今日は霙になる予報
寒の内足の指先まで冷えて
寒中や足の指先まで冷えて
一人入る湯船に湯気立つ冬の夜
冬の晴「セレージャSHOW」の応援に
※「セレージャSHOW」・・・第6回セレージャSHOW
日時:2020年1月19日(土) 開場13時30分/開演14時
会場:松戸市民劇場(松戸市本町11-6)
料金:無料
松戸市内のお祭りを華やかに盛り上げるサンバチーム「フロール・ヂ・松戸・セレージャ」によるチャリティーショーが今年も開催されます。 チャリティーショーにて集めた募金は、震災復興と知的障がい者の支援のために使用されます。ぜひとも皆様お誘いあわせの上お越しください。(松戸市観光協会HPより転載)
受付で会に焼芋の差し入れを
冬の日にサンバダンスのショー鑑賞
冬の日に熱気のこもるショー鑑賞
冬の晴縁者ダンサーと記念写真
冬の日にパシスタと撮る記念写真
※パシスタ・・・パシスタ(ポルトガル語:Passista)とは、リオのカーニバルなど、パレードにおけるサンバのソロダンサーのこと。
日本では一般的に、タンガ姿で羽根をたくさん背負った女性ダンサーをパシスタと呼ぶことが多い。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
冬うらら会代表と歓談す
温暖化大寒の日に十度越え
温暖化大寒の日に十四度
冬の晴孫高校に合格す 
冬の晴孫合格の吉報が

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● 令和二年三月二十三日 月曜日 
○ 一月日々折々 その十二 縄跳び
《今回の自選代表句と自句自解》

サッカーをする児ら冬日の校庭に 

 冬曇りの日。近所の小学校の校庭には、体育の授業で元気にサッカーのパス回しの練習をする児童たちがいた。子供たちから元気をもらった。

(一月下旬 日常生活①)
校庭に長縄跳びする三年生
サッカーをする児ら冬日の校庭に 
冬曇りサッカーする子ら校庭に
一月の下旬の天気ぐずついて
一月の下旬の日々は曇り雨
寒き夜に湯のわく音聞き床に就く
ヘリコプター冬曇りの空飛び行けり
冬曇り音立て飛びゆくヘリコプター
冬曇り音立て上空ヘリが飛ぶ
冬曇り我が家の上空ヘリが飛ぶ

松の内 (令和2年3月20~21日掲載分)


◎ 松の内 (令和二年三月二十~二十一日掲載分)
● 令和二年三月二十日 金曜日 松の内
○ 一月日々折々 その九
《今回の自選代表句と自句自解》

泊り客帰宅後静かな三日かな 

 三泊四日の来客も昨日の夕刻に帰った。七人から十人でにぎやかに過ごした年末・年始。皆が帰った昨日の夜は、特に静かに感じた。また今日正月三日は、朝から終日静かだった。

(一月上旬 松の内)
今日二日三泊四日の客帰る
宿泊者帰り実家に老夫婦
泊り客帰宅後静かな三日かな 
三日分賀状にゆっくり目を通す
関東は晴れの日続くお正月
片付けをしながら過ごす松の内
六日かなほぼ通常の生活に
七日かな子らの声する通学路
曇り後雨の天気の今日七日
悪天候今年は早めの松納め
七草や今年も妻と粥を食む

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● 令和二年三月二十一日 土曜日 
○ 一月日々折々 その十 冬夕焼
《今回の自選代表句と自句自解》

刻々と雲を染めゆく冬夕焼

 日暮れの早い冬。夕焼け雲の色が刻々と変わる。明るい茜色から次第に暗さを増す茜色に・・・。見ていて飽きない。同時に、次第に気温も下がって行くのも体感することになる。

(一月中旬 日常生活①)
刻々と雲を染めゆく冬茜
刻々と雲を染めゆく冬夕焼 
刻々とビルを染めゆく冬茜
刻々とビルを染めゆく冬夕焼
日を浴びて縄跳びする子ら校庭に
寝静まる住む街照らす冬の月
不順なり住む街朝から冬曇り
一月の中旬の日晴れ曇り雨
一月の中旬気温差目まぐるし
不順かな我が町朝から冬曇

暖房 (令和2年3月18~19日掲載分)


◎ 暖房 (令和二年三月十八~十九日掲載分)
● 令和二年三月十八日 水曜日 
○ 一月日々折々 その七 冬休み
《今回の自選代表句と自句自解》

冬休み美術館前に人の列 

 上野公園内にある「上野の森の美術館」では、「ゴツホ展」が開催されている。冬休み期間中なので家族連れも多い。列には多くの人が並んでいた。

(一月上旬 湯島天神の初詣⑥)
冬の晴歩いて池より公園へ
冬の晴石段のぼり観音堂
冬の晴前に清水観音堂
二日午後上野公園散策す
ここ上野西郷像に冬陽射
ここ上野西郷銅像冬日浴び
冬日浴ぶ西郷像前にて写真
冬休み美術館前に人の列 
※美術館・・・ここでは、上野の森美術館のこと。
㊟上野の森美術館・・・上野の森美術館(うえののもりびじゅつかん)は、東京都台東区上野恩賜公園にある私立美術館である。
上野公園内の一角、西郷隆盛像の近くにある。日本の美術団体としては最も古く、1879年(明治12年)に設立された公益財団法人日本美術協会が設置する美術館として1972年(昭和47年)にフジサンケイグループが開館した。
公募展や、海外の美術館の所蔵品を借り受けての特別展などが随時開催されている。また、1983年(昭和58年)より上野の森美術館大賞展を、1994年(平成6年)より第一生命と共催でVOCA展を、毎年開催し、現代美術作家の育成に努めている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「上野の森美術館について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百六十七)》
一月の館内ゴッホ展開催
㊟ゴッホ・・・フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ[注釈 1](Vincent Willem van Gogh、1853年3月30日 - 1890年7月29日)は、オランダのポスト印象派の画家。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
冬の晴公園散策終え駅へ
冬の晴散策終えて上野駅

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● 令和二年三月十九日 木曜日 
○ 一月日々折々 その八 暖房
《今回の自選代表句と自句自解》

暖房中眠気覚える電車内 

 初詣帰りの電車内は、暖房が効いてポカポカだ。電車の座席に着いて、しばらくするとだんだん眠くなってきた。

(一月上旬 湯島天神の初詣⑦)
二日午後上野駅より松戸へと
暖房や電車のなかはポカポカと
暖房中眠気覚える電車内 
車窓より冬日を浴びしスカイツリー
冬日浴ぶ荒川水面キラキラと
冬日浴ぶ中川水面キラキラと
冬日浴ぶ江戸川水面キラキラと
江戸川の土手枯草に覆われて
二日午後二時過ぎ到着松戸駅
二日午後二時半頃に無事帰宅

初詣 (令和2年3月16~17日掲載分)


◎ 初詣 (令和二年三月十六~十七日掲載分)
● 令和二年三月十六日 月曜日 
○ 一月日々折々 その五 初詣
《今回の自選代表句と自句自解》

湯島社に謹賀新年の提灯が 

 湯島の天満宮の境内に謹賀新年の提灯や看板があり、新年を祝う雰囲気を感じることができた。参拝客も多い。

(一月上旬 湯島天神の初詣④)
日を浴びて順番待ちの初詣
初詣次第に鳥居近づいて
初詣前に銅製表鳥居
※銅製表鳥居・・・都内最古といわれる「湯島天神」の鋳造鳥居。
お正月鳥居の両に並ぶ屋台
湯島社の境内あまたな参詣者
初詣湯島天神に人並び
湯島社に謹賀新年の提灯が 
湯島社に謹賀新年の看板が
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・冬(新年)の写真」の「湯島天神の初詣」(一月上旬)』に「冬晴れの湯島天神・本殿前」(東京都文京区湯島三丁目)の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
三世代七人揃い初詣
初詣本殿前にて合掌す

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● 令和二年三月十七日 火曜日 
○ 一月日々折々 その六 枯蓮
《今回の自選代表句と自句自解》

初詣願いを絵馬に孫娘 

 湯島天満宮での初詣。高校受験を控えた孫は、志望校合格の願い事を書き入れた絵馬を吊るした。

(一月上旬 湯島天神の初詣⑤)
初詣孫の合格祈願して
冬晴の御本殿より参集殿
初詣皆と特設授与所へと
お守りと鉛筆授かる初詣
初詣孫は絵馬にも願い込め 
初詣願いを絵馬に孫娘 
初詣身内と境内散策す
冬日浴び梅園内を散策す
冬日浴びしばし境内を散策す
冬の晴夫婦坂下り通りへと
二日午後不忍通りより池へ
二日午後不忍池を散策す
不忍池(しのばずのいけ)一面の枯蓮(かれはちす)
冬の晴池より眺むスカイツリー
冬の晴そぞろ歩きし弁天堂
二日かな辯天堂に人の列
㊟辯天堂・・・不忍池(しのばずのいけ)辯天堂(べんてんどう)は、江戸初期の寛永年間に、天台宗東叡山寛永寺の開山、慈眼大師天海大僧正(1536~1643)によって建立されました。
 天海大僧正は、「見立て」という思想によって上野の山を設計していきました。これは、寛永寺というお寺を新しく創るにあたり、さまざまなお堂を京都周辺にある神社仏閣に見立てたことを意味します。例えば「寛永寺」というお寺の名称は、「寛永」年間に創建されたことからついたのですが、これは「延暦」年間に創建された天台宗総本山の「延暦寺」というお寺を見立てたものです。
こうして天然の池であった不忍池を琵琶湖に見立て、また元々あった聖天(しょうてん)が祀られた小さな島を竹生島に見立て、さらに水谷伊勢守(みずのやいせのかみ)勝隆(かつたか)公と相談して島を大きく造成することで竹生島の「宝厳寺(ほうごんじ)」に見立てたお堂を建立したのです。
 琵琶湖と竹生島に見立てられたお堂であったため、当初はお堂に参詣するにも船を使用していたのですが、参詣者が増えるにともない江戸時代に橋がかけられました。(東叡山寛永寺HPより転載)
◎「不忍池辯天堂について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百六十六)》
年頭の辯天堂に参詣者

二日 (令和2年3月14~15日掲載分)


◎ 二日 (令和二年三月十四~十五日掲載分)
● 令和二年三月十四日 土曜日 
○ 一月日々折々 その三 熱燗
《今回の自選代表句と自句自解》

正午前親子で熱燗酌み交わし 

 正月二日の正午前に、有名な老舗「鳥つね」に入店し、熱燗の日本酒と上親子丼を注文した。席について先ず親子で熱燗の酒を酌み交わした。毎年恒例となっている。健康でいられることに感謝して親子で乾杯。

(一月上旬 湯島天神の初詣②)
二日午前湯島社近くの「鳥つね」に
㊟「鳥つね」・・・鳥つね湯島天神前店(住所 東京都文京区湯島3丁目29-3)90余年伝わる特製親子丼
大正元(1912)年創業。独自ルートで仕入れる新鮮な地鶏を、すき焼き、スープ炊き、親子丼など様々な料理で味わえる。奥久慈しゃも、比内鶏を使用した地鶏鍋もおいしい。(maple.netより転載)
◎『「鳥つね」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百六十三)》
二日我ら湯島天神前本店
二日午前早めに親子丼食べに
「鳥つね」のそばに花咲く冬椿
冬の昼早めの店内満席に
二日午前早めの昼食身内らと
今日二日早めに身内と昼食を
二日午前昼食前に日本酒を
正午前親子で熱燗酌み交わし 
今日二日早めの昼に親子丼
今日二日昼に「鳥つね」の親子丼
◎親子丼・・・「鳥つね」の親子丼に
新鮮な素材と甘めのつゆがよく合う親子丼が絶品の老舗鳥専門店
東京都文京区にある鳥専門店「鳥きつね 湯島天神前本店」。日本一美味しい親子丼があるお店の一つ。オススメはもちろん親子丼。素材が抜群で甘めのつゆが多め。黄金色のトロトロの卵と柔らかく旨みのある鳥が見事に一体化。めちゃくちゃ美味しいです。(Rettyグルメより転載)
◎『「鳥つね」の親子丼について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百六十四)》
二日午前早めの昼食親子丼
二日かな昼特製の親子丼

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● 令和二年三月十五日 日曜日 
○ 一月日々折々 その四 二日
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の昼上親子丼にトロトロ感 

 正月二日の正午前に、有名な老舗「鳥つね」に入店し、熱燗の日本酒と上親子丼を注文した。酒を酌み交わした後、老舗「鳥つね」の上親子丼を食べる。黄金色の卵と鶏肉とが一体化した親子丼は、トロミもありやわらかくておいしい。

(一月上旬 湯島天神の初詣③)
三世代二日のお昼親子丼
冬の昼黄金色の親子丼
冬の昼上親子丼にトロトロ感 
冬の昼丼ぶりの鶏肉旨し
冬の昼食みし卵と鶏旨し
冬の昼卵と鶏に一体化
二日昼食後にほうじ茶啜りけり
初詣昼食済ませ湯島社へ
初詣昼食後湯島天神へ
㊟湯島天神・・・祭神は菅原道真である。伝承によれば文和4年(1355)湯島の郷民が霊夢によって老松ノ下に勧請したといわれている。その後、文明10年(1478)に太田道灌が社殿を再興し、江戸時代になって、徳川家康はじめ歴代の将軍があつく庇護し隆盛をきわめた。かって、湯島天満宮は”湯島天神”として知られ鳥居前には町もでき人々の往来で賑わった。
 青松が茂る神境に野梅が盛んに香り風雅に富んだ所として古くから名を知られ、その後江戸幕府の朱印地になり、林道春、新井白石等の多くの学者に文神とし崇められました。
 境内の梅は一時枯れましたが、現在では、地元民の篤志により、数百本の梅樹が植えられ、2月から3月に行われる梅まつりにはみごとな花と香りで参拝者、鑑賞者を楽しませています。また梅園の中には、満天下の子女の紅涙をしぼらせた「婦系図」のゆかりの地として里見弴外16名の文筆家ら旧知関係者によって昭和17年(1942)9月7日に泉鏡花の筆塚が設立されました。(東京都文京区の歴史サイトより転載)
◎「湯島天神について(続編)」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百六十五)》
天満宮二時間待ちの初詣

お元日 (令和2年3月12~13日掲載分)


◎ お元日 (令和二年三月十二~十三日掲載分)
● 令和二年三月十二日 木曜日 
○ 一月日々折々 その一 お元日
《今回の自選代表句と自句自解》

お年玉孫らの顔に浮かぶ笑み 

 孫たち一人一人にお年玉を渡す。それぞれが笑顔で受け取り、謝意を述べる。毎年のお正月の光景であるはあるが、孫達は心身ともに年ごとに成長し続けている。お年玉を渡す側も受け取る側も実にうれしと楽しい習慣であるように思う。今年も孫達の笑顔に癒される。感謝。合掌。

(一月上旬 元日)
元日の早朝国旗掲揚す
お元日日の出の光神々し 
お元日日の出の光燦々と 
お元日日を浴ぶ国旗風に揺れ
今年またご近所さんと交わす賀詞
鏡餅供えし仏に手を合わす
年頭に安寧長寿祈念して 
お元日十人集い祝賀会
今年また賀詞交わし合う祝賀会
あいさつ後笑顔の孫らへお年玉
お年玉孫らの顔に浮かぶ笑み 
正月にふと気付く孫の声変わり
杯に注がれ皆と屠蘇を飲む
にぎやかに語らいながらおせち食む
三世代語らいながらおせち食む
炬燵入り孫らとしばしゲームして
御元日時の流れはまったりと

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● 令和二年三月十三日 金曜日 
○ 一月日々折々 その二 冬紅葉
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の晴天満宮へ坂上り 

 冬晴の空のもと、地下鉄湯島駅から歩いて、湯島天神(神社)方面へ湯島中坂の急坂を上って行った。晴れているので 雨の心配もなく、初詣ができそうだ。

(一月上旬 湯島天神の初詣①)
身内連れ晴れたる二日に湯島社へ 
今日二日行先湯島天満宮
初詣身内七人湯島社へ
冬の晴身内を連れて湯島社へ
初詣家の出立十時半
二日午前松戸駅より千代田線
二日午前湯島駅降り湯島社へ
冬の晴天満宮へ坂上り 
冬紅葉愛でつつ中坂上りゆく
㊟中坂・・・ 中坂(仲坂)
 『御府内備考』に、「中坂は妻恋坂と天神石坂との間なれば呼名とすといふ」とある。
 江戸時代には、2つの坂の中間に新しい坂ができると中坂と名づけた。したがって中坂は2つの坂より後にできた新しい坂ということになる。
 また、『新撰東京名所図会』には、「中坂は、天神町1丁目4番地と54番地の間にあり、下谷区へ下る急坂なり。中腹に車止めあり」とあり。車の通行が禁止され歩行者専用であった。
 このあたりは、江戸時代から、湯島天神(神社)の門前町として発達した盛り場で、かつては置屋・待合などが多かった。(東京都文京区の歴史サイトより転載)
◎「中坂について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百六十二)》
冬の晴湯島中坂上りゆく

大晦日 (令和2年3月10~11日掲載分)


