夏空 (令和2年8月13~14日掲載分)


◎ 夏空 (令和二年八月十三~十四日掲載分)
● 令和二年八月十三日 木曜日 
○ 五月日々折々 その四十八 夏空
《今回の自選代表句と自句自解》
夏空を背にして聳える五重塔 

 初夏の五月下旬にあじさい寺の本土寺の境内の散策を楽しむ。メインの境内から寺の五重塔を眺める。夏空を背に聳え建つ五重塔が美しい。木々の緑に囲まれて更にその美しさを増す。神々しい姿がそこにある。

(五月下旬 あじさい寺 本土寺の紫陽花 その九)
花菖蒲愛でつつ向かう五重塔
本土寺の塔の周囲の木々緑
夏空を背にして高き五重塔
夏空を背にして聳える五重塔 
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の『「続・夏の写真」の「あじさい寺 本土寺の紫陽花」(五月下旬)』に「夏空を背の五重塔(松戸市内の本土寺)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
五重塔木々の緑に囲まれて
日光と緑の塔の神々し
初夏の日に神々しきかな五重塔
初夏の旅塔の隣に鐘楼が
※鐘楼・・・二間四面、茅葺。梵鐘は建治四年(1278)の鋳造銘があり、県下第二の古鐘。昭和五十二年に国重要文化財に指定され、実物は宝物殿の中に保管されている。(本土寺HPの境内ご案内より転載)

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● 令和二年八月十四日 金曜日 
○ 五月日々折々 その四十八 初夏
《今回の自選代表句と自句自解》

初夏の旅墓所木漏れ日に明るくて 

 初夏の五月下旬にあじさい寺の本土寺の境内の散策を楽しむ。本堂から徳川家康の側室の秋山夫人の墓所の墓参りをする。墓所は、木洩れ日を浴びて、割と明るかった。脳裏に水戸徳川光圀の想いを浮かべながら墓参を済ませた。合掌。

(五月下旬 あじさい寺 本土寺の紫陽花 その十)
初夏の日を浴びて妻連れ本堂へ
※本堂・・・間口八間、奥行十間、木造銅板葺、御本尊は一尊四士。
慶安四年(1651)に小金城主一族の恵了院日修が息女の菩提を祈って
造立したと記録されている。
 もともとは祖師堂であったが、明治十五年宗祖六百遠忌に場所を移し本堂とし、
昭和五十二年宗祖七百遠忌に時に五間四面の拡大改造され今日に至る。(本土寺HPの境内ご案内より転載)
本堂の前にて合掌初夏の日に
初夏の日に妻と楽しむプチ旅行
初夏の旅妻連れ本堂より墓所へ
初夏の旅墓所木漏れ日に明るくて 
初夏の旅秋山夫人の墓所詣で
※秋山夫人の墓所・・・秋山夫人は、甲斐(かい)武田家の家臣秋山虎康(とらやす)の娘で、名を「お都摩(おつま)」といいました。武田家が滅んだ後、15歳で徳川家康の側室となり、後に小金3万石の領主となる信吉(のぶよし)を産みます。お都摩の方は、天正(てんしょう)19年(1591年)に24歳の若さで病没し、本土寺の参道脇に葬られました。
 後年、信吉の甥にあたる水戸徳川光圀(みつくに)(黄門)が、鷹狩りのため松戸地方を訪れた際にこの墓を発見し、本土寺の本堂脇に立派な墓石を建て、手厚く供養しました。なお本土寺には、お都摩の父・秋山虎康も葬られています。(松戸市HPの観光サイトより転載)松戸市指定文化財
◎「秋山夫人の墓所とは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その七百二十一)》
初夏の日に水戸の光圀の想い知る
初夏の日の墓参り終え寺を辞す

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