石蕗の花(令和3年2月19~20日掲載分)


◎ 石蕗の花(令和三年二月十九~二十日掲載分)
● 令和三年二月十九日 金曜日 
○ 十一月日々折々 その四十三 冬日和
《今回の自選代表句と自句自解》

冬日和児童公園に親子連れ 

 十一月中旬の国分寺の旅。現・医王山国分寺の薬師堂から国分寺公園(児童公園)へ移動した。公園では親子連れが遊んでいた。男の子は元気に動き回っていた。冬日和の午後の公園の情景は、「平和」そのものであった。

(十一月中旬 国分寺散策 その三十七)
冬の旅妻と国分寺公園へ
冬晴の児童公園に親子連れ
冬日和児童公園に親子連れ 
冬の旅公園内に住居跡
冬旅に観る土師竪穴住居跡
㊟土師竪穴住居跡(はじたてあなじゅうきょあと)・・・土師竪穴住居跡(国分寺市)
【名称】土師竪穴住居跡(市指定史跡)
【所在地】東京都国分寺市西元町1-13 国分寺公園内
【概要】
 昭和31年、日本考古学協会仏教遺跡調査特別委員会によって、はじめて武蔵国分寺跡の本格的な発掘調査が行われました。この時、僧寺の金堂・講堂跡とともに薬師堂の西側でも調査が行われ、僧寺の寺域を境する北辺・西遍の両溝跡と寺域の内外より発見された二号竪穴住居跡を史跡指定にしました。
 この住居跡は、規模が4.0m×4.2mのほぼ方形をしており、煮炊きを行った竈が北壁に二ヶ所東壁に一ヵ所設けられていました。住居内部からは完成の土器八点、完成の「セン」一点など多数の遺物が出土しています。
 名称の「土師」は、当時一般的に使用されていた土器の一種類である土師器を指しており、「土師器を使用していた時代の」という意味です。(好奇心いっぱい心旅より転載)
◎「土師竪穴住居跡について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その七百八十九)》
冬の旅園の東屋で小休止
冬の旅公園奥の神社へと
冬の旅八幡神社境内に
※八幡神社・・・武蔵国分寺に隣接してある本村八幡神社。この社のすぐ裏側に小さな児童公園があり、公園の片隅には竪穴住居跡が残されている。
冬の晴鳥鳴く声する八幡社
冬日和鳥の鳴く声よく響く

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● 令和三年二月二十日 土曜日 
○ 十一月日々折々 その四十四 石蕗の花
《今回の自選代表句と自句自解》

冬の旅せせらぎ耳に歩きをゆく 

 十一月中旬の国分寺の旅。現・医王山国分寺から程近いお鷹の道を歩く。せせらぎの音が清らかな音を響かせる。実にいい雰囲気だ。

(十一月中旬 国分寺散策 その三十八)
幾種もの鳥鳴く声聞く冬の旅
冬の旅参道の左右に石灯篭
参道の枯葉踏み行く老夫婦
冬の旅鳥居を潜り道路へと
冬の旅階段下り道路へと
冬の旅本多家の墓道脇に
本多家の墓の路傍の枯葉踏み
冬日浴び楼門脇の道進む
冬の旅妻とお鷹の道に入る
㊟お鷹の道・・・お鷹の道・真姿の池湧水群(おたかのみち・ますがたのいけゆうすいぐん)とは東京都国分寺市西元町の武蔵野台地国分寺崖線によって形成されるママがハケに沿って用水となっている、武蔵野台地の代表的な景観の場所であり1985年(昭和60年)名水百選に選定された[1]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
お鷹の道・真姿の池湧水群について
 お鷹の道・真姿の池湧水群は、環境省選定の名水百選の一つです。国分寺市内には潤沢な湧水地帯が形成されており、特に真姿の池近くの湧水は水量豊か。湧水の一部は池に流れ込み、残りは水路を100mほど流れ、野川の支流の小さな清流に注ぐ。清流沿いの約400mの小径がお鷹の道。江戸時代に、周辺が尾張徳川家の鷹場であったことから名づけられました。
 真姿の池の由来は、嘉祥元年(848年)、絶世の美女といわれた玉造小町が病気に苦しみ、病の平癒を願い全国行脚をした際に、武蔵国分寺で願をかけたところ、「池で身を清めよ」との霊示を受けて快癒したとの言い伝えによります。現在は池の中央に弁財天が祀られています。都指定名勝、都名湧水57選。(じゃらんネットより転載)
(追記)
 江戸時代にこの辺りは尾張徳川家のお鷹場(鷹を使って狩りをする場所)に指定されていた事から名付けられた。(趣意は案内板より)
※お鷹場・・・江戸城を中心に五里(20km) 以内のエリアは幕府の「御拳場」(おこぶしば=鷹場)、寛永10年(1633年)にその外側を尾張藩・紀州藩・水戸藩の徳川御三家などの鷹場としています。 
 御三家筆頭の尾張藩は武蔵野に広大な鷹場を有し(境界を示す83本の石杭を建立)、東は朝霞市、西東京市(保谷に5本の境界を示す石杭が現存)、練馬区大泉、南は三鷹市、小平市、立川市、国分寺市、西は青梅市、埼玉県入間市、狭山市、坂戸市、北は志木市、富士見市までに及んでします。(「東京とりっぷ」より転載)
◎「お鷹の道・真姿の池湧水群ついて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その七百九十)》
冬の旅せせらぎ耳に歩きゆく 
お鷹の道用水脇に石蕗の花
行く道は紅や黄色の冬のモミジ
お鷹の道路傍の生垣冬紅葉
冬のお鷹の道行き長屋門
冬の旅目に旧本多家長屋門
㊟旧本多家長屋門・・・お鷹の道の西端には、武蔵国分寺の本堂などがありますが、この手前には「旧本多家長屋門」があります。ここは、「お鷹の道湧水園」となっていて、園内には武蔵国分寺資料館があり、歴史的な出土品などを見ることができます。園内の入り口にとなっているこの「旧本多家長屋門」は、修復作業が終わりさらに風格を増しました。
 真姿の池湧水群の一つがこの園内から流れ出ていて、湧水園の西門近くから水路となってお鷹の道沿いに流れます。(地元の地形と歴史と知るサイトより転載)
(追記)
 おたかの道湧水園・武蔵国分寺跡資料館の入口は長屋門(国登録有形文化財)になっている。旧本多家(国分寺村の名主)住宅長屋門。弘化5(1848)年建築。桁行15m、梁間4.5mの木造2階建、東西棟の寄棟造鉄板葺。中央を門口とし、東側に座敷、西側に物置を配する。(関東で奈良を感じるツアーサイトより転載)
◎「旧本多家長屋門について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その七百九十一)》
冬の旅ここは名主の長屋門