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プロフィール

ブログ名
飯島治蝶の俳句ブログ(大人気・上位ランキング中)
ブログ紹介
「人と自然 そして 旅と歴史」を主なテーマとした俳句プログです。
マイペースで毎日更新して掲載しています。くつろぎながら、ご覧頂ければ幸いです。俳句作家(俳句楽者)・飯島治蝶(いいじま じちょう)の俳句ワールドをどうぞご堪能下さい。
※《マイペースについて》
 月日のたつのが早いことのたとえに「光陰矢の如し」という諺があります。一年(春・夏・秋・冬)は、アッという間に過ぎ去ってしまいます。日々に追われる生活よりも、一度しかない人生を思い出の多いものにしたいという思いで、俳句を詠ませて頂いています。謂わば、生きた証の思い出綴りの俳句ブログという一面があります。人生賛歌のスローライフの俳句に、ご理解して頂ければ幸いです。

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◎ 所属
 ○ 『さくらの会』(「気」と俳句の会)
     [元・花冠(旧水煙)同人]
 

≪備考≫
 この俳句ブログは、飯島治蝶の第三章です。 なお、第一章《アドレスhttp://blog.goo.ne.jp/suien01》及び第二章《アドレスhttp://blog.goo.ne.jp/suien06》については、上記のアドレスをクリックすれば御覧頂けます。

《お礼》
ブログランキングサービスの提供サイトのひとつである旧「ブログセンター」(GMO Media)が、2011年3月末日でサービス終了となり、閲覧が出来なくなりました。いままで、ご愛顧頂き、誠にありがとうございました。私の「治蝶俳句ブログ」はお陰様で、俳句ブログランキング第一位のままで終了することができました。ご愛顧下さいました皆々様に厚くお礼申し上げます。
 
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犬ふぐり  (平成24年5月20日 日曜日)

2012/05/20 01:05
《今日の自選代表句と自句自解》

学び舎の田畔にちんまり犬陰嚢 

 学校には、小さないがらも二枚の田圃がある。その間の畔道に青い草が生えだした。枯れ草の中の青い草に雑じり小さくまとまって犬ふぐりが咲いていた。新鮮な春の到来を実感した。


○ 二月日々折々 その十九 (十七日 その三)

雪解けの学び舎の庭に遊べる児

よく晴れて学び舎の池の水温む

よく晴れて庭の淡雪直ぐ解けて

雪解やぬかみ多き校庭に

雪解や庭に幾つも水溜まり

春の日を浴びて庭掃く子ども達

掃除してうっすら汗ばむ春日かな

よく晴れてぽかぽか陽気の春の午後

㊟総合・・・日本の総合的な学習の時間(そうごうてきながくしゅうのじかん)は、児童、生徒が自発的に横断的・総合的な課題学習を行う時間である。学習指導要領が適用される学校のすべて(小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校)で2000年(平成12年)から段階的に始められた。総合学習(そうごうがくしゅう)ともいわれる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

総合の学習二月の五時間目

春の午後次第に校庭乾きゆく

校庭の隅の草叢に犬ふぐり

学び舎の日向の裏庭草青む

学び舎の田んぼの畔に草青む

学び舎の田圃の畔の草青む

学び舎の田圃の畔道草青む

学び舎の田畔にちんまり犬陰嚢

草青む庭に山盛りもぐら塚

草青む庭に山盛り土竜塚

学び舎の庭の紅梅咲き初むる

青を背に庭の紅梅咲き初むる

青を背にほっこり紅梅花開く

青を背に響く囀高きかな

青空に囀り鳥の姿点に

青空に囀り鳥は点となり

日影かな午後の校庭に斑雪

春うらら午後の晴れ空にスカイツリー

㊟スカイツリー・・・東京スカイツリー(とうきょうスカイツリー、Tokyo Sky Tree)は東京都墨田区押上にある電波塔(送信所)である。2008年7月14日に着工し、2012年2月29日に竣工した。ツリーに隣接する関連商業施設・オフィスビルの開発も行われており、ツリーを含めたこれらの開発街区を東京スカイツリータウンと称する。2012年5月22日に開業予定。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

春の午後帰りの会終え児ら下校

春の午後初任者授業研究会

就く家路駅前通りに春灯

帰り道雨の降り出す春の宵

春雨や傘を差さずに就く家路

白じろと真夜に降り出す春の雪

玄関の蛍光灯浴ぶ春の雪

春の雪予報は明日の未明まで
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淡雪 (平成24年5月19日 土曜日)

2012/05/19 00:01
《今日の自選代表句と自句自解》

淡雪や花壇に三色見え隠れ 

 学校の花壇に三色菫(パンジーの別名)が咲いている。今朝は春の淡雪に
やんわりと覆われて、三色菫の花びらが見え隠れしている。

㊟パンジー・・・スミレ科の半耐寒性一年草。和名をサンシキスミレ(三色菫)とよぶが、これは学名ビオラ・トリコロルを訳したものである。日本ではこの系統のものをすべてパンジーの名でよんでいるが、欧米では、ビオラ・トリコロルのうち園芸品種の系統をパンジーとよび、野生種の系統はハートシーズheartseaseとよんで区別している。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)


○ 二月日々折々 その十八 (十七日 その二)

学び舎のパンジー花壇に雪淡く

淡雪の花壇に三色見え隠れ

淡雪や花壇に三色見え隠れ

淡雪の花壇の傍を登校子

淡雪の花壇の傍を黄の帽子

淡雪の花壇の傍行く登校子

学び舎の小池の橋に春の雪

春の朝雪の校庭に部活の子

春の雪積もりし庭に部活の子

春の雪積もりし庭に子らの声

春の朝次第に晴れ行く気配して

校庭に砂場に白く春の雪

校庭の松にうつすら春の雪

校庭に咲く紅椿に雪白く

校庭の紅の椿に白き雪

紅椿葉にも花にも雪の白

ふらここの上にうつすら積もる雪

雪払いふらここ高く漕ぐ子かな

二ン月に「重さ」を学ぶ三年生

二ン月に秤を学ぶ三年生

よく晴れて九時の春空青広ぐ

よく晴れて次第に解けゆく春の雪

初任者の精練授業二ン月に

二ン月に精練授業の物語

教室の日射暖か春の昼

春うらら二月生まれの誕生会

春うららカーテン閉める給食時

春の昼給食のシチュー子らと食み
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春の雪 (平成24年5月18日 金曜日)

2012/05/18 01:21
《今日の自選代表句と自句自解》

春の雪竹をたわわに撓らせて

 昨夜降った春の雪が、今朝も残っている。水分の多い春の雪の重さで、竹林の竹がお辞儀でもしているかのように撓っている。竹林全体が、お辞儀している。


○ 二月日々折々 その十七 (十七日 その一)

鞄手に春寒の朝出勤す

今年また春寒の日々続きをり

春の朝昨夜の降雪白じろと

白じろとパンジー雪に覆われて

春寒の坂川水尾曳く番鴨

㊟坂川・・・坂川(さかがわ)は、千葉県を流れる江戸川水系の河川。北千葉導水路の一部としても使われている。流山市と松戸市、市川市の三市を流れ、江戸川にそそぐ。流路 流山市野々下二丁目付近に水源を発し、南に流れる。(Feペディアより転載)

春寒の朝に水尾曳く番鴨

白じろと私鉄沿線に残る雪

通勤路車窓の家並みに残る雪

下車駅の前の空き地に残る雪

公園の広場の残雪白じろと

春の雪広場にふんわり積もりをり

踏み行けばくしゃくしゃしている春の雪

雪なれどどこか水っぽい春の雪

囀の中を雪踏み行く広場

春の雪畑を一面白くして

ぐしゃぐしゃの農道脇に残る雪

お辞儀する笹の葉上に春の雪

春の雪一面白き梨畑

春の雪轍くっきりと農道に

紅椿上にふんわり白き雪

紅椿雪の妖精に囲まれて

紅椿雪の妖精に包まれて

畑にも農家の屋根にも残る雪

竹林を丸々かしがす春の雪

春の雪竹をたわわに撓らせて

蜜柑生る木々に真白き春の雪

学び舎の崖に積もりし春の雪
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鞦韆 (平成24年5月17日 木曜日)

2012/05/17 02:28
《今日の自選代表句と自句自解》

ブランコを空へと男児高く漕ぎ

 小学校の校庭にあるブランコで、休み時間に子ども達が遊んでいる。四つあるブランコのなかで、ひと際高く漕いでいる男の子がいた。すぐ近くで見ると、まるで春の大空へ漕ぎだしていくかのようにみえる。「元気があっていい。春だもの。」と思ってみていたが、そのうちあまりに高く漕ぎ過ぎて、その子のブランコが弓なりになった。思わず、「あぶないから、もうやめな!」と注意せざるを得なかった。さすがは、男の子と思いながら・・・。


○ 二月日々折々 その十六(十五日 その二)

教室に卒業までの日の数が

二ン月に役員決まる児童会

㊟児童会・・・児童会は、学校の全児童をもって組織され、教員の適切な指導の下に、学校生活の充実と向上のために諸問題を話し合い、協力してその解決を図る活動を行う。発達途上にある児童を対象とする組織であるため、児童会の運営は主に高学年の児童が行うものとされている。小学校学習指導要領の「第4章 特別活動」に説明がされている。中学校、高等学校では生徒会、大学では、学生自治会という。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

二月かな当選公示に赤き花

春の朝学級アルバムめくる児ら

二ン月にクラスのアルバムめくる児ら

春の朝児ら「手のひらを太陽に」を

㊟「手のひらを太陽に」・・・「手のひらを太陽に」(てのひらをたいように)は、日本の童謡。作詞はやなせたかし、作曲はいずみたく。1962年にNHK『みんなのうた』で放送された。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

二ン月に児ら手話付けて朝の歌

二ン月に漢字のテスト受ける児ら

二ン月に昔のくらし児ら学び

学校の二月の予定に発表会

二ン月に発表会のリハーサル

二ン月に招待状を作る児ら

二ン月に児ら親向けの招待状

児らと食む給食サラダに春野菜

給食中笑む子にえくぼ春の昼

春の昼児らのお替わり多きかな

校庭のふらここ高く漕ぐ子かな

ぶらんこを男児空へと高く漕ぐ

ブランコを空へと男児高く漕ぎ

縦横にふらここ揺らす男の子

縦横にブランコ揺らす男の子

鞦韆(しゅうせん)や童は俄か軽業師

「春が来た」元気に歌う子校庭に

㊟「春が来た」・・・「春が来た」は、 明治43年(1910年)に「尋常小学読本唱歌」で発表された日本の童謡・唱歌で、岡野貞一作曲、高野辰之作詞による唱歌の名曲である。

校庭に春の童謡歌う子ら

二ン月に思い思いの昼休み

春の日に児らハードルを跳ぶ練習

㊟ハードル・・・陸上競技のハードル競走で、コースに置く障害器具。台のついた木製のわく。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

囀や鞄手にして家路就く

囀やラジオの音する梨畑

春耕や畑の中を耕運機

春耕や薄闇の中を耕運機

春耕や宵闇の中を耕運機
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猫柳 (平成24年5月16日 水曜日)

2012/05/16 00:01
《今日の自選代表句と自句自解》

猫柳枝に群がる銀の粒

 農道を歩いて行くと、とある広畑の隅に猫柳を見つけた。銀色の毛の花穂で、すぐに猫柳と分かった。枝に群がるように銀色の花穂の粒をつけている。

㊟猫柳・・・ネコヤナギ(猫柳、学名:Salix gracilistyla)は、ヤナギ科ヤナギ属の落葉低木。山間部の渓流から町中の小川まで、広く川辺に自生する、ヤナギの1種である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)


○ 二月日々折々 その十六(十五日 その一)

春の朝雨上がりの道勤務地へ

春の朝しっとり濡れてる通勤路

フェンス越し狭き花壇に咲くパンジー

春の朝水鳥群し街の川

春の朝川に水鳥群れ泳ぐ

春の朝鳥の水尾曳く街の川

春の朝不意に水鳥の声響く

春の朝水鳥餌の争奪戦

春の朝気温の上がる気配して

春の朝下車駅の空に射す薄日

幾種もの囀り広場の空響く

幾種もの囀り広場の朝空に

囀の響く広場に人誰も

雨上がり春耕の畑黒ぐろと

雨上がり春耕の畑に足の跡

春の朝ぬかるむ農道歩きゆく

春の朝寒さの緩む通勤路

行く農道畑の隅に猫柳

猫柳枝に群がる銀の色

猫柳枝に群がる銀の粒 

春来たる広き畑に銀の色

しっとりと濡れてる春の畑かな

春野菜畑に列成し青あおと

春の朝雨上がりの坂児と上り

春の朝雨上がりの坂児と共に 

春の朝今日も元気な子ども達

校庭を児ら駆け回る春の朝
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バレンタインデー (平成24年5月15日 火曜日)

2012/05/15 00:01
《今日の自選代表句と自句自解》

二ン月に古女房よりチョコレート

 毎年欠かさず頂く妻からのバレンタインチョコ。早いものでいつの間にやら結婚生活四十年程になる。いつも感謝し、有難く頂いている。合掌。


○ 二月日々折々 その十五 (十四日)

チョコレート頂くバレンタインの日

㊟バレンタインの日・・・バレンタイン‐デー【Valentine Day】2月14日。270年ごろローマで殉教したテルニーの主教聖バレンティヌスの記念日。ローマの異教の祭りと結びついて女性が男性に愛を告白する日とされるようになり、日本ではチョコレートを贈る風習がある。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

二ン月に妻より頂くチョコレート

春の朝古女房よりチョコレート

二ン月に古女房よりチョコレート

愛の日に古女房よりチョコレート

二月かな孫の高校受験日

孫の高校受験の日二月かな

今日孫の二月の高校受験の日

今日孫の高校受験の春日かな

二ン月の県立高校受験の日

二ン月の前期選抜受験の日

㊟前期選抜・・・ 千葉県の公立高校入試は、前期選抜と後期選抜に分けて実施される。前期選抜は全日制および定時制の課程のすべての学校・学科で実施され、普通科で募集定員の30?60%、専門学科で50?80%を選抜する。

二ン月の高校五教科受験の日

二ン月に東北未だに続く地震

音立てて不意に降りだす春の雨

孫帰宅バレンタインデー賑やか

バレンタインデーの我が家に笑い声

孫娘二月の明日は面接と

娘より生チョコレート二ン月に

バレンタインデーに血糖値の話

バレンタインデーに家族で手作りチョコ

バレンタインデーに男女で手作りチョコ

コーヒーの豆を挽く音聞く二月かな

生チョコと珈琲をバレンタインの日

生チョコを頬張るバレンタインの日

皆チョコを頬張るバレンタインの日

二月かないつの間にか孫声変わり

育つ孫ズボン短い二月かな
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春夕焼 (平成24年5月14日 月曜日)

2012/05/14 00:01
《今日の自選代表句と自句自解》

試合後に学童遊ぶ春の庭 

 サッカーの対外試合が終わり、サッカー選手達も下校した校庭に、放課後学童クラブの子ども達が、空くその時を待っていたかのように校庭に出て来て遊び出した。春になり日も伸び始めたのでまだ校庭も明るい。学童の子ども達は、親が迎えに来るまで少しは春の校庭で遊べそうだ。

㊟学童クラブ・・・学童クラブ(がくどうクラブ)は、学童保育を行う地方自治体、民間などにより設置・運営される施設。児童クラブや学童保育所ということもある。基本的に小学生が、放課後、帰宅しても家に誰もいない場合、保護者等が仕事が終わるまで、預かり、学習や遊びを援助、世話する施設。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)


○ 二月日々折々 その十四(十三日 その二)

賞状を児童受け取る春の午後

春の午後児ら帰り支度ざわざわと

春の午後帰り支度をざわざわと

授業後の帰り支度や春の午後

児ら下校教室静かな春の午後

サッカーの練習試合を二ン月に

サッカーの練習試合をする二月

ミニバスの練習試合を二ン月に

二ン月に球技の対外試合して

試合中選手ら駆ける春の庭

二ン月の対外試合に親応援

優勢に試合進める春の庭

春の庭シュートが決まり湧く歓声

春試合シュートが決まり児ら勝利

ミニバスも勝利し終わる春試合

教室に夕日差し込む二月かな

春の夕日射しに教室窓光る

春の夕差し込む日射しに光る窓

下校子の背を押すように春夕焼

下校子の背を押すやうに春夕焼

試合終え学童遊ぶ春の庭

試合後に学童遊ぶ春の庭

試合後に学童サッカー春の庭

試合後の学童サッカー春夕焼

時忘れ暫し見惚れる春夕焼

春夕焼梨畑より立つ煙

春夕焼農夫の動く梨畑

帰り道鼠とバッタリ春の宵

春の宵農家の多き道帰る

春耕の道を歩いて就く家路

春耕の農道歩いて就く家路

駅前の街の灯明るき春の暮

春の暮空は再び雲りゆく

春の夜に雨の降りだす気配して
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囀 (平成24年5月13日 日曜日)

2012/05/13 03:43
《今日の自選代表句と自句自解》

俳句集児ら来てめくる春の朝

 俳句を子どもの達に指導して、子どもの作品をまとめて、「俳句作品集」として綴っている。春の朝、始業前に子ども達が数名で顔を突き合わせてその「俳句作品集」を読んでいる。思えば昨年の春から始めて、夏・秋・冬が過ぎ、今季節は、また新たな春となった。子ども達にとって、ほぼ一年近い思い出が詰まった「俳句作品集」である。今日もまた、朝から子ども達から幾つもの投句があった。


○ 二月日々折々 その十三(十三日 その一)

今朝はまた春は名のみの寒さかな

春寒し両の手かじかむ出勤日

公園の厠にひと挿し紅椿

行く農道野鳥の群れて囀れり

剪定後梨の畑の空広し

春の朝声上げ駆け行くサッカー部

春寒し部活の児らの溌剌と

寒き春児ら「おはよう」の声大き

春の朝児ら見る俳句作品集

俳句集児ら来てめくる春の朝

三年生二桁掛け算二ン月に

体育の準備運動春の庭

校庭の木立に囀高きかな

肋木の上まで登る児春の空

㊟肋木(ろくぼく)・・・柱の間に多数の丸い横木を通した体操の固定用具。懸垂・足掛けなどをする。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

短縄を跳ぶ児の頬に春の風

春の日の業間休みに鬼ごっこ

二ン月に発表会のリハーサル

春の昼児らと給食のコッペパン

㊟コッペパン・・・《和製語。コッペは、切った意の(フランス)coupからか》やや細長い小山形の白パン。コッペ。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

春愁やコッペパン手の少年記

春の庭思い思いに遊ぶ児ら

春の庭思い思いに児ら遊び

春の庭思い思いの昼休み

春の庭いつの間にやらよく晴れて

春空にヘリコプターの音響き

春の午後掃除する児ら腕まくり

春の午後掃除終え児ら教室へ

春の日に音読練習五時間目

教科書を手にして音読春の午後

春の午後児らの音読の声響く
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霞 (平成24年5月12日 土曜日)

2012/05/12 04:53
《今日の自選代表句と自句自解》

富士の嶺霞のなかにうつすらと

 春霞のなかに、霊峰の富士山がうっすらと聳え立っている。学び舎の坂の上から春らしい景色が見られた。


○ 二月日々折々 その十二(十日 その二)

