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飯島治蝶の俳句ブログ(大人気・上位ランキング中)
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「人と自然 そして 旅と歴史」を主なテーマとした俳句プログです。マイペースで毎日更新して掲載しています。くつろぎながら、ご覧頂ければ幸いです。俳句作家(俳句楽者)飯島治蝶(いいじま じちょう)の俳句ワールドをどうぞご堪能下さい。

※ 私の俳句作品は、俳号を明記して掲載して頂ければ、無料&商用利用可能です。(にほんブログ村 ポエムランキング:outポイント順 5854サイト中 6位 2016年10月6日)

※《マイペースについて》
 月日のたつのが早いことのたとえに「光陰矢の如し」という諺があります。一年(春・夏・秋・冬)は、アッという間に過ぎ去ってしまいます。日々に追われる生活よりも、一度しかない人生を思い出の多いものにしたいという思いで、俳句を楽しませて頂いています。謂わば、生きた証の思い出綴りの俳句ブログという一面があります。人生訓に、「気は長く、心は丸く、腹を立てず、人には寛大に接し、 己を小さく、謙虚にすべし。」 (達磨大師の言葉)や「気は長く、心は丸く、腹立てず、口慎めば、命長かれ」などがあるように、人生賛歌のスローな気の長い俳句ライフをご理解して頂ければ幸いです。

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 《元・花冠(旧水煙)同人》

◆ 飯島治朗(治蝶)電子書籍 ◆
 飯島治朗句集『雲梯』 (花冠発行所)
 花冠合同句集『橘』   (花冠発行所)
※ いずれも書名[ 飯島治朗句集『雲梯』 ]や[ 花冠合同句集『橘』 ]で検索。ダウンロードしてご覧下さい。

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※ ご自由にお立ち寄り下さい。

≪備考≫
 このブログは、飯島治蝶の俳句関連ブログの第三章です。 なお、第一章《アドレスhttp://blog.goo.ne.jp/suien01》と第二章《アドレスhttp://blog.goo.ne.jp/suien06》及び第四章《アドレスhttp://blog.livedoor.jp/psn86584/》については、上記のアドレスをクリックすれば御覧頂けます。

(日々の掲載終了のお知らせ) 
 いままで愛読ならびにご支援ありがとうございました。永年、日々の記事の掲載に努力してきましたが、近年のインターネットの精巧かつセキュリティの厳格化により以前より記事の掲載に多大な時間が掛かるようになりました。高齢化していく我が身からは、今後も日々継続して記事を掲載していくのは困難と判断し、勝手ながら今回をもって記事の継続的な掲載は終了とさせていただきます。
 掲載期間約十年間、常に「にほんブログ村」と「人気ブログランキング」のサイト(俳句)で、常に俳句ランキング5〜7位という上位にいられたのも皆様のお陰です。感謝申し上げます。
 これまでご愛顧いただき誠にありがとうございました。改めて、厚く御礼申し上げます。皆々様の御多幸をお祈りいたします。合掌。  
        平成28年11月6日   飯島 治蝶

《お礼》
 ブログランキングサービスの提供サイトのひとつである旧「ブログセンター」(GMO Media)が、2011年3月末日でサービス終了となり、閲覧が出来なくなりました。いままで、ご愛顧頂き、誠にありがとうございました。私の「治蝶俳句ブログ」はお陰様で、俳句ブログランキング第一位のままで終了することができました。ご愛顧下さいました皆々様に厚くお礼申し上げます。
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夜長し (平成29年11月27〜28日)

2017/11/21 03:22

◎ 平成二十九年十一月二十七〜二十八日 夜長し

● 平成二十九年十一月二十七日 月曜日   
○ 十一月日々折々 その三 夜長し

《今回の自選代表句と自句自解》

月愛でて楽しむラジオ深夜便

 十一月上旬。ラジオを聞きながら、自室の窓から丸い月を愛でる。今耳にしている「ラジオ深夜便」の放送では、トークと昭和の歌謡曲が聞こえてくる。我が家の静かな深夜のひとコマである。

(十一月上旬 日常生活@)
晩秋に日本シリーズ盛り上がる
晩秋の日本シリーズ接戦に
晩秋の日本シリーズ大接戦
晩秋にソフトバンクが日本一
晩秋にサヨナラゲームで日本一
月愛でて楽しむラジオ深夜便
㊟ラジオ深夜便・・・『ラジオ深夜便』(ラジオしんやびん)は、NHKのラジオ第1放送、FMラジオ放送、ラジオ国際放送で放送されている深夜放送番組。
年末年始を含め、連日放送される完全帯番組であるが、12月31日深夜から1月1日早朝にかけては特例がある。
また、毎月全国各地で開催されるラジオ深夜便リスナー向けのイベントである『ラジオ深夜便の集い』として公開収録を実施している。
番組開始の背景[編集]
かつてのNHKのラジオ放送は災害時やオリンピック中継等を除き、ラジオ第1は午前5時、FMは6時放送開始、双方とも午前0時放送終了(1988年4月以後、FMは放送終了を日付をまたいで午前1時に延長)だった。ところが1988年9月に昭和天皇が重体になって以降、天皇の容態を深夜も含め随時速報した。この際、総合テレビ・ラジオ第1・FMを24時間放送にし、定時放送終了後から翌日の開始時間までフィラーとしてクラシック音楽と関連ニュースを放送した。この「静かな音楽を終夜流す」という放送形態について、昭和天皇崩御の1989年1月7日後も、常時24時間放送出来ないかという投書が数多く寄せられた。
1989年11月の3連休に、「67時間ラジオいきいきラリー」と題した特別放送を実施し、普段メンテナンスに当てる深夜時間帯に音楽や落語等を放送した。中高年層から「大人が聴ける静かな番組」として支持され、「ラジオ深夜便」の誕生に繋がった。深夜便のスタートは、深夜時間帯の地震や津波・突発的なニュースが発生した時に迅速な対応をする目的もある。従来は放送設備の電源投入や宿直・仮眠中の職員の支度等、放送開始までに10 - 15分を要していた。
なお、24時間放送導入前には23時台に1日の実質的な最終番組[1]として、「夢のハーモニー」(1965年4月 - 1984年3月)、「お休みの前に」(1984年4月 - 1992年3月。1990年4月からの最終2年間は深夜便が不定期放送であったため、並列放送)が放送され、この枠でも基本的にディスクジョッキーを務めるアナウンサーがリスナーに語り掛ける雰囲気で話すとともに、クラシックなど比較的静かな音楽を放送していた。
このNHK初となる本格的なオールナイト深夜放送を開始するにあたり、当時の担当ディレクターから番組の題名を社内公募し、その中には「ミッドナイトシャワー」「深夜のがんばるマン」など、100以上の提案があった[2]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「ラジオ深夜便について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百五十六》
夜長し耳に昭和の歌謡曲 
夜長し耳に昭和のナツメロが
夜長し耳に昭和の名曲が
夜長し昭和の名曲楽しめり

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● 平成二十九年十一月二十八日 火曜日   
○ 十一月日々折々 その三 冬ぬくし

《今回の自選代表句と自句自解》

暖房中演歌とアニソンカラオケを 

 暦の上で冬に入った。今日は二十度程でちょっと暖かい。天気も良いのでレストランでの昼食と食後のカラオケを孫らと楽しむこととなった。家の近くの和食レストランと馴染みのカラオケ店に行った。昼食後、馴染みのカラオケ店で孫らとカラオケを三時間程楽しんだ。私らは演歌・歌謡曲を歌い、孫はアニメソング・ポップスを中心に歌った。半世紀程の時代の差を感じだ。孫は結構うまい。高音できれいな歌声であった。

(十一月上旬 日常生活A)
立冬やポケットに手を登校子
冬ぬくしお昼に孫らとレストラン
冬ぬくし昼どき和食レストラン
店内の座敷の室内弱暖房
冬ぬくし孫らと歓談昼食時
冬ぬくし孫らと歩いてカラオケ店
冬ぬくし孫らと近くのカラオケ店
店内の暖房入れて歌謡曲
暖房中孫アニソンのカラオケを
※アニソン・・・アニメソングの略。
カラオケを歌う室内暖房中
冬の午後孫らと次つぎカラオケを
暖房中演歌とアニソンカラオケを 
暖房中孫らとカラオケ三時間
冬の午後孫らとカラオケ楽しめり
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文化の日 (平成29年11月25〜26日)

2017/11/20 03:19

◎ 平成二十九年十一月二十五〜二十六日 文化の日

● 平成二十九年十一月二十五日 土曜日   
○ 十一月日々折々 その一 文化の日

《今回の自選代表句と自句自解》

文化の日イベント文化進化中

 晩秋の千葉県松戸市。近年、市内で多種多様なイベントが開催されるようになった。今日、文化の日に、「第20回 秋の江戸川カッパ市」が開催された。毎年のように参加して、買い物や様々なコーナーを楽しんでいる。今回は、猿回しがとても面白かった。猿の芸達者には、感心した。

(十一月上旬 「第20回 秋の江戸川カッパ市」@)
秋晴に開催江戸川カッパ市
※江戸川カッパ市・・・「第20回 秋の江戸川カッパ市」
「第20回 秋の江戸川カッパ市」を開催
手作りアート・クルメコーナー フリーマーケット
★流域フリーマーケット ★Eボート乗船体験 ★ヤッサン一座の紙芝居
★松戸みどりと花の基金(お花のプレセゼント)★戦豆の猿まわし ★ステージハパフォーマンス他
【日時】2017年11月3日(金・祝)
    10:00?15:00(*雨天の場合は中止)
【会場】樋野口水門・川の一里塚(江戸川倶楽部サイトより転載)

第20回 秋の江戸川カッパ市
 江戸川の広〜い河川敷をふんだんに使って出店や、ステージショウ、猿回し、紙芝居、フリーマーケットなどを行っています。
 Eボートの乗船体験は江戸川の広さを感じることができるブース。体験とはいえ自然の偉大さを感じ楽しめます。
 今回は、わんちゃん&こどもの広場が設置!
毎日、土手を散歩コースにしている飼い主さんがここで会話をして交流を深めるのもいいかも!!(松戸のよみうり 椎名webより転載)
文化の日に開催江戸川カッパ市
秋の日の午前十時に江戸川へ
秋の晴江戸川上空青あおと
江戸川の上空一面真青なり
秋の晴堤の彼方にスカイツリー 
秋空に高く聳えるスカイツリー 
秋風に堤の幟揺れ動く
秋風に堤の幟ハタハタと 
秋の晴陽射と風の心地良く
秋晴の河川敷にて「カッパ市」
文化の日イベント文化進化中

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● 平成二十九年十一月二十六日 日曜日   
○ 十一月日々折々 その二 柿

《今回の自選代表句と自句自解》

江戸川のカッパ市にて柿を買う

 「第20回 秋の江戸川カッパ市」のテント露店で秋の味覚の柿を買った。色付きも良く大きい柿だ。帰宅後に、早速食した。種もなくとても甘い柿であった。妻と美味しく頂いた。

(十一月上旬 「第20回 秋の江戸川カッパ市」A)
秋晴に人込む江戸川河川敷
秋野晴テント屋台に人群れて
文化の日テント屋台は多種多様
江戸川のカッパ市にて柿を買う
袋詰めの大き椎茸売店で
文化の日二人の知己と立ち話
文化の日ステージバンドの演奏会
文化の日「パイプライン」の演奏を
㊟「パイプライン(曲)」・・・「パイプライン (Pipeline)」は、1962年に録音された、シャンテイズによるサーフ・ロック(英語版)の楽曲。
 当初は「Liberty's Whip」(「自由の鞭」の意)という題がついていたが、バンドの面々がハワイのバンザイ・パイプラインで撮影されたサーフィンの映画を見た後、曲名が変更された[1]。この曲は、当時人気が高まっていたサーフィン熱に乗って、『ビルボード』誌のポップ・チャート (Billboard Hot 100) を駆け上がって4位に達し、この時代を代表するヒット曲となった。この曲は、アルベルティ・バスのアルペジオを用いている点が特徴となっている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「パイプライン(曲)」とは』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百五十五》
秋の晴「パイプライン」は風に乗り
文化の日川辺で楽しむ猿まわし
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・秋の写真」の〈十一月上旬 江戸川カッパ市に「猿まわし(ハードル越え)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
文化の日猿は見事な技見せて 
文化の日堤に痛車展示され
文化の日しばし楽しむ「カッパ市」
家路就く路傍のすすき風に揺れ
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台風 (平成29年11月23〜24日)

2017/11/18 06:23

◎ 平成二十九年十一月二十三〜二十四日 台風

● 平成二十九年十一月二十三日 木曜日   
○ 十月日々折々 その五 秋雨

《今回の自選代表句と自句自解》

秋雨に霞ヶ浦は霞みをり

 連日の雨。秋の雨がそぼ降るなかを出掛ける。去年も同時期に来た茨城県土浦市内のあるホテルのレストランで昼食をとった。窓側の席から、霞ヶ浦がよく見える。霞ヶ浦が秋雨にうっすら霞んで見える。景色と会話を楽しみながら、一時間半ほどかけてゆっくりと食事した。ちなみに去年見られた筑波山は見えなかった。

(十月中旬 日常生活)
列島は十月中旬長雨に
日本は秋の長雨続く日々
秋雨の降るなか妻と土浦へ
新川の川への桜紅葉して
秋雨に霞ヶ浦は霞みをり
㊟霞ヶ浦・・・霞ヶ浦(かすみがうら)は、茨城県南東部から千葉県北東部に広がる湖。湖沼水質保全特別措置法指定湖沼。「霞ケ浦」(大文字のケ)と表記することもある。西浦・北浦・外浪逆浦(そとなさかうら)・北利根川・鰐川・常陸川の各水域の総体である。河川法ではこの範囲を「常陸利根川」という利根川の支川としている。
地理[編集]
 湖面積220.0km2は日本第2位(日本の湖沼の面積順の一覧参照)[1]、茨城県最大。主な水域別の積は次のとおり。
西浦(172km2)
北浦(36km2)
外浪逆浦(6km2)
常陸利根川(6km2)
 なお、 平野部に位置するため流域面積は2156.7km2と広く、茨城県の面積の約35%を占める。水際線延長は249.5kmで、これは日本最大面積の湖である琵琶湖(235.0km)の水際線延長を超える。平均水深は約4m、最大水深は約7m、年間流下量は約14億m3、貯留量は約8.5億m3。主な流入河川は桜川、恋瀬川、巴川、小野川など。
 太平洋岸気候区にあるため、梅雨期と台風による降水が多く、冬は晴天が多く降水量が少ない。特に周辺では冬に「筑波颪(つくばおろし)」と呼ばれる強い北西の季節風が吹く。流域の年間平均降水量は約1300mmで全国平均(約1780mm)に比べると少なめである。
 北には涸沼があり、南には利根川が流れ、北西には八溝山地の南端にあたる筑波山(標高877m)を擁している。周辺は、台地と低地が入り組んだ場所が多く、筑波山は周辺の最高点であるため潮来市など比較的遠く離れた場所でもよく望むことができる。
 元々は「浦」という名前のように海の入り江に由来し、砂州や河川堆積物によって出口を閉ざされたラグーンである。そのため、時期や場所によって塩分濃度に違いはあるものの、かつての湖水は塩分が混じる汽水であった。特に1950年代から1960年代には、下流の河川改修(浚渫)の影響で海水が遡上し、近年ではもっとも汽水化が進んだ時期だった。当時を知る人々にとって「汽水湖」という印象が強いのはそのためである。
 しかし、1963年に治水と塩害防止を目的にして竣工した常陸川水門(逆水門)を利用することで淡水化が進行した(詳しくは霞ヶ浦の歴史を参照)。そのため、現在は、ほぼ淡水湖とかわらない状況にある[2]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「霞ヶ浦について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百五十四》

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● 平成二十九年十一月二十四日 金曜日   
○ 十月日々折々 その六 台風

《今回の自選代表句と自句自解》

今年また先ずは近場での紅葉狩り 

 毎年のことだが、今年もまた散歩しながら、先ず近所の紅葉狩り。朝夕の寒暖差が激しくなり、刻々と紅葉も鮮明になってゆく。

(十月下旬 日常生活)
台風や期日の前に投票を
台風や風雨激しき朝六時
台風は日本列島縦断す
関東は台風一過の青空に
ベランダに台風過ぎ去り傘を干す 
台風や山梨への旅来週に
公園に幼ら遊べる秋日和
芸術の秋に仲間らとカラオケ会
今週も週末台風近づいて
台風や山梨の旅キャンセルに
十月の末に木枯一号が
朝散歩川辺の道に虫の声
住む街の公園の木々紅葉して
今年また先ずは近場での紅葉狩り
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秋風 (平成29年11月21〜22日)

2017/11/17 14:08

◎ 平成二十九年十一月二十一〜二十二日 秋風

● 平成二十九年十一月二十一日 火曜日   
○ 十月日々折々 その三 秋風

《今回の自選代表二句と自句自解》

物産展各県の幟秋風に 

 恒例となった秋の松戸まつり。松戸駅西口のデッキ下で開催された全国的な観光物産展には、各都道府県の幟旗が、客を手招きするように風に揺れていた。
ここは、毎年人込みが激しい会場となっている。

(十月上旬 松戸まつりA)
秋の午後二時にパレード開始して
秋まつりサンバのリズムに乗りダンス
秋まつりサンバのダンス激しくて
秋まつり色彩豊かなコスチュウム
秋まつりパレード過ぎて他会場へ
秋まつり屋台あまたな中通り
秋まつり知人の屋台で立ち話
秋まつり人込む本町中通り
秋まつり伊勢丹通りに親子連れ
秋まつり駅デッキ下で物産展
秋まつり各県の幟風に揺れ
物産展各県の幟秋風に 

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● 平成二十九年十一月二十二日 水曜日   
○ 十月日々折々 その四 秋の日

《今回の自選代表二句と自句自解》

秋まつりに松戸応援キャラクター 

 秋開催の恒例の松戸まつり。松戸駅西口のデッキ下で開催された観光物産展の会場にいる松戸応援キャラクターの「松戸さん」は、参加者と記念撮影をしていた。

(十月上旬 松戸まつりB)
秋まつり松戸のゆるキャラ目の前に
秋まつり我が目の前に「松戸さん」
秋まつり物産展に「松戸さん」
秋まつりに松戸応援キャラクター 
秋まつり高砂通りに人あまた
秋の午後松戸まつりを楽しめり
秋の日に松戸の文化楽しめり
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十五夜 (平成29年11月19〜20日)

2017/11/16 05:14

◎ 平成二十九年十一月十九〜二十日 十五夜

● 平成二十九年十一月十九日 日曜日   
○ 十月日々折々 その一 十五夜

《今回の自選代表句と自句自解》

東天の雲間に名月丸まると 

 今日は十五夜。早々と東の雲間から名月が丸々と上り始めた。もうすでに明るい。以後、時折外に出て名月を愛でた。

(十月上旬 日常生活)
関東は晴れて十月に入りにけり
スポーツの秋に快挙の女子ゴルフ
女子オープン秋に畑岡連覇して
※ 畑岡連覇・・・畑岡奈紗が40年ぶり女子オープン連覇!メジャー記録20アンダー
◇国内女子メジャー第3戦◇日本女子オープンゴルフ選手権競技 最終日(1日)◇我孫子ゴルフ倶楽部(千葉県)◇6706yd(パー72)
 2打リードの単独首位からスタートした畑岡奈紗が8バーディ、1ボギーの「65」とし、2位に8打差をつける通算20アンダーで大会連覇を果たした。昨年の史上初のアマチュア制覇に続き、1976年、77年大会を制した樋口久子以来2人目となる40年ぶりのナショナルオープン連覇の快挙を遂げた。国内女子メジャーの最多アンダーパー記録(14アンダー)を6ストローク塗り替えた。(ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)より転載)
十月の女子オープンでメジャー記録
東天の名月雲間に見え隠れ
東天の雲間に名月丸まると 
幾たびも十五夜雲間に見え隠れ
お団子を食わねど名月楽しめり

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● 平成二十九年十一月二十日 月曜日   
○ 十月日々折々 その二 十月

《今回の自選代表句と自句自解》

秋まつりダンサーらとの写真撮る 

 十月開催の第44回 松戸まつり。サンバダンスに縁者が出演するので、応援に出掛けた。出演前に出番待ちのサンバダンサーらと写真を撮った。みんなのコスチュームが鮮やかだ。皆、いい笑顔だ。

(十月上旬 松戸まつり@)
十月の松戸まつりに妻連れて
㊟松戸まつり・・・第44回 松戸まつり
 各イベント広場を中心にパレード等のストリートイベント、バザール、観光物産展をはじめとした多くのお店が出店される市内でも注目されるお祭りのひとつです。
 松戸駅周辺を中心に、例年「音楽パレード」や、「YOSAKOI松戸」、「全国ふるさと物産展」、「クラシックカーフェスティバル」など盛りだくさんのイベントが行われてまいりました。 甲冑行列、和太鼓演奏、阿波踊りなどの国を代表する歴史を感じる催しと共にサンバやフラダンス、フラメンコといった異国文化の賑わいを感じることができるのも松戸まつりの特徴です。
日時  2017年10月7日(土)・8日(日) 10時〜17時まで (交通規制時間 9時〜17時まで)
場所  JR常磐線・新京成線 松戸駅周辺地域 (松戸市観光協会 公式ホームページより転載)
秋まつりサンババレード応援に
秋の午後妻とイベント広場へと
秋の午後バレード前に会場へ
秋まつり縁者と暫し話して
秋まつりダンサーらとの写真撮る 
秋まつり待つ間に知己と立ち話
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月さやか (平成29年11月17〜18日)

2017/11/15 10:36

◎ 平成二十九年十一月十七〜十八日 月さやか

● 平成二十九年十一月十七日 金曜日   
○ 九月日々折々 その三十四 秋彼岸

《今回の自選代表句と自句自解》

菩提寺の墓の供花に竜胆を 

 秋の彼岸の墓参り。この時季、いつもは墓前に菊の花をお供えすることが多かったが、今年は竜胆の花の入った花束を墓前にお供えした。

(九月下旬 日常生活@)
秋彼岸孫ら共に菩提寺に
菩提寺の墓の供花に竜胆を 
菩提寺で身内と出くわす秋彼岸
帰り際身内と出くわす秋彼岸
秋彼岸墓所にて姉と立ち話
秋彼岸墓所にて暫し立ち話

