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zoom RSS 十夜会 (平成29年1月29〜30日)

<<   作成日時 : 2017/01/28 02:20   >>

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◎ 平成二十九年一月二十九〜三十日 十夜会

● 平成二十九年一月二十九日 日曜日
○ 十一月日々折々 その十三 十夜会

《今回の自選代表二句と自句自解》

十夜会の稚児さんの手に蓮の花  

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。練行列(ねりぎょうれつ)の後ろに二十名程の稚児の列が続く。お稚児さんの手には蓮の花が握られている。

十夜会の稚児の額に位星 

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。練行列(ねりぎょうれつ)の後ろに二十名程の稚児の列が続く。
お稚児さんの額に黒くて丸い位星(くらいほし)が施されていて、とても可愛い。

(十一月下旬 開山上人五百年遠忌併修十夜法要D)
十夜会や列に随喜寺院の僧
十夜会や列に式衆の僧侶たち
十夜会や施主の住職正装し
十夜会や住職に傘差し随行 
十夜会や旗持ち幟を高だかと
十夜会や幟に五百年遠忌
旗持ちの幟に併修十夜会と 
十夜会やお稚児さん達列なして 
十夜会や親の中には稚児と手を  
十夜会の稚児さんの手に蓮の花  
㊟稚児・・・稚児(ちご)には、概ね、以下の意味がある。
 本来の意味の稚児で乳児、幼児のこと。「ちのみご」という言葉が縮んだものと考えられる。後に、6歳くらいまでの幼児(袴着・ひもとき前)に拡大される。袴着・ひもとき〜元服・裳着の間の少年少女は「童」(わらは・わらべ)と呼ばれた。
・大規模寺院における稚児 → 下記 大規模寺院における稚児 参照 転じて、男色の対象とされる若年の男性の意。
・祭りにおける稚児 → 下記 祭りにおける稚児 参照

大規模寺院における稚児[編集]
 烏天狗と牛若丸(鞍馬寺の稚児)
平安時代頃から、真言宗、天台宗等の大規模寺院において、剃髪しない少年修行僧(12〜18歳くらい)が現れはじめ、これも稚児と呼ばれるようになった。皇族や上位貴族の子弟が行儀見習いなどで寺に預けられる「上稚児」、頭の良さを見込まれて世話係として僧侶に従う「中稚児」、芸道などの才能が見込まれて雇われたり腐敗僧侶に売られてきた「下稚児」がいた。禅宗では喝食と呼ばれた。
 髪形は垂髪、または、稚児髷で、平安貴族女性と同様の化粧をし(お歯黒も付ける場合もあった)、極彩色の水干を着た。又、女装する場合もあり、その場合、少女と見分けがつきにくかった。
 真言宗、天台宗等の大規模寺院は修行の場であるため山間部にあり、また、女人禁制であるため、このような稚児はいわば「男性社会における女性的な存在」となり、しばしば男色の対象とされた(ただし上稚児は対象外)。中世以降の禅林(禅宗寺院)においても、稚児・喝食は主に男色、衆道、少年愛の対象であった。
 特に、天台宗においては「稚児灌頂」という儀式が行われ、この時に「○○丸」と命名された。これを受けた稚児は観音菩薩と同格とされ、神聖視された。
 室町時代に書かれた「お伽草子」には僧侶と稚児の恋愛や稚児が観音菩薩の化身として現れる“稚児物”と呼ばれる作品群があり、また稚児を巡る社会風潮を批判するために書かれた『若気嘲弄物語』のような作品もあった[1]。
 また、大法会の際に舞楽、散楽、延年を上演する場合が多く、他の寺の僧侶からも注目を集めた。
 これらの稚児は成人に達すると還俗する場合が多いが出家して住職となった者もいたらしい。(中略)
稚児出身の歴史上の人物[編集]
源義経(鞍馬寺、牛若丸・遮那王)
武蔵坊弁慶(比叡山→書写山、鬼若丸) (中略)
祭りにおける稚児[編集]
 現代においては、祭りの中で、特徴的な化粧(厚化粧の場合が多い)をし、揃いの、または決められた衣装を着た少年少女(概ね小学生以下)が稚児と呼ばれる場合が多い。
 ただ、稚児と呼ぶかどうかは祭りの主催者によって一定しない場合が多く、鶴岡八幡宮例大祭の八乙女・童子や花巻市の花巻まつりの囃子方のように、見た目が稚児であっても稚児と呼ばない場合がある一方で、姫路市の姫路ゆかたまつりのように、素顔にゆかた(袴無し)の場合でも稚児と呼ばれる場合もある。
 
服飾・化粧[編集]
 稚児の衣装は概ね平安装束(神官装束、巫女装束)か、それを大幅に簡略化した稚児装束の場合が多く、また袴は不可欠と考えられる。少年は烏帽子、少女は天冠を被る場合が多い。持ち物としては舞扇、蓮・桜・紅葉・等の造花等が多い。
 化粧は額に「アヤツコ」と呼ばれる、まじないの意味がある模様、または「位星(くらいほし)」と呼ばれる丸を黒、または赤で入れ、鼻筋を白く塗るのが基本だが、それ以外は、ほとんど素顔、口紅を塗るだけの場合から、大人のフォーマルと同様の厚化粧、歌舞伎舞踊と同様の舞台化粧(極稀にお歯黒を付ける場合や引眉する場合がある)、バレエと同様な洋風の厚化粧、と結構様々である。これらの化粧・服飾は単なる装飾ではなく、神性・神聖・神秘・等の意味合い・意味付けがあり、また通過儀礼の意味があるともされる。
(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「稚児について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百七十三)》
十夜会の水干の稚児さんの手に蓮を
十夜会の男児の頭に烏帽子
十夜会の稚児の額に位星(くらいほし) 
十夜会の女児の頭に天冠が
十夜会の行列の稚児愛らしく
十夜会の稚児の写真を親御さん
十夜会にパチパチ写真を親御さん
十夜会にビデオ撮りする親御さん
十夜会に寺の近くの道を練る
十夜会に行列国道練り歩く

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 平成二十九年一月三十日 月曜日 
○ 十一月日々折々 その十四 十夜僧

《今回の自選代表二句と自句自解》

十夜寺練行列後に庭儀式  

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。練行列(ねりぎょうれつ)を終えてすぐに、庭儀式が厳かに執り行われた。

十夜会や本堂に入り堂内式  

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。練行列(ねりぎょうれつ)と庭儀式に続いて、寺本堂での堂内式に移行した。

(十一月下旬 開山上人五百年遠忌併修十夜法要E)
十夜会やお練りはやがて境内に
十夜寺練行列後に庭儀式  
十夜寺僧らと信徒ら境内に
十夜会や寺境内に百有余
十夜寺庭で開経偈・四誓偈を
十夜会や読経の声が境内に
十夜会や合掌姿の僧・信徒
十夜寺境内音木(おんぎ)の音響く
リズムとる音木の音は冬空へ
十夜寺庭にて十念・摂益文
お十夜の庭儀式終え児らの声
二十余の稚児たち頑張る十夜会に
二十余の稚児たち頑張る冬の日に 
十夜会や本堂に入り堂内式  
十夜会や続いて堂内式差定
十夜会や司式の僧侶開式と 
喚鍾や鍾打ち鳴らす十夜僧
十夜会や連打の鍾の音本堂に
十夜会や「月影」詠唱入堂時
十夜会や住職・僧侶ら入堂す


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