通勤路畑に列成すほうれん草

広畑の一画埋める菠薐草

富士山とスカイツリーに春霞

春霞白き富士の嶺うつすらと

富士の山霞のなかにうつすらと

富士の嶺霞のなかにうつすらと

校庭の上空浮かぶ春の雲

春の雲部活の子らの上空に

あいさつをする子ら春の朝日浴び

学び舎の庭の花壇に咲くパンジー

二ン月の廊下の掲示に児の版画

二ン月の生活目標教室に

二ン月の目標「体をきたえよう」

唄歌う子供ら春の朝日浴び

歌う子に春の朝日の眩しくて

明るさにカーテン閉ざす春の朝

二ン月に児ら跳び箱の七段を

二ン月に「ゆかいな木きん」児ら合奏

二ン月の予定に学習発表会

二ン月に発表会の児ら準備

春の日の給食につく焼き魚

給食の話題の弾む春の昼

よく晴れてポカポカ陽気の春の昼

春めきて午後の気温は急上昇

春の昼砂場で児らの砂遊び

春の昼トンネルを掘る砂遊び

春霜の庭のあちこちに二年生

二ン月に遊具の長さ測る児ら

二ン月に長さの学習二年生

春霜の解けし庭に児の足の跡

春霜の解けし庭に児の足跡が

春霜の解けし農道歩きゆく

春霜の解けし農道帰り道

浅き春夕べの風の寒寒と
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黄水仙 (平成24年5月11日 金曜日)

2012/05/11 00:01
《今日の自選代表句と自句自解》

晴れ空にぷっくり白き春の雲

 晴れた春空に、ぷっくりとした白い雲が幾つか浮かんでいる。まだ寒さが残っているけれど、ようやく春らしい空が見られるようになった。


○ 二月日々折々 その十一

(九日)

春の朝良く晴れ空の青あおと

春の朝市場へ妻と買い物に

春の朝車走らせ行く市場

行き付けの花屋に立ち寄る春の朝

行き付けの花屋の店内花の春

行き付けの花屋に鉢植え黄水仙

早咲きの桜花屋の一画に

春の朝生鮮食品売り場へと

㊟生鮮食品・・・生鮮食品(せいせんしょくひん)とは、生鮮(新鮮)であることが求められる食品のことである。具体的には青果(野菜・果物)、鮮魚、精肉などの食材を指し、一般的に加工食品は含まれない。(Feペディアより転載)

春先に車にどっさり食料品

春朝日市場の気温上がりゆく

春風に市場の幟揺れ動く

揺れ動く幟春の日煌めかせ

春風に揺れる幟に「チーバくん」

㊟チーバくん・・・チーバくんは、千葉県のマスコットキャラクターである。2010年開催のゆめ半島千葉国体・ゆめ半島千葉大会のマスコットキャラクターとして考案され、2011年1月1日に千葉県のマスコットキャラクターとなる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

早春の市場の隅に直売所

直売所菜の花の束売られをり

十時には気温の上がる春日向

帰宅して自宅の植木剪定す

用事終え自宅の植木剪定す

梅の樹や今年は家の花遅し

(十日 その一)

春寒し早朝鴉の空中戦

出勤日定時に出掛ける春の朝

JTB卒業旅行のPR

㊟JTB・・・JTB(ジェー‐ティー‐ビー)・・・《 Japan Travel Bureau 》日本交通公社。観光レクリエーション、旅行に関する調査研究を行う財団法人。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

㊟PR・・・PR(ピー‐アール)・・・[名](スル)《 public relations 》1 官庁・団体・企業などが、みずからの望ましいイメージおよびその施策や事業内容・主義主張などについて多くの人々に知らせて理解や協力を求める組織的活動。2 広告。宣伝。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

店先に卒業旅行のパンフレット

春の朝人込む松戸駅構内

㊟松戸駅・・・松戸駅(まつどえき)は、千葉県松戸市松戸にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・新京成電鉄の駅である。(Feペディアより転載)

春の朝下車駅の空に鳩の群

公園の広場に厚き春の霜

目の前に剪定されし梨畑

目の前の広き畑に春の霜

広畑の上空白き春の雲

広畑の上空ぷっくり春の雲

晴れ空にいくつもぷっくり春の雲

晴れ空にぷっくり白き春の雲
 
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草青む (平成24年5月10日 木曜日)

2012/05/10 00:39
《今日の自選代表句と自句自解》

浅き春農家縁側に縮む猫

 立春後の間もないまだ寒い朝、通勤途上で農家の縁側に猫が丸く縮まって屈みこんで座っていた。これから少しでも暖かくなるのを待つかのようにして・・・。

㊟縁側・・・縁側(えんがわ)は、日本の和風家屋に独特の構造で、家の建物の縁(へり)部分に張り出して設けられた板敷き状の通路である。庭等外部から直接屋内に上がる用途ももつ。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)


○ 二月日々折々 その十(八日)

春浅し曇天の朝の寒々と

通勤路公園広場に草青む

通勤路農家の庭に芽吹く木々

春浅し農家縁側に猫丸く

春浅し農家縁側に縮む猫

春の朝割り箸鉄砲児ら作り

春の朝割り箸鉄砲遊びして

鉄砲で男児ら遊ぶ春の朝

春の朝鉄砲手にして遊ぶ児ら

春の朝児らの歌声教室に

春の朝「おにたのぼうし」を児ら読んで

㊟「おにたのぼうし」・・・「鬼太の帽子」(作者 あまんきみこ)のあらすじは、鬼太という鬼が節分のときにどこの家でも鬼よけにヒイラギが飾ってあって、寒いのに家の中に入れなかった。ところが、ある家だけヒイラギが飾ってない家があった。「これは」と思って家の中に入ると、女の子のお母さんが病気で寝ていて、食べるものもなかった。鬼太はかわいそうに思い、お赤飯をあげた。しかし、やはりこの女の子も鬼が入ってこないように、と思っていたのだ。そして、鬼太は「いい鬼もいるのに」と思いながら自分の耳を隠していた帽子だけを置いて消えてしまったという物語である。

春の朝心の変化を読み取る児

二ン月の今日は入学説明会

二ン月の説明会に親集い

春の朝親の自転車校庭に

春の朝校庭横切る乳母車

春の朝体育館に親集う

春寒し燃えるストーブ受付に

二ン月の説明会に置く見本

入学前見本の名札受付に

入学前親に見本の体操着

入学前防災座布団展示され

入学前説明会に大スクリーン

入学前栞手に親就く座席

春の朝定刻に始む説明会

入学前説明会に学校長

入学前親へ説明する教師

入学前栞手に親聞く説明

親集い入学前に式のこと

給食のお替わり多き春の昼

お替わりにジャンケンの声春の昼

給食のお替わり我も春の昼

事務室に一輪挿しの梅の花

春の午後児ら算数の少人数

春の午後帰りの会終え児ら下校

校庭に薄日射し込む春の午後

春の午後シュート練習サッカー部

春の夕バスケ部員ら校庭に

春の庭バスケット部員するシュート

空晴れて青空広がる春の夕

終礼中足元冷えゆく春夕べ

春の宵終礼終えて就く家路

帰り道街の灯点る春の宵
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春の夜 (平成24年5月9日 水曜日)

2012/05/09 00:09
《今日の自選代表句と自句自解》

残雪や社の狛犬の口に紅 

 雨上がりに、まだほんの少し雪の残る柏神社。参道にある古ぼけた子連れの狛犬の口元に、紅が塗られていた。親にも、子にも紅が塗られていた。初春に、趣のある景が見られ、うれしい気分になった。
㊟柏神社・・・柏神社(かしわじんじゃ)は、千葉県柏市柏三丁目にある神社である。羽黒神社と八坂神社を合祀した神社である。旧来、天王様として親しまれてきた。旧社格は村社。(Feペディアより転載)


○ 二月日々折々 その九

(六日 その三)

給食中外はシトシト春の雨

春の昼BGMはK-POP

㊟BGM・・・バックグラウンドミュージック(Background music)は、なにか別の主体となるものの 背景として流れる音楽のこと。BGM(ビージーエム)と略される。バックグラウンド ミュージックはその場の主役にはならないが、その場を演出するために使用される音楽 である。

㊟K-POP(ケイ・ポップ)・・・J-POPと対になる「韓国(Korea)の大衆音楽」を総称する言葉。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

児ら掃除教室の外は春の雨

初春に物語文学ぶ児ら

㊟物語文・・・物語文(小説文)とは、ストーリー性のある文章のこと。登場人物の心情(気持ち)の読み取りが主となる。三読法や一読総合法などで学習する。

春の午後児連絡帳に明日のこと

春の午後気を付けをして「さようなら」

春の午後児らと別れの「さようなら」

下校子のカラフルな傘に春の雨

部活無き庭に静かな春の雨

春の雨児らの声なき校庭に

しとしとと小粒の雨降る春の庭

春の雨宵に傘差し就く家路

春の宵明るき車の前照灯

降る雨に街の灯霞む春の宵

(二月七日)

雨上がり宴会に向かう春の午後

春雨に増水している街の川

柏駅着いて下車する春の午後

㊟柏駅・・・柏駅(かしわえき)は、千葉県柏市柏一丁目および末広町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東武鉄道の駅である。JR東日本の常磐線と、東武鉄道の野田線が乗り入れ、接続駅となっている。(Feペディアより転載)

蝋梅や駅構内の生け花に

生け花の花器に蝋梅際立つ黄

残雪や社の狛犬の口に紅

残雪の柏神社に参詣し

残雪の社の境内に道祖神

㊟道祖神(どうそじん) ・・・峠や辻・村境などの道端にあって悪霊や疫病などを防ぐ神。(Feペディアより転載)

残雪の柏神社に道祖神

残雪の境内で友にばったりと

春の宴開くアジアン料理店

春の宴開くアジアンレストラン

春の宴先ずマスターに迎えられ

春の午後ネパール人に迎えられ

春の宴店内ネパール様式に

春の宴会場の店にヴィシュヌ神

㊟ヴィシュヌ ・・・ヴィシュヌ(Vishnu)は、ヒンドゥー教の神である。概要 [編集] 三神一体論では、3つの最高神の1つで世界を維持する役目があるとされる。一般には、4本の腕を持ち、右にはチャクラム(円盤、あるいは輪状の投擲武器)と棍棒を、左にはパンチャジャナ(法螺貝)と蓮華を持つ男性の姿で表される。そのためチャトゥルブジャ(4つの武器を持つ者)という称号も持っている。メール山の中心にあるヴァイクンタに住んでいる。ヴァーハナ(乗り物)はガルダと呼ばれる鳥の王で、鷲のような姿をして描かれたり、鷲と人を合わせた様な姿で描かれる。神妃(妻)はラクシュミーで、ヴィシュヌの化身に対応して妻として寄り添っている。ヴィシュヌ派の創世神話によると、宇宙が出来る前にヴィシュヌは竜王アナンタの上に横になっており、ヴィシュヌのへそから、蓮の花が伸びて行きそこに創造神ブラフマーが生まれ、ブラフマーの額から破壊神シヴァが生まれたとされている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)お釈迦様は、ヴィシュヌの化身といわれている。

春の宴店にヒマラヤの山岳画

春の宴「ナマステ」店のそちこちに

㊟ナマステ・・・ナマステ (サンスクリット ) は、インドやネパールで交わされる挨拶の言葉である。会ったときだけでなく、別れの挨拶もナマステである。(Feペディアより転載)

雨上がり山仲間らとの春の宴

春の宴席での会話はネパール語

㊟ネパール語・・・ネパール語(英: Nepali)は、ネパール、ブータン、インドのシッキム州やミャンマーの一 部で話されるインド・イラン語派の言語。ネパール及びインドのシッキム州の公用語である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

春の宴山岳部らの友集う

皆揃いざわざわ始まる春の宴

十三名揃い乾杯春の宴

春の宴皆でパパドとサラダ食む

㊟パパド・・・インドのおせんべい。

春の宴ヒマラヤ登山の話など

春の宴エベレスト山の話など

㊟エベレスト山(えべれすとさん)・・・ネパールと中国チベット自治区の国境上にそびえる世界最高峰。標高8848メートル。地形的には東西、南北に走る山稜(さんりょう)上にあり、北西、北東、南東稜の3面から成り立つピラミッド峰である。(Yahoo! JAPAN百科事典より転載)

春の宴ヒマラヤ登山の写真見て

春の宴話す間に食むケバブ

㊟ケバブ・・・ケバブ(トルコ)、カワープ(ウイグル)、ケベプ(キルギス)、カバーブ(インド・パキスタン・アフガニスタン・アラブ)、キャバーブ(イラン)、チェヴァプ(バルカン)は、中東地域とその周辺地域で供される、肉類をローストして調理する料理の総称。(Feペディアより転載)

山の友春の山行の募集して

「チャパティ」と「シェクア」を食みし春の宴

㊟「チャパティ」と「シェクア」・・・ ネパール料理の薄焼きパンの「チャパティ」に、ラム肉を焼いた「シェクア」を挟んで食べるとジワッと肉汁が染み出してとても旨い。

春の宴ネパール料理に舌鼓

マスターとクマリの話春の宴

㊟クマリ・・・クマリ(Kumari、Kumari Devi)はネパールに住む生きた女神である。密教女神ヴァジラ・デーヴィー、ヒンドゥー教の女神ドゥルガーが宿り、ネパール王国の守護神である女神タレジュやアルナプルナの生まれ変わりとされており、国内から選ばれた満月生まれの仏教徒の少女が初潮を迎えるまでクマリとして役割を果たす。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

手のナンにカリー付け食む春の宴

㊟カリー【curry】・・・カレーのこと。

春の宴「レッサンピリリ」を歌う友

㊟「レッサンピリリ」・・・ネパールの民謡。「レッサン ピーリーリー レッサン ピーリーリー ウーレラ ザウンキー ダーダマ バッシャン レッサン ピーリーリー エクレナ バンデュク ドイナレ バンデュク ミルガーライ ターケコ ミルガレ マイレ ターケコ ホイナ マーヤライ ターケコ♪」と歌う「レッサンピリリ」(絹のハンカチがそよいでいるよ)は、どこか牧歌的な詩情豊かな歌である。

春の宴歌に合わせて手拍子を

春の宴店長ネパール国旗手に

春の宴マスター歌の説明に

春の宴人気の「ラッシーハイ」を飲む

㊟ラッシー・・・ラッスィー(またはラッシー、英語:Lassi, ウルドゥー語 ヒンディー語) は、インド料理の飲物でダヒー(ヨーグルト)をベースに作られる。 濃さはどろっとしたヨーグルト状のものから、水分の多いさらっとしたものまである。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

春の宴店のマスター仲間入り

春の宴ネパール話に花咲かせ

デザートとコーヒー味わう春の宴

春の宴話の途切れぬ山仲間

春の宴タピオカドリンク 皆で飲み

㊟タピオカ・・・キャッサバの根から採るでんぷん.その粉や粒を料理に用いる.(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

春の宴皆と一緒に記念写真

春の宵「ルンビニ」を出て二次会へ

春の宵仲間と向かうピザハウス

二次会の乾杯皆で春の宵

二次会や皆で乾杯春の宴

春の宴タロット占い友始め

㊟タロット占い・・・タロット占い(タロットうらない)は、タロット(タローカード)を用いた占いの一種。

宗峰のタロット占い春の夜に

㊟小林宗峰(こばやし しゅうほう)・・・高野山・真言宗阿闍梨 。まんだらや密教研究所の主宰。日本のチベット仏教の第一人者。

宗峰に春の夜貰う匂い袋

日本酒を友と酌み交わす春の夜

焼き立ての数種のピザ食む春の宴

十余名ピザを囲みて春の宴

仲間らと握手し別れる春の夜

「元気で」と握手し別れる春の夜
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浅き春 (平成24年5月8日 火曜日)

2012/05/08 00:01
《今日の自選代表句と自句自解》

春浅し中にマットからはみ出る児 

 春になって、まだ日も浅い或る日。二月の三年生の体育のマット運動で、「後転」を学習した。練習する児の中には、体育館に敷いたマットからはみ出る児もいた。それでも、懸命に練習を続ける姿がいじらしい。


○ 二月日々折々 その八(六日 その二)

春の朝教室にぎわう始業前

春の朝ポアント見てとバレエの児

㊟ポアント・・・ポアントとは、尖端、切っ先という意味の言葉で、バレエでは、トゥ・シューズで立つことを意味する。

春の朝くすぐりっこする童たち

春の朝教室に児らの笑い声 

春の朝くすぐられ床に転がる児

春の朝教室に笑顔笑い声

春の朝チャイムに児童着席し

春の朝「スマイル アゲイン」児ら歌う

㊟「スマイル アゲイン」・・・中山真理作詞・作曲。「自分がとてつもなく ちっぽけに見える ことがあるよね 自分だけが悪者みたいに 思えるときがあるよね もう二度と心から笑えなくなるんじゃないかと こわくなるくらい悲しくなることがあるよね あしたになって ♪」

教室にストーブ焚かれる余寒かな

春の日に画用紙に児ら版画刷り

春浅し白黒バンダの児の版画

浅き春版画刷る児に手の汚れ

春に児ら黒塗り版画に色クレヨン

昼前に不意に降り出す春の雨

春の雨校庭次第に湿りゆく

ゆるゆると校庭湿らす春の雨

雨の粒桜樹の芽を煌めかす

雨降りし雨粒桜の芽を綺羅と

学び舎の木立に鳥来て囀れり

二ン月にマットで後転三年生

春浅しマット運動でよろめく児

浅き春回る勢い不足の児

春浅し中にマットからはみ出る児

浅き春直して教師に褒められて

浅き春上手に回りハイタッチ

浅き春連続後転する男児

浅き春くるくる回る体操着

給食中外はシトシト春の雨
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河原鶸 (平成24年5月7日 月曜日)

2012/05/07 00:02
《今日の自選代表句と自句自解》

通勤路囀り鳥の其処彼処

 自然豊かな通勤路での余寒は厳しいが、鳥たちは元気だ。幾種類もの鳥の囀りが心地よい。前後左右、そちこちから囀りが、聞こえてくる。春が来たことを実感する。


○ 二月日々折々 その七(六日 その一)

春寒に朝吐く息の白きかな

通勤路椿と分かる紅の色

通勤路所どころに紅椿

紅椿駅構内の生け花に

椿かな花器に際立つ紅の色

下車駅の日影に未だ残る雪

公園の広場に白じろ春の霜

通勤路囀り鳥の其処彼処

頭上の鳥姿露わに囀れり

河原鶸我立ち止まる電線に

㊟河原鶸(かわらひわ)・・・アトリ科の鳥。全長14センチくらい。全体に緑褐黄色で翼に黄色い斑がある。くちばしは太く、種子を食べる。アジア東部に分布。日本では留鳥で秋から春まで群れで河原にいることが多い。《季 春》(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

我が頭上キリキリと鳴く河原鶸

通勤路囀りに我聞き惚れて

行く農道左右春霜の梨畑

幾種もの囀り耳朶(じだ)に行く農道

幾種もの囀り耳にし行く農道

春浅し畑の色の白じろと

農道も農家の屋根も春の霜

春霜に納屋と蔵屋根白じろと

余寒かな農家と畑の白じろと

学び舎に近付き児の声春の朝

囀のなかに部活の児らの声

囀や坂道上る登校子

囀や坂道上る黄の帽子

囀や庭駆ける児ら「おはよう」と

囀の中のあいさつ清々し

春の朝体育館より児らの声

春の朝バスケット部の児らの声

春の朝バスケ部員の「ファイト・オー」
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木の芽 (平成24年5月6日 日曜日)