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● 平成二十九年十一月十八日 土曜日   
○ 九月日々折々 その三十五 月さやか

《今回の自選代表句と自句自解》

虫の音に誘われ開ける夜の窓

 すっかり秋らしくなった。虫の声に誘われ、居間の窓を開けた。虫の音が高く近くに聞こえる。ふと見上げる夜空にはお月さま。いつのまにか過ごし良い季節になった。

(九月下旬 日常生活A)
秋の晴上野パンダ名「シャンシャン(香香)」に
㊟上野パンダ名・・・上野動物園(東京都台東区)のジャイアントパンダの赤ちゃん(雌)について、名前は「シャンシャン(香香)」に決まったことが25日、分かった。東京都の小池百合子知事が同日午後2時から会見を開き、正式に発表する。(産経新聞より転載)
虫の音に誘われ開ける夜の窓 
窓越しに見上げる空の月さやか
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秋景色 (平成29年11月15〜16日)

2017/11/14 03:38

◎ 平成二十九年十一月十五〜十六日 秋景色

● 平成二十九年十一月十五日 水曜日   
○ 九月日々折々 その三十二 秋景色

《今回の自選代表句と自句自解》

送迎のバスの車窓に秋景色 

 最近は空の雲や桜紅葉など、より秋らしい風情を感じられるようになった。東松戸のレストランへ向かう送迎バスから、秋の景色を楽しんだ。

(九月下旬 町内老人会の昼食会A)
秋の会松戸より東松戸へと
仲秋に車窓の景色楽しめり 
送迎のバスの車窓に秋景色 
秋の昼バス降り皆と店内へ
秋の昼バス降り皆と入店す
秋の昼予約した和風レストランに
秋の昼最前列の席に着く
秋の会会長皆に挨拶す 
秋の昼ビールジョッキー手に乾杯

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

● 平成二十九年十一月十六日 木曜日   
○ 九月日々折々 その三十三 秋の昼

《今回の自選代表句と自句自解》

秋の会料理を肴に酒を飲む 

 食欲の秋。町会の老人会仲間と和風レストランで懐石料理を肴に日本酒の「松竹梅」を飲む。食事も酒も旨い。会話も弾む。

(九月下旬 町内老人会の昼食会B)
秋の昼懐石料理に舌鼓
秋の会料理を肴に酒を飲む  
秋の会話で酒席盛り上がる
秋の会好きな日本酒注ぎ注がれ
秋の昼話で宴会盛り上げる
秋の会飲み始めてより二時間半
秋の午後宴会やがてお開きに
秋の午後送迎バス乗り松戸へと
秋の午後地元で皆と別れけり
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秋暑し (平成29年11月13〜14日)

2017/11/12 05:18

◎ 平成二十九年十一月十三〜十四日 秋暑し

● 平成二十九年十一月十三日 月曜日   
○ 九月日々折々 その三十 秋暑し

《今回の自選代表句と自句自解》

台風や夜にざわめく風と雨 

 九月中旬に、関東地方に台風が来襲した。暗い夜に、大風と大雨の音だけが、ざわめいている。停電にならないように祈る。

(九月中旬 日常生活A)
台風の来るなか娘は福岡へ
台風の来るなか娘は学会に
台風や夜にざわめく風と雨 
福岡より台風のなか帰宅の娘(こ)
台風の吹き返しの風未明まで
大風雨去りし関東秋暑し

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● 平成二十九年十一月十四日 火曜日   
○ 九月日々折々 その三十一 仲秋

《今回の自選代表句と自句自解》

秋の昼町会仲間と食事会 

 食欲の秋。町会の老人会仲間二十五名で店の送迎バスに乗り、懐石料理を食べに出掛けた。

(九月下旬 町内老人会の昼食会@)
仲秋に老人会の昼食会
秋の日に老人会の昼食会
秋の会メンバー次つぎ集い来る
秋の会集合場所に皆集う
老人会メンバー集う秋の会
秋の会集いしメンバー顔馴染み 
秋の昼町会仲間と食事会 
秋の会集いしメンバー二十五名
秋の会集合場所よりバスに乗り
秋の会車中に六十・八十代
秋の会車中に七十・九十代
秋の日に送迎バス乗り会場へ
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梨 (平成29年11月11〜12日)

2017/11/10 02:40

◎ 平成二十九年十一月十一〜十二日 梨

● 平成二十九年十一月十一日 土曜日   
○ 九月日々折々 その二十八 秋夕べ

《今回の自選代表句と自句自解》

食欲の秋に幾種かの魚買う 

 食欲の秋。築地の場外市場の魚屋で幾種かの魚を購入した。とにかく鮮度がいい。

(九月上旬 銀ブラF)
秋の午後場外市場をブラブラと
秋の午後市場通路に人込めり
食欲の秋に幾種かの魚買う 
秋旅にブラブラ歩く市場内
秋小旅頃合いはかり戻る道
秋の午後瀬戸物屋さんにブラリ寄る
秋の旅途中立ち寄る瀬戸物屋
秋旅に寿司の画の湯飲み買い求む
秋の旅東銀座より地下鉄に
秋旅に都営浅草線に乗る
秋小旅東銀座より北千住
秋の旅北千住より千代田線
秋の午後北千住より松戸へと
秋夕べ土産手にして無事帰宅

(九月上旬 日常生活)
スポーツの秋にテレビで観戦す
秋の晴桐生が百を九秒台
※ 桐生が百を九秒台・・・桐生祥秀 日本人初の100メートル9秒台!
陸上の日本学生対校選手権第2日が9日、福井市の福井県営陸上競技場であり、男子100メートル決勝は桐生祥秀(東洋大)が9秒98(追い風1.8メートル)で優勝した。4年生の桐生はこの種目大会3連覇で最後の日本インカレを締めくくった。従来の記録は伊東浩司が1998年に出した10秒00。(スポーツニッポンより転載 )

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● 平成二十九年十一月十二日 日曜日   
○ 九月日々折々 その二十九 梨

《今回の自選代表句と自句自解》

梨の名に季節の時期を覚知して 

 梨は品種により、収穫時期が異なる。初秋に早生種の「幸水(こうすい)」、仲秋に中生種の「豊水(ほうすい)」、そして今また中生種の「あきづき」を味わった。梨も品種改良が進みかなり増えた。梨の味覚の奥深さを覚知する。ここ千葉県は全国一の梨の生産地である。また地元の松戸は、「二十世紀梨」の発祥の地である。

(九月中旬 日常生活@)
秋月の梨食み季節の時期を知り 
秋月の梨食み季節の時期覚知 
梨の名に季節の時期を覚知して 
梨の時季脳裏に地元産の梨
時季来る脳裏に梨の「二十世紀」
㊟「二十世紀」・・・二十世紀(にじっせいき)は青梨系の中生種で、和なし生産の13%を占める生産量第3位の品種である。また、鳥取県産なしの8割を占める。
 青梨系の代表品種で、一般的な唯一の青梨。1888年に千葉県大橋村(現在の松戸市)で、当時13歳の松戸覚之助が、親類宅のゴミ捨て場に生えていたものを発見した。松戸は「新太白」と名付けたが、1898年に渡瀬寅次郎によって、来たる新世紀(20世紀)における代表的品種になるであろうとの観測と願望を込めて新たに命名された[5] [6]。なお、当時日本では西暦の概念さえまだ一般的ではない時代であったため、非常に先進的な命名と言える。[要出典]その後、1904年に鳥取県に導入され、鳥取県の特産品となった。花は鳥取県の県花に指定されている。
 発祥の地は後に「二十世紀が丘梨元町」と名付けられ、覚之助の業績を記念している[5]が、発祥の松戸市を含む関東地方では幸水や豊水が主で、現在殆ど栽培されなくなっている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』の「ナシ」の項目の「品種」より転載)
◎『梨の「二十世紀」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百五十三》
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秋哀れ (平成29年11月9〜10日)

2017/11/08 02:59

◎ 平成二十九年十一月九〜十日 秋哀れ

● 平成二十九年十一月九日 木曜日   
○ 九月日々折々 その二十六 秋日差

《今回の自選代表句と自句自解》

通り道日差しと秋風心地良く 

 秋晴れの日に、東銀座から晴海通りを築地方面へと歩く。秋の日差しと微風が心地良い。

(九月上旬 銀ブラD)
秋の旅岩手のアンテナショップへと 
秋小旅続いて「銀河プラザ」寄る
※「銀河プラザ」・・・いわて銀河プラザ
銀座にある岩手県のアンテナショップ「いわて銀河プラザ」。岩手県の恵まれた自然が 育んだ安全でおいしい食品、職人の技が生み出す工芸品、産地直送直売や観光PR イベントなど「いわてブランド」を一堂に集結した「いわて銀河プラザ」をお楽しみください。住所:東京都中央区銀座5-15-1 南海東京ビル1F(いわて銀河プラザサイトより転載)
秋灯広き店内に品あまた
孫たちと銀ブラ楽しむ秋日和
秋うらら妻と孫らと築地へと
秋の旅万年橋を通りゆく
渡りゆく万年橋に秋日差
渡りゆく万年橋に秋の風
通り道日差しと秋風心地良く 
秋日浴び京橋郵便局前を

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● 平成二十九年十一月十日 金曜日   
○ 九月日々折々 その二十七 秋哀れ

《今回の自選代表句と自句自解》

秋や秋築地は食でおもてなし 

 築地には多くの人が来ている。食欲の秋の時季、食材を求めに来る人も多い。ゲイトの看板の「築地は食でおもてなし」の文字がこの時季、生き生きと見える。

(九月上旬 銀ブラE)
新大橋通りを渡る秋小旅
秋の旅左に築地本願寺
秋の旅右に築地場外市場
㊟築地場外市場・・・
築地市場(つきじいちば、つきじしじょう)は、東京都中央区築地にある公設の卸売市場。東京都内に11か所ある東京都中央卸売市場のひとつだが、その規模は日本・世界最大(広さでは大田市場のほうが広いが、取引金額は大田市場より大きい)であり、代表的な卸売市場である。この項では外郭に存在する築地場外市場商店街(通称:場外、場外市場、築地場外、築地場外市場)についても記述する。なお、ニュース番組等で、しばしば築地市場の場所を指して「つきじしじょう」と呼ぶことがあるが、場所を指す場合は「しじょう」ではなく「いちば」である[要出典]。
 築地場外市場商店街・・・築地市場の周辺にも買出人を相手とする店舗が多数あり、「場外」と呼ばれる商店街を形成している。これに対して築地市場は「場内」と呼ばれる。場外は場内に比べ一般客や観光客が比較的多い。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「築地場外市場について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百五十二》
秋思かな視野入る火災現場跡
秋思かな市場火災の傷跡が
※市場火災・・・築地市場火災
世界最大の魚市場で観光名所としても有名な東京の築地市場で3日、火事があった。開場80年以上の築地市場は、連日のマグロの競りで知られる。東京の主なすし店の多くが、築地からマグロを買い付けている。(BBCサイト 2017年08月4日より転載 )
秋哀れここ先月の火事現場
秋哀れ火災の傷跡生々し
秋小旅「すしざんまい」の程近く
秋日浴ぶ場外市場の大看板
秋や秋築地は食でおもてなし
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秋の雲  (平成29年11月7〜8日)

2017/11/07 01:49

◎ 平成二十九年十一月七〜八日 秋の雲

● 平成二十九年十一月七日 火曜日   
○ 九月日々折々 その二十四 秋の雲

《今回の自選代表句と自句自解》

食欲の秋に銀座で昼食会

 食欲の秋。でお昼に孫らと銀座食事会。銀ブラの前に、腹ごしらえ。和光や三越のある銀座四丁目に程近い、イタリアンレストランでの昼食会を楽しんだ。

(九月上旬 銀ブラB)
食欲の秋に銀座で昼食会 
食欲の秋にパスタを孫たちと
食欲の秋にパスタ料理食む
食欲の秋に孫らとカルパッチョ
㊟カルパッチョ・・・カルパッチョ(Carpaccio)は、生の牛ヒレ肉の薄切りに、チーズもしくはソースなどの調味料をかけた料理の総称である。
起源[編集]
 イタリアの画家であるヴィットーレ・カルパッチョが薄切りの生牛肉にパルミジャーノ・レッジャーノをかけた料理を好んだことから、彼の名を取ってカルパッチョと呼ばれているという説がある。 また、彼の独特の赤色を基調とした作風が、皿に並べられた薄切りの生牛肉の色彩に類似しているためにその名があるとする説もある。
 第3の説として1963年(1950年の説も[1])、ヴェネツィアでのヴィットーレ・カルパッチョ生誕500年回顧展の期間中に、同地のレストラン「ハリーズ・バー(英語版)」で考案された料理との説も知られている。前の2つの説がヴェネツィアの伝統料理であるとの前提に立っているのに対し、本国イタリアで定着している第3の説は、近年の創作料理であると主張している。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「カルパッチョとは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百五十一》
秋の日の昼イタリアン料理食む
秋の昼食後のコーヒーゆっくりと
秋の昼食事後銀座をブラブラと
秋の旅「あづま稲荷」にブラリ行く
㊟「あづま稲荷」・・・あづま稲荷神社
 戦後、京都伏見稲荷大社から分霊して祀った神社。毎年2月の最初の午の日には大祭を行い、まちの発展と火防・盗難守護を祈願しています。〈じゃらんネットより転載〉所在地 東京都中央区銀座5-9-19
秋の晴あづま稲荷にて合掌す
ビル街の隙間の空に秋の雲

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● 平成二十九年十一月八日 水曜日   
○ 九月日々折々 その二十五 秋日和

《今回の自選代表句と自句自解》

食欲の秋にアンテナショップへと 

 銀座付近には、地方のアンテナショップが点在している。先ず、群馬県のアンテナショップに入店した。販売ベスト五(売れ筋ベスト五)が、明示されていた。みそパンや神津牧場のソフトクリームなど。女店員が、みそぱんはテレビでも紹介されたと話してくれた。店内には、食欲をそそる商品が多くあった。

(九月上旬 銀ブラC)
秋の午後晴海通りを歩きゆく
㊟晴海通り・・・晴海通り(はるみどおり)は、東京都千代田区の祝田橋交差点から江東区の東雲交差点へ至る道路の通称である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の午後晴海通りを孫たちと
秋の旅三原橋を通り過ぐ
秋小旅昭和通りを横断す
秋日和左に銀座の歌舞伎座が
秋の旅目前に東銀座駅
食欲の 秋にアンテナショップへと 
秋小旅「ぐんまちゃん家」へブラリ寄る
※「ぐんまちゃん家」・・・ぐんまちゃん家 (ぐんま総合情報センター)
銀座のアンテナショップ,東京ぐんまちゃん家。群馬県のイベント情報満載。ぐんまちゃん 家では、群馬県内選りすぐりの名産品を取り揃えて、皆さまのお越しをお待ちしており ます。住所:東京都中央区銀座5丁目13番地19(ぐんまちゃん家サイトより転載)
秋灯店内随所にぐんまちゃん
※「ぐんまちゃん」・・・群馬県の地域キャラクター。人気の群馬県のゆるキャラである。デザインは、漫画家の馬場のぼる。
文化の秋店内数多な品揃え
食欲の秋に店推すみそパンを 
秋旅にテレビ紹介されしパン
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秋の空 (平成29年11月5〜6日)

2017/11/05 00:03


★ お知らせ 「俳句の掲載の変更」について(再掲)

 いつもご愛読頂き、誠にありがとうございます。
 さて、高齢のため、今までのように連続して一定した内容の俳句ブログの掲載は困難になってきました。今後は、可能な限りの句数の掲載となります。ときには、掲載を見送ること(一時的なお休み)があるかも知れません。これらのことを御承知頂ければ幸いです。
 今後とも、ご愛顧の程よろしくお願い申し上げます。                     飯島治蝶

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◎ 平成二十九年十一月五〜六日 秋の空

● 平成二十九年十一月五日 日曜日   
○ 九月日々折々 その二十二 秋の晴

《今回の自選代表句と自句自解》

秋晴に誘われ孫らと銀ブラに 

 今日は朝からよく晴れている。秋晴れだ。天気予報でも、一日晴れるとの報道。妻と孫とで、食事を兼ねて、銀ブラをすることとなった。

(九月上旬 銀ブラ@)

ここ松戸今日は朝から秋晴れに
秋晴に誘われ孫らと銀ブラに 
秋の旅十時半過ぎ家を出る
秋の晴松戸駅より大手町
秋の晴千代田線乗り大手町
秋の晴丸ノ内線に乗り換えて
秋の晴地下鉄に乗り銀座へと
秋の旅銀座駅降り四丁目
秋の旅駅降りやがて交差点
ビル街に秋の青空広がれり
秋の晴ビル街上空青あおと 

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● 平成二十九年十一月六日 月曜日   
○ 九月日々折々 その二十三 秋の空

《今回の自選代表句と自句自解》

秋の晴青空支える時計塔 

 地下鉄の銀座駅で下車。今、銀座四丁目の交差点脇にある和光ビル近くに来た。交差点を挟んだ地点まで来た。上空に広がる秋晴れの青空が、ビル街に明るい。まるでスカイブルーの天蓋のようだ。その天蓋を支えているのが、銀座和光の時計塔だ。そのような錯覚を覚える秋景色だ。

(九月上旬 銀ブラA)

秋晴に銀座の上空青あおと 
秋小旅向こうに銀座和光ビル
秋晴の青空支える時計塔
秋の晴青空支える時計塔 
㊟時計塔・・・銀座和光の時計塔
 初代時計塔が完成したのは1894(明治27)年。
 和光の前身である服部時計店の創業者・服部金太郎が、銀座4丁目交差点角地の朝野新聞社屋を買い取り、増改築の末に、1895(明治28)年1月、服部時計店はこの新店舗で営業を開始しました。
その後、大正の好況期に入り、建て替えが計画されたものの、 1923(大正12)年の関東大震災により建設を中断。また、営業中の仮店舗も焼失しました。工事が再開されたのは1929(昭和4)年末になってからのことでした。
 二代目時計塔
 現在の時計塔は建築家・渡辺仁氏の設計により、1932(昭和7)年6月に竣工した二代目です。ゆるい弧を描いた優雅な曲面で4丁目の交差点を見下ろすように建つこの建物の様式は、ネオ・ルネッサンス様式と呼ばれ、時計塔の四方にある文字盤はほぼ正確に東西南北を向いています。建物の外装材は、大震災直後ということもあり、火災や地震を考慮してすべて天然石が使われました。また、時計塔の文字盤の下や建物の窓部分には、ブロンズでアラベスク(唐草)の繊細な透かし模様の装飾などがあしらわれ、店内の壁面にはイタリアから輸入された大理石が使われました。
 地上から時計塔まで高さ:39.39m(屋上までの高さ:30.30m、時計塔の高さ:9.09m)
時計塔の避雷針の高さ:8m
時計塔の文字盤の大きさ:直径2.4m
時計塔の時計の針の長さ:長針1.17m、短針0.75m
(和光のサイト 「和光と時計塔の歴史」より転載)
◎「銀座和光の時計塔について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百五十》
ビル街に明るく広がる秋の空
秋の昼銀ブラ前に先ず食事
秋の晴東京銀座へ食事しに
秋の昼どき妻孫と先ず食事
食欲の秋に銀座のレストラン
食欲の秋の昼食イタリアン
食欲の秋に孫らと食事会
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秋の暮 (平成29年11月4日)

2017/11/04 00:01

◎ 平成二十九年十一月四日 秋の暮

● 平成二十九年十一月四日 土曜日   
○ 九月日々折々 その二十一 秋の暮

《今回の自選代表句と自句自解》

芸術の秋に笑って福来る 

 芸術の秋に、大衆芸能を楽しむ。多彩な「爆笑寄席」を妻と楽しんだ。大分笑った。これで、より多くの福がくるかも・・・。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その二十一)
〜 「爆笑寄席」 その五 〜

秋の会出囃子に合わせ落語家が
芸術の秋に落語家座へと
秋の会瀧川鯉昇がトリ務め
㊟ 瀧川鯉昇・・・瀧川 鯉昇(たきがわ りしょう)は、落語の名跡。過去に鯉昇という名跡は、鯉朝や鯉橋同様に数名が名乗っている。2代目柳亭左龍(俗に「樽重」、「江戸名残の怪談師」)、7代目三笑亭可楽(俗に「玉井の可楽」)等が名乗っているが、名跡としての代数は数えられていない。
 当代 瀧川鯉昇(本名:山下 秀雄(やました ひでお)、1953年2月11日 - )は、静岡県浜松市生まれ。静岡県立浜松西高等学校、明治大学農学部卒業。落語芸術協会所属で、同協会監事。出囃子は「鯉」。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
芸術の秋に落語家茶の噺
秋の会笑って健康長寿かな 
芸術の秋に笑って福来る 
秋の会午後四時前に終演す
秋の日に「爆笑寄席」を楽しめり
秋の夕いつのまにやら雨止んで
秋の旅大井町駅で電車乗る
秋の旅大井町より上野駅
秋の旅上野駅より松戸へと
秋の日に散策と寄席楽しめり
二人して無事帰宅する秋の暮

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★ お知らせ

 「俳句の掲載の変更」について

 いつもご愛読頂き、誠にありがとうございます。
 さて、高齢のため明日(平成二十九年十一月五日)以降、今までのように連続して一定した内容の俳句ブログの記事掲載は困難になって参りきました。今後は、可能な限りの句数の掲載となります。ときには、掲載を見送ること(一時的なお休み)があるか知れません。これらのことを御承知頂ければ幸いです。
 今後とも、ご愛顧の程よろしくお願い申し上げます。  (飯島治蝶)
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秋の夕 (平成29年11月3日)

2017/11/03 01:09

◎ 平成二十九年十一月三日 秋の夕

● 平成二十九年十一月三日 金曜日   
○ 九月日々折々 その二十 秋の夕

《今回の自選代表句と自句自解》

芸術の秋に楽しむ太神楽 

 芸術の秋に、大衆芸能を楽しむ。多彩な「爆笑寄席」で、鏡味仙成によるバランス芸の太神楽を鑑賞した。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その二十)
〜 「爆笑寄席」 その四 〜