◎ 大晦日 (令和二年三月十~十一日掲載分)
● 令和二年三月十日 火曜日 
○ 十二月日々折々 その十一 年用意
《今回の自選代表句と自句自解》

年の瀬に和む孫らの笑い声 

 年用意で少々多忙に生活を送ってきた後の年の瀬に、孫達が泊り掛けで来訪。成長し続ける孫達の声や笑い声が聞こえる。孫たちの声に癒されると共に元気をもらう。

(十二月下旬 日常生活②)
午前中仏間仏壇の年用意
三四日家の内外年用意
来客に備えて妻と年用意

(十二月下旬 大晦日①)
子の家族今年も来訪大晦日
年の瀬や心の和む孫の声 
年の瀬に和む孫らの笑い声 
大晦日七人集い卓囲む
家族らと酒酌み交わす大晦日
大晦日蟹を肴に酒を飲む
にぎやかに年越し蕎麦を家族らと

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● 令和二年三月十一日 水曜日 
○ 十二月日々折々 その十二 大晦日
《今回の自選代表句と自句自解》

除夜の鐘健康長寿の願い込め 

 今年また松龍寺(千葉県松戸市松戸)へ家族で出掛け、除夜の鐘を突いた。行く年に感謝し、来る年の健康長寿を祈念した。突いた鐘の音が、余韻を残してまだ響いている。清らかな音だ。合掌。

(十二月下旬 大晦日②)
大晦日食後トランプ遊びして
紅白は白組勝利の大晦日
家族らとお寺へ除夜の鐘つきに
松龍寺夜空に冴えるオリオン座
列並び北風の中待つ順番
願い込め除夜の鐘突く零時頃 
除夜の鐘健康長寿の願い込め 
除夜の鐘響く鐘の音清らかに
古刹にて蜜柑を一つ頂戴す
松龍寺にて頂いた汁粉食む
年新た読経の声と木魚の音
車乗り北風吹くなか家路就く

年の暮 (令和2年3月8~9日掲載分)


◎ 年の暮 (令和二年三月八~九日掲載分)
● 令和二年三月八日 日曜日 
○ 十二月日々折々 その九 年の暮
《今回の自選代表句と自句自解》

年の暮今年も市場へ買い出しに 

 我が家では、年末の恒例行事となっている市場への買い出し。今年も妻と車で行き、南部市場(千葉県松戸市内)で食材を中心とした買い物を楽しんだ。

(十二月下旬 市場での買い出し①)
冬の晴妻と市場へ買い物に
年の暮妻と市場へ買い物に
年の暮今年も市場へ買い出しに 
数え日に車で妻と買い出しに
年の暮もち米・果物買い出しに
年の暮市場付近は渋滞中
年の暮渋滞中の駐車場
年の暮順番待ちの駐車場
年の瀬に市場にぎわう人・車
年の暮南部市場に人あまた

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● 令和二年三月九日 月曜日 
○ 十二月日々折々 その十 年の瀬
《今回の自選代表句と自句自解》

年の暮車に幾度も荷運びを 

 我が家では、年末の恒例行事となっている市場への買い出し。今年も妻と車で行き、南部市場(千葉県松戸市内)で食材を中心とした買い物をした。もち米やうるち米などの重い物や花などかさばる物などもあり、幾度も荷持を駐車した車に運び込んだ。

(十二月下旬 市場での買い出し②)
年末の買い出し野菜・魚・肉
年の瀬の市場の通路渋滞す
年末の買い出し果物・もち米等
年の暮車に幾度も荷運びを 
年の瀬の市場の通路譲り合い
年末の買い出し乾物・花・文具
年末の買い出しに九十分
年末に一時間半の買い物を
年の暮後部座席に荷満載
年の瀬や街なかの各所渋滞す
年の瀬の渋滞抜けて無事帰宅

数え日 (令和2年3月6~7日掲載分)


◎ 数え日 (令和二年三月六~七日掲載分)
● 令和二年三月六日 金曜日 
○ 十二月日々折々 その七 数え日
《今回の自選代表句と自句自解》

年忘れ仲間と昭和の歌謡曲 

 カラオケ仲間との忘年会。高齢者ばかりの仲間(メンバーの最高齢者は、九十歳を越えている)と今年もカラオケを楽しむ。やはり歌う曲は、昭和の歌謡曲が多い。ここ数年、カラオケ仲間との忘年会が毎年行われているが、いくつになっても、昭和の歌謡曲がメインとなっている。

(十二月下旬 カラオケ仲間との忘年会①)
カラオケの仲間ら集い忘年会
年末にカラオケ仲間と昼食会
年末の昼食どきにちらし寿司
忘年会会話しながら昼食を
数え日に仲間六人カラオケを
数え日のカラオケ男女各三人
数え日に数名集いカラオケを
数え日に数名集いカラオケを
数え日に仲間ら集いカラオケを
年忘れ仲間と昭和の歌謡曲 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和二年三月七日 土曜日 
○ 十二月日々折々 その八 年末
《今回の自選代表句と自句自解》

仲間らとカラオケ楽しむ年忘れ 

 今年も町会の老人会のカラオケ仲間らと忘年会を催し、年忘れにカラオケを皆で楽しんだ。

(十二月下旬 カラオケ仲間との忘年会②)
仲間らとカラオケ楽しみ年忘れ
忘年会仲間と昭和の歌謡曲
忘年会おやつ時には雑談を
仲間らとカラオケ楽しむ年忘れ 
数え日に代わるがわるにカラオケを
忘年会平成・令和の歌も混ぜ
年末に仲間とカラオケ楽しめり
仲間らに声掛け別れる年の暮
年末に「良い年を」と告げ別れけり
冬の宵カラオケ楽しみ家路つく

一陽来復 (令和2年3月4~5日掲載分)


◎ 一陽来復 (令和二年三月四~五日掲載分)
● 令和二年三月四日 水曜日 
○ 十二月日々折々 その五 枯葉
《今回の自選代表句と自句自解》

北風吹くや見上げる月の寒寒し 

 深夜に北風が吹き荒れた。いろいろな音が室内に聞こえてくるので、外に出てみた。強い北風に吹かれながら見上げると、丸く白い月が寒々と見えた。

(十二月中旬 日常生活)
冬晴に誘われ地元の公園へ
冬の晴公園に児らの遊ぶ声
一陣の風吹き枯葉ハラハラと
北風に寒ざむとした真夜の月
北風吹くや見上げる月の寒寒し 
北風に家のシャッター揺れる音
北風に家のシャッターカタカタと
北風吹くや風向計の回る音
街の川枯葉帯びなし流れゆく
いくつかのお歳暮届く月中旬
十二月妻とカラオケ楽しめり

・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和二年三月五日 木曜日 
○ 十二月日々折々 その六 柚子風呂
《今回の自選代表句と自句自解》

安穏に過ごせる喜びクリスマス 

七十二回目のクリスマス。健康で安穏無事に過ごせることがなんと幸せなことか。齢七十を越えるとより有難く思う。何よりに有難いクリスマスプレゼントだ。

(十二月下旬 日常生活①)
仏間にて一陽来復願ひけり
冬至に手料理の小豆南瓜食む
曇り後雨の天気の冬至の日
風邪ひかぬようにと願い柚子風呂に
更けゆく夜浸かる柚子湯に雨音が
更けゆく夜ひとり柚子湯にまったりと
冬至の夜湯ざめせぬ間に床に入る
クリスマス孫の演奏楽しめり
クリスマス実家に響くピアノの音
平穏に過ごせる喜びクリスマス
安穏に過ごせる喜びクリスマス 

忘年会 (令和2年3月2~3日掲載分)


◎ 忘年会 (令和二年三月二~三日掲載分)
● 令和二年三月二日 月曜日 
○ 十二月日々折々 その三 冬の夕
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の会サンコン「水が大切」と 

 十二月上旬に、第71回人権週間記念事業「人権講演と合唱のつどい」が開催された。
 このイベントでアフリカのギニア出身のオスマン・サンコン氏が講演し、水を入手することが日本よりもギニアでは困難であることを話題にし、「水の大切」を訴えた。

(十二月上旬 「人権講演と合唱のつどい」③)
会場で師走の人権講演を
冬の会ギニア話をサンコンが
㊟オスマン・サンコン・・・オスマン・サンコンさんプロフィール
1972年ギニア外務省に入省、同年ギニア大使館開設のため来日し、8年間大使館に勤務する。
 現在は日本ギニア友好協会広報官、ギニア大使館顧問を務めるほか、テレビ・ラジオ番組の出演、新聞・雑誌などの取材、対談、全国各地での講演活動、ユニセフ、個人的なボランティア活動にも積極的。
 2013年日本とギニアとの相互理解促進の功績を評価され「平成25年度外務大臣表彰」を受章。2017年旭日双光章受章。(松戸市役所HPより転載)
◎「オスマン・サンコンについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百六十一)》
冬の会サンコン民族衣装着て
冬の会サンコンシルクのブブを着て
※ブブ・・・
── サンコンさんが着ている民族衣装って生地が厚くて暑そうですが……
はっきり言って暑いです(笑)。汗がダラダラ流れてきます。それも別に冬用というわけではなく、ちゃんと夏用なので一応シルクなんですが、それでも暑い。昔の王様が着ていた服がベースで、そこに各家庭の紋が入っているあたりは、日本の紋付き羽織袴によく似ています。
 その民族衣装は、ギニアの言葉で「ドンマコンベイ」、フランス語で「グランブブ」と呼びます。グラン(大きな)ブブ(服)という意味です。西アフリカは約70年間もフランスの植民地になっていたので、日常会話でもフランス語が混ざっていることがよくあります。(Site : https://www.123khon.com/より転載)
冬の会「矢切の渡し」をサンコンが
冬の会松戸との縁語る彼
冬の会サンコン「水が大切」と 
冬の会サンコンの話傾聴す
冬の会「心の視力大切」と
冬の会サンコン日本に感謝して
冬の会講話後に大拍手
冬の会夕方四時に閉会す
冬の夕身内と共に家路就く

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● 令和二年三月三日 火曜日 
○ 十二月日々折々 その四 忘年会
《今回の自選代表句と自句自解》

仲間らと話題の尽きぬ忘年会 

 旅仲間との忘年会。話好きの旅仲間たちとの忘年会は、話題に事欠かない。いつも賑やかである。酒も旨い。

(十二月上旬 日常生活②)
冬の日に引っ越す孫の手伝いを
冬の日の孫の引っ越し無事終了
仲冬に孫新生活スタートす

(十二月中旬 忘年会)
今年また旅仲間らと忘年会
忘年会のれんを潜り居酒屋へ
忘年会のれんを潜り店内へ
旅仲間七人集い忘年会
忘年会ジョッキ手に皆と乾杯す
忘年会雑談しながら餃子食む
忘年会歓談しながら焼き鳥を
忘年会肴食みつつ日本酒を
仲間らと話題の尽きぬ忘年会 
旅仲間ほぼ満腹の忘年会
忘年会頃合い図り終宴に

聖樹 (令和2年2月29日~3月1日掲載分)


◎ 聖樹 (令和二年二月二十九日~三月一日掲載分)
● 令和二年二月二十九日 土曜日 
○ 十二月日々折々 その一 聖樹
《今回の自選代表句と自句自解》

オレンジに住む街彩る冬夕焼 

 十二月上旬。最近は、夕焼けがとてもきれいに見えるようになった。長年暮らしているこの街の家並がオレンジに彩られている。とても美しい。

(十二月上旬 日常生活①)
店頭に早くも聖樹飾られて
月初め早くも聖樹飾られて
オレンジに住む街彩る冬夕焼 
朝電話田舎訛りの雪だより

(十二月上旬 「人権講演と合唱のつどい」①)
十二月人権週間記念事業
㊟人権週間記念事業・・・第71回人権週間記念事業「人権講演と合唱のつどい」を開催します
更新日:2019年11月1日
12月4日から10日は人権週間です
国際連合では、昭和23年(1948年)第3回総会で世界人権宣言が採択されたことを記念し、昭和25年(1950年)に世界人権宣言が採択された12月10日を人権デーと定め、すべての加盟国にこれを記念する行事を実施するよう呼びかけています。
 松戸市では、人権が尊重され、一人ひとりの市民が安心して暮らせるまちを築くことを目指しています。人権週間に合わせ、毎年「人権講演と合唱のつどい」を実施しております。
人権啓発活動重点目標
みんなで築こう人権の世紀~考えよう 相手の気持ち 未来へつなげよう違いを認め合う心~
「人権講演と合唱のつどい」詳細
日時 令和元年12月7日(土曜)13時10分から16時(開場は12時40分)
会場 松戸市民会館ホール
内容 ①朗読:令和元年度全国中学生人権作文コンテスト松戸人権擁護委員協議会会長特別賞受賞者等による作文朗読
②合唱:松戸市立第一中学校合唱部生徒による合唱
③ 講演:オスマン・サンコンさん(ギニア大使館顧問)による講演     
 オスマン・サンコンさん
(松戸市役所HPより転載)
◎「人権週間記念事業について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百六十)
冬の会人権週間記念事業
人権の師走の集いに参加して
冬の会身内五人で応援を
冬の会午後一時頃開会す
冬の会主催者挨拶開会後

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● 令和二年三月一日 日曜日 
○ 十二月日々折々 その二 冬
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の会母校の後輩大合唱 

 十二月上旬に、第71回人権週間記念事業「人権講演と合唱のつどい」が開催された。このイベントの中で、母校の合唱部が七曲歌を披露した。なかなかの歌声に大満足。後輩たちの活躍は、うれしいものだ。

(十二月上旬 「人権講演と合唱のつどい」②)
冬の会特別表彰孫受けて
冬の会壇上表彰受ける孫
冬の会孫作文を朗読す
冬の会孫の朗読傾聴す
冬の会会場内に湧く拍手
冬の会母校の後輩合唱を
冬の会「ふるさと」歌う合唱部
冬の会「COSMOS」歌う合唱部
冬の会母校の後輩大合唱 
冬の会七曲の歌大合唱
冬の会会場の客大拍手

日向ぼこ (令和2年2月27~28日掲載分)


◎ 日向ぼこ (令和二年二月二十七~二十八日掲載分)
● 令和二年二月二十七日 木曜日 
○ 十一月日々折々 その十八 冬夕焼
《今回の自選代表句と自句自解》

冬うらら笑顔で歌手ら手を振って 

 冬晴れの今日。午後二時から、松戸「森のホール21」で「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」が開催された。
 第二部は、着物姿の新演歌三姉妹(市川由紀乃、丘みどり・杜このみ)三人によるワンマンショウとなった。三者三様の着物の着こなしにも魅了させられた。
 そんな三人に寄る美空ひばりの歌コーナーも終わり、し終演となる。ステージ上から笑顔の三人が観客にてを振っている。実に見応えのある、また聴き応えのある「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」であった。二時間越えのコンサートに大満足して帰宅することとなる。

(十一月下旬 「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」 その十二)
冬の会「人生一路」を三人で
㊟「人生一路」・・・「花と炎/人生一路」(はなとほのお/じんせいいちろ)は、1970年1月10日に発売された美空ひばりのシングル盤レコードである。両曲とも、松竹映画『美空ひばり・森進一の花と涙と炎』の主題歌として製作されたものである。
 解説【編集】
1970年1月10日発売。
B面の「人生一路」は、ひばりがライブやテレビ番組などで好んで歌った曲である。ひばりが1969年の『第11回日本レコード大賞』、1979年の『第30回NHK紅白歌合戦』に特別出演した際や、そして病からの再起を賭けた1988年の『不死鳥 美空ひばり in TOKYO DOME 〜翔ぶ!! 新しき空に向って〜』(東京ドーム)の締めの曲としてこの「人生一路」を歌唱した。
そうしたこともあって、現在は「人生一路」の方がひばりの代表曲の一つとして世間大衆に認知されている。後に氷川きよしやキム・ヨンジャなどの歌手がカバーしている。
2015年12月31日の『第66回NHK紅白歌合戦』では、天童よしみが「人生一路」を歌唱した。その際にはひばりの生前の映像がバックに流された。
市川由紀乃は、2016年8月12日のテレビ東京『金曜7時のコンサート〜名曲!にっぽんの歌〜』[1]、2017年4月2日にNHK総合テレビで放送された『大地の恵み・日本農業賞記念コンサート』[2]、2017年12月31日の『第68回NHK紅白歌合戦』などで「人生一路」を歌唱している。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「人生一路」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百五十九)
冬の会美空の歌を息合わせ
冬の会三人熱唱〆の歌
冬の会客三人へ大拍手
冬の会三人客にお辞儀して
冬の会三人客へ手を振って
冬うらら笑顔で三人手を振って
冬うらら笑顔で歌手ら手を振って 
冬の会照明の効果大きくて
冬の会構成力あるコンサート
冬の会午後四時過ぎに終演す
冬の会満員の客大拍手
冬の会終演後には握手会
観客ら大満足の冬の会
ホール出て我が目の前に冬夕焼
冬の宵妻と車で無事帰宅

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● 令和二年二月二十八日 金曜日 
○ 十一月日々折々 その十九 日向ぼこ
《今回の自選代表二句と自句自解》

「ベテルギウス」爆発話知る初冬

 子供の頃から、夜空で見上げた観ていたオリオン座の「ベテルギウス」。実は、縄文時代に超新星爆発を起こしていた可能性があるという。つまり七千年以前の過去の超新星爆発前の星(「ベテルギウス」)の光を見ていただけだったかもしれないということになる。
小さいころから見慣れていたオリオン座の「ベテルギウス」が大爆発という話題は、私にはショック。太陽の七百倍から千倍の大きさといわれてきたので、いずれはと思っていたが、私が生きている間にあの「ベテルギウス」が爆発を起こしていた可能性があるという話を知るということは意外だった。