2012/05/06 00:02
《今日の自選代表句と自句自解》

坂川の並木の河津桜に芽 

 早咲きの河津桜が坂川べりに植えられている。、河津桜の木々が、芽を出して川べりに列をなしている。今月下旬には、「松戸坂川 河津桜まつり」のイベントが、開催される。
㊟坂川・・・坂川(さかがわ)は、千葉県を流れる江戸川水系の河川。北千葉導水路の一部としても使われている。流山市と松戸市、市川市の三市を流れ、江戸川にそそぐ。(Feペディアより転載)
㊟河津桜(かわづざくら)・・・サクラの一品種。ヒカンザクラと早咲きオオシマザクラの自然交配種とみられ、静岡県河津町に多く自生する。2月ごろ、一重で淡紅色の花をつける。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)


○ 二月日々折々 その六(松戸の坂川散歩)

春の朝坂川べりを歩きゆく

坂川の川べり歩く春の朝

春の朝薄日差す川に鴨の群れ

水温む川面を水尾曳く鴨の群

水鏡春の薄日を揺らす鴨

桜の樹川へ突き出す木の芽かな

春の川遠近にいる鴨の群

草青む川辺を泳ぐ番鴨

水温む川面を水尾曳く番鴨

松戸社へ歩く川沿いの木の芽道

㊟松戸神社・・・松戸神社(まつどじんじゃ)は、千葉県松戸市松戸1457番地にある神社である。1626年(寛永3年)の創建とされ、松戸市の総鎮守とされている。(Feペディアより転載)

木の芽道歩き行く先に石鳥居

石鳥居潜りて境内木の芽時

松戸社の龍の口より春の水

春の水龍の口より御神水

松戸社に囀りの中参詣す

木の芽時松戸神社に参拝す

境内に鉦の音響かす春の朝

春の朝鉦の音響かせ合掌す

桜の樹橋に触れそうな木の芽かな

木の芽時渡る朱塗の潜龍橋

坂川の並木の河津桜に芽

空晴れて次第に明るき木の芽晴

春の日に散歩済ませて買い物へ

店内にバレンタインデーフェアの字

春来たる次第に近づくバレンタイン

帰宅後はくつろぐ春の日曜日
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立春 (平成24年5月5日 土曜日)

2012/05/05 00:01
《今日の自選代表句と自句自解》

暖かや往時の母校の通学路

 立春の日は、十度を越す暖かさになった。卒業してから半世紀以上過ぎた立春の日に、中学生の孫の通う我が母校の通学路を、妻と土曜授業参観のために歩いて行く。三年間通った母校の通学路には、様々な思い出がある。春の陽気だけでなく、思い出もとても懐かしく、心にもあたたかい。


○ 二月日々折々 その五(立春)

立春の土曜参観二人して

陽と共に気温の上昇春になる

立春に中学校の参観日

暖かや往時の母校の通学路 

校歌碑へ指差すように梅の枝

学び舎の円形花壇に咲くパンジー

立春に孫の授業を参観す

春立つ日中一の孫の英会話

春立つや中学生らの英会話

春立つ日孫の背を見て教室に

教室に生徒の墨書の「古都の春」

学び舎の廊下に二月の個人新聞

春立つ日知己の校長と談笑す

春立つ日母校の思い出語りけり

春陽の校庭往時そのままに

春陽の母校校庭に在校生

春陽や校庭変わらぬ伝統校

春立つ日知己と退職後の話

校長と握手して辞す春立つ日

春立つ日妻と思い出話して

春立つ日参観終えて展示会

春立つ日文化ホールの展示見に

春立つ日展示に多くの来館者

二ン月に小中校の造形展

春立つ日造形展に二人して

二人して初春に鑑賞造形展

二人して初春に楽しむ造形展

二ン月の展示に仮面並びをり

二ン月の造形展に孫の品

春立つ日孫の仮面も展示され

春立つ日仮面の作品展示され

凝視して現(うつつ)の仮面霞をり

うらうらと仮面霞みて幻に

霞かな仮面独自の世界観

霞かな仮面の題に「異世界」と

霞かな仮面に時計描かれて

春立つ日インド料理の昼食会

春の昼インド料理の専門店

春立つ日孫らと楽しむ昼食会

テーブルを六人囲む春の昼

春立つ日昼餉にカレーとナン・ライス

㊟ナン・・・インドのナン  自然種(小麦などに含まれる野生酵母菌を自然発酵させた種)で発酵させた生地を、へら型にのばしてタンドゥールと呼ばれる窯の内壁に貼り付けて焼いたもの[2]。精製した小麦粉を使う。日本ではインド料理店などでカレーを食べる際に提供される事が多い。最近ではファミリーレストランや学校給食、カレー専門店の中にもナンを提供する店が多くなった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

春立つ日昼食ナンにキーマカレー

㊟キーマカレー・・・キーマカレー(Keema Curry, Qeema Curry)は、ひき肉を用いて作ったインド料理の一つ。「キーマ」とは、ヒンディー語やウルドゥー語で「細切れ肉」または「ひき肉」を意味する。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

春立つ日昼餉にサラダとタンドール

㊟タンドール・・・インドのナン(パン)料理や、ラムミンチを焼き鳥のつくねのようにして焼くシシカバブや、チキンをスパイスに漬け込んでから焼くタンドリーチキンなど、日本でもお馴染みの料理のこと。北インド料理には、欠かすことの出来ない料理である。

春立つ日昼餉にスープとデザートも

春立つ日ゆっくりくつろぐ昼食会
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柊挿す (平成24年5月4日 金曜日)

2012/05/04 00:07
《今日の自選代表句と自句自解》

節分や児ら作る面にある個性 

 節分当日の昼休みの教室で、数名の児がそれぞれ画用紙を使って鬼のお面作りをしていた。上手に自分の顔に合わせながら、手際良く作っていた。恐い鬼もいれば、可愛い鬼もいた。赤鬼、青鬼、鬼の顔の色も様々であった。手作りの個性的な鬼のお面は、やはり格別な味わいがある。


○ 二月日々折々 その四(節分 その二)

冬晴のプールに鷺来て毛繕い

学び舎のプールに鷺来て日向ぼこ

保健室インフルエンザの棒グラフ

保健室インフルエンザの罹患率

㊟罹患率(りかんりつ)・・・ある期間内(多くの場合1年)に発生した患者数をそれに対応する人口で割ったもので、疾病の発生率ということもできる。疾病別あるいは人間集団別(性、年齢、地域別等)に計算することも可能である。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

教室の出入口に柊挿す

節分や教室の壁に鬼の面

節分の朝自慢気に児ら手品

晩冬に棒グラフ学ぶ三年生

給食の節分の豆袋入り

節分の豆の袋に由来書き

給食時児ら節分の豆を食む

節分や休みに児ら描く鬼の面

節分や昼休み鬼の面作り

節分や昼休みに児らお面作り

節分や昼休みに児ら面作り

節分や児ら個性的な面作り

節分や児ら個性ある面作り

節分や児ら作る面にある個性 

節分や赤鬼青鬼児の面に

少人数二つに分かれる冬の午後

㊟少人数・・・ここでは、少人数指導の意味。2000年度に教職員定数標準法の改正等により,少人数指導,習熟度別指導が可能になり、従来の教育方法改善のための指導の工夫(TT配置)に加えて、「きめ細やかな指導」を行えるような人員配置がなされている。個性化,個別化教育の重視,そしてわかる授業への重視が今まで以上に求められている。少人数指導は,学習集団としての学級という概念にとらわれずに子どもの実態や教科等の特性に応じた多様な学習集団を編成し、子どもたちの学習の様子などに配慮しながら実効性のあるものにしていくことが重要になっている。

節分や児らと別れの「さようなら」

午後練のサッカー部員ら冬日浴び

学び舎の池の氷は既に解け

池の氷午後には既に解け失せて

学び舎の田圃の氷午後に解け

梨畑煙の上がる冬夕べ

春支度煙の上がる梨畑

庭駆ける学童の児らに冬落暉

冬落暉児ら「せんせい」と駆け来たる

学童の児らと眺める冬落暉

学童の児の顔オレンジ冬落暉

冬落暉スカイツリーをあかく染め

冬落暉スカイツリーをあかく染む

冬落暉スカイツリーを煌めかせ

冬落暉学び舎の木立輝かせ

冬落暉木立の影の長ながと

帰り道次第に冷え込む冬の宵

晩冬や色くすみ行く宵の街

夕食時無言のままの恵方巻

㊟恵方巻・・・恵方巻、恵方巻き(えほうまき)は、節分に食べると縁起が良いとされる太巻き、またはそれを食べる大阪を中心とした風習。別称として「丸かぶり寿司」「恵方寿司」「招福巻」「幸運巻」「開運巻き寿司」などと表現されることもある。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

北北西向いて無言の恵方巻
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節分 (平成二十四年五月三日 木曜日)

2012/05/03 00:01
《今日の自選代表句と自句自解》

春隣梨畑の草青み初む

 今まで、殺風景であった梨畑にも、あちらこちらに草が生えて、青さが増して来た。春の足音が近づいて来た。


○ 二月日々折々 その三(節分 その一)

朝番組放映中に豆撒いて

天気予報今日は零下の冬日かな

寒ざむし部屋にいて手のかじかめる

かじかめる片手にリモコンテレビ前

リモコンをかじかむ片手にテレビ見る

氷点下重装備して出勤す

氷点下顔だけ出して出勤す

鳥の鳴く冬晴の朝出勤す

擦れ違う若者手にく白き息

節分や街路の幟に恵方巻

冬晴の駅舎の上空鳴く烏

氷点下下車駅の空よく晴れて

下車駅の構内駆け込む白き息

梨畑に立ち上る煙春支度

春隣梨畑に草青み初む

春隣梨畑の草青み初む

冬朝日農家の庭の葉牡丹に

冬晴の空を斜めに送電線

学び舎の坂マフラーの児駆け上る

冬の晴去る児「おはよう」の声残し

春隣坂駆け上る登校子

坂上り節分の朝富士拝む

学び舎の池の氷の分厚くて

登校子群れ来て池の氷割る

児の足にバリッと割れる氷かな

氷割る氷に映る児を姿

氷割る氷の映す児を姿

男児来て氷上に氷滑らせて

滑りゆく氷はスイスイ音立てて

幾筋も白き息上げ児ら部活

幾筋も白き息上げ児ら朝練

冬朝日部活の児らの意気軒昂

春近し校庭木立に膨らむ芽
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春近し (平成24年5月2日 水曜日)

2012/05/02 00:01
《今日の自選代表句と自句自解》

春近し日中吹く風暖かし

後数日で、立春。今日は、十度を越す気温という天気予報が出ていた。日中に吹く風が少し生暖かった。


○ 二月日々折々 その二 (二月初日 その二)

晩冬の月の始めに児らテスト

晩冬や日中に気温上昇す

体育の縄跳び・サッカー冬に児ら

ピョンピョンと縄跳びする児の冬日影

児ら冬にサッカーのルール学習す

晩冬の吹きゆく風の暖かし

晩冬の吹きゆく風の暖かき

晩冬の吹く風温き日中に

晩冬の日中吹く風暖かし

春近し日中吹く風暖かし

冬日影長さものさしで測る児ら

冬日影メートルの単位児ら学び

冬日影児の声弾む鬼ごっこ

冬の風吹き校庭に土埃

はかり方節分前に児ら学び

ピーナッツ節分前の給食に

冬の昼児らとの話題はアレルギー

ジャンケンでお替わり決める児冬の昼

ピョンピョンと児の縄跳びの冬影

飛び跳ねる児の冬日影百越して

縄跳びの児の冬日影百越して

「つかれた」と縄跳び持つ児の冬日影

縄跳びの記録をとる児の冬日影

冬の晴縄跳びする児ら「見て見て」と

冬の晴縄跳びする児次つぎと

冬の晴縄跳びする児ら来て並び

縄跳びの記録紙飛ばす冬の風

冬の風児の二重跳びの縄の音

冬の宵打合せ後に就く家路

落葉踏み鞄手にして就く家路

節分前十度越したと天気予報
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春隣 (平成24年5月1日 火曜日)

2012/05/01 00:01
《今日の自選代表二句と自句自解》

春隣農道脇に犬ふぐり

 いつもの農道を歩いて行くと、道脇に犬ふぐりを見つけた。もう、そこまで春が来ている。

掲示板豆撒の絵の月行事 

 毎月張り返られる学校の月行事板に、豆撒きの絵が描かれた「二月の月行事」が新たに張られていた。今年も早くも、今日から二月だ。日が経つのは実に早い。


○ 二月日々折々 その一 (二月初日 その一)

月新た未だ朝ある寒気かな

出勤日玄関出でて手袋を

下車駅に広がる冬空青きかな

公園の広場の冬芽未だ固く

公園の植込みの冬芽未だ固く

植込みの尖りし冬芽寒寒し

降霜の無人の広場に我ひとり

背伸びして空へ吐きだす息白し

降霜の人なき道を我歩く

降霜の人なき道をサクサクと

人の来ぬ降霜の道をサクサクと

人の来ぬ広場に明るき冬朝日

我が頭上雲ひとつなき冬晴に

降霜の農道脇に曲がり道

降霜の脇道何処へ続くやら

春隣農道脇に犬ふぐり 

学び舎の坂上明るく冬晴れて

掲示板豆撒の絵の月行事 

学び舎の池の氷割る黄の帽子

棒を手に氷を突く黄の帽子

朝の庭部活の児の息白し

朝練の笛吹く教師の息白し

冬の晴教師の笛吹く音響く

白き息朝日のなかに立ち上り

朝の歌歌う児童に冬日差

冬朝日浴びて児童とする歌唱

晩冬の朝一番に児らと歌

晩冬の月の初めに朝の歌

晩冬の月の初めにする歌唱

冬の朝「はじめの一歩」を歌う声

㊟「はじめの一歩」・・・歌唱曲「はじめの一歩」(作詞: 新沢としひこ 作曲:中川ひろたか )は、学校などでよく歌われている。「♪ はじめに いっぽ あしたに いっぽ ♪」

月初め「はじめのいっぽ」と冬の朝

月初め「あしたに」と歌う冬の朝 
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北風 (平成24年4月30日 月曜日)

2012/04/30 00:00
《今日の自選代表句と自句自解》

冬日かな児の「電気クラゲ」ふわふわと 

 或る冬の日の午後、三年生の親子理科教室が開かれた。そしてそこで、三種類の実験が行われた。その一つに、静電気を利用した「空飛ぶ電気クラゲ」の実験があった。三年生の児童は、スズランテープを細かく割いて作った「クラゲ」を静電気の反発力を利用して、空中にふわふわと舞い上がらせていた。親子で歓声を上げながら楽しんでいる姿が印象的であった。乾燥している冬の日に、最適な静電気の実験であった。
㊟「空飛ぶ電気クラゲ」・・・クラゲのような動きが静電気を使った理科の実験。足のたくさん生えているクラゲがふわふわと空を飛んでいるように見える。「飛ぶ」のは静電気の反発力の仕業。これは、静電気が起きやすい冬にピッタリの理科実験である。


○ 一月日々折々 その二十八(月末 その三)

冬の朝教室に日矢幾筋も

冬の朝日矢幾筋も教室に

教室の窓より差し込む冬の日矢

教室の厚着の児らに当たる日矢

版画絵を描く児に差し込む冬の日矢

一月に三年生学ぶ棒グラフ

一月尽幼稚園との交流会

冬晴の庭にて元気に児ら体育

体育のサッカーする児に冬陽射

体育のサッカーする児に吹きし北風

給食中カーテン閉じる冬の晴

カーテンの隙間に明るき冬日差

冬日影白の際立つ割烹着

一月の理科教室に児ら参加

一月に親子参加の理科教室

冬の日に講師の実演空気砲

空気砲寒気煙を吐き出して

冬に児ら理科教室の静電気

冬に児らスズランテープで静電気

㊟スズランテープ・・・スズランテープは、1962年に発売された伊藤忠サンプラス株式会社(シーアイ化成子会社)の商標であり、ごく薄く幅の広い合成繊維製のテープを指す市場名である。同社の製品は花の名にちなむものが多かったとされるが、それら名称の確かな由来は不明である。「スズランテープ」に関しては、発売当時の生産ラインが札幌に存在し、1960年にスズランが「札幌市の花」に制定されたことも関連があると推測される[1]。ポリエチレン製が一般的であるが、比較的強度の高いポリプロピレン製のものも存在する。他社の類似品とあわせて「PEテープ(ポリエチレンテープ)」「PPテープ(ポリプロピレンテープ)」「平テープ」などとも総称されるが、「ホッチキス」、「セロテープ」などと同様、「スズランテープ」の名称が市場名として通用する。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

寒気満つテープはクラゲの如動く

冬の日に児ら電気クラゲ遊びして

冬に児ら空飛ぶ電気クラゲ」して

冬に児ら遊ぶ「空飛ぶ電気クラゲ」

冬に児ら「空飛ぶ電気クラゲ」遊び

冬に児ら遊ぶ「空飛ぶ電気クラゲ」

冬に児ら電気クラゲを空中に

冬日かな児の「電気クラゲ」空宙に

児の「電気クラゲ」宙舞ふ冬日かな

冬日かな児の「電気クラゲ」ふわふわと

冬に児ら電気クラゲをふわふわと

冬の晴電気クラゲに児ら歓声

冬に児ら学ぶ「空飛ぶ電気クラゲ

冬の晴磁石の木登り作る児ら

冬晴に親子で木登る虫作り

親子して冬日に楽しむ理科実験

理科教室終え児ら帰える冬日かな

冬の午後サッカー・バスケ部庭駆ける

冬夕べ部活を終えて児ら下校

有意義な勤務を終える冬の宵

冬の宵鞄手にして就く家路

冬の宵口笛吹いて家路就く

冬の宵駅の西空に白き月
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厚着 (平成24年4月29日 日曜日)

2012/04/29 00:01
《今日の自選代表句と自句自解》

あいさつの児の声解かす冬朝日

冬の寒い朝、いつものように学び舎の坂で、登校して来た児童と「おはようございます」、「おはよう」と朝のあいさつを交わす。ちょうどそのあいさつを交わした児童の口元が、冬の朝日に明るく照らし出された。まるであいさつの声が、冬の朝日に解かされていくような感じであった。


○ 一月日々折々 その二十七(月末 その二)

次つぎと校門潜る厚着の児

学び舎の池の氷を割る男児

児ら足で池の氷をバリバリと

学び舎の池の氷割る黄の帽子

校庭にバリバリ氷の割れる音

部活の子白き息吐き庭駆ける

校庭を駆け行く児らに冬朝日

冬の朝教室に入るランドセル

教室に明るく差し込む冬朝日

黒板に明るく差し込む冬朝日

厚着の児ピンクのリボンに朝日射

冬の朝手作うどんの児の話

手袋の人形不意に見せる女児

女児の手にトトロの如き手袋が

㊟トトロ・・・スタジオジブリ制作の日本の長編アニメーション作品の『となりのトトロ』の「トトロ」(“もののけ”とよばれる不思議な生き物)のこと。

冬の朝児らに囲まれする談笑

冬の朝話の弾む児と教師

一月尽児らとの会話に和みけり

「おはよう」の児の声溶け込む冬の晴

「おはよう」の児の声溶かす冬晴に

あいさつの児の解かす冬朝日

冬の晴教室の児ら縞縞に

一月尽今月の歌を児と共に

一月尽「Tomorrow」の歌児と共に

㊟「Tomorrow(トゥモロー)」・・・杉本竜一作詞・作曲の「生きもの地球紀行」のエンドテーマ曲 の「Tomorrow」のこと。「時の流れいつでも 駆け抜けて 行くから 優しさだけ 忘れずに 抱きしめていよう 大空を自由に 鳥たちが 光の中 飛びかうように  夜空からこぼれた 星くずが 波の上を滑るだろう Tomorrow  Tomorrow また明日が ♪」