秋の会午後二時半より第二部に
芸術の秋に鏡味の太神楽
※ 鏡味・・・鏡味 仙成 (かがみ せんなり)・・・本名:山本航大 ・芸種:太神楽 ・生年月日:平成8年12月11日 ・出身:埼玉県飯能市・他の所属:(一社)落語協会(太神楽曲芸協会サイトより転載)
芸術の秋に鏡味のバランス芸
※ バランス芸・・・傘の上で色んな物を回したり、顎の上に棒を立てて茶碗やら房の付いた棒などを積み上げ ていくバランス芸。
㊟ 太神楽・・・太神楽(だいかぐら)は、古くから神社を祭る式楽、舞楽(ぶがく)より生じ、伊勢、 尾張(熱田)、水戸などが代表的発祥地と伝えられています。
 戦乱が収まり徳川家康が江戸幕府を開府すると、太神楽師達は各大名に付いて地方へ広がり、獅子舞で氏子の家々を御祓(おはらい)する風習が生まれました。
 このように神様への奉納、氏子への祈祷などが主の【神事芸能】の太神楽でしたが、その後寄席の出現などに伴い【舞台芸能】へと変化をしていきます。
獅子舞の余興として演じていた曲芸は、娯楽を提供する【寄席芸能】へと発展して いきました。
 江戸時代に広まったこの太神楽曲芸は、明治・大正・昭和と時代と共に技芸を発展
させて、平成の現在へと受け継がれている伝統芸能です。
 太神楽は『舞』『曲芸』『話芸』『鳴り物』の四つの柱から成り立っています。
【舞】   → 獅子舞・恵比寿大黒舞など
【曲芸】  → 投げ物(撥・鞠・ナイフ・輪など) 立て物(傘・五階茶碗・皿など)
【話芸】  → 掛け合い茶番(源三位頼政・祐兼参詣・五段目・鹿島の舞など)
【鳴り物】 → 下座音楽・祭囃子など
 この様に太神楽は芸能の原点と云うべき要素を揃えており、時代に合わせた演出で観客の皆様に楽しんで頂いております。(太神楽曲芸協会HPより転載)
◎「太神楽とは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百四十八》
秋の会鏡味茶碗を積み上げて
秋灯仙成茶碗積み上げて
芸術の秋に楽しむ太神楽 
秋の会観客鏡味へ大拍手
芸術の秋に文治の落語聞く
※ 文治・・・11代目 桂 文治(じゅういちだいめ かつら ぶんじ、本名:岡方 靖治(おかがた やすはる)、1967年8月25日 - )は、日本の落語家。東西に存在する桂派の宗家の名跡「桂文治」の当代。落語芸術協会所属。出囃子は『武蔵名物』(真打の平治時代は『いやとび』二ツ目時代は『どうぞ叶えて』)。前名は2代目桂平治。大分県立四日市高等学校卒業。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
芸術の 秋聞く落語の「親子酒」
㊟ 「親子酒」・・・親子酒(おやこざけ)は、古典落語の演目の一つ。原話は上方の初代露の五郎兵衛が宝永4年(1707年)に出版した笑話本「露休置土産」の一遍である「親子共に大上戸」。
 主な演者として、5代目古今亭志ん生や5代目柳家小さん、8代目三笑亭可楽、10代目金原亭馬生、5代目鈴々舎馬風などがいる。
 あらすじ[編集]
 ある商家に、共に酒好きな大旦那と若旦那の親子がいた。父親である大旦那は、息子の酒癖が非常に悪いことを心配し、「お前だけに酒を止めろとは言わない。共に禁酒をしよう」と話をする。
 息子も承知し、しばらくは何事もなかったが、2週間ほど経つと、他に楽しみのない大旦那は、酒が恋しくて仕方がなくなる。
 息子が出かけていたある晩、女房に頼み込み、遂に酒に手を出してしまう。したたかに酔い、気分も良くなっているところへ、息子が帰ってくる。慌てて場を取り繕い、父親は「酔っている姿など見せない」と、息子を迎えるが、帰ってきた息子も同様にしたたかに酔い上機嫌であった。
 呆れた父親が「なぜ酔っているんだ」と問うと、出入り先の旦那に相手をさせられたと言い、「酒は止められませんね」などと言う。
 父親は怒り、女房に向かって「婆さん、こいつの顔はさっきからいくつにも見える。こんな化け物に身代は渡せない」と言った。
 すると息子もこう返す。「俺だって、こんなぐるぐる回る家は要りません」(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「親子酒」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百四十九》
芸術の秋におしゃべマジックを
芸術の秋マギー司郎マジックを
㊟ マギー司郎・・・マギー司郎(マギーしろう、1946年(昭和21年)3月17日 ? )は、日本の手品師、タレント。日本奇術協会相談役。本名、野澤 司郎(のざわ しろう)。茨城県真壁郡下館町(現・筑西市)出身。オフィス樹木所属。(中略)
 芸風[編集]
 メガネに口ヒゲ・黄色い燕尾服の風貌で、飄々とした茨城弁による客いじりで煙に巻くスタイル。
 何が起こるかを先に明かすネタばらしから始まる変則派で「縦縞のハンカチを横縞にする」、「麦茶をウーロン茶にする」、「コシヒカリをササニシキに変える」などのインチキ手品を行いつつ、「うちの近所の八百屋のおかみさんに評判なんだけど、」「板橋(鉾田町などの場合も多い)に○○って飲み屋があるの知ってる?そこに週5回通う、常連の○○って人知ってる?その人が大好きなマジック、今からやるから」などのトークで繋ぎ、最後は正統派マジックに戻って高座を締める。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の会マギー司郎はネタばらし
秋の会ハンカチの縞のネタばらし
秋の会観客ネタに大笑い
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秋灯 (平成29年11月1〜2日)

2017/11/01 01:25

◎ 平成二十九年十一月一〜二日 秋灯

● 平成二十九年十一月一日 水曜日   
○ 九月日々折々 その十八 秋

《今回の自選代表句と自句自解》

芸術の秋に「寿限無」の落語聞く 

 芸術の秋に、大衆芸能を楽しむ。「爆笑寄席」で、昔懐かしい「寿限無」の落語を楽しんだ。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その十八)
〜 「爆笑寄席」 その二 〜

秋の旅徒歩数分で「きゅりあん」に
※ 「きゅりあん」・・・「きゅりあん」は、一般公募により選ばれた品川区立総合区民会館の愛称。
秋の旅ビル八階の会場へ
爆笑寄席会場内に秋灯
芸術の秋楽しみな爆笑寄席
秋の日の一時半より爆笑寄席
秋の会一時半より第一部
芸術の秋に前座の落語聞く
※ 前座・・・落語家(東京)には、「真打ち」「二ツ目」「前座」「前座見習い」という階級がある。
芸術の秋に鯉佐久の落語聞く
※ 鯉佐久・・・・芸名 瀧川 鯉佐久  ・芸名 ふりがなたきがわ こいさく・芸種 落語 ・階級 前座 ・芸歴瀧川鯉昇に入門(落語芸術協会サイトより転載)
芸術の秋に鯉佐久の「寿限無」聞く
㊟ 「寿限無」・・・「寿限無」(じゅげむ)は、早口言葉あるいは言葉遊びとして知られる古典的な噺であり、落語の前座噺である。上方落語では古くは別題を「長名」という。(中略)
 代表的な例[編集]
 以下はこの噺の主人公である赤ん坊に付けられる「名前」の一例である。日本で最も長い名前、としてしばしば語られる。
「じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ かいじゃりすいぎょの すいぎょうまつ うんらいまつ ふうらいまつ くうねるところにすむところ やぶらこうじのぶらこうじ ぱいぽ ぱいぽ ぱいぽのしゅーりんがん しゅーりんがんのぐーりんだい ぐーりんだいのぽんぽこぴーの ぽんぽこなーの ちょうきゅうめいのちょうすけ」
寿限無、寿限無
五劫の擦り切れ
海砂利水魚の
水行末 雲来末 風来末
食う寝る処に住む処
藪ら柑子の藪柑子
パイポ パイポ パイポのシューリンガン
シューリンガンのグーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
長久命の長助
(ここでは、NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」での紹介例に漢字を当てた。)
なお、落語家によって一部細かい部分での違いが見られる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「寿限無(じゅげむ)」とは』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百四十六》
芸術の秋に「寿限無」の落語聞く 
芸術の秋母心の漫才を
㊟ 母心・・・母心(ははごころ)は漫才協会に所属するお笑いコンビである。オフィスまめかな所属。福島県を中心に活動するお笑い集団みちのくボンガーズ(現・ふくしまボンカーズ)の元メンバーである。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
芸術の秋漫才で大笑い

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● 平成二十九年十一月二日 木曜日   
○ 九月日々折々 その十九 秋灯

《今回の自選代表句と自句自解》

芸術の秋観る独楽の綱渡り 

 芸術の秋に、大衆芸能を楽しむ。多彩な「爆笑寄席」で、曲独楽師である三増紋之助による独楽の綱渡りを鑑賞した。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その十九)
〜 「爆笑寄席」 その三 〜

芸術の秋に三増江戸曲ごまを
㊟ 三増・・・三増紋之助(みます もんのすけ、1963年1月22日 - )は、栃木県足利市出身の曲独楽師。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
芸術の秋に大小の独楽回し
秋に観る刀の先での独楽回し
芸術の秋観る独楽の綱渡り 
芸術の秋に曲芸楽しめり
芸術の秋ケン正木の奇術観る
※ ケン 正木・・・ケンマサキ Ken Masaki ・会員区分:正会員 ・所属支部:関東 ・居住地(都道府県):東京(日本奇術協会サイトより転載)
プロフィール
 専修大学在学中からステージに立ち、パーティー、イベント、寄席等数々の舞台で活躍中。
 平成7年皇后陛下の還暦のお祝いの会が東宮御所で開かれたとき招かれて出演し、奇術を30分演じた。ステージではスライハンドマジック(テクニカルなマジック)、オリジナルのカラオケマジックなどコミカルなトークマジック、日本古典奇術の和妻(わづま)なども得意とし幅広く支持を得ている。
芸術の秋ケン正木のマジックを
芸術の秋に取り出すハト九羽
芸術の秋に談笑の落語聞く
※ 談笑・・・立川 談笑(たてかわ だんしょう)は江戸・東京の落語の名跡である。当代は6代目と名乗っているが、過去に談笑は4人ほど、談生を入れて6人前後確認されている。(中略)
 6代目立川 談笑(たてかわ だんしょう、1965年9月23日 - )は落語立川流所属の落語家である。東京都江東区出身。本名は小田桐 英裕(おだぎり ひでひろ)。海城高等学校、早稲田大学法学部卒業。出囃子は『野球拳』『佃』。身長182cmと落語家の中では高い方。基本は古典落語だがアレンジ色が強い。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
芸術の秋に落語の「時そば」を
㊟ 「時そば」・・・『時そば』(ときそば)は、古典落語の演目の一つ。『刻そば』とも。
 内容は蕎麦の屋台で起こる滑稽話であり、数多い古典落語の中でも、一般的に広く知られた演目の一つである。「時そば」と書かれることが多いが「時蕎麦」と書かれることもある。
 1726年(享保11年)の笑話本「軽口初笑」の「他人は喰より」が元となっている。これは、主人公が中間であり、そばきりの価格は6文であった。(中略)
 物語[編集]
 ある冬の深夜0時頃、小腹が空いた男Aが通りすがりの屋台の二八そば屋を呼び止める。Aは主人と気さくに「おうッ、何ができる? 花巻にしっぽく? しっぽくひとつこしらいてくんねえ。寒いなァ」とちくわ入りのかけそばを注文する。その後は、看板を褒めたり割られていない箸を見て「割られていると誰が使ったかわからない」と割り箸をほめる。更にそばを食べながら器、汁、麺の細さ、厚く切ったちくわなどを幇間(たいこもち)よろしく、ほめ上げる。
 食べ終わったAは、16文の料金を支払う。ここで、「おい、蕎麦屋さん。生憎と、細けえ銭っきゃ持ってねえんだ。落としちゃいけねえ、手え出してくれ」と言って、主人の掌に一文銭を一枚一枚数えながら、テンポ良く乗せていく。「一(ひい)、二(ふう)、三(みい)、四(よう)、五(いつ)、六(むう)、七(なな)、八(やあ)」と数えたところで、「今何時(なんどき)でい!」と時刻を尋ねる。主人が「へい、九(ここの)つでい」と応えると間髪入れずに「十(とう)、十一、十二、十三、十四、十五、十六、御馳走様」と続けて16文を数え上げ、すぐさま店を去る。つまり、代金の一文をごまかしたのである。
 この一部始終を陰で見ていた男Bは、Aの言動を振り返り、Aが勘定をごまかした事に気付く。その手口にえらく感心し、真似したくなったBは、自分も同じことを翌日に試みる事にする。そばを食べる事が目的ではなく、1文をごまかすためだけにわざわざそばを食べる。
 待ちきれずに早めに繰り出したBは、Aの真似をするがことごとくうまくいかない。箸は誰かが使ったもの、器は欠け、汁は辛過ぎ、そばは伸び切り、ちくわは紛い物の麩。とうとうそばをあきらめ、件の勘定に取り掛かる。「一、二、……八、今何時でい」主人が「へい、四つでい」と答える。「五、六……」。まずいそばを食わされた上に勘定を余計に取られるというオチ。
 当時の時法では深夜の「暁9つ(午前0時頃)」の前が「夜4つ(午後10時頃)」だったことにより、この話が成立している。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎『「時そば」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百四十七》
芸術の秋に落語で大笑い
芸術の秋に楽しむ爆笑寄席
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桜紅葉 (平成29年10月30〜31日)

2017/10/30 00:03

◎ 平成二十九年十月三十〜三十一日 桜紅葉

● 平成二十九年十月三十日 月曜日   
○ 九月日々折々 その十六 桜紅葉

《今回の自選代表二句と自句自解》

品川寺参道の桜紅葉して 

 秋の日に旧東海道の南品川宿あたりの散策を楽しむ。品川寺の参道の桜は、うっすらと紅葉していた。

秋思かな脳裏に浮かぶジュネーヴ市 

 秋という季節は、何かと思いめぐらすことが多くなる。今妻とジュネ―ヴ平和通りを歩いている。するとふと、以前テレビに報道されたスイス・ジュネーヴ市と縁のある品川寺の梵鐘のことが脳裏に浮かんできだ。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その十六)
〜 品川宿散策 その十六 〜

品川寺参道の桜紅葉して 
㊟ 品川寺・・・品川寺
品川寺(ほんせんじ)は、東京都品川区南品川三丁目にある真言宗醍醐派の寺院である。山号は海照山。本尊は水月観音と聖観音で、江戸三十三箇所観音霊場の第31番である。
 歴史[編集]
 寺伝によると、弘法大師空海を開山とし、大同年間(806-810年)に創建されたという。長禄元年(1457年)、江戸城を築いた太田道灌により伽藍が建立され、寺号を大円寺と称した。その後戦乱により荒廃するが、承応元年(1652年)に弘尊上人により再興され、現在の寺号となった。スイス・ジュネーヴ市と深い縁を持つ梵鐘を始め、江戸六地蔵の第一番にあたる地蔵菩薩像や東海七福神の毘沙門天などがある。
 梵鐘[編集]
 明暦3年(1657年)の銘があり、徳川幕府第四代将軍徳川家綱の寄進とされる。鐘身に六観音像を鋳出する。この鐘は幕末に海外へ流出し、パリ万博(1867年)・ウィーン万博(1873年)に展示されたと伝えるが、その後所在不明となっていた。大正8年(1919年)、当時の住職であった仲田順海は鐘がスイス・ジュネーヴ市のアリアナ美術館に所蔵されていることを突き止め、返還交渉を開始した。外務大臣幣原喜重郎ほか多くの人々の尽力により、ジュネーヴ市議会は鐘を日本へ戻すことに同意し、昭和5年(1930年)、同市の好意により品川寺に返還された。
 平成3年(1991年)には品川寺からジュネーヴ市に新しい梵鐘が贈られた。品川区とジュネーヴ市は平成3年に友好都市となったが、交流の契機となったのはこの梵鐘である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)所在地 東京都品川区南品川3-5-17
◎「品川寺の梵鐘とジュネーヴ市」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百四十四》
品川寺参道の桜薄紅葉
秋の旅山門右に大公孫樹
秋の旅銀杏の樹齢六百年
秋の旅須弥壇前にする合掌
秋の旅寺鐘楼に梵鐘が
秋の旅立入禁止鐘楼に
秋思かな脳裏に浮かぶジュネーヴ市 
秋の旅交差点まで道戻る
秋の旅妻と交差点左折して
秋の旅左折しジュネ―ヴ平和通り
秋の旅青物横丁駅前に
㊟ 青物横丁駅・・・青物横丁駅(あおものよこちょうえき)は、東京都品川区南品川三丁目にある、京浜急行電鉄本線の駅である[1]。駅番号はKK04[1]。
(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅「庄や」にて妻と昼食を
秋の昼妻と「庄や」に入店す
秋の旅目に宿場まつりポスターが
秋の昼刺身定食注文す
秋の昼食事後ゆっくり啜るお茶

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● 平成二十九年十月三十一日 火曜日   
○ 九月日々折々 その十七 秋の昼

《今回の自選代表句と自句自解》

秋の旅仙台坂の街モダン 

 秋の日に旧東海道の散策を楽しむ。少し離れて仙台坂まで歩いてきた。この辺りの街並みはなかなかモダンな建物が多い。

(九月上旬 品川宿散策と その十七)
〜 「爆笑寄席」 その一 〜

秋の昼頃合いを見て店を出る
芸術の秋「爆笑寄席」会場へ
秋の旅品川区にある「きゅりあん」へ
※ 「きゅりあん」・・・「きゅりあん」は、一般公募により選ばれた品川区立総合区民会館の愛称。ラテン語 の「集会所」を意味する「キュリア(curia)」が語源の造語で、『人が集まり、ふれあうように 』との願いを込めてつけられた。
秋の旅第一京浜横断す
秋の旅停留所よりバス乗車
秋の昼停留所よりバスに乗り
秋の旅仙台坂を上るバス
㊟ 仙台坂・・・仙台坂(品川)[編集]
東京都品川区の「旧仙台坂[3]」は、現在「くらやみ坂」と呼ばれており、海晏寺(南品川五丁目)と泊船寺(東大井四丁目)との間にある坂(下は仙台坂トンネル)を指す。その後交通量が増加した事から、現在は池上通りを仙台坂と呼ぶようになった。
 池上通りの青物横丁交差点から仙台坂上交差点までの間を「仙台坂」、東京都道420号鮫洲大山線の南品川三丁目交差点から仙台坂上交差点までの間を「旧仙台坂(くらやみ坂)」と呼ばれている。
 旧仙台坂は国道15号南品川交差点から大井町方面へ登る坂で、坂上で現在の仙台坂(池上通り)に合流している。坂の左右中程から上(東大井四丁目・南品川五丁目)に仙台藩伊達陸奥守の下屋敷があった。
 現在でも、坂上に「仙台味噌醸造所[4]」が昔ながらに残っており、現在も営業している。坂の中程には屋敷跡の記しとして「タブノキ」も残されており、江戸時代の名残を偲ばせる。坂は町田学園前、池上通りを南に上り、坂上には仙台坂巡査派出所がある[1]。仙台坂の名称は、江戸時代、東大井四丁目・南品川五丁目付近に仙台藩伊達陸奥守の下屋敷があったことから。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』の仙台坂の項目より転載)
◎「仙台坂(品川区)について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百四十五》
秋の旅仙台坂の街モダン 
秋旅に仙台坂の交差点
秋の旅坂上より池上通りへ
秋の旅坂より池上通りへと
秋の旅「きゅりあん」近くでバス降りる
秋の旅大井町駅前で下車
㊟ 大井町駅・・・大井町駅(おおいまちえき)は、東京都品川区大井一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京急行電鉄(東急)・東京臨海高速鉄道(TWR)の駅である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
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菊 (平成29年10月28〜29日)

2017/10/28 02:02

◎ 平成二十九年十月二十八〜二十九日 菊

● 平成二十九年十月二十八日 土曜日   
○ 九月日々折々 その十四 秋

《今回の自選代表句と自句自解》

秋の旅旧道沿いに街道松 

 秋雨の降る日に傘を差しながら、妻と旧東海道の品川宿の散策を楽しむ。南品川宿の旧東海道沿いの広場には、有賀氏から「品川宿の松」と命名された街道松が植えられていた。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その十四)
〜 品川宿散策 その十四 〜

秋の旅旧道路傍に看板が
秋の旅看板に南品川宿
秋の旅旧道沿いに広場見え
秋の旅旧道沿いに街道松 
秋の旅路傍に品川宿の松
㊟ 品川宿の松・・・街道松の広場には「品川宿の松」が植えられている。浜松宿は東海道29番目の宿場で、植えられている松は浜松市の有賀慶吉氏から寄贈された樹齢80年の黒松。有賀氏から「品川宿の松」と命名され、1993年に植樹された。(しながわ観光協会のサイトより転載)所在地:東京都品川区南品川1-8-5
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・秋の写真」の〈九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」〉に「品川宿の松(街道松)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
秋の旅宿場通りを二人して
秋の旅宿場通りに和菓子屋が
食欲の秋「閻魔いなり」和菓子屋に
食欲の秋遠州屋に「閻魔いなり」
秋の旅通りを右折し長徳寺
㊟ 長徳寺(ちょうとくじ)・・・長徳寺・閻魔堂
 室町時代中期の寛正4年(1463)の創建と伝えられる。元は現在の品川小学校校庭付近にあったが、、寛永14年(1637)、東海寺の建立にあたってその用地となったため、末寺・常行寺のあった現在地に移った。
○閻魔堂
・本堂左の小ぶりのお堂。
・像高88センチメートルの木造閻魔王坐像が祀られている。
・江戸時代より「南品川のおえんまさま」として信仰を集めた。
・陰暦の正月と7月16日は、地獄の釜のふたが開く日といわれ、
 閻魔王に参詣する人で賑わったという。
○長徳寺のイチョウ
・推定樹齢4〜500年、樹高12メートル、幹の周囲3.8メートル。
○紙本着色六道絵 5面<品川区指定文化財・民俗第27号>
・嘉永2年(1849)に寄進されたもの。
・人は死ぬと六道のいずれかに行くとされるが、
 その六道のそれぞれの世界を描いている。
○長徳寺文書<品川区指定文化財・古文書第2号>
・14代将軍徳川家茂まで、代々の将軍からの朱印状が残されている。
○閻魔いなり
長徳寺参道入り口にある和菓子処遠州屋(資源442)で一味唐辛子を稲荷の味付けに使ったいなり寿司を販売している。(しながわ観光協会のサイトより転載) 住所 品川区南品川2-8-16
◎「長徳寺・閻魔堂について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百四十三》
秋の旅旧道右折し長徳寺

