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飯島治蝶の俳句ブログ(大人気・上位ランキング中)
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「人と自然 そして 旅と歴史」を主なテーマとした俳句プログです。マイペースで毎日更新して掲載しています。くつろぎながら、ご覧頂ければ幸いです。俳句作家(俳句楽者)飯島治蝶(いいじま じちょう)の俳句ワールドをどうぞご堪能下さい。

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※《マイペースについて》
 月日のたつのが早いことのたとえに「光陰矢の如し」という諺があります。一年(春・夏・秋・冬)は、アッという間に過ぎ去ってしまいます。日々に追われる生活よりも、一度しかない人生を思い出の多いものにしたいという思いで、俳句を楽しませて頂いています。謂わば、生きた証の思い出綴りの俳句ブログという一面があります。人生訓に、「気は長く、心は丸く、腹を立てず、人には寛大に接し、 己を小さく、謙虚にすべし。」 (達磨大師の言葉)や「気は長く、心は丸く、腹立てず、口慎めば、命長かれ」などがあるように、人生賛歌のスローな気の長い俳句ライフをご理解して頂ければ幸いです。

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 このブログは、飯島治蝶の俳句関連ブログの第三章です。 なお、第一章《アドレスhttp://blog.goo.ne.jp/suien01》と第二章《アドレスhttp://blog.goo.ne.jp/suien06》及び第四章《アドレスhttp://blog.livedoor.jp/psn86584/》については、上記のアドレスをクリックすれば御覧頂けます。

(日々の掲載終了のお知らせ) 
 いままで愛読ならびにご支援ありがとうございました。永年、日々の記事の掲載に努力してきましたが、近年のインターネットの精巧かつセキュリティの厳格化により以前より記事の掲載に多大な時間が掛かるようになりました。高齢化していく我が身からは、今後も日々継続して記事を掲載していくのは困難と判断し、勝手ながら今回をもって記事の継続的な掲載は終了とさせていただきます。
 掲載期間約十年間、常に「にほんブログ村」と「人気ブログランキング」のサイト(俳句)で、常に俳句ランキング5〜7位という上位にいられたのも皆様のお陰です。感謝申し上げます。
 これまでご愛顧いただき誠にありがとうございました。改めて、厚く御礼申し上げます。皆々様の御多幸をお祈りいたします。合掌。  
        平成28年11月6日   飯島 治蝶

《お礼》
 ブログランキングサービスの提供サイトのひとつである旧「ブログセンター」(GMO Media)が、2011年3月末日でサービス終了となり、閲覧が出来なくなりました。いままで、ご愛顧頂き、誠にありがとうございました。私の「治蝶俳句ブログ」はお陰様で、俳句ブログランキング第一位のままで終了することができました。ご愛顧下さいました皆々様に厚くお礼申し上げます。
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睡蓮 (平成29年7月20〜21日)

2017/07/20 02:27

◎ 平成二十九年七月二十〜二十一日 睡蓮
    
● 平成二十九年七月二十日 木曜日   
○ 六月日々折々 その二十三 花菖蒲

《今回の自選代表句と自句自解》

サッパ舟左右に流れるハナショウブ  

 ハナショウブが咲き乱れる「あやめパーク」の園内の水路をサッパ舟が進む。女船頭さんが棹をさすごとに、ハナショウブが左右にゆるゆると流れてゆく。贅沢な花景色を楽しめた。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その十二)
あざやかや水路の水面のハナショウブ
鮮やかや水面のさかさ花菖蒲
鮮やかや水面の逆花菖蒲 
梅雨の晴サッパ舟乗り遊覧す
梅雨晴にサッパ舟乗り遊覧す
あやめ祭りサッパ舟乗り遊覧す
サッパ舟乗りて鑑賞ハナショウブ
サッパ舟左右に流れるハナショウブ  
ハナショウブ妻と幾種も鑑賞す
乗船し幾種も鑑賞花菖蒲
鑑賞中サッパ舟よりハナショウブ

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 平成二十九年七月二十一日 金曜日   
○ 六月日々折々 その二十四 睡蓮

《今回の自選代表二句と自句自解》

水生園あか白黄色の睡蓮が  

 水生植物園の「あやめパーク」の園内の水路には、睡蓮の花も咲き乱れていた。あかや白や黄色い睡蓮が可憐な花を咲かけていた。

夏の日に輝く水晶蓮の葉に 

 水生植物園の「あやめパーク」の園内の水路には、少しだけ蓮もあった。大きな蓮の葉には、水玉が水晶の如く夏の日差しに輝いていた。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その十三)
乗船中菖蒲ゆるゆる流れゆく
サッパ舟睡蓮群れ咲くなかを行く
水生園あか白黄色の睡蓮が  
菖蒲園十分弱でUターン
サッパ舟菖蒲園内をUターン
菖蒲園左右の景色様変わり
乗船中目に入る水路に大ハスが
日差し浴びサッパ舟より蓮眺む
大ハスに水晶のごとき水滴が
目の前の蓮の葉に綺羅と水晶が
夏の日に輝く水晶蓮の葉に 
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菖蒲園 (平成29年7月18〜19日)

2017/07/18 00:24

◎ 平成二十九年七月十八〜十九日 菖蒲園 
    
● 平成二十九年七月十八日 火曜日   
○ 六月日々折々 その二十一 菖蒲園

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏の風棹さすごとに水の音  

 サッパ舟に乗り込んだ。舟乗り場から出立。女船頭さんが、穏やかな水面に棹をさす。すると小さな水の音・・・。棹さすごとにみずの音が舟内に響く。四方のハナショウブを愛でながら聞く水の音が心地よい。(サッパ舟については、後述)

さす棹に水路の夏空揺らぎをり  

 ハナショウブが咲き乱れる「あやめパーク」の園内の水路を微風を受けながらサッパ舟が進む。女船頭さんが棹をさすごとにサッパ舟が少し左右に揺れる。それに伴って、上空の夏空も揺れる。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その十)
園内に東洋一の花菖蒲
菖蒲園妻連れ向かう舟乗り場
梅雨晴の広場を通り舟乗り場
梅雨の晴乗船前にかぶる笠
あやめ祭り受付済ませ乗船す
妻と乗る女船頭の手漕ぎ舟
サッパ舟菖蒲園内の水路ゆく
㊟サッパ舟・・・櫓を使う手漕ぎ舟のことを「ろ舟」と呼んでいます。潮来周辺では、サッパ舟とも呼ばれています。
 近世の初頭(西暦1600年前後)の潮来そして十六島の周辺は、四方を水に囲まれたいわゆる水郷地帯と呼ばれ、水とはきっても切り離せない土地柄でありました。このような中、この地方の人々にとって、舟は農作業はもとより生活するには欠かすことの出来ない重要な役割を果たしていました。今ならば、水の上の自家用車のような存在でした。 
 この“さっぱ舟”の名前の由来についての定説はありませんが、この地方に言い伝えによると、
下記の3説のいずれかから変化してきたものではないかとされています。
 名前の由来
 笹の舟説: 舟の形が笹の葉の形に似ていることから「サッパ舟」となったとする説。
 田の端舟説: 田圃の端で作業する舟のタッパ舟が変化して「サッパ舟」となったとする説。
 作場田舟説: サクバタ(作場田)舟が訛って「サッパ舟」となったとする説。(水郷潮来観光ガイドより転載)
◎「サッパ舟について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百九》
サッパ舟バークの水路に夏の風
菖蒲園女船頭棹さして
夏の風棹さすごとに水の音  
夏風に棹さすごとの水の音
さす棹に水路の夏空揺らぎをり  

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 平成二十九年七月十九日 水曜日   
○ 六月日々折々 その二十二 夏の雲

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏旅に嫁入り舟の話聞く  

 夏の旅先の「あやめパーク」でサッパ舟に乗る。しばらくして、女船頭さんが、嫁入り舟を話をしてくれた。

ハナショウブ花色水路の水面にも 

 夏の旅先の「あやめパーク」でサッパ舟に乗る。水路の水面にハナショウブの青や紫や白などの色が穏やかな水面に映り込んでいる。きれいだ。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その十一)
船頭の説明耳に花菖蒲
夏旅に嫁入り舟の話聞く  
※ 嫁入り舟・・・・水郷佐原あやめパーク嫁入り舟挙式者募集!
 平成29年4月末に、水郷佐原水生植物園は「水郷佐原あやめパーク」としてリニューアルオープンし、第1回目となる水郷佐原あやめ祭りの期間中、水郷地帯のお輿入れ「嫁入り舟」を再現します。
 色とりどりのハナショウブが咲き誇る園内で、二人の記念となる挙式と笑顔いっぱいの最高のときを過ごしませんか。(水郷三都観光推進協議会HPより転載) このイベントに登場する花嫁&花婿は、一般から公募された本物のカップル!園内の池に浮かぶ「結(ゆい)の島」に香取神宮の神官を招き、神前式で実際に挙式が執り行われます。
夏日差す「結の島」脇舟通る
梅雨晴の「結の島」にてテレビロケ
梅雨晴の島に千葉テレビロケ班が
梅雨晴の島に千葉テレビロケ隊が
体操の番組ロケや梅雨の晴 
水生園見上げる空に夏の雲
梅雨の晴舟より眺めるストレッチ
梅雨の晴園内の橋を舟くぐり
梅雨の晴舟はゆるゆる橋潜る
ハナショウブ花色水路の水面にも
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あやめ (平成29年7月16〜17日)  

2017/07/16 12:01

◎ 平成二十九年七月十六〜十七日 あやめ 
   
● 平成二十九年七月十六日 日曜日  
○ 六月日々折々 その十九 あやめ

《今回の自選代表句と自句自解》

シャトルバス窓に水郷の夏景色  

 乗車したシャトルバスは、目的地の「あやめパーク」のすぐ近くまで来た。車窓から咲き誇るハナショウブが垣間見える。水郷の夏らしい景色である。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その八)
夏日差す与田浦に水満まんと
㊟与田浦(よだうら)・・・千葉県の北東部、香取(かとり)市にある湖沼。利根(とね)川下流水郷地帯に位置する。古くは香取海の一部であったが、江戸時代、利根川の流路変更によって沖積作用が進展し、湖沼が形成された。1958年(昭和33)建設省(現、国土交通省)によって北利根川の拡幅工事が始まり、県はその土砂を利用して与田浦干拓と圃場(ほじょう)整備を進め、与田浦は縮小された。湖畔に水生植物園や県立中央博物館大利根分館が設けられ、アヤメのシーズンには観光客でにぎわう。(日本大百科全書(ニッポニカ)より転載)
夏の旅窓に水郷の景色見ゆ
シャトルバス窓に水郷の夏景色 
夏景色楽しむうちにバス停に
夏景色楽しむうちに目的地
夏の旅三十分間バス乗車
夏の旅あやめパークでバス降りる
夏の旅受付済ませてパーク内
夏の朝あやめパークの園内へ
㊟あやめパーク・・・水郷佐原あやめパーク(すいごうさわらあやめパーク)は、千葉県香取市にある市営の植物園で、水郷地帯を代表する観光施設。
 1969年(昭和44年)に、当時の佐原市により佐原市立水生植物園(さわらしりつすいせいしょくぶつえん)として開園。後に市町村合併により、旧佐原市が香取市の一部となるのにあわせ水郷佐原水生植物園(すいごうさわらすいせいしょくぶつえん)と改称、更に2017年(平成29年)4月29日に現在の名前に改称した[1][2]。
概要[編集]
 約6haの園内は島や橋、水面を配置し、アヤメ、ハナショウブやハス、フジ、ポプラなどが植えられ、水郷地帯の面影を表現している。ハナショウブは150万本と日本有数の規模を誇り、5月下旬から6月にかけてのあやめ祭り期間中は多くの来訪者がある。
 ハナショウブ(アヤメ科)は江戸・肥後・伊勢系などの400品種150万本が植えられている。あやめ祭り期間中は、嫁入り舟や佐原囃子の演奏など様々なイベントが行われる。
ハスは中国・南京市から贈られた千弁連など300種以上が植えられている。7月から8月にかけての早朝に開花する。この時期にはす祭りが行われる。
 2011年(平成23年)に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)により、香取市をはじめとした水郷地域に液状化現象などの甚大な被害が発生したため、2016年(平成28年)までは営業を継続しつつも再整備を長期にわたり実施。整備が完了した2017年にあわせ、園自体の名称を「水郷佐原水生植物園」から「水郷佐原あやめパーク」に変更した。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「水郷佐原あやめパークについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百七》
園内にあやめ祭りの看板が
㊟あやめ祭り・・・水郷佐原水生植物園では、約6haの園内に、江戸系・肥後系・伊勢系など東洋一を誇る400品種150万本のハナショウブが次々と咲き乱れます。あやめ祭り期間中は園内舟めぐり(約10分)が楽しめるほか、週末には嫁入り舟や郷土芸能の披露などの催し物も行われます。(千葉県公式観光情報サイト−まるごとe! ちばより転載)
梅雨晴のあやめパークに人あまた

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● 平成二十九年七月十七日 月曜日   
○ 六月日々折々 その二十 夏風

《今回の自選代表句と自句自解》

夏の旅園内に佐原囃子の音  

 水郷佐原のハナショウブを鑑賞する旅。「あやめパーク」の園内に入るとすぐに佐原囃子の音が聞こえてきた。佐原らしい音のおもてなしである。幟も立てられている。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その九)
梅雨晴のあやめパークに人込めり
本日はあやめ祭りの期間中
夏の旅ここは水生植物園
夏日差す工房棟に幟旗
夏風に佐原ばやしの幟揺れ
夏の旅園内に佐原囃子の音  
㊟佐原囃子・・・佐原囃子(さわらばやし)は千葉県香取市の佐原の大祭などで演奏される祭囃子。 神田囃子、京都祇園囃子と並ぶ日本三大囃子の一つ。
 概要[編集]
 佐原囃子は、佐原の大祭の山車に下座連(げざれん)と呼ばれる囃子手が乗車して演奏されるお囃子。もともと佐原周辺の神楽の囃子方が山車に乗り込み、神楽囃子を演奏していたものに、 江戸の様々な文化を取り入れようとした佐原の町衆達が、文化文政期に活躍した義太夫奏者・豊竹式太夫を客人として迎え入れ、構想12、3年をかけて作り上げられたのが、今日の佐原囃子である。約400年前の天正年間(1573〜1592、安土桃山時代)に、田楽、散楽(猿楽)、神輿囃子が元になり、享保年間(1716〜1736、江戸時代中期)に江戸文化の影響を受けて発達したといわれている。また、大杉囃子が源流との説もある。下新町の能化塚(のげづか)に「豊竹式太夫」の墓があり、江戸の一流芸人の墓が佐原にあることは、このことを物語るなによりの証拠である。
 佐原地方では囃子のことを下座(げざ)とも言う。ゆったりとした情緒的な曲や軽快な曲など数十の曲目があり、役物・段物・端物の3つに分類される。「役物」は山車の出発時や到着時等に演奏される儀式音曲的なもの。「段物」は目抜き通り等で演奏される、非常にゆったりとした旋律をもつ長編音曲的なものであり、「端物」は一般的な山車の運行時に演奏される、民謡・里謡・流行歌を取り入れた抒情音曲的なものである。役物と段物には、葛西囃子や能楽囃子、歌舞伎下座音楽の影響を強く受けており、その関連性が指摘されている。これらの曲が山車の周囲の雰囲気に応じて演奏され、祭りを盛り上げる重要な役割を担う。 それと同じくして神聖な祭りを清める悪魔祓いの意味を持つ。
佐原の大祭では、山車の運行を取り仕切る町内の依頼によって下座連が山車に乗り囃子を演奏する。元々下座連は佐原周辺の農村部の集落を主な単位として構成されてきたが、戦後後継者不足などから、佐原の市街地内の有志により新たな下座連が作られ、山車に乗るようになってきた。
 佐原囃子系の下座連は香取市を始めとして潮来市や鹿嶋市、成田市など千葉県北東部から茨城県南東部にかけての地域に分布している。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
また、「佐原囃子」は、佐原地域で行われる祭礼、八坂神社の祇園祭(7月)・諏訪神社の秋祭(10月)に山車の上で演奏されるお囃子で、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
◎「佐原囃子について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百八》
夏日浴ぶ売店脇に広場あり
植物園園内随所にハナショウブ
園内に涼し気な色のハナショウブ
ハナショウブ水生園に幾種類
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草刈 (平成29年7月14〜15日)

2017/07/14 02:23

◎ 平成二十九年七月十四〜十五日 草刈
    
● 平成二十九年七月十四日 金曜日   
○ 六月日々折々 その十七 夏の朝

《今回の自選代表二句と自句自解》

構内に「あやめ祭り」のボスターが  

 佐原駅の構内に「あやめ祭り」のボスターが貼られていた。そのポスターの近くには人形の女船頭が棹こぐサッパ舟が展示されていた。

※ サッパ舟・・・櫓を使う手漕ぎ舟のこと。詳細は、七月十八日の記事に掲載予定。

シャトルバス青田の続く道走る 

 佐原駅前から「あやめパーク」行きの直通シャトルバスに乗車した。利根川に架かる橋を越えるとしばらくして広々とした青田が視界に入った。次第に水郷の風情を感じさせる景観となった。期待も高まる。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その六)
構内に「あやめ祭り」の貼り紙が
構内に「あやめ祭り」のボスターが  
夏の旅駅構内にサッパ舟
夏の旅佐原駅よりシャトルバス
夏の朝乗るシャトルバスは満席に
夏の旅バスは国道五十一
夏の旅利根川渡り水郷へ
夏旅に水郷大橋渡りゆく
夏の旅北交差点を右折して
夏の旅川沿いの道をバス走行
シャトルバス青田の続く道走る  

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● 平成二十九年七月十五日 土曜日   
○ 六月日々折々 その十八 草刈

《今回の自選代表句と自句自解》

草刈機手にする農夫畔道に  

 乗車中のシャトルバスは、青田の広がる脇を走行している。草刈り機を手にした農夫が、畔の草を刈っているのが視野に入った。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その七)
成田線青田の畔に農夫らが
草刈機手にする農夫畔道に  
窓景色目に入る農夫草刈中
田園の一人の農夫草刈中
田園の農婦手にする草刈鎌
下総の田園風景夏景色
シャトルバス広き青田の脇走る
夏の旅与田浦川沿いバス走行
車窓の与田浦川沿いにハナショウブ
㊟ハナショウブ・・・ハナショウブ(花菖蒲、Iris ensata var. ensata)はアヤメ科アヤメ属の多年草である。シノニムはI. ensata var. hortensis, I. kaempferi.アヤメ類の総称としてハナショウブをアヤメと呼ぶことも多く、間違いにはあたらない(あやめ園、あやめ祭り、自治体の花名など)。
解説[編集]
 ハナショウブはノハナショウブ(学名I. ensata var. spontanea)の園芸種である。6月ごろに花を咲かせる。花の色は、白、桃、紫、青、黄など多数あり、絞りや覆輪などとの組み合わせを含めると5,000種類あるといわれている。
 系統を大別すると、品種数が豊富な江戸系、室内鑑賞向きに発展してきた伊勢系と肥後系、原種の特徴を強く残す長井系(長井古種)の4系統に分類でき、古典園芸植物でもある。他にも海外、特にアメリカでも育種が進んでいる外国系がある。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
シャトルバス車窓に流れるハナショウブ
夏の旅路傍に「あやめパーク」の字
夏旅に与田浦橋の脇の道
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緑 (平成29年7月12〜13日)

2017/07/12 00:02

◎ 平成二十九年七月十二〜十三日 緑
    
● 平成二十九年七月十二日 水曜日   
○ 六月日々折々 その十五 緑

《今回の自選代表二句と自句自解》

旅先の下総台地の緑濃し  

 六月中旬の下総台地。林や森の木々が青々として茂っている。まさに緑濃しである。緑が目に優しい。

成田線低き夏空に飛行機が  

 成田線の下総松崎駅付近を走行中、梅雨晴の空に飛行機が見えた。なんと低空なこと・・・。そうか、もうすぐ成田だ。成田空港に近いからだとすぐに気づいた。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その四)
緑濃き丘陵地のなか電車ゆく 
旅先の下総台地の緑濃し  
㊟下総台地・・・下総台地(しもうさだいち)は、埼玉県東部から千葉県北部一帯にかかる台地。旧下総国の台地であり北総台地とも呼ばれるが、場合により旧上総国の台地の部分を含むこともある[1][2]。
概要[編集] 埼玉県東部の幸手市、杉戸町及び春日部市等の江戸川沿いの地域から千葉県北西部の野田市や船橋市にかけての台地と、千葉県北東部の成田市や香取市を中心とする台地とに大別され、香取市や東庄町などの利根川沿いでは50メートルを越える所もあるが、標高は概ね20〜40メートルであり、なだらかな起伏が続く台地である[3]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
成田線オール緑の車窓かな
夏の旅下総松崎駅付近
㊟下総松崎駅・・・下総松崎駅(しもうさまんざきえき)は、千葉県成田市大竹にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)成田線(我孫子支線)の駅である。
(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
踏切をいくつも越え行く夏の旅
夏の旅いよいよ次は成田駅
成田線低き夏空に飛行機が  
夏の旅低空に大き飛行機が
夏の旅車窓に六六稲荷社が
㊟六六稲荷社・・・福城(ふくぎ)稲荷神社のこと。総本社:伏見稲荷大社(京都府京都市伏見区)。稲荷神:五穀豊穣の神。 六月 六日が祭日であることから通称、六六(ろくろく)稲荷、六六様と呼ばれている。
 由緒:当社の具体的な創建時期などは不明となるが、成田山新勝寺より古いと言われ、かつては、当社を参拝してから成田山新勝寺に詣でたのだという。(参考資料より転載)所在地 千葉県成田市新町
夏の旅我孫子支線で成田まで
夏の旅成田駅まで六十分

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● 平成二十九年七月十三日 木曜日   
○ 六月日々折々 その十六 夏

《今回の自選代表句と自句自解》

夏の旅見知らぬ人と歓談す  

 松戸駅から約一時間で成田駅に着いた。成田駅で電車を乗り換えて佐原駅へと向かう。相席となった見知らぬ旅人がなんと「あやめ祭り」のチラシを手にしていた。我々がこれから行く場所のチラシだ。すぐに打ち解けて旅話にはなを咲かせた。新たな情報も手にした。これも旅の楽しさである。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その五)
夏の旅成田で乗り換え佐原へと
夏の旅成田駅より佐原へと
夏の旅成田本線で佐原へと
㊟佐原・・・佐原市(さわらし)は千葉県北東部に存在した市。2006年3月27日に香取郡栗源町、小見川町、山田町と合併し、香取市となった。概要[編集] 古くから水郷の町として栄え、市街地の小野川沿いには小江戸とも呼ばれる当時の町並みが残っている。また、伊能忠敬の養子婿先の地でもあり、地図の町としても有名。利根川を挟んで茨城県と接しており、東京から70km圏、千葉市から50km圏にあり、日本の空の玄関、成田国際空港から15km圏に位置している。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
夏の旅座る座席に旅の人
夏の旅相席の人と旅話
夏の旅相席の人と雑談す
夏の旅見知らぬ人と歓談す  
夏の旅佐原の情報ありがたく
夏の旅朝九時過ぎに佐原駅
夏の旅駅構内に歓迎と

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白鷺 (平成29年7月10〜11日)

2017/07/10 00:06

◎ 平成二十九年七月十〜十一日 白鷺
    
● 平成二十九年七月十日 月曜日   
○ 六月日々折々 その十三 青田

《今回の自選代表二句と自句自解》

直通の電車の車窓に夏日差  

 梅雨晴の朝、常磐線の松戸駅から成田線の成田駅まで直通の電車に妻と乗り込んだ。車窓に明るい夏の朝日が差し込んでいる。これから始まる水郷佐原と小江戸佐原観光の二人旅。期待も膨らむ。どんな旅となるのだろうか・・・。

常磐線車窓にアジサイ流れゆく  

 まず常磐線で松戸駅から我孫子駅へ。咲き誇るアジサイが車窓に流れてゆく。あちらこちらで見掛けた。六月らしい光景である。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その二)
夏の朝成田へ直通電車乗り
直通の電車の車窓に夏日差  
夏の旅我孫子駅まで常磐線
㊟常磐線・・・常磐線(じょうばんせん)は、東京都荒川区の日暮里駅から千葉県北西部、茨城県、福島県の太平洋側を経由して宮城県岩沼市の岩沼駅までを結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(幹線)である。 "本線"を名乗らないJR線の中では、最も長い路線である。
 列車運行上の常磐線は、東海道本線の品川駅 - 東京駅間および東北本線の東京駅 - 上野駅 - 日暮里駅間[注釈 2]、同線の岩沼駅 - 仙台駅間を含めた、東京都港区の品川駅から宮城県仙台市青葉区の仙台駅までである[注釈 3]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
常磐線車窓の景色緑濃し
常磐線車窓にアジサイ流れゆく  
夏の旅我孫子駅より成田線
㊟成田線・・・成田線(なりたせん)は、以下の路線から構成される東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(幹線)。いずれも全区間千葉県内を走行する。
・佐倉駅(佐倉市) - 松岸駅(銚子市)間の本線[1][2]
・我孫子駅(我孫子市) - 成田駅(成田市)の間の支線(通称我孫子支線)[1][3]
・成田市内にある成田駅 - 成田空港駅間の支線(通称空港支線)[1](フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
夏の旅我孫子(あびこ駅より各駅に
夏の旅眺める車窓に家・田畑
成田線車窓に青田と人家見ゆ
成田線車窓に青田広がれり

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● 平成二十九年七月十一日 火曜日   
○ 六月日々折々 その十四 白鷺

《今回の自選代表二句と自句自解》

成田線車窓に青田広びろと 

 成田直通の電車。我孫子駅から乗り換えなしで成田線に切り替わった。下総丘陵のなかを走行する。丘陵地のなかに青田が広がっている。白鷺の姿も見かけた。車窓から広々とした青田が広がるローカル線らしいのどかな光景を楽しんだ。

停車駅開くドアより夏の虫 

 梅雨晴れの朝。我孫子駅からは、各駅停車となった。ある停車駅で、ドアが開いた途端に小さな虫が車内に飛び込んできた。ローカル線らしい夏の光景である。いい旅気分である。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その三)
成田線車窓に青田広びろと 
成田線広き田圃に白鷺が
成田線広田に白鷺六七羽
行く電車青田のなかをガタゴトと
夏の旅ローカル線の心地良さ
成田線早青田の向こうに林・森
緑なる木立増えゆく成田線
停車駅開くドアより夏の虫 
成田線電車の両側木々みどり
成田線次第に近づく丘みどり
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団扇 (平成29年7月8〜9日)