今月の歌うたうなかにマスクの児

氷張るプールに白鷺舞ひ降り来

晴れし朝舞ひ降り来たる冬の鷺
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凍雪 (平成24年4月28日 土曜日)

2012/04/28 00:01
《今日の自選代表句と自句自解》

冬枯の梨畑空の青広ぐ

 冬枯れの梨の畑は、広い割には実に殺風景だ。その広畑に、冬晴れの青空が広々として明るい。寒さを一時忘れさせてくれる。実に気持ちが良い。


○ 一月日々折々 その二十六(月末 その一)

一月尽湯殿の気温氷点下

一月尽出勤前にシャワー浴び

冬の朝湯殿に満ちし白き湯気

寒き朝湯殿に白き湯気満ちし

寒き朝湯殿に白き湯気満てり

一月尽未だ薄暗き七時前

一月尽まだ薄暗き通勤路

通勤路凍てし日影を避け通過

寒寒し一月尽の通勤路

朝七時駅前通りに冬灯

乗車中電車窓に冬朝日

下車駅の日影雪の白白と

一月尽ビルの方側朝焼けて

冬晴の朝行くいつもの通勤路

枯芝の広場の朝空青あおと

降霜の芝生朝日に煌めけり

冬枯の梨畑の空青青と

冬枯の梨畑の空広広と

冬枯の畑の青空広びろと

冬枯の梨畑空に広ぐ青

冬枯の梨畑の空青広げ

冬枯の梨畑空に青広ぐ

冬枯の梨畑空の青広ぐ

冬枯て殺風景な梨畑

梨畑日影に雪の白白と

行く農道鳴く声高き冬の鵙

歩きゆく農道凍てて固きかな

農道の固き凍土を踏み行けり

農道の凍雪踏みしめ歩み行く

凍雪や転ばぬように行く農道

冬朝日農家の蔵の白壁に

冬朝日蔵の白壁オレンジに

冬朝日蔵の白壁あかく染む

一月尽蔵の白壁朝焼けて

冬晴の通学路行く農家の児 

冬の朝農家の児らと通学路

一月尽今月生まれと登校子

冬晴に会話の弾む通学路

一月尽児らと朝焼けのスカイツリー
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火鉢 (平成24年4月27日 金曜日)

2012/04/27 00:26
《今日の自選代表句と自句自解》

冬ぼたん短冊手にして五七五

 上野東照宮のぼたん苑の冬牡丹を鑑賞した後に詠んだ俳句を、手にしていた画用紙の短冊に認めた。その後、「冬牡丹奉納俳句」に投句した。


○ 冬の上野恩賜公園散策(その六)

冬晴に鳥居を潜り東照宮

冬の晴朱塗の門より東照宮

晴れし日に観る寛永寺の冬ぼたん

入口の門前に紅き冬ぼたん

冬日影潜り行く門にぼたん苑

寒牡丹発券所口に飾られて

藁囲いなかにとりどりの冬牡丹

㊟冬牡丹・・・牡丹には二期咲き(早春と初冬)の性質を持つ品種があり、このうち低温で開花した冬咲きのものが古来より寒牡丹と呼ばれています。 寒牡丹の花はその年の気象に大きく左右され、着花率は二割以下といわれています。 そこで、花の少ない冬にお正月の縁起花として抑制栽培の技術を駆使して開花させたものが冬牡丹です。 春夏に寒冷地で開花を抑制、秋に温度調整し冬に備えるという作業に丸二年を費やし、厳寒に楚々とした可憐な花をつけます。(上野東照宮HPより転載)
 なお、ブログの「治蝶の俳句関連写真集」 冬・新年の写真 ●冬の上野散策(東京都台東区)のEに、上野東照宮の冬ぼたんの写真を掲載しています。どうぞご覧下さい。

霜除けの藁の囲いに紅牡丹

藁囲いなかに真っ赤な寒牡丹

藁囲いなかに深紅の寒牡丹

藁囲いに王妃の如き寒牡丹

藁囲いされし牡丹に句の木札

ぼたん苑木札の俳句に冬ぼたん

ぼたん苑木札の俳句に寒ぼたん

ぼたん苑園の日影に白き雪

冬ぼたん苑に紅・桃・黄色・白

冬ぼたん色どりどりの花咲かせ

冬ぼたん苑にカメラのシャッター音

寒風に震える牡丹の花・蕾

咲く花に蝋梅交じるぼたん苑

ぼたん苑園に千両の赤・黄色

風抜けるお休み処に炭火鉢

ひと休み茶屋の火鉢に二人して

緋毛氈敷かれし席に炭火鉢

甘酒を啜りて火種に手炙し

五重塔背に咲き誇る寒牡丹

冬ぼたん四十品種の六百本

冬牡丹奉納俳句に投句して

冬牡丹短冊手にして五七五

冬ぼたん短冊手にして五七五 

苑内のシャガの葉に乗る雪白し

枯木立背に荘厳な金色殿

㊟金色殿・・・上野東照宮は、徳川家康、吉宗、慶喜を奉った神社 である。寛永4年(1627年)建立し、その後慶安4年、家光の命により、金色殿に改築された。

枯木立東照宮は工事中

枯木立東照宮の工事中

参道のお化け灯籠に冬陽射

㊟お化け灯籠・・・上野東照宮に、灯籠が200基以上あるが、ほとんどが現在の社殿の建築年(1651年)に諸大名より奉納されたものである。寛永八年(1631)頃は、東照宮は創建して間もなく、現存の大鳥居・銅燈籠・石燈籠などは、まだ少ししか奉納されていなかった。寛永八年(1631年)、佐久間勝之により奉納された石灯籠は、高さ6.06mとあまりにも大きいので「お化け灯籠」と呼ばれ、名古屋の熱田神宮の石灯籠と京都南禅寺の大石灯籠と合わせて日本三大石灯籠のひとつに数えられている。

東照宮御水舎明るき冬日射

㊟御水舎・・・明治六年に、町火消しの頭領・新門辰五郎が奉納した。

冬の晴灯籠列成す東照宮

東照宮参道句碑に冬陽射

冬牡丹鑑賞終えて就く家路
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鴨 (平成24年4月26日 木曜日)

2012/04/26 00:02
《今日の自選代表句と自句自解》

鴨群れて日の照る池面煌めかす

 枯蓮の不忍池(しのばずのいけ)にで、餌を与えると鴨が次々とこちらに群れて来る。冬晴れの池面は、キラキラと煌めきを見せて眩しく光る。


○ 冬の上野恩賜公園散策(その五)

ひと休みホットドリンク二人して

ひと休みホットコーヒー二人して

我ら居る池辺に鴨の寄り来たる

二人して群れ来る鴨に上げる餌

晴れし空鴨来て池面煌めけり

晴れし空鴨来て池面煌めかす

群れ来し鴨日の照る池を煌めかす

群れし鴨日の照る池を煌めかす

鴨群れて日の照る池面煌めかす

冬の晴池の向こうにペリカンが

㊟ペリカン・・・ペリカン目ペリカン科の鳥の総称。大形の水鳥で、シロペリカン・カッショクペリカン・モモイロペリカンなどがある。くちばしは長く、下くちばしに大きな袋をもつ。袋は伸縮でき、網のように用いて魚を捕る。温・熱帯地方に分布。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

冬日浴ぶペンギンの前に親子連れ

動物園ワオキツネザルの日向ぼこ

㊟ワオキツネザル・・・キツネザル科の哺乳類。体長約45センチで、尾はそれより長く、白と黒の交互する輪模様がある。背面は灰色、腹面は白色。マダガスカル島に分布。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

枯れ色の不忍池に薄氷

冬晴に「レムールの森」へ橋渡り

㊟「レムールの森」・・・「アイアイのすむ森」には、飼育展示施設として「アイアイの森」、「レムールの森(2棟)」、ワオキツネザルの展示場があります。不忍池にかかる浮き桟橋からは、バオバブ(擬木)の周りで日光浴するワオキツネザルを、浮き桟橋を渡った対岸では、木から木へと渡るキツネザル類や、夜行性のアイアイが夜に活動する様子、餌をとるしぐさなど、活き活きとした姿を楽しく観察できます。(恩賜上野動物園情報より転載)

冬晴に「レムールの森」へ二人して

冬日浴ぶ弁天門より東照宮

冬晴の池辺に写生画描く人

冬の晴露店の付近に弁天堂

動物園通りを妻と冬日浴び

落葉踏み階段上り東照宮

階段を上る頬打つ冬の風

高台の人形供養碑浴ぶ冬日

冬晴の空背に清水観音堂

㊟清水観音堂(きよみずかんのんどう)・・・清水観音堂は、寛永寺を開創した天海が京都清水寺を模して寛永八年(1632)に創建した。当初、現在地より100m余り北方の摺鉢山上にあったが、元禄七年(1694)この地へ移築し、現在に至っている。堂宇は桁行五軒梁間四間、単層入母屋造り、本瓦葺、とくに不忍池に臨む正面の舞台造りは、江戸時代より浮世絵に描かれるなど著名な景観である。(上野恩賜公園HPより転載)

冬晴の青背に朱塗の観音堂

冬晴の空背に朱塗の観音堂

冬の晴扁額に千手観世音

冬の晴額に金字の観世音

観音堂鉦打ち合掌する冬日

冬日浴ぶ平和母子像に千羽鶴

冬日浴ぶ「時忘れじの塔」に鶴

㊟「時忘れじの塔」・・・「時忘れじの塔」とは、1945 年3月9日「東京大空襲」の犠牲者を悼む慰霊碑。平成十七年に建立。

冬日影鳥居を潜り神社へと

㊟花園神社・・・上野恩賜公園の桜並木からの横にある石鳥居と赤い鳥居の列を潜り進むと坂の近くに花園稲荷神社があり、道なりに石段を下りる五條天神へとつながる。

冬日影「うけらの神事」告知され

㊟「うけらの神事」・・・五條天神社では病鬼を退散させる追儺(ついな)の神事がしばしば行われる。毎年、2月3日に行われる「うけらの神事」もその一つである。

冬日影神輿安置の天神社

冬の晴高みに凜と「時の鐘」

㊟「時の鐘」・・・時の鐘は、はじめ江戸城内で撞かれていたが、寛永3年(1626年)になって、日本橋に移され、江戸市民に時を告げるようになった。初代の鐘は、寛文6年(1666年)の鋳造。その後、天明7年(1787年)に谷中感応寺(現、天王寺)で鋳造されたものが、現存の鐘である。
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枯蓮 (平成24年4月25日 水曜日)

2012/04/25 00:00
《今日の自選代表句と自句自解》

枯蓮向うに聳えるスカイツリー

 枯蓮の不忍池の向うに、近代的な東京スカイツリーがスクと聳え立っている。自然の枯蓮と、超近代的な電波塔の東京スカイツリーから、自然美と人工美の味わい深さを感じた。また、ブログの「治蝶の俳句関連写真集」 冬・新年の写真 ●冬の上野散策(東京都台東区)のDに、不忍池から望むスカイツリーの写真を掲載しています。どうぞご覧下さい。
㊟スカイツリー・・・東京スカイツリーの略称。東京都墨田区に建設された地上デジタル放送用の電波塔。観光利用を兼ねた電波塔では、世界一の高さ(634メートル)。


○ 冬の上野恩賜公園散策(その五)

動物園「イソップ橋」より冬景色

動物園橋の上より冬景色

冬晴の「いそっぷ橋」より望む池

冬晴の不忍池明るくて

不忍池の上空冬の鷺

不忍池の上飛ぶ冬の鷺

冬の鷺舞う池なかに弁天堂

㊟弁天堂・・・縄文時代ごろ、この辺り一帯は東京湾の入り江であった。その後海岸線の後退とともに取り残されて、紀元数世紀ごろ池になったと考えられる。15世紀頃には既に「不忍池」という名で呼ばれていた。1625年、江戸幕府によって西の比叡山延暦寺に対応させこの地に寛永寺が建立された。開祖である慈眼大師・天海は不忍池を琵琶湖に見立て竹生島になぞらえて弁天島(中之島)を築かせ、弁天堂を作った。当初は文字通り船で渡る島であったが1672年に東に向かって石橋が架けられ、徒歩で渡れるようになった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』の「不忍池」の項の変遷 [編集]より転載)

不忍池の枯蓮そちこちに

不忍池辺を歩く二羽の鶴

不忍池に鶴鳴く声響く 

冬晴にレッサーパンダ木を登り

㊟レッサーパンダ・・・レッサーパンダ(Ailurus fulgens)は、哺乳綱ネコ目(食肉目)レッサーパンダ科レッサーパンダ属に分類される食肉類。本種のみでレッサーパンダ属を構成する。別名アカパンダ。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

木を登りレッサーパンダの日向ぼこ

冬の晴レッサーパンダの毛繕い

冬の晴西園に入り干支展へ

ホール入り見る一月の展示物

新年に龍の話をするガイド

年新たガイドの話題は干支の龍

年新た干支なる龍に「九似あり」

年新た干支なる「龍に九似あり」

㊟「龍に九似あり」・・・竜に九似あり 読み方:りゅうにきゅうじあり 別表記:龍に九似あり 竜の姿を形容した表現。「角は鹿、頭は駱駝に、目は鬼、首は蛇、腹は蜃、鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛」に似ると言われている。(Weblio辞書より転載)

動物園冬期の展示に鹿の角

手袋を外して触れる鹿の角

展示見て池辺のベンチで日向ぼこ

枯蓮の池より望むスカイツリー

枯蓮の池の向こうにスカイツリー

枯蓮の池より望むスカイツリー

枯蓮スカイツリーを池辺より

高きかな枯蓮の背にスカイツリー

高きかな枯蓮の背のスカイツリー

枯蓮向うに聳えるスカイツリー 
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鶴 (平成24年4月24日 火曜日)

2012/04/24 00:00
《今日の自選代表句と自句自解》

動物園サル山の猿の日向ぼこ

 冬晴れの上野動物園(東京都台東区)。サル山には、二十数匹のニホンザルが集団で暮らしている。動き回る猿や毛繕いしている猿の中で、太陽の暖かな陽射しを浴びてのんびりと日向ぼっこをしている猿がいた。長閑な時間だけが通り過ぎて行く。晴れた冬の日にふさわしいサル山の光景がそこにある。


○ 冬の上野恩賜公園散策(その四)

五重塔陽射に明らか堀の鴨

堀の鴨水尾曳き番橋下へ

五重塔お堀の日影に張る氷

冬の晴塔のお堀に錦鯉

冬の朝塔のお堀に鳴く家鴨

堀の水映せし鶴の立ち姿

丹と黒の狭間に羽の白き鶴

堀の水なにやら啄ばむ鶴一羽

朝日浴び丹頂鶴の毛繕い

㊟丹頂鶴・・・「丹頂」に同じ。
 なお、ブログの「治蝶の俳句関連写真集」 冬・新年の写真 ●冬の上野散策(東京都台東区)のCに、寛永寺五重塔のお堀の丹頂鶴の写真を掲載しています。どうぞご覧下さい。

朝日浴ぶ丹頂鶴の毛繕ひ

冬日浴びゆるゆる流れる堀の水

公園の花壇の日影に白き雪

公園に冬の日浴びるアジア象

動物園サル山の猿の日向ぼこ

冬日浴び蚤とりする猿岩山に

冬日背に猿山囲む親子連れ

北風や木の枝杖に立ちし猿

北風や追われて声上げ逃げる猿

枝を手に葉を食む猿に冬陽射

動物園ラマとバクとが日向ぼこ

冬日浴び東園より西園へ

冬日浴び「イソップ橋」を渡り行く

㊟「イソップ橋」・・・上野動物園(総面積は約15万u)の表門側の本園(東園)と不忍池側の文園(西園)とをつなぐイソップ橋。

橋渡る妻の帽子に冬日射

冬日浴び橋の傍走るモノレール

冬晴にゆるゆる動くモノレール

冬晴にゆるりと走るモノレール

動物園橋下の山羊は日向ぼこ
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冬の鳥 (平成24年4月23日 月曜日)

2012/04/23 00:03
《今日の自選代表句と自句自解》

冬の朝笹食むパンダ愛くるし

 冬の朝、上野動物園のジャイアントパンダのシンシンとリーリーがそれぞれ笹を実においしそうに食べていた。その仕草がとても可愛くて、愛くるしい。掲載した写真をご覧ください。ブログの「治蝶の俳句関連写真集」 冬・新年の写真 ●冬の上野散策(東京都台東区)のAに、二匹のジャイアントパンダの写真を掲載しています。どうぞご覧下さい。
㊟パンダ・・・ジャイアントパンダのこと。ジャイアントパンダ(学名:Ailuropoda melanoleuca、英語名:Giant Panda、中国語名:大熊猫。異称等については後述)は、中国大陸で進化し、アバ・チベット族チャン族自治州域内が主たる生息地である。現在では中華人民共和国のごく限られた地域(四川省・陝西省など)にわずかな頭数が残存する[1]、竹食などの草食傾向が比較的高い雑食性の大型哺乳類。ネコ目(食肉目)- イヌ亜目- クマ下目 (en) 中のクマ科- ジャイアントパンダ亜科に分類される、ジャイアントパンダ属の、唯一現生する1種。四川と秦嶺の2亜種が知られる(後記「#下位分類」を参照)。白と黒にはっきりと分かれた体毛が際立った特徴である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)


○ 冬の上野恩賜公園散策(その三)

冬晴の休日の朝人あまた

冬の晴人ざわざわと開園待ち

冬の晴バンダ舎めがけ駆け行けり

冬の晴直ぐにバンダ舎人の列

冬の晴向こうにパンダ垣間見え

冬の朝笹竹食みしパンダ居て

冬の朝パンダは座して笹を食み

冬の朝パンダは座して笹を食む

冬の朝パンダ笹手に噛む仕草

冬の朝笹食むパンダ愛くるし

冬の朝他所の子パンダ「かわいい」と

笹を食むパンダをカメラに冬の朝

冬の朝笹食むパンダを撮影す

五重塔日影の屋根に白き雪

㊟五重塔・・・旧寛永寺五重塔 寛永8年(1631)、土井利勝が寄進した塔は、寛永16年(1639)に焼失しました。現在の塔は、焼失後に寄進されたものです。五重塔は、上野動物園内に位置しています。(上野恩賜公園HPより転載)
 なお、ブログの「治蝶の俳句関連写真集」 冬・新年の写真 ●冬の上野散策(東京都台東区)のBに、寛永寺五重塔の写真を掲載しています。どうぞご覧下さい。

冬朝日五層の甍空へ反り

冬の晴五層の甍空へ反り

冬の晴五層の甍反り空に

冬の晴五層の甍青に反り

冬の晴五層の甍青に浮き

枯木立五重塔の抜きん出て

冬の晴塔の相輪天を突き

㊟相輪・・・寺の多重塔の天辺には相輪(そうりん)と呼ばれる飾りがある。相輪には、9つの輪が乗り、それを九輪(くりん) と呼ぶ。さらに九輪の上には水煙(すいえん)という相輪の中でも最も華やかな飾りが ある。

冬朝日九輪と水煙ありありと

冬朝日塔の朱塗を明らかに

五重塔聳ゆる空を冬の鳥

寛永寺石灯籠は雪の中

冬の晴堀に五重の塔の影
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冬木立 (平成24年4月22日 日曜日)