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● 平成二十九年十月二十九日 日曜日   
○ 九月日々折々 その十五 菊

《今回の自選代表句と自句自解》

地蔵菩薩坐像の供花に菊の花

 秋雨の降る日に傘を差しながら、妻と旧東海道の品川宿の散策を楽しむ。南品川宿の品川寺を訪ねた。祀られている地蔵菩薩坐像の供花には、菊の花が・・・。菊はあきを代表する花だ。秋の旅には、欠かせない花である。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その十五)
〜 品川宿散策 その十五 〜

秋の旅長徳寺の字山門に
秋の旅閻魔堂にて参拝す
秋の旅路傍の門に城南小
秋旅に天妙国寺門前を
秋の旅旧東海道南下して
秋の旅南品川交差点に
秋の旅妻と交差点渡りゆく
秋の旅旧道右手に品川寺
秋の旅参道左に地蔵像
秋の旅左に地蔵菩薩坐像
地蔵菩薩坐像の供花に菊の花
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白芙蓉 (平成29年10月26〜27日)

2017/10/26 02:49

◎ 平成二十九年十月二十六〜二十七日 白芙蓉

● 平成二十九年十月二十六日 木曜日   
○ 九月日々折々 その十二 白芙蓉

《今回の自選代表句と自句自解》

神社へと芙蓉愛でつつ川沿いを 

 秋の日に旧東海道の品川宿の散策をする。品川神社を後にして、目黒川沿いの旧品川宿の総鎮守であった荏原神社へと向かった。目黒川沿いに芙蓉の花が咲いていた。どこか魅力的な花だ。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その十二)
〜 品川宿散策 その十二 〜

秋の旅第一京浜沿い歩く
車込む国道沿い行く秋の旅
秋の旅品川区保健センターが
秋の旅山手通りを横断す
※ 山手通り(やまてどおり)・・・東京都道317号環状六号線。
秋の旅程なく前に目黒川
㊟ 目黒川・・・目黒川(めぐろがわ)は、東京都世田谷区、目黒区および品川区を流れ東京湾に注ぐ河川。二級水系の本流である。
 河口付近では古くは「品川」(しながわ)といい、湾岸開発が進む以前は河口付近で流れが湾曲していて流れが緩やかであったため、古くは港として使われ、品の行き交っていた川であった。これが「品川」の起こりとされる。
 なお、江戸時代の絵図などでは、その上流の下目黒付近では「こりとり川」と記され、江戸時代に目黒川と記した絵図はない。「こりとり」は「垢離取り」の意味でこの川で身を清めてから目黒不動尊に詣でたのである[1]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「目黒川について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百四十一》
秋の旅東海橋を左折して
秋の旅左折し目黒川沿いを
秋風に吹かれて川沿い歩きゆく
川沿いの歩道の脇に白芙蓉 
二人して芙蓉愛でつつ歩道行く
二人して芙蓉愛でつつ川沿いを 
神社へと芙蓉愛でつつ川沿いを 
秋の旅荏川橋過ぎて神社見え

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● 平成二十九年十月二十七日 金曜日   
○ 九月日々折々 その十三 石榴

《今回の自選代表句と自句自解》

道脇の大樹にたわわな実石榴が 

 秋の日に旧東海道の品川宿の散策をする。品川神社を後にして、目黒川沿いの旧品川宿の総鎮守であった荏原神社へと向かった。川沿いの荏原神社のすぐ傍には、色付いた石榴の実がなっている木があった。ここにも、稔りの秋があった。秋雨に濡れて、より新鮮な感じがした。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その十三)
〜 品川宿散策 その十三 〜

秋旅に二人して荏原神社へと
旅先の神社近くの木に柘榴
道脇の大樹にたわわな柘榴の実
道脇の大樹にたわわな実石榴が 
秋の旅荏原神社の神域に
㊟ 荏原神社・・・荏原神社(えばらじんじゃ)は、東京都品川区北品川にある神社である。旧社格は郷社。旧称を南の天王社、貴布彌大明神という。荏原神社は「南の天王」と呼ばれる[1]。また東海七福神の中の1社として恵比須を祀る。
 歴史[編集]
 和銅2年(709年)9月9日、大和国丹生川上神社より高?神(水神)の勧請を受けて南品川に創建したのに始まる。
 長元2年(1029年)に伊勢神宮より豊受大神・天照大神を勧請。
 宝治元年(1274年)に京都祇園社(八坂神社)より牛頭天王を勧請。
 康平5年(1062年)、源頼義・義家は奥州安倍氏征伐に際し当社と大國魂神社に参蘢し、品川の海中で身を浄める(※このことより、現在でも大國魂神社の神職は例祭のくらやみ祭に際し当社に参詣して禊を行う)。
 以降、源氏、上杉氏、徳川氏など多くの武家の信仰を受け、南品川の鎮守として崇敬さる。後に現在地に遷座。旧鎮座地には今も水神の貴布彌神社(きふねじんじゃ)があるように、もとは「品川貴船社」と称す。
 明治3年に郷社に列した。
 明治8年、品川貴船社の名を改めて、荏原郡の名をつけて「荏原神社」に改称。
 祭事[編集]
 9月に貴布禰祭、6月初旬に天王祭、11月に大酉祭(酉の市)が行われる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)所在地 東京都品川区北品川二丁目30-28
◎「荏原神社について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百四十二》
秋の旅鳥居の脇に恵比須様
秋雨の降るなか社殿で拝礼す
※ 社殿・・・弘化元年(一八四四年)の建造物。
秋旅に妻と鎮守橋渡りゆく
秋旅に二人し越える目黒川
秋の旅品川橋より右折して
※ 品川橋・・・北品川宿と南品川宿とに分けていた目黒川に架かる。江戸時代には「境橋」とも呼ばれていた。 今の位置より北側にあったが、1928年に竣工した目黒川の改修工事で河道が変更された。【今】橋の上が庭園風に整備され、目黒川や品川宿の歴史などを記した説明板がある。
秋の日に三度歩く旧東海道
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稲 (平成29年10月24〜25日)

2017/10/24 01:24

◎ 平成二十九年十月二十四〜二十五日 稲

● 平成二十九年十月二十四日 火曜日   
○ 九日々折々 その十 秋の雨

《今回の自選代表句と自句自解》

秋雨に濡れる鳥居を昇り龍 

 秋雨の降る日に傘を差しながら、妻と旧東海道の品川宿の散策を楽しむ。聖蹟公園を後にして第一京浜沿いの由緒ある品川神社を訪問した。国道沿いには、見事な昇り龍を付した鳥居があった。雨に濡れて勢いのある昇り龍に見える。(品川神社については、後述)

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その十)
〜 品川宿散策 その十 〜

秋の旅御聖蹟の碑公園に
公園の御聖蹟の碑に秋の雨
秋の旅聖蹟公園後にして
秋の旅右折し参道通りへと
秋の旅北馬場参道通りゆく
秋の旅第一京浜横断す
秋の旅国道沿いに品川社
秋の旅鳥居の脇に大黒天
秋の旅鳥居の脇に由緒書き
秋の旅鳥居をくぐり石段を
秋の旅潜る鳥居に昇り龍 
秋雨に濡れる鳥居を昇り龍 

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● 平成二十九年十月二十五日 水曜日   
○ 九月日々折々 その十一 稲

《今回の自選代表句と自句自解》

境内のミニ神田に稔る稲 

 秋雨のそぼ降る品川神社の境内には、小さな神田があった。神田の稲穂が少し色付いていた。稔の秋だ。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その十一)
〜 品川宿散策 その十一 〜

秋の旅急な石段登りゆく
秋の旅包丁塚が境内に
秋の旅御嶽・浅間社境内に
秋の旅社の境内に宝物殿
境内のミニ神田に稔る稲 
品川社ミニ神田に稔る稲
秋の旅稲荷に数多な赤鳥居
秋旅に品川神社で参拝す
㊟ 品川神社・・・品川神社(しながわじんじゃ)は、東京都品川区北品川三丁目にある神社。元准勅祭社として東京十社のひとつでもある。 また東海七福神の一社として、大黒天を祀る。
 歴史[編集]
 文治3年(1187年)、源頼朝が安房国の洲崎神社から、海上交通安全と、祈願成就の守護神として、安房国の洲崎明神である天比理乃当スを勧請して祀り、品川大明神と称したのに始まる。
 鎌倉時代末期の元応元年(1319年)に北条高時の臣、二階堂道蘊が「宇賀之売命(稲荷神)」を、さらに室町時代中期の文明十年(1478年)に太田道灌が「素戔嗚尊(天王神)」をそれぞれ祀った。
 慶長五年(1600年)、徳川家康が関ヶ原の戦いへ出陣の祭に品川神社を参拝して戦勝祈願し、その後、祈願成就の御礼として仮面(天下一嘗の面)・神輿(葵神輿)などを奉納し、天正19年(1591年)には徳川家康から5石の社領の朱印を受け、徳川家の尊崇する特別な神社として社紋も徳川家の家紋の「丸に三つ葉葵」と定め、「御修復所(神社の建物の再建・修復などは全て江戸幕府が賄う)」として徳川家の厚い庇護を受けた。 寛永14年(1637年)に三代将軍徳川家光が東海寺を建立した際には、境内の一部がその敷地となったため代替地を賜わり、神社の位置が東海寺の鬼門に当たることから、同社の鎮守とした。
 1868年(明治元年)11月8日、明治天皇が品川神社を准勅祭社と定め、東京の鎮護と万民の安泰を祈る神社の一つとした。明治5年(1872年)、郷社に列した。また昭和50年(1975年)には、東京十社に列している。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「品川神社について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百四十》
秋の旅家康祈願の社に参拝 
秋の旅社を辞し第一京浜を
秋旅に新馬場駅沿いの道
㊟ 新馬場駅・・・新馬場駅(しんばんばえき)は、東京都品川区北品川二丁目にある京浜急行電鉄本線の駅である[1]。駅番号はKK03[1]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)旧 北馬場駅
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虫の音 (平成29年10月22〜23日)

2017/10/22 00:00

◎ 平成二十九年十月二十二〜二十三日 虫の音

● 平成二十九年十月二十二日 日曜日   
○ 九月日々折々 その八 初秋

《今回の自選代表句と自句自解》

秋の旅品川宿の字あちこちに 

 秋の日に旧東海道の品川宿の散策を楽しむ。旧道の左右には所構わず品川宿の字が記されている。すっかりモダンな屋並みになってはいるが、時折往時を偲ばせる建造物を見掛ける。道幅はほぼ江戸時代と変わらないという。旧道で浮世絵も時折見掛けることもできた。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その八)
〜 品川宿散策 その八 〜

秋の旅八ツ山通り横断す
秋の旅台場横町二人して
秋の旅旧道へゆるき坂上る
秋の旅横町通り旧道へ
秋の旅角に横町説明板
※ 横町・・・台場横町
1853年(嘉永6)ペリー率いる四隻のアメリカ艦隊が浦賀に来航した後、 幕府は江戸防備のために、江川太郎左衛門の指揮で、品川沖に品川台場の築造に着手した。 当初計画は十一基であったが、完成したのは五基で、 他に陸続きの御殿山下台場(現在の品川区台場小学校)を完成させた。 この御殿山下台場へ下っていく横町を台場横町と呼んでいる。
秋旅に再び歩く東海道
秋の旅北品川を二人して
秋の旅品川宿の字あちこちに 
※ 品川宿・・・「東海道五十三次」といわれる江戸から京都間の五十三の宿の中で、品川宿は諸街道の最初の宿場町である。 江戸時代の旅人は、品川宿を経由して西を目指し、また家路についたことから「東海道の玄関口」として栄え、 宿内の家屋は1600軒、人口7000人規模で賑わっていたという。 今でも品川宿周辺は、江戸時代と同じ道幅を保ち、かつての宿場町として現在も活気が息づいている。
秋の旅まつりのポスター尾張屋に
秋の旅「宿場まつり」のポスターが
㊟ 「宿場まつり」・・・
 2017年の「しながわ宿場まつり」は9月23日(土)・24日(日)に開催。
 しながわ宿場まつりは旧東海道品川宿で毎年9月に催されるイベントで、例年5万人前後の人出を記録する。八ッ山口から青物横丁(品川寺)までが会場となる。日曜日の正午から催される江戸風俗行列の衣装は本格的なものである。土曜日の前夜祭には花魁道中が行われる。
 その他、交通安全大パレード、路上パフォーマンス、周辺企業が協賛する大抽選会、模擬店などが催される。(しながわ観光協会のサイトより転載)
品川宿初秋の旧道二人して

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● 平成二十九年十月二十三日 月曜日   
○ 九月日々折々 その九 虫の音

《今回の自選代表句と自句自解》

旅先の本陣跡に虫の声 

 秋の日に旧東海道の品川宿の散策をする。旧東海道沿いには、風情ある丸屋、さらに成田山品川一心寺があった。ほどなく品川宿本陣跡に着いた。本陣跡地を散策する。石碑が多い。虫の声が・・・。江戸時代もこの時季泣いていたであろうと想像しながら、本陣跡の敷地内を巡った。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その九)
〜 品川宿散策 その九 〜

秋の旅風情ある丸屋旧道沿い
秋の旅旧道左に一心寺 
※ 一心寺・・・成田山品川一心寺 江戸三十三観音礼所の三十番礼所で、聖観世音、十一面観世音、西方聖観音が祀られている。 また、東海七福神の寿老人を祀るお寺である。
秋の旅寺の域内手入れされ
秋の旅右に虚空蔵横町が
※ 虚空蔵横町・・・東海道から養願寺へ入る横町のこと。
秋の旅本陣跡の石柱が
※ 品川宿本陣跡・・・品川宿本陣跡(聖蹟公園)
江戸時代の本陣は、宿場で大名や旗本、公家などが休息や宿泊するところで、 品川宿には初め南北品川宿に一軒ずつあたが、江戸中期には北品川宿のみとなった。 大名などが宿泊すると本陣には大名の名を記した関札を立て、紋の入った幕をめぐらした。
 明治維新後、京都から江戸へ向かった明治天皇の宿舎(行在所)にもなったところである。
秋雨の降るなか聖蹟公園に
※ 聖蹟公園(せいせきこうえん)(本陣跡)・・・江戸時代は、大名が宿泊する本陣が置かれた。明治天皇が休憩した行在所としても使われたことから「聖蹟」の名が残る。
秋の旅園内に跡の説明板
旅先の本陣跡に虫の声 
本陣跡虫の音耳に江戸の世を 
虫の音や我江戸の世に思い馳せ
秋の旅園に石碑の案内板
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朝顔 (平成29年10月20〜21日)

2017/10/20 00:50

◎ 平成二十九年十月二十〜二十一日 朝顔

● 平成二十九年十月二十日 金曜日   
○ 九月日々折々 その六 朝顔

《今回の自選代表句と自句自解》

あかく咲く白粉花は雨に濡れ 

 秋の日に品川宿散策を楽しむ。赤い白粉花が秋雨に濡れていた。可憐な感じがいい。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その六)
〜 品川宿散策 その六 〜

秋の旅旧目黒川沿い道を
秋の旅ここにも釣船屋形船
秋の旅名残の水路に釣船が
秋の旅妻と八ツ山通りゆく
秋の旅表示に海抜二メートル
旅先の路傍の花壇に朝顔が 
あかく咲く白粉花は雨に濡れ 
秋の旅道すれちがう雨カップ
秋の旅小さな公園道沿いに
秋の旅妻と品川浦公園

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● 平成二十九年十月二十一日 土曜日   
○ 九月日々折々 その七 秋の雨

《今回の自選代表句と自句自解》

鯨塚の由来の石碑に秋の雨 

 秋の日に品川宿散策を楽しむ。品川浦公園には、鯨のオブジェがあり、隣の敷地には、鯨塚の由来の石碑があった。今、雨の降るなか、碑文に目を通している。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その七)
〜 品川宿散策 その七 〜

秋の旅鯨のオブジェ公園に
秋の旅鯨の遊具公園に
秋の旅園の看板に鯨塚
秋の旅前に三角の鯨塚
※ 鯨塚・・・三角形の石碑は「鯨碑」だが、鯨塚として呼ばれている。この鯨碑(鯨塚)は、寛政10年(1798)5月1日、前日からの暴風雨で品川沖に迷い込んだところを品川浦の漁師達によって捕えられた鯨の供養碑である。
㊟ 鯨碑(鯨塚)・・・鯨碑
所在 東品川一丁目七番十七号 利田神社
指定 平成十八年十一月二八日(歴史資料第四号)
 この鯨碑(鯨塚)は、寛政十年(一七九八)五月一日、前日からの暴風雨で品川沖に迷い込んだところを品川浦の漁師達によって捕らえられた鯨の供養碑である。鯨の体長は九間一尺(約十六・五メートル)高さ六尺八寸(約二メートル)の大鯨で、江戸中の評判となった。ついには十一代将軍家斉(いえなり)が浜御殿(現、浜離宮恩賜庭園)で上覧するという騒ぎになった。
 全国に多くの鯨の墓(塚・塔・碑など)が散在するが、東京に現存する唯一の鯨碑(鯨塚)である。また、本碑にかかわる調査から品川浦のように捕鯨を行っていない地域での鯨捕獲の法を定めていることや、鯨見物に対する江戸庶民の喧騒ぶりを窺い知ることができる貴重な歴史資料である。(品川区教育委員会の説明板より転載)
秋の旅目にする「鯨塚乃由来」
鯨塚の由来の石碑に秋の雨 
秋の旅石碑の前の池に鯉
秋の旅鳥居をくぐり利田社へ
㊟ 利田社・・・利田神社
 御由緒:1636(寛永3)年9月6日、東海寺(現・北品川3-11-9)の沢庵禅師によって創建され、洲崎弁財天と称されていたと伝えられる。
 当地付近は1774(安永3)年から1834(天保5)年にかけて埋め立てが行われ、開墾を主導した南品川宿の名主・利田吉左衛門の姓から「利田新地(かがたしんち)」と呼ばれた。
 鎮座地は旧目黒川の河口に形成された砂嘴の突端部で、歌川広重作の名所江戸百景・第83景「品川すさき」にその風景が描かれている。
 明治に入り、神仏分離令により祭神を市杆島姫命に改め、社号も土地の呼称から「利田神社」に改称した。(中略)
 境内には鯨塚が安置されている。
 1798(寛政10)年5月1日、品川沖に暴風雨の影響で一頭の大鯨が迷い込んだ。漁師達はこれを岸に追い込み捕らえたところ、多くの見物人が集まったという。
 この騒動は江戸市中に伝わり、かわら版が出されるなど大きな話題となった。浜御殿(現・浜離宮恩賜庭園)まで移送され、11代将軍・徳川家斉が上覧したのちに鯨は解体され、残った骨が境内に埋められた。
 その後、鯨の供養を目的にこの塚が建立され、東京都内に現存する唯一の鯨碑として、品川区の指定有形文化財となっている。(「神社と御朱印」サイトより転載)  所在地:東京都品川区東品川1-7-17
◎「利田神社と鯨塚」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百三十九》
秋の旅鳥居の傍に御神木
秋雨に濡れし参道の石畳
参道の石の畳に秋の雨
秋の旅鈴を鳴らして拝礼す
秋の旅利田神社にて拝礼す
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秋の川 (平成29年10月18〜19日)

2017/10/18 01:10

◎ 平成二十九年十月十八〜十九日 秋の川

● 平成二十九年十月十八日 水曜日   
○ 九月日々折々 その四 秋小雨

《今回の自選代表句と自句自解》

秋の旅路傍に「問答河岸跡」碑

 秋の日に品川宿散策を楽しむ。旧東海道の品川宿を歩く。路傍に問答河岸跡の石碑があった。その石碑の隣には問答河岸由来記があった。判読しづらい由来記であったので、帰宅後にネットで調べると由来記の内容は、徳川三代将軍家光と沢庵禅師との興味深い問答の逸話であった。詳細については後述。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その四)
〜 品川宿散策 その四 〜

秋の旅八つ山橋より旧道に
秋の旅踏切渡り旧道に
秋旅に暫し旧東海道行く
㊟旧東海道・・・東海道(とうかいどう、うみつみち)は、五畿七道の一つ。本州太平洋側の中部の行政区分、および同所を通る幹線道路(古代から近世)を指す。(中略)
 江戸時代[編集] 徳川家康が、1590年(天正18年)に江戸に入城する。この頃の江戸と平塚の間は、中原街道が実質の東海道として機能しており、徳川家康もここを往来していた。
 道としての東海道の誕生[編集] 徳川家康は、1601年(慶長6年)に「五街道整備」により、五つの街道と「宿(しゅく)」を制定し、道としての「東海道」が誕生する。日本橋(江戸)から三条大橋(京都)に至る宿駅は、53箇所でいわゆる東海道五十三次である。又、箱根と新居に関所を設けた。その後、1603年(慶長8年)には、東海道松並木や一里塚を整備する。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』の東海道の項目より転載)
◎「旧東海道について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百三十五》
北品川本通り歩く秋の旅
秋の旅近くに「しながわ名物堂」
秋の旅路傍に「問答河岸跡」碑 
秋の旅路傍に問答河岸の碑が
秋の旅目に問答河岸由来記が
※ 問答河岸由来記(由来記の口語訳版で)
 寛永の頃(1640年頃)、徳川三代家光将軍は勇壮で度量も大きく名君であった。
 家光は沢庵宗彭禅師(この頃60代後半から70代前半)に帰依し、品川に萬松山東海寺を創建して沢庵を初代住職にした。
 東海寺は敷地5万坪(約16万5千平米=東京ドームの約3.5倍)、寺領500石(当時上級武士で200石前後だったようなのでそれより格段に上)だった。寺の建物は大変立派で美を極めていた。将軍は年に十数度もこの寺に訪ねてきて沢庵禅師の助言を得た。いかに厚遇を与えていたかがそれからもわかるであろう。
 ある日、将軍が天地丸(将軍専用の船)に乗り、品川沖を経て目黒川河口に停泊して東海寺を訪れ、(沢庵禅師と)茶を飲んで話をし、夕暮れ時になって江戸城に帰ろうとした。沢庵禅師は河畔に立って将軍を見送った。将軍が、乗船しようというときに、禅師に「海が近いのに、東(遠)海寺とはこれいかに」と問答を与えたので、禅師はすかさず「大軍を率いても将(小)軍と言うがごとし」と切り返した。将軍は笑い、停泊していた船に乗って帰って行った。
 それから300年の時を経て地勢も変わり、(埋め立てなどで)海や川も遠くなったけれども、巷の人々がこれを伝えて(この地を)「問答河岸」と呼んだ。一人の名君と一代の名僧がユーモアある会話を交わした地。菊ずし総本店(北品川の老舗の寿司屋だったが、残念ながら2011年前後に閉店してしまった)の店主がその言い伝えが失われてしまうことを惜しんで石碑を建て、末永く伝えようとした。素晴らしいことだ。(「今日吹く風は明日は吹かない  問答河岸碑」サイトより転載)
◎「問答河岸由来について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百三十六》
秋の旅左折し八ツ山通りへと
秋小雨降るなか八ツ山通りへと