2017/07/08 01:26

◎ 平成二十九年七月八〜九日 団扇
     
● 平成二十九年七月八日 土曜日   
○ 六月日々折々 その十一 団扇

《今回の自選代表二句と自句自解》

ステージの着物姿の児に団扇 

 六月に開催された「なのはなシニア千葉」特選演芸会。ちび玉三姉弟の小学生の翼天恋ちゃんが、着物姿で登場。団扇を手にして「女のみち」を踊った。可愛くて可憐に舞った。

梅雨の候観ていて楽しい「ちび玉ショー」 

 うっとうしい梅雨の時季。歌や踊りの「ちび玉ショー」は、観ていて楽しい。良い気晴らしとなった。

(六月中旬 「なのはなシニア千葉」特選演芸会F)
夏のショー「女のみち」を小学生
ステージの着物姿の児に団扇 
夏のショー舞台に友情出演者
夏のショー代わる代わるにお面変え 
夏の灯にヒョトコ面オカメ面
ちび玉のエンディングショーに夏灯
夏のショー場内に三味と太鼓の音
夏のショー「ソーラン節」舞うちび玉ら
夏のショー合わせて観客手拍子を
夏のショー終演告げる天花ちゃん
夏のショー終演に客大拍手
梅雨の時期観ていて楽しい「ちび玉ショー」 
梅雨の時期大衆芸能面白し
夏の日の夕べに「ちび玉ショー」終演
夏の夕町会仲間と家路就く

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● 平成二十九年七月九日 日曜日   
○ 六月日々折々 その十二 梅雨の晴

《今回の自選代表二句と自句自解》

二人して歩く路傍にアジサイが 

 梅雨晴れの朝、妻と千葉県内の佐原観光に出掛けた。この時季は、やはりアジサイの花をよく見かける。松戸駅へと向かう路傍にも、アジサイの花群れて咲いていた。

(六月中旬 水郷佐原と小江戸佐原観光 その一)
夏の朝リュック背にして旅先へ
夏の朝七時過ぎに出立す
梅雨の晴リュック背にして佐原へと
梅雨の晴妻と佐原散策へ
梅雨の晴妻と佐原観光に
六月に妻と佐原観光に
夏の朝歩いて向かう松戸駅
二人して歩く路傍にアジサイが 
夏の旅松戸駅より佐原へと
夏の旅松戸駅発七時半

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夏灯 (平成29年7月6〜7日)

2017/07/06 00:41

◎ 平成二十九年七月六〜七日 夏灯
    
● 平成二十九年七月六日 木曜日   
○ 六月日々折々 その十 夏灯

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏のショー見事な舞を子ども達 

 六月に開催された「なのはなシニア千葉」特選演芸会。ちび玉三姉弟らは、ステージで見事な舞を見せた。

夏のショーちび玉客に口上を 

 六月に開催された「なのはなシニア千葉」特選演芸会。ちび玉三姉弟の翼天花は、代表して観客に向かって口上を述べた。素直な気持ちの口上に、観客から大きな拍手をもらっていた。

(六月中旬 「なのはなシニア千葉」特選演芸会D)
ちび玉の「人生一路」や夏のショー
夏のショーちび玉の舞い華麗なり
夏のショーなかに友情出演者 
舞台上子供ら四人の夏のショー
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「夏の写真」の(六月中旬 「なのはなシニア千葉」特選演芸会)に「翼ファミリー三姉弟ちび玉ショー」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
ちび玉ら演歌を踊る夏のショー
夏のショー演歌の舞踏次つぎと
夏のショー見事な舞を子ども達 
夏のショー見事な舞踏に大拍手
夏のショー「夢芝居」踊る天花ちゃん
夏のショー振袖姿の天花ちゃん
夏のショー女子高校生の舞い可憐
夏灯下天花観客に口上を 
夏のショーちび玉客に口上を 
夏のショー客口上に大拍手
夏のショー天花観客に「ありがとう」
夏のショー天花観客に礼述べて

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● 平成二十九年七月七日 金曜日   
○ 六月日々折々 その十一 夏

《今回の自選代表二句と自句自解》

五歳児の母役かわいい夏のショー 

 六月に開催された「なのはなシニア千葉」特選演芸会。舞台では、五歳児の翼天丸が年老いた母親役。五歳児の翼天丸の年老いた母親役のかわわいい仕草に観客は大爆笑。拍手も沸いた。

夏のショー御捻り次つぎちび玉に 

 六月に開催された「なのはなシニア千葉」特選演芸会。歌の合間に、客席の通路にあらわれたちび玉三姉弟の翼天恋に次々と御捻りが・・・。

(六月中旬 「なのはなシニア千葉」特選演芸会E)
夏のショー友情出演者の踊り
夏のショー「花街の母」を女形
㊟女形・・・女形・女方(おやま・おんながた)とは、歌舞伎において若い女性の役を演じる役者、職掌、またその演技の様式そのものを指す[1]。概要[編集] 本来の語義からいえば、女形を演じる役者は男にかぎられるものではないが、現在では「男が女を演じる」という認識に立って理解されることが多い。歌舞伎より転じて大衆演劇などにおいて男性俳優が女性の役を演じることをも称するようになった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
夏のショー女形(おやま)をこなす 中学生
夏のショー「瞼(まぶた)の母」をちび玉が
五歳児の仕草かわいい夏のショー 
五歳児の母役かわいい夏のショー 
天丸の仕草可愛い夏のショー
母役の仕草に笑い夏のショー
夏のショー舞台の舞う児らへ拍手湧く
夏のショーちび玉歌う歌謡曲
夏のショーちび玉会場通路へと
夏のショー御捻り次つぎちび玉に 
㊟御捻り(おひねり)・・・洗米や金銭を白い紙に包んでひねったもの。本来は神仏に供えたものだが、祝儀にも使うようになった。紙捻り。
夏のショーファミリー次つぎ唄と舞
夏のショー股旅物をちび玉ら
「旅姿三人男」の夏のショー
夏のショー「お祭りマンボ」を天花ちゃん
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夏服 (平成29年7月4〜5日)

2017/07/04 01:42

◎ 平成二十九年七月四〜五日 夏服 

● 平成二十九年七月四日 火曜日   
○ 六月日々折々 その八 夏服

《今回の自選代表句と自句自解》

夏の会秋田音頭の歌と三味 

 六月に開催された「なのはなシニア千葉」特選演芸会。二番手に、民謡歌手の柿崎竹美が秋田音頭を歌い、津軽三味線奏者の廣原武美が三味の音を響かせた。

(六月中旬 「なのはなシニア千葉」特選演芸会B)
夏の会話すエリザベス大阪弁
ヒョウ柄の夏服姿のエリザベス
夏の会おしゃべり動きに滑稽味
夏の会話に幾度も大笑い
夏の会おしゃべりおばさん面白し
夏の会エリザベスさんへ大拍手
夏の会唄と三味線二番手に
夏の会柿崎竹美民謡を
夏灯下振袖姿の民謡歌手
夏の会秋田民謡中心に
夏の会廣原伴奏と独奏
夏の会秋田音頭の歌と三味 
夏の会歌手の唄は秋田弁
夏の会三味線の音会場に
夏の会三味の演奏見事なり
夏の会三味の演奏見事かな

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● 平成二十九年七月五日 水曜日   
○ 六月日々折々 その九 梅雨

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏の会唄と三味の音聞き惚れて 

 六月に開催された「なのはなシニア千葉」特選演芸会。二番手に、民謡歌手の柿崎竹美が秋田音頭を歌い、津軽三味線奏者の廣原武美が三味の音を響かせた。次々と民謡が披露され、演芸会の会場は民謡の世界へと誘われていった。

夏の会手踊り「津軽じょんから節」 

 六月に開催された「なのはなシニア千葉」特選演芸会。民謡歌手の廣原武美は、最後に手踊りしながら「津軽じょんから節」を歌い上げた。味のある舞台であった。

(六月中旬 「なのはなシニア千葉」特選演芸会C)
夏の会数曲唄と三味演奏
夏の会唄と三味の音聞き惚れて 
夏の会柿崎竹美は手踊りを
夏の会手踊り「津軽じょんから節」 
夏の会唄と演奏に大拍手
夏の会続いて「なのはなシニア音頭」
夏の会ステージ上に踊りの輪
灯下ステージ上に踊りの輪
夏の会前半終えて抽選会
夏の会合間に開く抽選会
夏の会司会進行進行はふじ健介 
夏の会時折漫談入れ進行
夏の会翼ファミリー三番手
梅雨の時季今年も楽しみちび玉ショー 
六月のちび玉ショーに三姉弟
※ちび玉ショー・・・ちび玉三姉弟(翼天花・翼天恋・翼天丸)と友情出演者の四名での舞踊ショー.。夢と感動を与える花舞台! ちび玉姉弟が送る夢と笑いの舞踊絵巻。 懐メロ、演歌、歌謡曲にのせて舞い、そして、歌う劇団「翼」ファミリーの舞踊ショー。
夏のショー「人生一路」を三姉弟
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濃紫陽花 (平成29年7月2〜3日)

2017/07/02 00:54

◎ 平成二十九年七月二〜三日 濃紫陽花
    
● 平成二十九年七月二日 日曜日   
○ 六月日々折々 その六 濃紫陽花

《今回の自選代表二句と自句自解》

狭庭の枇杷の実濡れて金色に  

 我が家の狭い庭にある枇杷の木。熟れた枇杷の実は、梅雨の雨に濡れて金色色に輝いている。

対岸の川辺の木立緑濃し 

 地元の江戸川の支流の坂川の対岸の木立は、青葉が茂り青々としている。

(六月中旬 日常生活)
狭庭の枇杷の実濡れて金色に  
五年振りパンダの出産梅雨の晴
※ 五年振りパンダの出産・・・東京・上野動物園の11歳のメスのジャイア
ントパンダ「シンシン」が12日出産した。動物園が発表した。([12日 
ロイター] より転載)
五年振りパンダの出産六月に 
脚立置き狭庭の熟れし枇杷を捥ぐ
枇杷の実や食めば広がる甘き味

(六月中旬 「なのはなシニア千葉」特選演芸会@)
六月の中旬開催演芸会
梅雨曇演芸会に妻連れて
坂川の川沿い路傍に濃紫陽花
濃紫陽花咲く川沿いの道歩く 
濃紫陽花咲きし小道を二人して
歩きゆく路傍の庭木に枇杷たわわ
濃紫陽花二人で愛でつつ会場へ
濃紫陽花愛でつつ市民会館へ
歩きゆく坂川沿いの緑濃し
対岸の川辺の木立緑濃し 
対岸の木立の緑うっそうと
梅雨曇歩く川辺に鳥の声
坂川の広場六月改修中
夏の会立看板が入口に

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● 平成二十九年七月三日 月曜日   
○ 六月日々折々 その七 梅雨曇

《今回の自選代表句と自句自解》

夏の会「まいど」と登場女芸人 

 六月に開催された「なのはなシニア千葉」特選演芸会。豹柄の衣装の女芸人は「まいど まいど」と言いながら登場した。初っ端から、面白そうな女芸人が登場した。

※女芸人・・・ここでは、おしゃべりおばさんこと、エリザベスのこと。

(六月中旬 「なのはなシニア千葉」特選演芸会A)
夏の会入口付近に案内人
夏灯下知己の会長入口に
夏灯下知己と暫く立ち話
梅雨曇会館内に集う人
夏の会市民会館に人あまた
今年また六月開催演芸会
六月に開く特選演芸会
㊟特選演芸会・・・ここでは、「なのはなシニア千葉」特選演芸会のこと。
なのはなシニア千葉
(公益財団法人千葉県老人クラブ連合会)
目的及び事業
(目的)この法人は、高齢者の健全な生活と活動を確保するための個人及び高齢者団体等の活動支援や普及啓発等事業を行い、高齢者福祉の増進を図るとともに、もって地域の活性化と地域社会の発展に寄与することを目的とする。
(事業)この目的を達成するため次の事業を行う。
1.高齢者及び高齢者団体等の支援及び活動促進事業
2.高齢者及び高齢者団体等に関する情報等の収集・提供及び調査・研究事業
3.高齢者及び高齢者団体等の活動に関する普及・啓発事業
4.その他この法人の目的を達成するために必要な事業
(なのはなシニア千葉HPより転載)
※ 特選演芸会
第53回なのはなシニア千葉特選演芸会
(くじ引きお楽しみプレゼントもあります。)
と き 6月13日(火)午後1時30分
ところ 松戸市民会館
内 容 
・ 浪花のおしゃべりおばさん エリザベス
 ・ 唄と手踊り 柿崎竹美 
 ・ 津軽三味線 廣原武美
 ・ 翼ファミリー三姉弟 ちび玉ショー
 ・ 司会と漫談 ふじ健介
夏の会受付済ませ会場へ
夏の会妻と会場の 座席着く
夏の会会場に千数百余
夏の会午後一時半に開演す
夏灯下会の主催者あいさつを
夏の会連合会長挨拶す
夏の会会長皆に「楽しんで」
夏の会おしゃべりおばさん一番手
夏の会「まいど」と登場女芸人 
※おしゃべりおばさん・・・エリザベスのこと。
夏の会「まいど」と登場エリザベス
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メロン (平成29年6月30日〜7月1日)

2017/06/30 00:46

◎ 平成二十九年六月三十日〜七月一日 メロン 
   
● 平成二十九年六月三十日 金曜日   
○ 六月日々折々 その四 メロン

《今回の自選代表句と自句自解》

開山忌メロンの供物須弥壇に 

 六月中旬に開催される菩提寺の恒例の開山忌法要と檀家総会。須弥壇には、メロンなどの季節の果物がお供えされている。

(六月中旬 開山忌法要と檀家総会A)
梅雨晴に墓参済ませて客殿へ
六月に檀家仲間と歓談す
今年また六月開山忌法要
六月や四十余人本堂に
開山忌メロンの供物須弥壇に  
夏灯下上人座像須弥壇に
夏の灯に彩色開山上人像
仲夏の日十一時より法要が
六月や住職冒頭挨拶を
六月の法要住職読経して
六月や法要中にする合掌
六月や法要中にする焼香
夏の開山忌法要懇ろに
六月の法要後に撮る記念写真
夏灯下住職の妻子も入れて撮る

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● 平成二十九年七月一日 土曜日   
○ 六月日々折々 その五 六月

《今回の自選代表二句と自句自解》

梅雨晴間千葉日報に地元記事 

 梅雨の晴れ間となった今日、菩提寺で恒例の開山忌法要と檀家総会が開催された。寺の客殿にいるとき檀家仲間の幼なじみが、千葉日報に載った地元記事を見せてくれた。内容は、千葉氏と地元との関係した興味深い記事(千葉氏家紋の月と地元の月の入った地名との関係記事)であった。

(六月中旬 開山忌法要と檀家総会B)
六月や客殿にて檀家総会
梅雨の晴議事の進行スムースに
六月に全ての議案無事可決
六月の総会終えて会食に
夏の昼二段弁当に舌鼓
六月の昼に仲間と食事会
六月の昼に仲間と懇親会
六月の昼に懇談仲間らと
夏の昼仲間と新聞記事話
梅雨晴間千葉日報に地元記事 
夏に知る千葉氏の家紋との縁
夏に知る千葉氏家紋の月がらみ
㊟千葉氏の家紋・・・千葉氏の家紋
坂東八平氏の一である千葉氏の家紋は、星と月を象った「月星」としてあまりに有名なものである。 今年(2010)の大河ドラマ「龍馬伝」のなかで、坂本龍馬が剣術を習った千葉道場の当主 千葉定吉の羽織にも「月星」紋がチャンと付けられている。 平安時代の中期、天慶の乱を起こした平将門とともに兵を挙げた千葉氏の祖平良文は 敵兵に囲まれて窮地に陥った。そのとき、 にわかに空から星が降ってきて、それに力を得た良文が戦に勝利したことに因むという。 良文の瑞兆のことは伝説として、千葉氏は古くより妙見を信仰していたようで、その居住地には必ず 妙見菩薩を勧請して一族の平穏を祈った。そして、元服式の儀式は必ず妙見の前で執り行った。
 そもそも妙見信仰とは、北天に輝く北極星・北斗七星に対する信仰心から起ったもので、北辰・北斗信仰とも 称される。わが国に伝来したのは奈良時代のころで、北辰・北斗の化身とされる 妙見菩薩は軍神として崇められるようになり、妙見信仰は武士の間に広まっていった。 平良文も武士として北辰・北斗を信じるところは篤かったと思われ、 窮地を脱したとき妙見の加護があったと信じ、妙見を守護神として崇めるようになったのであろう。 以後、良文流の諸氏は「月星」家紋に用るようになったが、その宗家にあたるのが千葉氏であった。 ちなみに、千葉周作がはじめた「北辰一刀流」の北辰も、司馬遼太郎氏が千葉周作の生涯を描いた 「北斗の剣」の北斗も千葉氏を見事にあらわしたものである。
 千葉氏の家紋として最も知られる「月星」紋は、「斜め左に向いた上向きの三日月に一つ星を加えたもの」と されているが、この意匠が使われだしたのは江戸時代中期以後のことで、それ以前の月星紋は「上向きの三日月に 一つ星を加えた紋」や「上向きの三日月の周りに九星を加えた紋」であったことが、東北千葉氏の調査で明らかに されている。ちなみに中世の文献から千葉氏の家紋をみてみると、『太平記』には「千葉は月に星」、『羽継原合戦記』 には「月に九曜は千葉介」とあるが図柄は示されていない。一方、室町時代に成った『見聞諸家紋』には当時の武士が 用いた紋の図柄が記されており、千葉介の紋は九曜の絵が記されて「月星」と注されている。諸家紋のものが 史料上が確認できる千葉氏の月星紋の古形で、それは現在では「九曜」と呼ばれるものであった。(「家紋 拾い話」より転載)
◎「千葉氏の家紋について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百六》
梅雨の晴この辺り千葉氏ゆかりの地
梅雨の晴ここは千葉氏のゆかりの地
夏の昼幼馴染と雑歓す
梅雨の晴馴染と歓談す
六月の午後住職に見送られ
六月の懇親会終え家路就く

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入梅 (平成29年6月28〜29日)

2017/06/28 00:44

◎ 平成二十九年六月二十八〜二十九日 入梅
   
● 平成二十九年六月二十八日 水曜日   
○ 六月日々折々 その二 入梅

《今回の自選代表二句と自句自解》

狭庭の枇杷の実濡れて金色に 

 我が家の狭い庭の枇杷の木に枇杷の実がなっている。大分色付いてきた。雨上がりの枇杷の実は、濡れて金色に輝いて見える。

入梅やしとしと降りだす雨の音  

 梅雨に入った。しとしとと降りだした。トタン屋根に静かな雨音が・・・。

(五月下旬 日常生活)
夏場所に白鵬全勝優勝す
夏場所に白鵬一年振り優勝
狭庭の枇杷の実次第に色濃くす

○ 六月日々折々 その一 
(六月上旬 世界卓球)
夏ドイツ世界卓球観戦す
※ドイツ世界卓球・・・
世界選手権、日本は5個のメダルを獲得! 2017/06/06
 5月29日?6月5日にドイツ・デュッセルドルフで開催された世界選手権個人戦・デュッセルドルフ大会が8日間の熱戦に幕を閉じた。各種目のメダリストは以下のとおり。
★世界選手権個人戦・デュッセルドルフ大会のメダリスト
●男子シングルス
優勝:馬龍(中国)
準優勝:樊振東(中国)
3位:李尚洙(韓国)、許シン(中国)
●女子シングルス
優勝:丁寧(中国)
準優勝:朱雨玲(中国)
3位:平野美宇(日本)、劉詩ウェン(中国)
●男子ダブルス
優勝:樊振東/許シン(中国)
準優勝:森薗政崇/大島祐哉(日本)
3位:鄭栄植/李尚洙(韓国)、丹羽孝希/吉村真晴(日本)
●女子ダブルス
優勝:丁寧/劉詩ウェン(中国)
準優勝:陳夢/朱雨玲(中国)
3位:早田ひな/伊藤美誠(日本)、馮天薇/ユ・モンユ(シンガポール)
●混合ダブルス
優勝:吉村真晴/石川佳純(日本)
準優勝:陳建安/鄭怡静(チャイニーズタイペイ)
3位:方博/ゾルヤ(中国/ドイツ)、黄鎮廷/杜凱?(香港)
(卓球王国WEBより転載)
夏大会テレビで日本応援す
夏大会テレビで日本応援す
夏大会十代活躍する日本
夏大会日本メダル獲得す
初夏の日にミックスダブレス金メダル
夏大会連日メダル獲得す
世界卓球メダルラッシュ続く夏

(六月上旬 日常生活)
狭庭の枇杷の実濡れて金色に 
初夏の日に清宮百号ホームラン
今日七日梅雨入り宣言関東に
入梅やしとしと降りだす雨の音  
雨止みて連日続く梅雨晴間
梅雨の晴お隣さんより伊豆土産

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● 平成二十九年六月二十九日 木曜日   
○ 六月日々折々 その三 梅雨晴間

《今回の自選代表二句と自句自解》

梅雨晴間歩く坂道にハクビシン 

 梅雨の晴れ間。菩提寺近くの坂道を歩いていたらハクビシンに遭遇した。タヌキやハクビシンが出没するとは聞いていたが、実際に遭遇してびっくりした。初夏を迎え、動物の活動も活発化しているようだ。

㊟ハクビシン・・・ハクビシン(Paguma larvata)は、食肉目ジャコウネコ科ハクビシン属に分類される食肉類。本種のみでハクビシン属を構成する[3]。その名の通り、額から鼻にかけて白い線があることが特徴である。
 日本に生息する唯一のジャコウネコ科の哺乳類で、外来種と考えられている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

坂道の参道脇に枇杷たわわ  

 坂道のお寺の参道脇の木立から、たわわになった枇杷の実がよく見える。枇杷の実の重さで枝がしなっている。すごい実の量だ。

(六月中旬 開山忌法要と檀家総会@)
梅雨の晴家より車で菩提寺へ
梅雨晴の寺駐車場に車止め
梅雨晴に菩提寺周辺散策す
梅雨の晴懐かしき道歩きゆく
梅雨晴間脳裏に父母との想い出が
懐かしき坂道歩く梅雨晴れ間
梅雨晴間歩く坂道にハクビシン 
(注)ハクビシン・・・ハクビシン(Paguma larvata)は、食肉目ジャコウネコ科ハクビシン属に分類される食肉類。本種のみでハクビシン属を構成する[3]。その名の通り、額から鼻にかけて白い線があることが特徴である。
日本に生息する唯一のジャコウネコ科の哺乳類で、外来種と考えられている。
(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
梅雨晴間驚く目の前長き尾が
坂道の参道脇に枇杷たわわ  
六地蔵供花に白き夏の菊
今年また先祖の墓の草毟り 
梅雨の晴先祖の墓を掃除して
梅雨の晴先祖の墓に花供え
梅雨の晴先祖の墓に水掛けて
梅雨晴間線香手向け手を合わす
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夏 (平成29年6月26〜27日)

2017/06/26 01:48

◎ 平成二十九年六月二十六〜二十七日 夏 
   
● 平成二十九年六月二十六日 月曜日   
○ 五月日々折々 その八 夏の日

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏日浴ぶダンサーの衣装色鮮やか 

 五月下旬に松戸駅前で行われたご縁のあるサンバチームのイベントの応援に行った。夏の日差しの中で、二十余名のサンバダンサーがステージのみならず観客席の通路などに広がって、大きな羽根を付けた色鮮やかな衣装を身につけてサンバのリズムに合わせて激しく踊っていた。

夏のショーサンバダンサーの腰の揺れ 

 夏の日差しの中で、大きな羽根を付けた色鮮やかな衣装のダンサーがサンバのリズムに合わせて腰を揺らし激しく踊っていた。刺激の強い激しいダンスである。

(五月下旬 サンバのダンスA)
夏日浴ぶサンバダンサーの背に羽根が
夏日浴ぶダンサーの衣装色鮮やか 
初夏の日に上手にサンバを歌う歌手
夏日浴びマイク手にして歌う歌手
初夏の日に目の前でサンバ歌う歌手
夏のショー表情豊かな女児ダンス
夏のショー表情豊かな女児サンバ
夏のショー上手さの光る少女いて 
夏のショー少女のサンバに感嘆す
夏や夏タンガのダンス目の前で
初夏の日にサンバのリズム激しくて
夏のショーダンサーの腰激しくて 
夏のショーサンバダンサーの腰激震
夏のショーサンバダンサーの腰の揺れ  
夏のショー目に激しく揺れる羽根
夏や夏速きテンポに手拍子を
夏の日にサンバの華咲くステージショー

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 平成二十九年六月二十七日 火曜日   
○ 五月日々折々 その九 夏

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏のショータンガダンサーの尻の揺れ  

 夏のサンバダンスのショータイム。赤いダンガのサンバダンサーが、サンバに合わせて腰やお尻を揺らす。タンガなのでその動きがよくわかる。

夏や夏パシスタのダンス激しかり 

 夏のサンバダンスのショータイム。トリはパシスタ(パシスタについては、後述)のソロダンス。パシスタが、サンバに合わせて激しく腰を揺らす。さすがパシスタ。見せる技を心得ている。ダンスが巧みだ。サンバカーニパルの人気度が高いわけが理解できる。夏らしい光景である。

(五月下旬 サンバのダンスB)
夏のショー歓声上がるステージに
夏や夏サンバのダンス激しくて
夏や夏タンガのダンサ腰揺らす
夏や夏赤きタンガの揺れ激し
夏のショータンガダンサーの尻の揺れ  
夏の会サンバの音楽次つぎと
夏の会デッキに広がりサンバダンス
夏のショートリに登場ソロダンサー
夏のショートリにサンバのソロダンサー
夏のショートリにタンガのソロダンサー
夏のショートリのパシスタ魅力的
㊟パシスタ・・・パシスタ(ポルトガル語:Passista)とは、リオのカーニバルなど、パレードにおけるサンバのソロダンサーのこと。
 日本では一般的に、タンガ姿で羽根をたくさん背負った女性ダンサーをパシスタと呼ぶことが多い。またパシスタはエスコーラ・ジ・サンバ(以下エスコーラ)の中でも、ほんの少人数のパートであり花形とされる故か、自己顕示欲の強いダンサーがパシスタと自称したがることもある。しかしこれは厳密にパシスタとはいえない。
 パシスタとは、あくまでもノペがきちんと踏めて、かつ淀みなくシャープでスムースな踊りができ、またヴァリエーションのある踊りができる技巧派のダンサーである。またパシスタは、サンバショーなどでのコレオグラフィー(振り付け)を中心としたダンスとは違い、あくまでも個人技を披露するダンサーである。したがってアドリブや表現力が要求される非常に難易度の高いダンスパートである。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「パシスタとは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百五》
夏や夏パシスタの腰激しくて
夏や夏パシスタのダンス激しかり 
夏のショー最後にダンサー投げキッス
夏のショー最後にパシスタ投げキッス
夏のショーサンバの歌い手「チャオチャオ」と
夏のショー終りに観衆大拍手
三十分ダンス楽しむ初夏の日に
夏の日にサンバのダンス堪能す
夏の会あっという間の三十分
夏の日にサンバのダンス満喫す
夏の午後会長と暫し会話して
夏の午後別れに彼と握手して
夏の午後余韻に浸り家路就く
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初夏 (平成29年6月24〜25日)

2017/06/24 03:32

◎ 平成二十九年六月二十四〜二十五日 初夏
    
● 平成二十九年六月二十四日 土曜日   
○ 五月日々折々 その六 初夏

《今回の自選代表二句と自句自解》

夏の会続く昭和の歌謡曲

 五月下旬に町内老人会のカラオケの定例会が行われた。昭和世代の仲間たちは、それぞれ自分の好きな昭和の歌謡曲を歌った。ほとんどが昭和の歌謡曲。わたしもそうだが、数曲は、近年の演歌歌手の曲を歌うように努めている。