2012/04/22 00:14
《今日の自選代表句と自句自解》

枯木立風に揺れる枝青を塗り

 冬晴れの青空の広がる上野恩賜公園(東京都台東区)内の枯木立の枝が、風に揺れている。まるで空に木の枝先で、青を塗っているように見える。


○ 冬の上野恩賜公園散策(その二)

摺鉢山古墳の日影に霜柱

㊟古墳・・・上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)内の正岡子規記念球場のすぐ横に、約千五百年前の前方後円墳の摺鉢山古墳 (すりばちやまこふん)がある。後円部の頂上は展望台広場になっている。かつては園内に、多数の円墳があったそうだ。

北風の吹く古墳の広場に展望台

風吹きし古墳の広場に霜柱

風吹きし古墳の広場に冬日射

北風吹きし古墳広場を通り抜け

吹く風に枝触れ動く冬木立

吹く風に音立て触れる枯木立

枯木立上に広がる空真青

枯木立枝先空に青描く

枯木立風揺らす枝青を塗り

枯木立吹く風に枝青を塗り

枯木立風に揺れる枝青を塗り

北風吹きし上野公園寒ざむと

㊟上野公園・・・上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)は、東京都台東区にある公園。通称上野公園。「上野の森」とも呼ばれ、武蔵野台地末端の舌状台地「上野台」に公園が位置することから、「上野の山」とも呼ばれる。総面積約53万m2。東京都建設局の管轄。公園内には博物館、動物園等、多くの文化施設が存在する。「上野公園」は台東区の町名でもある。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

寒寒し上野の桜はまだ冬芽

冬木立向こうに上野大仏が

㊟上野大仏・・・上野大仏(うえのだいぶつ)は、現在の東京都台東区上野恩賜公園内に造立されていた大仏。像高約6メートルの釈迦如来坐像だった。度重なる罹災により損壊し、現在では顔面部のみがレリーフとして保存されている。所在地は上野精養軒に隣接する大仏山と呼ばれる丘の上。薬師仏を祀るパゴダ様式の祈願塔と志納所が併設されている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

上野かな大仏囲む冬木立

寒鴉鳴くなか向かう動物園

冬晴の日に小松宮親王像

㊟小松宮親王・・・小松宮彰仁親王(こまつのみやあきひとしんのう、弘化3年1月16日(1846年2月11日) - 1903年(明治36年)2月26日)は日本の皇族。官位は元帥陸軍大将大勲位功二級。仁和寺宮嘉彰親王と同一人物。伏見宮邦家親王第8王子である。妃は、旧久留米藩主有馬頼咸の長女頼子。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

公園の騎馬像冬の朝日浴び

冬日浴ぶ石碑に上野動物園

冬日浴ぶ植込みのかたちパンダかな

冬日浴ぶ植込みのかたちゴリラかな

冬の朝動物園に並ぶ人

冬の朝開園前に人並び

冬日浴ぶ屋根看板に動物園

冬日浴ぶ字の看板に動物園

冬晴の真青に赤く動物園

冬日浴ぶ横断幕にパンダの名

㊟パンダ・・・ここでは、ジャイアントパンダのこと。ジャイアントパンダについて【和名】ジャイアントパンダ【英名】Giant Panda【学名】Ailuropoda melanoleuca【中国名】大熊猫【分類】食肉目 クマ科(中国では食肉目ジャイアントパンダ科とするのが一般的)【生息域】中国南西部の四川省、陜西省、甘粛省の標高1300〜3500m【体の大きさ】体長:120〜150cm 体高: 70〜80cm 体重: 85〜150kg【繁殖期】野生では3月から5月にかけて。飼育下では1月から発情が始まったり、秋に交尾をしたりした例もあります。【食べ物】野生ではタケの幹、葉、タケノコ稀に昆虫やネズミなども捕食 。動物園でも主食はタケ。その他にニンジンやリンゴ、さらにはパンダダンゴと呼ばれているもの。パンダダンゴはトウモロコシ粉、大豆粉、ビタミン類、ミネラルなどを水に溶いて蒸して作ります。【生息数】野生のジャイアントパンダは約1590頭。飼育しているジャイアントパンダは現在300頭を超えています。(上野動物園HPより転載)

冬日浴ぶ横断幕に「ようこそ」と

シンシンとリーリーの幕に冬朝日

㊟シンシンとリーリー・・・リーリー(力力)オス 2005年8月16日、臥龍保護センター生まれ 体重:139.2kg(2012年3月5日時点)◎飼育係からのひとこと リーリーは、気の優しい大らかな性格のオス。初めて目にする物や聞き慣れない音には、神経を集中させて確認する慎重派ですが、危険がないとわかるとすぐに落ち着きを取り戻します。走り回ったり、木に登ったり、ときに活発に動き、たくましさも見せるパンダです。
 シンシン(真真)メス 2005年7月3日、臥龍保護センター生まれ 体重:125.8kg(2012年3月5日時点)◎飼育係からのひとこと シンシンは、あどけなさの残ったおてんばな女の子という印象です。怖いもの知らずで、はじめての物や人でもためらわずに近づいていきます。また、リーリーとちがって、シンシンは甘いものがきらい。ただし、竹に関してはかなりの「グルメ」で、種類や質によって食べる部分をこまめに変えるこだわりの持ち主です。(上野動物園HPのパンダプロフィールより転載)

冬日浴ぶ幕にシンシン・リーリーと

冬日浴ぶ二匹のパンダの顔写真
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北吹く (平成24年4月21日 土曜日)

2012/04/21 02:58
《今日の自選代表句と自句自解》

人の居ぬ子規球場の雪白し

 上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)にある「正岡子規記念球場」。今、日影に雪が残る野球場には、誰もいないが、明治20年頃に正岡子規が、上野公園内で好きな野球を楽しんでいた姿を想像してみた。時間が経つにつれ、子規を偲ぶ想いが強くなってきた。
㊟子規・・・正岡 子規(まさおか しき、1867年10月14日(慶応3年9月17日) - 1902年(明治35年)9月19日)は、日本の俳人、歌人、国語学研究家である。名は常規(つねのり)。幼名は処之助(ところのすけ)で、のちに升(のぼる)と改めた。俳句、短歌、新体詩、小説、評論、随筆など多方面に渡り創作活動を行い、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした、明治時代を代表する文学者の一人である。死を迎えるまでの約7年間は結核を患っていた。(Feペディアより転載)


○ 冬の上野恩賜公園散策(その一)

冬の晴妻連れ上野散策へ

㊟上野・・・東京都台東区西部の地域。寛永寺・上野公園やアメ横がある。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

北風の吹くなか妻と向かう駅

二人して北吹くなかを向かう駅

朝日射す屋根より溶けて氷落つ

北風やユーカリの木肌寒ざむと

北風やユーカリの肌寒寒し

松戸駅デッキの隅に白き雪

㊟松戸駅・・・松戸駅(まつどえき)は、千葉県松戸市松戸にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・新京成電鉄の駅である。(Feペディアより転載)

駅デッキ日影に伸びる白き雪

群し鳩駅デッキに張る氷食む

朝日浴び鳩群れ啄ばむ氷かな

江戸川を渡る車窓に雪白く

冬の晴電車の車窓にスカイツリー

冬の晴車窓に近付くスカイツリー

冬の晴ビルの狭間にスカイツリー

上野駅ホームに差し込む冬朝日

㊟上野駅・・・東京都台東区上野にあるJR主要駅の一。明治16年(1883)開業。東北本線・信越線などの列車の発着駅で、東京の北の玄関口として発展。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

冬の晴上野駅降りスカイツリー

冬の晴公園口よりスカイツリー

冬晴のスカイツリーに雲一片

野球場日影に雪のありありと

㊟野球場・・・野球場(愛称:「正岡子規記念球場」)明治20年ごろ、正岡子規が上野公園内で草創期の野球を楽しんでいたことから、愛称がつきました。
「春風や まりを投げたき 草の原」の句を刻んだ碑が建てられています。(平成18年7月21日除幕式)(上野恩賜公園‐施設利用案内‐HPより転載)
 なお、ブログの「治蝶の俳句関連写真集」 冬・新年の写真 ●冬の上野散策(東京都台東区)の@に、「正岡子規記念球場」と子規句碑の写真を掲載しています。どうぞご覧下さい。

子規記念球場日影の雪白し

人の居ぬ子規球場に雪白く

人の居ぬ子規球場の雪白し

人の居ぬ子規球場に霜柱

子規球場日影に白じろ霜柱

子規句碑の近き土壌に白き雪

子規句碑の建ちし土壌に霜柱

冬日影子規句碑の字の白じろと

冬日影球場前にし子規偲ぶ 

冬日影句碑を前にし子規偲ぶ

野球場入口付近に冬日影

冬日影入口ゲートに白きもの
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冬夕べ (平成24年4月20日 金曜日)

2012/04/20 00:07
《今日の自選代表句と自句自解》

冬の晴静電気の児の髪アフロ 

 乾燥気味の冬晴れの今日の休み時間。子ども達が、下敷きで静電気遊びを始めた。友達同士でわざと頭の髪の毛を立たせて、わいわい言いながら遊んでいる。ストレートに髪の毛がそば立つ子もいるが、なかには、アフロヘアーのようになる子もいた。「アフロだ。アフロだ。」と言って、皆で大笑いした。
㊟アフロヘア・・・アフロヘアー(Afro-hair)、あるいは単にアフロ(Afro)は、「アフリカ系の髪型」の意を持つパーマの一つである。髪を大きく膨らませ丸い形にする特徴がある。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)


○ 一月日々折々 その二十五 (冬晴れの或る日 その四)

冬の昼お替り多き給食に

冬の晴昼の陽射しの暖かし

冬の晴児ら静電気遊びして

冬の晴児らの毛立たす静電気

冬の晴静電気で立つ頭の毛

冬晴に静電気の髪アフロヘア

冬の晴静電気の児の髪アフロ

冬晴の庭で子供ら鬼ごっこ

校庭の日向のぬかるみ児ら避けて

冬晴の校庭に児らの笑い声

校庭の倉庫の日影に白き雪

一月に古き道具を調べる子

一月の今日のヒーローに児ら拍手

冬の午後児ら大声でさようなら

冬の晴ぬかるむ庭で児ら部活

冬の晴ぬかるむ庭で児らサッカー

夕時に日影の雪踏み裏庭へ

裏庭に北風吹きゆく夕間暮れ

裏庭に吹く風寒き夕間暮れ

学び舎の裏庭に残る雪だるま

裏庭の学び舎の田に張る氷

夕暮れて学び舎点る冬灯

冬夕べ畑に煙立ち上る

梨畑日暮れに焚火の煙立つ

梨畑焚火の臭い運ぶ風

梨畑焚火の臭い夕暮に

冬の宵風吹くなかを就く家路
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冬うらら (平成24年4月19日 木曜日)

2012/04/19 00:02
《今日の自選代表句と自句自解》

冬晴に一番太鼓の音高し

 冬晴れの日に、学校で全校児童対象の落語鑑賞教室が開催された。噺家の叩く、一番太鼓の音が、「ドンドンドンと来い」と高く響き渡る。実に勇ましく心地よい音だ。
㊟一番太鼓・・・寄席で、開場の時に叩く太鼓。「ドンドンドンと来い」と聞こえるように太鼓を叩く。


○ 一月日々折々 その二十四 (冬晴れの或る日 その三)

一月に金太郎師匠来校す

㊟金太郎師匠・・・山遊亭金太郎師匠のこと。山遊亭 金太郎(さんゆうてい きんたろう)は落語の名跡。当代は3代目。(中略)3代目山遊亭 金太郎(さんゆうてい きんたろう、1956年6月4日 - )は山形県小国町出身の落語家。落語芸術協会所属。本名:佐藤敏弘。出囃子は『金太郎童謡』。愛称は大柄だけに「落語界の中村吉右衛門」。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)通称、金チャン。

一月に落語鑑賞教室が

児童らはジャンパー着込み体育館

体育館ストーブふたつ焚かれをり

体育館全校児童居ても寒し 

体育館寒きステージに置く高座

ジャンパーの司会者噺家紹介す

冬の晴金チャンコールする子ども

一月に落語鑑賞する児童

冬の晴一番太鼓の音響く

長ばちで一番太鼓を冬の晴

冬の晴「ドンドンドンと来い」の音

冬晴に一番太鼓の音響く

冬晴に一番太鼓の音高し

冬の晴一番太鼓を児と教師

冬の晴弟子のくま八の落語聞く

㊟くま八・・・山遊亭くま八のこと。山遊亭金太郎師匠の弟子。

冬の晴弟子の小噺に笑う児ら

㊟小噺(こばなし)・・・短くおもしろい話。ちょっとした気の利いた話。

冬の晴落語の「たぬき」に児ら笑ひ

一月に全校児童聞く落語

冬の晴金チャンコール湧き起こる

冬の晴扇子と手ぬぐい師匠手に

冬の晴師匠高座に上りけり

一月に師匠の落語聞く児童

冬の晴師匠の噺に笑う児ら

冬の晴師匠の仕草に驚く児

冬の晴落語家の仕草面白し

冬うらら与太郎の愚の面白さ

冬晴に師匠の落語「平林」

㊟「平林」・・・平林(ひらばやし)は落語の演目。原話は、安楽庵策伝が寛永5年(1628年)に出版した笑話本『醒睡笑』の一遍である「推はちがうた」。あらすじ [編集]『平林』(ひらばやし)というお医者の所へ、書き物を届けることになった定吉。忘れないように、口の中で「ヒラバヤシ」を繰り返しながら歩いていくが、途中でやたらと邪魔が入り、気づいた時には宛名の読み方を忘れてしまった。困っているところに、ちょうど人が通りかかったので書き物を見せると「タイラバヤシだろ?」。どうも違うような気がして、別な人を捕まえて聞いてみると「ヒラリンでしょ?」。また違うような気がして、通りかかった人に聞いてみると「イチハチジュウノモクモクじゃねぇか」。これも違うような気がして、別の人に聞いてみると「ヒトツトヤッツデトッキッキ」。迷った挙句、『下手な鉄砲も数撃てば当たる』ということで教えられた名前を全部つなげて怒鳴ることにした。「♪タイラバヤシかヒラリンか、イチハチジュウノモクモク、ヒトツトヤッツデトッキッキ」怒鳴っているうちに節が付いてしまい、あっという間に人が集まってくる。その中の一人が「何をやっているんだ?」「へぇ、人を探しているんです。ところで、あなた様の名前は?」「私は平林(ヒラバヤシ)だ」「ヒラバヤシ…おしい!」(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

一月の鑑賞落語に湧く拍手

一月の落語鑑賞面白し
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蜜柑 (平成24年4月18日 水曜日)

2012/04/18 01:13
《今日の自選代表句と自句自解》

朝日射たわわな蜜柑金色に 

 冬晴れの朝。農家の庭のたわわになった蜜柑が、朝日に照り輝いて金色に光っている。たわわなだけに、千両箱の輝きを見ているような錯覚に陥る。


○ 一月日々折々 その二十三 (冬晴れの或る日 その二)

農道の水溜まりに張る薄氷

通勤や日影の雪踏み行く農道

冬晴れの梨の畑に農夫いて

梨畑日影に積もる雪白し

冬の朝日に解け農道ぬかるめり

青空と畑狭間を北風吹きし

青空と畑狭間を北風抜けし

晴れし空畑の日影の雪白し

立ち止まり青空へ吐く白き息

枯木立鳴いて飛び立つ鳥一羽

通勤路路肩に残る雪白し

晴れし空農家の日影の雪白し

通勤路農家の庭になる蜜柑

通勤路蜜柑たわわな農の庭

農の庭蜜柑朝日に照り映えて

朝日射たわわな蜜柑金色に 

農の庭生垣の影に雪白く

北側の農家の屋根に雪白く

通勤路吹く風に両手かじかめり

寒晴の青に伸びゆく送電線

寒晴の空を見上げて上る坂

崖に咲く水仙根元に白きもの

冬の庭泥濘避けて縄跳ぶ児

学び舎の池の全面凍結す

学び舎の花壇の全面霜柱

一月に発表原稿書く子ども
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凍道 (平成24年4月17日 火曜日)

2012/04/17 03:21
《今日の自選代表句と自句自解》

凍道をゆるゆる走る郵便車

 寒い朝、日影の道にはまだ雪があったり、凍結している所もある。集配(または回収)の赤い郵便車も、減速しながら走行している。


○ 一月日々折々 その二十二 (冬晴れの或る日 その一)

寒暁の道に犬連れの人の影

寒き朝妻と飲むお茶直ぐ冷めて

天気予報今年度稀な大寒冬

寒き朝マイナス八度の天気予報

寒き朝手足暖め出勤す

出勤日凍結している朝の道

凍結や日影の道避け行く職場

空青し出勤日の朝冬晴れに

空晴れし日影の屋根に雪白く

空真青日影の屋根に雪白く

駅降りて行く道吹きゆく風寒し

擦れ違う車の屋根に白き雪

雪道をゆるゆる走る郵便車

凍道をゆるゆる走る郵便車

空真青行く道吹きゆく風寒し

霜柱広場の路傍林立す

通勤路朝日に光る霜柱

通勤路朝日に輝く霜柱

通勤路朝日に煌めく霜柱

通勤路北風吹くなか歩きゆく

晴れし朝芝生上我が寒き影

空真青芝生広場に寒き影

晴れし朝広場に残る雪だるま

植込みの根もとの周りに雪白く

行く道や畑の日影に雪白く

農道の片側残る雪白し

朝日背に北風吹くなか行く農道
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雪 (平成24年4月16日 月曜日)

2012/04/16 02:42
《今日の自選代表句と自句自解》

早朝の内に雪掻き通学路 

 久し振りに五センチ程の雪が降った。早朝、子ども達の登校時間になる前に、すぐ近くの通学路の雪掻きを済ませた。人が多く通る道から、自宅へと雪掻きけをして行った。途中休憩を入れながら、一時間以上かけて雪掻きをした。


○ 一月日々折々 その二十一 (関東地方に大雪)

関東の雪は深夜も降り続く

関東は未明に雪止む天気予報

我が街の未明の積雪四五センチ

関東は六年振りの大雪に

我が家の車庫に氷柱の下がりをり

白じろと我が家の庭木に積もる雪

家近き植込みに白き雪帽子

早朝に久方振りの雪掻を

手にシャベル長靴履いて雪掻を

雪道に点々と伸びる足の跡

雪の道人の足跡点々と 

自宅前自宅付近の雪掻を

ご近所の道の雪掻早朝に

雪掻や先ずはみんなの通る道

雪掻や先ずは皆の通る道

早朝の内に雪掻き通学路 

雪の道車はシャリシャリ音立て

車去り平行な轍(わだち)雪道に

通学路の一部の除雪早朝に

雪掻や軍手で額の汗拭う

雪掻や荒き息吐き拭う汗

雪掻や身は火照て外寒寒し

雪掻やひと休みして拭う汗 

雪掻や路傍に積みゆく白き山

雪掻や雪掻人夫の如くして

雪掻や雪掻人夫の如動く

雪掻や締めは我が家の玄関前

早朝に一時間余り雪掻を

作業終え吐く息白き朝七時 

雪掻や終えて晴れゆく気配して

雪掻を終へて肌着のひんやりと 

作業終えホットコーヒー啜る朝

作業終へホットコーヒー啜りけり

冬夕べ妻と亀有へ映画観に

㊟亀有・・・亀有(かめあり)は、東京都葛飾区北部にある地名。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