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● 平成二十九年十月十九日 木曜日   
○ 九月日々折々 その五 秋の川

《今回の自選代表句と自句自解》

秋の旅品川浦に係留船 

 秋の日に品川宿散策を楽しむ。目の前の品川浦には、釣船や屋形船が係留されていた。往時が偲ばれる。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その五)
〜 品川宿散策 その五 〜
秋の旅傘差し妻と坂下る
秋の旅道沿いに屋形船平井
秋の旅目に品川浦舟だまり  
㊟品川浦・・・品川浦
・かつて品川浦は豊富な水揚げを誇り、海苔の主要な産地でもあった。
・現在ではつり船や屋形船が舳先(へさき)を並べ、釣り人や納涼に繰り出す人々でにぎわっている。
・たくさんの屋形船と釣船がもやい、その間を水鳥が泳ぎ回る光景は、都会ではもはや得難いもの。品川区内でも最大の観光スポットのひとつ。
・早朝、夕暮れ時など、独特の風情があり、撮影や写生、吟行にもおすすめ。
・水辺と、背景の品川の古い家並み、その向こうの品川駅周辺の再開発のビル群との対比は、21世紀初頭の東京を象徴するシーン。
・水路にかかる北品川橋は大正期末の石造りで、デザインも作りも重厚。
・釣り人には、昔からおなじみのスポット。
・屋形舟は貸し切りが基本だが、最近では相乗りの屋形船もある。また、南の天王祭の海中渡御を見物できる船も好評。
・桜見物、花火見物、東京湾めぐりなど、豊富なコースメニューが用意されている。カモメにえさを投げ与えるパフォーマンスは子どもにも人気。(しながわ観光協会のサイトより転載)
◎「品川浦について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百三十七》
秋の旅品川浦に係留船  
秋の旅浦に釣船・屋形船
秋の旅北品川橋直ぐ前に
秋の旅北品川橋着十時
秋の旅旧目黒川に釣船が
㊟ 北品川橋と旧目黒川・・・北品川橋と旧目黒川
・品川がかつては海辺のまちであったことを知る貴重な場所。
・現在の水辺は、旧目黒川が品川浦に注いでいた、その河口にあたる。
・かつて目黒川が品川浦に注いでいた河口の名残の水路。
・旧目黒川の最後の尻尾。
・現在は区立品川浦公園。
・今も残る北品川橋は、大正12年竣工の石橋。重厚なデザインがいい。
・かつて品川浦は豊富な水揚げを誇り、海苔の主要な産地でもあった。
・現在ではつり船や屋形船が舳先(へさき)を並べ、釣り人や舟遊びに繰り出す人々でにぎわっている。釣り、舟遊びは、江戸の昔から続く伝統的な遊び。
(しながわ観光協会のサイトより転載)
◎「北品川橋と旧目黒川について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百三十八》
品川宿釣船浮かべる秋の川
秋の旅川橋の脇に表示板
秋の旅表示板に「しながわ百景」
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秋の朝 (平成29年10月16〜17日)

2017/10/16 01:53

◎ 平成二十九年十月十六〜十七日 秋の朝

● 平成二十九年十月十六日 月曜日   
○ 九月日々折々 その二 秋の雨

《今回の自選代表句と自句自解》

秋雨に霞む東京スカイツリー 

 妻と品川宿散策へと向かう曇り空の朝。常磐線の北千住駅に着く頃から雨になった。割と近くに見える東京スカイツリーは、秋雨に少し霞んでいた。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その二)
〜 品川宿散策 その二 〜

北千住過ぎて車窓に秋の雨
秋雨に霞む東京スカイツリー 
秋の旅上野駅より山手線
山手線上野の森に秋の雨
秋の朝有楽町に小雨降る
秋思かな脳裏にふとフランク永井
秋にふと「有楽町で逢いましょう」
秋の朝上野駅より品川へ
秋の旅品川駅より京急線
㊟京急線・・・京浜急行電鉄株式会社(けいひんきゅうこうでんてつ、英: Keikyu Corporation)は、東京都港区に本社を置く大手私鉄である。略称は「京急(けいきゅう)」。(中略)
 概要[編集]
 京浜急行電鉄は、東京都港区から品川区、大田区、神奈川県川崎市、横浜市、さらに三浦半島へ至る鉄道路線を運営している。近年は羽田空港へのアクセス鉄道としても利用されている。また都営地下鉄浅草線、京成電鉄、北総鉄道北総線と相互乗り入れ、芝山鉄道芝山鉄道線に乗り入れを実施しており(詳細は後述)、千葉県北部の千葉ニュータウンや成田空港まで乗り入れている。交通事業のほかに流通事業・サービス事業・不動産事業なども経営する。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅品川駅で乗り換えて

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● 平成二十九年十月十七日 火曜日   
○ 九月日々折々 その三 秋の朝

《今回の自選代表句と自句自解》

秋の旅「八ツ山橋」にゴジラの画  
 
 秋の朝、妻と品川宿散策へと向かう。京浜急行電鉄本線の北品川駅で下車した。第一京浜国道を左折してすぐ「八ツ山橋」。案内の地図には、「八ツ山橋」のところに、ゴジラのイラスト画が描かれていた。すぐ脳裏に八ツ山橋の地に初上陸をした懐かしいゴジラ映画(昭和39年)のシーンが浮かんできだ。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その三)
〜 品川宿散策 その三 〜

秋の朝北品川で電車降り
㊟北品川・・・北品川駅(きたしながわえき)は、東京都品川区北品川一丁目にある、京浜急行電鉄本線の駅である。駅番号はKK02。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅朝九時半に電車降り
秋の旅松戸から約八十分
秋の朝駅降り妻と歩きゆく
秋の旅下車後傘差し歩きゆく
秋の旅第一京浜目の前に
㊟第一京浜・・・国道15号(こくどう15ごう)は、東京都中央区の日本橋から神奈川県川崎市を経て、横浜市神奈川区の青木通交差点へ至る一般国道である。京浜地区においては「第一京浜」あるいは「一国(いちこく)」などと呼ばれる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
しとしとと「一国」に降る秋の雨
秋の旅国道右折し坂下る
秋の旅近くには「新八ツ山橋」
秋の旅「八ツ山橋」がすぐ前に
※ 八つ山橋・・・旧東海道入口. 八ツ山橋を渡り旧東海道の品川宿に入る。
(余談) 「八ツ山の名前の由来」
 「国道15号」こと通称「第一京浜国道」沿いのJR品川駅の高輪口付近は、西側から張り出た武蔵野台地の東側の端にあたる。昔、品川の海に突き出した洲が八つあったことから、この辺の武蔵野丘陵地帯は「八ツ山」と呼称されたという。
秋の旅大きな地図が目の前に
※ 地図・・・ここでは、「東海道品川宿まち歩きマップ」のこと。
(追記) 「八ツ山橋とゴジラ」
 北品川駅で降り、前の「国道15号」こと通称「第一京浜国道」を直ぐ右折すると、二三十メートル先に品川区の設置した大きめな地図があった。地図を見ると、「八ツ山橋」の直ぐ下に火を吹くゴジラのイラストと共に「ゴジラ上陸地点」と表記されている。地図に描かれたゴジラの上陸地点は、八ツ山橋の袂である。
 地図を前にして、ふと脳裏に原水爆の影響で復活した怪獣ゴジラが東京湾から品川のこの八ツ山橋の地に初上陸をした懐かしいゴジラ映画(昭和39年)のシーンが浮かんできだ。幾度も見たとても懐かしい名画である。
◎「八ツ山橋とゴジラ」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百三十四》
秋の旅目の前の地図にゴジラの画
秋の旅「八ツ山橋」にゴジラの画 
秋の旅妻と地図見て旧道へ
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虫 (平成29年10月14〜15日)

2017/10/14 00:09

◎ 平成二十九年十月十四〜十五日 虫

● 平成二十九年十月十四日 土曜日   
○ 八月日々折々 その十六 虫

《今回の自選代表句と自句自解》

帰宅した家の狭庭に虫の声 

 旅の打ち合わせを兼ねた飲み会から帰宅。すると我が家の狭い庭には、虫の声。秋を実感する頃となった。

(八月下旬 旅仲間と打ち合わせを兼ねた飲み会A)
秋の会ジョッキのビールで乾杯す 
秋の宴焼き鳥食みつつ生ビール
秋の会肴を摘み生ビール
秋の会暫らく仲間と歓談す
秋の会刺身食みつつコップ酒
秋の夜に甲斐への旅の打ち合わせ
秋の夜打ち合わせ終え散会す
秋の夜別れる仲間に「ではまた」と
秋の夜九時半頃に無事帰宅
帰宅した家の狭庭に虫の声 

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● 平成二十九年十月十五日 日曜日   
○ 八月日々折々 その十七 霧

《今回の自選代表句と自句自解》

薄霧に江戸川上空霞みをり 

 妻と品川宿散策へと向かう朝。江戸川を渡る常磐線の電車から見る上空には、薄い霧がかかり霞んでいた。筑波山も見えなかった。

(九月上旬 品川宿散策と「爆笑寄席」 その一)
〜 品川宿散策 その一 〜
秋の旅朝八時半に家を出る
秋の旅朝八時半に出立す
秋の朝松戸周辺曇り空
秋の朝妻連れ品川散策へ
秋の朝松戸の地より品川へと
秋の旅松戸の地より品川へ
秋の朝リュック背にして品川へ
薄霧に江戸川上空霞みをり 
常磐線車窓の秋空どんよりと
秋の朝中川上空雨雲が
㊟中川・・・中川(なかがわ)は、埼玉県および東京都を流れ東京湾に注ぐ一級河川。利根川水系の支流である。上流を島川、中流を庄内古川と呼称する場合もある[1]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
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送火 (平成29年10月12〜13日)

2017/10/12 00:23

◎ 平成二十九年十月十二〜十三日 送火

● 平成二十九年十月十二日 木曜日   
○ 八月日々折々 その十三 送火

《今回の自選代表句と自句自解》

棚経や仏間に読経とお念仏 

 我が家の仏間に、今年もまた例年のごとくに住職の棚御の読経の声が響く。先祖の冥福を祈念しながら、父を送り、母を送り、次はと思いめぐらす。天のみぞ知るか・・・。現在、いたって健康! 合掌。

(八月中旬 お盆A)
今年また寺の住職棚経に
棚経や仏間に読経とお念仏 
棚経や線香の煙ゆるゆると
棚経や同唱十念心込め
送火や提灯ともし菩提寺へ
送火や妻と合掌懇ろに

(八月中旬 誕生会)
八月の中旬我の誕生会
八月や家族に誕生祝われて
秋の昼行きつけの寿司屋へと
秋の昼回転寿司屋で誕生会
八月や誕生祝いの昼食会
食欲の秋に家族と鮪づくし
八月や妻に祝われ伊勢丹へ
食欲の秋に寿司清(せい)の鮪丼
今秋も複数回の誕生会
今秋も家族それぞれに感謝して

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● 平成二十九年十月十三日 金曜日   
○ 八月日々折々 その十四 月

《今回の自選代表二句と自句自解》

縁者より入賞報告八月に 

 八月の浅草サンバカーニバルに出た縁者から、見事入賞したとの吉報が届いた。おめでとう。しかも、去年よりひとつランクアップとのこと。

窓開けて見上げる空に白き月 

 真夜中に居間の窓を開けると、何とお月さまが・・・。予想もしていなかった光景の月をしばらく愛でた。良い月だ。もう秋だ。

(八月下旬 日常生活)
縁者より入賞報告八月に
八月のサンバカーニバルに入賞
※ サンバカーニバル・・・ここでは、浅草サンバカーニバルのこと。
㊟浅草サンバカーニバル・・・浅草サンバカーニバル(あさくさサンバカーニバル)は、東京都台東区浅草で行われるサンバのパレード及びコンテストである。第1回は1981年に行われて今日まで続いている。日本で最大のサンバカーニバルのコンテストとして知られる。
 概要[編集]
 浅草サンバカーニバル実行委員会による主催で、毎年8月の最終土曜日に開催される。約50万人の人出がある。
 各サンバチームの規模に応じてリーグ制によるグループ分けがなされている。リーグ制はこの数年にいくつかの変遷があったが、2007年では出場順から、地域のブラスバンドなどによるコミュニケーションリーグ、企業チームによるテーマ・サンバリーグ、S2リーグ、S1リーグの4つのリーグに分けられている。このうち、S1とS2リーグではパレードの内容をコンテストで競う。
 S1及びS2リーグでは、リオのカーニバルになぞらえて、パレードの内容を審査員や沿道の観客によるモバイル投票などの採点方式により順位や優勝が競われる。その年にS1リーグで最下位となればS2リーグへ降格、またS2リーグで優勝したチームはS1リーグへ昇級、翌年にまたそこで順位や優勝を競うことになる。
 特にトップリーグであるS1リーグでは、エスコーラ・ジ・サンバ(略称:エスコーラ)といわれる大規模なチームによって順位が競われる。これら大規模なチームは、カーホ・アレゴリア(略称:アレゴリア)といわれる大がかりな山車を製作し、また ファンタジアと呼ばれる衣装をブラジルに発注製作したものを使用するなど、大規模に展開するチームが年々多くなっている。S1リーグにおいては、アレゴリアの製作が参加必須条件となっている(一方で、S2リーグではアレゴリアの導入は禁止されている)。
 そもそもサンバには様々なスタイルがあり、このようにヂスフィーレと呼ばれるパレード・行進するサンバは「動くオペラ」とも評される。これは毎年、各チームがEnredo(エンヘード、物語やストーリー、テーマ)を決めて、それに基づいた楽曲や衣装、山車を製作し、それをパレードによって表現し、審査によるコンテスト形式で順位を競うからである。
 このように、近年の浅草におけるサンバカーニバルでは、S1リーグに出場するチームを中心に本格化させようとする傾向が強くなっている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「浅草サンバカーニバル」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百三十三》
八月に縁者ら七位のカーニバル 
八月や出場縁者に「おめでとう」
八月や縁者に出会い「おめでとう」
窓開けて見上げる空に白き月 

(八月下旬 旅仲間と打ち合わせを兼ねた飲み会@)
初秋の日旅仲間らと打ち合わせ
秋夕べ松戸の地より柏へと
秋の夕柏駅降り居酒屋へ
秋の会夕どき集う旅仲間
秋夕べ七名集い酒の宴

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秋隣 (平成29年10月10〜11日)

2017/10/10 02:17

◎ 平成二十九年十月十〜十一日 秋隣

● 平成二十九年十月十日 火曜日   
○ 八月日々折々 その十一 秋隣

《今回の自選代表句と自句自解》

秋隣月を愛でつつ家路就く 

 楽しい松戸の花火を見終えて、身内十五名で帰路に就いた。明後日は立秋。空にはほぼ丸い月。夜風に吹かれ、月を愛でつつ皆と家路をたどった。

(八月上旬 松戸花火大会当日 その十一)
大花火客フィナーレに大拍手
大花火はしゃぐ幼ら最後まで
身内皆大満足の大花火
大勢で花火大会楽しめり
十五名花火大会楽しめり
身内らと花火大会楽しめり
花火終え雑踏のなか帰路に就く
大花火終えて身内と家路就く
帰り道夏の夜空に丸き月
夏の夜月を愛でつつ家路就く
秋隣月を愛でつつ家路就く 

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● 平成二十九年十月十一日 水曜日 棚経  
○ 八月日々折々 その十二 盆

《今回の自選代表句と自句自解》

盂蘭盆会頂き物をお供えに 

 長野の親戚から頂いた大きな桃を御盆のお供えとした。

(八月上旬 日常生活)
亡き父の教え子来宅立秋に
亡き父の教え子来宅秋の入る
亡き父の教え子来宅盆近し
長寿なる台風五号は東北へ

(八月中旬 お盆@)
早々に例年通りの盆支度
盂蘭盆会頂き物をお供えに 
親戚に頂戴した桃お供えに 
菩提寺へ三世代揃い迎火に
迎火や住職と暫し立ち話
迎火や提灯ともし連れ帰る
盆に入り線香上げに身内来る
頂いた箱入りの梨お供えに
今年また供物に梨入り段ボール
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揚花火 (平成29年10月8〜9日)

2017/10/08 01:30

◎ 平成二十九年十月八〜九日 揚花火

● 平成二十九年十月八日 日曜日   
○ 八月日々折々 その九 揚花火

《今回の自選代表句と自句自解》

「天国と地獄」に合わせ揚花火 

 いつの間にか第三部に・・・。第三部は、音楽の曲に合わせて打ち上げられる。今「天国と地獄」の曲のリズムに合わせて花火が打ち上げられている。見えいて、面白い。

(八月上旬 松戸花火大会当日 その九)
第三章「花火・音楽のシンフォニー」
大花火早くも大会第三章
揚花火 音楽に合わせ 打ち上がる
揚花火「タイタニック」とコラボして
次づきと曲に合わせて揚花火
「天国と地獄」に合わせ揚花火 
大花火音と色彩に魅了され
大花火夜八時より第四章
大花火夜八時より最終章
「届け響く大空へ!」花火最終に
赤・黄・青・緑・紫の 大花火
江戸川の空に虹色の揚花火

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● 平成二十九年十月九日 月曜日   
○ 八月日々折々 その十 夏の夜

《今回の自選代表二句と自句自解》

揚花火黄金色に煌めけり 

 松戸の花火大会。打ち上げ花火が、次々に上がり空が金色に染められてゆく。空が、まばゆいぐらいに煌めいている。

フィナーレに大歓声の大花火 

 江戸川での花火大会。あっという間に時は流れ、もうクライマックスのフィナーレ。見事な花火に、客席からは大きな歓声とともに拍手が湧く。楽しい花火大会であった。

(八月上旬 松戸花火大会当日 その十)
七色の花火に会場大歓声
金色に闇に煌めく揚花火 
暗闇に色ゴージャスな揚花火
暗闇を焦がす花火は金の色
江戸川の夏の夜空は金色に
揚花火黄金色に煌めけり 
江戸川の闇に金色の揚花火 
大空を焦がす花火は金の色 
金色の花火に会場大歓声
揚花火「おう!」や「すごい!」の声大き
大花火「おう!」や「すごい!」の声響く
フィナーレに大歓声の大花火 
大花火大感動のフィナーレに
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打上花火 (平成29年10月6〜7日)

2017/10/06 00:18

◎ 平成二十九年十月六〜七日 打上花火

● 平成二十九年十月六日 金曜日   
○ 八月日々折々 その七 打上花火

《今回の自選代表二句と自句自解》

点火後に打上花火のドドドンと 

 いよいよ松戸の花火大会が始まった。点火後、威勢良く次々とドドドンと打ち上げ花火が広がりを見せて高く打ち上げら大輪の花を咲かせてゆく。豪勢だ。

幼子ら打ち上げ花火に大はしゃぎ 

 豪勢な打ち上げ花火に、身内の幼子は大はしゃぎ。大きな声を張り上げ、体をピョンピョン跳ねながら大喜びしている。見ているだけで微笑ましい光景だ。これが大会が終わるまで、何度も同じ光景を目の当たりにするこことなる。

(八月上旬 松戸花火大会当日 その七)
点火後にドドンとあがる揚花火
点火後に打上花火のドドドンと 
大花火第一章の「新世界」
点火後に一斉に上がる揚花火
大花火ヒューヒュー音を響かせて
音立てて色さまざまな揚花火
揚花火「すごくきれい」と姪の声
花火見て身内の幼のはしゃぐ声
揚花火身内の幼大はしゃぎ
幼子ら打ち上げ花火に大はしゃぎ 
今年また四部構成の大花火

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● 平成二十九年十月七日 土曜日   
○ 八月日々折々 その八 揚花火

《今回の自選代表句と自句自解》

江戸川の闇に大輪の揚花火 

 すっかり江戸川の堤は暗くなった。大輪の揚げ花火が暗闇に引き立って見える。実にきれいだ。

(八月上旬 松戸花火大会当日 その八)
第二章「フラワーマジック」夏の夜に
大花火七時半頃第二章
バババンと三尺玉の揚花火
打ち上がる花火のなかにハート型
揚花火闇に大輪の花咲かせ
揚花火我は「玉屋」と声に 
大花火身内も客も大歓声
江戸川の闇に大輪の揚花火 
空焦がす三尺玉の揚花火
大輪に夜空を焦がす揚花火
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蝙蝠 (平成29年10月4〜5日)