夏の会お八つどきにはまた雑談

 老人会のメンバーの五月のカラオケ定例会。昼食どきとお八つどきには、雑談する。ご近所の話題や健康や介護などの話題が多い。

(五月下旬 カラオケ会)
カラオケや今日は五月の定例会
初夏の日にメンバー四名集い来る
夏の昼歌の仲間と食事会
夏の昼歌の仲間と寿司弁当
夏の昼食事しながら雑談す
昼食後カラオケ楽しむ初夏の午後
夏の会交互にカラオケ楽しめり
夏の会続く昭和の歌謡曲 
初夏の午後歌の仲間と歌謡曲
夏の会お八つどきにはまた雑談 
夏の会話の弾むお八つどき
夏の会仲間とカラオケ再開す
夏の会代わる代わるに歌謡曲 
夏夕べカラオケの会お開きに
夏夕べカラオケ終えて家路就く

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 平成二十九年六月二十五日 日曜日   
○ 五月日々折々 その七 夏日

《今回の自選代表句と自句自解》

夏日浴びタンガのダンサーステージに

 五月下旬に縁のある「フロール・ヂ・マツド・セレージャ」の駅前イベントの応援に家族で行った。サンバダンスチームメンバーは二十数名。サンバのソロダンサーのパシスタを始め、数名はタンガで夏の日を浴びながらイベントステージでサンバダンスを披露した。夏らしい光景である。

(五月下旬 サンバのダンス@)
初夏の日に駅前デッキのイベントに
初夏の日に「マツド・セレージャ」のイベントに
※「マツド・セレージャ」・・・ピンガとブラジル音楽とサンバを愛する、千葉県松戸市のサンバグループ『フロール・ヂ・ マツド・セレージャ』。チーム名の「フロール・ヂ・マツド・セレージャ」とは、「さくらの花びら」と言う意味。浅草サンバカーニバル S−1リーグ所属。まつど観光大使。
初夏の日の駅前デッキに大観衆
夏日浴び最前列の席に着く
夏の会待つ間に知人と歓談す
駅前でサンバダンスの夏の会
初夏の日の駅前デッキに楽器隊
夏の日のバテリア演奏心地良く
㊟バテリア・・・ドラムセットもバテリアと呼ぶので、複数の打楽器の集合体がバテリア。バテリアとはスルドを中心としたカイシャやタンボリンなどの打楽器のアンサンブルで構成されたサンバチーム(エスコーラ)の打楽器隊の総称。(サンバ事典より転載)
初夏の日にサンバのリズム流れ来る
初夏の日に妻子と孫と鑑賞す
夏日浴び妻子と孫と鑑賞す
夏日浴び女性ダンサーステージへ
夏日浴びビキニのダンサーステージへ
夏の日にダンサー二十余ステージに
夏日浴びタンガのダンサーステージに
㊟タンガ・・・タンガ(ポルトガル語: Tanga)とは、もともとブラジルの先住民族であるインディオの女性などが身につけていた腰巻のことといわれる。しかしブラジルのリオのカーニバルなど、サンバカーニバルにおいて、パシスタなど女性のダンサーが着用する衣装を総称してタンガというようになった。
 元々のタンガはアマゾン川に生息するナマズのカンディルの1種[1]などが体内に侵入して食い荒らすのを防ぐために作られた陶器製の物で美術品としても民具としても価値が高いとされている[2]。
 近年、日本などでは下着の一種としても呼ばれるようになり、フロントとバックがV字型にカットされ、サイドはひも状にデザインされている。フロントはアンダーヘアを覆う程度のデザインになっており、バックもサイドの幅が狭くなっているのが特徴である。タンガは、ソング(thong)、Gストリング(G-string)と同義にしばしば用いられる。海外ではソングと並んで、いわゆるTバック下着類や水着類の総称となっている。
 お尻の丸みがきれいに出て、ショーツラインやブリーフラインがアウターに響きにくいことから、フィット素材の細身のパンツの下に着用されることが多い。ソングより繊細でエレガントなデザインになっている。
 ブラジルでは、ヒモ状で特に細いものを、「Fio-Dental(フィオ・デンタゥ、糸楊枝のこと)」と呼ぶことがある。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「タンガとは」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百四》
夏の会淑女と少女のダンサーら
夏の会美人ダンサーステージに
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五月晴 (平成29年6月22〜23日)

2017/06/22 02:01

◎ 平成二十九年六月二十二〜二十三日 五月晴 
  
● 平成二十九年六月二十二日 木曜日   
○ 五月日々折々 その五 五月晴

《今回の自選代表二句と自句自解》
 
夏木陰孫入れ七人昼食に  

 五月晴れの運動会。初夏の日差を避けるため、校庭の桜の木陰にシートを敷き、午前の部を終えた小学生の孫も加わり、身内七人で昼食をとった。孫たちとの食事は、楽しい。

五月晴吹奏楽の音大空へ 

 五月晴れの運動会。十二時四十分から、校庭で吹奏楽部の演奏が始まった。フラッグ隊の後から、吹奏楽部の隊列が続く。孫も吹奏楽部の一員でユーホニュームを担当している。吹奏楽の音が、五月晴れの大空に響く。

(五月中旬 孫の運動会B)
五月晴進む午前のプログラム
五月晴五年の孫は棒引きに
夏の昼全校ダンス後孫来る
夏木陰孫入れ七人昼食に  
夏の昼孫入れ七人する食事 
夏木陰重箱広げて昼食を
夏木陰昼食済ませ雑談す
夏の昼くつろぎ暫し雑談す
昼下がり父兄席に若葉風
夏の昼午後の部の前にマーチング
五月晴吹奏楽部に孫の顔
五月晴ユーホニュームを孫演奏
五月晴吹奏楽の音大空へ 
五月晴顔合わす知己のカメラマン
五月晴暫し雑談カメラマン

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● 平成二十九年六月二十三日 金曜日   
○ 五月日々折々 その六 トマト

《今回の自選代表二句と自句自解》

初夏の午後対抗リレーに大声援  

 初夏の運動会。午後の部最後の高学年の紅白対抗リレーは、大接戦となった。声援も大きい。

東日本今年初めての真夏日に

 平成二十九年の五月下旬の初夏。東日本は気温が上昇し、今日初めて真夏日となった。

(五月中旬 孫の運動会C)
五月晴午後の部定時に開始され
五月晴進む午後からのプログラム
初夏の午後表現運動五六年
初夏の午後孫ら表現運動を
五月晴最後に高学年リレー
初夏の午後対抗リレーに大声援 
運動会応援の声夏空に
初夏の午後閉会式のセレモニー 
五月晴荷物をまとめて家路就く
初夏の午後身内と別れて就く家路

(五月下旬 日常生活)
東日本今年初めての真夏日に
館林全国初の猛暑日に
北勢の里夏場所途中で休場に
低気圧近づき降り出す夏の雨
夏の雨傘差し近くのコンビニへ
急ぎだと妻に頼まれトマト買う
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葉桜  (平成29年6月20〜21日)

2017/06/20 02:35

◎ 平成二十九年六月二十〜二十一日 葉桜 

● 平成二十九年六月二十日 火曜日 
○ 五月日々折々 その三 若葉風

《今回の自選代表二句と自句自解》

若葉風耳にエール交換の声

 五月開催の孫の小学校の運動会。好天のもと、若葉風が心地良い。元気な赤白のエール交換の声が、校庭に響く。

万国旗左右に揺らす若葉風 

 五月開催の孫の小学校の運動会。好天のもと、若葉風が校庭上空に張られた三筋の万国旗を左右に揺らしている。

(五月中旬 日常生活)
四横綱夏場所初日の土俵入り
夏場所と野球をテレビ観戦す

(五月中旬 孫の運動会@)
初夏の朝運動会の応援に
孫通う小学校へと初夏の朝
初夏の朝妻と一緒に学校へ
五月晴荷物手にして学校へ
初夏の朝電車と徒歩で学校へ
初夏の朝下車して向かう小学校
五月晴校門脇に立看板 
若葉風運動会の看板へ
若葉風耳にエール交換の声 
若葉風我が身に受けつつ受付へ
五月晴受付にて受くプログラム
初夏の朝プログラム手に父兄席
万国旗左右に揺らす若葉風 

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● 平成二十九年六月二十一日 水曜日  
○ 五月日々折々 その四 葉桜

《今回の自選代表二句と自句自解》

五月晴孫目の前を駆け行けり 

 五月晴れの好天の日の運動会の徒競走。五年生の孫が、今目の前を走り抜けた。結果三位に入った。

葉桜の木の根を枕にしてごろ寝 

 五月晴れの好天の日の運動会。孫が次に出るまで種目の間隔があるので、葉桜の木の根を枕にしてごろ寝をした。気分が良い。

(五月中旬 孫の運動会A)
初夏の朝校舎に横断幕張られ
五月晴幕には「熱い思い」の字 
葉桜の木々周辺に父兄席 
校庭の桜の木陰に父兄席
葉桜の下のシートの席を取る
夏木陰赤組後ろの父兄席
五月晴孫プログラム一番に
五月晴出場種目の応援を
五月晴五人で孫を応援す
五月晴入場門に孫の顔
初夏の朝徒競走に孫出場す
五月晴出場の孫応援す
五月晴孫目の前を駆け行けり 
五月晴徒競走の孫三等賞
父兄席葉桜の樹にこぼれ日が
葉桜の木の根を枕にしてごろ寝 
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薄暑 (平成29年6月18〜19日)

2017/06/18 02:06

◎ 平成二十九年六月十八〜十九日 薄暑
   
● 平成二十九年六月十八日 日曜日 
○ 四月日々折々 その三十四 春惜しむ

《今回の自選代表二句と自句自解》

春や春好きな演歌をメドレーで 

 今日はカラオケの春四月定例会。演歌好きでカラオケ好きの私にとっては、待ちに待った日である。大好きな演歌をメドレーで歌いあげた。

こどもの日孫らと食事にぎやかに 

 子どもの日に掛けて、孫たちが泊り掛けで実家に来ている。食事もにぎやかだ。

(四月下旬 カラオケ月例会)
四月かな今日はカラオケ月例会
六名が集う四月の月例会
春の昼仲間と先ず食む寿司弁当
春の昼雑談しながらする食事
晩春に好きな演歌をメドレーで 
春惜しむ好きな演歌をメドレーで 
晩春に仲間も歌を次つぎと
長閑かな会話を楽しむおやつ時
春の午後おやつの後で歌再開
春の夕カラオケ終えて家路就く

○ 五月日々折々 その一 こどもの日
(五月上旬 五月の連休)
孫ら来る五月の連休泊り掛け
こどもの日朝遅くまで孫ら寝て
こどもの日孫らと食事にぎやかに 
ゆっくりと孫ら実家の菖蒲湯に
孫入る風呂場にミニチュア鯉のぼり
こどもの日孫らとしりとり遊びして

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● 平成二十九年六月十九日 月曜日  
○ 五月日々折々 その二 薄暑

《今回の自選代表二句と自句自解》

薄暑かなほどなく皆と二杯目に  

 五月。暦の上で夏に入った。気温も上がり、冷えた生ビールが美味い。一杯目を飲み干しほどなく二杯目を・・・。仲間たちも同様だ。

初夏の宴健康寿命の話など

 高齢となった旅仲間との初夏の宴会の席で、やはり健康維持の話題が、自然と出てきた。特に今回は、健康寿命のことが話題となった。

(五月中旬 旅仲間との飲み会)
夏の夕旅仲間との飲み会へ
夏の夕松戸駅より電車乗り
電車乗り柏へ出掛ける夏の夕
夏夕べ下車後歩いて居酒屋へ
夏夕べ行きつけの「はなの舞」店に
夏夕べ仲間七人集い来る
薄暑かなジョッキ手にして乾杯す
ジョッキ手に仲間と乾杯生ビール  
生ビール枝豆摘みグイと飲む
薄暑かなほどなく皆と二杯目に  
生ビール焼き鳥肴に二杯目を
夏の宵仲間と暫し雑談す
仲間らとホッケ肴に三杯目に 
㊟ホッケ・・・ホッケ(𩸽.png、Unicode: U+29E3D、Pleurogrammus azonus)とはアイナメ科ホッケ亜科に属する冷水性の魚。成長にしたがって、アオボッケ、ロウソクボッケ、マボッケ、ネボッケと呼び名が変わる。地方名には、タラバホッケ、チュウホッケ、ドモシジュウ、ホッキ、ボッケアなどがある。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
初夏の宴仲間らとまた歓談す
初夏の宴健康維持の話して
初夏の宴健康寿命の話など 
㊟健康寿命・・・平均寿命と健康寿命との差は、日常生活に制限のある「不健康な期間」を意味します。平均寿命と健康寿命(日常生活に制限のない期間)の差は、平成22年で、男性9.13年、女性12.68年となっています。
 今後、平均寿命の延伸に伴い、こうした健康寿命との差が拡大すれば、医療費や介護給付費の多くを消費する期間が増大することになります。疾病予防と健康増進、介護予防などによって、平均寿命と健康寿命の差を短縮することができれば、個人の生活の質の低下を防ぐとともに、社会保障負担の軽減も期待できます。
〈参考〉
 健康寿命について、平成13年と平成22年を比べると、男性は69.40年から70.42年へと1.02年、女性は72.65年から73.62年と0.97年延びています。一方、平均寿命をみると、同期間で、男性は78.07年から79.55年へと1.48年、女性は84.93年から86.30年へと1.37年延びています。
 また、国立社会保障・人口問題研究所の日本の将来推計人口(平成24年1月推計)によれば、平成25年から平成34年にかけて、平均寿命は男性では80.09年から81.15年へと1.06年、女性では86.80年から87.87年へと1.07年とさらに延びることが予測されます。
 今後、こうした平均寿命の延伸とともに、健康な期間だけではなく、不健康な期間も延びることが予想されます。国民の健康づくりの一層の推進を図り、平均寿命の延び以上に健康寿命を延ばす(不健康な状態になる時点を遅らせる)ことは、個人の生活の質の低下を防ぐ観点からも、社会的負担を軽減する観点からも、重要です。(厚生労働省「2 平均寿命と健康寿命をみる」より転載)
◎「健康寿命について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百三》
歓談中仲間と冷酒酌み交わす
歓談中牛筋肴に冷酒飲む
夏の宴二時間半でお開きに
仲間らと握手し別れる初夏の夜
初夏の夜電車と徒歩で家路就く
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山吹 (平成29年6月16〜17日)

2017/06/16 00:08

◎ 平成二十九年六月十六〜十七日 山吹 
 
● 平成二十九年六月十六日 金曜日 
○ 四月日々折々 その三十二 入学
《今回の自選代表二句と自句自解》

三世代入学祝いの食事会 

 四月上旬のお昼に三世代六人が揃って、高校を三月に卒業した孫の入学祝いの食事会を開いた。

十日過ぎ朝から雨降る花冷えに  

 四月中旬、朝から雨が降っている。気温も桜の時季にしては、ちょっと低めだ。

(四月上旬 日常生活A)
十八の孫晴れ晴れと入学す 
三世代入学祝いの食事会 
晴れた後年度替わりは雨続き
公園の満開の桜雨に濡れ
十日過ぎ朝から雨降る花冷えに  

(四月中旬 町内の老人会総会@)
今年また四月の定例総会に
今年また四月の老人会総会
町内の四月の老人会総会
春日浴び徒歩で会場の会館へ
春の日に会員二十余集い来る
皆集い四月の総会定刻に
四月かな会員憲章皆と読む
※会員憲章・・・ここでは、なのはなシニア千葉憲章のこと。
春うらら予定通りに議事進行
春うらら決算報告無事承認
春うらら事業計画無事承認

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● 平成二十九年六月十七日 土曜日 
○ 四月日々折々 その三十三 山吹
《今回の自選代表二句と自句自解》

春の昼町会仲間と歓談す 

 四月中旬。今日、恒例の町内の老人会の総会が開催された。総会後に、恒例の昼食会。アルコールも入り、町会仲間との話に花が咲く。

裏庭の隅に山吹の花明り 

 裏庭の山吹の花が明るい。この時季の山吹の花は、実に綺麗だ。裏庭を明るくしてくれる。

(四月中旬 町内の老人会総会A)
総会後続いて四月に昼食会
四月かな食事の前にまず乾杯
春の昼食事しながら雑談す
春の昼仲間と酒を注ぎ注がれ
春の昼皆と摘みと軽食を(四月中旬 日常生活)
春の昼仲間と話に花咲かせ
春の昼町会仲間と歓談す 
春の午後頃合いを見てお開きに
春の午後後片付けして家路就く
春の午後三々五々に家路就く

(四月中旬 日常生活)
裏庭に山吹の花明るかり
裏庭の隅に山吹の花明り 

(四月下旬 日常生活)
晩春にフィギュア国別対抗戦
㊟フィギュア国別対抗戦・・・国別対抗戦は今季の世界ランク上位6カ国による団体戦。男女シングル各2名、ペアとアイスダンス各1組でチームが構成され、各種目の順位に応じて与えられるポイントの合計で争われる。
フィギュアスケートの国別対抗戦は22日、大会最終日が東京・国立代々木競技場第一体育館で行われた。女子フリースケーティング(FS)では日本の三原舞依(神戸ポートアイランドクラブ)が146.17点で2位、樋口新葉(日本橋女学館高)が145.30点で3位だった。三原、樋口ともに自己ベストを更新した。1位はエフゲーニャ・メドベージェワ(ロシア)で160.46点。女子初の160点超えを果たした。
 この結果チーム別順位は、1位が日本、2位にロシア、3位に米国となった。日本の優勝は3大会ぶり。(スポーツナビより転載)
晩春の対抗戦に日本勝つ
晩春の対抗戦に優勝す
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花の風 (平成29年6月14〜15日)

2017/06/14 00:11

◎ 平成二十九年六月十四〜十五日 花の風 
 
● 平成二十九年六月十四日 水曜日 
○ 四月日々折々 その三十 花の風

《今回の自選代表二句と自句自解》

満開の花の下には裸婦像が 

 茨城県の土浦駅から歩く。桜川沿いの並木の桜は、満開だ。その満開の桜の花の下に、裸婦像が設置されていた。芸術的なワンカットだ。

花の下静かに釣り糸垂らす人 

 茨城県の土浦駅から歩く。桜川沿いの並木の桜は、満開だ。その満開の桜の花の下に、裸婦像が設置されていた。すぐ近くには橋があり、その橋の近くの川べりには、複数の釣り人が釣り糸を垂らしていた。春らしい長閑な光景である。

(四月上旬 茨城の花巡り〜土浦駅・桜川周辺散策〜B)

春の旅妻と土浦駅で下車
下車した土浦駅モダン
春の旅下車駅前に市役所が
春の旅妻連れ線路沿いの道
春の旅妻と桜川方面へ
街中の路傍の花壇にパージーが
桜川沿いの並木に桜花
㊟桜川・・・桜川(さくらがわ)は、茨城県の南西部を流れ霞ヶ浦に流入する利根川水系の一級河川 である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』稀勢の里の項目より転載)
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「春の写真」の〈四月上旬 茨城の花巡り〉に「桜川沿いの桜並木(土浦市内)」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
桜咲く並木は桜川沿いに
桜川行く沿道に花の風
桜川の「天神橋」に咲く桜
桜川の「天神橋」に桜花
桜咲く橋の傍らに裸婦像が 
桜川傍花の下に裸婦像が
満開の花の下には裸婦像が 
「大気」という裸婦立像は花の下
「大気」という裸婦立像に花の風
桜咲く橋の近くに太公望
桜咲く橋桁付近に太公望
花の下静かに釣り糸垂らす人 
花の風吹くなか糸を垂らす人

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● 平成二十九年六月十五日 木曜日 
○ 四月日々折々 その三十一 春の昼

《今回の自選代表二句と自句自解》

春の昼メインに食べる鮪寿司 

 今日は、茨城の花巡り。昼どきになり、橋の近くにある回転寿司店の「くら寿司」に入店した。大好物の鮪寿司を中心に食べた。

二人して春風のなか家路就く  

 妻と茨城の花巡りを楽しみ、爽やかな春風の中、家路に就いた。

(四月上旬 茨城の花巡り〜土浦駅・桜川周辺散策〜C)

二人して暫し眺める春景色
旅先の橋の付近は長閑なり
春の昼橋の近くの「くら寿司」へ
土浦の回転寿司にて春の昼
春の昼メインに食べる鮪寿司 
春の昼我が好物の鮪寿司
春の昼皿入れ楽しむ「ビッくらポン」
春愉し二度目で当たる「ビッくらポン」
春の昼ゆつくりくつろぎ家路就く
春うららここをゴールに家路就く
春の旅帰りの電車も快適に
春の旅頃合いはかり就く家路
松戸への帰りも車窓の花眺め
二人して春風のなか家路就く  
春の旅無事終え妻と午後帰宅
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プリムラ (平成29年6月12〜13日)

2017/06/12 00:50

◎ 平成二十九年六月十二〜十三日 プリムラ
 
● 平成二十九年六月十二日 月曜日 
○ 四月日々折々 その二十八 プリムラ

《今回の自選代表二句と自句自解》

常磐線楽しむ車窓の春景色 

 JR常磐線に乗り、千葉県の松戸駅から茨城県の土浦駅までの春景色を車窓から楽しんだ。満開の桜がメインであるが、菜の花なども楽しむことが出来た。

利根川の長き堤に草萌ゆる 

 JR常磐線に乗り、千葉県の松戸駅から茨城県の土浦駅までの春景色を車窓から楽しんだ。利根川の長い堤には、草が萌えたっていた。春の息吹を痛感した。

(四月上旬 茨城の花巡り 〜土浦駅・桜川周辺散策〜 @)

花巡り東京の次は茨城へ
花巡り今日も朝からよく晴れて
風強き春の朝妻と土浦へ
駅向かう路傍の花壇にパンジーが
駅向かう路傍の花壇にプリムラが 
松戸駅駅向かう路傍にタンポポが
花巡り松戸駅から土浦へ
春の朝乗車の電車勝田行き
春の朝妻とガラガラの座席着く
常磐線あちこちの桜今満開
常磐線楽しむ車窓の春景色 
北柏駅過ぎ車窓に桜花
水路脇広場の立木花満開
満開や暫し見惚れる花景色
車窓より日差を浴びて花景色
窓際の校庭の桜満開に
花景色いつの間にやら我孫子駅
快適に花愛で向かう茨城県
利根川の長き堤に草萌ゆる 

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● 平成二十九年六月十三日 火曜日 
○ 四月日々折々 その二十九 春の雲

《今回の自選代表二句と自句自解》

菜の花や利根の河川敷明るくす 

 JR常磐線に乗り、千葉県の松戸駅から茨城県の土浦駅までの春景色を車窓から楽しんだ。利根川の河川敷に黄色い菜の花がひと際明るく咲いていた。春の灯火のように河川敷を明るくしていた。

線路沿いの並木の桜満開に 

 JR常磐線に乗り、千葉県の松戸駅から茨城県の土浦駅までの春景色を車窓から楽しんだ。茨城県の取手駅辺りの線路沿いに並木の桜は、満開だ。車窓の景色を楽しむ気分もより華やぐ・・・。春だ。

(四月上旬 茨城の花巡り 〜土浦駅・桜川周辺散策〜 A)

利根川の土手に菜の花群れ咲いて
大利根の堤に萌える若柳
春の川鉄橋近くに浚渫船 
菜の花や利根の河川敷明るくす 
花見頃ガタゴト揺られて春の旅
春の旅いつの間にやら鼻歌が
春の旅車窓に田畑と家並見ゆ
市街地のあそこにも花満開
春日浴ぶ取手駅を今通りゆく
線路沿いの並木の桜満開に 
春日和小川の多き丘陵地
春の旅電車の車窓に筑波山
牛久駅上空白き春の雲
丘陵地あちこちの桜満開に
土浦の駅舎の近くに桜花
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晩春 (平成29年6月10〜11日) 

2017/06/10 00:07

◎ 平成二十九年六月十〜十一日 晩春

● 平成二十九年六月十日 土曜日 
○ 四月日々折々 その二十六 晩春

《今回の自選代表二句と自句自解》

中山道そぞろに歩く春の旅

 旅仲間六人で春の小さな旅。有名な巣鴨地蔵通り商店街は、旧中山道でもある。仲間と巣鴨地蔵通りをそぞろに歩いた。見ているだけでも、楽しい通りだ。

中山道売り込みの声春風に 

 旅仲間六人で春の小さな旅。有名な巣鴨地蔵通り商店街は、旧中山道でもある。仲間と巣鴨地蔵通りをそぞろに歩いた。見ているだけでも、楽しい通りだ。
そぞろ歩きを楽しんでいると、売り込みの声が春風に乗って聞こえてきた。

(四月上旬 東京の花巡り その十六)
・巣鴨周辺散策A

中山道そぞろに歩く春の旅 
晩春に旧中山道歩きゆく 
春日和人込むなかを仲間らと
商店街売り込みの声春風に
中山道売り込みの声春風に 
春旅に仲間と立ち寄る高岩寺
㊟高岩寺・・・高岩寺(こうがんじ)は東京都豊島区巣鴨にある曹洞宗の寺院。山号は萬頂山。本尊は地蔵菩薩(延命地蔵)。一般にはとげぬき地蔵の通称で知られる。(仲略)
・とげぬき地蔵の由来[編集]
 江戸時代、武士の田付又四郎の妻が病に苦しみ、死に瀕していた。又四郎が、夢枕に立った地蔵菩薩のお告げにしたがい、地蔵の姿を印じた紙1万枚を川に流すと、その効験あってか妻の病が回復したという。これが寺で配布している「御影」の始まりであるとされる。その後、毛利家の女中が針を誤飲した際、地蔵菩薩の御影を飲み込んだ所、針を吐き出すことができ、吐き出した御影に針が刺さっていたという伝承もあり、「とげぬき地蔵」の通称はこれに由来する。そこから他の病気の治癒改善にも利益(りやく)があるとされ、現在に到るまでその利益を求めて高齢者を中心に参拝者が絶えない。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
春日和本堂上空晴れ渡る
春うらら本堂前で合掌す
春の旅寺より「マルジ」本店へ
※「マルジ」本店・・・創業昭和27年のマルジの本店。観光バスのガイドがお客さんを引き連れて マルジにやって来る騒ぎとなった。それは、「申年(さるどし)に赤パンツを履くと “病が 去る” “災いが去る” 」という事で一大ブームが訪れたからであった。
春風に揺れる幟に「赤パンツ」
春日入る店看板に日本一
春うらら看板に太字「赤パンツ」
春灯下店にずらりと赤パンツ
春の旅寄りし「マルジ」より戻る道
春の旅ぶらぶら歩いて戻る道

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● 平成二十九年六月十一日 日曜日 
○ 四月日々折々 その二十七 春愉し

《今回の自選代表二句と自句自解》

巣鴨駅前の花壇にパンジーが 

 花巡り。まだ、日が高いので巣鴨に足を伸ばした。巣鴨駅前の花壇にパンジーの花が咲いていた。春らしい可憐な花に、癒される。

巣鴨駅ホーム沿いに咲く桜花  

 帰宅するために、仲間らと巣鴨駅のホームで電車を待った。上を見ると、桜の木が数本見え、それぞれの桜の木は、満開の花の姿を見せてくれた。最後まで、花尽くしの旅となった。