冬夕べALWAYSの映画観に

㊟ALWAYS(オールウェイズ)・・・ここでは、シリーズ第三作目の映画「ALWAYS三丁目の夕日'64」のこと。

冬の日にALWAYS観に亀有へ

冬夕べ亀有駅より映画館

冬夕べ行く道脇に「こち亀」像

㊟「こち亀」・・・『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(こちらかつしかくかめありこうえんまえはしゅつじょ)は、秋本治による日本の漫画作品。『週刊少年ジャンプ』(集英社)において1976年42号より現在まで連載中。『週刊少年ジャンプ』の最長連載作品である。通称「こち亀(こちかめ)」。(中略)亀有公園前派出所に勤務する警察官両津勘吉(りょうつ かんきち)を主人公とし、その同僚や周辺の人物が繰り広げるギャグ漫画。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

冬夕べ行く道脇に「両さん」像

冬夕べ入るMOVIX(ムービックス)亀有館

冬夕べ妻と3D映画観て

㊟3D・・・3D(スリーディー)は、「three-dimensional」あるいは「three dimensions」の略語であり、「3次元の」、あるいは「3次元」を意味する。物体構造などのモデリング、立体視等の用語などに用いられる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

ALWAYS三丁目の夕日観る冬日

冬の夜映画の余韻残りをり

冬の夜に妻と昔を懐かしみ
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冬の雨 (平成24年4月15日 日曜日)

2012/04/15 02:00
《今日の自選代表句と自句自解》

庭駆ける体操着の児ら白い息 

 今年は寒気が厳しい。校庭を周回する体操服の児童の口から、白い息が立ち上る。


○ 一月日々折々 その二十 (月曜の某日 その二)

冬の雲映し池面の寒寒と

事務室に明るき灯冬の朝

始業前教室明るき冬灯

教室にストーブの火の赤あかと

冬の朝児の母本手に読み聞かせ

㊟読み聞かせ ・・・読み聞かせ(よみきかせ)とは、主に乳幼児期から小学校年齢の子供に対して、話者がともに絵本などを見ながら音読する行為である。1896年に巌谷小波が京都の小学校で行った口演童話(こうえんどうわ)がルーツであると言われている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

体育や朝礼台に児のジャンパー

冬空に準備運動の児らの声

庭駆ける体操着の児ら息白し

庭駆ける体操着の児ら白い息

校庭を駆け回る児の息白し

校庭で馬跳びする児の息白し

縄跳びの数える声する冬の庭

一月に紙版画作る三年生

一月や児童ら作る紙版画

一月や版画に夢のストーリー

一月に二時間続きの紙版画

給食時パラパラ降り出す冬の雨

校庭に雨脚白き冬の雨

冬の雨児らリコーダーを昼休み

掃除する教室の窓に冬の雨

一月に発表の仕方学ぶ児ら

帰りの会児の作品を返す冬日

晩冬に児の作品を児に返す

晩冬に書初作品児に返す 

下校子のカラフルな傘明るくて

晩冬の職員会議放課後に

冬の雨傘差し歩く帰り道

冬の雨降るなか宵に就く家路

夜になり予報通りの雪降れり

夜になり街にしんしんと雪降れり

夜になり関東地方に降りし雪

我が街に雪は次第に積もりゆく

我が街に降る雪夜中も降り続き
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万両 (平成24年4月14日 土曜日)

2012/04/14 01:33
《今日の自選代表句と自句自解》

降霜や畑の土壌盛り上がる

 今年は厳しい寒気のため、雪解けの水をたっぷり含んだ畑の土壌は、降霜にふっくらと盛り上がっていた。


○ 一月日々折々 その十九 (月曜の某日 その一)

白き息吐いていつもの通勤路

寒き朝音立てて行く救急車

寒き朝静けさ破る救急音

救急車固き寒気を破り行く

朝七時駅舎に明るき冬灯

下車駅の空に広がる冬の雲

冬の朝明るき車の前照灯

通勤路広場植込みに霜柱

目の前の畑の一面霜の色

霜降りし畑の土壌盛り上がる

降霜や畑の土壌盛り上がる

擦れ違う赤きマフラーの女子高生

擦れ違う女子高生の息白し

白き息吐く女学生の首赤き

通勤路農家の庭に花八つ手

冬の朝梨の畑に薄き靄

通学路黄の帽子より白き息

前歩く登校子の吐く息白し

万両やひと際明るき農の庭

紫陽花の枝の芽膨らむ晩冬に

傘持ち坂上り来る登校子 

学び舎の坂上る児の息白し

息白き「おはよう」の声上り来る

冬の朝靄にうっすらスカイツリー

朝靄の枯野の向こうにスカイツリー

冬の朝部活の子らの高き声

冬の朝曇天揺るがす児らの声
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冬の夕 (平成24年4月13日 金曜日)

2012/04/13 01:01
《今日の自選代表句と自句自解》

冬の日にスカイツリーは夕映えて 

 冬の一泊二日の旅の帰り道。東北自動車道から東京外郭環状道路を走行し、さらに一般道へ抜けて、江戸川の橋を渡ると、西空に夕映えの「東京スカイツリー」が見えた。オレンジ色に染まる東京スカイツリー。実にきれいな眺めだ。
㊟スカイツリー・・・「東京スカイツリー」の略称。東京スカイツリー(とうきょうスカイツリー、Tokyo Sky Tree)は東京都墨田区押上にある電波塔(送信所)である。2008年7月14日に着工し、2012年2月29日に竣工した。ツリーに隣接する関連商業施設・オフィスビルの開発も行われており、ツリーを含めたこれらの開発街区を東京スカイツリータウンと称する。2012年5月22日に開業予定。
(Feペディアより転載)


○ 旅・雪の塩原(栃木県) その十八

高速道秩父連山に冬夕日

冬の旅加須・久喜・蓮田・岩槻へ

冬の旅車窓に埼玉スタジアム

㊟埼玉スタジアム・・・埼玉スタジアム2002(さいたまスタジアム にまるまるに)は、埼玉県さいたま市緑区の埼玉スタジアム2002公園内にあるサッカー専用のスタジアムである。(Feペディアより転載)

冬の旅川口より乗る外環道

㊟外環道・・・東京外郭環状道路 の略称。通称は外環。東京都大田区から千葉県市川市に至る85キロメートルの環状道路。

冬の夕車窓の西空オレンジに

冬の夕高速多少は渋滞す

冬の旅帰りに中川渡りゆく

㊟中川・・・中川(なかがわ)は、埼玉県および東京都を流れ東京湾に注ぐ一級河川。利根川水系の支流である。上流を島川、中流を庄内古川と呼称する場合もある。(Feペディアより転載)

冬の旅中川夕日に照り映へし

冬の旅川面夕日に照り映へし

冬の旅中川夕日に煌めけり

冬の旅川面に夕日煌めけり

冬の旅家に近付き起こす孫

冬の旅車窓の富士山夕映えて

冬の旅孫に夕富士指差して

冬の夕バスは三郷より一般道

㊟三郷・・・三郷市(みさとし)は、埼玉県南東部にある人口約13万人の市。地理 埼玉県の南部最東端に位置する。東京都心からは約20kmの距離で、市の東境を江戸川が、西の境を中川が、中央部に大場川が流れる。(Feペディアより転載)

江戸川を越し行くバスに冬夕日

冬の日にスカイツリーは夕映えて 

冬の夕スカイツリーはオレンジに

冬の旅孫らと望むスカイツリー

冬夕べ橋より望むスカイツリー

冬の旅埼玉越えて千葉県へ

江戸川や枯芝広がる河川敷

橋下に枯芝広ぐゴルフ場 

冬の旅江戸川越えて松戸市へ

冬夕べ江戸川越えて松戸市へ

冬の旅無事終えバスに湧く拍手

冬夕べ土産手にして就く家路

子に礼を言われて家路に就く冬日
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冬の山 (平成24年4月12日 木曜日)

2012/04/12 00:51
《今日の自選代表句と自句自解》

東北道枯田の向こうに筑波山

 旅の帰り道、東北自動車道を上り、渡良瀬川を越えた辺りから広がりを見せる枯田の向こうに筑波山を望むことができた。味わいのある山容だ。
㊟筑波山(つくばさん)・・・茨城県西部にある山。標高877メートル。主峰女体山(にょたいさん)とその西の男体山(なんたいさん)(870メートル)の2峰よりなる。八溝(やみぞ)山地南端をなす筑波山塊の西側山列にあり、関東平野に突き出た優美な山容をもつ。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)


○ 旅・雪の塩原(栃木県) その十七

冬の旅佐野の出発三時過ぎ

乗るバスに差し込む冬日眩しくて

冬の旅帰りの道も順調に

冬の旅バスの座席で眠る孫

吹く風に揺れる車窓の枯芒

渡良瀬川渡る向こうに冬の山

㊟渡良瀬川(わたらせがわ)・・・栃木、群馬、茨城、埼玉の各県を流れる、利根(とね)川の支流。栃木県日光(にっこう)市の皇海(すかい)山と、庚申(こうしん)山の間の山中に源を発し、仁田元沢(にたもとさわ)、久蔵沢(くぞうさわ)、神子内(みこうち)川を合し、渡良瀬からほぼ南西に流路をとり、大間々(おおまま)から平野に出るとともに南東方向に転じ、群馬県桐生(きりゅう)市、栃木県足利(あしかが)市、佐野市などの機業地帯を流れ、渡良瀬遊水池を経て茨城県古河(こが)市(東岸)、埼玉県加須(かぞ)市北川辺(きたかわべ)地区(西岸)で利根川に合流する。全流域面積約1210平方キロメートル、流路長94キロメートル。(Yahoo! 百科事典より転載)

冬の川渡る向こうに筑波山

冬の旅バスの車窓に筑波山

東北道枯田の向こうに筑波山

東北道枯田の向こうの遠筑波

高速道車窓に筑波の冬景色

東北道バスの車窓に冬景色

冬の旅館林過ぎて青空も

㊟館林(市)(たてばやし)・・・群馬県南東部にある市。1954年(昭和29)邑楽(おうら)郡館林町と郷谷(さとや)、大島(おおしま)、赤羽(あかばね)、六郷(ろくごう)、三野谷(みのや)、多々良(たたら)、渡瀬(わたらせ)村の1町7村が合併して市制施行。利根(とね)川と渡良瀬(わたらせ)川に挟まれた沖積低湿地と洪積台地からなり、低湿地には城沼(じょうぬま)、多々良沼、近藤沼(こんどうぬま)などの小湖沼群がある。市街地は台地上にあって、市役所が標高25メートルの位置にある。(Yahoo! 百科事典より転載)

冬の旅帰りは雲間に青空も

冬の旅次第に離れる男体山

高速道車窓に雪の男体山

冬の旅車窓に小さき男体山

流れゆく青空を背の枯木立 

冬の旅帰りに利根川越えゆけり

㊟利根川・・・群馬県と新潟県の境、三国(みくに)山脈中の大水上(おおみなかみ)山の東小沢に水源を発し、関東平野をほぼ南東流して千葉県銚子(ちょうし)で太平洋に注ぐ大河川。延長322キロメートルで長さでは信濃(しなの)川に次いで全国2位、流域面積は1万6840平方キロメートルでわが国最大である。坂東(ばんどう)太郎の別称がある。(Yahoo! 百科事典より転載)

冬の旅枯れ色の利根渡りゆく

冬の旅帰りに栃木群馬越え

冬の午後坂東太郎を渡り行く

冬の旅帰り群馬より埼玉へ

東北道車窓を流れる枯田かな

高速道車窓を流れる冬木立

枯木立鳥の巣ふたつ明らかに 

東北道車窓の冬空オレンジに
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残る鷺 (平成24年4月11日 水曜日)

2012/04/11 00:01
《今日の自選代表句と自句自解》

バスの旅雪の山並幾重にも 

 冬のバスの旅で、東北道をひた走る。雪に覆われた日光の男体山がよく見える。さらに、男体山の近くには女峰山、大真名子山、太郎山など雪を被った日光連山などの山々が連りを見せている。
㊟男体山・・・栃木県北西部、日光市にある火山。標高2484メートル。山麓に中禅寺湖がある。古くからの山岳霊場。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)


○ 旅・雪の塩原(栃木県) その十六

箒川岸辺に一羽残る鷺

㊟箒川・・・箒川(ほうきがわ)は、栃木県の那須野が原南縁を流れる那珂川水系の一級河川である。(Feペディアより転載)

渡り行く箒川岸に残り鷺

渡り行く白き川岸に冬の鷺

冬の旅バスの座席で出る欠伸

冬の旅国道走行矢板へと

冬の旅バスの車窓に新幹線

冬の旅矢板より入る東北道

㊟矢板・・・矢板市(やいたし)は、栃木県北部の市である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

冬の旅二時過ぎに入る東北道

雪山を遥かに望み東北道

東北道バスの車窓に枯芒

東北道車窓の田圃に積もる雪

冬の旅バスで那珂川渡り行く

㊟那珂川・・・栃木県北部の茶臼岳(ちゃうすだけ)付近に源を発し、南東流して茨城県に入り那珂湊(なかみなと)で太平洋に注ぐ川。長さ150キロ。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

順調や雪山眺め高速道

冬の旅バスで鬼怒川渡り行く

㊟鬼怒川・・・栃木県北西端にある鬼怒沼に源を発し、県中央部を貫流して茨城県南西部で利根川に合流する川。長さ177キロ。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

宇都宮近付く冬空アドバルン

㊟宇都宮・・・宇都宮市(うつのみやし)は、関東地方の北部、栃木県の中部に位置する市で、同県の県庁所在地である。1996年4月1日より、中核市に指定されている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

東北道窓に雪の男体山

高速道窓に雪の男体山

冬の旅連なる山並幾重にも

バスの旅雪の山並幾重にも

冬の旅乗るバス栃木を走行す

㊟栃木市・・・栃木市(とちぎし)は、栃木県の南部にある人口約14万5000人の市。県内人口第4位。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

連山は冬空を背に四五列に

東北道バスの車窓に枯木立

冬の旅佐野で駐車し小休止

㊟佐野・・・佐野市(さのし)は、栃木県南西部(安足)に位置する市。旧安蘇郡。2005年2月28日に旧佐野市、安蘇郡田沼町、同郡葛生町の新設合併により発足。人口は12万人で栃木市に次ぎ同県第5位、近年は佐野ラーメンとアウトレットモールで有名である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

東北道厠にひと挿し寒椿

枯木立サービスエリアで飲むコーヒー

雪山を遥かに望み飲むコーヒー

雲間より時折見せる冬陽射

雲間より時折差し込む冬日かな
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大雪 (平成24年4月10日 火曜日)

2012/04/10 00:02
《今日の自選代表句と自句自解》

雪山に温泉付きの分譲地 

 雪山に囲まれた那須塩原市(栃木県)。バスの車窓に、「温泉付き 分譲地」の看板が見えた。温泉好きの私には、魅力的な看板である。さすが、「那須塩原」と、改めて思った次第である。


○ 旅・雪の塩原(栃木県) その十五

塩原や路傍に雪の記念公園

天皇の間記念公園積もる雪

㊟天皇の間記念公園・・・天皇の間記念公園は、明治、大正、昭和の三代にわたり、大正天皇、昭和天皇をはじめ高松宮殿下、三笠宮殿下など多くの皇族の方々が避暑地として訪れ、利用された「塩原御用邸」の「天皇の間」を昭和56年に現在の場所に原型のまま移築し保存してあるものです。(那須塩原市HPより転載)

渓谷の川辺に白く積もる雪

大雪や走行注意の掲示板

雪道に赤松林よく映えて

雪積もる路傍にチェーン着脱場

雪道に竜化の滝の入口と

㊟竜化の滝・・・竜化の滝(りゅうかのたき)は栃木県那須塩原市の塩原温泉郷にある滝で、塩原十名瀑の一つである。概要 [編集] 那珂川水系箒川の左支流寒沢[1]にかかる滝で、長さは塩原十名瀑の中で最長の130m。高さ約60m、幅約5m。三段になり流れ落ちる。滝の名は、その流れが竜が天を目掛けて登っていく姿に見えることからつけられたとされる[2]。百以上あるといわれる塩原の滝のうち、特に美しいとされる塩原十名瀑の中でも、竜化の滝はその筆頭であるとされる[3]。国道400号沿いにある遊歩道は高低差も比較的小さいので歩きやすく、入り口から約15 - 20分程で滝に到着できる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

渓谷の右も左も雪景色

雪積もる塩原渓谷遊歩道

トンネルに凍結注意の掲示板

凍結のがま石トンネル潜り行く

㊟がま石トンネル・・・箒川沿いの屈曲部を解消する「がま石トンネル」(那須塩原市関谷)は、平成23年(2011年)9月にに開通した。

雪山の坂下り行く帰り道

雪山の下る坂道九十九折り

渓谷の脇道に除雪車の動き

下山中次第に減り行く雪の嵩

坂下る次第に減り行く雪の嵩

雪山に温泉付きの分譲地

塩原や段々畑に積もる雪

冬の旅立ち寄る「菓茶寮林檎庵」

㊟「菓茶寮林檎庵」・・・「菓茶寮林檎庵(かさりょうりんごあん)」には店名の通り、林檎を使ったお菓子やお土産が多種多様にある。

冬の旅立ち寄る店でする試食

冬の旅あっぷるチーズケーキ食む

冬の旅ライスラインを走行す

㊟ライスライン・・・矢板から、県道52号矢板那珂川線を東へ約11キロのローカルな県道(佐久山線)。

冬の旅西那須野より四号線

㊟西那須野・・・栃木県北部、那須郡の町。那須野原西部にあたり、明治初期から開拓された。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

冬の旅西那須野より乗る国道

雪山を遥かに望み四号線
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雪山 (平成24年4月9日 月曜日)

2012/04/09 02:11
《今日の自選代表句と自句自解》

雪積もる坂を融水流れゆく 

 雪が積もった坂道を雪を解かすための消流雪用水(しょうりゅうせつようすい)すなわち融水が、七絃坂の道路一面に流れて行く。
㊟消流雪用水(しょうりゅうせつようすい)・・・雪国で冬季に、道路の除雪、屋根雪の処理などのために使われる水のこと。


○ 旅・雪の塩原(栃木県) その十四

対岸の岩崖の氷柱帯なして

対岸の回る水車に冬の水

冬の川緩急つけて流れゆく

雪のなか瀬音ゆかしき箒川

 ㊟箒川・・・箒川(ほうきがわ)は、栃木県の那須野が原南縁を流れる那珂川水系の一級河川である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

冬の旅次第に晴れゆく昼下がり

雪道に融水流れるホテル前

雪道の七絃坂に不動尊

 ㊟不動尊・・・不動明王の尊称。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

七絃坂消雪用水(しょうせつようすい)流れゆく

雪道の七絃坂を融水が

雪積もる坂を融水流れゆく

坂上の空き地に除雪車置かれをり

雪山を背にして建ちし旅の宿

塩原の雪山のなかに吐月峰

㊟吐月峰(とげつほう)・・・昔、宇都宮城の領地であった塩原は、会津へ行く街道筋で温泉が自噴した。妙雲禅尼は、塩原の奥の小滝に仏岩という岩の下に庵を結び、夜毎月を見ては京の都を懐かしんだと云う。その折りに、今の妙雲寺のある寺山の上から月が出て来たので、この裏山を吐月峰と名付けた云われている。

塩原の連なる雪山幾重にも

冬の旅孫らと最後に買う土産

冬の午後荷持手にしてロビーへと 

冬の旅ロビーに集まり出立す

冬の旅直行バスにて松戸へと

冬の旅帰りのバスに二十余名

冬の旅バスにて塩原出立す

塩原をバスにて出立冬の午後

塩原をバス乗り出立冬の午後

冬の旅ホテルの人に見送られ

冬の旅予定通りに出発す

帰り道車窓の雪掻き家族らで

帰り道車窓の雪掻き幼子も

帰り道車窓に現る雪だるま

雪積もる塩原渓谷下り行く
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雪見酒 (平成24年4月8日 日曜日)