待ち時間ベンチでのんびり日向ぼこ 

 冬晴れの日、所用で出掛けた。予定より早めに到着したため、広場のベンチに座り、のんびりと日向ぼっこをしながら時間調整をした。ベンチの周りでは、多くの鳩が餌を啄んでいた。

(十一月下旬 日常生活)
初耳や星の爆発知る初冬
「ベテルギウス」爆発話知る初冬
※「ベテルギウス」・・・鼓の形をしたオリオン座の左上(北東側)に位置する1等星。白色や青白い色をした星が多いオリオン座の中にあって、ベテルギウスの赤色は特異な感じ。
※「ベテルギウス」爆発話・・・あの有名な星「ベテルギウス」が無くなる!? 超新星爆発のお話し
約642年前の出来事を光で知る
 超新星爆発。質量の大きい恒星がその一生を終えるときの壮大なイベント。周りの天体に影響を及ぼすガンマ線バーストなどはまっぴらごめんですが、できればこの目で一度は見てみたいですよね。
 超新星爆発は、一つの銀河内ではだいたい30〜50年に一度と言われておりますが、たくさんの銀河に囲まれた我が太陽系。実は見えないところで結構な頻度(数秒に1回レベル)でポンポン爆発しています。ですが、よっぽど性能がいい望遠鏡や観測装置がないと、爆発した様子(星の増光)を捉えることはできません。望遠鏡じゃない、俺はこの目で見たいんだ! 今ある夜空の星で、爆発しそうなヤツ(恒星)はいないのか!
 実はその候補と言われる恒星があるのです。それがオリオン座の『ベテルギウス』。「えっ? あの有名な星が?」と思う方もいるでしょう。冬の夜空に堂々と輝く一等星なのはもちろんのこと、歌の題名などにもなっていますしね。しかもオリオン座はその大きさと特徴的な配置から、そこまで星座などに詳しくない人でも知っていることが多い星座です。その並びの左上で煌々とオレンジ色に光っている星がベテルギウスです。
 地球から約642光年離れたところにあるベテルギウス。そのベテルギウスが爆発するかも……と言われているのは、太陽の質量よりもはるかに大きく、しかも脈を打つように偏光していることからです。そして今から約10年前、以前の測定値より約15%も星が縮まっていることが観測され、その後“変形”していることも観測されたのです。これが実際に爆発の予兆を示すのかどうかはわかりませんが、かなり“アヤしい”結果だったのでしょうね。そして地球から見えているのは、642年前の光ですから、現地ではすでに跡形もなくなっている可能性だってあります。今から642年前というと……南北朝時代くらいですね。
 ベテルギウスが仮に爆発したとすると、半月よりも明るいレベルで輝き、昼間でも3ヵ月程度白い点として見えるレベルになるそうです。その後、温度が下がるにつれ、青白い色からオレンジ色と変化していき、どんどん暗くなり、4年後にはついに見えなくなるそうです。この爆発後最初の数ヵ月がとてつもなく楽しそうですね……。音が聞こえたらさらに楽しいんでしょうけど。現地でも空気ないから聞こえなさそうです。
 しかし、人間は一度も星の爆発の瞬間を見たことがないのでしょうか? 実は記録が残っています。今から約千年近く前のこと、西暦1054年のお話です。『明月記』と呼ばれる、藤原定家さんが書いた日記にその様子が記されているのですが、“午前2時頃に、おうし座付近に『客星』が現れた。大きさは『歳星』くらい。”と記されています。客星はふだん見慣れない星、という意味で、歳星は木星を意味します。つまり、木星くらいの明るさの星が現れたんですね。これは何気に空を見ていたらビビるレベルです。そして後世、研究によりこの記述が超新星の観測記録であり、おうし座のエリアで起こったことがわかったのですね。その時の超新星残骸が『かに星雲』で、今でも望遠鏡で見ることができます。
 地球からの距離はおよそ7000光年とのことなので、紀元前6000年ころにはもう現地では爆発していたんですね。日本では縄文時代です。7000光年離れていてこの明るさですから、ベテルギウスはその約10分の1の距離、このかに星雲を生じた超新星爆発より派手な感じでの演出(明るさやその維持)が期待できそうですね! (ASCII倶楽部サイトより転載 2019年11月20日 12時00分更新)
◎『「ベテルギウス」超新星爆発について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 番外編)
令和初連日続く冬の雨
雨音に眠気増しゆく冬の夕
冬の夜雨音耳に浸かる風呂
冬霧に我が家スッポリ囲まれて
冬霧に隣の家もうっすらと
冬霧に隠れる東京スカイツリー
冬霧に交通機関大混乱
不順なる下旬の月末冬晴に
待ち時間広場でのんびり日向ぼこ
待ち時間のんびりベンチで冬日浴ぶ
待ち時間ベンチでのんびり日向ぼこ 
冬ぬくし広場の鳩を見物す
冬の晴見知らぬ老人鳩に餌を
冬の晴餌に群がるハトあまた
冬の晴我にも近づくはとあまた
流れゆく車窓の景色に冬紅葉
十一月下旬に服喪はがき受く
十一月服喪のはがき次つぎと

冬の薔薇 (令和2年2月25~26日掲載分)


◎ 冬の薔薇 (令和二年二月二十五~二十六日掲載分)
● 令和二年二月二十五日 火曜日 
○ 十一月日々折々 その十六 浅き冬
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の会観客「由紀乃」と声掛けて 

 冬晴れの今日。午後二時から、松戸「森のホール21」で「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」が開催された。
 第二部は、和服姿の新演歌三姉妹(市川由紀乃、丘みどり・杜このみ)三人によるワンマンショウとなった。トリの三人目は、着物姿の市川由紀乃。美しい姿で持ち歌三曲を歌い上げた。二曲目の「命咲かせて」の歌の中では、観客から「由紀乃」と合いの手の声掛けされていた。

(十一月下旬 「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」 その十)
冬に杜曲の「大手」を話題にし
冬の会杜の新曲の「大手」聴く
冬の会第二部トリに市川が
冬の会「うたかたの女」市川が
冬の会市川「命咲かせて」を
冬の会観客「由紀乃」と声掛けて 
冬の会合間に市川トークショウ
冬に聞く「由紀乃」と松戸との縁(えにし)
冬の会市川熱唱「雪恋華(ゆきれんげ)」
浅き冬由紀乃熱唱「雪恋華」
冬の会司会バンドの紹介を
冬の会司会バンドを紹介す

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● 令和二年二月二十六日 水曜日 
○ 十一月日々折々 その十七 冬の薔薇
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の会着物姿に魅了され 
 
 冬晴れの今日。午後二時から、松戸「森のホール21」で「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」が開催された。
 第二部は、着物姿の新演歌三姉妹(市川由紀乃、丘みどり・杜このみ)三人によるワンマンショウとなった。三者三様の着物の着こなしにも魅了させられた。

(十一月下旬 「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」 その十一)
冬の会司会者愉快に客ほめて
冬の会歌手ら美空の歌コーナー
冬の会美空ひばりの歌コーナー
㊟美空ひばり・・・美空 ひばり(みそら ひばり、1937年(昭和12年)5月29日 - 1989年(平成元年)6月24日)は、日本の歌手、女優。神奈川県横浜市磯子区滝頭出身。横浜市立滝頭小学校、精華学園高等部(現・東海大学付属市原望洋高等学校)卒業。
12歳でデビューして「天才少女歌手」と謳われて以後、歌謡曲・映画・舞台などで活躍し自他共に「歌謡界の女王」と認める存在となった[1]。昭和の歌謡界を代表する歌手であり[2]、女性として史上初の国民栄誉賞を受賞した。本名は加藤 和枝(かとう かずえ)。愛称は御嬢(おじょう)。身長147cm。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「美空ひばりについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百五十八)
冬の会丘は美空の「車屋さん」
冬の会杜は美空の「佐渡情話」
冬の会市川美空の「乱れ髪」
冬の会市川高音響かせて
冬の会フィナーレの歌を三人で
冬の会歌手らの着物着替えられ
冬の会歌手らの着替え幾たびも
冬の会着替えの多き演歌歌手
冬の会三人和装の艶姿
冬の会舞台に三人艶姿
冬の薔薇舞台の三人艶姿
冬薔薇舞台の三人艶姿
冬の会着物姿に魅せられて 
冬の会着物姿の魅惑的 
冬の会着物姿に魅了され 
冬の会和服姿に魅了され

十一月 (令和2年2月23~24日掲載分)


◎ 十一月 (令和二年二月二十三~二十四日掲載分)
● 令和二年二月二十三日 日曜日 
○ 十一月日々折々 その十四 十一月
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の会振袖の丘艶やかに 

 冬晴れの今日。午後二時から、松戸「森のホール21」で「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」が開催された。
 第二部は、和服姿の新演歌三姉妹(市川由紀乃、丘みどり・杜このみ)三人によるワンマンショウとなった。トップは、振袖姿の丘みどり。艶やかな姿で持ち歌三曲を歌い上げた。

(十一月下旬 「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」 その八)
冬の会二部三人のワンマンショウ
冬の会二部それぞれのワンマンショウ
冬の会二部のトップに丘登場
冬の会和服姿の丘登場
十一月振袖姿の丘みどり
冬の会振袖の丘艶やかに 
冬の会「佐渡の夕笛」歌う丘
冬の会丘は「女の花吹雪」
冬の会歌は「女の花吹雪」
冬の会観客「みどり」と掛け声を
冬の会客「ソレソレ」と合いの手を
㊟合いの手・・・① 邦楽で,唄と唄の間に伴奏楽器だけで演奏される部分。
② 歌や踊りの調子に合わせてはさむ掛け声や手拍子。 ③ 物事や会話の合間にはさむ動作や言葉。 「 -が入る」 「 -を入れる」 (三省堂大辞林 第三版より転載)
冬の会合いの手入れて盛り上がる
冬の会合間に丘のトークショウ
冬の会テレビ出演丘予告
冬に聞く「徹子の部屋」に丘出演
㊟「徹子の部屋」・・・『徹子の部屋』(てつこのへや)は、テレビ朝日系列で月曜 - 金曜の正午から放送されている長寿トーク番組である。前身の日本教育テレビ(NET)時代の1976年2月2日から、2019年現在、放送44年目、放送回数11000回以上を数える長寿番組で、黒柳徹子司会の冠番組である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「徹子の部屋」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百五十七)

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● 令和二年二月二十四日 月曜日 
○ 十一月日々折々 その十五 冬うらら
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の会振袖姿の杜このみ 

 冬晴れの今日。午後二時から、松戸「森のホール21」で「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」が開催された。
 第二部は、和服姿の新演歌三姉妹(市川由紀乃、丘みどり・杜このみ)三人によるワンマンショウとなった。二人目は、振袖袴姿の杜このみ。かわいい姿で持ち歌三曲を歌い上げた。

(十一月下旬 「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」 その九)
冬の会丘初パラオの話して
冬に聞く趣味の話にダイビング
冬うらら正直な丘ステージに
冬の会丘みどりの歌「紙の鶴」
冬の会歌の後フアンに鶴上げて
冬の会丘はファンと握手して
冬の会二部の二番手杜登場
冬の会袴姿の杜登場
冬の会振袖姿の杜このみ 
冬に聴く「花は苦労の風に咲く」
冬に聴く杜の「三味線渡り鳥」
冬の会聴く杜このみのデビュー曲
冬の会合間に杜のトークショウ
冬に聞く今年の新曲杜二曲

浅き冬 (令和2年2月21~22日掲載分)


◎ 浅き冬 (令和二年二月二十一~二十二日掲載分)
● 令和二年二月二十一日 金曜日 
○ 十一月日々折々 その十二 浅き冬
《今回の自選代表句と自句自解》

冬うらら司会者観客笑わせて 

 冬晴れの今日。午後二時から、松戸「森のホール21」で「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」が開催された。男性司会者(平尾ひろゆき)が登場し、観客を笑わせながら、「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」の進行を務めた。

(十一月下旬 「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」 その六)
冬の会男性司会者登場す
冬の会司会者観客笑わせて
冬ぬくし司会者観客笑わせて
冬うらら司会者観客笑わせて 
冬の会司会の平尾面白し
※平尾・・・ここでは、平尾ひろゆきのこと。
冬に聴く八十年代ヒット曲
※八十年代・・・1980年代のこと。松田聖子、中森明菜、小泉今日子……昭和を彩った80年代のアイドルたち。
冬の会丘中森の「デザイアー」
冬の会動き激しき丘の振り
浅き冬動き激しき丘の振り
冬の会魅力的なる歌と振り
冬の会歌に合わせて照明が
冬の会彩り豊かな照明に
冬の会多彩な照明めまぐるし
浅き冬多彩な照明めまぐるし
冬の会見応えのある照明に

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● 令和二年二月二十二日 土曜日 
○ 十一月日々折々 その十三 冬
《今回の自選代表句と自句自解》

構成の効果大なる冬の会 

 冬晴れの今日。午後二時から、松戸「森のホール21」で「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」が開催された。第一部で先ず、三人のめでたい話。次に、一九七十年代の花の中三トリオ(森昌子、桜田淳子、山口百恵)のメンバーの歌が、新演歌三姉妹(市川由紀乃、丘みどり・杜このみ)の三人によって披露された。続いて、一九八十年代の代表的アイドルの松田聖子、中森明菜、小泉今日子の三人の歌が、また新演歌三姉妹の三人によって披露された。
 この第一部で、昭和歌謡が新しい令和へと歌い継がれるコンサートの構成の上手さを感じた。続く第二部も期待できそうだ。

(十一月下旬 「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」 その七)
冬の会杜小泉の歌うたう
冬の会「あなたにあえてよかった」を
冬の会市川松田の歌披露
冬の会市川聖子の歌披露
冬の会市川「赤いスイトピー」
冬の会一部の最後は三人で
冬の会歌手らのドレス着替えられ
冬に聴く「飾りじゃないのよ涙は」
㊟「飾りじゃないのよ涙は」・・・「飾りじゃないのよ涙は」(かざりじゃないのよなみだは)は、日本の歌手中森明菜の楽曲。シンガーソングライター井上陽水の作詞・作曲による。この楽曲は、中森の10枚目のシングルとして、1984年11月14日にワーナー・パイオニアよりリリースされた (EP: L-1666)。続いてこの楽曲を手掛けた井上が、1984年12月21日にフォーライフ・レコードからセルフカバー・アルバム『9.5カラット』の収録曲として発表した。2002年10月23日には、井上のシングルとしてフォーライフミュージックエンタテイメントからリリースされた (12cmCD: FLCF7055)。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
構成の効果大なる冬の会 
冬の会休憩はさみ第二部へ

冬ぬくし (令和2年2月19~20日掲載分)


◎ 冬ぬくし (令和二年二月十九~二十日掲載分)
● 令和二年二月十九日 水曜日 
○ 十一月日々折々 その十 冬ぬくし
《今回の自選代表句と自句自解》

冬うらら三者三様のおめでとう 

 冬晴れの今日。午後二時から、松戸「森のホール21」で「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」が開催された。
 第一部の三人の最初のトークは、三者三様のおめでたい話。杜このみは、大関高安との婚約話、丘みどりは、三回目の紅白出場決定話、市川由紀乃は、第61回「輝く!日本レコード大賞」の「最優秀歌唱賞」受賞の話と言うように三者三様のおめでたい話が当事者同士で紹介された。会場内に拍手が湧いた。

(十一月下旬 「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」 その四)
冬の会ステージ上に丘みどり
㊟丘みどり・・・丘 みどり(おか みどり、1984年7月26日- )は、日本の歌手である。2002年に本名と同じ岡 美里(おか みさと)の芸名でローカルアイドルグループ「HOP CLUB」のメンバーとしてデビューし、大阪で活動。2005年より「丘みどり」に改名し、演歌歌手として活動している。 兵庫県姫路市出身[3]。所属事務所はアービング。血液型はA型。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
冬の会「東京キッド」歌う丘
冬の会みどりのファンら半被着て
冬の会緑の半被のみどりファン
冬の会揺れる緑のペンライト
冬の会丘伸びのある歌披露
冬の会次三人のトークショウ
冬の会杜へ二人は「おめでとう」
冬の会杜へ「婚約おめでとう」
※婚約・・・婚約者は現役大相撲力士の大関・髙安晃[1]。
冬の会丘へ二人は「おめでとう」
冬の会丘へ「紅白おめでとう」
※紅白・・・丘みどり三度目のNHK紅白歌合戦出場決定。
冬の会市川へ二人「おめでとう」
冬の会「歌唱賞受賞おめでとう」
冬の会「最優秀賞おめでとう」
※最優秀歌唱賞・・・第61回「輝く!日本レコード大賞」にて「最優秀歌唱賞」を受賞。
冬うらら三人それぞれ「おめでとう」
冬うらら各三人のおめでとう 
冬うらら三者三様のおめでとう 
冬ぬくし会場内に湧く拍手

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● 令和二年二月二十日 木曜日 
○ 十一月日々折々 その十一 冬
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の会七十年代ヒット曲 

 冬晴れの今日。午後二時から、松戸「森のホール21」で「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」が開催された。
 第一部で一九七十年代の花の中三トリオ(森昌子、桜田淳子、山口百恵)のメンバーの歌が、新演歌三姉妹(市川由紀乃、丘みどり・杜このみ)の三人によって披露された。懐かしい想いで聴いた。