(四月上旬 東京の花巡り その十七)
・巣鴨周辺散策B

春旅に寄る元祖塩大福店
春の旅「みずの」に立ち寄り土産買う
春の旅春旅のお土産に買う塩大福
春旅に仲間らも買う塩大福
春の旅「すがもん」に寄る戻り道
春愉し「すがもん」触れる手に柔ら
春の午後歩いて向かう巣鴨駅
巣鴨駅前の花壇にパンジーが  
巣鴨駅ホーム沿いに咲く桜花  
春の旅巣鴨駅より家路就く
春の旅巣鴨駅より日暮里へ
春夕べ日暮里駅より松戸駅
春の夕仲間と別れて家路就く
帰宅まで二万歩越えの春の旅
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椿 (平成29年6月8〜9日)

2017/06/08 00:34

◎ 平成二十九年六月八〜九日 椿

● 平成二十九年六月八日 木曜日 
○ 四月日々折々 その二十五 春の昼

《今回の自選代表句と自句自解》

春の昼海鮮丼に舌鼓 

 花巡り。大分歩いたので、少々疲れ気味。昼時になったので、旧中山道の仲宿にある手作り和食店のかんざえもん」で、昼食をとった。海鮮丼が美味い。

(四月上旬 東京の花巡り その十四)
・石神井川周辺散策十一

春の昼ジョッキ手に皆と乾杯す
春の昼海鮮丼に舌鼓 
食べながら仲間と雑談春の昼
春の昼六人席でゆっくりと
春の旅食後に隣の鳥肉屋
春の旅食後に隣の「鳥新」へ
春の旅食後に隣の焼き鳥屋
「鳥新」の焼き鳥土産の春の旅
春旅に焼き鳥土産にする仲間
春の旅仲宿交差点左折
春の午後王子新道歩きゆく
地下鉄の駅へと向かう春の午後
春の旅仲間と都営三田線に
春の旅板橋駅から巣鴨へと
板橋区役所前駅より春旅に
仲間らと巣鴨に向かう春の旅

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● 平成二十九年六月九日 金曜日 
○ 四月日々折々 その二十五 椿

《今回の自選代表二句と自句自解》

春の旅寺門前に托鉢僧  

 旅仲間六人で春の小さな旅の最中。巣鴨駅から歩いて巣鴨通りへと向かう。
途中、眞性寺に立ち寄る。寺の門前で、托鉢僧が手を合わせていた。ここでは、よく見掛ける光景である。

晩春に楚々と群れ咲くシャガの花  

 旅仲間六人で春の小さな旅の最中。巣鴨駅から歩いて巣鴨通りへと向かう。
途中、眞性寺に立ち寄る。境内に、シャガの花が群れて咲いていた。

(四月上旬 東京の花巡り その十五)
・巣鴨周辺散策@

春の旅巣鴨駅より地蔵通り
春旅に途中立ち寄る眞性寺
㊟眞性寺・・・江戸六地蔵尊の一つとして知られるこのお寺は、真言宗豊山派醫王山東光院眞性寺と申します。起立年代不詳。元和元年(1615年)境内には松尾芭蕉の句の石碑があります。大きな傘をかぶり、杖を持つお地蔵様。江戸の六街道の出入口に置かれ旅の安全を見守ってくれました。 (巣鴨は中山道の出入り口でした)関八州江戸古地図、江戸絵図ほか多くの文献から眞性寺界隈は交通の要として賑わっておりましたことが伝わっております。
・ 起源と歴史
江戸六地蔵の一つと知られる醫王山東光院眞性寺は真言宗豊山派に属しており、奈良県の桜井市初瀬の総本山長谷寺の末寺です。開基(寺の始まり)は不明分ですが、聖武天皇(在位:724年2月4日 - 749年7月2日)勅願。行基菩薩が開いたものと伝えられています。(巣鴨地蔵通り商店街より転載)
春の旅幟に江戸六地蔵尊
春の旅寺門前に托鉢僧 
眞性寺境内隅に紅椿
椿咲く境内に松尾芭蕉句碑
晩春の境内に早やシャガの花
晩春に楚々と群れ咲くシャガの花  
春の旅地蔵菩薩に手を合わす
春の旅眞性寺より高岩寺へ
春の旅地蔵通りを仲間らと
春旅に行く地蔵通り商店街
春旅に商店街の道歩く
春旅に旧中山道歩きゆく
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春の鴨 (平成29年6月6〜7日)

2017/06/06 00:55

◎ 平成二十九年六月六〜七日 春の鴨

● 平成二十九年六月六日 火曜日 
○ 四月日々折々 その二十三 春の鴨

《今回の自選代表二句と自句自解》

見事かな目に板橋十景の桜  

 帝京大学の本部棟前に着いた。この辺りで、板橋十景の桜を見ることが出来る。満開のこの時季の桜は、実に見事だ。

※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「春の写真」の〈四月上旬 東京の花巡り〉に「石神井川流域の満開の桜並木」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。

春の旅仲間と板橋宿に入る  

 石神井川沿いに長く続く桜の並木道をかなり歩いた末、やっと板橋宿に入った。石神井川に掛けられた「板橋」を旅仲間らと渡る。

(四月上旬 東京の花巡り その十二)
・石神井川周辺散策H

春の旅前に大学学び舎が
春日浴び帝京大学前に見え
旅先の石神井川に春の鴨
大学の本部棟前に咲く桜
見事かな目に板橋十景の桜  
囀りを耳にし大学前歩く
春日浴び仲間と過ぎる御成橋
春の旅目の前におなりばし緑地
春の旅程なく前に中山道
春の旅旧中山道を仲間らと
春の旅仲間と板橋宿に入る  
㊟板橋宿・・・板橋宿(いたばし-しゅく)は、日本の近世にあたる江戸時代に整備され、栄えていた宿場町。 中山道六十九次のうち江戸・日本橋から数えて1番目の宿場[4](武蔵国のうち、第1の宿[5])。 同時に、川越街道(川越・児玉往還)の起点でもある。
 所在地は、江戸期には東海道武蔵国豊島郡板橋郷下板橋村[6]。 現在の住所では東京都板橋区本町、および、仲宿、板橋1丁目、3丁目にあたる。
板橋宿の特徴[編集]
・江戸四宿の一つ[編集]
 江戸時代には武蔵国豊島郡下板橋村の一部で、江戸四宿の一つとして栄えた。 江戸の境界にあたり、江戸後期には上宿の入り口にある大木戸より内側をもって「江戸御府内」「朱引き」、すなわち、「江戸」として扱われていた。
 板橋宿はそれぞれに名主が置かれた3つの宿場の総称であり、上方側(京側、北の方)から上宿(かみ-しゅく。現在の本町)、仲宿(なか-しゅく、なか-じゅく、中宿とも。現在の仲宿)、平尾宿(ひらお-しゅく。下宿〈しも-しゅく〉とも称。現在の板橋)があった。 上宿と仲宿の境目は地名の由来となった「板橋」が架かる石神井川であり、仲宿と平尾宿の境目は観明寺付近にあった。]
 道中奉行による天保12- 15年(1841- 1844年)の調べ(『中山道宿村大概帳』)[7]によると、宿往還の長さは20町9間(約2.2km)、うち町並地は長さ15町49間(約1.7km)であり、南北に広がる。宿内人口[8]は2,448人(うち、男1,053人、女1,395人)、宿内家数[9]は573軒であった。 うち、本陣は仲宿に1軒、脇本陣は各宿に1軒ずつ計3軒が設けられ、旅籠(はたご)は総計54軒であった。 板橋宿の中心的存在であった仲宿には、問屋場、貫目改所[10]、馬継ぎ場、番屋(自身番の詰め所)があった。 また、上宿には木賃宿(商人宿)や馬喰宿[11]が建ち並んでいた。 
 江戸時代には日本橋が各主要街道の形式上の起点ではあったが、実際の旅の起点・終点としては、江戸四宿と呼ばれる品川宿、千住宿、内藤新宿、そして、板橋宿が機能していた。 これらの宿場には茶屋や酒楼はもちろん飯盛旅籠(いいもり-はたご)も多くあり、旅人のみならず見送り人[12]や飯盛女(宿場女郎)目当ての客なども取り込んでたいそうな賑わいを見せた。 規模は同じ天保15年頃の宿内人口と家数を比較して大きいほうから、千住宿(9,556人、2,370軒)、品川宿(7,000人、1,600軒)、内藤新宿(2,377人、698軒余)、板橋宿(2,448人、573軒)と、板橋宿は四宿の中では最下位ながら、その繁栄ぶりは中山道中有数[note 1]であった。 なお、板橋宿は150人もの飯盛女を置くことが認められており、日本橋寄りの平尾宿には飯盛旅籠が軒を連ねていた。 幕末の戊辰戦争の際、中山道から江戸攻撃に進軍中であった官軍は、天璋院からの書状によりここで停止した。 宿場町として終焉を迎えたのは明治時代。 その頃になると中山道の重要性の低減に連れて徐々に寂れてゆき、板橋遊廓へと変貌していった。遊廓としての賑わいは昭和中期の太平洋戦争中まで続いた。遊廓として使われていた『新藤楼』の玄関部分は現在、保存されている。[13]
・川越街道の起点[編集]
板橋宿は第一に中山道の宿場であるが、脇往還として江戸側から分岐する川越街道(川越・児玉往還)が平尾宿を起点としており、平尾追分と呼ばれていた。 また、日本橋から2里(約7.9km)の平尾宿には道中2つ目の一里塚(平尾の一里塚)があったが、今は何も残されていない。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「板橋宿について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百二》
春の旅脳裏に皇女和宮
春逡巡脳裏に降嫁の和宮
春の旅程なく前に板橋が
㊟板橋・・・板橋は、仲宿付近の石神井川に架けられ、地名「板橋」の由来とされる橋である[14]。
 その名は『義経記』等の文献の中で、平安時代の昔より既にあったものとして登場する。 古代から近代にかけてのものは文字どおり板張りの木橋、江戸時代のものは、長さ9間(約16.4m)、幅3間(約5.5m)の緩やかな太鼓橋で、歌川広重の浮世絵や長谷川雪旦の『江戸名所図会』にも描かれている。 橋の形は明治以降も変わらなかったが、昭和7年(1932年)を境に以後はコンクリート橋になっている。 現在、二つの川、二つの橋が連続して存在するように見えるが、これは南側に大きくV字状に回り込んでいた川を昭和47年(1972年)の河川改修で直線化した結果である。北に約10m移動した石神井川の橋と、埋め立て公園化された元の川にかかる橋がある。コンクリート製ながら、欄干に木目模様を施して雰囲気を演出している。 橋の傍らには「距日本橋二里二五町三三間」「日本橋から十粁六百四十三米」[15]と記された標柱と、案内板がある。 現在は板橋十景の一つとされている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』板橋宿の板橋の項目より転載)
春の旅仲間と板橋渡りゆく

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● 平成二十九年六月七日 水曜日 
○ 四月日々折々 その二十四 春日

《今回の自選代表句と自句自解》

仲間から往時の話聞く春日  

 石神井川沿いに長く続く桜の並木道をかなり歩いた末、やっと板橋宿に入った。石神井川に掛けられた「板橋」を旅仲間らと渡り、街の中を歩く。仲間のSが半世紀程前の大学生の頃、住んでいた街だ。道幅は変わっていないと言う。道々その頃の話を聞く。

(四月上旬 東京の花巡り その十三)
・石神井川周辺散策十

春日浴び板橋渡り仲宿に
仲間らと板橋渡る春の旅
仲宿の商店街を春旅に
春旅に仲間が昔住みし町
春旅に寄るかつてSの住みし街
仲間から往時の話聞く春日  
春旅に人の通りの多き街
春の旅中山道に「新月堂」
春の旅大福売りし「新月堂」
春の旅通りに成田山別院
春の旅王子新道目の前に
春の旅板橋宿の看板が
春の昼手作り和食店に入る
春の旅「かんざえもん」で昼食を
春の昼皆と乾杯生ビール
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花 (平成29年6月4〜5日)

2017/06/04 00:38

◎ 平成二十九年六月四〜五日 花

● 平成二十九年六月四日 日曜日 
○ 四月日々折々 その二十一 花

《今回の自選代表句と自句自解》

築山に登りて眺める花景色 

 石神井川沿いに長く続く桜の並木道をひたすら仲間たちと歩く。もうかなり歩いた。今、加賀前田家屋敷跡のある加賀公園に辿り着いた。築山からの眺めがいい。ほぼ三百六十度の景色が楽しめる。満開の桜の花景色が見事。

(四月上旬 東京の花巡り その十)
・石神井川周辺散策F

幾つもの緑地の脇行く春の旅
石神井川お花見散策仲間らと
石神井川お花見ウォーク仲間らと
春の旅埼京線が目の前に
春の旅こんなところに句碑ひとつ
春旅に金沢橋を過ぎ行けり
春の旅立ち寄るこの地は加賀公園
桜咲く上段広場を歩き行く
花満開上段広場に親子連れ
春旅に寄る前田家下屋敷跡
春旅に寄る加賀前田家屋敷跡
桜咲く園の石柱に屋敷跡
春旅に寄る加賀前田家築山跡  
築山に登りて眺める花景色 
築山に登り眺める春景色

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● 平成二十九年六月五日 月曜日 
○ 四月日々折々 その二十二 春日和

《今回の自選代表句と自句自解》

春日浴ぶ南極の石を手で触れて  

 加賀公園を出て、しばらく歩くと加賀橋公園に着いた。この公園内に南極の石が設置されていた。南極に思いを馳せながら、春の日差しを浴びている南極の石に手を触れてみた。

(四月上旬 東京の花巡り その十一)
・石神井川周辺散策G

花巡り公園を出て川沿いを
春日浴び加賀橋を過ぎ行けり
桜咲く加賀橋公園すぐ脇に
置かれたる南極の石に春日差
㊟南極の石・・・平成21年に板橋区から移転した情報・システム研究機構「国立極地研究所」の跡地(板橋区加賀一丁目9番)に“南極の石”のモニュメントが設置され11月20日、一般公開に先立ちお披露目会が行われました。
 この石は、板橋区加賀に極地研究所があった歴史を残すために、国立極地研究所から「加賀まちづくり協議会」に寄贈されたものです。
 この日(11月20日)、午後3時15分から始まったお披露目会では、台座に設置された南極の石が披露されました。台座の高さは約65センチメートルと、子どもの目線に合わせて作られており、公園を訪れた人は誰でも南極の石に直接触れることができます。一般公開は来年1月以降を予定しています。
(板橋区HP「国立極地研究所跡地に“南極の石”を設置(平成25年11月20日)」の記事より転載)
◎「南極の石」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百一》
春日浴ぶ南極の石を手で触れて  
春日差すこの公園でひと休み
満開の桜の下で小休止
仲間らと暫し談笑春うらら
春日和さらに先へと歩きゆく
春日浴び仲間と渡る緑橋
春の旅コンビニに寄りドリンクを
花愛でてすでに四五キロ歩きけり
春日和再び先へと仲間らと
春の旅旅仲間らと板橋へ
春の旅旅仲間らと仲宿へ
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花巡り (平成29年6月2〜3日)

2017/06/02 01:51

◎ 平成二十九年六月二日〜三日 花巡り

● 平成二十九年六月二日 金曜日 
○ 四月日々折々 その二十 花巡り

《今回の自選代表二句と自句自解》

満開の花の隙間に空青く 

 石神井川沿いに長く続く桜の並木道。この時季、まさに満開。満開の桜の隙間に青空が覗けて見える。なんとも贅沢な春景色である。見ていて楽しくなる。

満開の花見て気持ちも華やかに

 石神井川沿いに長く続く桜の並木道。この時季、まさに満開。満開の桜の隙間に青空が覗けて見える。見ていて楽しくなる。いつも間にか華やいだ気分に・・・。

(四月上旬 東京の花巡り その八)
・石神井川周辺散策D

花巡り広場の時計十一時
よく晴れて青空バックに咲く桜
満開の花の隙間に空青く 
日をいっぱい浴びて仲間とする花見
花見頃贅沢な時はゆつたりと 
花見頃ひたすら石神井川コース
石神井川コースの花見満喫中
滝野川橋のあたりの花見事
花見頃再びパチリと撮る写真
満開の花見て気持ちも華やかに 
花見頃見ているうちに時は過ぎ
仲間らと楽しく過ごす花巡り
桜背に古刹寿徳寺の大観音
㊟寿徳寺 (東京都北区)・・・寿徳寺(じゅとくじ)は、東京都北区滝野川4丁目にある真言宗豊山派の寺院。
 歴史[編集] 寺伝によると、鎌倉時代、当地を訪れた武士によって本尊の観世音菩薩を安置した事に始まると言われている[3]。本尊は谷津子育観音として、昔より親しまれた[3]。その後、幕末になり新選組・近藤勇他隊士達の菩提寺となり[1]、近藤処刑後、境外墓地として現在板橋駅そばにある近藤の墓地の管理・及び命日における供養をしている。また、2008年には境外仏として谷津大観音が建立した[1]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』稀勢の里の項目より転載)
桜背に寿徳寺の谷津大観音
春の旅観音傍に掲示板

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● 平成二十九年六月三日 土曜日 
○ 四月日々折々 その二十一 四月

《今回の自選代表句と自句自解》

石神井川春の日浴びてキラキラと 

 石神井川沿いに長く続く桜の並木道をひたすら仲間たちと歩く。ふと石神井川を見ると、春の日差しを浴びて、川面がキラキラと輝いている。

(四月上旬 東京の花巡り その九)
・石神井川周辺散策E

寿徳寺の掲示に四月花まつり
四月に近藤勇の回忌法要
四月かな近藤の百五十回忌
※近藤勇の百五十回忌・・・平成29年 近藤勇150回忌と新選組諸隊士供養祭について
 平成29年の近藤勇と新選組諸隊士墓前供養祭を、4月23日(日)午前11時40分〜12時40分に執り行います。 本年は、近藤勇隊長150回忌にあたります。(寿徳寺HPより転載)
 近藤勇の墓[編集]
 近藤勇の墓は、寿徳寺の境外墓地である。JR板橋駅前にある。
 新選組隊長・近藤勇は、1868年4月25日に板橋刑場で斬首の刑を受けた。首は京都三条河原にさらされ、胴は現在の北区の滝野川に埋葬されたと言われている[5]。
 当墓地は生き残った新選組の隊士・永倉新八が発起人となり、1876年に建てたもの[4]。敷地には近藤の墓の他、土方歳三や新選組隊士の供養塔もある。また1929年には永倉の墓も同じ敷地に建てられた。
 以降、毎年命日の4月25日前後になると近藤の供養の為に、当寺院が墓前で法要を行う[4]。当墓地は2003年に東京都北区指定文化財に指定された[4][6]。
(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』稀勢の里の項目より転載)
◎「寿徳寺の近藤勇150回忌」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二百》
春の旅掲示物に百五十回忌
新撰組諸隊士供養の四月かな
新撰組諸隊士供養祭する四月
頭上の花足下のタンポポ愛で歩く
春の川次第に増しゆく透明度
石神井川春の日浴びてキラキラと  
石神井川春日に川面煌めけり
春の日が石神井川を輝かす 
対岸へ枝を伸ばして咲く桜
春の風咲く花左右に揺らしをり
咲く花を左右にやさしく揺らし風
いつまでも続く見事な春景色
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鶯 (平成29年5月31日〜6月1日)

2017/05/31 02:26

◎ 平成二十九年五月三十一日〜六月一日 鶯

● 平成二十九年五月三十一日 水曜日 
○ 四月日々折々 その十八 鶯

《今回の自選代表二句と自句自解》

仲間らと花見とおしゃべり楽しんで 

 仲間六人で石神井川の川辺の小道を歩いて行く。おしゃべりしながらのお花見。楽しく贅沢な時間がゆっくり過ぎてゆく。

春旅に頼朝布陣の伝承地  

 旅仲間との花巡りの旅。いつの間にか、治承年中(1177-81)に源頼朝が布陣といわれる真言宗の金剛寺に着いた。歴史を感じる。

(四月上旬 東京の花巡り その六)
・石神井川周辺散策B

花満開道を行き交う人あまた
花満開時折パチリと撮る写真
花満開仲間と歩く並木道
花見頃川辺の緑地青あおと
ここ緑地不意に鶯の鳴く声が
不意に鳴く鶯の声近きかな 
仲間らと花見とおしゃべり楽しんで 
満開の桜の並木どこまでも
春の旅紅葉橋越して古刹へと
川傍の古刹に立ち寄る春の旅
春の旅寺の門前に掲示板
春旅に頼朝有縁の寺に寄る
春旅に頼朝有縁の金剛寺
㊟金剛寺・・・真言宗豊山派寺院の金剛寺は、瀧河山松橋院と号します。金剛寺は、弘法大師が遊歴した際に創建したと伝えられており、治承年中(1177-81)には源頼朝が当地に布陣、辨財天への信仰深く堂舎を建立したとも記されています。当寺の弁財天は、岩屋弁天、松橋弁天とも呼ばれ、多くの信仰を集めた他、当寺が紅葉の名所であったことから、紅葉寺とも呼ばれていました。豊島八十八ヶ所霊場43番札所、荒川辺八十八ヶ所霊場16番札所、上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場1番札所、北豊島三十三ヶ所霊場31番札所です。(猫の足あとより転載)住所 北区滝野川3-88-17
春旅に寄る寺別名紅葉寺
春旅に源頼朝有縁の地
春旅に頼朝布陣の伝承地   
㊟源頼朝の布陣伝承地・・・治承4年(1180)8月、間蔵幕府初代将軍の源頼朝は配流先の伊豆で挙兵し、石橋山の合戦で敗れて安房に逃れましたが、上総・下総を経て隅田川を渡り、滝野川・板橋から府中六所明神に向かい、ここから鎌倉に入って政権を樹立します。
 この途次の10月、頼朝は軍勢を率いて滝野川の松橋に陣をとったといわれます。松橋とは、当時の金剛寺の寺域を中心とする地名で、ここから見る石神井川の流域は、両岸に岩が切り立って松や楓があり、深山幽谷の趣をもっていました。崖下の洞窟には、弘法大師の作と伝えられる石の弁財天が祀られていましたが、頼朝は、弁財天に祈願して金剛寺の寺域に弁天堂を建立し、所領の田地を寄進したと伝えられます。
金剛寺は紅葉寺とも称されますが、これは、この地域が弁天の滝や紅葉の名所として知られていたことに由来するからです。(北区教育委員会掲示より転載)
◎「源頼朝の布陣伝承地」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百九十九》

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● 平成二十九年六月一日 木曜日 
○ 四月日々折々 その十九 春の池

《今回の自選代表句と自句自解》

境内の仏足石に春日差 

 旅仲間との花巡りの旅。源頼朝が布陣といわれる真言宗の金剛寺の境内に仏足石が安置されていた。スポットライトのような春の日差しに照らされていた。

花の下に写真撮影の中国人 

 旅仲間との花巡りの旅。古刹の金剛寺を後にして、再び石神井川沿いの道を仲間らと進んだ。すると、数名の中国人女性の観光客が桜の花の下で、ポーズをとって写真撮影をしていた。

(四月上旬 東京の花巡り その七)
・石神井川周辺散策C

境内の仏足石に春日差
春日和弘法大師像すくと
客殿の近くの池に差す春日
境内に金魚の泳ぐ春の池
金剛寺境内の池に春日差
花見頃仲間と再び川沿いを
春の旅川辺の掲示に洞窟跡
花の下に写真撮影の中国人  
くねくねと花満開の道歩く
満開の桜の並木延々と
花見頃江北橋まで続く道
春旅に十七キロほど続く道
花愛でてすでに数キロ歩きけり
花見頃川辺の広場で一休み
花巡り川辺の広場で一休み
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菜の花 (平成29年5月29〜30日)

2017/05/29 01:11

◎ 平成二十九年五月二十九〜三十日 菜の花

● 平成二十九年五月二十九日 月曜日 
○ 四月日々折々 その十六 長閑

《今回の自選代表句と自句自解》

桜咲く飛鳥山脇を行く都電 

 満開の桜の飛鳥山の脇の大通りを荒川線の都電が走って行く。どこか長閑な光景だ。

(四月上旬 東京の花巡り その五)
・石神井川周辺散策@
紅椿王子神社の境内に
春の旅神社に寄るごと参拝し
春の旅神社近くの公園へ
春の旅音無親水公園に
春の旅割と人込む公園に
旅先の親水公園花見頃
旅先の親水公園花満開
囀りが音無親水公園に
公園の四阿の背に桜花
公園の四阿の背の花満開
春の旅石神井川はすぐ傍
春の旅仲間と音無橋渡る
春の旅明治通りを仲間らと
橋近き飛鳥山にも花満開
桜咲く飛鳥山脇を行く都電  
春日浴び都電は都道を走り行く
飛鳥山脇を行く都電長閑かな

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● 平成二十九年五月三十日 火曜日 
○ 四月日々折々 その十七 菜の花

《今回の自選代表二句と自句自解》

菜の花が石神井川の対岸に 

 見慣れているせいか、やはり菜の花は目に入るとすぐにそれと気付く。石神井川の川辺を歩いて行くと、対岸に明るく咲いている黄色い菜の花が目に入った。

不意に鳴く鶯の声近きかな 

 仲間六人で石神井川の川辺の小道を歩いて行くと、緑地付近で不意に鶯の鳴く声がした。近い。

(四月上旬 東京の花巡り その五)
・石神井川周辺散策A
都電見て花咲く石神井川沿いを 
春日和石神井川沿い歩きゆく
桜咲く川沿いの道を仲間らと
※旅仲間六人は主にイニシャル表記・・・IとKとMとSとYと私の六人。
満開の桜両側の川岸に
満開の桜の並木道歩く
並木道仲間と歩く花の下
花の下おしゃべりしながら仲間らと 
行く道や花を愛でつつのんびりと
よく晴れた石神井川に春の鴨
春日和川辺の緑地に鳥の声
よく晴れた空に囀り高きかな  
春日和石神井川に二羽のバン
菜の花が石神井川の対岸に  
春日和石神井川にカイツブリ
並木道花見て鳥見る春愉し

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囀り (平成29年5月27〜28日)

2017/05/27 03:04

◎ 平成二十九年五月二十七〜二十八日 囀り

● 平成二十九年五月二十七日 土曜日 
○ 四月日々折々 その十四 囀り

《今回の自選代表二句と自句自解》

囀りやバードウォッチャー手にカメラ 

 旅仲間六人で春の小さな旅をした。今北区の王子周辺を散策中。王子稲荷神社の傍にある名主の滝公園に寄った。木々の多い名主の滝公園内には、幾種もの囀りが・・・。しばらく歩いてゆくと数人のバードウォッチャーに出会った。皆、手にカメラを握っていた。

目に桜耳に数種の鳥の声 

 旅仲間六人で春の小さな旅をした。今北区の王子周辺を散策中。名主の滝公園に寄った。木々の多い名主の滝公園内。目で桜を愛でながら、耳で幾種もの囀りを楽しんだ。

(四月上旬 東京の花巡り その三)
・北区の王子周辺散策B
満開の桜の名主の滝公園
満開の桜の花は池面にも 
名主の滝公園に春の鳥の声
旅先の公園に囀り高きかな
囀りやバードウォッチャー手にカメラ 
春うららカワセミ来るとウォッチャー
春愉し翡翠来るという噂
日を浴びし桜の花びら透き通る
透き通る桜の花びら風に揺れ
目に桜耳に数種の鳥の声 
満開の桜の枝に鳥群れて
四阿の傍に群れ咲くシャガの花
公園の木の橋渡り春日影
春の旅落ち水の音何処より
春の園所々に水の音
豪快な男滝より春の水