2012/04/08 00:31
《今日の自選代表句と自句自解》

雪見酒滝壺の淵の深みどり

 お昼時、ホテルの食事処の「滝見亭」へ行った。「滝見亭」の窓側の席から、雪と氷柱に囲まれた名瀑「七絃の滝」が、すぐ近くによく見える。滝壺の淵の色の深みどりが、雪や氷柱の白と岩肌の褐色に映えて見える。食事の前の酒を楽しみながら、雪見酒・滝見酒。ゆっくりとした時間が流れるなか、昼食をとった。
㊟「七絃の滝(しちげんのたき)」・・・ホテルニュー塩原の西館の下から流れ出てくる沢から流れ落ちる落差15メートルの滝である。なお、ブログの「治蝶の俳句関連写真集」 冬・新年の写真 ●旅・雪の塩原(栃木県)のCに、「七絃の滝」の写真を掲載しています。どうぞご覧下さい。
㊟「滝見亭」・・・ホテルニュー塩原の温浴施設「湯仙峡」にある食事処「滝見亭」。名瀑「七絃の滝」が一望にできる落ち着いた和の空間のある食事処である。

○ 旅・雪の塩原(栃木県) その十三

雪の坂湯煙上る温泉街

坂上の剣不動に積もる雪

ふと思う雪道の先の源三窟

㊟源三窟・・・源三窟(げんさんくつ)は天然にできた長さ50mの鍾乳石の古洞窟で、今から約800年前に鎌倉の戦いに敗れた源三位頼政(げんざんみよりまさ)の孫である源有綱が、お家再興を待ちながら身を隠していた洞窟である。洞内に流れる滝水で米をとぎ、そのとぎ汁が流れ出したのが発見されたことにより、あわれな最後期を遂げたと云う。

雪道の一キロ先は遠きかな

雪道に源三窟は断念し

散策を終へて戻りし雪の宿

雪の宿御食事処にて昼餉

雪の宿食事処の「滝見亭」

雪の宿潜る暖簾に滝見亭

旅の宿食事処に白障子

雪の宿「七絃の滝」眼前に

昼餉時雪の宿にてする滝見

冬の滝食事処の対岸に

 
冬の滝岩に数多な大氷柱 

雪の宿滝見てゆっくりとる昼餉

雪の宿鰻を肴に滝見酒

鴨の来滝の岩場の藻を食みし

鴨の来滝の岩の藻啄ばめり

鴨の来て滝浴び岩の藻啄ばめり

雪見酒眼下の淵の深みどり

雪見酒滝壺の淵の深みどり

 
旅の宿鰻を肴に雪見酒

塩原の絶景楽しみ雪見酒

冬の滝眺めて食みし葱トロ丼

 
昼餉とる階下に湯煙雪の宿

雪の宿階下より上る湯の煙

雪の宿階下の湯より湯の煙

 
対岸の雪の崖背に湯の煙
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積雪 (平成24年4月7日 土曜日)

2012/04/07 00:10
《今日の自選代表句と自句自解》

名妓高尾大夫の墓に雪帽子

 江戸初期に塩原生れの名妓高尾大夫(幼名 あき)は、吉原遊廓の遊女で一番位の高い花魁である。その高尾大夫の墓が、ここ塩原の妙雲寺の境内にある。墓石には、雪帽子がふっくらと乗っていた。
㊟高尾大夫(たかおだゆう)の墓・・・塩原の妙雲寺に「二代目高尾太夫の墓」のこと。

◎ 美妓高尾大夫にまつわる話《 治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その十四)》

 塩原元湯で、寛永18年(1641年)に生まれた「あき」は13歳の時、妙雲寺住職の世話で、江戸浜町の三浦屋の養女となった。養父に可愛がられ、色々な教養(音楽・茶・花・書等)を身につけた。16歳の時、有名な振袖大火で三浦屋は全焼した。吉原へ移って、再建することになった。養育の恩返しのため養女の「あき」は、養父の反対を押し切って吉原遊廓の遊女で位の高い花魁となり、2代目高尾太夫を襲名した。才色兼備の高尾太夫は、たちまち江戸中の評判となったが、病気のため1年で引退。万治2年(1659年)に19歳でこの世を去ったという。辞世の句 「寒風にもろくもくつる紅葉かな」(説明書きなどを参考)
 また高尾太夫は、吉原で最も有名な花魁(おいらん)である。代々襲名され、吉野太夫・夕霧太夫と共に三名妓と呼ばれた。高尾大夫(塩原高尾)に関しては、代や幼名(志乃という説もある)や死亡時期や死亡原因などには諸説ある。高尾太夫(塩原高尾)については、江戸時代の随筆集である「燕石十種(えんせきじっしゅ)」本〈高尾考〉や「塩原温泉郷土史研究会」の「塩原の歴史」の〈名妓高尾太夫元湯に生まれる〉なども貴重な資料である。
(追記)
 高尾の墓所には、塩原高尾をこよなく愛し、研究した和泉屋の泉漾太郎の俚謡の碑(高尾への深い思いが感じられる謡の「いろは紅葉は塩原高尾笑顔かよわす紋所」)もある。つまり、「いろは紅葉は、高尾太夫の紋所。あなたが生まれたここ塩原の紅葉は、高尾太夫のように実に美しい。素晴らしく美しい紅葉とあなたの美しい笑顔とが重なって見えるようです。」という思いが、この謡に込められている。ちなみに、泉漾太郎は、日本の詩人、童謡・民謡作詞家である野口雨情の愛弟子である。作家の長谷川伸にも師事して、山岡荘八や村上元三、戸川幸夫らとも親交が深かったという。

○ 旅・雪の塩原(栃木県) その十二

境内の天満宮に積もる雪

雪積もる会津藩士の沖の墓

雪積もる沖の墓前でする合掌

二代目の高尾大夫の墓に雪

名妓高尾大夫の墓に雪帽子

 
美妓高尾大夫の墓に雪帽子

花魁の塩原高尾の墓に雪

二代目の高尾大夫の墓に雪

雪積もる高尾の墓前で合掌す

境内の潤一郎の歌碑に雪

㊟潤一郎・・・谷崎潤一郎のこと。妙雲寺境内の文学碑は、谷崎潤一郎を中心にしたもので、「文学の森」と名付けられ谷崎潤一郎はもとより尾崎紅葉・夏目漱石・斎藤茂吉等多くの文人が来訪した。

「文学の森」はすべてが雪のなか

 
サクサクと音立て歩く雪のなか

境内の泉漾太郎歌碑に雪

㊟泉漾太郎・・・泉漾太郎は和泉屋第14代主人である。泉漾太郎の「照ろが曇ろが妙雲寺の庭で悟り顔した大欅」の俚謡(りよう)つまり、民間でうたわれている民謡が石に刻まれていた。塩原高尾をこよなく愛し、研究した詩人の泉漾太郎は、小説「いろは紅葉・名妓塩原高尾太夫伝」を出版した。

塩原三恩人の碑に雪帽子

㊟塩原三恩人の碑・・・塩原温泉発展に寄与した町の恩人「三島通庸」・「奥蘭田」・「尾崎紅葉」の三人をこと。

境内の山岡荘八句碑に雪

㊟山岡荘八・・・山岡 荘八(やまおか そうはち、1907年1月11日 - 1978年9月30日)は、日本の小説家・作家。歴史小説を中心に活躍。本名は藤野 庄蔵(ふじの しょうぞう)。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)長編歴史小説「徳川家康」などで著名な山岡荘八の句碑。塩原の温泉に入り書き残したという「湯けむりの想い出熱き葉鶏頭」の句が石に刻まれている。

境内の釈迦涅槃像雪のなか

雪のなかまた本堂へと戻り行く

住職に挨拶して去る冬の旅

境内の釈迦立像に雪帽子

雪積もる境内に郷土資料館

境内にある竜頭に積もる雪

㊟「竜頭」・・・むかし竜頭と呼ばれいた「蛇体鉄柱式共用栓」は、今の「蛇口」の語源となったものである。

境内にある竜頭に雪帽子

雪明り郵便ポスト赤あかと

東門と花園会館雪のなか

雪明り会館の壁に蝶の紋

雪明り外壁に揚羽蝶紋

㊟揚羽蝶紋・・・揚羽蝶紋は、代表的な平家の家紋である。武家に多い家紋のひとつである。

雪明り壁に木彫りの揚羽紋

門傍の大招き猫に雪帽子

雪道に十三石仏道標

東門越し行き雪の不動坂

㊟不動坂・・・塩原の臨済宗妙心派妙雲寺近くにある不動坂を上るとすぐ道沿いに、火焔の中に身を置き右手に剣を左手に絹索を持つ恐ろしい形相をしている大日如来の化身の姿をした不動明王像があった。迷いを断ち悪障壁を焼尽して心願成就の不動明王である。この先に、剣不動がある。

雪積もる坂道に不動明王像

坂道の積雪は約二十センチ

雪道に轍(わだち)の跡の深ぶかと 
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真冬 (平成24年4月6日 金曜日)

2012/04/06 00:10
《今日の自選代表句と自句自解》

妙雲尼の九重の塔に雪帽子

 壇ノ浦で平家滅亡し、平清盛の側近である平貞能(たいらのさだよし)と共に都落ちしてきた平重盛の妹の妙雲禅尼(みょうんぜんに)。草庵を結んだここ下野塩原の甘露山妙雲寺(前身の草庵)の境内に墓がある。弔い墓である九重塔には、清らな白い雪帽子が・・・。合掌。
㊟九重塔・・・壇ノ浦での平家滅亡[元暦2年/寿永4年(1185年)]後、宇都宮朝綱を頼って下野に落ち延びて、やっとの思いで塩原の地に来た平貞能(平清盛・重盛の側近)と妙雲禅尼(平重盛の妹)の一行は、宇都宮朝綱の家臣である塩原家忠の配慮で、下塩原門前の草庵(妙雲寺の前身)を結び、釈迦如来像を安置して仏道三昧の生活に入った。その後、建久五年(1194年)に妙雲禅尼が死去すると、平貞能は妙雲禅尼の弔い墓として石造九重塔を建立した(今の甘露山妙雲寺境内の常楽の滝側の高台)。正和四年(一三一五年)に甘露山妙雲寺の開山和尚である大同妙哲禅師が修復した妙雲禅尼九重塔がある。すぐ傍に、三本の老いた大杉が生い茂っている。


○ 旅・雪の塩原(栃木県) その十一

境内の石灯籠に雪帽子

雪積もる杉木立より滝の水

雪積もる杉木立より滝の音

清らなる雪の古刹に滝の音が

清らなる雪の古刹に瀑声が

雪なかの静もる古刹に瀑の音 

妙雲寺常楽の滝は雪のなか

㊟常楽の滝・・・塩原温泉の妙雲寺の境内にある常楽の滝(じょうらくのたき)は、5段に渡って流れ落ちる水量の多い変化に富んだ滝である。本堂の左手にある。なお、ブログの「治蝶の俳句関連写真集」 冬・新年の写真 ●旅・雪の塩原(栃木県)のBに、常楽の滝の写真を掲載しています。どうぞご覧下さい。

境内の常楽の滝は雪のなか

滝壺の真冬の水は小流れに

ぼたん園へと続く坂に積もる雪

雪積もる流れの岸辺に座禅草

雪積もる流れの水辺に水芭蕉

冬の旅暫し佇む滝の傍

上りゆく延命坂に積もる雪

雪積もる坂の標に平家塚

㊟平家塚・・・妙雲寺境内の北西部の最奥地付近には、ひっそりと苔生した「平家塚」が佇んでいるという。

境内の夏目漱石の詩碑に雪

㊟夏目漱石・・・夏目 漱石(なつめ そうせき、1867年2月9日(慶応3年1月5日) - 1916年(大正5年)12月9日)は、日本の小説家、評論家、英文学者。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

雪帽子夏目漱石の漢詩碑に

雪積もる坂道の傍に弔い墓

坂傍の妙雲禅尼の墓に雪

㊟妙雲禅尼・・・妙雲禅尼(みょうんぜんに)は、甘露山妙雲寺(かんろさんみょううんじ)の開基(かいき)である。甘露山妙雲寺小史には、「当寺は小松内府平重盛公の妹妙雲禅尼の開創する所。」と明記されている。但し、妙雲禅尼は、平重盛の妹とも叔母とも言われる他に、「平重盛の妻の妹」藤原信頼室(妻)という新説もあることを付記しておく。

妙雲尼の九重の塔に雪帽子

杉を背の九重塔に雪帽子

妙雲禅尼の塔の大杉に雪

㊟妙雲禅尼塔の大杉・・・妙雲禅尼の墓じるしとして植えられたという三本杉のこと。

妙雲尼の塔傍の杉に白き雪

妙雲尼の塔の大杉に積もる雪

妙雲尼の塔近き杉に雪積もる

境内の納経塔に雪帽子

延命坂大小石碑に雪帽子

雪積もる坂下に多き石碑かな

境内の斎藤茂吉の歌碑に雪

㊟斎藤茂吉歌碑・・・歌人で医師である斉藤茂吉の「とうとうと 喇叭(らっぱ)をふけば塩原の 深染(こそめ)の山に馬車入りにけり」の歌碑。この歌は、斉藤茂吉が乗合馬車で塩原に訪れたときに詠まれたものと云われている。

苔生せし茂吉の歌碑に雪帽子

境内の夏目漱石の句碑に雪

㊟夏目漱石の句碑・・・大正元年に夏目漱石が塩原温泉を訪ねたときに詠んだ「湯壺から首丈出せば野菊哉」の句の石碑が、妙雲寺の境内に文学碑として建てられている。

苔生せし漱石の句碑に雪帽子
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障子 (平成24年4月5日 木曜日)

2012/04/05 02:34
《今日の自選代表二句と自句自解》

白障子格天井に×印

 妙雲寺の本堂[寛保二年(1742)再建]の白障子戸のある中室の格天井に菊の御紋章が九十枚あり、その内の八十八枚に墨の×印が付けられていた。塩原の戊辰戦争(ぼしんせんそう)の影響が色濃く今でも残されていた。なお、こと史実については、◎ 塩原の戊辰戦争にまつわる三つの話《 治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その十三)》(1) 美談その一 「菊の御紋に×印」の記事をご参照下さい。


雪積もる山門付近に芭蕉句碑

 妙雲寺の山門脇に芭蕉句碑がある。寛政5年(1793年)建立の句碑には、元禄2年(1689年)芭蕉46歳作の「初しぐれ猿も小蓑をほしげなり」が刻まれいているというが、傷みがひどく判読は至難の業。なお、ブログの「治蝶の俳句関連写真集」冬・新年の写真●旅・雪の塩原(栃木県)のAに写真を掲載しています。どうぞ、ご覧下さい。

○ 旅・雪の塩原(栃木県) その十

本堂の隣の庫裡に積もる雪

雪積もる本堂前にて先ず合掌

㊟本堂・・・西暦1184年京都より、平重盛の姥の妙雲禅尼と平貞能一行が重盛念持仏の釈迦如来と共に、宇都宮氏を頼って下野国に落ち延びてきました。宇都宮朝綱の計らいで一行は塩原を訪れて隠世の居として草庵を建てました。これが妙雲寺の開基とされています。西暦1740年に現在の場所に本堂が再建されました。本堂は、寄せ棟造り、間口7間(18.5メートル)、奥行5間(13メートル)、廻縁には高蘭が付けられ、屋根は萱葺き(現在は銅板葺き)で当時の繁栄が偲ばれます。(那須塩原市HPの文化財より転載)

冬の旅寺の鉦打ち合掌す

寒き朝内陣前にて参拝す

冬灯内陣の色と彫り見事

冬灯釈迦如来像宮殿(ぐうでん)に

  
冬灯絢爛豪奢な宮殿に

本堂の中室仕切る白障子

白障子菊の御紋に墨の×

白障子格天井に×印 

㊟格天井(ごうてんじょう)・・・木を格子に組んで、それに板を張った天井。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

白障子戊辰戦争の墨の×

 
雪積もる古刹の境内散策す

 
雪積もる山門付近に芭蕉句碑 

境内の芭蕉の句碑に雪帽子

雪積もる境内に寺の由来書

両の手で由来書の雪払いのけ

雪払い板にくっきり妙雲寺

雪積もる寺に石徳五訓の碑

㊟石徳五訓の碑・・・石から学ぶ五つの教訓を表現した石碑のこと。

境内の高崎正風歌碑に雪

㊟高崎正風・・・高崎 正風(たかさき まさかぜ、天保7年7月28日(1836年9月8日) - 明治45年(1912年2月28日)は志士、作詞家。二条派の歌人。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

境内の念仏庵に積もる雪

㊟念仏庵・・・明治18年品川弥二郎(子爵)が、塩釜に別荘を建てた。 その別荘の一部が妙雲寺の念仏庵として移築された。

雪積もる塩渓文庫の屋根上に

妙雲寺宝蔵の屋根に積もる雪

境内の薬師堂にも積もる雪

境内の昭和天皇の歌碑に雪

境内の会津八一の歌碑に雪

㊟会津八一・・・会津 八一(あいづ やいち、會津八一[1]、1881年(明治14年)8月1日 - 1956年(昭和31年)11月21日)は、日本の歌人・美術史家・書家。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

境内の尾崎紅葉句碑に雪

㊟尾崎紅葉・・・尾崎 紅葉(おざき こうよう、1868年1月10日(慶応3年12月16日) - 1903年(明治36年)10月30日)は、日本の小説家。本名、徳太郎。「縁山」「半可通人」「十千万堂」などの号も持つ。江戸生れ。(中略) 俳人としても角田竹冷らとともに、秋声会を興し正岡子規と並んで新派と称された。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

本堂の脇の紅葉句碑に雪

境内の貝石の雪白白と

㊟貝石・・・妙雲寺の本堂脇に置かれていた「貝石」には、「奥塩ノ湯産 約2千万年前 当町「小太郎ヶ淵」 坂内仁三郎採集」と説明書きされていた。

雪帽子石に数多な貝化石
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雪掻 (平成24年4月4日 水曜日)

2012/04/04 00:10
《今日の自選代表句と自句自解》

雪掻や寺にライフルの痕二つ 

 塩原にある古刹の妙雲寺の境内で雪掻きをしていた初老から聞いた話の中には、塩原の戊辰戦争での妙雲寺の本堂に残るライフル銃の弾痕二つが今もそのままあるという話もあった。
㊟戊辰戦争・・・戊辰戦争(ぼしんせんそう、慶応4年/明治元年 - 明治2年(1868年 - 1869年))は、王政復古を経て明治政府を樹立した薩摩藩・長州藩らを中核とした新政府軍と、旧幕府勢力および奥羽越列藩同盟が戦った日本の内戦。名称は慶応4年/明治元年の干支が戊辰であることに由来する。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)


○ 旅・雪の塩原(栃木県) その九

雪積もる温泉街を歩きゆく

雪止みて街の人々雪掻を

 
温泉街住人道の雪掻を

雪掻や温泉街のあちこちに

 
雪掻の多き門前温泉街

雪積もる塩原の街を散策す

明治の世雪のこの街に文豪ら

文豪と縁深き街に積もる雪

冬旅に塩原文学散歩して

雪積もる寺の門前に歌碑ひとつ

雪積もる路傍の歌碑に潤一郎

㊟潤一郎・・・谷崎潤一郎のこと。小説家谷崎潤一郎が大正10年に約1ヶ月間門前の宮本宅に逗留。昭和32年(1957年)に再訪したときに詠んだ「七絃の滝のしらべを友として八十路の媼こゑもさやけし」の歌碑。