(十一月下旬 「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」 その五)
冬の会中三トリオの曲披露
冬に聴く花の中三トリオ曲
㊟花の中三トリオ・・・花の中三トリオ(はなのちゅうさんトリオ)とは、オーディション番組「スター誕生!」(日本テレビ系)から歌謡界にデビューした同世代(同い年、同学年)の森昌子、桜田淳子、山口百恵の3人の中学三年生当時(1973年度)の呼び名である。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「花の中三トリオについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百五十六)
冬に聴く花の中三トリオ歌
冬に聴く七十年代ヒット曲
※七十年代・・・1970年代のこと。
冬の会七十年代ヒット曲 
冬の会桜田淳子の歌杜が
冬の会杜桜田の歌うたう
冬の会「幸せ芝居」の歌杜が
冬の会山口百恵の歌丘が
冬の会丘「秋桜(コスモス)」の歌うたう
冬の会森昌子の歌市川が
冬に聴く「哀しみ本線日本海」
懐かしきヒット曲聴く冬の晴

初冬 (令和2年2月17~18日掲載分)


◎ 初冬 (令和二年二月十七~十八日掲載分)
● 令和二年二月十七日 月曜日 
○ 十一月日々折々 その八 初冬
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の会振り揃え歌う三姉妹 

 冬晴れの今日。午後二時から、松戸「森のホール21」で「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」が開催された。第一部のオープニングで、ドレス姿の女性演歌歌手の市川由紀乃、丘みどり、杜このみの三姉妹による「素敵なランデブー」の歌が披露された。三人は、振付をそろえて「素敵なランデブー」を歌い上げた。拍手。

(十一月下旬 「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」 その二)
冬の午後二時より開演コンサート
初冬の日二時より開演コンサート
冬の会二時より開演第一部
冬の会市川・丘・杜ステージに
冬の会舞台の三人ドレス姿
冬の会市川赤のドレス着て
冬の会丘は緑のドレス着て
冬の会杜このみ白いドレス着て
冬の会最初の歌は三人で
冬の会「素敵なランデブー」披露
※「素敵なランデブー」・・・美空ひばり 素敵なランデブー(唄 美空ひばり) 作詞=原六郎 作曲=原六郎 1991年 発売曲です。(You Tubeより転載)
冬の会振り揃え歌う三姉妹 
冬の会あちこちで揺れるペンライト
冬の会半被姿のファンあまた
冬の会バンドバックに声合わせ

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● 令和二年二月十八日 火曜日 
○ 十一月日々折々 その九 冬
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の会照明多彩な動きして 

 冬晴れの今日。午後二時から、松戸「森のホール21」で「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」が開催された。第一部が始まって間がないが、照明が工夫されてステージを盛り上げている。スポットや照明の当て方、照明の色使いなどよく工夫されているのがわかる。実に照明の動きが多種多彩で、歌手や観客、歌の内容に合わせた色遣いと動きが良い。これからの女性演歌歌手の市川由紀乃、丘みどり、杜このみの三姉妹によるステージが思った以上に楽しめそうだ。バンドの音響効果もなかなか良い。

(十一月下旬 「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」 その三)
冬の会バンド音響良き効果
冬の会音響の良きホール内
冬の会照明多彩な動きして 
冬の会次より三人別々に
冬の会市川由紀乃ステージに
㊟市川由紀乃・・・市川 由紀乃(いちかわ ゆきの、1976年1月8日 - )は、埼玉県さいたま市(旧・浦和市)出身の演歌歌手。本名・松村 真利(まつむら まり)。身長は170.5 cm、星座はやぎ座、血液型はA型。作曲家・市川昭介の門下で、「市川」も彼からもらった。所属レコード会社はキングレコード。所属事務所は芸映。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「市川由紀乃について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百五十三)
冬の会「テネシーワルツ」を市川が
㊟「テネシーワルツ」・・・「テネシーワルツ」(Tennessee Waltz,The Tennessee Waltz)は、1948年に出版されたアメリカのポピュラー/カントリー歌曲。1946年、ピー・ウィー・キング(英語版)が作曲した曲に、レッド・スチュワート(英語版)が詞をつけ[1]、ゴールデン・ウエスト・カウボーイズ版が1948年1月に、カウボーイ・コパズ(英語版)版が1948年3月に出版され、いずれもヒットチャート上位を獲得した。1950年にパティ・ペイジがカバーしたものがマルチミリオンセラーとなった。1952年と1974年頃、日本で大ヒットした[2]。
 歌詞は「恋人とテネシーワルツを踊っていたら、旧友が来たので恋人を紹介したら、その友達に恋人を盗まれてしまった」というもので、歌手の性別によって旧友をしめす代名詞がhimまたはherに代わる。 その人気により、1965年にテネシー州はこの曲を公式に第4の州歌とした[3]。
 日本の歌唱【編集】
 日本では1952年、和田壽三の訳詞によって江利チエミが歌唱したものが最も有名である。当時14歳だった江利チエミはデビュー曲として本楽曲を唄って40万枚を売り上げる大ヒットとなり、江利チエミの代表曲になった。
江利チエミの歌唱による「テネシーワルツ」の大ヒットは、チエミが「日本語と英語のチャンポン」というスタイルを用いたこともあり、それまで都市部中心でのブームであった「ジャズ」(当時の日本では洋楽を総称してこう呼んだ)を全国区にするにあたり、牽引役を果たした。後のペギー葉山、そしてカントリーの小坂一也など、そしてロカビリーブームといった、日本における「カバー歌手」のメジャー化のさきがけを果たした 。
 日本では江利チエミなど1950年代のジャズ系歌手が歌ったが、2003年の『第54回NHK紅白歌合戦』では綾戸智恵(当時は「綾戸智絵」)のカバーが取り上げられた。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「テネシーワルツ」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百五十四)
冬の会由紀乃のファンら半被着て
冬の会赤い半被の由紀乃ファン
冬の会場内揺れるペンライト
冬の会揺れるファンらのペンライト
冬の会揺れるペンライト赤あかと
冬の会ステージ上に杜このみ
㊟杜このみ・・・杜 このみ(もり このみ、1989年7月2日 - )は、女性演歌歌手。北海道札幌市出身。本名は黒森このみ。血液型はA型。細川たかし音楽事務所所属。婚約者は現役大相撲力士の大関・髙安晃[1]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「杜このみについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百五十五)
冬の会杜「思い出のワルツ」歌う
冬の会このみのファンら半被着て
冬の会桃色半被のこのみファン
冬の会ピンク半被のこのみファン
冬の会揺れるピンクのペンライト

小春日 (令和2年2月15~16日掲載分)


◎ 小春日 (令和二年二月十五~十六日掲載分)
● 令和二年二月十五日 土曜日 
○ 十一月日々折々 その六 小春日
《今回の自選代表句と自句自解》

穏やかに小春日続く中旬に 

 台風や大雨に悩まされた秋。初冬を迎えた今月中旬は、小春日に恵まれてゆっくりたっぷり布団干しなどができた。

(十一月中旬 日常生活)
冬の晴母校は土曜参観日
冬の晴数多な保護者集い来る
自然界小春日和のありがたさ
穏やかに小春日続く中旬に 
中旬は数日続く小春かな
日を浴びてフェンスに次つぎ布団干し
冬晴や天気図西高東低に
日を浴びて縄跳する児ら校庭に
街の川冬の日浴びてキラキラと
街の川冬日を浴びて煌めけり

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● 令和二年二月十六日 日曜日 
○ 十一月日々折々 その七 実南天
《今回の自選代表句と自句自解》

会場へ向かう路傍に実南天 

 冬晴れの今日。午後二時から、松戸「森のホール21」で「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」が開催される。駐車場に車を止めて、コンサート会場へ向かう。その途中の路傍で、実南天を見掛けた。冬を感じさせてくれた。

(十一月下旬 「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」 その一)
十一月妻とコンサート会場へ
※コンサート・・・日本において「コンサート」と言った場合は「協奏曲」「演奏会」「音楽会」の意味で使われることが多い。 (ニコニコ大百科より転載)
十一月車で「森のホール」へと
※「森のホール」・・・ここでは、松戸「森のホール21」のこと。千葉県松戸市の21世紀の森と広場にある多目的ホール
十一月妻と「雪・月・花」コンサート
※「雪・月・花」コンサート・・・ここでは、「雪・月・花~新演歌三姉妹~コンサート」のこと。
㊟「雪・月・花~新演歌三姉妹~」・・・今、演歌界で最も勢いのある女性演歌歌手より、市川由紀乃、丘みどり、杜このみの3人が偉大な先輩方の築いてきた道を受け継ぎ、新たなアプローチで演歌歌謡界に新風を巻き起こすべく、新ユニットを結成。4月23日(月)には上野精養軒にてお披露目イベントを開催し、各メディアでも話題となる中、ユニット名を公募した。そして2,000通を超える応募の中から”雪(せつ)・月(げつ)・花(か)~新演歌三姉妹~”に決定したことが発表された。(2018年6月1日 全日本歌謡情報センターより転載)
◎『「雪・月・花~新演歌三姉妹」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百五十二)
ホールへと向かう路傍に実南天 
会場へ向かう路傍に実南天 
冬の会ホールに着いて受付へ
冬の会ホールに入りて受付を
冬の会空調快適大ホール
冬の会空調快適ホール内
冬の会受付済ませ座席着く
冬の会定刻前には満席に
冬灯臨席同士で会話して
冬の会待つ間に会話楽しめり

冬うらら (令和2年2月13~14日掲載分)


◎ 冬うらら (令和二年二月十三~十四日掲載分)
● 令和二年二月十三日 木曜日 
○ 十一月日々折々 その四 冬うらら
《今回の自選代表句と自句自解》

冬うらら混声合唱相和して 

 初冬に開催された合唱祭。十番目が、縁者の所属する合唱団発表。そして、本番を迎え、縁者出演の混声合唱曲「落葉松(からまつ)」に耳を傾けた。男性と女性の混声合唱の響きがバランスよく相和し、心地よく大ホールに響き渡った。終了時、拍手を送った。

(十一月上旬 公園散策と合唱祭③)
散策後妻と初冬の合唱祭
冬の午後合唱祭の会場へ
妻連れて十一月の合唱祭
十一月開催松戸合唱祭
※松戸合唱祭・・・ 松戸市合唱祭 会場:文化会館(森のホール21)大ホール11月10日(日曜)11時から18時 。
冬の午後受付済ませ座席着く
冬祭プログラム手に座席着く
冬祭次つぎ登場合唱団
ホールにて楽しむ冬の合唱祭
冬の午後縁者の合唱十番目
冬祭縁者ら「落葉松」大合唱
㊟「落葉松」・・・『落葉松』(からまつ)は、小林秀雄の歌曲。 のちに合唱曲やピアノ曲へも編曲された。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
冬うらら合唱の声のびのびと
冬うらら合唱の声相和して
冬うらら混声合唱相和して 
冬うらら合唱団へ大拍手
ホールにて楽しむ冬の合唱祭
冬夕べ頃合いはかり家路就く

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● 令和二年二月十四日 金曜日 
○ 十一月日々折々 その五 寒き夜
《今回の自選代表句と自句自解》

寒き夜や仲間と旧交温めて 

 寒気団が北から下りてきて、寒い夜となった。元同僚(教職員仲間)らと恒例の宴会。今回の宴会場は、新松戸駅前の海鮮居酒屋「だんまや水産」。半年ぶりに集い旧交を温めた。いつものことだが、話は尽きない。交流を深めると心も温まる。

(十一月中旬 元同僚との宴会)
雨あがり夜空に月とオリオンが
冬に入り晴れの日続く月中旬
冬の宵徒歩と電車で新松戸
※新松戸・・・松戸駅(しんまつどえき)は、千葉県松戸市幸谷にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
冬の宵駅降り宴会会場へ
冬の宵元同僚ら集い来る
冬の宴現役退職次つぎと
冬の宴九人の仲間集い来る
「だんまや」で元同僚と冬の宴
※「だんまや」・・・海鮮居酒屋 「だんまや水産」
美味しい海鮮料理が人気の海鮮居酒屋です。 その日仕入れた新鮮な魚介類を使用したメニューを中心に、素材を生かしたクオリティの高い料理をリーズナブルな価格でご用意しています。 各店舗で異なるおすすめメニューもお楽しみください。(養老乃瀧グループ「だんまや水産」関連サイトより転載)
冬の宴ジョッキを手にし皆乾杯
冬の夜に焼き鳥・ピザをつまみつつ
冬の宴各種料理に舌鼓
同僚と会話の弾む冬の宴
寒き夜や皆と旧交温めて 
寒き夜に仲間と旧交温めて 
冬の宴話題は尽きねどお開きに
冬の宴頃合いはかりお開きに
冬の夜三時間越えの宴会に
寒き夜に心温めて家路就く
駅降りて見上げる空に冬の月

枯蓮(令和2年2月11~12日掲載分)


◎ 枯蓮(令和二年二月十一~十二日掲載分)
● 令和二年二月十一日 火曜日 
○ 十一月日々折々 その二 枯蓮
《今回の自選代表句と自句自解》

「みどりの里」池にへの字の枯蓮 

 よく晴れた初冬の午後、「21世紀の森と広場」の公園内を散策した。広い公園内にある「みどりの里」の小池の蓮は、すでに枯れていた。への字に折れた枯れた蓮が、冬の到来を物語っていた。

(十一月上旬 公園散策と合唱祭①)
冬の午後「森と広場」の散策に
㊟「森と広場」・・・ここでは、「21世紀の森と広場」のこと。
21世紀の森と広場(にじゅういっせいきのもりとひろば)は、千葉県松戸市にある公園。湿地帯や森林といった、昔からある自然を生かした自然尊重型の「都市公園」を理念としてつくられた。オープンは1993年4月29日(旧みどりの日)。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
冬妻と「森と広場」の散策に
冬の晴「森と広場」の散策に
冬の晴中央口より公園へ
冬の晴公園内の山野辺へ
冬うららせせらぎ耳に散策路
日の当たる千駄堀池に鴨群れて
※千駄堀池(せんだぼりいけ)・・・千駄堀池は3つの谷津が集まって出来ている人工の池で、広さは東京ドーム約1個分(5ヘクタール)の大きさがあり、湧水量は1日で約1,000トンもある雄大な池です。(松戸市役所関連サイトより転載)
日の当たる千駄堀池に冬の鳥
冬晴の千駄堀池に鳥群れて
冬日浴び池辺の小道歩きゆく
冬日浴び花壇のなかの小道行く
冬の午後妻と「みどりの里」に入る
「みどりの里」池にへの字の枯蓮 

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● 令和二年二月十二日 水曜日 
○ 十一月日々折々 その三 冬紅葉
《今回の自選代表句と自句自解》

里の茶屋コーヒー啜り冬紅葉 

 よく晴れた初冬の午後、「21世紀の森と広場」の公園内を散策した。広い公園内にある「みどりの里」の茶屋で一休みした。茶屋の窓辺の席に座り、コーヒーを啜りながら、冬の紅葉の景色を楽しんだ。

(十一月上旬 公園散策と合唱祭②)
冬の午後「みどりの里」の茶屋に入る
冬うらら茶屋の窓辺の座席着く
里の茶屋コーヒー手にし冬紅葉
里の茶屋コーヒーすすり冬紅葉
里の茶屋コーヒー啜り冬紅葉 
冬の午後妻と茶屋にてまったりと
冬の午後頃合いはかり茶屋を出る
冬の午後「親緑の丘」妻と越え
冬晴の「縄文の森」妻と抜け
冬の午後丘の森抜けホールへと
冬晴の丘越え妻とホールへと

霧 (令和2年2月9~10日掲載分)


◎ 霧 (令和二年二月九~十日掲載分)
● 令和二年二月九日 日曜日 
○ 十月日々折々 その六十八 霧
《今回の自選代表句と自句自解》

朝霧や住む街真白に包まれて 

 早朝の街は、濃霧に包まれている。隣の家でさえ、乳白色の霧に包まれてボウーと見えるほどの霧の濃さ。こんなに濃い霧は、珍しい。

(十月下旬 日常生活②)
ここ松戸終日雨降る秋の日に
㊟松戸・・・松戸市(まつどし)は、千葉県北西部の東葛地域に位置する人口約49万人の市。健康都市連合加盟都市。江戸時代には水戸街道の宿場町・松戸宿として栄え、徳川将軍家ゆかりの地としての歴史をもつ。千葉県内では市川市に次いで第4位の人口規模である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
早朝の我が家は濃霧に包まれて
早朝の我が家は色濃き霧のなか
早朝の街は朝霧に包まれて
朝霧や乳白色の我が街に
朝霧や街は真白に包まれて
朝霧や住む街真白に包まれて 
秋晴の校庭にぎわう昼休み 
秋晴の校庭に子らの遊ぶ声
秋晴の校庭児らの遊ぶ声
遊ぶ子に想い出重ねる秋の晴

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● 令和二年二月十日 月曜日 
○ 十一月日々折々 その一 十一月
《今回の自選代表句と自句自解》

十一月身内と孫の誕生会 

 十一月生まれの孫の誕生パーティーに、三世代の身内八人が集結した。にぎやかな笑いの絶えない誕生会となった。

(十一月上旬 孫の誕生会)
十一月二日は孫の誕生日
十一月三世代集う誕生日
十一月孫の誕生祝う会 
十一月身内ら集い誕生会
十一月身内と孫の誕生会 
十一月八人集い誕生会
十一月夜七時より誕生会
十一月ワインで乾杯身内らと
十一月皆とお膳の和食食む
十一月孫らと膳の和食食む
十一月会話の弾む誕生会
十一月ケーキのローソク孫消して
十一月孫ローソクを一息で
十一月誕生祝のケーキ食む
十一月誕生パーティー楽しめり