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● 平成二十九年五月二十八日 日曜日 
○ 四月日々折々 その十五 紅椿

《今回の自選代表句と自句自解》

春の旅江戸の名所の王子社に  

 旅仲間六人で春の小さな旅をした。今北区の王子周辺を散策中。名主の滝公園に程近い江戸名所のひとつ「王子権現」こと王子神社に立ち寄った。

(四月上旬 東京の花巡り その四)
・北区の王子周辺散策C
流れ落つ滝の近くに紅椿
春の旅男滝背に記念写真
塀囲む茶室に明るき春日差
春の旅三平坂を上りゆく
春旅に仲間と急坂上りけり
春の旅大通りに出て神社へと
春日浴び北区役所前通りゆく
春の旅続いて向かう王子神社
春旅に東京十社の神社寄る
春の旅江戸の名所の王子社に  
春の旅北方守護の王子社に
由緒ある王子社に寄る春の旅
春日浴ぶ石柱の字は王子神社
春の旅栞に王子社御由緒
㊟王子神社の御由緒・・・御祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)の五柱で、総称して「王子大神」とお呼び申し上げます。紀州(和歌山県)熊野三社権現(本宮・那智・新宮)の御子神さまの呼称で、世界遺産にも登録された熊野古道には多くの王子神が祀られていたといわれます。
創建は詳らかではありませんが、源義家の奥州征伐の折、当社の社頭にて慰霊祈願を行い、甲冑を納めた故事も伝えられ、古くから聖地として崇められていたと思われます。その後、元亨2年(1322年)、領主豊島氏が紀州熊野三社より王子大神をお迎えして、改めて「若一王子宮」と奉斉し、熊野にならって景観を整えたといわれます。それよりこの地は王子という地名となり、神社下を流れる石神井川もこの付近では特に音無川と呼ばれています。
戦国時代、当地の領主となった小田原北条氏も当社を篤く崇敬し、朱印状を寄せて社領を安堵しております。
徳川時代に入ると初代家康公は天正19年(1591年)、朱印地二百石を寄進し、将軍家祈願所と定めました。二百石は当時としては広大な社領で、それより代々将軍の崇敬篤く、「王子権現」の名称で江戸名所の1つとなります。
三代家光公は寛永11年(1634年)、新たに社殿を造営、林羅山に命じて縁起絵巻「若一王子縁起」三巻を作らせて当社に寄進しました。その後も五代綱吉公が元禄16年(1703年)、十代家治公が天明2年(1782年)、十一代家斉公が文政3年(1820年)と造営修繕された社殿は秀麗な権現造りで、境内には神門、舞殿などをそなえ、摂末社も17社を数えていました。
特に八代吉宗公は紀州徳川家の出自で、この地に紀州ゆかりの当社があることを大いに喜び、元文2年(1737年)に飛鳥山を寄進、桜を多く植えて江戸庶民遊楽の地としました。これが今に残る花の飛鳥山(現 飛鳥山公園)の基となったもので、現在も桜の季節には多くの花見客で賑わっています。
明治元年、明治天皇は新たに首都となった東京を守護し、万民の安寧を祈るため、准勅祭社を定めました。当社もこの東京十社に選ばれ、以来、東京の北方守護として鎮座しております。(王子神社HPより転載)
◎「王子神社の御由緒」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百九十八》
春日浴ぶ石の鳥居を潜りゆく
春旅に仲間と縁ある神社寄る

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春日影 (平成29年5月25〜26日)

2017/05/25 01:52

◎ 平成二十九年五月二十五〜二十六日 春日影

● 平成二十九年五月二十五日 木曜日 
○ 四月日々折々 その十二 春霞

《今回の自選代表二句と自句自解》

展望室眼下の公園花満開  

 旅仲間六人で春の小さな旅をした。先ずは北区の王子周辺散策。王子駅北口から北(ほく)とぴあ通りを歩いて、「北とぴあ」の展望室へ行った。展望室からの眺めが良い。展望室から飛鳥山公園の満開の桜の景色を楽しんだ。

眺め見るスカイツリーに春霞  

 「北とぴあ」の展望室から東京スカイツリーを望む。うっすらと霞が掛かっていた。春らしいスカイツリーの景色である。

(四月上旬 東京の花巡り その一)
・北区の王子周辺散策@
春日和朝八時半に家を発つ
春の陽光身に浴びて向かう駅
仲間らと陽気に誘われお花見に
旅仲間 六人集まり お花見に
※旅仲間六人は主にイニシャル表記・・・IとKとMとSとYと私の六人。
春の朝旅仲間ら待ち合わせ
春の朝松戸駅にて待ち合わせ
花巡り旅仲間ら東京へ
春の朝松戸駅より日暮里へ
春の朝日暮里駅より王子駅
王子駅ホームに降りれば目に桜
目の前の公園の桜満開に
花を愛で皆と王子駅北口へ
春の朝北(ほく)とぴあ通り歩きゆく
春の旅仲間と立ち寄る「北とぴあ」
春の朝ビルの展望ロビーへと
春日差す窓に飛鳥山公園が
展望室眼下の公園花満開  
眺め見る眼下の園に花見客
眺め見るスカイツリーに春霞  
ロビーより春の石神井川望む
三方の窓より眺める春景色

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● 平成二十九年五月二十六日 金曜日 
○ 四月日々折々 その十三 春日影

《今回の自選代表二句と自句自解》

旅先の王子稲荷の花満開  

 旅仲間六人で春の小さな旅をした。先ずは北区の王子周辺散策。狐で有名な王子稲荷神社の境内の桜は満開であった。

春旅に目にする狐の行列図  

 旅仲間六人で春の小さな旅をした。先ずは北区の王子周辺散策。狐で有名な王子稲荷神社に立ち寄った。狐の行列図があった。

(四月上旬 東京の花巡り その二) 
・北区の王子周辺散策A
三方の窓より北区の春景色
春景色眼下に走る新幹線
春景色向こうに埼玉新都心
春景色眺めた後に稲荷社へ
春の旅通過す権現坂ガード
春の旅森下通り歩きゆく
春の旅歩いて向かう稲荷神社
春の旅徒歩にて王子稲荷神社
春の旅王子狐の稲荷社に
㊟王子稲荷神社と狐・・・古代にはここ王子稲荷神社の地は古東京湾の浪打際であったとされる。王子駅の北西に歩いて5分ほど。境内に大銀杏が参詣客を迎える。
古くは、岸稲荷と称し、創祀年代がわからないほどの古社で、 門の石柱に「康平(平安時代)年中、源頼義、奥州追討のみぎり、深く当社を信仰し、関東稲荷総司と崇む」とある。
石階段は左に女階段、右に男階段が平行し、上った正面に彩色華やかな社殿がある。
関東稲荷総司、と中世より伝わる「関東」の意味は「東国三十三国」を指し、遠く東北まで含む稲荷の総元締めを自認してきた由緒ある神社。秋田の招福稲荷神社はここを本宮と仰ぐ。
王子稲荷神社自体の年間行事とは別に、近在の人々によって王子稲荷文化の伝承行事がおこなわれている。 毎年、大晦日の夜に、近くの「装束稲荷」から「 王子 狐の行列 」 の除夜詣で行事、また、9月には 命と食の安心祈願の「 王子きつねの穂立て祭り 」行事が王子白狐衆と王子稲荷隣接小学校児童有志と保護者有志によって行われている。
元亨二年(1322年)領主豊島氏が紀州熊野「若一(にゃくいち)王子神」を勧請したことにより 「 王子 」 地名の元となる兄弟社の王子神社とともに当社も王子稲荷神社と称されるようになった。
(中略)
 後醍醐帝の時期以降、王子の地名となってからもその伝承に変化は無かった。 つまり、東国33ケ国(東海道の15国、東山道の11国、北陸道の7国) の稲荷社の頭領を自認した時よりずっと狐火がここ王子の地の王子稲荷にむかって集まって来る、との民話伝承を800年以上にわたり保持 し続けたわけである。 江戸時代の初期、すなわち、寛永年間の徳川家光政権が「若一王子縁起(にゃくいちおうじえんぎ)」編纂に向けて 王子の狐火調査を行った記録が残るが、この絵巻の王子稲荷の項に「三拾三ケ国の狐稲荷の社へ火を燈し来る図なり」との付箋がつけられた。(王子稲荷神社 | 東国三十三国稲荷総司伝承より転載)
◎「王子稲荷神社と狐」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百九十七》
春の旅脳裏に「狐火」広重画 
春旅に仲間と登る稲荷坂
春の旅坂登り王子稲荷神社
両側に並ぶ幟に春の風
旅先の王子稲荷の花満開  
春日浴ぶ極彩色の稲荷神社
春旅に目にする狐の行列図  
春日差す社の境内に古井戸が
春日浴ぶ本宮過ぎて願掛け石
春日浴ぶ祠に置かれし御石様
春旅に願掛けの石持ち上げる
春日影狐の穴跡目の前に
春の朝名主の滝へと歩を運び
春の旅仲間と名主の滝公園
春日差す門を潜りて園内に
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花ぐもり (平成29年5月23〜24日)

2017/05/23 00:39

◎ 平成二十九年五月二十三〜二十四日 花ぐもり

● 平成二十九年五月二十三日 火曜日 
○ 四月日々折々 その十 花ぐもり

《今回の自選代表二句と自句自解》

春の午後赤いドレスの丘登場  

 春の日の午後、錦糸町駅前のセキネ楽器店で丘みどりのミニライブが開催され、今赤いドレス着の丘が登場した。ドレスも良く似合う。

春に丘「夜桜お七」のカバー曲  

 四月上旬、この時季にふさわしいカバー曲の「夜桜お七」の歌が丘みどりによって披露された。

〈四月上旬 亀戸・錦糸町(ミニライブ)・銀座散策 その六〉
・錦糸町散策B
春の午後歌手丘みどりのキャンペーン
春の午後丘の店頭ミニライブ
春の午後歌手野外のミニライブ
春の午後赤いドレスの丘登場  
花ぐもり丘店頭の壇上に
春の会丘に人垣七重八重
能面の隣で応援春の会
春の午後丘観客に「こんにちは」
春うらら丘の笑顔の写真撮る
春の会みどり最初にテビュー曲
春の会「おけさ渡り鳥」歌う丘
春の会ファンたち丘に「みどりちゃん〜」
先輩と東京話を丘春に
春の会みどりが歌うカバー曲
春に丘「瀬戸の花嫁」のカバー曲
春の午後みどり次つぎ歌熱唱
公園の桜の話を語る丘
春に丘「夜桜お七」のカバー曲 
春愉し丘語る靴の裏話
春の会「雨の木屋町」丘熱唱
春の会ファンたち何度も「みどりちゃん〜」
春の日にこの地の思い出語る丘
春の日に冬の思い出語る丘
晩春に「渡(ど)」を強調の歌レッスン
春の夕歌手丘「佐渡の夕笛」を
春夕べ「待ってました」と声掛けて
春の会トークと歌を楽しめり
春の日に楽しむ丘のミニライブ

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● 平成二十九年五月二十四日 水曜日 
○ 四月日々折々 その十一 春雨

《今回の自選代表二句と自句自解》

有楽町着いて再びする花見 

 今日は、亀戸・錦糸町(ミニライブ含む)・銀座などを散策している。有楽町駅からしばらく歩くと数寄屋橋交番の前に出た。交番の傍らには満開の桜。はなを愛でながら銀座四丁目方面へ歩を進めた。

春の雨降るなか銀座の街歩く  

 銀座四丁目付近のビルで、九十分ほどの用件を済ませて外に出ると雨が降っていた。妻と雨の中の銀ブラとなった。

〈四月上旬 亀戸・錦糸町(ミニライブ)・銀座散策 その七〉
・銀座散策
春夕べライブ後妻と銀座へと
春小旅錦糸町から秋葉原
春小旅秋葉原から有楽町
春小旅駅構内に大黒が
春小旅「有楽大黒」祀られて
春灯下祀る大黒に千社札
春灯下駅構内に縁起記が
春の夕駅降り妻と銀ブラへ
数寄屋橋交番傍に桜花 
有楽町着いて再びする花見 
春小旅並木通りを渡り越す
春夕べ晴海通りに人車
春夕べ妻とぶらぶら歩きゆく
春小旅角に服部 時計店
春小旅通りの角に三越が
ここ銀座三越ビルに春夕日
春の夕妻連れ銀座四丁目
春の夕妻と立ち寄るショールーム
春の日に予約した用無事終えて
春の日に二時間程の用済ませ
春の日の用終える頃既に夜
用終えて出るビルの外春の雨
春の雨降るなか銀座の街歩く  
春の雨降るなか傘差し歩くゆく
春の雨銀ブラ気分で向かう駅
春雨や銀座の街を二人して
春の夜有楽町駅より電車
松戸へと乗り継ぐ車窓に春の雨
春の雨松戸に着くころ既に止み
春の夜全ての予定終え帰宅
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花の色 (平成29年5月21〜22日)

2017/05/21 00:23

◎ 平成二十九年五月二十一〜二十二日 花の色

● 平成二十九年五月二十一日 日曜日 
○ 四月日々折々 その八 花の色

《今回の自選代表二句と自句自解》

くず餅の味覚楽しむ春愉し 

 亀戸天神で参拝した後、数年振りで船橋屋に立ち寄り、妻と名物のくず餅を頬張った。黒蜜味のくず餅がうまい。

満開や錦糸公園花の色 
 
 桜が満開のこの錦糸公園。薄いピンクの桜色に染まっている。

〈四月上旬 亀戸・錦糸町(ミニライブ)・銀座散策 その四〉
・亀戸散策C
春旅に立ち寄る元祖くず餅屋
春旅に寄る八代目の老舗店
春日寄る老舗操業二百余念
春灯下明治の写真店内に
春の旅妻とくず餅に舌鼓
春の旅店の座席で舌鼓
春旅に食むくず餅にきな粉味
春旅に食むくず餅に黒蜜味
春の旅三位一体の味愉し
くず餅の味覚楽しむ春愉し 
春旅にくず餅の味楽しめり
春うらら栞に番付横綱と
春の旅一休み後にまた歩く

・錦糸町散策@
春の旅妻と錦糸町方面へ
春の旅妻と天神橋渡る
春の旅横十間川渡りゆく
春の旅左折し錦糸公園へ
公園に桜満開の木々あまた
花満開錦糸公園ピンク色
満開や錦糸公園花の色 

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● 平成二十九年五月二十二日 月曜日 
○ 四月日々折々 その九 花見客

《今回の自選代表二句と自句自解》

満開の桜に嬌声笑い声 

 上野公園のように花見客が集まっている錦糸公園。満開の桜に、花見客の嬌声や笑い声が聞こえてくる。

桜咲く公園の空にスカイツリー 

 桜が満開のこの錦糸公園。公園内を歩いてゆくと、程なく春空を背に聳え立つ東京スカイツリーが目に飛び込んできた。絵になる大都会の春景色だ。

〈四月上旬 亀戸・錦糸町(ミニライブ)・銀座散策 その五〉
・錦糸町散策A
旅先の錦糸公園に花見客
花見客錦糸公園に数多居て
公園内にぎわいのある花見客
満開の桜に嬌声笑い声 
公園内飲めや歌えの花見客
満開の桜と人々コラボして
公園内大盛り上がりの花見客
お花見や外人グレープ盛り上がる
桜咲く公園の空にスカイツリー 
錦糸町桜まつりの幕見えて
錦糸町見ていて楽しきお花見に
東京で見ていて楽しき花巡り
花見終え歩いて錦糸町駅へ
花見終え妻と駅傍のカフェに入る
春の午後妻とゆっくりコーヒーを
花見終え小休止後にミニライブ
春小旅向かう駅傍の楽器店
春の午後妻連れセキネ楽器店
春の午後三時半よりミニライブ
春の午後歌手丘みどりのミニライブ

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桜 (平成29年5月19〜20日)

2017/05/19 02:52

◎ 平成二十九年五月十九〜二十日 桜

● 平成二十九年五月十九日 金曜日 
○ 四月日々折々 その六 桜

《今回の自選代表二句と自句自解》

緑道の桜花の並木に鳥の声 

 桜まつりが開催されている亀戸緑道公園。緑道の桜花の並木から、幾種かの鳥の声が聞こえる。

桜まつり頭上の提灯長ながと  

 桜まつりが開催されている亀戸緑道公園から隣接している大島緑道公園に入った。頭上には、吊り下げられた提灯が長々とのびしていた。

〈四月上旬 亀戸・錦糸町(ミニライブ)・銀座散策 その二〉
・亀戸散策A
緑道を桜を愛でつつ歩きゆく
緑道の桜の並木に春の鳥
緑道の花咲く並木に鳥の声
緑道の桜花の並木に鳥の声 
上空を囀り鳥の飛び交へり
妻と行く花のトンネルの如き道
花の道数百メートル歩きゆく
花巡り今七号線ガード下
※七号線・・・首都高速七号小松川線
花巡り大島緑道公園へ
妻連れて緑道続きの花巡り
我が頭上「さくらまつり」の横断幕
花愛でて大島緑道公園を
桜まつり頭上の提灯長ながと  
春の午後頃合いを見て戻る道
春日和ポカポカ陽気の道戻る
春の午後亀戸駅を通り過ぐ
春旅に亀戸十三間通り
春の午後天盛堂過ぎ通りへと
春の午後商店街を通り過ぐ
春小旅角に亀戸梅屋敷
春の旅ここは亀戸四丁目
春小旅左折し蔵前橋通り

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● 平成二十九年五月二十日 土曜日 
○ 四月日々折々 その七 春暑し

《今回の自選代表二句と自句自解》

満開の桜の向こうにスカイツリー  

 亀戸天神の鳥居の近くに一本の満開の桜の木があった。近づいて見ると、その向こうに東京スカイツリーが聳え立っていた。

春暑し池の亀たち甲羅干し  

 時間が経つうち、気温も上昇してきた。暑いぐらいだ。亀戸天神の池には、多くの亀たちが春の日差しの中で、早くも甲羅干しをしていた。

〈四月上旬 亀戸・錦糸町(ミニライブ)・銀座散策 その三〉
・亀戸散策B
交通量多き通りや春の午後
春旅に「福地写真館」前通過
春日和歩いて亀戸天神へ
天神の参道脇に桜花
春日和鳥居の向こうにスカイツリー
満開の桜の向こうにスカイツリー  
春小旅鳥居を潜り太鼓橋
朱の欄干背にスカイツリー春の空
春日浴び数年振りに橋渡る
江戸の世と変わらぬ橋や春の夢
春の夢脳裏に江戸の浮世絵が
春暑し池の亀たち甲羅干し  
春の旅天神様に手を合わせ
春祈る天神様にボケ防止
春祈る学問の神にボケ防止
参拝後散策楽しむ春の旅
春の旅記念碑いくつも境内に
春の旅社の境内に句碑と歌碑
春の旅社の境内に亀の井戸
天神の参道近くに木瓜の花
春の旅ぶらり立ち寄る船橋屋

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蒲公英 (平成29年5月17〜18日)

2017/05/17 02:11

◎ 平成二十九年五月十七〜十八日 蒲公英

● 平成二十九年五月十七日 水曜日 
○ 四月日々折々 その四 春

《今回の自選代表二句と自句自解》

春の夜に魅惑のリズム流れ来る  

 夜桜コンサートの会場の西蓮寺。春の夜、アンサンブルの魅惑的なリズムが音となり、境内に流れる。

夜桜や家族で楽しむコンサート 

 夜桜コンサートの会場。夜桜を愛でながら、家族で楽しいひと時を過ごした。娘の知り合いの井上公平氏とも講演後、少し話をした。

(四月上旬 夜桜コンサートC)
春の会次の合奏「サンセット」
※ 「サンセット」・・・作曲 井上公平
春の夜に曲の思い出語る彼
春の会続いて合奏曲「Blue」
※ 「Blue(ブルー)」・・・作曲 井上公平
春の会 次「Go West 53」
※ 「Go West 53(ゴーウエスト五十三)」・・・NHK てれび絵本「浮世絵えほん 東海道五十三次」テーマソング 井上公平 音楽プロデュース
春の夜に篠笛の音心地良く
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「春の写真」の〈四月上旬 夜桜コンサート〉に「夜桜コンサートのワンシーン」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
春の会アンサンブルの音心地良し
春の夜の五人の合奏魅力的
春の夜に魅惑のリズム流れ来る  
春の夜アンコール求め客拍車
春の会最後アンコール曲演奏
春の会細微に観客大拍手
夜桜や家族で楽しむコンサート 
九十分音楽楽しむ春の夜
春の会終了後に会う公平氏 
春語る娘の知人の井上氏と
夜桜と娘と彼とツーショット
公平氏と握手し別れる春の夜
音楽を満喫夜桜コンサート
春の会終えて家族で家路就く

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● 平成二十九年五月十八日 木曜日 
○ 四月日々折々 その五 蒲公英

《今回の自選代表二句と自句自解》

春日差我が全身にポカポカと  

 今日は、春の日差しが心地良い。全身に春の日を浴びた。暖かい。

春うらら若きカップル腕組んで 

 うららかな春の日。桜まつりが開催されている亀戸緑道公園で、腕を組んだ若いカップルとすれ違った。春だ。

〈四月上旬 亀戸・錦糸町(ミニライブ)・銀座散策 その一〉
・亀戸散策@
晴れた日に妻と花見とライブ見に
春風に誘われ妻連れ散策に
春風に誘われ妻連れ東京へ
松戸駅向かう路傍に蒲公英が
春の午後松戸駅より上野へと
満開の桜車窓に流れゆく
春の午後上野駅より秋葉原
春の午後秋葉原より亀戸へ
亀戸駅改札出れば春日差
改札を出れば眩しき春日差
春日差我が全身にポカポカと  
駅付近ポカポカ陽気の春の午後
駅前の通りの路傍に咲く桜
春日浴び陸橋渡り公園へ
駅降りて桜まつりの公園へ
春日浴び亀戸緑道公園へ
妻連れて桜まつりの公園に
二人して「桜まつり」の門くぐる
春日和公園内に親子連れ
春日和公園内にカップルが
春うらら若きカップル腕組んで
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夜桜 (平成29年5月15〜16日)

2017/05/15 02:29

◎ 平成二十九年五月十五〜十六日 夜桜

● 平成二十九年五月十五日 月曜日 
○ 四月日々折々 その二 春の夜

《今回の自選代表二句と自句自解》

春の宵闇に篝火あかあかと 

 夜桜コンサートの会場の西蓮寺。春の宵闇が深まり、篝火があかあかと見え始めた。

ステージで「夜桜きれい」と演奏者 

 夜桜コンサートの会場の西蓮寺。定刻に始まり、篠笛奏者の井上 公平氏が演奏しながらステージに登場した。曲を披露した後、あいさつのなかで、井上氏は、「夜桜がきれいですね」と語った。夜桜コンサートの雰囲気が一挙に盛り上がった。

(四月上旬 夜桜コンサートA)
春の宵闇に篝火あかあかと 
夜桜や六時より野外演奏会
桜愛で鑑賞野外演奏会
春の会女性司会者「開会」と
夜桜や篠笛の音境内に
㊟篠笛・・・篠笛(しのぶえ)は日本の木管楽器の一つ。篠竹(雌竹)に歌口と指孔(手孔)を開け、漆ないしは合成樹脂を管の内面に塗った簡素な構造の横笛である。伝統芸能では略して「笛」や「竹笛」と呼ばれることも多い。尺八やフルートと同じく「エアリード楽器」に分類される。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
春の会井上公平境内に
春の会井上公平笛奏で
㊟井上・・・井上 公平 KOHEI INOUE
◆主な音楽活動・受賞歴
井上良平、井上公平の双子ユニット「AUN(あうん)」
カーネギーホール公演(4回)。グアテマラ・アンティグア(世界遺産) 、アトランタFOXシアター、エミー賞授賞式、世界遺産熊野古道、平等院鳳凰堂、 蔵王堂でのライブ。 天皇陛下即位10周年記念ライブ、天皇皇后両陛下、皇太子殿下ご臨席の行事にて演奏。 アメリカ・ヨーロッパ・アジア・北欧・中近東・南米など、世界40ヶ国以上で公演。
◆プロフィール
18歳の時、世界ではじめて和太鼓を広めた鬼太鼓座に参加。数年後には、 全米一周1万5千キロという距離を3年かけてマラソン走破し、300回以上のステージをこなす中、4回のニューヨークカーネギーホール公演を成功させる。 12年間、座の中心的プレイヤーとして世界各地20カ国、国内外で1000回を超える公演活動を行う。
 2000年、新しい表現を求め、AUNを結成。 全国61カ所ツアーを皮切りにBMG JAPANからアルバム2枚、DVD1枚を制作。2006年、日本文化継承を伝える活動をニューヨークに広げ、マンハッタンでのライブ活動や、全米各地のフェスティバルへ参加。その年には外務省に招聘され、南米ガテマラ、コスタリカ、コロンビア・ツアーも展開。その年には、国土交通省「ビジットジャパン・キャンペーン」をプロデュース。そのテーマソングを作曲、演奏も行い、日本の伝統を和楽器音楽を通じて世界に発信することに軸足を置き始める。そして、2008年、和太鼓アーティストとして活躍するAUNの良平と公平が、箏や尺八などの若手実力派の和楽器奏者とともに『AUN J (あうんじぇい)クラシック・オーケストラ』を結成。『もっとポピュラーに、もっとシンプルに、もっとかっこよく。』をテーマに、和楽器の可能性を表現し、世界へ向けて活動中。2012年文化庁から文化交流使に任命され、アジア10各国ツアーを成功させる。「桜プロジェクト」として2010年から全国の小学校へ和楽器の演奏と桜の植樹を行っている。現在100校以上の小学校へ訪問。
ソロ活動では、波乗りをしながら、湘南を中心に篠笛アーティストとして活動中、2011年にオリジナルアルバム「SUNRISE」を発表、第2弾となるアルバムを今夏発表予定。鎌倉妙本寺、鎌倉じゃず祭、湘南のライブハウスやカフェなどでWacoustic Music(和コースティック)と題して、和楽器とアコースティック楽器との融合音楽を目指し、和楽器の可能性を感じさせる音作りをしている。(www.aunj.jp/jpn/member/profile/kohei.htmlより転載)
★AUN&HIDEは平成23年度「文化庁文化交流使」に任命されています。
日本の文化交流使として世界へ和楽器を発信しています。
Profile
「音楽に国境はない。しかし国籍はある」という思いから、和楽器の可能性を追求し、世界に向けて発信している良平と公平は、和太鼓、三味線、篠笛を奏でる双子ユニット「AUN(あうん)」において精力的に活動を行っている。2009年には、AUNが邦楽界で活躍する若手ミュージシャンを集めて、もっとポピュラーに、もっとシンプルに、もっとかっこよく和楽器の素晴らしさをアピールしていくプロジェクト「AUN J クラシック・オーケストラ」を結成し、国内外で演奏活動を行っている。伝統的な和楽器の特色を生かしつつ、現代の人々の感性と融合させた彼らの活動は、日本から世界へ新しい音楽史を紡ぐフロントランナーの役割を担っている。(AUN&HIDE Official Web Site より転載)
◎『井上良平、井上公平の双子ユニット「AUN(あうん)」』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百九十六)》
春の夜公平通路より壇へ
春の会やがて鼓との共演に
春の会強弱・緩急演奏に
春の夜境内に笛と鼓の音
夜桜を愛で聴く和楽器演奏会
ステージで「夜桜きれい」と演奏者 
春の会続いて三味と太鼓の曲
春の会強弱・長短演奏に
客席より手拍子の湧く春の会
春の会曲に合わせて手拍子が
春の会迫力のあるステージに
春の会登場女性の二胡奏者
春の夜胡弓の奏者チャイナ服
春の夜服のスリット艶めかし