雪止みし朝妙雲寺を散策す

㊟妙雲寺・・・建久5年(1194)平重盛の妹・妙雲禅尼の草庵を祖(開山は1312年)とする臨済宗妙心寺派の古刹。夏目漱石などの文豪による多くの文学碑が境内に立ち並び、「文学の森」とも称されています。(塩原温泉郷公式ホームページより転載)

妙雲寺路傍の寺標に雪帽子

雪積もる路傍の大門潜り行く

雪積もる朱塗の大門潜り行く

門脇の石灯篭に雪帽子

雪積もる寺の参道に杉木立

参道の新雪踏みて山門へ

サクサクと新雪踏みて山門へ

雪積もる山門近くにある墓石

㊟墓石・・・酒呑み与助の墓のこと。妙雲寺参道に徳利の形をした石碑には、「世を早く 巡た類人ぞ 徳利なれ 今は浄土に 五升らく飲む」の歌と戒名「呑空禅定内 寛政七年八月十七日 俗名与助」とある。与助は、塩原でもまれな大酒飲みで、働き者であったと云う。

雪積もる山門潜り境内へ

妙雲寺鐘楼屋根に積もる雪

古刹にて雪掻の人と長話

冬の旅古刹に纏わる話聞く

㊟古刹に纏わる話・・・戊辰戦争(ぼしんせんそう)当時の妙雲寺にまつわる三つの話のこと。

◎ 塩原の戊辰戦争にまつわる三つの話 《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その十三)》

 妙雲寺で購入した小冊子『臨済宗妙心寺派甘露山妙雲寺』の中に、「明治元年(一八六八)九月、戊辰戦争の折、会津軍が当地を占領し、官軍を迎え討とうとしましたが、事敗れ退去に際して全村を焼き打ちしました。その際、妙雲寺本堂(釈迦堂)も焼こうとしましたが、まず皇室への畏敬の念から本堂天井の菊花紋章を墨で消しました。その際、檀徒渡辺新五右衛門は本堂を焼かないように必死の嘆願をしたので、焼かれずに現存しています。現在塩原町に残る唯一の明治維新資料です。」という史実が記載されている。この史実にでてくる戊辰戦争は、慶応四年(=明治元年・一八六八年)一月の鳥羽伏見の戦いで始まり、翌明治二年(一八六九年)五月の函館戦争で終結した。またこの史実の背景には、美濃郡上藩の「凌霜隊」の存在が大きく影響している。
 以下、妙雲寺の境内の雪掻きをしていた初老から聞いた塩原の戊辰戦争における話について、その一とその二とその三として記述する。

(1)  その一 「菊の御紋に×印」
 戊辰戦争の趨勢がはっきりしない情勢の時、東西の両軍どちらが勝っても美濃郡上藩(岐阜県郡上八幡四万八千石)を存続させるため、藩は新政府軍(西軍)に立っていながら、旧幕軍(東軍)へも味方し、応援部隊として「凌霜隊(りょうそうたい)」を派遣した。「凌霜隊」とは、藩命により脱藩した応援部隊であり、郡上藩江戸詰定府家老の朝比奈藤兵衛の息子である朝比奈茂吉(十七歳)を隊長とした四十五名の隊である。彼らは、下総行徳から旧幕軍(東軍)と行動と共に北上した。新選組・土方歳三も戦った宇都宮戦退却の後、慶応4(明治元)年5月から、会津藩の小山田伝四郎の命により、小山田隊(会津軍)等とともに約三ヶ月、下野の塩原に駐屯していた。7月の妙雲寺での盆踊りでは、「凌霜隊」の隊士も故郷の「郡上踊り」を披露したという。ところが、会津藩の会津若松が危うくなり、会津藩の命令で、新政府軍に駐屯する場を与えないように塩原一帯を焼き打ちすることになった。会津藩の命にも背く事もできない。しかし、約三ヶ月間世話になったこの塩原の地を、自らの手で焼き払うことには土地の人々と交流を深めてきたため、心情として抵抗があった。だか、旧軍の会津藩の指示に従わざるをえない。 困り果てた末、「凌霜隊」の駐屯場としていた和泉屋や丸屋(旅館はいずれも現存)に対しては、三日がかりで丁寧に解体し、すぐ再建できるよう柱などに番号をつけた。「凌霜隊」の隊士が、滞在中に坐禅を組んだ妙雲寺の本尊などの寺宝は全て搬出した。しかし特に困ったのは、本堂釈迦堂内にある格天井(ごうてんじょう)の菊花紋章88枚である。菊の紋を家紋の一部に取り入れている美濃郡上藩(南北朝時代南朝方)は、当惑した。この菊花紋章を焼く訳には行かない。その状況下、「凌霜隊」に協力し密使となって会津若松に行っていた村民の渡辺新五右衛門が戻って来た。渡辺新五右衛門らは焼き打ちの仕打ちに驚き、せめてわれわれの菩提寺だけは焼かないでくれと凌霜隊に懇願した。困り果てた末、墨で紋章に×印をつけることにした。凌霜隊もそれを承諾し、妙雲寺本堂などから離れた所で薪や畳を燃やして、寺を白煙で覆い塩原を後にした。その結果、塩原の妙雲寺は焼けずに残ったという。

(2)  その二 「凌霜隊隊士との恋」
 美濃郡上藩の脱藩隊は、旧幕軍会津藩の命により約三月間、下野の塩原を守備していた。ここ妙雲寺で、慶応四年(=明治元年・一八六八年)七月の盆踊りの時には、隊士らも故郷の「郡上踊り」を披露したという。この戊辰戦争の戦時下、この塩原での滞在中、若い隊士達と地元の少女の間には、恋も芽生えていたという。ある地元の娘は、「凌霜隊なら お嫁にゆけと 親に言われた 夢を見た」と唄ったという。

(3) その三 「脱藩の凌霜隊隊長のその後」
 慶応四年八月下旬に会津の戦況が差し迫ってきたため、会津へ集結するよう命令がきた。転戦の際、焦土作戦のため塩原温泉の全村を焼いて行った。八月二十二日に須巻、新湯、塩の湯を焼き、翌二十三日に福渡から上塩原までを焼いた。この二十三日には、会津鶴ケ城も砲撃をされはじめ、白虎隊が自刃した。「凌霜隊」は、会津藩とともに鶴ヶ城を守ろうと新政府軍と戦った後、会津「城」落城により、武装解除した。明治元年(一八六八年:慶応四年九月八日より明治に改元。)九月の会津藩降伏後に「凌霜隊」の隊士らは捕縛され、囚人籠に乗せられ郡上八幡に送られ、揚屋という監獄に幽閉された。藩命で旧幕軍(東軍)についたというのに、何故、幽閉したかというと、新政府(西軍)におもねるため、「凌霜隊」を藩意にそむいて脱藩した叛逆者と位置づけたのである。さらには政府への忠誠の証しとして、「凌霜隊」の隊士全員を斬首にする案を出していた。
 その頃、塩原の妙雲寺の住職塩溪は、塩原での「凌霜隊」の功績を京都の本山妙心寺へ報告していた。妙心寺はそれを美濃郡上にある末寺の慈恩寺に伝えて、「凌霜隊」隊士達に礼を伝えるよう指示した。ところが、慈恩寺からは、彼らが罪人として扱われていることが伝えられた。慈恩寺住職の淅炊は、臨済宗本山の後押しで、美濃郡上内の寺に呼び掛けて、助命嘆願運動を始めた。美濃郡上内では、臨済宗は少なかったが宗派を越えて、助命嘆願運動の支援の輪が広がった。藩庁に出向いた淅炊は、家老に藩の措置を東京の新政府に報告に行くとまで言ったという。その結果、明治二年九月に自宅謹慎処分、更に半年後の翌明治三年三月には、赦免となり罪人でなくなった。翌四月、晴れて自由の身になった元「凌霜隊」隊長の朝比奈茂吉(十九歳)は、美濃郡上から塩原滞在中に心を寄せた宿屋和泉屋の娘に気持ちを伝えるべくはるばる愛馬で下野塩原を再訪したという。その後、朝比奈茂吉は、父・朝比奈藤兵衛の実家である井伊彦根藩家老椋原家の養子となって滋賀県会議員まで務め、明治二十七年に四十三歳で亡くなった。朝比奈茂吉こと椋原義彦の墓は、滋賀県彦根市の蓮華寺にある。
 また生き残りの凌霜隊士らは、戊辰戦争後に領内の僧侶達の尽力で赦免となるが、ほとんどの隊士は、郡上藩内からの冷たい目に晒されて居づらくなり、散り散りに藩外に出たという。

※ 以上、妙雲寺の境内の雪掻きをしていた初老から聞いた話に、「甘露山妙雲寺小史」(妙雲寺)と甘露山妙雲寺小冊子『臨済宗妙心寺派甘露山妙雲寺』と「凌霜隊」隊士の矢野原与七の手記『心苦雑記』と『戊辰戦犯の悲歌 鶴ヶ城を陥すな 凌霜隊始末記』(藤田清雄著 1965 謙光社)などを参考にして記事として整理したものである。また、妙雲寺境内に塩原の戊辰戦争で亡くなった会津藩士沖長三郎の墓がある。 

雪掻の人の語りにある訛

雪積もる寺の本堂にある銃痕

雪積もる本堂裏にある銃痕

雪積もる寺にライフルの痕二つ

雪掻や寺にライフルの痕二つ

 
雪明りエンフィールド銃の痕二つ

㊟エンフィールド銃・・・エンフィールド銃(エンフィールドじゅう、Enfield Rifle Musket)とはイギリスのエンフィールド造兵廠で開発された前装式の小銃(施条銃)である。弾丸の形状が若干異なるがミニエー銃に分類される。1853年から1866年までイギリス軍の制式小銃として使用され、53年型、58年型、61年型などのバージョンが存在するほか、銃身長の異なるタイプ(2バンド・3バンド)が製造された。1866年以降は一体型の薬莢を使うスナイドル銃(Snider-Enfield)への改造が進められた。日本では幕末に大量に輸入され、戊辰戦争では新政府軍の主力小銃であった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

雪掻の人の史談に魅了され
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餅搗 (平成24年4月3日 火曜日)

2012/04/03 01:43
《今日の自選代表句と自句自解》

泊まり客杵振り上げてお餅搗き

 宿泊した「ホテル ニュー塩原」で、イベントの餅搗き行われた。我々を含めた宿泊客三十名程が参加して、ホテルのロビーで杵を振り上げて、臼のなかのお餅を搗いた。リズムに乗りペッタンペッタンとお餅搗いた。餅を搗いた後、餅にして搗きたてのお餅を、黄な粉餅にして食べた。お餅は搗きたてだけに、あたたかくてやわらかくてとても美味しかった。


○ 旅・雪の塩原(栃木県) その八

雪の宿朝刊手にする入浴後

 
雪の宿朝ラウンジにてひと休み

入湯後景色愉しむ雪の朝

入湯後部屋より眺む雪景色

㊟朝の七時前にホテルの部屋から箒川を見下ろすと、まだ灯が点灯していた。風情のある雪景色とせせらぎの音がよくマッチしていた。塩原温泉の冬景色にすっかり魅了された。なお、ブログの「治蝶の俳句関連写真集」 冬・新年の写真 ●旅・雪の塩原(栃木県)の@に、この冬景色の写真を掲載しています。どうぞご覧下さい。

雪の朝せせらぎ高き温泉街

温泉街冬の灯残る七時前

雪の朝灯残る温泉街

雪の宿身内で朝食バイキング

雪の宿品数多き朝餉かな

雪の宿朝餉に栃木のコシヒカリ

雪の宿身内でゆっくり取る朝餉

朝食後孫連れて宿の餅搗に

旅の宿孫と餅搗に参加して

雪の宿ロビーでイベントお餅搗き

雪の宿ロビーの蒸籠に立ちし湯気

 
お餅搗き蒸籠に湯気立つ旅の宿

旅の宿宿泊客らのお餅搗き

宿泊客ペッタンペッタンお餅搗き

旅の宿臼の餅搗く宿泊客

 
宿泊客杵振り上げてお餅搗き

 
泊まり客杵振り上げてお餅搗き

旅の宿杵を手にしてお餅搗き

旅先の宿泊客らとするお餅搗き

イベントや妻の意気込むお餅搗き

旅先の宿にて孫とお餅搗き

旅の宿朝のイベントのお餅搗

 
旅の宿孫杵を手に餅を搗く

旅の宿孫らと宿にてお餅搗く

冬の宿食む搗きたての黄な粉餅

 
冬の旅早目に宿で買う土産

旅の宿従業員ら雪降ろし

 
冬の朝門前付近を散策す 

塩原や冬日に歩くバレーライン

㊟バレーライン・・・塩原バレーラインのことで、塩原温泉の箒川に沿いの渓谷ラインの総称。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


除雪車 (平成24年4月2日 月曜日)

2012/04/02 00:32
《今日の自選代表句と自句自解》

朝未き除雪車動く温泉街  

 午前三時半頃からラッセル車が数台出て、塩原温泉街の道路の除雪をしている。朝明るくなるまで、除雪作業が続けられた。さすが、有名な温泉地。これで、安心して車も走行できる。
㊟ラッセル車・・・除雪車の一。車の前部に鋤(すき)型の排雪板を備え、雪を両側にかき分けて進むもの。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)


○ 旅・雪の塩原(栃木県) その七

一卓を五人で囲む冬の夜

冬灯身内揃いて乾杯す

冬灯五臓六腑に滲みる酒

熱燗や旅疲れの胃に滲み渡る

雪の宿刺身を肴に酒を飲む

夕餉時鮪を肴に酒を飲む

雪の宿蟹を肴に酒を飲む

雪の宿黙々と取る蟹の肉

黙々と蟹肉抜き取る雪の夜

雪の宿取るバンキングに舌鼓

㊟バンキング・・・各種の料理を大皿盛りにしてテーブルに並べ、各自取り分ける様式の料理。日本特有の宴会用料理で、一定料金で好みの品を食べほうだいという形をとり、ホテルやレストランで供される。この料理はスウェーデン料理のスモーガスボードsmrgsbordに由来している。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

雪の宿夕餉にステーキ食みにけり

 
雪の宿たらふく食べる夕餉かな

温泉街雪しんしんと降り続く

暖房のホテルの部屋でくつろげり

暖房のホテルの部屋で見るテレビ

暖房のホテルの部屋より見る夜景

温泉街雪降る夜に静もれり 

旅疲れ早目に就寝する冬日

(旅の二日目)

旅の宿目覚めの窓に雪景色

朝未き雪のちらつく温泉街

朝未き路上に動くラッセル車

朝未き温泉街にラッセル車 

朝未き温泉街をラッセル車

温泉街ラッセル車動く朝未き

温泉街除雪車動く朝未き

 
朝未き除雪車動く温泉街

朝未き温泉街に雪明り

温泉地雪止む気配の午前五時

雪止みし温泉街に仄明かり

雪止みし川辺の両に仄明かり

朝六時雪積もる宿の岩風呂へ

朝六時雪のホテルの岩風呂へ

雪の宿貸切風呂の如き湯に

雪の宿まったりゆったり入湯す

雪の宿まったりゆったり滝見の湯

 
雪の宿岩風呂の滝音立てて

雪の宿三条の湯滝音立てて

岩風呂の滝音響く雪の宿
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雪見 (平成24年4月1日 日曜日)

2012/04/01 00:08
《今日の自選代表句と自句自解》

山の宿雪降るなかの滝見の湯

 雪が降るなか、塩原温泉「ホテル ニュー塩原」の露天の湯に、まったりと幼い孫と一緒に浸かる。すぐ前には箒川を挟み、落差十五メートルの「七絃の滝」が見える。絶景を見ながらの滝見の湯である。
㊟「ホテル ニュー塩原」・・・栃木県那須塩原市塩原にある塩原温泉のランドマーク的存在のホテル。開湯1200年以上を誇る温泉で露天風呂・大浴場・温泉湯めぐりと和洋中約50種以上の創作バイキングなどが楽しめる人気のホテル。
㊟七絃の滝・・・箒川に流れ落ちる七絃の滝(しちげんのたき)の落差15m。滝の姿が滝の弦のように見えるところからこの名がついたという。
なお、ブログの「治蝶の俳句関連写真集」 冬・新年の写真 ●旅・雪の塩原(栃木県)のCに、「七絃の滝」の写真を掲載しています。どうぞご覧下さい。


○ 旅・雪の塩原(栃木県) その六

雪の宿熱き茶啜りひと休み

雪の宿部屋にて地元の銘菓食む

雪の宿和菓子食みつつ茶を啜り

雪の宿浴衣に着替え温泉へ

雪の宿ティータイム後に露天湯へ

雪の宿川上の廊下より行く湯

孫と入る露天の湯より雪景色

孫と入る露天の湯より冬の滝

雪のなか落つ七絃の滝見事

 
降る雪に落つ七絃の滝見事

 
流れ落つ冬の滝水白白と

ゆつたりと冬滝眺め露天の湯

 
塩原や雪降るなかの滝見の湯

 
山の宿雪降るなかの滝見の湯 

門前の七絃不動の湯に雪が

露天の湯降る雪ちらりと頭にも

 
湯気のなか冬滝の水幾筋も

湯気のなか冬滝の水白じろと

七絃の滝の岩場に大氷柱

塩原の滝の岩場に大氷柱

 
雪の宿幼き孫の背を洗ふ

雪の宿露天湯の湯気に孫の笑み

塩原や孫とまつたり雪見風呂

雪の宿濡れタオル手に戻る部屋

 
女性よりそれでも早い雪見風呂

女性よりひと足早い雪見風呂

塩原の温泉街に冬灯

雪の宿とつぷり暮れる夕餉時

丹前を着てお食事処へと

雪の宿皇室写真一画に

冬の灯に殿下当館御宿泊

㊟殿下当館御宿泊・・・「ホテルニュー塩原」は、塩原温泉郷の最大規模のリゾートホテルである。男女合わせて7ヶ所の浴場があり、館内に居ながらにして湯巡りが楽しめる。 三笠宮両殿下や常陸宮両殿下ご宿泊の良質な源泉掛け流しの名湯である。

三笠宮殿下御宿泊冬の灯に

常陸宮殿下御宿泊冬の灯に

旅の宿冬の灯点る長廊下

雪の宿壁の写真に芸能人

雪の宿写真に数多な著名人

雪の宿草笛光子の壁写真

㊟草笛光子・・・草笛 光子(くさぶえ みつこ、1933年10月22日 - )は、日本の女優である。(中略)作曲家の芥川也寸志は元夫。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

雪の宿宝田明の壁写真

㊟宝田明・・・宝田 明(たからだ あきら、1934年4月29日 - )は日本の映画俳優、タレント、声優、司会者。日本映画の黄金期である昭和30年代、東宝を代表する二枚目スターであった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

雪の宿こまどり姉妹の壁写真

㊟こまどり姉妹・・・こまどり姉妹(こまどりしまい)は北海道厚岸郡厚岸町出身の双子デュオ歌手である。1951年上京。1959年に日本コロムビアより「浅草姉妹」でデビューした。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

雪の宿平尾昌晃の壁写真

㊟平尾昌晃・・・平尾 昌晃(ひらお まさあき、1937年12月24日 - )は、日本の作曲家、歌手。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
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