秋日 (令和2年2月7~8日掲載分)


◎ 秋日 (令和二年二月七~八日掲載分)
● 令和二年二月七日 金曜日 
○ 十月日々折々 その六十六 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の会坂本タクヤの弾き語り 

 芸術の秋には、音楽がよく似合う。十月下旬開催の「第10回安全安心シルバーフェスタin松戸」のイベントの中で、坂本タクヤのピアノ弾き語りが行われた。松戸市在住で地元の活性化にも精力的に活動中のシンガーソングライター・坂本タクヤのピアノ弾き語りで、会場内に響き渡る透き通る彼の歌声に、観客は魅了された。自慢のナンバー「Smile(スマイル)」の場面では、観客も共に歌い会場は盛り上がった。

(十月下旬 シルバーフェスタin松戸⑤)
秋の会「Smile」の曲振り入れて
秋の会坂本タクヤの弾き語り 
秋の会坂本子らと「花は咲く」
㊟「花は咲く」・・・「花は咲く」(はなはさく)は、2012年に発表されたチャリティーソング。同年5月23日にflying Dog(ビクターエンタテインメント)から発売された。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の会演者ら元気なパフォーマンス
警察の防犯講話秋の会
秋の会交通安全教室を
秋の会反射板話警官が
秋の会反射糸付きファッションショー
秋の会光の糸付きファッションショー
秋の会交通安全踊り披露

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● 令和二年二月八日 土曜日 
○ 十月日々折々 その六十七 秋日
《今回の自選代表句と自句自解》

時季に合う落語の「時そば」聞く秋日 

 芸術の秋には、古典落語が似つかわしい。十月下旬開催の「第10回安全安心シルバーフェスタin松戸」のイベントの中で、落語家の三遊亭ぽん太が高座に登った。そして、秋の時季にふさわしい演目の「時そば」を披露した。

(十月下旬 シルバーフェスタin松戸⑥)
芸術の秋に防犯落語聞く
芸術の秋三遊亭ぽん太落語
㊟三遊亭ぽん太・・・自称2代目 三遊亭 ぽん太(さんゆうてい ぽんた、1985年2月24日 - )は、円楽一門会所属の落語家。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の会ぽん太高座に登壇す
秋の会落語の中に出商人
※出商人(であきんど)・・・① 行商、または旅商人。② ぬきんでて成功した商人。できあきんど。(精選版 日本国語大辞典より転載)
秋の会落語の「時そば」ぽん太して
㊟「時そば」・・・『時そば』(ときそば)は、古典落語の演目の一つ。
内容は蕎麦の屋台で起こる滑稽話であり、数多い古典落語の中でも、一般的に広く知られた演目の一つである。「刻そば」「時蕎麦」という表記が用いられることもある。
1726年(享保11年)の笑話本「軽口初笑」の「他人は喰より」が元となっている。これは、主人公が中間であり、そばきりの価格は6文であった。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「時そば」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百五十一)
秋の会落語の中に二八蕎麦
秋の会落語に「当たり屋」「外れ屋」が
時季に合う落語の「時そば」聞く秋日 
秋の会防犯落語面白し
秋の会会長決意宣言す
秋の会予定の四時に閉会す
秋の会妻と楽しみ家路就く
イベント後妻との帰宅秋夕べ

十月 (令和2年2月5~6日掲載分)


◎ 十月 (令和二年二月五~六日掲載分)
● 令和二年二月五日 水曜日 
○ 十月日々折々 その六十四 十月
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の会木戸次つぎとカバー曲 

 芸術の秋には、昭和歌謡がよく似合う。十月下旬開催の「第10回安全安心シルバーフェスタin松戸」のイベントの中の歌謡ショーで、キングレコードの白いドレス姿の木戸エリカが次々とカバー曲を披露した。

(十月下旬 シルバーフェスタin松戸③)
芸術の秋に女性歌手の歌
秋の会歌手ドレス着て歌熱唱
秋の会木戸エリカ白いドレス姿
※木戸エリカ・・・キングレコード所属
秋の会木戸次つぎとカバー曲 
秋の会女性歌手らのカバー曲
芸術の秋木戸エリカの歌鑑賞
芸術の秋に楽しむ歌謡ショウ
芸術の秋に六中演奏会
※六中・・・ここでは、松戸市立第六中学校のこと。
十月に管弦楽部演奏会
芸術の秋に鑑賞オーケストラ

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● 令和二年二月六日 木曜日 
○ 十月日々折々 その六十五 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の会子ら「YOUNG MAN 」を振り入れて 

 芸術の秋には、音楽がよく似合う。十月下旬開催の「第10回安全安心シルバーフェスタin松戸」のイベントの中の演奏会で、地元の松戸市立第六中学校のオーケストラ部の中学生たちが西城秀樹の「YOUNG MAN 」を振りを入れて演奏した。

(十月下旬 シルバーフェスタin松戸④)
秋の会子ら「篤姫」のテーマ曲
㊟「篤姫」・・・『篤姫』(あつひめ)は、2008年1月6日から同年12月14日にかけて放送された47作目のNHK大河ドラマ。平成20年度文化庁芸術祭参加作品(第32回「桜田門外の変」)。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「篤姫」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百四十八)
秋の会子ら「パプリカ」の曲演奏
㊟「パプリカ」・・・「パプリカ」(Paprika、pəpríːkə)は、米津玄師の作詞・作曲、プロデュースにより製作された楽曲。「〈NHK〉2020応援ソング プロジェクト」の一環として、音楽ユニット・Foorin(フーリン。同プロジェクトでのオーディションによりメンバーが選出された)歌唱バージョンが、NHK総合『みんなのうた』で2018年8月より放送開始。同月15日にはシングルをリリース。2018年の7月19日よりYouTubeにてダンスバージョンのPVを公開。8月1日から米津玄師による「パプリカ」のセルフカバーが、同じくNHK総合『みんなのうた』にてオンエア開始。米津のYouTubeチャンネルでも配信が開始された[1][2][3]。8月9日にはセルフカバー版ミュージック・ビデオのフルサイズを公開。その同じ日にFoorinダンスバージョンが1億回再生突破。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「パプリカ」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百四十九)
秋の会子らの合奏「YOUNG MAN 」
㊟「YOUNG MAN 」・・・「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」(ヤングマン ワイ・エム・シー・エー)は、西城秀樹の楽曲で、1979年2月21日にリリースされた28枚目のシングルである。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の会子ら「YOUNG MAN 」を振り入れて 
秋の会シンガーソングライターが
秋の会坂本タクヤステージに
秋の会坂本子らと演奏も
秋の会坂本「言の葉(ことのは)」子どもらと
秋の会「Lemon」の曲も合同で
㊟「Lemon」・・・「Lemon」(レモン)は、日本の徳島県出身の男性ミュージシャン・米津玄師の楽曲。メジャー通算8枚目のシングルの表題曲である。CDリリースに先立ち、2018年2月12日にソニー・ミュージックレコーズより配信リリース[1]。同年3月14日にフィジカルがリリースされた。リリース直後から音楽配信サービスや動画共有サービスで反響を呼び、以後長期に渡るロングヒットを記録し2018年、2019年を代表するヒット曲となった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「Lemon」(レモン)について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百五十)

月(令和2年2月3~4日掲載分)


◎ 月(令和二年二月三~四日掲載分)
● 令和二年二月三日 月曜日 
○ 十月日々折々 その六十二 月 
《今回の自選代表句と自句自解》

雨あがり茜の空に残る月 

 十月下旬。大雨の翌朝は、朝焼けとなった。東天の茜の空に白い月が残っていた。とても爽やかな朝だ。

(十月下旬 シルバーフェスタin松戸①)
雨あがり茜の空に残る月 
秋の午後妻連れ市民会館へ
芸術の秋にシルバーフェスタ観に
※シルバーフェスタ・・・
「第10回安全安心シルバーフェスタin松戸」
〈日時〉10/26(土) 13:00~16:00
〈会場〉松戸市民会館(松戸駅西口徒歩5分)
会場へ向かう路傍にコスモスが
秋の午後十二時半に会場に
秋の会受付済ませ座席着く
秋の晴シルバーフェスタ開催す
秋の晴シルバーフェスタ開式す
秋の会シルバーフェスタ定刻に
秋の会主催者挨拶次つぎと
秋の会松戸市長があいさつを
秋の会市長共生社会にと
秋の会警察署長あいさつを

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 令和二年二月四日 火曜日 
○ 十月日々折々 その六十三 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の会「もののけ姫」をアカペラで 

 芸術の秋には、音楽がよく似合う。十月下旬開催の「第10回安全安心シルバーフェスタin松戸」のイベントの中の歌謡ショーで、吉崎さとしが「もののけ姫」をアカペラで熱唱した。

(十月下旬 シルバーフェスタin松戸②)
秋の会挨拶のあと表彰式
秋の会功労者らに表彰状
秋の会来賓紹介次つぎと
秋の会休憩挟み歌謡ショウ
芸術の秋に男性歌手の歌
芸術の秋に吉崎さとし歌
㊟吉崎さとし・・・企業や団体、個人アーティストのへの楽曲提供は30曲以上。
2013年~2017年で800本以上のステージに立ち、介護施設、大学、地域イベント、お祭り、歓送迎会等様多数出演。 東北震災復興支援として、福島県南相馬市の仮設住宅内サロンでの演奏や歌う松戸観光大使として地元松戸のPR活動も実施。(一般社団法人松戸市観光協会 公式ホームページより転載)
秋の会吉崎次つぎカバー曲
秋の会吉崎の歌「リ・スタート」
※「リ・スタート」・・・楽曲名: リ・スタート(ガイドボーカル). アーティスト名: 吉崎さとし. 吉崎さとし. 作詞者: 吉崎さとし. 作曲者: 吉崎さとし.
秋の会吉崎熱唱「リ・スタート」
秋の会「もののけ姫」を吉崎が
㊟「もののけ姫」・・・『もののけ姫』(もののけひめ)は、スタジオジブリ制作の長編アニメーション映画作品。監督は宮崎駿。1997年(平成9年)7月12日公開。宮崎が構想16年、制作に3年をかけた大作であり、興行収入193億円を記録し当時の日本映画の興行記録を塗り替えた。
映画のキャッチコピーは「生きろ。」で、コピーライターの糸井重里が考案した。主題歌「もののけ姫」(作詞 - 宮崎駿 / 作曲・編曲 - 久石譲)を歌う米良美一は、女性のような高い声で歌うカウンターテナーが話題になり、この作品によって広く認知されるようになった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「もののけ姫」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百四十七)
秋の会「もののけ姫」をアカペラで 
芸術の秋に吉崎の歌を聴く
芸術の秋に吉崎の歌鑑賞

百舌鳥(令和2年2月1~2日掲載分)


◎ 百舌鳥(令和二年二月一~二日掲載分)
● 令和二年二月一日 土曜日
○ 十月日々折々 その六十 百舌鳥
《今回の自選代表句と自句自解》

歩きゆく江戸川堤に百舌鳥の声 

 十月下旬。妻と江戸川堤を散歩した。晩秋の江戸川で、秋風、虫の声、桜紅葉、欅黄葉、百舌鳥の声、たわわな柿の実などすっかり秋色・秋景色になった江戸川を堪能した。特に百舌鳥の鳴き声は、久し振りに聞いた。

(十月下旬 朝散歩)
秋の朝妻と江戸川散歩して
㊟江戸川・・・江戸川(えどがわ)は、関東地方を流れる一級河川。利根川水系の分流(派川)である。流路延長59.5km(旧江戸川河口より)、流域面積約200km2。流域は、茨城県、千葉県、埼玉県、東京都の1都3県におよぶ。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
歩きゆく江戸川堤に秋の風
歩きゆく江戸川堤に虫の声
江戸川の堤の傍に桜紅葉
秋の川堤の傍に公園が
公園の立木の中に欅黄葉
歩きゆく江戸川堤に百舌鳥の声 
鵙の声耳に妻連れ堤行く
歩きゆく路傍の民家に柿たわわ
秋景色楽しんだ後風呂に入る
秋の朝散歩を終えて風呂にいる

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● 令和二年二月二日 日曜日
○ 十月日々折々 その六十一 
《今回の自選代表句と自句自解》

通夜会場祭壇供花に菊の花 

 十月下旬。町会のメンバーらと通夜の会場に入る。会場は、想い出コーナー、庭飾りのオブジェ、趣向を凝らした菊の花入りのモダンな祭壇の供花、生演奏のシンセサイザーの音響演出など創意と工夫のある通夜会場に設えられていた。

(十月下旬 通夜)
秋寂し町内知人の訃報受く
秋の宵喪服に着替え家を出る
秋の宵送迎バス乗り葬儀場へ
晩秋の通夜に我らも参列す
秋深しシンセサイザー生演奏 
通夜会場祭壇供花に菊の花 
晩秋の通夜会場にてご焼香
秋の夜読経のなか焼香す
秋寂し通夜振舞にて献杯す
秋深し和食中華の通夜料理
秋思かな通夜振舞の料理食む
秋の夜会話しながら寿司を食む
秋の夜頃合いはかり退席す
秋の夜送迎バス乗り家路就く

秋夕べ(令和2年1月30~31日掲載分)


◎ 秋夕べ(令和二年一月三十~三十一日掲載分)
● 令和二年一月三十日 木曜日
○ 十月日々折々 その六十 秋夕べ
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の会全校合唱「COSMOS」を 

 十月中旬の今日。午後から中三の孫の学校の合唱コンクールの応援に、会場の松戸「森のホール21」(千葉県松戸市)に出掛けた。
午後のプログラムの最後は、中学一・二・三年生の全校生徒による全体合唱曲の「COSMOS」が披露された。圧巻の歌声が、ホール全体に響き渡った。

(十月中旬 中学校の合唱コンクール④)
秋の会優しき歌声場内に
秋の会選抜チームへ大拍手
秋の会最後全体合唱歌
秋の会最後全校合唱歌
秋の会全体合唱「COSMOS」を 
※「COSMOS(コスモス)」・・・COSMOS(コスモス)は、音楽ユニットであるアクアマリンに所属するミマスによって作詞・作曲された曲である。2000年に富澤裕により混声三部合唱曲として編曲されたため、合唱曲としても知られている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「合唱曲COSMOS(コスモス)について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百四十五)
秋の会全校合唱「COSMOS」を 
秋の会合唱終えて閉会式
秋の会講師講評閉会時
秋の会結果発表閉会時
秋の会閉会式中表彰に
秋の会各学年ごと表彰し
秋の会三年二組金賞に
秋の会校長挨拶終え終了
秋夕べホールを出でて家路就く

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● 令和二年一月三十一日 金曜日
○ 十月日々折々 その六十一 秋の虹
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の虹皇位継承儀の直前 

 令和元年十月二十二日に皇位継承儀式「即位礼正殿の儀」が、皇居・宮殿で行われた。
 「即位礼正殿の儀」が行われる直前に雨は上がり、一時青空が見えという。さらにまた、同じ頃スカイツリーにあるNHKのカメラは北の方角に虹がかかる映像をとらえたとして、その映像が公開された。まさに、吉兆。

(十月下旬 日常生活)
台風や再び日本に次々と
※台風や再び日本に次々と・・・台風20号に加え、台風21号も発生、ダブル台風の行方は?台風20号と台風21号の雲(19日午後9時ウェザーマップ 画省略)(Yahoo Japanニュースより転載)
即位礼正殿の儀を十月に
㊟即位礼正殿の儀・・・「即位礼正殿の儀」 天皇陛下が即位を内外に宣言
ことし5月の皇位継承に伴って、新たに即位した天皇陛下が即位を内外に宣言される「即位礼正殿(そくいれいせいでん)の儀」が皇居・宮殿で行われました。 
 天皇陛下は「国民の幸せと世界の平和を常に願い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います」と述べられました。(2019年10月22日  NHK NEWS WEBより転載)
◎「即位礼正殿の儀について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百四十六)
秋闌くる皇位継承内外に
秋の虹皇位継承儀式日に 
秋の虹皇位継承儀の直前 
※虹・・・22日の都内は午前中、天気が崩れ、時折激しく雨が降りましたが「即位礼正殿(そくいれいせいでん)の儀」が行われる直前に雨は上がり、一時青空が見えました。
また、同じ頃スカイツリーにあるNHKのカメラは北の方角に虹がかかる映像をとらえました。(NHK NEWS WEBより転載)
『即位の礼直前になって一瞬でも日が差すの凄ない?陛下完全に天気の子やん』→『天叢雲剣効果?で即位礼正殿の儀直前に東京上空に虹が架かる事案発生とかファンタジーすぎる』などネットユーザの証言(togetterサイトより転載)
祝宴の「饗宴の儀」する夜長かな
㊟饗宴の儀・・・政府の皇位継承式典事務局は天皇陛下の即位に伴い、22日行われた祝宴、「饗宴(きょうえん)の儀」に255人が参列したと発表しました。
発表によりますと国内の参列者は7人、外国の参列者は164の国や機関などの代表ら248人でした。「饗宴の儀」は22日夜11時20分に終わり、両陛下は、その後、お住まいの赤坂御所に戻り、すべての日程を終えられました。(NHK NEWS WEBより転載)
祝宴の「饗宴の儀」に松茸が
祝宴の「饗宴の儀」に栗出され
祝宴の和食の膳に秋の味覚
秋の晴感謝のお茶会催され
※お茶会・・・23日は午後3時から両陛下が、儀式に参列した外国の国王や王族に感謝の気持ちを伝えるため、お住まいに招いて茶会を催されます。
茶会には、秋篠宮ご夫妻などの皇族方も出席されるほか、外国の王室と親交が深い上皇ご夫妻も途中から加わられることになっています。(NHK NEWS WEBより転載)