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● 平成二十九年五月十六日 火曜日 
○ 四月日々折々 その三 夜桜

《今回の自選代表二句と自句自解》

夜桜に胡弓の調べ流れゆく 

 夜桜コンサートの会場の西蓮寺。桜満開の境内に二胡の調べが、穏やかに流れてゆく。

夜桜や着物の奏者艶やかに 

 夜桜コンサートの会場の西蓮寺。和服の琴奏者が登場し、艶やかな雰囲気となった。

(四月上旬 夜桜コンサートB)
春の会「久遠の河」の二胡演奏
※ 「久遠の河」・・・映画「レッドクリフU」の主題歌
夜桜に胡弓の調べ流れゆく  
春の夜に登場和服の琴奏者
夜桜や着物の奏者艶やかに 
春の会「祭りの太鼓」の琴演奏
※ 「祭りの太鼓」・・・筝曲 「祭りの太鼓」 作曲 宮城道雄
境内に琴の音響く春の夜
春の会さらに加わるピアニスト
春の夜に二胡・琴・ピアノのアンサンブル
春の会にシンセサイザー・キーボード
春の会二胡・琴・ピアノの合奏を
春の会続いて二胡の定番曲
春の会「賽馬」にピアノ・二胡・太鼓
※ 「賽馬(さいま)」・・・中国の定番二胡曲
春の会胡弓の響きにある緩急
春の会舞台の奏者に大拍手
春の夜にアンサンブルの「涙そうそう」
※ 「涙(なだ)そうそう」・・・作詞  森山良子
春の会途中で井上再登場
春の会井上公平笛を手に
春の会公平加わりアンサンブル
春の夜に五人舞台で生演奏
春の夜に曲の演奏次つぎと

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春夕べ (平成29年5月13〜14日)

2017/05/13 00:01

◎ 平成二十九年五月十三〜十四日 春夕べ

● 平成二十九年五月十三日 土曜日
○ 三月日々折々 その十九 春夕べ

《今回の自選代表二句と自句自解》

春の会丘に応えて我歌う 

 うららかな春の日。演歌歌手の丘みどりの新曲「佐渡の夕笛」のキャンペーン。歌のレッスンの後、会場にいる私にマイクを向けてくれたので、「今年も浜辺に 島桔梗♪」と一節歌った。にこやかな対応が印象的であった。

春麗丘と握手のツーショット 

 春の丘みどりふれあいミニライブの後、握手会と写真撮影会。笑顔の歌姫と握手しながらのツーショット写真をスタッフに撮ってもらった。

(三月下旬 松戸「みらいフェスタ」と小岩散策と丘みどりミニライブ その八)
・「丘みどりふれあいミニライブ〜3月25日 (土)新曲キャンペーン東京(16:00 小岩・音曲堂)〜B」
春の会歌姫ファンらにマイク向け
春の会ファンたち順に歌う唄
春の会歌姫我にマイク向け
春の会丘に応えて我歌う 
春に我「今年も浜辺に 島桔梗♪」
ファンらへのレッスン終了春の会
春の会丘とファンらに一体感
春の会レッスン済ませ歌う丘
春夕べ「佐渡の夕笛」姫熱唱
春の会歌姫の歌に大拍手
歌姫の笑顔弾ける春の会
春の午後楽しき丘のミニライブ
春の会北海道からファン参加
春うらら姫のサインと握手会
春の会我も歌姫とツーショット
春麗丘と握手のツーショット 
春うらら歌姫我に神対応
春うらら歌姫笑顔の神対応
もてなしの心伝わる春の会
春の会歌姫ファンらに神対応
参加ファン大盛り上がりの春の会
春の夕大満足で就く家路
春夕べ色紙とCD手に家路
春夕べ小岩駅より松戸へと
春夕べ電車バス乗り家路就く

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● 平成二十九年五月十四日 日曜日
○ 三月日々折々 その二十 春の雨

《今回の自選代表二句と自句自解》

会場の寺境内の花満開  

 夜桜コンサートの会場の西蓮寺の境内の桜は、今満開。見事だ。

パンジーの咲く境内に篝火が  

 夜桜コンサートの会場の西蓮寺の境内にパンジーが咲いている。春の花が咲く境内の本堂のステージ近くには、篝火が・・・。春の宵のコンサート会場は、とても良い雰囲気だ。

(三月下旬 日常生活A)
連休は連日続く春の雨

○ 四月日々折々 その一 春の宵

(四月上旬 日常生活@)
春羽生最高点で逆転V
※羽生最高点で逆転V・・・◆フィギュアスケート世界選手権 第4日 ▽男子フリー(1日、ヘルシンキ・ハートウォールアリーナ)
 男子フリー(FS)が行われ、羽生結弦(22)=ANA=は世界最高の223・20点を記録しトータル321・59で3季ぶりの王座奪回に成功した。(スポーツ報知)
二日には都心の桜満開に

(四月上旬 夜桜コンサート@)
春の宵家族で歩いて会場へ
案内の表示に夜桜コンサート
※夜桜コンサート・・・春の夜桜コンサート BONFIRE STAGE2017〜開花した桜をかがり火でライトアップした野外演奏会〜
 篠笛(井上公平)×和太鼓(古立ケンジ)×二胡(酒井和嘉子)×箏(柿木原コウ)×ピアノ(砂川彩乃) 〜五つの楽器が奏でるアンサンブル〜
【場所】西蓮寺(千葉県松戸市松戸1900)
会場の寺境内の花満開  
咲くもよし花は嘆かず今を生く
会場の寺境内に木瓜の花
会場の寺境内に若柳
春の宵最前列の席に着く
春の宵女性司会者ステージに
春の会司会予定を告知して
春の宵最初に登場合唱団
春の宵約三十人登壇す
春の宵会場内に湧く拍手
春の宵コーラス発表開演前
春の会合唱曲をPTA
春の会合唱曲は「涙そうそう」
春の会二曲の歌を楽しめり
パンジーの咲く境内に篝火が
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パンジー (平成29年5月11〜12日)

2017/05/11 00:49

◎ 平成二十九年五月十一〜十二日 パンジー

● 平成二十九年五月十一日 木曜日
○ 三月日々折々 その十七 パンジー

《今回の自選代表二句と自句自解》

駅前の路傍の花壇にパンジーが

 小岩駅の駅前通りの路傍の花壇にパンジーの花が咲いていた。可憐な花だ。

丘みどり春の一日キャンペーン

 応援している演歌歌手の丘みどりは三月の今日、午前は東京の町田市で、午後は江戸川区の小岩で一日キャンペーンを実施する。

(三月下旬 松戸「みらいフェスタ」と小岩散策と丘みどりミニライブ その六)
・小岩散策D
春の午後来た道戻り小岩駅
駅前の路傍の花壇にパンジーが
春の旅駅より歩いて音曲堂
※音曲堂・・・音曲堂は昭和6年(1931年)に創業した老舗のレコード店。現在三代目。演歌・歌謡曲イベントのメッカ。新譜・歌手の紹介など一押しの情報を届けている。所在地 東京都江戸川区南小岩7丁目22-5
音曲堂前の幟に春の風
春風に揺れる幟に丘みどり
春風や幟に「佐渡の夕笛」と
演歌歌手丘の新曲春風に
春小旅午後早めに店内へ
春ライブ定刻前に店内へ
春の午後暫し店主と雑談す
春の午後暫し内儀と歓談す
春の午後観客次つぎ集い来る
春の午後ファンたち次つぎ集い来る
春ライブ定刻前に会場へ

・「丘みどりふれあいミニライブ〜3月25日 (土)新曲キャンペーン東京(16:00 小岩・音曲堂)〜@」
丘みどり春の一日キャンペーン 
春日の午前町田にてキャンペーン
春の日に姫は町田より小岩へと
春の午後今日はこれからミニライブ
春の午後歌姫小岩でキャンペーン
春に丘音曲堂にてキャンペーン
春灯会場に客百有余
春灯下座席の前に法被衆

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● 平成二十九年五月十二日 金曜日
○ 三月日々折々 その十八 春灯

《今回の自選代表二句と自句自解》

春に丘振袖姿の艶姿

 うららかな春。演歌歌手の丘みどりは振袖姿の艶やか姿でキャンペーン会場に登場した。

春の会丘ファンたちに歌レッスン

 春の新曲キャンペーン会場で丘みどりは、観客・ファンに新曲の「佐渡の夕笛」の歌のレッスンをしてくれた。

(三月下旬 松戸「みらいフェスタ」と小岩散策と丘みどりミニライブ その七)
・「丘みどりふれあいミニライブ〜3月25日 (土)新曲キャンペーン東京(16:00 小岩・音曲堂)〜A」
春の会ライブの開始午後の四時
春灯下丘通路よりステージへ
春灯下和服の丘はステージへ
春や春姫待望の着物姿
丘春にあかき着物にくろい帯
春灯和服の歌姫魅力的
春に丘振袖姿の艶姿
春に姫振袖姿の艶姿
春に姫振袖姿の艶姿
春逡巡丘「移動中渋滞に」と
春の会歌姫最初にデビュー曲
春の会先ず姫「おけさ渡り鳥」
春の会随所でファンたち「みどりチャ〜ン」
春の会歌姫三曲メドレーで
春に丘「酒場にて」などメドレーで
春愉し姫の収録裏話
丘みどりトークも楽し春愉し
春の会「雨の木屋町」姫歌う
春の会生の歌声に迫力が
春の会歌姫の歌に大声援
春に丘「佐渡の夕笛」のポイントを
春の会丘ファンたちに歌レッスン 
春の会レッスン後に姫客席へ


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犬ふぐり (平成29年5月9〜10日)

2017/05/09 01:03

◎ 平成二十九年五月九〜十日 犬ふぐり
 
● 平成二十九年五月九日 火曜日
○ 三月日々折々 その十五 春の花

《今回の自選代表二句と自句自解》

老松の威容な姿長閑かな 

 天然記念物の日本一の「影向のマツ」。 600年以上の樹齢に加え、繁茂面積の広さと整った樹形で「日本で最も古いマツ」「日本一の名マツ」と長く名声を博した名松。その威容は、うららかな日差しの中で鑑賞していると、どこか不思議な長閑さを感じる。

春の花噴火横死者供養碑に 

 善養寺の境内に、天明三年の浅間山噴火横死者供養碑に建立されていた。その供養碑には、この時季の春の花が供えられていた。合掌。

(三月下旬 松戸「みらいフェスタ」と小岩散策と丘みどりミニライブ その四)
・小岩散策B
春の旅門正面に老松が
春の旅影向のマツ目の前に
㊟影向のマツ・・・影向のマツ(ようごうのマツ)は、東京都江戸川区東小岩の善養寺境内に生育しているクロマツの巨木である。樹齢は600年以上で繁茂面積は日本一といわれ、2011年9月21日に国の天然記念物の指定を受けた。正式指定名称は善養寺影向のマツ[1]。香川県大川郡志度町(2002年4月1日に他の4町と合併してさぬき市となる)にあった岡野マツとの「日本一争い」でも知られている[2][3]。(中略)
 600年以上の樹齢に加え、繁茂面積の広さと整った樹形で「日本で最も古いマツ」「日本一の名マツ」と長く名声を博し、1926年4月には東京都の天然記念物に指定された[2][3][5]。しかし、1970年代後半になって「ライバル」の存在が判明した。善養寺の当時の住職が寺の門前に立てていた「日本一」という看板を偶然見かけたタクシーの運転手が、「私の出身地、香川県志度町にある『岡野マツ』こそ日本一です」と知らせてきた[3]。その知らせを聞いた当時の住職は、岡野マツが生育する志度町の真覚寺へ出向いた。岡野マツは樹齢550年から600年といわれ、樹高は8メートル、枝張りは33メートルあった[9][10]。住職が巻尺で実測してみたところ、わずか数センチメートルの差で岡野マツの枝ぶりの方が大きかった[3]。繁茂面積は互角だったため、住職は「形の良さでは影向のマツが上」と自らに言い聞かせたという[3]。
 2本の名木をめぐる争いは、マスコミにも注目された。テレビの情報番組が影向のマツを「日本一」と紹介したことに対して真覚寺側が抗議し、善養寺側もラジオ番組に出演して「影向のマツこそ日本一」と訴えた。双方とも一歩も譲らず、論争は1年余りにわたって続いた[2][3]。
この論争は、思わぬ形で1980年5月に決着を迎えた。善養寺で大相撲の行司の法要が執り行われた際、参列した志度町出身の行司と住職がマツをめぐって口論になってしまった。それを見かねた立行司の木村庄之助が仲裁に入った。庄之助は、「どちらも日本一につき、双方引き分け」と裁いた。同席した地元小岩出身で、当時日本相撲協会の理事長を務めていた春日野親方も「双方を東西の横綱に推挙する」と庄之助の裁きを後押しした[2][3][6]。この「名裁き」により善養寺と真覚寺の争いは解決し、住職も庄之助の計らいに感謝した[3][6]。翌年9月には、春日野親方から「日本名松番付横綱推挙状」のプレートが善養寺に贈呈され、マツの下に設置されている[3][6]。
 その後東西の横綱マツとして、影向のマツと岡野マツは名を連ねていたが、1993年5月20日、岡野マツは枯死してしまった[3][6][9][10]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「日本一の影向のマツ」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百九十五)》
春の旅見事な老松眼前に
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「春の写真」の〈三月下旬 松戸「みらいフェスタ」と小岩散策と丘みどりミニライブ〉に『日本一の「影向の松」』の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
春旅に「影向の松」鑑賞す
春の旅老松見事な幹周り
春日和松の景観に秀麗さ
春や春屈指の威容老松に 
老松の威容な姿長閑かな 
春日浴ぶ影向のマツ日本一
春日浴ぶ老松天然記念物
春旅に枝ぶり見事な松を愛づ
春日浴ぶ老松近くに不動堂
春日浴ぶ老松前に寺本堂
春の旅おびんずる様本堂に
善養寺本堂内に春灯
旅先の寺境内に春日差
旅先の影向殿に春日差
旅先の不動門にも春日差
春日浴ぶ不動門脇に和傘の碑
春日浴ぶ石碑に天明三年と
春日浴ぶ石碑に浅間山 
春日差噴火横死者供養碑に
春の花噴火横死者供養碑に 
善養寺随所で合掌する春日 

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● 平成二十九年五月十日 水曜日
○ 三月日々折々 その十六 犬ふぐり

《今回の自選代表二句と自句自解》

春風に少年野球の子らの声 

 東京都江戸川区の江戸川河川敷。広い河川敷にある野球場からは、元気の良い野球少年の声が春風に乗って聞こえてくる。

少年の球音響く春日和 

 うららかな春日和の江戸川河川敷。広々とした河川敷にある野球場に、少年野球の球音が響く。春を実感する。

(三月下旬 松戸「みらいフェスタ」と小岩散策と丘みどりミニライブ その五)
・小岩散策C
春小旅参詣済ませ江戸川へ
春小旅寺辞し近くの江戸川へ
江戸川の堤に吹きゆく春の風
春の川 沿いに河川敷野球場
江戸川に 春空広がる野球場
土手沿いに幾つも若芝野球場
川沿いに幾つも若芝野球場
春風に少年野球の子らの声 
少年の球音響く春の川
春風に少年野球の球音が
少年の球音響く春日和 
春光に輝くばかりのユニフォーム
春風を身に浴び堤を歩きゆく
春の日を浴びて江戸川の堤ゆく
船行けば航跡白き春の川
江戸川の堤の路傍に犬ふぐり
江戸川の堤の路傍に餅草が
江戸川の堤の路傍に菜の花が
春の午後頃合いを見てバス停へ
春の午後バス乗り戻る小岩駅

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春風 (平成29年5月7〜8日)

2017/05/07 01:29

◎ 平成二十九年五月七〜八日 春風

● 平成二十九年五月七日 日曜日
○ 三月日々折々 その十三 春風

《今回の自選代表二句と自句自解》

春フェスのお絵かきせんべい大人気

 春に開催された「みらいフェスタ」の西口会場に「お絵かきせんべい」のコーナーがあった。食べられる食材でお煎餅にお絵かきして、描いたあと食べられるというので多くの親子連れが集まっていた。

春うららこども食堂に親子連れ 

 うららかな春日。「みらいフェスタ」の西口会場にある「こども食堂」にも親子連れが並んでいた。

(三月下旬 松戸「みらいフェスタ」と小岩散策と丘みどりミニライブ その二)
・松戸「みらいフェスタA」
春風に「みらいフェスタ」の幟揺れ
春フェスタ大福・コロッケ売店に
春フェスのお絵かきせんべい大人気 
会場のテント露店に春日差
春フェスに工作・ゲームのブースあり
春フェスタここにも数多に親子連れ
春日浴ぶ幟にこども食堂と 
春うららこども食堂に親子連れ 
春フェスにすこっぷくんの生ライブ
※すこっぷくん・・・青森県の企業のゆるキャラ。
春風に三味線の音と歌声が
春の午後頃合はかり散策へ
春フェスタ見終えて小岩散策へ
春の昼松戸駅よりバスに乗り
春の昼京成バス乗り市川へ
春の午後市川駅より電車乗る
春の午後市川駅より小岩へと

・「小岩散策@」
春の旅小岩駅より散策に
春の旅小岩駅よりまたバスに
春の午後京成バス乗り古刹へと
春の旅江戸川堤の傍の寺
バス降りて寺まで歩く春の旅

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● 平成二十九年五月八日 月曜日
○ 三月日々折々 その十四 春の空

《今回の自選代表二句と自句自解》

仁王門脇に明るき桜花  

 東京都江戸川区東小岩にある古刹の善養寺。仁王門脇にある桜が明るい。

春の旅寺境内に横綱山  

 春の小さな旅。善養寺の境内に横綱山があった。傍らの説明板には、第44代横綱栃錦との縁が記されていた。

(三月下旬 松戸「みらいフェスタ」と小岩散策と丘みどりミニライブ その三)
・小岩散策A
春日和バス降り向かう善養寺
㊟善養寺・・・善養寺(ぜんようじ)は、東京都江戸川区東小岩にある寺院。真言宗豊山派に属し、大永7年(1527年)の創建と伝わる[1][3]。末寺130余りを擁する中本寺格の寺院であり、「小岩不動尊」の別名でも知られている[1]。
 境内に生育する国の天然記念物「影向のマツ」は、香川県の「岡野マツ」[4]との日本一争いで名高い[3][5][6][7]。このマツの他に、「天明3年浅間山噴火横死者供養碑」などの文化財を所有している[8][9]。境内では5月下旬にバラ・サツキ展、10月末から11月初めに菊花展が開催され、多くの人を集めている[1][3][10][11]。「影向のマツ」のエピソードや「式守伊三郎報恩碑」など、大相撲と縁の深い寺でもある[5][12]。フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
影向のマツ愛でに行く春の旅
春の日を身に浴び向かう善養寺
春の旅参道沿いに松並木
春日浴ぶ石柱に小岩不動尊
松並木上空広ぐ春の空
善養寺鳥の囀り参道に 
仁王門脇に可憐な桜花
仁王門脇に明るき桜花  
春日浴び歩く新四国遍路道
春旅に八十八ヶ所霊場を
弘法大師修行御影に春の花
式守の報恩の碑へ春の風
伊三郎報恩の碑に春の風
春の旅寺境内に横綱山  
春の旅碑の傍に山の説明板
春旅に知る栃錦の出身地
㊟栃錦・・・栃錦 清隆(とちにしき きよたか、1925年2月20日 - 1990年1月10日)は、東京府南葛飾郡(現・東京都江戸川区)出身の元大相撲力士。第44代横綱。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
春の旅星降り松は門右に
春の旅二代目の松門際に
春の旅門の左に鐘楼が

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進学 (平成29年5月5〜6日)

2017/05/05 01:34

◎ 平成二十九年五月五〜六日 進学

● 平成二十九年五月五日 金曜日
○ 三月日々折々 その十一 進学

《今回の自選代表二句と自句自解》

お彼岸に孫の進学報告す 

 春の彼岸に三世代で墓参り。ご先祖に、孫の高校卒業後の進学を報告した。合掌。

三月や路傍に駐車引越車 

 春三月。近所の路上にある有名な引越業者の車が駐車していた。荷物を車に運び入れているところであった。これは、時々みかける光景だ。これも、春の風物詩だ。

(三月下旬 彼岸の墓参りと孫の合格祝う会A)
墓地墓所に彩(いろどり)添える春の花
孫息子の高校卒業報告す
お彼岸に孫の合格報告す
お彼岸に孫の進学報告す
お彼岸に我懇ろに合掌す
春風に線香の煙流れゆく
お彼岸の墓参済ませて食事会
お彼岸の墓参済ませて昼食会
仲春によく行く回転寿司店へ
家族での卒業祝いの昼食会
三月に合格祝いの昼食会
三月に乾杯家族六人で
皆と食む卒業祝いのマグロ寿司
卒業や鮪七巻盛り美味し
三世代寿司を食みつつ談笑す
卒業の祝いを終えて家路就く

(三月下旬 日常生活)
雨の日に東京の桜開花して
東京の桜の開花雨の日に  
三月や路傍に駐車引越車 
春場所に新横綱が優勝す
※新横綱が優勝・・・新横綱の優勝は、15日制定着後の1949年夏場所以降では95年初場所の貴乃花以来4人目。
春場所に稀勢の里関二連勝

(三月下旬 カラオケの月例会)
三月や今日カラオケの月例会
会場へ向かう我が身に春日差
橋渡る我が身にやさしき春の風
三月に八名集う歌仲間
三月にカラオケ仲間と昼食会 
春の昼食事と会話楽しめり
春の午後仲間と交互に歌う唄
仲春に好きな演歌を次つぎと
春の午後三時におやつ仲間らと
春の午後再び仲間と歌熱唱
春の午後五時頃カラオケお開きに
春夕べ市街地抜けて家路就く

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 平成二十九年五月六日 土曜日
○ 三月日々折々 その十二 春日和

《今回の自選代表二句と自句自解》

よく晴れてイベント日和春日和

 三月の土曜の休日。今日も良く晴れた。今日は、松戸「みらいフェスタ」の開催日である。まさにイベント日和の日となった。

㊟みらいフェスタ2017・・・松戸市では、子どもも大人も住みやすい、より良い未来(街)を目指して、多くの市民活動団体等が日々活動しています。イベント当日は、出展団体によるパフォーマンス、体験コーナー、飲食ブースなど、様々な楽しい企画が満載です。
子ども・若者・高齢者・障がい者にとって「やさしいまつど」を体感できる、この「みらいフェスタ」に、ぜひお越しください。(松戸市HPより転載)

よく晴れて公園人込む春フェスタ  

 三月の土曜の休日。今日も良く晴れた。今日は、松戸「みらいフェスタ」の開催日である。会場の一つであるここ西口公園も、親子連れなどでにぎわっていた。

(三月下旬 松戸「みらいフェスタ」と小岩散策と丘みどりミニライブ その一)
・ 松戸「みらいフェスタ@」
「みらいフェス」当日温き春日和
よく晴れてイベント日和春日和 
春日和「みらいフェスタ」に人あまた
春日和歩いてフェスタ会場へ
春うららフェスタ会場人あまた
春フェスタ会場に多き親子連れ
春のフェス各種のブース立ち並び
幾種もの出展ブース春フェスタ
春フェスタなかに体験・ものづくり
春フェスに各種の幟立ち並ぶ
春風に揺れるフェスタの幟旗
春日和人込む松戸駅デッキ
春日和西口デッキにチーバくん
㊟チーバくん・・・チーバくんは、千葉県のマスコットキャラクターである。2010年開催のゆめ半島千葉国体・ゆめ半島千葉大会のマスコットキャラクターとして考案され、2011年1月1日に千葉県のマスコットキャラクターとなった。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
春日差すステージ上ではお囃子会
春空に響く囃子の笛太鼓
春フェスタ頃合をみて別会場
春フェスタ歩いて西口公園へ
よく晴れて公園人込む春フェスタ 
春フェスタここにも各種のブースあり
春フェスタ出展ブースに食・衣類
春フェスタテント露店に小龍包

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彼岸 (平成29年5月3〜4日)

2017/05/03 00:06

◎ 平成二十九年五月三〜四日 彼岸

● 平成二十九年五月三日 水曜日
○ 三月日々折々 その九 蕗の薹

《今回の自選代表二句と自句自解》

春の日の「どうぶつむら」に子ども達  

 よく晴れた日に開催された「春の江戸川カッパ市」。河川敷に「どうぶつむら」も設けられ、子ども達の人気を博していた。「どうぶつむら」には、アヒル・チャボ・モルモット・うさぎ・ひよこなどがいた。