2017/10/04 02:42

◎ 平成二十九年十月四〜五日 蝙蝠

● 平成二十九年十月四日 水曜日   
○ 八月日々折々 その五 夏の宵

《今回の自選代表句と自句自解》

幼子ら花火待つ間に買い出しに 

 花火大会が始まるまで、まだ時間がある。身内の幼い子どもたちは、母親とともに江戸川堤近くの露店のかき氷を買いに行った。

(八月上旬 松戸花火大会当日 その五)
幼子ら花火待つ間に買い出しに 
幼子ら待つ間に買い出しかき氷 
待つ間会話の弾む夏の夕
大花火話題にステージ出演者
夏夕べ幼の仕草に大笑い
シート席 西日眺めて摘み食む
ご近所と食物交換大花火
江戸川の対岸の空夕焼けて
夏の夕六時に揚がる音花火
夏の宵舞台に電撃ネットワーク
㊟電撃ネットワーク・・・・電撃ネットワーク(でんげきネットワーク)は、日本のパフォーマンス集団。怪我をするほどに身体を張った芸で知られる。芸能プロダクション「株式会社電撃兄弟社」に所属。日本ではその過激さゆえ敬遠されがちだが、欧米諸国では「TOKYO SHOCK BOYS(トーキョー・ショック・ボーイズ)」の名で知られ、高い評価を得ている。 メディア関係の窓口としては、芸能プロダクション「ビッグ・ブッキング・エンターテインメント (株式会社BBE)」が主に担当をしている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
夏の灯にイベントステージ明るくて
夏の灯にイベントステージ明るかり

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● 平成二十九年十月五日 木曜日   
○ 八月日々折々 その六 蝙蝠

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏の宵土手上空に丸き月 

 花火大会が始まるまで後少し時間がある。宵の薄闇の江戸川堤の空に、ほぼ丸い月が見える。暦の上の秋は、もうすぐだ。しばらく、月を愛でる。

大花火「点火」と会場アナウンス 

 江戸川堤の花火大会会場内に、「点火」のアナウンスの声が響いた。いよいよ花火大会の開幕だ。

(八月上旬 松戸花火大会当日 その六)
江戸川の夕風浴びてビール飲む
開始前味わい飲み干す缶ビール
大花火待つ間に雑談シート席
宵闇に蝙蝠舞い飛ぶシート席
夏の宵土手上空に丸き月 
江戸川の堤に花火見の人あまた
松戸での花火大会人あまた
七時過ぎ堤に花火見の人あまた
大花火カウントダウン後点火式
大花火「点火」と会場アナウンス 
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缶ビール (平成29年10月2〜3日)

2017/10/02 00:13

◎ 平成二十九年十月二〜三日 缶ビール

● 平成二十九年十月二日 月曜日   
○ 八月日々折々 その三 缶ビール

《今回の自選代表句と自句自解》

大会日浴衣女多き会場内 

 七時頃から花火大会が始まるが、二時間程前には会場のブルーシート席に移動した。去年より浴衣の女性が多いようだ。時折、浴衣の男性も見掛けた。

(八月上旬 松戸花火大会当日 その三)
夏の夕露店列なす大通り 
大花火露店に食べ物飲み物が
大通り露店に焼きそば缶ビール
大通り露店に焼き鳥かき氷
大花火通りの露店多種多様
大通り花火見物の人込めり
夏夕べ雑踏のなか堤へと
土手上で浴衣姿とすれ違う
浴衣女と堤で幾度も擦れ違う 
大会日浴衣女多き会場内 

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● 平成二十九年十月三日 火曜日   
○ 八月日々折々 その四 風涼し

《今回の自選代表二句と自句自解》

江戸川に吹く風涼しき夕べかな 

 七時頃から花火大会が始まるが、二時間程前には会場のブルーシート席に移動した。江戸川の堤に吹く夕風が涼しくて心地良い。

川風に吹かれてゆつくり缶ビール

 七時頃から花火大会が始まるが、二時間程前には会場のブルーシート席に移動した。江戸川の堤に吹く夕風が涼しくて心地良い。冷えた缶ビールを風に吹かれながら、ゆっくり休みながら飲んだ。

(八月上旬 松戸花火大会当日 その四)
夏の夕前日確保の席に着く
夏の夕前日確保のシート席
花火見に老若男女十五人
江戸川の堤に吹きゆく風涼し
夕方の 江戸川堤の風涼し
江戸川に吹く風涼しき夕べかな 
川堤耳に心地良き蝉の声
大花火近くでステージイベントが
夏夕べステージ上にゴー☆ジャスが
㊟ゴー☆ジャス・・・ゴー☆ジャス(ゴージャス、1978年11月10日 - )は、日本のピン芸人。福島県いわき市出身[1]。サンミュージックプロダクション所属。身長165cm(靴を含めた場合175cm)。かつてはデンナーシステムズに所属していた。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
シート席皆と乾杯缶ビール
川堤席皆と乾杯缶ビール
川風に吹かれてゆつくり缶ビール 
川風に吹かれて飲み干す缶ビール 
夏の夕重箱開けて寿司食む
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花火 (平成29年9月30日〜10月1日)

2017/09/30 00:21

◎ 平成二十九年九月三十日〜十月一日 花火

● 平成二十九年九月三十日 土曜日   
○ 八月日々折々 その一 冷房

《今回の自選代表句と自句自解》

お昼過ぎ冷房の部屋に人集い 

 今日は、松戸の花火大会。続々と親類縁者が我が家に集う。お昼過ぎには、冷房を効かせた居間やダイニングは大人や子供たちでいっぱいとなる。にぎやかだ。

(八月上旬 松戸花火大会前日) 
前日に花火見物の場所取りに
大花火江戸川堤にシート敷く
㊟江戸川・・・関東地方を流れる利根(とね)川の分流。一級河川。千葉県野田市北端で利根川の本流と分かれ、流山(ながれやま)、松戸の各市を通り、市川市で東京湾に注ぐ川。延長約60キロメートル、流域面積約200平方キロメートル。(日本大百科全書より転載)
ご近所と花火の場所取り前日に
大花火大会前日場所確保

(八月上旬 松戸花火大会当日 その一)
大花火いよいよ今日が当日に
㊟花火大会・・・松戸花火大会 in2017
2017/8/5(土)19:15〜20:20
ステージイベント17:30〜19:00
江戸川河川敷(松戸駅西口徒歩10分)
※荒天の場合8/6(日)に順延となります
光・色彩・音の三原則を重視する調和のとれた花火大会、約10,000発の花火を打ち上げます。
 伝統的な花火から近代的な花火も取り入れ、夏の夜空を綺麗な彩の華でいっぱいにします。
・出演アーティスト
 松本ひとり(MC)、松尾ケイリン(MC)、CHERRSEE、電撃ネットワーク、ゴー☆ジャス、貴愛
・イベントスケジュール
 ステージイベント MC 松本ひとり・松尾ケイリン
  17:30頃 ステージイベント ゴー☆ジャス
  17:50頃 ステージイベント 貴愛(きえ)
  18:05頃 ステージイベント 電撃ネットワーク
  18:30頃 ステージイベント CHERRSEE
  19:15  花火 第一章「新世界」
  19:30  花火 第二章「フラワーマジック」
  19:45  花火 第三章「花火と音楽のシンフォニー」
  20:00  花火 第四章「届け 響く 大空へ!」
  20:20  終了
<主催 松戸花火大会実行委員会(事務局/松戸市文化観光国際課)サイトより転載>
山梨より夏に姪たち来宅す
姪一家来宅夏日の昼過ぎに
花火見に身内次つぎ来宅す
花火見に身内続ぞくと来宅す
お昼過ぎ冷房の部屋に人集い 
お昼過ぎ冷房の部屋賑やかに 

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● 平成二十九年十月一日 日曜日   
○ 八月日々折々 その二 花火

《今回の自選代表二句と自句自解》

江戸川の堤へ行く道蝉しぐれ  

 七時頃から花火大会が始まるが、二時間程前には会場に事前に確保したブルーシート席に総勢十五名移動する。夕方の江戸川の堤へ行く道は、うるさいほどの蝉時雨だ。

浴衣着の手つなぎカップル目の前を 

 七時頃から花火大会が始まるが、二時間程前には会場のブルーシート席に移動した。ブルーシート席から通路が近い。そばの通路を浴衣を着た若いカップルが手つなぎいですぐ目の前を移動してゆく。

(八月上旬 松戸花火大会当日 その二)
十五名揃いて花火見物に
見物に男女の幼児浴衣着て
それぞれが荷物手に花火見物に
夏の夕家より歩いて江戸川へ
江戸川の堤へ行く道蝉しぐれ  
夕どきに家より出向いて花火見に
大花火重箱手にして家を出る
夏の夕身内と江戸川堤へと
夏夕べやがて人込みの中に入る
浴衣着の手つなぎカップル目の前を
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秋近し (平成29年9月28〜29日)

2017/09/28 02:25

◎ 平成二十九年九月二十八〜二十九日 秋近し

● 平成二十九年九月二十八日 木曜日   
○ 七月日々折々 その四十 夏夕べ

《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつりサンバの後に柏ねぶた

 七月下旬。今日は、柏まつりの日。縁者出場のサンバダンスの後、「柏ねぶた」のステージに変わった。しばらくの間、「柏ねぶた」を鑑賞した。

(七月下旬 柏まつり その三)
夏まつり少女ダンサーステージに
夏まつり少女ダンサー楽しげに
夏まつり縁者のダンサー広場へと
夏まつりステージ下りて目の前に
夏まつり縁者のダンサー目の前に
夏まつり笑顔で応えるサンバダンサー
夏まつり三十分のサンバダンス
夏まつり三十分のサンバ披露
会場に提灯点る夏夕べ
夏まつりサンバの後に柏ねぶた 
㊟柏ねぶた・・・1994年から西口イベントとして開催されている。例年ならば両日の17:30〜19:00(東日本大震災前は18:00〜20:00)頃が運行時間。夕立や台風等、荒天の場合は中止となる。
 元々、柏市と旧青森県柏村(平成の大合併により、現在はつがる市)との交流があり、柏市でのねぶたが実現した。第1回目の出陣は本場青森から運行、囃子、跳人を呼び、見世物として開催し、単年で終わる予定であった。このときのねぶたのテーマは「平将門」であった[9]。
 しかし、地元市民の開催を望む声が高まっていた。前述の1995年の規模縮小開催を経て、西口の地元商店会が中心となり1997年から地元市民が運行する形で再スタートし、市民参加型のイベントとして定着した[9]。近年は関東地方でも渋谷センター街、桜新町、靖国神社など、イベントの1つとしてねぶたの運行を行う祭りが増えてきているが、2000年以前から行われている青森県外での青森型のねぶたは、柏ねぶた以外では湘南ねぶた(1997年開始、神奈川県藤沢市)、まつりつくば(つくば大パレードとして1998年開始、茨城県つくば市)くらいである。
 特徴としては、西口のペデストリアンデッキや、あさひ通り商店街等の狭い道路を通過するため、高さや幅を柏専用で製作している。本場青森ねぶたより小さい(W=6m、D=4m、H=3m)サイズのねぶたが3基運行するが、規制線がないため目の前を通過する迫力は本場に引けを取らない。製作者は本場青森ねぶた祭のねぶた師で存命するねぶた名人の1人、五代目ねぶた名人の千葉作龍氏である。2012年までは「平将門」、「妙見尊星王」、「不動明王」、「討ち入り」、「勧進帳」、「富士の誉」、「津軽為信」が製作された。2013年には5年ぶりに「勧進帳」に代わる新作「安倍晴明」が作られ、「富士の誉」「津軽為信」もリニューアルされた[10]。それ以降は2年に1度新作が制作されている。現在運行されているのは、以下の3基である。
 安倍晴明(2013年新作、「勧進帳」との入れ替え)
 平将門(2015年新作、「富士の誉」との入れ替え) - 柏ねぶた20回目の節目として、第1回で題材にした「平将門」が再度制作
 香取の神経津主命・鹿島の神武甕雷命(2017年新作、「津軽為信」との入れ替え) - 柏まつり40回目の節目として登場[11] (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』の柏まつりの項目より転載)
◎「柏ねぶたについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百三十一》
夏まつり広場に「出陣」の声響く
夏まつり広場に太鼓の音響く
夏まつりドドンドンドンと太鼓の音
夏まつり太鼓に合わせ鉦と笛

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● 平成二十九年九月二十九日 金曜日   
○ 七月日々折々 その四十一 秋近し 
 
《今回の自選代表句と自句自解》

跳ね歩く浴衣の跳人掛け声を 

 七月下旬。今日は、柏まつりの日。サンバダンスの後、「柏ねぶた」のステージに変わった。しばらくの間、「柏ねぶた」を鑑賞した。ねぶたの屋台とともに鳴り物のあとから、浴衣姿の跳人(踊り手)たちが掛け声を上げながら練り歩いてゆく。

(七月下旬 柏まつり その四)
秋近し鳴り物後から跳人たち
㊟跳人(はねと)・・・ねぶたの屋台とともに練り歩く踊り手。花笠をかぶり、たくさんの鈴を身につける。(-goo国語辞書より転載)
ハネトの由来
 青森は周囲を山に囲まれた農村地帯であるほかに、漁港の町でもあります。 荷揚げが盛んにおこなわれる港ではやがて花街と呼ばれる一帯ができあがります。
 明治の中ごろ、ここの芸人たちが襦袢姿(いわゆる下着姿ですね)で踊りに参加したのがハネトの始まりのようです。
 ハネトの掛け声「ラッセ、ラッセ、ラッセーラー」とは、 「(酒を)いっぱい出せ!」がなまって、「イッペラッセ」となり、そのラッセが残ったものだと言われています。(暮らしの耳目より転載)
◎「跳人(はねと)について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百三十二》
会場の花笠の跳人手に団扇
会場の浴衣の跳人跳ね歩く
会場の浴衣の跳人跳ね歩く
跳ね歩く浴衣の跳人掛け声を 
夏まつりたすきの跳人跳ね歩く
夏まつり跳人の頭に豆絞り
浴衣着の跳ねる跳人に鈴の音
秋迫る三基のねぶた勇壮に
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・夏の写真」の〈七月下旬 柏まつり〉に「柏ねぶた(三基)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
夏まつり「ラッセラー」の掛け声が
夏まつりねぶたの会場はにぎやかに
柏にてねぶた楽しむ夏の宵
夏の宵頃合いはかり家路就く
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七月 (平成29年9月26〜27日)

2017/09/26 00:54

◎ 平成二十九年九月二十六〜二十七日 七月

● 平成二十九年九月二十六日 火曜日   
○ 七月日々折々 その三十八 七月

《今回の自選代表句と自句自解》

会場に団扇手にした親子連れ 
 
 七月下旬。今日は、柏まつりの日。縁者がまた、サンバダンスに出場するので応援に出掛けた。柏駅西口の会場には、たくさんの観客が来ていた。なかに、団扇を手にした親子連れもいる。

(七月下旬 柏まつり その一) 
七月の柏まつりの踊り見に
㊟柏まつり・・・柏まつり40年!みんなが主役 輝く未来!
 夏の風物詩として多くの方に愛されている柏まつりは今年で記念すべき40回目を迎えます 。柏おどりコンテスト、柏ねぶたなどお馴染みのイベントに加え、今年は光をまといながら、歌い・踊るナイトパレードが初登場。
 今年のキャッチコピーは「柏まつり40年!みんなが主役! 輝く未来!」です。
ぜひご参加いただき、柏の元気と魅力を一緒に体感しましょう。
開催日時
 平成29年7月29日(土曜日)、30日(日曜日) 両日とも午後1時〜8時
開催場所
 柏駅東西中心街〈
(抜粋)
午後4時55分〜5時25分 サンバパレード  西口ステージ・西口駅前広場
午後5時30分〜6時50分  柏ねぶたパレード  西口駅前広場ほか
 運行するねぶたは 平将門、安倍清明の他、第5代ねぶた名人・千葉作龍氏による新作ねぶた「香取の神経津主命(フツヌシノミコト)・鹿島の神武甕雷命(タケミカヅチのミコト)」が披露されます。ハネトの飛び入り参加も。(柏市オフィシャルウェブサイトより転載)
(追記)
 7月29日(土)、30日(日) 柏駅東西中心街にて開催された柏まつりは終了いたしました 。 人出は29日(土)が33万人、30日(日)が37万人、2日間合計70万人の来場者で 賑わいました。(柏商工会議所サイトより転載)
◎「柏まつりについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百三十》
夏夕べ松戸駅より柏へと
夏の夕縁者のサンバの応援に
夏夕べ下車した駅に人あなた
夏まつり雑踏のなかを広場へと
夏まつり広場に数多な見物客
夏まつり駅前広場に見物客
広場には団扇手にした見物客
人込みに団扇手にした親子連れ 
会場に団扇手にした親子連れ 
夏まつり広場でイベント開催中
夏まつり体操キッズらイベントに
夏まつりマット運動子ら披露
夏まつり子どもらラインダンスして

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● 平成二十九年九月二十七日 水曜日   
○ 七月日々折々 その三十九 夏まつり

《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつりパシスタの羽根揺れ大き 

 七月下旬。今日は、柏まつりの日。縁者がまた、サンバダンスに出場するので応援に出掛けた。柏駅西口の会場には、開演時間に合わせ、たくさんの観客が集まった。やがて、ダンサーたちが続々と登場した。代表格のタンガ姿のパシスタの背中の羽根の揺れ方が大きい。それほど、腰などの動きが激しい。もちろん、他のダンサーもそれに似た動きをしている。最前列で応援する。

(七月下旬 柏まつり その二)
夏まつり続いて登場サンパチーム
夏まつり広場に人垣七重八重
夏まつり最前列にてビデオ撮り
夏まつりサンバの縁者らステージに
夏まつりタンガのパシスタステージに
㊟タンガ・・・布の幅が狭く、両脇がひも状になっている女性用ショーツ。(デジタル大辞泉より転載)
㊟パシスタ・・・パシスタ(ポルトガル語:Passista)とは、リオのカーニバルなど、パレードにおけるサンバのソロダンサーのこと。日本では一般的に、タンガ姿で羽根をたくさん背負った女性ダンサーをパシスタと呼ぶことが多い。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
夏まつりパシスタの背の大き羽根
夏まつりパシスタ激しく羽根揺らし
夏まつりパシスタ激しく腰揺らし
夏まつりパシスタの羽根揺れ大き 
夏まつり曲にあわせてサンバダンス
夏まつりダンス激しき動きして
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蝉時雨 (平成29年9月24〜25日)

2017/09/24 00:29

◎ 平成二十九年九月二十四〜二十五日 蝉時雨

● 平成二十九年九月二十四日 日曜日   
○ 七月日々折々 その三十六 夏山

《今回の自選代表句と自句自解》

電車待つ駅のホームに蝉の声 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。御岳山を下山して、朝着いた御嶽駅に戻ってきた。電車を待っていると蝉の声が耳に入ってくる。山間の駅なので、蝉の声もどこか長閑に聞こえる。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その二十八)
緑なる山道をバス下り行く
夏の旅御岳橋越え御嶽駅
電車待つ駅のホームに蝉の声 
御嶽駅緑の山に囲まれて
御嶽駅夏の山に囲まれて
夏の午後御嶽駅より青梅線
夏の午後駅より乗り換え青梅駅へ
夏の午後御嶽駅発午後一時
夏の午後段々畑に農婦いて 
電車乗り次第に夏山離れゆく

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● 平成二十九年九月二十五日 月曜日   
○ 七月日々折々 その三十七 蝉時雨

《今回の自選代表句と自句自解》

ドア開いて不意に飛び見む蝉時雨 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。御岳山を下山して、御嶽駅から青梅線に乗り、青梅駅へと向かう。各駅停車のある駅では、ドアが開いた途端、蝉時雨。あまりの鳴き声に驚くほどだった。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その二十九)
電車乗り次第に離れる緑山
夏の午後御岳駅より青梅へと
夏の旅ガタゴト音たて青梅へと
ドア開いて不意に飛び見む蝉の声 
ドア開いて不意に飛び見む蝉時雨 
夏の旅青梅駅にて乗り換える
夏の日の午後二時前の空曇り
夏の午後青梅駅より神田へと
夏の午後神田駅より上野へと
夏の午後三時半には上野駅
夏の午後上野駅より松戸へと
松戸までいくつも越える夏の川
夏夕べ無事に到着松戸駅
帰り道油蝉の声にぎやかに
妻共に夏の夕べに無事帰宅
夏の旅午後四時半に無事帰宅
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蝉の声 (平成29年9月22〜23日) 

2017/09/22 01:47

◎ 平成二十九年九月二十二〜二十三日 蝉の声
 
● 平成二十九年九月二十二日 金曜日   
○ 七月日々折々 その三十四 蝉の声

《今回の自選代表句と自句自解》

戻りゆく山道に蝉の声響く 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。下山の途中、木々の生い茂る山道には、大きな蝉の声が響き渡っている。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その二十六)
夏の旅傍に御岳山浄水場
妻と居る夏山の森音なくて
夏の山どこかに天狗のいる気配
山緑どこかに天狗のいる気配
夏の旅大杉愛でて来た道を
夏の旅来た道一気に戻りけり
戻りゆく道にみんみん蝉の声
戻りゆく道にみんみんの声高く 
二人して戻る山道に蝉の声
戻りゆく山道に蝉の声高く 
戻りゆく山道に蝉の声響く 
夏の午後また犬連れとすれ違う

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 平成二十九年九月二十三日 土曜日   
○ 七月日々折々 その三十五 晩夏

《今回の自選代表句と自句自解》

山道に夏鶯と子らの声 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。下山の途中、来た山道を戻ってゆくとやがて老鶯の声とともに集団の子どもたちの声が聞こえてきた。元気をもらう。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その二十七)
夏の午後朝来た山道戻りゆく
夏の山来た道随所に石灯籠
夏山に老鶯と子らの声
夏の午後老鶯と子らの声
山道に夏鶯と子らの声 
夏の午後ケーブルカーの乗車待ち
夏の山駅より向かう滝本駅
滝本駅四方八方蝉しぐれ
夏の午後ケープルに乗り滝本駅
夏の午後滝本駅よりバス停へ
かなかなの鳴く声晩夏のバス停に
蜩の鳴く声晩夏のバス停に
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緑 (平成29年9月20〜21日)

2017/09/20 01:36

◎ 平成二十九年九月二十〜二十一日 緑

● 平成二十九年九月二十日 水曜日   
○ 七月日々折々 その三十二 緑

《今回の自選代表句と自句自解》

長尾平四方緑に囲まれて 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。下山の途中、町場通りを抜けてから右折して、割と展望の良い長尾平に立ち寄り、小休止した。長尾平から見る四方の山々の緑が濃い。夏だ。