秋闌くる(令和2年1月28~29日掲載分)


◎ 秋闌くる(令和二年一月二十八~二十九日掲載分)
● 令和二年一月二十八日 火曜日
○ 十月日々折々 その五十八 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の会中三「YELL」の曲合唱 

 十月中旬の今日。午後から中三の孫の学校の合唱コンクールの応援に、会場の松戸「森のホール21」(千葉県松戸市)に出掛けた。午後のプログラムの最初の中三の全体合唱曲の「YELL」が披露された。

(十月中旬 中学校の合唱コンクール②)
秋の会午後の部開始午後一時
三年の全体合唱秋の会
中三の全体合唱秋の会
秋の会中三「YELL」の曲合唱 
※「YELL(エール)」・・・2009年度NHK全国音楽コンクール中学校の部の課題曲のために書き下ろされた、いきものがかりの楽曲を混声3部合唱で。切ないメロディーと中学生の揺れ動く心に響く優しいハーモニーで、卒業シーズンにぴったりの曲。いろんな試練に立ち向かう若者へ、この歌でエールを。(音楽関連サイト参考)
芸術の秋「YELL」の曲歌う孫ら
秋の会会場内に沸く拍手
秋の会続きの合唱クラスごと
秋の会クラス別々に合唱を
秋の会ステージ上にて合唱を
秋の会孫らのクラス合唱を
秋の会孫ら「証」の合唱を
※「証」・・・「証」(あかし)は、flumpoolのメジャー7枚目のシングル。2011年9月7日にA-Sketchから発売された。
 CD【編集】 証
作詞:山村隆太、作曲:阪井一生、編曲:玉井健二、百田留衣
第78回(2011年度)『NHK全国学校音楽コンクール』中学校の部課題曲
『NHKみんなのうた』2011年8月-9月の新曲
山村の歌唱による原曲はロ長調(大サビでハ長調に転調)だが、課題曲版(編曲は加藤昌則)はヘ長調(大サビで変ト長調に転調)である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「合唱曲 証(あかし)について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百四十四)

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● 令和二年一月二十九日 水曜日
○ 十月日々折々 その五十九 秋闌くる
《今回の自選代表句と自句自解》

秋闌くる男女の合唱相和して 

 十月中旬の今日。午後から中三の孫の学校の合唱コンクールの応援に、会場の松戸「森のホール21」(千葉県松戸市)に出掛けた。
午後のプログラムの中三の全体合唱の後、第三学年のクラス別の発表に移った。やがて、孫のクラスの合唱発表の番となり、「小さな恋のうた」が披露された。クラスの男女の声の特徴が生かされ、とても良いハーモニーとなって聴き心地の良い合唱となった。

(十月中旬 中学校の合唱コンクール③)
秋の会合唱の指揮孫がして
秋の会孫指揮台に立ちて指揮
秋の会指揮に合わせて歌合唱
秋の会響く歌声とピアノの音
秋の会合唱の声相和して 
秋の会響く男女のハーモニー 
秋闌くる男女の合唱相和して 
秋の会会場内より大拍手
秋の会選抜合唱孫出場
秋の会孫ら「小さな恋のうた」
※「小さな恋のうた」・・・小さな恋のうた(合唱:楽譜+音源). 二部 。中学校で大人気!2001(平成13)年の”モンゴル800”のヒット曲。(音楽関連サイト参考)
秋の会合唱中にソロ部分
秋の会合唱ソロで歌う孫

紅葉(令和2年1月26~27日掲載分)


◎ 紅葉(令和二年一月二十六~二十七日掲載分)
● 令和二年一月二十六日 日曜日 
○ 十月日々折々 その五十七 秋夕焼
《今回の自選代表句と自句自解》

秋寒し一枚掛け増し寝床入る 

 ついこの間まで三十度に迫る暑さであったが、一気に冷えて今日の最高気温はとうとう二十度を切った。あまりの寒さに、寝床に入る前に布団を一枚掛け足した。暦を見ると、立冬まで、後数週間に迫っていた。

(十月中旬 日常生活②)
今日の無事先祖に感謝し秋夕焼
台風の直後街の川濁流に
台風の直後街の川土色に
秋の晴ラグビー日本ベスト八(エイト)
※ラグビー日本ベスト八(エイト)・・・日本初8強!スコットランド撃破し全勝で1位突破
<ラグビーワールドカップ(W杯):日本28−21スコットランド>◇1次リーグA組◇13日◇横浜・日産スタジアム
 ラグビー日本代表が初の決勝トーナメント(T)進出を決めた。スコットランドを下した。勝ち点19で1位通過を決めた。
 前半6分に先制トライを許すなど0−7とされたが同18分に松島のトライなどで同点に。その後、稲垣、福岡のトライなどで21−7で折り返した。後半2分に福岡がこの日2個目のトライを挙げ突き放した。その後スコットランドに追い上げられたが、逆転を許さなかった。(日刊スポーツより転載)
信号待ち金木犀の香の中で
ハロウィンのイベント菓子の掴みどり
スポーツの秋にスポーツ番組を
秋寒し一枚掛け増し床に就く
秋寒し一枚掛け増し寝床入る 
秋寒し一枚掛け増し就寝し
校庭の立木の紅葉(もみじば)風に揺れ

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● 令和二年一月二十七日 月曜日 
○ 十月日々折々 その五十七 紅葉
《今回の自選代表句と自句自解》

会場の近くの森は紅葉して

 十月中旬の今日。午後から中三の孫の学校の合唱コンクールの応援に、会場の松戸「森のホール21」(千葉県松戸市)に出掛けた。会場近くの「21世紀の森」は、きれいに紅葉していた。

(十月中旬 中学校の合唱コンクール①)
文化の秋今日は合唱コンクール
※合唱コンクール・・・ここでは、孫の中学校の合唱コンクールのこと。
※コンクール・・・1 競技。競争。2 音楽・絵画・映画などで、技の優劣を競う会。(デジタル大辞泉より転載)
秋の会妻連れ孫の応援に
秋寒し車走らせ会場へ
秋曇り車で「森のホール」へと
※「森のホール」・・・ここでは、松戸「森のホール21」のこと。千葉県松戸市の21世紀の森と広場にある多目的ホール。
駐車場周囲の木立もみじばに
秋曇り駐車場よりホールへと
会場の付近に香る金木犀
会場の近くの森は紅葉して
文化の秋大ホールにてコンクール
秋の会ス席は階上の保護者席

台風(令和2年1月24~25日掲載分)


◎ 台風(令和二年一月二十四~二十五日掲載分)
● 令和二年一月二十四日 金曜日 
○ 十月日々折々 その五十五 秋深む
《今回の自選代表句と自句自解》

秩父路は新たな思い出秋深む  

 旅の二日目の全部の日程を終えた。一泊二日の秩父路。また新たな思い出が出来た。また更に秋が深まった思いがした。いろいろな思いで、感謝。感謝。そして、合掌。

(十月上旬 秩父の旅 その五十四)
秋夕べ皆でピザとコーヒーを
秋の旅次回の旅先話題にし
秋夕べピザ摘まみつつ語り合う
秋の夕仲間と暫し談笑す
秋の旅頃合い図り清算す
秋の旅Yは会計取りまとめ
※旅仲間六人・・・SとMとIとYとKと私の六人。
秋の旅清算済ませ家路就く
秋の旅仲間と握手し解散す
この旅は秋を満喫の秩父路に
この旅も楽しき思い出秋深む 
秩父路は新たな思い出秋深む 
秋の旅終えての帰宅六時半
秋の夜お土産鞄に無事帰宅

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● 令和二年一月二十五日 土曜日 
○ 十月日々折々 その五十六 台風
《今回の自選代表二句と自句自解》

栗拾いした栗使い栗ご飯 

 秩父の旅から戻って、数日後、お昼ご飯として、栗拾いした栗を使った栗ご飯を頂いた。美味い。妻と食欲の秋に、味わって栗こ飯を頬張った。よく噛んで、栗の味を堪能した。味覚の秋でもある。

大台風家ガタカダと音立てて 

 大きな台風十九号の影響で、一時家がガタガタと音を立てて揺れた。その後、幸い大した被害もなく、台風は過ぎ去った。その後で、某テレビ放送で千葉県松戸市辺りを台風十九号が通過したようだと放送で明らかにした。道理で、大雨と強風が激しかったはずと納得した。

(十月中旬 日常生活①)
栗拾いした栗使い栗ご飯 
※栗拾い・・・十月上旬の「秩父の旅」で旅仲間とした栗拾いのこと。
十九号台風対策万全に
㊟台風十九号・・・令和元年台風第19号(れいわがんねんたいふうだい19ごう、アジア名:ハギビス/Hagibis、命名:フィリピン、意味:すばやい)は、2019年10月6日3時にマリアナ諸島の東海上で発生した台風である。関東地方や東北地方を中心に、東日本各地に甚大な被害をもたらした。
 気象状況【編集】
10月12日より関東甲信地方を中心に記録的な大雨となり、15時30分に大雨特別警報が静岡県、神奈川県、東京都、埼玉県、群馬県、山梨県、長野県の7都県に発表され[17]、19時50分に茨城県、栃木県、新潟県、福島県、宮城県に[18]、13日0時40分に岩手県にも発表された[19]。半日で13都県での発表とは、3日で11府県に発表された平成30年7月豪雨を超え、特別警報の運用を開始して以来最多の発表数となった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「台風十九号について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百四十三)
大台風次第に近づく十九号
首都圏は大台風の圏内に
大台風雨風強き午後となる
接近中台風情報テレビより
大台風吹く強風に枝揺れて
大台風夜九時強風ゴーゴーと
大台風吹く強風に煙る雨
大台風家ガタカダと音立てて 
大台風最大級は夜九時半
大台風弱まる気配は夜十時
台風は約一時間吹き荒れて
大台風約一時間吹き荒れる 
大台風松戸市辺り通り過ぐ
台風の過ぎ去る気配に安堵して
台風の過ぎ去る気配に安堵感
台風後天気一気に回復す
暴風雨去りし深夜に月明かり
暴風雨去りし深夜に丸き月
暴風雨去りし深夜に月煌こう
大台風去りし夜空の空気澄む
暴風雨去りし夜空に秋の星
大台風去り満天の星空に
台風後翌日の空よく晴れて
台風後翌日の空快晴に
暴風雨去りて翌日秋晴れに
台風後翌日洪水注意報
台風後翌日夜に解除され

秋の山(令和2年1月22~23日掲載分)


◎ 秋の山(令和二年一月二十二~二十三日掲載分)
● 令和◎ 秋の山(令和二年一月二十二~二十三日掲載分)
● 令和二年一月二十二日 水曜日 
○ 十月日々折々 その五十三 秋の山
《今回の自選代表句と自句自解》

関越道次第に離れる秋の山 

 よく晴れた秋の旅二日目。聖神社を後にして、車に乗り込む。そして、秩父やまなみ街道を走行する。そして、花園インターチェンジから関越道に乗った。
 秋晴れの空の下、快適に高速道路を走行する。やがて、鶴ヶ島ジャンクションを通過した。車から周囲を見渡すと、山並みが遥か遠くに離れているのに気付かされた。先に行けば行くほど山並みが離れて行く。

「十月上旬 秩父の旅 その五十二)
秋の午後車鶴ヶ島通り過ぐ
秋の旅次第に連山離れ行く
関越道次第に離れる秋の山 
高速道次第に離れる秋の山
秋の旅今入間川を渡り越す
㊟入間川・・・入間川(いるまがわ)は、埼玉県を流れる荒川水系の一級河川である。上流部は名栗川(なぐりがわ)とも呼ばれる[2][3]。荒川の支流としては最長である。江戸時代の頃は、江戸の市中まで通じる、大事な船の交通路だった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅三芳パーキングで休憩
秋の旅仲間と三芳pasar(パーサー)へ
㊟三芳pasar(パーサー)・・・東京都練馬区から新潟県長岡市までを繋ぐ関越自動車道(関越道)において、最も東京に近く、上り線なら最後の休憩場所にもなるパーキングエリアが、埼玉県南部に位置する「Pasar三芳(パサールみよし)」。
2009年のオープン以来、関越道を東京方面へ向かうドライバーたちからの好評を博し、2015年度の来客数は500万人を越え、NEXCO東日本が管轄するSA・PAの中でも最大クラスの集客を誇る。
 ちなみに、Pasarとは「PA(パーキングエリア)」+「SA(サービスエリア)」+「Relaxation(リラクゼーション)のR」の造語。
PAやSAでゆったりした時間を過ごしてほしいという願いを込めて付けられた名称で、三芳の上り線以外には羽生<下り線>、幕張<上下線>、守谷<上下線>もPasarを冠している。
 そしてPasar三芳は、“自然と調和したナチュラルモダン”をコンセプトに、落ち着いた雰囲気の癒し空間で食事や休憩ができるうえ、様々なショップを展開している。(楽天グループ「めしガイド」サイトより転載)
◎「三芳pasar(パーサー)について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百四十二)
秋の旅缶コーヒー飲みひと休み
秋の午後四時に三芳を出立す
音楽のCD聴きつつ秋の旅
秋の旅歌を時折口づさむ
秋の旅大泉より外環へ

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● 令和二年一月二十三日 木曜日 
○ 十月日々折々 その五十四 桜紅葉 
《今回の自選代表句と自句自解》

陸橋の下の路傍に桜紅葉 

 秋の旅二日目。午後四時半頃、東京外環道の三郷南インターから一般道に抜けた。上葛飾橋を渡り、江戸川を越えた。陸橋の下の路傍には、桜紅葉。見て、何故かホットした。

(十月上旬 秩父の旅 その五十三)
秋の旅大泉より外環道
秋の旅四時十五分に川口に
秋の旅右の車窓にスカイツリー
秋夕べ車窓に東京スカイツリー
秋の旅三郷南に午後四時半
秋の旅江戸川渡り千葉県
秋の旅江戸川渡り松戸市に
川の陸橋渡り目に桜紅葉
陸橋の下の路傍に桜紅葉 
秋の旅夕刻五時に松戸市内
秋夕べ「サイゼリア」に入り夕食を
※「サイゼリア」・・・株式会社サイゼリヤ(英語: Saizeriya Co., Ltd.)は、イタリアンファミリーレストランチェーン「サイゼリヤ」を運営する企業。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

うろこ雲(令和2年1月20~21日掲載分)


◎ うろこ雲(令和二年一月二十~二十一日掲載分)
● 令和二年一月二十日 月曜日 
○ 十月日々折々 その五十一 うろこ雲
《今回の自選代表句と自句自解》

青を背に上空白きうろこ雲 

 よく晴れた秋の旅二日目。聖神社を後にして、車に乗り込む。そして、秩父やまなみ街道を走行する。そして、花園インターチェンジから関越道に乗った。秋晴れの空の下、快適に高速道路を走行する。車から上空を見ると青空を背にして白いうろこ雲が見えた。空も秋らしい景色だ。

(十月上旬 秩父の旅 その五十)
秋の旅車花園インターへ
秋の午後三時に花園インターに
㊟花園インター・・・花園インターチェンジ(はなぞのインターチェンジ) は、埼玉県深谷市にある関越自動車道のインターチェンジである。
長瀞や秩父など、秩父地方の諸地域への玄関口である。
この付近は荒川橋で荒川を渡るため周りと比べ標高が低く、両方向とも下り坂から上り勾配へ変わることが主な原因となり、帰省時等には当ICを先頭とした大渋滞が上下線で多発している。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅インターに入り関越道
秋の旅花園より関越に
秋の旅花園より関越を
秋晴の空のもと車高速を
車窓より見上げる空にうろこ雲
青を背に上空白きうろこ雲 
秋の晴荒川の流れ滔とうと
青空のもと流れゆく秋の川

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● 令和二年一月二十一日 火曜日 
○ 十月日々折々 その五十二 刈田
《今回の自選代表二句と自句自解》

車窓より眺める刈田遠くまで 

 よく晴れた秋の旅二日目。聖神社を後にして、車に乗り込む。そして、秩父やまなみ街道を走行する。そして、花園インターチェンジから関越道に乗った。秋晴れの空の下、快適に高速道路を走行する。車窓から、遠くまで続く刈田が見えた。

関越道両側の薄風に揺れ 

 よく晴れた秋の旅二日目。聖神社を後にして、車に乗り込む。そして、秩父やまなみ街道を走行する。そして、花園インターチェンジから関越道に乗った。秋晴れの空の下、快適に高速道路を走行する。車窓からみると、高速道路の両側の薄が風に揺れていた。

(十月上旬 秩父の旅 その五十一)
車窓より眺める刈田遠くまで 
関越道広き刈田を車窓より
秋晴の秩父山地の山眺む
秋の晴秩父連山の雄大さ
関越道両側の薄風に揺れ 
秋の旅関越道を順調に
秋の旅語らいながら帰路に就く
秋の旅車は嵐山通り過ぐ
㊟嵐山・・・嵐山町(らんざんまち)は、埼玉県中部に位置する人口約1万8千人の町。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅高坂あたり走りゆく
秋の旅路傍の標に北緯線
秋の旅今北緯三十六度
※北緯三十六度・・・北緯36度線(ほくい36どせん)は、地球の赤道面より北に地理緯度にして36度の角度を成す緯線。アフリカ、地中海、アジア、太平洋、北アメリカ、大西洋を通過する。この緯度の下では、夏至点時の可照時間は14時間36分で、冬至点時は9時間43分である。[1](フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「北緯36度線について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百四十一)