テント露店売り物の中にたらの芽が 

 よく晴れた日に開催された「春の江戸川カッパ市」。テント露店の野菜の売り場の売り物の中にたらの芽などがあった。ここにも春が・・・。

(三月中旬 春の江戸川カッパ市A)
春の日のカッパ市にはカップルも
春の日の「どうぶつむら」に子ども達  
春の日の「どうぶつむら」にアヒル・チャボ
春の日の「どうぶつむら」にモルモット
春の日の「どうぶつむら」にうさぎ・ひよこ
うららかや小動物と触れ合う子
春の市カッパ村にはグルメ露店
カッパ市並ぶ露店に春日差
春の市カッパ村脇にテント露店 
いくつかのテント露店や春の市
知り合いのテント露店に春野菜
春の市農家の主と会話して
テント露店売り物の中にたらの芽が 
テント露店売り物の中に蕗の薹 
春の市ステージ上にバンドマン
春の市舞台に四人のバンドマン
春の市しばらく楽しむ生ライブ
春の市しばらく楽しむ生演奏
懐かしき「パイプライン」を春の日に
春うららフッと脳裏にベンチャーズ
㊟ベンチャーズ・・・ベンチャーズ (The Ventures)は1959年に結成された、アメリカ合衆国のインストゥルメンタル・バンド。特に日本に於いてはビートルズと並び、後の日本の音楽界の全般の影響を与えたバンドとされている。2008年にはロックの殿堂入りを果たした。
 来歴[編集](中略)1966年に加山雄三の「君といつまでも」のカバーを日本で発売してヒットしたことをきっかけに、1960年代中盤から1970年代前半にかけて日本を意識した曲を作るようになり、日本の作詞家が歌詞を付けて発売したことで、歌謡曲の作曲家としても注目されるようになる。越路吹雪のために書いた銀座の夜景をイメージした「GINZA LIGHTS」[2]が「二人の銀座」(和泉雅子&山内賢)としてリリースされたのを皮切りに、「北国の青い空」(奥村チヨ)、ジェリー・マギーが関った「京都の恋」「京都慕情」(渚ゆう子)、「雨の御堂筋」(欧陽菲菲)などの歌謡曲を送り出し、それらはベンチャーズ歌謡と呼ばれた。「アメリカ人にこんな日本的な曲を書けるのか」と当時の日本の音楽評論家たちを唸らせたが、これには当時メンバーを離れたノーキーに代わって参加したジェリー・マギーの幅広い音楽性が作用しているとも言われている。特に「京都の恋」は、(1970年)第12回日本レコード大賞企画賞を受賞している。
 現在でも日本に於いて定期的にコンサートツアーを行っている。米国のバンドではあるものの、インストゥルメンタル主体のバンドであるが故、言語の壁を乗り越えてその明快な楽曲が受け入れられ、米国以上に日本のポップシーンに影響を及ぼした。日本におけるレコード等の総売上は4000万枚を超える[3]。そのため、アメリカ本国より日本で得た収入の方が圧倒的に多い。
 1960年代当時、2ヶ月に1枚のハイペースでアルバムを出しながらツアーを回るというスケジュール事情から、ベンチャーズのメンバーが1960年代前半は基本的にステージメンバーであり、レコーディングでは過半数の音源がスタジオ・ミュージシャンによるものではないかと主張する者もいる。これは前述通りシングル盤リリースと同じペースでアルバム盤を制作、発売していたためで各メンバーの多忙なスケジュール制約等によって曲によってはメンバーが全面的に参加していない物も多く存在しているのではと指摘されている。
 また、[悲しき闘牛/the lonely bull]のベンチャーズ盤が、実はハーブ・アルパートとティファナ・ブラスが先に録音した音源を拝借し、リズム・ギターとベース・パートのみドンとボブの演奏に差し替えたものである。 (ハーブ・アルパート盤のレコーディングに参加していたメル・テイラーが同曲を気に入り、これを基にベンチャーズ盤が作られたらしい)
 2004年日米交流150周年記念外務大臣賞を受賞し、ドン、ボブ・ボーグル、ノーキーが授賞式に参加した。
 2006年、彼らの最初の大ヒット曲である"Walk Don't Run"がグラミー賞の殿堂入りを果たす。
 2008年ロックの殿堂(The Rock and Roll Hall of Fame and Museum)入りを果たす。ドン、ノーキー、リオン、ボブ・スポルディング、ジョン・ダリル(ジェリー・マギーの代理として出席)がニューヨーク・ウォルドルフ・アストリアホテルで開催された授賞式に出演し、ベンチャーズの影響を受けていた事を公言したジョン・フォガティがプレゼンターとして登場。フォガティの紹介に続いてベンチャーズが登場し、「ウォーク・ドント・ラン」を基本編成の4人で、「ハワイ・ファイブ・オー」をブラスセクション付きで演奏した。
 現在も世界各国にファンがおり(但しアメリカ本国ではあまり多くない。しかしエアロスミスがベンチャーズをリスペクトしている事は有名)、コピーバンドも多数存在する。特に日本では老若男女問わず存在し、さらには子供や少女だけのコピーバンドまでいるほどである。これは、日本との特別な関係や、与えた影響という観点から、日本の音楽史に無くてはならない存在ともなっているのは間違いない事実である。1996年にメル・テイラーが、2009年に結成時のメンバーであるボブ・ボーグルが他界したが、今もなお現役でステージに立ち続けている。2009年に結成50周年、2014年に結成55周年を迎えた。
 2010年春の叙勲にて旭日小綬章を受章した。
 2015年度のジャパンツアーをもって、結成メンバーであるドン・ウィルソンがツアーからの引退を正式に表明、同年ジャパンツアー最終日において、ボブ・スポルディングが以後リズムギターを担当し、ベーシストとしてボブ・スポルディングの息子であるイアン・スポルディングを迎えることが正式に発表された。 また同年より、リオン、ボブ、イアンのスポルディング親子を中心とするニューバンド[V-2]が活動を開始した。
 2016年、前年のドン・ウィルソンのツアー引退に続き、ノーキー・エドワーズも自身の高齢と体力低下により、同年の来日ツアーが最後の来日となることを表明した。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「ベンチャーズについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百九十四)》
春や春 バンドのサウンド 軽快に
春の日にベンチャーズバンド楽しめり

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● 平成二十九年五月四日 木曜日
○ 三月日々折々 その十 彼岸

《今回の自選代表二句と自句自解》

行く道や目に入る木蓮風に揺れ  

 行く道で目にした光景。それは、白木蓮が風に少し揺れていた。川風の影響で少し風も強いようだ。

菩提寺の参道沿いに蕗の薹  

 春の彼岸の墓参り。菩提寺の参道に蕗の薹が群生していた。最近は、誰も採取しないようだ。

(三月中旬 春の江戸川カッパ市B)
春の市土手の路傍に紙芝居
春の日の市を楽しみ家路就く 
春風に吹かれてゆるりと就く家路
行く道や目に入る木蓮風に揺れ  
就く帰路の路傍に揺れし白木蓮
家路就く路傍の木蓮明るくて
家路就く路傍の木蓮明るかり

(三月下旬 彼岸の墓参りと孫の合格祝う会@)
お彼岸に新車乗りて菩提寺へ
国道沿い車窓に流れる春景色
道沿いの民家の庭に白木蓮 
国道沿い目に早咲きの桜花
走行中車窓に明るき春日差
菩提寺の駐車場にも春日差 
菩提寺の参道沿いに蕗の薹  
お彼岸に家族六人墓参り
春光に先祖の墓石輝けり
菩提寺の先祖の墓所に春の草
お彼岸に墓掃除する三世代
お彼岸に墓石に孫たち水掛けて
ご先祖の墓前の供花に春の花
ご先祖の墓前の供花に春の菊

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春光 (平成29年5月1〜2日)

2017/05/01 03:34

◎ 平成二十九年五月一〜二日 春光

● 平成二十九年五月一日 月曜日
○ 三月日々折々 その七 春光

《今回の自選代表二句と自句自解》

春日和小道にバードウォッチャー 

 よく晴れた春の日。 江戸川に平行して流れる「松戸ふれあい川」の近くの雑木林から、幾種もの野鳥の声が聞こえる。雑木林の小道には、数名のバードウォッチャーがいた。

黄水仙咲きて狭庭明るかり  

 我が家の狭庭に、黄水仙が咲いている。水仙の黄の色が、狭い庭を明るくしてくれている。

(三月中旬 坂川河津桜まつりと江戸川散歩D)
春空の木立に幾種も鳥の声
野鳥との出会いうれしき春日和
野鳥との出会い嬉しき春の日に
野鳥との出会い嬉しき春日かな  
散策の小道の路傍に菜の花が
春日和小道にバードウォッチャー 
春日和すれ違うバードウォッチャー
春日浴ぶ水門付近より家路
春光や日差しの強さ身に感じ
町内の椿を愛でつつ家路就く
春光や額に汗して家路就く
春暑し額に汗して自宅着く
春暑し散策済ませ風呂に入る
春日和日中の風呂にまつたりと

(三月中旬 日常生活)
黄水仙我が家の庭に群れ咲いて  
黄水仙咲きて狭庭明るかり  
春日和ヘルストロンに妻と行く
㊟ヘルストロン・・・電位治療器(でんいちりょうき)は、電極間又は、電極からアースの間に高電圧をかけて電場を発生させ、その中に人間のからだを置くことで治療する医療機器である。日本では、薬事法における管理医療機器(クラスII)に分類される。医家向と家庭用がある。
 歴史[編集]
 電位治療器は、日本人の発明家原敏之が「高圧送電線下に結核患者がいない、農作物の収穫量も多い」というドイツの医学雑誌の記事をきっかけに、電場が人間のからだに良い影響を与えるのではないかと考え、1928年に高周波超高圧の電位負荷を利用した治療器を開発したのが原型と言われている。その後現在の低周波で変動する電場による電位治療器が厚生省の承認を受けて現在に至っている。1963年に先発メーカーである白寿生科学研究所により「ヘルストロン」(商品名)が製造され、それに続き、ヘルスの「パワーヘルス」とコスモトロン、ドクタートロンの「ドクタートロン」、エヌエスジーの「トランセイバー健寿」、バイオトロンの「ビーオス」、日本セルフメディカルの「メディック」、ココロカの「リブマックス」、プロメイトの「プロメイト」が現れ、現在においては十数社から30数社の各社製品が出回っている。電位治療器は、長い歴史があり機器所有者も多い。また、多くの老人福祉施設にも設置されている。現在、主流となっているのは高圧電位治療器であるが、別の系譜として、太陽放射線の人体への影響についての研究をヒントに、1940年に東邦大学の高田蒔らにより考案された低電圧の負電位負荷による電位治療器がある。(薬事法上のカテゴリーは同じである。)最近では低周波や温熱などとの組合せ治療器も市販されている。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「ヘルストロンについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百九十三)》
うららかや今日また電位治療器に
うららかや今日ものんびりヘルストロン
うららかやヘルストロンにのんびりと 
春うららヘルストロンのあと快眠
春や春孫合格の報を受く

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● 平成二十九年五月二日 火曜日
○ 三月日々折々 その八 菜の花

《今回の自選代表二句と自句自解》

あちこちに菜の花群れ咲く川堤  

 よく晴れた春の日。「春の江戸川カッパ市」に今年も出掛けた。江戸川の土手に群れて咲いている。年ごとに菜の花が増えて咲いていく。

㊟江戸川カッパ市・・・江戸川河川敷を利用し、年2回(3月・11月)のカッパ市を開催しています。
 内容は開催毎に変わりますが、ステージではライブやダンス、会場ではスポーツチャンバラや水合戦、痛車・マンガ・アニメ・ゲーム・キャラクターなどのコスプレを中心としたマンガ・アニメファンの交流イベント「松戸コミマ」も開催されました。
 フリーマーケットや飲食ブース、Eボート乗船体験、猿まわし、紙芝居なども出店しています。
 是非ご来場&ご参加ください。
 カッパ市とは・・・K−8でカッパ。
 8つのKとは、健康、交流、経済、観光、教育、環境、危機管理、結婚(婚活)の頭文字のK−8です。(江戸川倶楽部HPより転載)

春の市うまそうな匂い風に乗り 

 よく晴れた春の日。「春の江戸川カッパ市」に今年も出掛けた。B級グルメの露店なども立ち並んでいる。うまそうな匂いが風に運ばれてくる。

(三月中旬 春の江戸川カッパ市@)
よく晴れて今年も出向いて春の市
江戸川へ出向いて春のカッパ市
今年また江戸川恒例春の市
春風に揺れる堤の幟旗
あちこちに菜の花群れ咲く川堤 
川端の並木の木の芽青あおと
菜の花の土手より眺むスカイツリー
菜の花の向こうにうつすらスカイツリー
春霞スカイツリーのうつすらと
川堤歩く路傍に犬ふぐり
川堤歩く路傍に餅草が
川堤見上げる空に春の鳥
江戸川の春空響く鳥の声
春の市川傍にフリーマーケット
春の市数多なフリマ川傍に   
江戸川や人込む春のカッパ市
春の市B級グルメの露店商
春の市なかに矢切のネギコロッケ
食欲をそそる匂いが春風に 
春の市うまそうな匂い風に乗り 
家族連れ見かける春のカッパ市

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若柳 (平成29年4月29〜30日)

2017/04/29 00:44

◎ 平成二十九年四月二十九〜三十日 若柳

● 平成二十九年四月二十九日 土曜日
○ 三月日々折々 その五 若柳

《今回の自選代表二句と自句自解》

対岸の球音春の風に乗り  

 坂川河津桜まつりの会場から移動して、江戸川を散歩する。対岸の河川敷の野球場から、川風に乗って球音が聞こえてくる。春らしい音だ。

春日和野球少年の声風に 

 よく晴れた春の日。川風に乗って元気な野球少年の声も響いてくる。

(三月中旬 坂川河津桜まつりと江戸川散歩B)
桜まつり次第に人込む気配して
春日和頃合いを見て散策に
春日和頃合いを見て江戸川へ
春日和会場抜けて江戸川へ
春風に吹かれて街道渡りけり
松戸宿本陣跡碑に春の風
川土手の上に広がる春の空
江戸川の土手に菜の花咲き群れて
江戸川の土手に上がれば春の風
江戸川の土手に上がれば春景色
春空にすくと東京スカイツリー
スカイツリー上空白き春の雲
江戸川の対岸川辺に若柳
若柳野球場傍の川沿いに
対岸の球音春の風に乗り  
春日和野球少年の声風に 
江戸川の流れ春光にキラキラと
江戸川の流れ春光に煌めけり
散策中わが身にポカポカ春日差
散策中わが身にポカポカ春の日が  

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● 平成二十九年四月三十日 日曜日
○ 三月日々折々 その六 春の鳥

《今回の自選代表二句と自句自解》

川近き野原に蒲公英咲き群れて 

 江戸川に平行して流れる「松戸ふれあい川」の近くの野原に、蒲公英が群れて咲いていた。春到来を目で実感した。

春日和木立に数多な鳥の声 

 江戸川に平行して流れる「松戸ふれあい川」の近くの雑木林から、幾種もの野鳥の声が聞こえる。春到来を耳で実感した。

(三月中旬 坂川河津桜まつりと江戸川散歩C)
土手沿いの路傍に餅草群生す
川近き野原に蒲公英咲き群れて 
川近き野原に舞い飛ぶ紋白蝶
春日差す土手下り松戸ふれあい川
春の日を身に浴び木橋を渡りゆく
春日浴び源内橋を渡りゆく
春日差すふれあい川沿い歩きゆく
春日差す松戸ふれあい川に鴨
春日浴び木々多き小道歩き行く
川辺行く木々の芽吹きの青あおと
木々多き小道に群れ咲く犬ふぐり
木々多き川沿いの道に犬陰嚢
川辺行く不意に飛び立つ春の鳥
木々多き小道に餅草群生し
ふれあい川沿いの小道に芽吹く木々
春日和ふれあい川沿い鳥の声
散策中野鳥の鳴き春空へ 
春日和ふっと気付けば鼻歌を
野鳥鳴く閑な木立に立ち尽くす
野鳥鳴く長閑な木立にたたずめり
川沿いの木立に飛び交う春の鳥 
春日和野鳥の鳴き声幾種類 
春日和木立に数多な鳥の声

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春霞 (平成29年4月27〜28日) 

2017/04/27 01:55

◎ 平成二十九年四月二十七〜二十八日 春霞

● 平成二十九年四月二十七日 木曜日
○ 三月日々折々 その三 春霞

《今回の自選代表二句と自句自解》

聳え立つスカイツリーに春霞  

 松戸市街の坂川の橋から、空に聳えるスカイツリーが見える。今朝は霞がかかってうっすらと見える。東京スカイツリーの春景色だ。

春光や水浴びする鳥神々し 

 ずうっと坂川沿いを歩いて、松戸神社近くの坂川広場付近まで来た。カーブする坂川の川面に春の光がまぶしく光る。水浴びしている水鳥が光り輝く。神々しい姿が印象的であった。

(三月中旬 坂川河津桜まつりと江戸川散歩@)
春の朝歩いてまつりの会場へ
うららかな朝の日浴びて会場へ
春の朝川の向こうにスカイツリー
春空にうつすら霞むスカイツリー
聳え立つスカイツリーに春霞 
春の朝日を浴び坂川沿いの道
春の朝川沿いに雀鳴く声が
早咲きの桜を愛でつつ川沿いを
番鴨春の川面をスイスイと
春日差そそぐ川面にバン群れて
ゆるゆると長閑な川辺を歩きゆく
春まつり街道沿いに提灯が
春まつり水戸街道に提灯が
春まつり旧街道に提灯が
春まつり道の提灯に松戸宿 
坂川の川面に白き春の雲
坂川の川面を春日照り返す
春光を浴びて水浴びする鳥も 
春光や水浴びする鳥神々し 
春日差す坂川広場に親子連れ 
坂川の広場の川辺に紅椿

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● 平成二十九年四月二十八日 金曜日
○ 三月日々折々 その四 春風

《今回の自選代表二句と自句自解》

川沿いに河津桜は咲き乱れ  

 河津桜が坂川沿いに咲き乱れている。淡いピンク色がとても可愛らしい。

春風に揺れのまつりの幟旗  

 春風に「坂川河津桜まつり」の幟旗が揺れている。まるで手招きでもしているように・・・。

(三月中旬 坂川河津桜まつりと江戸川散歩A)
十時より坂川河津桜まつり
春まつり観客ぞくぞく集い来る
川沿いの幟に河津桜まつり
川沿いに河津桜は咲き乱れ  
河津桜川中ほどまで花咲かせ
桜まつり川沿いの道にカメラマン 
桜まつり川沿いの道に俄か画家
桜まつり楽しみ方は各種あり
桜まつりカメラ手にして句作りを 
桜まつり楽しみ方は多種多様
春まつり川辺に列なす露店商
桜咲く傍の露店にネギコロッケ
桜まつり目に宇宙かぼちゃコロッケも
※宇宙かぼちゃ・・・松戸市出身の宇宙飛行士・山崎直子さんと宇宙を旅した種から育てられた「宇宙カボチャ」のこと。
並木道鼻に芳香目に桜
桜まつり川辺に露店列なして
客集う坂川の河津桜まつり
会場の川辺に「戸定さくら雛」
※ 「戸定さくら雛」・・・戸定邸に自生する竹を切り出して作
った飾り台に、手作りしたお雛様を飾ったもの。
㊟戸定邸・・・戸定邸(とじょうてい)は、水戸藩最後(11代)の藩主だった徳川昭武が、千葉県東葛飾郡松戸駅(現:松戸市松戸)に造った別邸。
 国の重要文化財。「戸定館」とも呼ばれる。重要文化財指定名称は、旧徳川家住宅松戸戸定邸。また庭園は「旧徳川昭武庭園(戸定邸庭園)」として国の名勝に指定されている。現在は「戸定が丘歴史公園」として整備されている。
(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
春風に揺れのまつりの幟旗  
春の日に焼き矢切ねぎ売られをり
㊟矢切ねぎ・・・矢切ねぎ(やぎりねぎ)は、日本のネギの品種。千葉県松戸市の特産品。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

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雛あられ (平成29年4月25〜26日)

2017/04/25 00:02

◎ 平成二十九年四月二十五〜二十六日 雛あられ

● 平成二十九年四月二十五日 火曜日 
○ 三月日々折々 その一 雛あられ

《今回の自選代表二句と自句自解》

女房の手作り雛寿司今年また 

 毎年の恒例となっている妻の手作り雛寿司を、今年もありがたく頂いた。

老いて尚雛菓子頬張るおやつどき 

 思い返すと、私は幼児期から今まで何らかの雛菓子(今年は雛あられは)を食べていたように思う。
現職の教職員時代は給食で、他はおやつで食べていた記憶がある。子供の日の柏餅と同様の思い出がある。

(三月上旬 日常生活)
関東は雨降るなか三月に入る
関東は雨の降るなか三月に
雨上がり桃の節句はよく晴れて
雨上がり雛の節句はよく晴れて
女房の手作り雛寿司昼食に
女房の手作り雛寿司今年また  
パソコンのGoogle画面にお雛様
パソコンのGoogle画面に雛人形
今年またおやつに食みし雛あられ 
老いて尚雛菓子頬張るおやつどき
空晴れて暦通りの啓蟄に

(三月上旬 卒業祝いの昼食会@)
孫の高校卒業日よく晴れて
高校の卒業式の日よく晴れて
孫囲み卒業祝う昼食会
孫の高校卒業を祝う会
予約した料理店に入る春の昼
祝卒業小学時代の友の店
春の昼オーナーシェフの友の店
春の昼店主の妻に迎えられ
春の昼友の内儀に迎えられ
春の昼シェフの内儀に迎えられ
春の昼暫し旧友と雑談す

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● 平成二十九年四月二十六日 水曜日 
○ 三月日々折々 その二 卒業

《今回の自選代表二句と自句自解》

祝卒業シードル美味しと飲み干せり 

 高校卒業の孫の卒業祝いの昼食会を私の小学校時代からの友人のフランス料理店で行った。オーナーシェフの友人のシードルのうんちくを聞いた後、シードルで乾杯した。

㊟シードル・・・リンゴの絞り液を原料として醸造した発泡酒。りんご酒。(デジタル大辞泉より転載)

家族らと会話楽しみむ春の昼  

 卒業祝いやら、フランス料理のうんちくやらで、会話が弾んだ昼食会となった。

(三月上旬 卒業祝いの昼食会A)
孫の高校卒業を祝う会
祝卒業グラス手にしてまず乾杯
祝卒業シードル美味しと飲み干せり 
㊟シードル・・・リンゴの絞り液を原料として醸造した発泡酒。りんご酒。(デジタル大辞泉より転載)
孫囲み卒業祝う昼食会
春灯下店主シードルのうんちくを
春の昼店主の友はうんちくを
春の昼うんちく語るシェフの友
春の昼テーブル囲み料理食む
春の昼フランス料理に舌鼓
春の昼友の料理に舌鼓
春の昼ガレットセット味わへり
春灯下シェフはガレットのうんちくを
㊟ガレット・・・ガレット(仏: galette[1])は、フランス北西部の郷土料理である料理・菓子の名称。「円く薄いもの」を意味するが、特にそば粉のガレットを指すことも多い。
 ガレット・ブルトンヌ[編集] ガレット・ブルトンヌ(フランス語版)(ブルターニュ風ガレット)は、フランス北西部のブルターニュ地方発祥のそば粉で作られるガレットであり、主に小麦粉で作られるクレープのもとになった料理である。そば粉・水・塩などを混ぜて寝かせた生地を熱した平鍋またはガレット調理専用の鉄板に注ぎ、こてで薄い円形に伸ばし、正方形に折りたたんで完成となる。クレープと異なり片面だけを焼き、生ハムなどの肉類、魚介類、おろしたグリュイエールやゴーダなどのチーズ、鶏卵、サラダなどで飾って提供する。卵は、焼いている途中のガレットの上に割り込み、目玉焼きのようにして火を通す。熱いソーセージをガレットで巻いて提供することもある (galette-saucisse)。中央にエメンタールチーズ、生ハム、卵を置いたものは「ガレット・コンプレット」(galette complete) と呼ばれる。
 ブルトン語では「クランプーズ (Krampouz)」といい、語源的にはゲール文化との関わりが指摘される。ブルターニュ地方は雨が多く、小麦の育成には不向きな土壌であり、痩せた土地であった。ここに中国原産のソバがイスラム諸国を経由して十字軍の持参により植えられると、充分に育つ作物として認められるようになる[2]。貧しい農民や労働者は、近代初期までソバを利用したポリッジやガレットを主食とした。伝統的なガレットは食事用の塩味だったが、現在は種類も豊富になっている。家庭以外でも、専門店や屋台で買って食べられることも多い。クレープ・シュゼットのように、ジャムやバター、リキュールで甘く味付けし、デザートとされることもある。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「ガレットのうんちく」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百九十一)》
春の昼 シェフの話に ブルターニュ
㊟ブルターニュ・・・ブルターニュ (フランス語: Bretagne [b??.ta?] ( 聞く); ブルトン語: Breizh [br?js] ブレイス; ガロ語: Bertaeyn [b??.ta??])は、フランス北西部にある地域。かつてはブルターニュ王国、そしてブルターニュ公国という独立国だったが、1532年にフランスに併合され州となった。ブルターニュは6つあるケルト国の1つとみなされている[1][2][3][4]。時には、現在のブルターニュ地域圏と区別する目的で「歴史的なブルターニュ」(Bretagne historique、ブルターニュ・イストリック)と呼ばれることもある。
 ブルターニュは、フランス北西部、ヨーロッパ大陸の北西に突き出た半島にある。北はイギリス海峡、西はケルト海と大西洋、南をビスケー湾と接している。面積は34,023 km2 (13,136 sq mi)。ブルターニュとみなされる県が5つある。西のフィニステール県、北のコート=ダルモール県、北東のイル=エ=ヴィレーヌ県、南東のロワール=アトランティック県、ビスケー湾に面したモルビアン県である。
 1956年、これらの県を集めフランスの地域圏がつくられた[5]。ブルターニュ地域圏は、ブルターニュとみなされる5つの県のうち4つで構成される(歴史的なブルターニュの80%を占める)。一方でかつてのブルターニュの一部であるロワール=アトランティック県はペイ・ド・ラ・ロワール地域圏に含まれることになった。この地域圏編成は定期的に論争の種となっている。ブルターニュ王国、ブルターニュ公国、かつてのブルターニュ州、そして現在のブルターニュ地域圏は、ローマ時代にアルモリカとして知られた地方の西部分にあたる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「ブルターニュについて」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百九十二)》
家族らと会話楽しみむ春の昼  
コクのあるビーフカレーに舌鼓
春の昼やわらかきロールキャベツ食む
春の午後食後にスウィーツケーキ食む
春の午後食後に友と語らへり
友趣味の陶芸話や春愉し
春の日に友入れ家族記念写真
春灯下友入れ家族の写真撮る
春の午後頃合はかり店を辞す
春灯下「おしいかった」とシェフに告げ
春灯下「おしいかった」と友に告げ
春の午後「ではまた」と友と別れけり
店の外ボカボカ明るき春日和

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春一番 (平成29年4月23〜24日)

2017/04/23 02:45

◎ 平成二十九年四月二十三〜二十四日 春一番

● 平成二十九年四月二十三日 日曜日
○ 二月日々折々 その二十一 春の月

《今回の自選代表二句と自句自解》

春の会目に華麗なる弓取り式  

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第三部の幕内力士の取組二十番は全て終え、評判の高い聡ノ富士の弓取り式に。目の前で華麗な弓取り式を見られた。もうベテランの域だ。

春の夜見上げる空に星のキラ  

 2月11日(土曜日・祝日)に、東京の両国国技館(墨田区)で、第50回「NHK福祉大相撲」が開催された。午後一時前から夜の六時半近くまで約五時間半、歌と相撲の両方を楽しんだ。午前中の両国散策を含め、大満足の一日となった。家路に就く途中の道々で、煌く星が見られた。幸せな一日てあった。感謝そして合掌。

(二月中旬 隅田散策と散策第50回「NHK福祉大相撲」など その二十)
二ン月に弓取り式する聡ノ富士 
㊟聡ノ富士・・・聡ノ富士 久志(さとのふじ ひさし、1977年4月15日 - )は、群馬県北群馬郡吉岡町出身で、伊勢ヶ濱部屋(入門時は安治川部屋)所属の現役大相撲力士。本名は松岡 久志(まつおか ひさし)。身長171cm、体重111kg、血液型はB型。最高位は東幕下55枚目(2005年9月場所)。
 2013年1月場所から本場所の弓取式を担当している(ただし同年3月場所、2015年1月場所だけは水口が担当した)。
来歴[ソースを編集] 前橋商業高校時代は柔道部の所属で、柔道の有段者である。安治川部屋の群馬後援会関係者から大相撲へスカウトが来たため、自分の力を試そうと安治川部屋に入門、1996年1月場所で初土俵を踏んだ。四股名は部屋の名前から1字とった安聡富士。同期入門者の中には栃乃洋(現竹縄)、海鵬、Y司、芳東、増健らがいる。
 初土俵から1年余り、1997年9月場所で三段目に昇格するが、怪我も重なって序二段へ度々落ちるなど、出世は遅れた。2005年9月場所で幕下に昇進するも、幕下在位は現在まででこの1場所だけとなっている。2008年3月場所から聡ノ富士に四股名を改める。年齢的なこともあり、一時は引退も考えたことがあるが、2012年5月場所では序二段の優勝決定戦に初めて進出するなど、実力はまだ十分に残っており、三段目で相撲を取ることも多い。
 部屋の弟弟子の日馬富士が2012年9月場所後に横綱になり、伊勢ヶ濱部屋から弓取り力士を出すことになったため、2012年の秋巡業より弓取式を担当することになった[1]。2013年1月場所からは本場所の弓取式も担当している。
(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「聡ノ富士とその来歴」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百九十)》
春の会目に華麗なる弓取り式 
弓取りに「ヨイショ」と観客春の宵 
弓取りに「ヨイショ」と掛け声春の宵
春の宵柝(き)の音響く国技館 
二ン月に妻と相撲を堪能す 
二ン月に妻と満喫大相撲
大相撲妻と満喫する春日
春の夜隣の母子に別れ告げ
春の夜隣の母子に「お元気で」
春の夜隣の母子に「さようなら」 
春の夜に互いにほほ笑む別れ際
春の夜最後まで相撲見届けて
春の夜相撲見届け帰路に就く
春の夜人込みの中向かう駅
春の夜見上げる空に光る星 
春の夜見上げる空に星のキラ  
春の夜両国駅より松戸へと
春の夜電車乗り継ぎ家路就く
帰り道見上げる夜空に春の月
春の夜妻との帰宅七時半