㊟長尾平・・・ケーブルカー御岳山駅から歩いて約35分。美しい山々を見渡せる静かな展望台は、ちょっとした売店やトイレもあり、お弁当や休憩ポイントとしても最適です。(御岳山鉄道サイトの御岳山ナビより転載)

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その二十四)
夏の旅町場通りを抜け右折
夏の山右折し長尾平へと
良き眺望長尾平より緑山
見遥かす緑の山に薄き霧
夏の旅茶屋にてコーヒー買い求む
夏旅にコーヒー啜りひと休み
老鶯の声聞き暫しひと休み
夏の旅長尾平でひと休み
緑なる長尾平でひと休み
長尾平四方緑に囲まれて 
長尾平四方緑に囲まれし
夏の山小休止後にまた歩く

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● 平成二十九年九月二十一日 木曜日   
○ 七月日々折々 その三十三 夏の風

《今回の自選代表句と自句自解》

夏山の腰掛け杉に湧くイメージ 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。下山の途中長尾平でひと休みした後、山道を十分程歩いて、有名な天狗の腰掛け杉を見に行った。雰囲気と言い、本当に天狗でも出てきそうな感じだ。杉の枝の形も、十分天狗が座れそうな枝ぶりであった。見ていて、いきなりタイムスリップ。頭のなかには天狗さんが・・・。しばらくイメージの世界を楽しむ。ドラマが出来そうだ。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その二十五)
夏の旅長尾平より五六分
夏の旅程なく大杉目の前に
夏の旅天狗の腰掛け杉前に
㊟天狗の腰掛け杉・・・高さ60mを誇る杉の大木を見上げると、幹の途中から水平に1mほど伸びた後、グッと直上に伸びる枝が。この枝には天狗が腰を掛けて人々を見下ろしていると言われています。幹周6.5m。山中にはかなりの太さの杉が多くありますが、中でも注目に値する太さです。(御岳山鉄道サイトの御岳山ナビより転載)
◎「天狗の腰掛け杉とは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百二十九》
夏山の大杉天狗の座す形
大杉にイメージすぐわく夏の山 
大杉にイメージ直ぐ湧く夏の旅
夏山の腰掛け杉にイメージが 
夏山の腰掛け杉に湧くイメージ 
夏の旅大杉を見て納得す
夏山に何やら天狗のいる気配
夏山にある江戸初期の大き杉
夏山に鞍馬天狗のいる気配
大杉に見惚れる我へ夏の風
大杉に見惚れる我へ涼風が
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風青し (平成29年9月18〜19日)

2017/09/18 01:51

◎ 平成二十九年九月十八〜十九日 風青し

● 平成二十九年九月十八日 月曜日   
○ 七月日々折々 その三十 風青し

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏の山奥に太占(ふとまに)斎場が
 
 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。御岳山の山上の奥には、太占(ふとまに)斎場があった。厳かに祀られていた。(太占(ふとまに)斎場については、後述)

御嶽社の神域に吹く風青し 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。御嶽神社が祀られている御岳山の山上のご神域の木々は青々としている。ご神域に吹く風は涼しくしかも心地良い。心身ともに洗われる思いがする。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その二十二)
風涼し社の扁額に御嶽山
夏の山社殿の脇に由緒書
夏の旅境内の奥へ歩を進め
夏の山二柱社(ふたはしらしゃ)脇に百合の花
㊟二柱社(ふたはしらしゃ)・・・伊弉諾尊と伊弉冉尊を祭る。本社玉垣内にあり、本殿の向かって左側に鎮座している。社殿は一間社流造の見世棚造である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』の武蔵御嶽神社の項目より転載)
夏の山二柱社にレンゲショウマ
夏の山裏手にあまたな摂末社
夏の山奥に太占(ふとまに)斎場が 
㊟太占斎場・・・毎年1月3日に行われる「太占祭(ふとまにさい)」は、男鹿の肩骨を灼いて神意を伺う祭で、作物の豊凶を占う、日本最古の占い形式。早朝厳寒の冷気の中で執り行われる厳粛な神事は秘儀となっており、現在でも行っている神社は全国でもほとんどありません。(御岳山鉄道サイトの御岳山ナビより転載)
◎「太占斎場とは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百二十七》
夏山の奥に御岳社旧本殿
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・夏の写真」の〈七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング〉に「御岳山の山上にある御岳神社旧本殿」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
御嶽社の神域に吹く風涼し
御嶽社の神域に吹く風青し 
夏の旅石段下り宝物殿
夏の旅参拝後に寄る宝物殿 
夏旅に国宝重文鑑賞す
夏に観る赤糸縅大鎧
㊟赤糸縅大鎧・・・国宝 赤糸威鎧 兜・大袖付
畠山重忠より建久2年(1191年)に奉納されたと伝える。様式上、平安時代後期の作と推定されている。鎧の正面・左脇・背面を一体に作り、右脇は脇楯(わいだて)で塞ぎ、草摺は脇楯を含め4間とした「大鎧」と呼ばれる形式のもので、兜、大袖、鳩尾板(きゅうびのいた)、栴檀板(せんだんのいた)を具備する。栴檀板の冠板を大きく作るのが特色である。大ぶりの小札(こざね)を茜染めの赤糸で威す。兜は鉢が小ぶりで、天辺(てへん)の孔が径5.5cmと大きいのが特色である。錣(しころ)は破損が激しかったため、明治の修理で取り替えられ、原品は別途保存されている。江戸時代には徳川吉宗が上覧のため、江戸に運ばれ、修理もされている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』の武蔵御嶽神社の項目より転載)
◎「国宝 赤糸威鎧 兜・大袖付について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百二十八》
夏鑑賞赤糸縅大鎧
将軍が上覧の鎧夏灯下
夏の展吉宗上覧大鎧
夏旅に社の宝物鑑賞す

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● 平成二十九年九月十八日 月曜日   
○ 七月日々折々 その三十 蛍袋

《今回の自選代表句と自句自解》

山坂の石垣狭間に蛍袋 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。御嶽神社が祀られている御岳山の山上でしばらく山上や宝物殿などで時を過ごした後、急な山坂の女坂を下る。途中、山坂にある石垣のはさまで咲く蛍袋を見つけた。懐かしい子どもの頃の思い出のある花である。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その二十二)
夏の旅鑑賞終えて坂下る
夏の山妻と女坂下りゆく
山坂の石垣狭間に蛍袋 
夏の山手摺りにつかまり急坂を
夏の山手摺りにつかまり下る坂
御岳山眼下に緑の連山が
山の上眼下に緑の低山が
山の上眼下に低き緑山
老鶯の声眼下の連山に
夏の山来た道一気に下りゆく
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涼風 (平成29年9月16〜17日)

2017/09/16 00:03

◎ 平成二十九年九月十六〜十七日 涼風

● 平成二十九年九月十六日 土曜日   
○ 七月日々折々 その二十八 夏の蝶

《今回の自選代表句と自句自解》

夏の旅神代檜挽き痕が 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。次第に次第に目的の御嶽神社に近づいてゆく。参道の石段脇に今度は、神代檜なる物の挽き痕があった。神代檜の挽き痕は、注連縄で祀られていた。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その二十)
夏の参道右に三柱社(みはしらしゃ)
参道の三柱社前に夏の蝶
夏の旅石段登り銅鳥居
夏の旅銅鳥居潜りまた石段
夏の旅銅鳥居潜りまた登る
夏の旅石段左に案内板
夏の旅石段左に挽き痕が
夏の旅神代檜挽き痕が 
夏の旅御嶽社次第に近づけり
夏の旅石段右手に宝物殿
㊟宝物殿・・・本社玉垣に向かって右側に建ち、国宝の赤糸縅大鎧などを見ることができる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』の武蔵御嶽神社の項目より転載)

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● 平成二十九年九月十七日 日曜日   
○ 七月日々折々 その二十九 涼風

《今回の自選代表句と自句自解》

手を合わす我が身に吹きゆく風涼し 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。ようやく長い石段を登りつめ、山岳信仰の地・御嶽神社の前に辿り着いた。神前で合掌。合掌する手に、吹き抜ける風が涼しい。心も涼やかになる。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その二十一)
夏の旅立像宝物殿前に
畠山重忠像見る夏の旅
㊟畠山重忠像・・・国宝の大鎧を奉納した武者の騎馬像で、宝物殿の前庭に立つ。北村西望の作で昭和56年に建立された。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』の武蔵御嶽神社の項目より転載)
夏旅にさらに石段登り行く
夏の旅武蔵御嶽社目の前に
㊟武蔵御嶽神社・・・創建は第10代崇神天皇7年と伝えられ、中世以降、山岳信仰の霊場として発展し、現在は日本三御嶽の1つに。御岳山山頂にある神社内の大口眞神(おほくちまがみ)社には、日本武尊(やまとたけるのみこと)が難を逃れるよう導いたとされる白狼黒狼が祀られ、参拝者も多く訪れます。
(御岳山鉄道サイトの御岳山ナビより転載)
(追記)
武蔵御嶽神社(むさしみたけじんじゃ)は、東京都青梅市(武蔵国多磨郡)にある神社。武蔵御岳山の山上に鎮座する。櫛真智命などを祀る。中世以降、山岳信仰の霊場として発展し、武蔵・相模に渡る信仰圏を獲得した。式内大麻止乃豆天神社という説があり、旧府社である。現在は神社本庁に属していない単立神社である。犬を祀っている所から、願掛けのため、犬を連れた参拝客が近年増えている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「武蔵御嶽神社について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百二十六》
夏の旅色鮮やかな御嶽社に
夏の旅極彩色の御嶽社に
荘厳な御嶽神社に夏の霧
金色の大き鈴へと吹く涼風
手を合わす我が身に吹きゆく風涼し 
夏の旅社務所でお守頂戴す

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夏の水 (平成29年9月14〜15日)

2017/09/14 01:30
◎ 平成二十九年九月十四〜十五日 夏の水

● 平成二十九年九月十四日 木曜日   
○ 七月日々折々 その二十六 夏の水

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏の旅山上のパワースポットへ

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。結構入山者が多いので、町場通りの紅葉屋で早めに妻と昼食をとった。ここからパワースポットの御嶽神社は、そう遠くない。一気に山上の御嶽神社へと石段を登っていくことにする。

夏の旅手水舎の水ひんやりと 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。御嶽神社の手水社の水が清める手にひんやりと流れてゆく。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その十八)
夏の旅休憩含め早やき昼
夏の日の山旅に食むくるみ蕎麦
夏の旅食事休憩終え先へ
夏の旅山上のパワースポットへ
夏の旅武蔵の御嶽神社へと
夏の旅商店街抜け大広場
夏の旅今妻と鳥居前広場
夏の旅参道左に手水舎が
夏の旅隣の水場ペット用
御嶽山社の手水舎に夏の水
夏の旅手水舎の水ひんやりと
夏の旅参道右手に女坂
夏旅に妻と潜りゆく大鳥居

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● 平成二十九年九月十五日 金曜日   
○ 七月日々折々 その二十七 白百合

《今回の自選代表句と自句自解》

夏の旅石段の脇にレンゲショウマ 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。手水社を後にし、さらに山上の御嶽神社へと石段を登る。人だかりのする石段の脇には、レンゲショウマが咲き始めていた。きれいだ。これ以後、所々でレンゲショウマを鑑賞出来た。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その十九)
夏山の鳥居の傍に立て看板
夏山の看板に式年大祭と
※式年大祭・・・ここでは、酉年式年大祭のこと。
 酉年にあたる今年は式年大祭で、4月1日〜5月末まで 御嶽蔵大権現ご 開帳を行っています。(武蔵御嶽神社サイトより転載)
酉年に行う式年大祭は、御祭神の一柱でもいらっしゃる日本武尊様が亡くなられたときに、白鳥になって飛んでゆかれたことに由来するとか、農耕の神としても信仰されていることから、たくさんの作物を穫る・採り入れる=とり=酉(七赤金星-実りの秋・収穫の方向=西)となり、式年祭を酉年に行ったともいわれています。
 太陽が昇る東=陽と、太陽が沈む西=陰という意味から見ても御嶽山にとっては意味があるようです。御嶽山では、昔から「月の御嶽」と呼ばれ、また闇に光明を照らし道を示したという日本武尊の御眷属となった大口真神(日本狼)様を御祭神の一柱としてお祀りさせて頂いている当社にとっては、月の昇る陰が尊ばれているようです。(武蔵御嶽神社HPより転載)
◎「酉年式年大祭について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百二十四》
夏山の看板近くにレンゲショウマ
㊟レンゲショウマ(群生地)・・・御岳山のレンゲショウマは、約3万平方メートルに約5万株が自生する、全国でも珍しい群生地。可憐に咲く淡い紫色の花は、7月下旬から9月上旬までご覧いただけます。(御岳山鉄道サイトの御岳山ナビより転載)
(追記)
 レンゲショウマ(蓮華升麻、学名:Anemonopsis macrophylla)は日本特産の1属1種の花。キンポウゲ科、レンゲショウマ属の多年草。
 概要[編集] 花が蓮に、葉がサラシナショウマ(晒菜升麻)に似ているので、レンゲショウマ(蓮華升麻)の名がつけられた。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「レンゲショウマについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百二十五》
夏の旅石段の脇にレンゲショウマ 
夏山に咲く紫の花可憐
夏旅に隋身門を潜りゆく
夏の旅門抜け右に稲荷社が
夏の旅門抜け左に三柱社
夏の旅階段脇に百合の花
夏の旅講碑石段の両側に
立ち並ぶ講碑の狭間に白百合が
百合の花石段脇に稲荷社が

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揚羽 (平成29年9月12〜13日)

2017/09/12 02:24

◎ 平成二十九年九月十二〜十三日 揚羽

● 平成二十九年九月十二日 火曜日   
○ 七月日々折々 その二十四 鬼百合

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏の旅見掛ける幟にレンゲショウマ 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。参道の山道をゆっくりと上ってゆく。道沿いにあちらこちらに幟が立っている。幟には、レンゲショウマの字が記されている。

夏山に平安時代の大欅 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。参道の山道をゆっくりと上ってゆく。しばらくすると見えすぐわかる大きな欅があった。大欅の脇の説明板には、樹齢1000年とも言われ、国の天然記念物と記されていた。平安時代の大欅である。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その十六)
夏の旅講碑随所に立ち並び
夏の旅路傍の俯瞰図見て進む
夏の旅路傍の俯瞰図見て先へ
老鶯の声聞き表参道を
神社へと向かう参道に鬼百合が
御嶽社へ向かう参道に鬼百合が
夏山で犬連れの人とすれ違う
夏の旅随所で見掛ける幟旗
夏の旅見掛ける幟にレンゲショウマ 
夏の山見掛ける幟にレンゲショウマ
夏の旅参道沿いに大欅 
夏の旅思わず「すごい」と声あげて
夏の旅神代ケヤキと看板に
㊟神代ケヤキ・・・武蔵御嶽神社参道の斜面に天を突くようにそびえています。樹高約23m。幹周8.2mは東京のケヤキとしては2番目に太く、また樹齢は1000年とも言われ、国の天然記念物に指定されています。ケヤキの老樹ならではの荒々しい幹が、神代の昔を思わせる存在感を漂わせます。(御岳山鉄道サイトの御岳山ナビより転載)
◎「神代ケヤキについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百二十三》
参道の看板脇に紫陽花が
夏旅にしばし見上げる大欅
夏山の欅の樹齢千年と
夏山に平安時代の大欅 

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● 平成二十九年九月十三日 水曜日   
○ 七月日々折々 その二十五 揚羽

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏の旅神代ケヤキに合掌す 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。参道の山道をゆっくりと上ってゆく。しばらくすると見えすぐわかる大きな欅があった。見事さに思わず合掌。

御岳山神代ケヤキに舞う揚羽 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。大きな神代ケヤキの欅の傍に揚羽蝶が舞い飛んで来た。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その十七)
夏山の神代欅に注連縄が
圧巻の神代欅拝む夏
夏の旅神代ケヤキに合掌す 
夏の旅大欅背に記念写真
御岳山欅の根元に百合の花
御岳山欅の前を舞う揚羽
御岳山欅の前を揚羽舞い 
御岳山神代ケヤキに舞う揚羽 
夏の旅妻と商店街に入る
夏の旅町場通りの紅葉屋へ
※町場通り・・・通りには、食事処や土産店がひしめいている。
夏の旅店の写真に有名人
夏の旅店の写真にタレントが
夏の旅店の写真にキャイ〜ンらが
㊟キャイ〜ン・・・キャイ〜ンは、日本のお笑いコンビ・漫才師。浅井企画所属。メンバー ウド鈴木・天野ひろゆき(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
「もしツア」の一行の写真見る夏日
㊟「もしツア」・・・『もしもツアーズ』は、2002年10月5日からフジテレビにて毎週土曜日18:30 - 19:00に放送されている旅行バラエティ番組である。正式名称は『もしもツアーズ ?the tour makes your Sunday Happy?』( - ザ・ツアー・メイクス・ユア・サンデー・ハッピー)。通称「もしツア」。ハイビジョン制作(2008年3月29日より)、番組連動データ放送あり。2012年10月13日の放送で10周年を迎えた。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
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百合 (平成29年9月10〜11日)

2017/09/10 02:02

◎ 平成二十九年九月十〜十一日 百合

● 平成二十九年九月十日 日曜日   
○ 七月日々折々 その二十二 夏鶯

《今回の自選代表句と自句自解》

夏の旅センターに寄り山情報 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。途中で、御岳ビジターセンターに立ち寄り、現在の山情報を入手した。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その十四)
緑濃き狭き山道二人して
夏山の崖路の根に注意して
二人して下りて上る夏の山
山間に老鶯の声響きゆく
山間に夏鶯の声響く
歩きゆく崖路脇に紫陽花が
夏の旅路は参道と合流す
夏の旅参道沿いにセンターが
夏山に御岳ビジターセンターが
夏の旅センター山に囲まれて
夏の旅センターに寄り山情報 

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● 平成二十九年九月十一日 月曜日   
○ 七月日々折々 その二十三 百合

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏の旅係の話題にレンゲショウマ 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。途中で、御岳ビジターセンターに立ち寄り、現在の山情報を入手した。お勧めは、咲き始めたレンゲショウマだそうだ。

㊟レンゲショウマ・・・レンゲショウマ(蓮華升麻、学名:Anemonopsis macrophylla)は日本特産の1属1種の花。キンポウゲ科、レンゲショウマ属の多年草。
 概要[編集] 花が蓮に、葉がサラシナショウマ(晒菜升麻)に似ているので、レンゲショウマ(蓮華升麻)の名がつけられた。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

夏の旅御師住宅はすぐそこに 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。御岳ビジターセンターのすぐ近くには、御師の集落があった。(御師の詳細は後述)

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その十五)
夏の旅係員より山情報
夏の旅係の話題にレンゲショウマ 
夏旅にモリアオガエルを鑑賞す
㊟モリアオガエ・・・モリアオガエル(森青蛙、学名:Rhacophorus arboreus)は、両生綱無尾目アオガエル科アオガエル属に分類されるカエル。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
夏の旅センター後にし先進む
夏の旅御師の集落すぐそこに
㊟御師(おし)・・・御師(おし/おんし)とは、特定の寺社に所属して、その社寺へ参詣者を案内し、参拝・宿泊などの世話をする者のことである。特に伊勢神宮のものは「おんし」と読んだ。御師は街道沿いに集住し、 御師町を形成する。
概要[編集] 本来は「御祈祷師」を略したもので、平安時代のころから神社に所属する社僧を指すようになり、後に神社の参詣の世話をする神職も指すようになった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「御師とは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百二十二》
夏の旅御師住宅はすぐそこに 
夏の旅目の前に馬場家御師住宅
夏の旅宿坊丸山荘前を
夏の旅路傍の石碑に御嶽講
ゆく参道講碑の脇に百合の花
夏の旅眼下に藁ぶき屋根の家
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夏の霧 (平成29年9月8〜9日)

2017/09/08 02:58

◎ 平成二十九年九月八〜九日 夏の霧

● 平成二十九年九月八日 金曜日   
○ 七月日々折々 その二十 夏の山

《今回の自選代表句と自句自解》

 夏旅にパワースポットの産安社 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。信仰の山御岳山には、いくつかのパワースポットがある。最初に、産安社を訪れた。

㊟産安社(うぶやすしゃ)・・・安産・子育ての神として祀られ、お参りをすることで子宝に恵まれ、夫婦円満や良縁のご利益があるとされています。御神木とされる大樹には、性神が祀られ、また、隣の夫婦杉は、2本の杉の木の間を通ると縁結びのご利益があるとして話題を呼んでいます。(御岳山鉄道サイトの御岳山ナビより転載)
◎「産安社について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百二十一》

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その十二)
夏の旅大展望台目の前に
夏の旅標高八百七十に
夏の旅リフトを降りて歩きゆく
夏山をしばらく歩いて産安社
夏旅にパワースポットの産安社 
夏の旅産安社にて手を合わす
夏の旅社の周囲に御神木
夏の旅社に三つの御神木
夏の山子授け檜社の傍に
夏旅に檜の幹のコブさする
夏山の檜の幹のコブさする
夏旅に両手でさする幹のコブ

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● 平成二十九年九月九日 土曜日   
○ 七月日々折々 その二十一 夏の霧

《今回の自選代表二句と自句自解》

産安社ご利益祈願の夏の旅 

 夏の奥多摩・御岳山ハイキング。信仰の山御岳山には、いくつかのパワースポットがある。最初に、産安社を訪れた。、長期的な夫婦円満を妻と共に祈念した。合掌。

歩きゆく山道に薄き夏の霧 

 七月下旬の奥多摩の御岳山ハイキング。先へと向かう山道には、薄い霧が掛かっていた。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その十三)
夏の旅社の脇に夫婦杉
夏の旅夫婦杉には注連縄が
夏の旅夫婦杉にも我ら触れ
夏山に産安杉に注連縄が
夏旅に子孫繁栄祈りけり
産安社ご利益祈願の夏の旅 
産安社後にし夏山歩きゆく 
歩きゆく山道に薄き夏の霧 
歩きゆく夏霧の道ひんやりと
夏山の狭き崖路二人して
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老鶯 (平成29年9月6〜7日)