秋風 (令和2年1月18~19日掲載分)


◎ 秋風 (令和二年一月十八~十九日掲載分)
● 令和二年一月十八日 土曜日 
○ 十月日々折々 その四十九 秋風
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の晴境内響く雅楽の音 

 秋の旅二日目。午後もよく晴れている。和銅遺跡を後にして、聖神社に向かった。近くまで来ると、雅楽の音が聞こえてきた。石段を上り、境内まで来ると音がよりはっきりと聞こえてきた。どこか晴れがましい気分になった。

(十月上旬 秩父の旅 その四十八)
秋風に聖神社の幟揺れ
㊟聖神社・・・聖神社(ひじりじんじゃ)は、埼玉県秩父市黒谷に鎮座する神社である。
 秩父盆地の中央部やや北寄りに聳える簑山から南西にかけて延びた支脈である和銅山山麓に鎮座し、簑山を水源とする川が流下する社前は和銅沢(旧称銅洗沢)と称されている。
 慶雲5年(708年)に自然銅が発見され、和銅改元と和同開珎鋳造の契機となった神社とされる。旧村社。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「聖神社について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百三十七)
秋の旅鳥居を潜り参道を
秋の晴石段上り境内へ
秋の晴境内響く雅楽の音 
秋の晴拝殿右に和同開珎
秋の晴拝殿前にて参拝す
秋の晴拝殿前にて合掌す
秋の晴「銭神様」に手を合わす
㊟「銭神様」・・・和同開珎が祀られている聖神社は、地元の人々からも銭神様と呼ばれ、お金儲けの縁起の神様として地元の人達に親しまれています。宝くじ祈願やビジネス開運祈願など多くの人達が訪れます。(秩父・和同開珎を巡るロマンの旅サイトより転載)
◎「銭神様について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百三十八)
秋の午後聖神社を後にする
秋の旅午後二時半に帰路に就く

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● 令和二年一月十九日 日曜日 
○ 十月日々折々 その五十 もみじ
《今回の自選代表句と自句自解》

ここ秩父周囲の山々薄もみじ 

 よく晴れた秋の旅二日目。聖神社を後にして、車に乗り込む。そして、秩父やまなみ街道を走行する。周囲の秩父の山々は、薄もみじ。

(十月上旬 秩父の旅 その四十九)
秋の午後車は下道・国道を
秋の旅またまた国道140
秋の旅右手に道の駅「みなの」
㊟道の駅「みなの」・・・道の駅みなの(みちのえき みなの)は、埼玉県秩父郡皆野町にある埼玉県道348号下戦場塩貝戸線の道の駅である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅車は県道82号
秋の旅皆野長瀞インターに
㊟皆野長瀞インター・・・皆野長瀞インターチェンジ(みなのながとろインターチェンジ)は、埼玉県秩父郡皆野町にある皆野寄居バイパスのインターチェンジである。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「皆野長瀞インターについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百三十九)
秋の旅今皆野寄居バイパスを
㊟皆野寄居バイパス・・・皆野寄居バイパス(みなのよりいバイパス)は、埼玉県大里郡寄居町と秩父郡皆野町とを結ぶ国道140号のバイパス道路であり、西関東連絡道路(地域高規格道路)構想の一部を構成する道路である。延長9.88kmである。愛称は「秩父やまなみ街道(ちちぶやまなみかいどう)」。
国道140号旧道の長瀞町周辺に於ける混雑回避を目的として整備された路線で、寄居町大字風布(寄居風布IC)から美の山トンネル南出口(終点)までの6.88 km が有料区間となっている。この区間は 皆野寄居有料道路(みなのよりいゆうりょうどうろ)と呼ばれ、埼玉県道路公社によって管理が行われている。
皆野寄居バイパスは、2001年3月28日に寄居町大字折原(寄居折原IC)から終点である皆野町大字皆野までが開通、さらに2005年3月29日に荒川に架かる末野大橋が完成し、バイパスとして全線開通した。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「皆野寄居バイパスについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百四十)
秋の旅車は有料道路行く
秋の旅秩父やまなみ街道を
秋の旅車は寄居トンネルを
秋旅に走る山あいの有料道
秋旅に走る山間の有料道
有料道車窓に流れる薄もみじ
ここ秩父周囲の山々薄もみじ

虫の声 (令和2年1月16~17日掲載分)


◎ 虫の声 (令和二年一月十六~十七日掲載分)
● 令和二年一月十六日 木曜日 
○ 十月日々折々 その四十七 虫の声
《今回の自選代表二句と自句自解》

秋の旅あちらこちらに句の木札

 秋の旅二日目。次の場所に車で移動する。聖神社の駐車場に車を止めた。先ず、和同遺跡を見学し、その後に聖神社参拝することになった。
 和同遺跡へと向かう山道のあちらこちらに俳句が認められた木の札が配置されていた。道々、書かれた俳句を楽しみながら和同遺跡に向かった。当然、秋の季語の句もあった。ちょっとした趣向である。

和銅山歩く坂道虫の声 

 秋晴れのもと、和銅遺跡に行くため、和銅山の山中を歩く。坂道に、虫の声がする。

(十月上旬 秩父の旅 その四十六)
駐車場近くに赤き蕎麦の花
秋の旅社の駐車場より歩く
秋の午後山の坂道上りゆく
和銅山日を浴びゆるゆる上る坂
㊟和銅山・・・和銅山には 100m を超す二条の断層面が残されています。これは当時の露天掘りの跡です。和銅とは精錬を要しない自然銅のことで、「ニギアカガネ (熟銅)」と呼ばれていました。ここで掘り出された和銅によって、朝廷は唐の「開元通宝」を模し、「和同開珎 (わどうかいちん)」を鋳造しました。直径 24mm 前後の円形で、中心には一片約 7mm の正方形の穴が開いている円形方孔の形式で、表面に『和同開珎』と時計回りに表記されています。 和銅山の西に、和銅献上の祝典が挙げられたと伝えられる「祝山」があります。後に「聖神社」が建てられました。 境内には、「和銅鉱物館」が建てられています。聖神社や和銅採掘露天跡に加えて、秩父市指定史蹟「黒谷の銅製錬所跡」及び周辺に散在して残る採掘坑跡があります。「和銅」との直接的な関連は薄いと考えられていますが、「金山」の地名で現在にまで残る遺跡です。 和銅山からは、秩父盆地の美しい風景を眺めることができます。四季折々の美しい表情を持つ荒川と点在する和同遺跡を巡るとき、古より伝えられている悠久のロマンに思いをはせることができるでしょう。(デンリュウサイタマより転載)
◎「和銅山について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百三十四)》
秋の晴あちらこちらに句の札が
秋の旅あちらこちらに句の木札
坂道の木札のなかに秋思の句
和銅山歩く坂道虫の声 
秋の旅坂上路傍に道標が
秋の旅坂右折して坂下る
秋の旅林道に出て小径ゆく
秋の旅木漏れ日浴びて沢沿いを

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● 令和二年一月十七日 金曜日 
○ 十月日々折々 その四十八 秋晴
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の旅露天掘り跡荒あらし 

 秋の旅。和銅山の和銅遺跡に着いた。和同開珎の大きなモニュメントの前で、記念写真を撮った。よく見ると、山の崖に、「露天掘り跡」と記された案内板が立っていた。山頂に向かって崖が崩れかけていた。山肌がそこだけ荒々しい。

(十月上旬 秩父の旅 その四十七)
秋の山せせらぎ耳に小径行く
仲間らと山栗拾う旅楽し
秋の旅せせらぎの音心地よし
秋の旅林道左に遺跡あり
秋晴の林に大きなモニュメント
秋晴の木立に和同開珎が
秋の旅和同開珎目の前に
秋の旅遺跡周辺散策す
秋の旅和銅遺跡を見学す
㊟和銅遺跡・・・和銅採掘遺跡(わどうさいくついせき)は、埼玉県秩父市黒谷の和銅採掘露天掘跡を中心とする埼玉県指定旧跡である。
 概要【編集】
 元明天皇の時代に武蔵国秩父郡(現在の埼玉県秩父市)から自然銅(ニギアカガネ)が発見され、708年(慶雲5年)正月11日に朝廷に献上された。これを大いに喜んだ元明天皇は、同日に元号を「和銅」に改元し、その後、日本最初の流通通貨となる和同開珎を発行した。その和銅が採掘されたとみられる露天掘跡は、今なお残されており、1922年(大正11年)には埼玉県指定史跡、1961年(昭和36年)に埼玉県指定旧跡となった。2000年(平成12年)5月5日には、埼玉新聞社の「21世紀に残したい・埼玉ふるさと自慢100選」に選出された[1]。
 和銅採掘露天掘跡の近くには、和同開珎を模した巨大モニュメントが建てられている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「和銅遺跡について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百三十三十五)
秋の旅露天掘り跡目の前に
㊟露天掘り・・・露天掘り(ろてんぼり)とは、鉱石を採掘する手法の一つ。坑道を掘らずに地表から渦を巻くように地下めがけて掘っていく手法。極めて原始的な採掘手法で、地元の人がダイヤモンドやエメラルドなど宝石類の採掘に用いる程度であったが、第二次世界大戦後、大型機械(重機)の出現でオーストラリアの鉄鉱石など大規模な開発が可能となった。
 また、火山の噴気孔における昇華硫黄採取、火口湖での沈殿硫黄採取、海浜や河川での砂鉱採取も広い意味での露天掘りに含まれる。 (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「露天掘りについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百三十六)
秋の旅露天掘り跡荒あらし 
秋の旅晴し遺跡で記念写真
秋の旅もと来た道を戻りゆく
秋の旅駐車場より神社へと

蕎麦の花 (令和2年1月14~15日掲載分)


◎ 蕎麦の花 (令和二年一月十四~十五日掲載分)
● 令和二年一月十四日 火曜日 
○ 十月日々折々 その四十五 団栗
《今回の自選代表二句と自句自解》

鉱泉の足湯に浸かる秋の旅  

 秋の旅の二日目。昼どき、立ち寄った本格手打そば屋『本家 原』(埼玉県秩父市寺尾)で、足湯を楽しむことが出来た。鉱泉に足を浸した。ぶくぶくと泡が立ちのぼっていた。結構気持ちよかった。

旅先で団栗拾い楽しめり 

 秋の旅の二日目。立ち寄った本格手打そば屋『本家 原』(埼玉県秩父市寺尾)で、足湯を楽しむことが出来た。庭に出た先で、団栗を見つけた。数個拾った。どんぐり帽子がかわいい。

(十月上旬 秩父の旅 その四十四)
お昼どき香りの高きせいろ蕎麦
お昼どき鴨せいろ蕎麦に舌鼓 
お昼どき雑談しながらせいろ蕎麦
秋の旅頃合いはかり足湯へと
鉱泉の足湯に浸かる秋の旅  
※足湯・・・敷地内には足湯があり、無料で自由に入れる。708号鉱石が使用され、糖尿病や冷え性などに効果があるという。
秋闌くる足元より泡が
秋闌ける鉱泉の泡ぶくぶくと
秋闌ける鉱泉の泡ブクブクと
秋の旅足湯に気泡ブクブクと
旅先の店の足湯に浸かりけり
秋の旅足湯にまったり浸かりけり
旅先の蕎麦屋の庭にどんぐりが
昼食後どんぐり拾いを楽しめり
旅先で団栗拾い楽しめり 

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● 令和二年一月十五日 水曜日 
○ 十月日々折々 その四十六 蕎麦の花
《今回の自選代表句と自句自解》

駐車場近くに白き蕎麦の花 

 秋の旅二日目。次の場所に車で移動する。聖神社の駐車場に車を止めた。車から降りると、すぐ前の畑に蕎麦の花が咲いていた。白い花の蕎麦と赤い蕎麦の花と両方咲いていた。

(十月上旬 秩父の旅 その四十五)
昼食後どんぐり拾い楽しめり
秋の旅蕎麦屋出発一時半
秋の旅乗車し和銅遺跡へと
秋の旅車寺尾より一般道
秋の旅和銅大橋渡りゆく
㊟和銅大橋・・・和銅大橋(わどうおおはし)は埼玉県秩父市黒谷と同寺尾の間で荒川に架かる秩父市道幹線8号[1] (招木古墳通り)の橋である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅荒川をまた渡り越す
秋の旅下道走り遺跡へと
秋の旅程なく到着目的地
秋の旅聖神社に駐車して
駐車場近くに白き蕎麦の花

蕎麦 (令和2年1月12~13日掲載分)


◎ 蕎麦 (令和二年一月十二~十三日掲載分)
● 令和二年一月十二日 日曜日 
○ 十月日々折々 その四十三 柿
《今回の自選代表句と自句自解》

ここ秩父民家の庭に柿たわわ 

 秋の旅の二日目。浦山ダムから車で、秩父市街地の秩父駅う付近まで下りてきた。民家の庭の柿の木には、柿がたわわになっていた。街の秋景色だ。

(十月上旬 秩父の旅 その四十二)
秋の旅桜ウォーターパークより出立
※ウォーターパーク・・・ここでは、桜ウォーターパークのこと。
秋の旅下道走りお蕎麦屋へ
秋の旅下道・国道走りゆく
秋の旅車は山より盆地へと
秋の旅再び国道140
ここ秩父民家の庭に柿たわわ 
秩父市街民家の庭の柿たわわ 
秋の旅秩父鉄道の踏切を
㊟秩父鉄道・・・秩父鉄道株式会社(ちちぶてつどう)は、埼玉県北部に路線を有する鉄道事業、不動産業、観光事業を行う日本の会社である。本社は埼玉県熊谷市に所在する。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「秩父鉄道について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百三十三)》
鉄道の踏切越え行く秋の旅
秋の旅再び国道299
秋の旅国道・下道ひた走る

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● 令和二年一月十三日 月曜日 
○ 十月日々折々 その四十四 蕎麦
《今回の自選代表句と自句自解》

お昼どき合鴨せいろ蕎麦を食む 

 秋の旅の二日目の昼どき。先程、浦山ダムの職員から聞いた秩父のお勧めの人気店本格手打そば屋『本家 原』(埼玉県秩父市寺尾)で、合鴨せいろ蕎麦を頂いた。香りが高く旨い。旅仲間との会話も弾む。

(十月上旬 秩父の旅 その四十三)
秋の旅車は荒川沿いの道
秋の旅市街地抜けてお蕎麦屋へ
秋の旅市街地抜けて蕎麦屋へと
秋の旅車は寺尾地区に入る
蕎麦食べに手打ち蕎麦本家原向かう
※手打ち蕎麦本家原・・・ここでは、埼玉県秩父市寺尾にある本格手打そば屋『本家 原』のこと。
秋の旅程よく正午にお蕎麦屋に
秋の昼秩父で人気の「本家原」
店内の座敷に客込む秋の昼
古民家の蕎麦屋に入る秋の昼
秋の旅蕎麦屋の梁は黒光り
秋の旅蕎麦屋の柱は黒光り
秋灯二幅の掛軸床の間に
秋の旅ほどよく正午に昼食を
お昼どき人気の蕎麦屋で蕎麦を食む
お昼どき蕎麦屋の座敷で蕎麦を食む
お昼どき合鴨せいろ蕎麦を食む 

秋の空 (令和2年1月10~11日掲載分)


◎ 秋の空 (令和二年一月十~十一日掲載分)
● 令和二年一月十日 金曜日 
○ 十月日々折々 その四十一 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

勉学の秋に学ぶダムのこと 

 秋の秩父路。旅の二日目。朝から天気が良い。今日の最初の目的地は、日本第六位の大ダム・浦山ダム(埼玉県秩父市浦山地先)。赤石(あかいし)トンネルを抜けた先に浦山ダムがあった。ダムの上から四方の山々を望む。
頃合いを図り、予約した見学場所で、案内役のダム職員二名と落ち合った。そして、一時間半かけてダムについて学んだ。資料や展示物なども充実していた。

(十月上旬 秩父の旅 その四十)
秋の旅最初に頂くダム資料
秋の旅最初に頂くダムカード
㊟ダムカード・・・ダムカードは、国土交通省及び独立行政法人水資源機構が管理するダムなどで配布されているカード型式のパンフレット[1]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅頂く浦山ダムカード
秋の旅ここは重力式ダムと
秋の旅ここは六位の大ダムと
秋の旅施設・設備の説明が
勉学の秋にダムの仕事聴く
勉学の秋に学ぶダムのこと 
勉学の秋浦山ダム施設巡り
秋景色ダム資料館の階上より
目の前にダム周辺の薄もみじ
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・秋の写真」の「秩父の旅」(十月上旬)』に「浦山ダム周辺の薄もみじ」(埼玉県秩父市浦山地先)の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
秋の旅エレベーターでダム下へ
※エレベーター・・・都市用水の確保と洪水調節、クリーンエネルギーとしての水力を利用した発電という複数の目的を持つ多目的ダムで、重力式コンクリートダムとしては日本で2番目に高いダム(156m)です。高低差132mのエレベーターを利用してダムの内部を見学することが出来ます。また、ダム周辺は春には桜、秋には紅葉の名所として知られています。(ちょこたび埼玉サイトより転載)
秋の旅一分かけてダム下に

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● 令和二年一月十一日 土曜日 
○ 十月日々折々 その四十二 秋の空
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の晴ダム下覗き足すくむ 

 秋の旅の二日目の最初の目的地である浦山ダムを見学した後、最後に名残惜しいので再びダムの上から絶景を楽しんだ。ダムの上から直下を見ると思わずゾッとした。高さがこんなにもあるのかと・・・。

(十月上旬 秩父の旅 その四十一)
ダム下で見上げるダムに秋の空
秋の晴下で見てダムの高さ知る
秋の晴下より見上るダム高し 
直上のダムの上空秋の晴
秋の旅エレベーターでまた上へ
秋の旅一分程でダムの上
秋の晴ダムより直下の川のぞく
秋の晴眼下に浦山川見ゆる
秋晴のダムと直結浦山川
秋の旅時折り係りにK質問
※仲間・・・旅仲間六人(SとMとIとYとKと私)
秋の旅説明受けてダム上へ
勉学の秋ダム見学九十分
秋の晴ダム下覗き足すくむ 
秋の晴ダム下覗きすくむ足
秋の晴絶景ポイントにて写真
仲間らと秋の日浴びて記念写真
秋の旅礼述べダムより出立す

秋景色 (令和2年1月8~9日掲載分)


◎ 秋景色 (令和二年一月八~九日掲載分)
● 令和二年一月八日 水曜日 
○ 十月日々折々 その三十九 秋景色
《今回の自選代表二句と自句自解》

秋の晴エメラルド色の湖(うみ)光る 

 秋の秩父路。旅の二日目。朝から天気が良い。今日の最初の目的地は、日本第六位の大ダム・浦山ダム(埼玉県秩父市浦山地先)。赤石(あかいし)トンネルを抜けた先に浦山ダムがあった。駐車場から十数メートル先のダムの縁から、ダム湖の秩父さくら湖が眼下に見える。エメラルドグリーンの湖水が、秋の日射しを浴びて光り輝いている。美しさの余り、しばし見惚れる。

空晴れし近くの山は薄もみじ 

 秋の秩父路。旅の二日目。朝から天気が良い。今日の最初の目的地は、日本第六位の大ダム・浦山ダム(埼玉県秩父市浦山地先)。赤石(あかいし)トンネルを抜けた先に浦山ダムがあった。ダムの上から、近くの山々を望む。薄もみじだ。

(十月上旬 秩父の旅 その三十八)
秋の晴眼下のダム湖煌めいて
秋の晴秩父さくら湖煌めいて
㊟秩父さくら湖・・・秩父さくら湖は、埼玉県の荒川水系で秩父湖の下流に当たる場所にあります。秩父湖の洪水調整が充分でないことで造られていますが、上水道、発電、不特定利水としての目的で重力式コンクリートダムとしては、全国で2番目の高さを誇る規模で浦山ダムが造られました。
 春には名称の由来の桜の名所になります。紅葉時期も観光スポットとして観光客が訪れる場所でもあります。
 自然環境が残った場所なので、野生の猿やイノシシ、熊が出現することもあるようです。
 ワカサギ釣りをするには、ボートの持ち込みか岸からの釣りとなります。(ワカサギ釣りポータルサイトより転載)
◎「秩父さくら湖について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百三十二)》
秋の晴眼下の湖水エメラルド
秋晴のダム湖の水はエメラルド 
秋の晴ダムの湖水のエメラルド
エメラルドさくら湖の水日に光る
秋の晴秩父さくら湖の水光る
秋の晴エメラルド色の湖(うみ)光る 
秋晴の浦山ダムより絶景を
空晴れし近くの山は薄もみじ 
秋の晴視界三百六十度
秋の晴眼下に望む秩父盆地
㊟秩父盆地・・・埼玉県西部,関東山地にある盆地。面積約100km2。第三紀層からなり,周辺山地とはおもに断層で限られる。荒川,赤平川などが貫流し3段の段丘が発達。米作,果樹,養蚕が盛んで,中心に秩父市街がある。(百科事典マイペディアより転載)
秋の晴尾瀬至仏山はあの辺り
秋の晴遥か向こうに赤城山
㊟赤城山・・・赤城山(あかぎさん、あかぎやま、後述)は、関東地方の北部、群馬県のほぼ中央に位置する山。太平洋プレートがオホーツクプレートに沈み込んでできた島弧型火山である。また、赤城山は、カルデラ湖を伴うカルデラを持つ、関東地方で有数の複成火山である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の晴山を指さし見はるかす
秋景色山を指さし見はるかす

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● 令和二年一月九日 木曜日 
○ 十月日々折々 その四十 晩秋
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の晴ダムより眺める山景色 

 秋の秩父路。旅の二日目。朝から天気が良い。今日の最初の目的地は、日本第六位の大ダム・浦山ダム(埼玉県秩父市浦山地先)。赤石(あかいし)トンネルを抜けた先に浦山ダムがあった。ダムの上から四方の山々を望む。
 特に、ダムの絶景スポットという案内板のある場所からの景色が絶景だった。遥か彼方に赤城山が見えた。とすると右が男体山、左が尾瀬の至仏山か。案内板の山の名前と見比べながら、秋の山の絶景を旅仲間らと楽しんだ。

(十月上旬 秩父の旅 その三十九)
秋景色Yも感動した様子
※仲間・・・旅仲間六人(SとMとIとYとKと私)
秋の晴男体山はあの辺り
秋の晴日を浴び楽しむ山景色
仲間らとダムより眺める秋景色 
秋の晴ダムより眺める山景色 
晩秋にダムより眺める山景色
ダムからの絶景眺める秋の旅
仲間らと楽しむ山の秋景色 
秋の晴歓声あげて絶景を
秋の晴暫し絶景楽しめり
勉学の秋浦山ダム見学を
勉学の秋に入館資料館
勉学の秋にスタッフの説明を

ちちろ虫 (令和2年1月6~7日掲載分)


◎ ちちろ虫 (令和二年一月六~七日掲載分)
● 令和二年一月六日 月曜日 
○ 十月日々折々 その三十七 桜紅葉
《今回の自選代表句と自句自解》

晴れ渡る秩父連山薄もみじ 

 秋の秩父路。旅の二日目。朝から天気が良い。車窓から見える秩父連山は、薄もみじ。車窓から秩父の秋景色を楽しむ。

(十月上旬 秩父の旅 その三十六)
道沿いの桜紅葉を車窓より
秋の晴目に荒々しき武甲山
秋の晴秩父の名峰荒々し
晴れ渡る秩父連山薄もみじ 
車窓より仲間と堪能秋景色
秋の晴山の連なる道走行
秋の晴荒川の橋通り過ぐ
くねくねと山道上る秋の旅
秋の旅車対岸の高見へと
秋の旅小鹿野町より秩父市へ

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● 令和二年一月七日 火曜日 
○ 十月日々折々 その三十八 ちちろ虫
《今回の自選代表句と自句自解》

晴れ渡る浦山ダムに虫の声 

 秋の秩父路。旅の二日目。朝から天気が良い。今日の最初の目的地は、国内第6位の高さ(156m)のダムで、重力式コンクリートダムとしては2位の高さがある大ダム・浦山ダム(埼玉県秩父市浦山地先)。赤石(あかいし)トンネルを抜けた先に浦山ダムがあった。ダムに到着し、桜ウォーターパークに車を駐車し、車から降りると虫の声が聞こえた。コオロギの声だ。

(十月上旬 秩父の旅 その三十七)
秋の旅車は荒川対岸に
秋の旅ダムへとのぼる急な坂
秋の旅浦山ダムの道標
秋の旅赤石トンネル潜りゆく
㊟赤石(あかいし)トンネルと浦山ダム・・・赤石トンネルと後台トンネルの間の位置にある「浦山ダム」。この浦山ダムは、荒川水系浦山川に建設されたダムで、洪水被害を軽減したり、水道用水として利用されたり、水不足の防止、放水を利用した発電など多機能な目的を持っている。
晴れ渡る眼下の低山薄もみじ
秋の旅浦山ダムに十時着
㊟浦山ダム・・・浦山ダム(うらやまダム)は埼玉県秩父市浦山地先、荒川水系浦山川に建設されたダムである。
 日本屈指の大ダム【編集】
 ダムは当初堤高165.0mの中央土質遮水壁型ロックフィルダムとして計画されていた。当時から日本では屈指の大ダムであったが後に事業費節減と地質調査の結果から重力式コンクリートダムへの変更が可能となり、堤高156.0mのダムとして施工されることとなった。重力式コンクリートダムとしては奥只見ダム(阿賀野川水系只見川。電源開発株式会社。157.0m)に続き全国2番目の高さを誇り、関東地方ではロックフィルダムの奈良俣ダム(楢俣川・水資源機構)の158.0mに次ぐ規模の堤高を誇る多目的ダムである。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「浦山ダムについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百三十一)》
秋の旅桜ウォーターパーク着く
秋の旅皆上天気に上機嫌
秋の旅車を降りてダム上へ
晴れ渡る浦山ダムに虫の声 
晴れ渡る浦山ダムにちちろ虫

黄葉 (令和2年1月4~5日掲載分)


◎ 黄葉 (令和二年一月四~五日掲載分)
● 令和二年一月四日 土曜日 
○ 十月日々折々 その三十五 秋の晴
《今回の自選代表句と自句自解》

秋の旅出発前に記念写真 

 秋の秩父路。旅の二日目。朝の出立前に、宿「梁山泊」の玄関先で、記念の集合写真を撮った。これも、良い思い出だ。

(十月上旬 秩父の旅 その三十四)
秋の朝おいしい和食に舌鼓
秋の旅食後モーニングコーヒーを
食堂の窓より眼下の秋景色
薄もみじ合間に流れる赤平川(あかびらかわ)
食堂の眼下にゆるゆる秋の川
秋の旅宿にて食後土産買う
秋の旅宿にて仲間と土産買う
旅の宿土産に「胡桃ゆべし」買う
秋の晴朝出発の旅支度
秋の朝鞄手にしてチェックアウト
秋の旅出発前に記念写真 
秋の朝宿の前にて記念写真
秋の晴出立前に記念写真
秋の旅集合写真は宿の前
秋の朝荷物積み込み出立す
秋の旅宿より出立朝九時半
秋の旅宿出発は朝九時半

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● 令和二年一月五日 日曜日 
○ 十月日々折々 その三十六 黄葉
《今回の自選代表句と自句自解》

下道の両側の木立薄黄葉 

 秋の秩父路。旅の二日目。宿を車で出て下道を走行する。山間の木立は薄紅葉。地元の人の話では、今年は紅葉が遅いとのこと。

(十月上旬 秩父の旅 その三十五)
秋の旅浦山ダムへ向け走る
秋の朝赤平川の橋渡る
秋の旅一般道より国道へ
秋の旅車は国道140(イチヨンマル)
㊟国道140号・・・国道140号(こくどう140ごう)は、埼玉県熊谷市から同県秩父市を経由して山梨県南巨摩郡富士川町に至る一般国道である。
 概要【編集】
 埼玉県北部の熊谷市から同県秩父地方を経由して山梨県都甲府市に至り、1993年に編入された区間を経て同県富士川町の国道52号交点に達する。国道に指定されてから1998年までのおよそ半世紀にわたり、埼玉・山梨両県の間に不通区間を抱えていたが、雁坂トンネルの開通に伴って往来が可能となった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅車は国道299(二キュウキュウ)
秋の旅車は国道・一般道
山道の両側に咲く曼珠沙華
空晴し日を浴び舞い飛ぶ秋の蝶
秋晴の秩父の市街地通過して
秋の旅車は県道・下道を
下道の両側の木立薄黄葉 

霧 (令和2年1月2~3日掲載分)


◎ 霧 (令和二年一月二~三日掲載分)
● 令和二年一月二日 木曜日 
○ 十月日々折々 その三十三 薄
《今回の自選代表句と自句自解》

公園の入口付近にコスモスが

 秋の秩父路。旅の二日目。朝六時半、旅仲間らと朝の散歩に出掛けた。そして、「般若の丘公園」に向かう。公園に着くと入口近くにコスモスが咲き誇っていた。

(十月上旬 秩父の旅 その三十二)
収穫の大小の栗袋詰め
散歩中栗の収穫終え先へ
秋の朝仲間と坂道上りゆく
秋の朝坂道上り公園に
公園の入口付近に虫の声
公園の入口付近にコスモスが
公園の入口付近の薄揺れ
秋の旅ここは般若の丘公園
㊟般若の丘公園・・・1996(平成8)年開園。
今から約1500万年前、この付近を含む秩父盆地まで海が入り込んでいた。
この公園のある一帯からは大型海獣パレオパラドキシアや大型魚類チチブサワラの化石が発掘された。所在地 埼玉県小鹿野町般若(はんにゃ)(般若の丘公園公式HPより転載)
(追記)
 公園内には、入り口付近にある木製の巨大な砦の他に、パレオパラドキシアとチチブサワラの像が設置されている。
◎「般若の丘公園について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その六百三十)》
㊟パレオパラドキシア・・・パレオパラドキシア(Paleoparadoxia)は、約1,300万年前に絶滅した束柱目の哺乳類。学名の由来は「古代の不思議なもの(→paradox,難問,矛盾)」の意。 西日本から北米、メキシコまでの太平洋沿岸に生息していた。
特徴【編集】
体長は1.5-2.0mほどで、現在のカバあるいはセイウチに似た姿であったと思われる。海浜でカバのように水辺を歩いたり、水中に潜ったりする生活をしていたと考えられている。基本的に草食動物で、深く潜ることはできなかったと推測される。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅ここは化石の産出地
秋の旅案内板に化石のこと
勉学の秋に秩父の歴史知る
勉学の秋に太古の秩父知る
秋の旅公園内に海獣像
※海獣像・・・大型海獣パレオパラドキシアの像のこと。
秋の旅園に大型魚類像
※大型魚類像・・・大型魚類チチブサワラの像のこと。
秋の旅Iはパチパチ写真撮る
※旅仲間六人・・・SとMとIとYとKと私の六人。
秋の晴砦に上り連山を
砦より見渡す連山朝霧に

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● 令和二年一月三日 金曜日 
○ 十月日々折々 その三十四 霧
《今回の自選代表句と自句自解》

遥かなる連なる山に朝の霧

 秋の秩父路。旅の二日目。朝六時半、旅仲間らと朝の散歩に出掛けた。そして、「般若の丘公園」に向かう。公園内に砦があり、その砦の最上階から、秩父の山々を望む。秩父連山には、うっすらと霧のかかっている山があり、まるで絵画を見ているようであった。

(十月上旬 秩父の旅 その三十三)
遥かなる連なる山に朝の霧
秋の旅ここは化石の産出地
秋の旅公園内に海獣像
秋の旅公園内に魚類像
秋の晴散歩を終えてロビーへと
秋の朝ロビーでテレビと新聞を
秋の旅座して朝刊に目を通す
秋の朝早めに荷造りして休憩
秋の旅宿の朝食七時半
秋の朝旅仲間らと食堂へ
一卓を六人囲む秋の朝
秋の朝宿食堂にて和食食む
食欲の秋朝ご飯お替わりし
食欲の秋すでにご飯は三杯目
秋の朝和の膳旨しと完食す

カマキリ (令和元年12月31日~令和2年1月1日掲載分)


◎ カマキリ (令和元年十二月三十一日~令和二年一月一日掲載分)
● 令和元年十二月三十一日 火曜日 
○ 十月日々折々 その三十一 秋
《今回の自選代表句と自句自解》

秋未明湯桶置く音響きゆく 

 秋の秩父路。旅の二日目。未明に一人で、三度目の温泉に浸かる。静かだ。一人でまったり温泉に浸かる。温泉独り占め。贅沢な時間でもある。体を洗った後に置く湯桶の音だけが浴室に響く。

(十月上旬 秩父の旅 その三十)
浴室のカランを調整秋の宿
※カラン・・・水栓金具の事。お湯と水がひとつの蛇口から出る混合栓も含む。最近の住宅用のカランの形状としては、ハンドルを回すことにより吐水量を調節するハンドル式よりも、レバーひとつで吐水量や吐水温度の調整ができるシングルレバー式のカランが一般的。(デジタル大辞泉より転載)
秋未明湯桶置く音浴室に
秋未明湯桶置く音響きゆく 
秋未明湯桶置く音ひとつのみ
秋の宿歌声響かせ湯に浸かる
秋未明湯に入り額ににじむもの
秋の宿額に汗かき温泉に
秋の宿額に汗かき浸かる風呂
秋の宿額に汗かきまったりと 
秋の旅ゆったりまったり湯に浸かり

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● 令和二年一月一日 水曜日 
○ 十月日々折々 その三十二 カマキリ
《今回の自選代表句と自句自解》

仲間らと木の周辺の栗拾い 

 秋の秩父路。旅の二日目。朝六時半、旅仲間らと朝の散歩に出掛けた。「般若の丘公園」に向かう道脇に、栗の木があり、近くに栗のイガが落ちていた。早速、仲間と栗拾いをした。

(十月上旬 秩父の旅 その三十一)
秋の旅仲間と付近を朝散歩
秋の晴I・K・私ら朝散歩
※旅仲間六人・・・SとMとIとYとKと私の六人。
秋の朝仲間と近くで散歩して
秋の朝宿の近くで散歩する
秋の朝歩いて五分の公園へ
秋の朝鶏の声こだまして
秋の朝遠くに雉の鳴く声が
朝散歩行く道脇にカマキリが 
朝散歩行く道脇に栗のイガ
仲間らと木の周辺の栗拾い 
靴当ててイガ取りなかの栗を採る