2017/09/06 03:18

◎ 平成二十九年九月六〜七日 老鶯

● 平成二十九年九月六日 水曜日   
○ 七月日々折々 その十八 苔青し

《今回の自選代表二句と自句自解》

ケーブルカー眼下倒木に青苔が 

 奥多摩の御岳山ハイキング。御岳山の滝本駅からケーブルカーに乗り、山上へ向かう。眼下の山林には数本の倒木が見える。その倒木には、夏らしく苔が青々と繁茂していた。

ケーブルカー紫陽花愛でつつ登りゆく

 奥多摩の御岳山ハイキング。御岳山の滝本駅からケーブルカーに乗り込んだ。ケーブルカーの線路沿いには紫陽花が植えられている。平地より気温が低いため、紫陽花はまだ花を咲かせていた。紫陽花の花を愛でながら山上へと向かった。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その十)
ケーブルカー眼下倒木に青苔が 
ケーブルカー眼下倒木の苔青し
ケーブルカー軌道沿いには紫陽花が
ケーブルカー紫陽花愛でつつ登りゆく 
ケーブルカー夏木立のなかゆるゆると
登りゆくケーブル車窓に夏の虫
夏の旅みの御岳山駅へ
ケーブルカー見上げる駅に夏の霧
夏の旅六分で御岳山駅に
夏の朝九時頃御岳山駅に
夏の旅標高八百三十一
夏の旅駅標高差四百余

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● 平成二十九年九月七日 木曜日   
○ 七月日々折々 その十九 老鶯

《今回の自選代表句と自句自解》

老鶯の声耳にリフト登りゆく 

 奥多摩の御岳山ハイキング。御岳山の山上で、ケーブルカーからリフトに乗り継いだ。ほどなく夏鶯の声が聞こえてきた。とても良い雰囲気だ。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その十一)
到着の御岳山駅に夏の霧
御岳山駅周辺に紫陽花が
夏の旅御岳山駅よりリフト
夏の旅リフトに乗りて登りゆく
夏の旅リフトに乗りて山上へ
夏山にリフトゴトゴト音たてて
紫陽花がリフト軌道の両側に
夏の旅紫陽花愛でつつ山上へ
乗るリフトに老鶯の声心地良く 
老鶯の声耳にリフト登りゆく 
夏の旅リフトの前に建物が
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七変化 (平成29年9月4〜5日)

2017/09/05 00:16

◎ 平成二十九年九月四〜五日 七変化

● 平成二十九年九月四日 月曜日   
○ 七月日々折々 その十六 七変化

《今回の自選代表句と自句自解》

バス走る紫陽花の咲く山道を 

 七月下旬の奥多摩の御岳山ハイキング。青梅線の御嶽駅前からケーブル下の滝本駅へとバスは山道を登ってゆく。坂道の路傍は、紫陽花が所々に咲いている。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その八)
坂上るバスの車窓に紫陽花が
坂上るバスの車窓に七変化
紫陽花の咲きし山道バスに走り
紫陽花の咲きし山道走るバス
バス走る紫陽花の咲く山道を 
夏の朝バスに乗車しケーブル下
夏の旅十五分でケーブル下
夏の旅バスの乗車は十五分
夏の朝ケーブル下の停留所
停留所四方緑の山囲む
夏の旅停留所より急坂を
夏の旅坂右に御影御社(みかげみやしろ)が
※ 御影御社(みかげみやしろ)・・・宗教法人 所在地 東京都青梅市御岳2丁目480番地
夏旅に急勾配の坂登る

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● 平成二十九年九月五日 火曜日   
○ 七月日々折々 その十七 朝涼

《今回の自選代表句と自句自解》

朝涼の空気揺るがす発車ベル 

 七月下旬の奥多摩の御岳山ハイキング。御嶽山のケーブル下の滝本駅からケーブルかーに乗り込んだ。発車ベルの音が、山間の駅の朝の涼しい空気を揺らしている。心の弾む音だ。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その九)
緑濃き山間の坂を二人して
急坂を紫陽花愛でつつ登りゆく
坂脇の山紫陽花に励まされ
夏の旅停急坂登り上がる息
夏の旅ケーブルカー駅目の前に
㊟ケーブルカー・・・関東一の急勾配ケーブルカー、平均勾配22度の沿線を一気に上り、麓の滝本駅からわずか6分で標高831mの御岳山駅へ。大型のワンちゃんもご同乗いただけます。(御岳山鉄道サイトの御岳山ナビより転載)
夏の旅駅の看板にようこそと
夏の旅駅の標高四百七
夏の旅滝本駅よりケーブルカー
朝涼の空気揺るがす発車ベル 
緑濃き山中登るケーブルカー
夏の山眼下に山道上る人
朝涼の表参道に上る人
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百日紅 (平成29年9月2〜3日)

2017/09/02 00:01

◎ 平成二十九年九月二〜三日 百日紅

● 平成二十九年九月二日 土曜日   
○ 七月日々折々 その十四 涼

《今回の自選代表句と自句自解》

軍畑駅着き沢の音の涼

 七月下旬の早朝、奥多摩の御岳山ハイキングに妻と出掛けた。今、青梅線の軍畑駅に着いた。ドアが開くと沢の流れる音。ここは、緑濃い山間の無人駅。流水の音が、涼しい。心地の良い涼感だ。

㊟軍畑駅・・・軍畑駅(いくさばたえき)は、東京都青梅市沢井一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)青梅線の駅である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その六)
夏の旅次第に山の高さ増す
青梅線車窓の景色に夏の山
青梅線車窓の両側夏木立
夏木立狭間に古刹あちこちに
軍畑駅着き沢の音涼し 
軍畑駅着き沢の音の涼
青梅線車窓の両側緑濃し
夏の朝青梅駅より御嶽駅
夏の朝御嶽駅着八時半
夏の旅半世紀振りの御嶽駅
夏の朝今十代に来た駅に
夏の旅国立公園看板が
※ 国立公園・・・秩父多摩甲斐国立公園のこと。
夏の旅駅の隣に案内所
※ 案内所・・・東京都御岳案内所のこと。

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● 平成二十九年九月三日 日曜日 
○ 七月日々折々 その十五 百日紅 

《今回の自選代表句と自句自解》

百日紅緑の山にあかく燃ゆ 

 七月下旬の早朝、奥多摩の御岳山ハイキングに妻と出掛けた。やっと青梅線の御嶽駅に着いた。駅を降りて、近くのバス停からバスに乗車し、ケーブル下の停留所へと向かった。発車して間もなく多摩川に掛かる御嶽橋を渡った。車窓から御嶽渓谷が見える。路傍には緑の夏山を背景に百日紅の花がああかあかと萌えるように咲いている。とてもきれいだ。山の景色と夏の花に心がいやされてゆく・・・。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その七)
夏の朝駅降り目指す御岳山
㊟御岳山・・・御岳山(みたけさん)は、東京都青梅市にある標高929mの山である。武蔵御岳山とも呼ばれる。古くから山岳信仰の対象となっており、山上には武蔵御嶽神社が建立されている。
 地理[編集] 御嶽山駅から武蔵御嶽神社へ続く参道、門前町の集落には、天然記念物「神代ケヤキ」、二十数軒の宿坊、御岳ビジターセンターがある。奥に奥の院、その奥に大岳山があり、さらに奥に鋸山がある。
 観光[編集]
 元旦には初日の出を見に多くの参拝客が訪れる。8月には、5万株といわれるレンゲショウマの花が咲く。ムササビがよく観察され、土産物屋の商品にもモチーフとして用いられている。
 JR御嶽駅近辺の多摩川沿いの地域は、御岳渓谷として、多摩川と青梅街道(国道411号)にはさまれる形で遊歩道が整備されていて、喫茶店やギャラリーがあり、ハイキングをしたり、カヌーに興じる人たちも居る。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「御岳山について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百十八》
夏の朝妻と目指すは御岳山
夏の朝御嶽駅降りバス停へ
夏の朝八時半過ぎにバス発車
夏の朝人込むバス乗り旅先へ
妻とバス乗り目指す夏の山
御嶽駅下車後バス乗り夏山へ
夏の旅車窓に御嶽渓谷が 
㊟御嶽渓谷・・・御岳渓谷(みたけけいこく)・・・東京都青梅(おうめ)市の西部、JR青梅線沢井(さわい)駅から御嶽(みたけ)駅南方にかけての多摩川の渓谷で、沢井駅南の吊(つり)橋の楓(かえで)橋から上流の御岳橋までの約4キロメートルをいう。関東山地を深く侵食した渓谷で、両岸に遊歩道があり、四季を通じて山水の美が楽しめる。御岳橋のたもとに1961年(昭和36)開館の玉堂(ぎょくどう)美術館があり、その庭園は京都の龍安寺(りょうあんじ)を模したという。楓橋の南詰めに中国蘇州(そしゅう)の寒山(かんざん)寺を模した大日本寒山寺がある。〈日本大百科全書(ニッポニカ)より転載〉
◎「御嶽渓谷について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百十九》
夏の旅今バス渡る御岳橋
夏の旅ここは多摩川上流部
㊟多摩川上流・・・多摩川(たまがわ)は、山梨県・東京都・神奈川県を流れる多摩川水系の本流で一級河川。下流域においては東京都と神奈川県の県境としての役割も担う。全長138km、流域面積1,240km2。堤防はあるものの、首都圏の一級河川でありながら護岸化されていない部分が多く、川辺の野草や野鳥が数多く見られる自然豊かな河川である。(中略)
 上流[編集]
 多摩川と呼ばれているのは奥多摩湖の湖水の出口である小河内ダムより下流からである。その後青梅までは山中を東へ流れる。この上流部は秩父多摩甲斐国立公園に含まれる。この区間に沿って東日本旅客鉄道(JR東日本)青梅線が走っている。
 青梅線御嶽駅周辺は1985年(昭和60年)御岳渓流として名水百選のひとつに選定されていて[1]両岸には、約4kmの遊歩道が整備されている。奥多摩町白丸には白丸ダムがある。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「多摩川上流について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百二十》
夏の旅多摩川渡り高みへと
夏の旅更なる高みへバス走る
渓谷のバスの車窓に百日紅
あかあかと渓谷燃やす百日紅  
百日紅緑の山にあかく燃ゆ
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夏木立 (平成29年8月31日〜9月1日)

2017/08/31 00:06

◎ 平成二十九年八月三十一日〜九月一日 夏木立

● 平成二十九年八月三十一日 木曜日   
○ 七月日々折々 その十二 夏木立

《今回の自選代表句と自句自解》

武蔵野の面影残す夏木立 

 七月下旬の早朝、奥多摩の御岳山ハイキングに妻と出掛けた。中央線の御嶽駅を過ぎた頃から車窓には、夏木立が随所に見られるようになった。武蔵野の面影を残している。

㊟武蔵野・・・武蔵野(むさしの)は関東の一地域を指す地域名。「どこまでもつづく原野」として、あるいは「月の名所」として、古来さまざまな文芸作品、美術・工芸作品に題材とインスピレーションを与えてきた。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その四)
夏旅に快速青梅行きに乗る
夏の旅快速青梅行きに乗り
青梅へと向かう車窓に夏朝日
青梅へと向かう車窓に夏日差
夏の旅新宿駅を通り過ぐ
夏早朝車中にうたた寝する客が
夏の旅今中野駅を通り過ぐ
中央線電車の車窓に夏木立
中央線所どころに夏木立
三鷹過ぎ次第に増えゆく夏木立
武蔵野の面影残す夏木立 

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● 平成二十九年九月一日 金曜日   
○ 七月日々折々 その十三 夏の朝

《今回の自選代表句と自句自解》

夏旅にしばし雑談山ガール 

 七月下旬の早朝、奥多摩の御岳山ハイキングに妻と出掛けた。ようやく青梅線の青梅駅に着いた。始発駅での発車までの待ち時間、電車内で初老の三人組の山ガールと暫し雑談した。三人の内の一人は、まもなくキリマンジャロ登頂を目指すという。元気をもらう。

㊟キリマンジャロ・・・キリマンジャロ(スワヒリ語: Kilimanjaro) はタンザニア北東部にある山で、標高5,895m。アフリカ大陸の最高峰。山域がキリマンジャロ国立公園に指定されている。山脈に属さない独立峰では世界で最も高い。(Weblio 辞書より転載)

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その五)
夏の旅立川駅を通り過ぐ
夏の朝車中にスマホする客が 
夏の朝青梅駅より青梅線
夏の旅青梅駅前に小学校
夏の旅車中に多き登山客
夏の旅隣も前も登山客
夏の旅足元並ぶ登山靴
夏の朝青梅駅より御嶽へと
夏の朝車中におにぎり食む客が
夏旅にしばし雑談山ガール 
山行の情報交換夏旅に
山ガール今夏キリマンジェロ目指す
車中での雑談楽しき夏の旅
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ペチュニア (平成29年8月29〜30日)

2017/08/29 02:05

◎ 平成二十九年八月二十九〜三十日 ペチュニア

● 平成二十九年八月二十九日 火曜日   
○ 七月日々折々 その十 ペチュニア

《今回の自選代表句と自句自解》

松戸駅向かう路傍にペチュニアが 

 七月下旬の早朝、奥多摩の御岳山ハイキングに妻と出掛けた。松戸駅前の通りの路傍のコンクリートプランターには、咲いているペチュニアが植えられていた。赤紫、青紫、白の花に彩られていて夏らしい華やかさだ。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その二)
朝涼の道に雀の鳴く声が
松戸駅向かう路傍にペチュニアが 
朝涼の道を歩いて松戸駅
夏早朝松戸駅より常磐線
夏早朝松戸駅より上野へと
江戸川の両の岸辺の緑濃し
江戸川の両岸の土手緑濃し 
江戸川の岸に葉桜の並木道
常磐線楽しむ車窓の夏景色
夏早朝曇れる空にスカイツリー
夏早朝上野駅より山手線

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● 平成二十九年八月三十日 水曜日   
○ 七月日々折々 その十一 夏朝日

《今回の自選代表句と自句自解》

山手線上野の森の緑濃し 

 七月下旬の早朝、奥多摩の御岳山ハイキングに妻と出掛けた。上野駅で常磐線から山手線に乗り換えた。上野の森は木々で青々としていた。木々の隙間から西郷隆盛像が見えた。

㊟西郷隆盛像・・・西郷隆盛像(さいごうたかもりぞう)は、日本の武士・軍人・政治家である西郷隆盛(1828年(文政11年) - 1877年(明治10年))の顕彰を目的として建立された銅像。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その三)
山手線上野の森の緑濃し 
夏早朝上野駅より神田へと
夏の旅神田駅まで一時間
電車待つ駅のホームに夏朝日
夏早朝駅のホームを歩くハト
夏早朝神田駅より青梅へと
夏の旅神田駅発六時半
夏早朝神田駅より中央線
夏早朝青梅駅行きに妻と乗る
夏早朝快速電車に妻と乗り
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朝涼 (平成29年8月27〜28日)

2017/08/27 00:05

◎ 平成二十九年八月二十七〜二十八日 朝涼

● 平成二十九年八月二十七日 日曜日   
○ 七月日々折々 その八 夏の夕

《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつりサンバに人垣七重八重 

 新松戸まつりのサンバパレード。折り返し地点から交差点の広い場所まで来た。最後に交差点でサンバチーム二十余名が輪になってサンバを披露した。交差点には、サンバチームのダンスを見ようとする七重八重の観客の人垣が出来ていた。ビルの階段からの見物人も多く見られた。

(七月中旬 新松戸まつりG)
夏まつり交差点にてひと踊り
夏まつり終了前にひと踊り
夏まつり終了前にサンバダンス
夏まつりサンバに人垣幾重にも
夏まつりサンバに人垣七重八重 
夏まつり最後に再び盛り上がり
夏まつりサンバに随行四十分
夏まつり縁者に別れ告げ家路
夏の夕縁者と別れて自宅へと
家路就く我らの背中に大西日
またひとつ思い出増えし夏まつり

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● 平成二十九年八月二十八日 月曜日   
○ 七月日々折々 その九 朝涼

《今回の自選代表句と自句自解》

朝涼やリュック背にして家を発つ

 七月下旬の早朝、奥多摩の御岳山ハイキングに妻と出掛けた。朝五時過ぎに、リュックを背負い家を出る、気持ちの良い涼しさだ。

(七月中旬 日常生活)
海の日はよく晴れ暑き海日和
七月に日野原医師が大往生
※ 日野原医師・・・「生涯現役」として著作や講演など幅広く活動してきた聖路加国際病院名誉院長の日野原重明(ひのはら・しげあき)さんが、18日午前6時33分、呼吸不全で死去した。105歳だった。(朝日新聞デジタルより転載)
日野原医師の冥福を祈る夏

(七月下旬 日常生活)
夏場所に白鵬達成新記録
※ 白鵬達成新記録・・・名古屋場所13日目、横綱・白鵬が、大関高安を破り、通算勝利数の新記録となる1048勝目を挙げた。これで横綱白鵬が、通算勝利数で単独1位、新記録を達成した。

(七月下旬 奥多摩の御岳山ハイキング その一)
ここ数日晩夏の空は曇りがち
夏のハイキングの今日の予報曇り
夏の日に妻と御嶽山ハイキング
夏の朝妻と五時過ぎに家を発つ
寝静まる住む街離れる夏早朝
ハイキング妻と行く日の朝涼し
奥多摩へ妻と旅立つ朝涼し
朝涼やリュック背にして家を発つ
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木陰 (平成29年8月25〜26日)

2017/08/25 02:55

◎ 平成二十九年八月二十五〜二十六日 木陰

● 平成二十九年八月二十五日 金曜日  
○ 七月日々折々 その六 木陰 

《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつりビデオカメラを手に随行 

 新松戸まつり。夏の日差を浴びながら、けやき通りをサンバチームがパレードしている。スタート地点からずっと随行する。間もなく、折り返し地点の橋。要所要所でビデオ撮りをす。混雑している中での撮影は、撮り位置の確保が難しい。

(七月中旬 新松戸まつりE)
夏まつりカメラの前で「はいポーズ」
夏まつりサンバの縁者をはいパチリ
夏まつりなかに少女のダンサーも
夏まつり少女上手にダンスして
夏まつり思わず「うまい」と声掛けて
夏まつり要所要所で撮影す
夏の午後サンバパレードに随行す
夏まつりビデオカメラを手に随行 
夏まつり縁者我らに手を振って
夏まつりサンバ坂川で折り返し
㊟坂川・・・坂川(さかがわ)は、千葉県を流れる江戸川水系の河川。北千葉導水路の一部としても使われている。流山市と松戸市、市川市の三市を流れ、江戸川にそそぐ。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
夏まつり坂川手前で折り返し
大通り並木の木陰でひと休み

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● 平成二十九年八月二十六日 土曜日   
○ 七月日々折々 その七 西日 

《今回の自選代表句と自句自解》

夏まつり最後輪になりサンバダンス 

 新松戸まつりのサンバパレード。折り返し地点から交差点の広い場所まで来た。最後に交差点でサンバチーム二十余名が輪になってサンバを披露した。

(七月中旬 新松戸まつりF)
夏まつりサンバチームは来た道を
夏まつりダンスしながら戻る道
サンバダンサーの背に西日
夏まつり戻る縁者とハイタッチ
西日浴ぶ縁者ダンサーとハイタッチ
夏まつり通り交差点にてダンス
夏まつり通り交差点にてサンバ
夏まつり交差点で輪になりサンバ
夏まつり交差点にてダンスして
夏まつり輪になりサンバダンスして
夏まつり最後輪になりサンバダンス
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浴衣 (平成29年8月23〜24日)

2017/08/23 01:49

◎ 平成二十九年八月二十三〜二十四日 浴衣

● 平成二十九年八月二十三日 水曜日 浴衣  
○ 七月日々折々 その四

《今回の自選代表句と自句自解》

会場に浴衣姿の人あまた 

 新松戸まつりの会場となった通りには、たくさんの人でごったがえしていた。その中には浴衣姿の人も多く見掛けた。浴衣姿の人は、ほとんどが女性であった。

(七月中旬 新松戸まつりC)
夏まつり人のざわめく声大き
夏まつり通りの会場人あまた
会場に浴衣姿の人あまた 
夏まつり雑踏の中歩きゆく
夏まつり雑踏のなか二人して
夏まつり日差しを浴びてホコ天を
夏まつりホコ天場内アナウンス
夏まつりサンバ間もなく出発と
㊟サンバ・・・ブラジルの民族舞曲およびダンス曲。また、そのリズム。4分の2拍子の軽快で速いテンポを特色とする。(デジタル大辞泉より転載)
夏まつりサンバに人垣幾重にも
夏まつりサンバパレード定刻に

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 平成二十九年八月二十四日 木曜日 夏日  
○ 七月日々折々 その五

《今回の自選代表句と自句自解》

夏日浴ぶサンバダンサーの色鮮明 

 夏の日差を浴びながら、けやき通りをサンバチームがパレードしている。タンガ姿のサンバチームのダンサーが激しく踊りながらゆっくりと進んでゆく。露出度の多いタンガ姿だか、大きな背の羽根を含め、夏の日差しを浴びてより色鮮やかに見える。

(七月中旬 新松戸まつりD)
夏まつりサンバパレードの音響く
夏まつりタンガのダンサー目の前に
㊟タンガ・・・布の幅が狭く、両脇がひも状になっている女性用ショーツ。(デジタル大辞泉より転載)
踊りゆくサンバダンサーに夏日差
踊りゆくサンバダンサー夏日浴び
夏まつりタンガの衣装鮮やかに
夏まつりサンバダンサーの色鮮明 
夏日浴ぶサンバダンサーの色鮮明 
夏まつりダンサーのくびれはっきりと
夏まつり目にダンサーのふくらみが
夏まつり目にダンサーの胸と尻
夏まつりダンサーの背に大き羽根
夏まつりサンバのリズム軽やかに
夏まつりタンガのパシスタ目の前に
㊟パシスタ・・・パシスタ(ポルトガル語:Passista)とは、リオのカーニバルなど、パレードにおけるサンバのソロダンサーのこと。日本では一般的に、タンガ姿で羽根をたくさん背負った女性ダンサーをパシスタと呼ぶことが多い。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
夏まつりタンガのダンス激しくて
夏まつりタンガのダンス激しかり
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