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● 平成二十九年四月二十四日 月曜日
○ 二月日々折々 その二十二 春一番

《今回の自選代表二句と自句自解》

春一番児らの遊べる校庭に 

 春一番の温かな南風が、休み時間の近所の小学校の校庭に吹いている。校庭で遊ぶ子ども達の元気な声が風に乗って聞こえて来る。実に春らしい長閑な光景だ。

目白二羽我が家の庭の白梅に 

 我が家の狭庭にある白梅が見頃となった。折よく目白が二羽木の枝や花の間を行ったり来たりしている。四五分そんな仕草の目白の姿を眺めることが出来た。白梅の静と目白の動とが、見事にマッチした動画の世界を暫し味わうことが出来た幸せな時間であった。

(二月中旬 日常生活A)
箱入りのチョコもらうバレンタインデー
妻のチョコ口にすバレンタインの日
手作りチョコ口にすバレンタインの日  
ソフトチョコ口にすバレンタインの日
市販のチョコもらうバレンタインデー
板チョコPOKIポキぽきとバレンタインの日
二ン月に高梨ジャンプ最多タイ
㊟高梨ジャンプ最多タイ・・・
ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)ジャンプ女子は16日、韓国の平昌で個人第18戦(HS109メートル、K点98メートル)が行われ、20歳の高梨沙羅(クラレ)が99.5メートルと97メートルを飛んで215.1点で今季9勝目を挙げ、通算53勝で男子のグレゴア・シュリーレンツァウアー(オーストリア)の歴代最多勝に並んだ。(時事ドットコムニュースより転載)
春一番児らの遊べる校庭に 
春日和ご近所さんと長話
狭庭の白梅の枝に目白来て
目白二羽我が家の庭の白梅に 
来し目白白梅愛でつつ眺めけり
温暖化今年は多き春嵐

(二月下旬 日常生活)
春日和バン鴨群れし街の川
うららかやバン鴨群れし街の川  
うららかな川の上空に百合鴎
うららかな川の上空舞う鴎
うららかな坂川の上を百合鴎
㊟坂川・・・坂川(さかがわ)は、千葉県を流れる江戸川水系の河川。北千葉導水路の一部としても使われている。流山市と松戸市、市川市の三市を流れ、江戸川にそそぐ。下流には、柳原水門がある。昔は、よく洪水が起きていた。途中では、六間川などと合流している。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
春空に七八羽舞う百合鴎
春うらら川スレスレに飛ぶ鴎
春日和やがて橋へと合鴎
春日和鴨はやがて欄干へ
欄干に群れしカモメに春日差
羽根休め春の日浴びる百合鴎
春日和欄干居並ぶ百合鴎
春日和欄干居並ぶカモメたち
我暫し楽しむ春の川景色
春景色身じろぎもせず我眺む
地球似の惑星発見春の夢
※地球似の惑星発見・・・7惑星に生命?表面に水の可能性
 地球から約39光年(1光年は約9兆4600億キロ・メートル)先の宇宙で、生命を育む可能性がある7個の惑星が見つかったと、米国や欧州などの国際チームが発表した。すべての惑星の表面に液体の水が存在する可能性があり、一部には海があるかもしれない。(読売新聞より転載)

(二月下旬 カラオケ定例会)
カラオケや今日は二月の定例会
二ン月に間とカラオケ六時間
春の日にジョイサウンドのカラオケを
二ン月に歌う演歌は五木・吉 
二ン月にひばり・さゆりの唄歌う 
二ン月に得点九十点台も
二ン月に「佐渡の夕笛」歌い上ぐ
二ン月に「四万十川」を歌い上ぐ
春夕べデュエット曲を二人して
二ン月に歌いし演歌三十余
二ン月は平均八十八点台
春の夢全国上位にランクイン
春うらら上位のここまで数時間
二ン月にカラオケ楽しみ家路就く

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春の夢 (平成29年4月21〜22日)

2017/04/21 01:21

◎ 平成二十九年四月二十一〜二十二日 春の夢

● 平成二十九年四月二十一日 金曜日
○ 二月日々折々 その十九 春の夢

《今回の自選代表三句と自句自解》

春愉し遠藤のタオル手にする児

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。隣の席で観戦していた親子連れと親しくなり、観戦の合間合間で会話をした。四月から小学一年生になる男の子はとてもひょうきんで、観戦中も楽しい時間を過ごさせてもらっている。そのひょうきんな児の今日のお目当ては、遠藤関の応援。大きな声で遠藤と大きく描かれたタオルを両手で広げながら、大きな声で「えんどう えんどう」と連呼している。おそらく遠藤関にも聞こえるていると思える声で。意外と子どもの声の方が国技館内に響いているのだ。結果は、遠藤が豪風(たけかぜ)に勝った。すぐにその児に、「よかったね」と声を掛けて、ハイタッチをした。ひょうきんな児は、満面の笑みを浮かべていた。私まで、より楽しくなった。

二ン月にベテラン破る御嶽海 

 2月11日(土曜日・祝日)に、東京の両国国技館(墨田区)で、第50回「NHK福祉大相撲」が開催された。第三部の幕内力士の取組は続く。ベテラン松鳳山に最近伸び盛りの御嶽海が勝った。御嶽海への声援も大きかった。

春の会「これより三役であります」と

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第三部の幕内力士の取組は全部で二十番。いよいよ、是れより三役。行司の「これより三役であります」の声が、国技館内に響いた。

(二月中旬 隅田散策と第50回「NHK福祉大相撲」など その十八)
二ン月に遠藤関へ湧く声援
春愉しタオルを広げる隣の児 
春愉し遠藤のタオル手にする児 
二ン月に遠藤関へ児の声援
春の会「がんばれ」の声館内に 
遠藤が豪風(たけかぜ)に勝つ春の会
春うらら遠藤ファンの隣の児 
春うらら席隣の児へ「よかったね」
春うらら隣の幼児とハイタッチ
春の夢男児の声援を生かされて
大声援男児の春の夢かなう 
春愉し大喜びの児の笑顔
春の会熱戦続く土俵上 
二ン月に人気の遠藤勝利して 
春の会国技館内に湧く拍手
春の会松鳳山対御嶽海
㊟御嶽海・・・御嶽海 久司(みたけうみ ひさし、1992年12月25日 - )は、長野県木曽郡上松町出身で出羽海部屋所属の現役大相撲力士。本名は大道 久司(おおみち ひさし)。身長178cm、体重153kg、血液型はO型。得意技は突き・押し。自己最高位は東小結(2016年11月場所)。好物はバナナ。好きな俳優は峰竜太[3]。父は日本人、母はフィリピン人。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
二ン月にベテラン破る御嶽海 
春の会「これより三役であります」と
二ン月に「これより三役であります」と
二ン月に土俵三役揃い踏み
二ン月に東方より揃い踏み
春の会大関同士の対戦に
春の会琴奨菊に照ノ富士
二ン月に白星飾る照ノ富士

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● 平成二十九年四月二十二日 土曜日
○ 二月日々折々 その二十 二月

《今回の自選代表二句と自句自解》

春の夢四人の横綱対戦す 

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第三部の幕内力士の取組は全部で二十番。大関戦の後、いよいよ、四人の横綱戦。気持ちも高鳴る。私か長年夢見た四人の横綱同士の対戦が始まるのだ。


二ン月に声援「白鵬」「稀勢の里」  

 2月11日(土曜日・祝日)に、東京の両国国技館(墨田区)で、第50回「NHK福祉大相撲」が開催された。いよいよ、白鵬対稀勢の里の横綱戦。国技館内に
「白鵬」と「稀勢の里」への声援の声が四方八方から飛び交う。新横綱「稀勢の里」への声援の声の方が大きい。私もその一人だ。

(二月中旬 隅田散策と第50回「NHK福祉大相撲」など その十九)
春の会横綱同士の対戦に
国技館二月四人の横綱戦
早春に四人の横綱対決す
二ン月に四人の横綱対戦す
春の夢四人の横綱対戦す  
二月に四人の横綱対戦す 
二ン月に横綱同士の大相撲
春の会呼出の声に「稀勢の里」
春の会一斉に湧く大拍手
春の会一斉に湧く大声援
二ン月に声援「白鵬」「稀勢の里」 
春の会応援の声八方に
二ン月に応援の声あちこちに
春の会指出争い激しくて
春の会横綱同士四つに組み
二ン月に横綱同士の四つ相撲 
春の会白鵬力士を引き落とし
春の会白鵬稀勢を引き落とし
春の会行司の軍配白鵬に
二ン月に稀勢に白鵬勝利して
二ン月の大熱戦に拍手湧く
二ン月に鶴竜に勝つ日馬富士
二十番相撲楽しむ春の日に
二ン月にじつくりと相撲堪能す

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春動く (平成29年4月19〜20日)

2017/04/19 03:45

◎ 平成二十九年四月十九〜二十日 春動く

● 平成二十九年四月十九日 水曜日
○ 二月日々折々 その十七 春の夕

《今回の自選代表二句と自句自解》

二ン月に横綱四人土俵入り 

 2月11日(土曜日・祝日)に、東京の両国国技館(墨田区)で、第50回「NHK福祉大相撲」が開催された。第三部の幕内土俵入りの後に、初の四人の横綱による土俵入りが行われる。まもなく初めて四人揃ったを目の当たりにする。豪華版の横綱土俵入りに期待に胸が膨らむ。順々に横綱の土俵入りが披露されてゆく。

※横綱四人土俵入り・・・4横綱初めて。勢ぞろい 春場所へ日馬「楽しみ」
 11日のNHK福祉大相撲には初場所を途中休場した鶴竜、日馬富士も参加し、4横綱が初めて勢ぞろいした。右太腿裏肉離れから復帰の日馬富士は久しぶりに土俵入りし「違和感なかったです。順調に回復しています」とファンの前で笑顔を見せた。
 4日から基礎運動を行っており「おかげさまで四股も踏めるようになりました。日に日に良くなっていくと思う」と安どの表情。新横綱・稀勢の里の誕生で注目が集まる春場所へ向け「楽しみ」と気持ちを高ぶらせた。
【関連記事】 稀勢の里 横綱土俵入りは「雲龍型で」 (スポニチアネックスより転載)

春の会新横綱に湧く歓声 

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第三部の幕内土俵入りの後に初の四人の横綱による土俵入り。特に新横綱の稀勢の里の横綱土俵入りでは、国技館の土俵に上がっただけで客席から歓声が湧いた。

(二月中旬 隅田散策と第50回「NHK福祉大相撲」など その十六)
春の夕横綱たちの土俵入り
二ン月に横綱たちの土俵入り
二ン月に横綱四人土俵入り 
春の会横綱四人土俵入り
春の会先ず鶴竜の土俵入り
春の会次に日馬富士土俵入り
二ン月に横綱次つぎ土俵入り
春の会続いて白鵬土俵入り
春の会横綱最後に稀勢の里
春の会新横綱の土俵入り
㊟新横綱・・・稀勢の里
 2017年-優勝次点12回で悲願の初優勝、そして待望の横綱昇進へ-
1月場所は全勝レベルのハイレベルな成績の優勝なら昇進と言われながら7度目の綱とりに挑むが場所前の稽古で大関琴奨菊に負け越し、右足に違和感とも報じられるなどいきなり綱取りに暗雲が立ち込める[83]。だが、場所に入ると好調で初日から連勝を続けた。4日目の松鳳山戦では軍配のあげ間違いという珍事も起きたが、問題なく勝利した[84]。この珍判定に稀勢の里は「人間ですからね」と苦笑いをしていた[85]。その後も連勝を続け、7日目には全勝は幕内で白鵬と稀勢の里のみで鶴竜は3敗、日馬富士も休場し、上位陣は白鵬を除いて全員2敗以上となり白鵬との一騎打ちの様相を呈した[86]。8日目には隠岐の海を土俵際の逆転で破り8連勝とし中日勝ち越しを記録すると、同日に白鵬が敗れたため8日目で全勝で単独トップに立った[87]。また、大関での連続勝ち越し18場所は歴代4位タイ記録となり幕内18場所連続勝ち越しは自己最長タイ記録である。9日目に角番で2勝6敗だった大関琴奨菊との幕内史上最多62度目の対戦に寄り切りで敗れ連勝がストップしたが、同日、弟弟子の高安が白鵬を倒す援護射撃で貴ノ岩と並びトップを維持した。10日目には再び単独トップに立った。さらに横綱鶴竜が不調により休場した[88]。11日目には遠藤を下し6場所連続の二桁10勝目を挙げた。13日目には豪栄道が前日の遠藤戦で負傷し休場したため不戦勝で労せず12勝目を挙げた。同日、2敗で追っていた逸ノ城が敗れ、弟弟子の高安が貴ノ岩を下したため、2敗は白鵬のみとなった[89][90]。 横審の守屋委員長は「いい風が吹いているように思います。苦手の日馬富士が休場したし、本来今日はヒヤヒヤして見ないといけないと思ったけど」と話し、横綱昇進は「もちろん星はみたい。このままいってもらいたいですね」と語り、残り2日で星を落としての優勝は「13勝だったら非常に難しい。議論して決まることだと思います」と語り、14勝や13勝2敗で決定戦勝利の場合のみ昇進の可能性があると言及した[91]。14日目は上位陣の休場が相次いだため、平幕の逸ノ城との対戦が組まれた。稀勢の里は逸ノ城を下して13勝目をあげ、自身初の優勝同点以上が確定[92]、さらに唯一2敗で優勝の可能性を残していた白鵬がこの日初顔合わせの貴ノ岩に敗れ3敗に後退。その結果、稀勢の里の初優勝が決まった。支度部屋にて優勝の瞬間を迎えた稀勢の里は目を真っ赤にさせながら「そうですね、うれしいですね。最後まで集中してやりたい。本当に感謝しかないです」と声を絞り出し、涙をこぼし、11年11月に急逝した鳴戸親方(元横綱・隆の里)にささげる優勝となった[93]。また、初土俵から89場所目での初優勝であり、大関昇進後31場所での優勝は琴奨菊の26場所を超えて歴代で最も遅い記録になった[94]。 さらに千秋楽の白鵬との一番は立ち合いから白鵬に一気に攻め込まれるも、土俵際で逆転の掬い投げで白鵬を下し14勝1敗で場所を終えて初優勝に花を添えた。 稀勢の里は優勝後のインタビューでは「ずいぶん長くなりましたけど。いろいろな人の支えがあって、ここまで来られたと思います」何か一つ足りないと言われていたものについては「一日一番って気持ちで集中して、やってきたからではないでしょうか」と必死に言葉を絞り出すとこらえきれず涙を流し念願の優勝の喜びに浸っていた[95]。
 横綱[編集]2017年
 2017年1月場所の優勝決定後に協会審判部から八角理事長へ臨時理事会開催の依頼があり、八角理事長が横綱審議委員会へ横綱推薦を諮問を行った。 場所終了後の1月23日に開かれた横綱審議委員会において全会一致で横綱に推挙され、それを受け1月25日午前の番付編成会議並びに臨時理事会にて横綱昇進が決定、理事会終了後協会から田子ノ浦部屋(伝達式自体は部屋が手狭であることから帝国ホテルにて開催)に協会理事の春日野、二所ノ関一門の年寄である高田川審判委員の2名の使者を差し向け、伝達された[96]。これにより日本出身力士の横綱は1998年5月場所後に横綱に昇進した若乃花勝(二子山部屋)以来19年ぶり、現役横綱としては2003年1月場所で引退した貴乃花光司(二子山部屋)以来14年ぶりであり[97](大関時代の1996年に日本国籍を取得し1999年に昇進した武蔵丸光洋(武蔵川部屋)がいるため、日本人横綱としては18年ぶりとなる[98])、茨城県出身横綱は1936年に昇進した男女ノ川登三(第34代、高砂部屋→佐渡ヶ嶽部屋)以来81年ぶりの誕生となった[99]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』稀勢の里の項目より転載)
◎「新横綱 稀勢の里」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百八十九)》
春の会行司の後から露払い
春の会行司の後から松鳳山
春の会露払の後稀勢の里 
春の会稀勢の里の後太刀持ちが
春の会稀勢の里の後高安が
春の会「待ってました」と掛け声を
春の会「待ってました」と声掛けて
春の会客の掛け声に「稀勢の里」
春の会客の掛け声に「日本一」
春の会新横綱に湧く歓声 
二ン月に稀勢の里関へファンの声
二ン月に新横綱へファンの声
春の会 ファンの掛け声 あちこちに  
春愉し雲龍型の土俵入り
春の会稀勢の里関に大拍手

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● 平成二十九年四月二十日 木曜日
○ 二月日々折々 その十八 春動く

《今回の自選代表三句と自句自解》

二ン月に「ヨイショ」の掛け声盛り上がる

 2月11日(土曜日・祝日)に、東京の両国国技館(墨田区)で、第50回「NHK福祉大相撲」が開催された。第三部の幕内土俵入りの後に初の四人の横綱による土俵入り。特に新横綱の稀勢の里の雲龍型横綱土俵入りでは、国技館の客席からの「ヨイショ」の掛け声で盛り上がった。

春愉し横綱四人の土俵入り  

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第三部で初の四人の横綱による土俵入りが行われた。超豪華な横綱四人の土俵入りであった。超楽しい時間であった。国技館の観客は大喜びであった。

㊟横綱四人の土俵入り・・・稀勢の里ら4横綱そろう=福祉大相撲
 第50回NHK福祉大相撲が11日、東京・両国国技館で開催され、初場所で初優勝を遂げた稀勢の里が横綱に昇進した後、白鵬、日馬富士、鶴竜の4横綱が初めて勢ぞろいして、土俵入りを披露した。この他に幕内取組、稀勢の里へのインタビュー、白鵬をはじめとする関取衆と女性歌手らによる歌比べなどが行われた。(時事ドットコムニュースより転載)

春の会石浦カエルの所作見せて 

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第三部で横綱による土俵入りが行われた後に幕内力士の取組が始まった。小兵の若手力士の石浦は、まるでカエルのようにピョンピョン跳ねながら、実力者の貴ノ岩を負かした。
館内は大歓声と大拍手。最近伸び盛りの石浦は小兵で侮れない技巧派力士である。

㊟石浦・・・石浦 将勝[4][5](いしうら まさかつ、1990年1月10日 - )は、鳥取県鳥取市西品治出身で宮城野部屋所属の現役大相撲力士。本名同じ。身長173cm、体重115kg。最高位は西前頭9枚目(2017年1月場所)。投げや足癖など入門当初は100kgに満たなかった体格に合わせた相撲ぶりが特徴である[2]。憧れの力士は体格の近い元関脇鷲羽山[6]。好物はさんまの蒲焼き[7]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

(二月中旬 隅田散策と第50回「NHK福祉大相撲」など その十七)
春の会新横綱に大拍手
二ン月に稀勢堂々と土俵入り 
二ン月に「ヨイショ」の声湧く国技館
二ン月に「ヨイショ」の掛け声盛り上がる 
春の会稀勢への拍手惜しみなく
春愉し横綱四人の土俵入り 
春の会いよいよ力士の取組に
二ン月に相撲の取組二十番
春愉し柝の音の響き館内に
館内に柝の音の響く春愉し
春愉し柝の音の響く国技館 
二ン月に幕内力士の取組に
二ン月に 勝負審判席に着く
春の夕幕内の取組開始され
二ン月の相撲の取り組み前頭
取組表見ながら声援する春日
春の会石浦カエルの所作見せて 
春の会石浦力士を寄り切って
二ン月に小兵の石浦寄り切って
春動く小兵力士の馬鹿力 
石浦は貴ノ岩に勝つ春の会
春の会国技館内湧く声援

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長閑 (平成29年4月17〜18日) 

2017/04/17 02:35

◎ 平成二十九年四月十七〜十八日 長閑

● 平成二十九年四月十七日 月曜日
○ 二月日々折々 その十五 長閑

《今回の自選代表二句と自句自解》

春の会行司の軍配紅組に 

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第二部の「お楽しみ歌くらべ」後半の紅白対抗戦での紅白キャプテンのソロの歌が披露された。いよいよ観客の拍手の多さで勝敗が決定する。私は紅組に拍手した。判定する行司の軍配は、紅組に。納得のいく判定であった。紅組の勢関の貢献が大きいと思った。

春愉し話す男児のひょうきんさ 

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。隣の席で観戦していた親子連れと親しくなり、観戦の合間合間で会話をした。四月から小学一年生になる男の子はとてもひょうきんで、観戦中も楽しい時間を過ごさせてもらうこととなる。

(二月中旬 隅田散策と第50回「NHK福祉大相撲」など その十四)
春の会トリはキャプテン対決に
春の会「夕月おけさ」を天童が
春灯下天童の歌館内に
春の会白鵬坂本九の歌
春に聞く歌は「上を向いて歩こう」
春の会出演者らは手拍子を
春の日に紅白対抗歌くらべ
春の日に紅白対抗歌合戦
春の会司会「拍手で決定」と
春の会紅白別に客拍手
春の会行司ステージに登場す
春灯下行司は木村銀次郎
春の会行司銀次郎「勝負有り」と 
春の会行司の軍配紅組に 
春の会紅組キャプテン喜んで
春の会紅組天童喜んで
春うらら白鵬「相撲より緊張」と
春の会白鵬最後に「良かった」と
春うらら紅組勝利の歌合戦
春の会最後に観客大拍手
春の会終えて退場出演者
春の会三横綱ら退場す
春愉し今日の歌くらべ満喫す
春の会次までしばらく待ち時間
春の会隣の母子とする会話
春愉し話す男児のひょうきんさ  
よその子と過ごす時間は長閑なり 
よその子と過ごす時間の長閑さよ

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● 平成二十九年四月十八日 火曜日
○ 二月日々折々 その十六 春夕べ

《今回の自選代表二句と自句自解》

二ン月の相撲観戦に欧米人 

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。まもなく第三部の土俵入りと幕内の取組が始まる。国技館内の観客席にチラホラと欧米人が坐っている。ブロンドも・・・。
カラフルな化粧まわしや 春の会 

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第三部の先ず幕内土俵入りが始まった。土俵をぐるりと取り囲む幕内力士のカラフルな化粧まわしがきれいだ。

(二月中旬 隅田散策と第50回「NHK福祉大相撲」など その十五)
・第三部
春の夕四時半頃より第三部
春の夕相撲観戦に欧米人 
二ン月の相撲観戦に欧米人 
春うららブロンド相撲観戦に
春の日に楽しむ相撲・歌くらべ 
二ン月に柝(き)の音の響く国技館
春の会柝の音の響き館内に
館内に柝の音の響く春の会
二ン月に呼出土俵を掃き清む 
二ン月に幕内力士の土俵入り
春夕べ幕内力士の土俵入り
春の夕幕内東西力士の土俵入り
春の会柝の音の響き心地よく
春の会力士土俵入り先ず東
春の会行司の後から力士たち
春の会力士の呼名次つぎと
春の会力士次つぎ土俵入り
春の会観客席より大拍手
春の会観客席より拍手湧く
春の会力士土俵入り次は西
カラフルな化粧まわしや春の会 
春の会観客席より拍手湧く
春の会続いて横綱土俵入り


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春の着物 (平成29年4月15〜16日)

2017/04/15 02:12

◎ 平成二十九年四月十五〜十六日 春の着物

● 平成二十九年四月十五日 土曜日
○ 二月日々折々 その十三 春日

《今回の自選代表二句と自句自解》

春の会舞台に一流力士・歌手

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第二部の「お楽しみ歌くらべ」。ステージ上に横綱・大関と有名な歌手たちが次々に登場する。豪華な「歌くらべ」となる。二月十八日(土)にNHK総合で放映される。

春愉しいよいよ豪華な歌くらべ

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第二部の「お楽しみ歌くらべ」。ステージ上に横綱・大関と有名な歌手たちが次々に登場する。豪華な「歌くらべ」となる。前半の六組のデュエットが披露された後に後半の紅白対抗戦が開始された。どんな展開になるのか楽しみだ。

(二月中旬 隅田散策と第50回「NHK福祉大相撲」など その十二)
春の会続いて組白対抗戦
※組白対抗戦・・・組白対抗戦出演者
・歌手・・・
(紅組) @西田あい Bチームしゃちほこ D天童よしみ  
(白組) A丘みどり ➃伍代夏子 E夏川りみ 
・力士・・・
(紅組) @高安 B照ノ富士 D勢 
(白組) A鶴竜 ➃日馬富士 E白鵬
春の会歌の紅白対抗戦
春の会力士と歌手ら勢ぞろい 
春の会横綱・大関勢ぞろい
春の会舞台にベテラン・若手歌手
春の会ステージ豪華な顔ぶれに
春の会ステージ一流力士・歌手
春の会舞台に一流力士・歌手 
春の会歌の紅組は奇数組
春の会歌の白組は偶数組
春の会拍手で決めると司会者が
春の会勝敗拍手で決定と
春の会白組キャプテン白鵬と
春の会紅組キャプテン天童と
組白の力士対決する春日
春の会二度目は皆ソロの歌
春の会後半は皆ソロの歌
春麗いよいよ豪華な 歌くらべ
春の日にいよいよ豪華な歌くらべ 
春愉しいよいよ豪華な歌くらべ 
春の会最初は鶴竜・高安戦
二ン月に「生きがい家族」と鶴竜が
春灯下ステージ画面に家族写真 
春の会鶴竜歌を熱唱す
春の会「家族になろうよ」鶴竜が
春高安バランスボール披露して
春の会高安歌う「海の声」
組白の歌手の対決する春日
春の会歌の対決丘・西田
春の日に振袖姿の丘歌を
春の会「佐渡の夕笛」歌う丘
春の会紅き振袖着て歌手が
春の会紅き振袖着て歌を
春情や思いの丈を丘歌に
春心女の情念歌手唄に
春愉し情感豊かな女性歌手
春愉し情感豊かな演歌歌手
二ン月の国技館内に拍手湧く
二ン月の館内に声「みどりちゃん」
春の会西田歌う「最後の頁」
※「最後の頁(ページ)」・・・「最後の頁〜Last Page〜」(西田あい)の歌詞:君と過ごした学生街 今も時々通りかかる…♪

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● 平成二十九年四月十六日 日曜日
○ 二月日々折々 その十四 春の着物

《今回の自選代表二句と自句自解》

春の会横綱の油絵披露され 

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第二部の「お楽しみ歌くらべ」後半のステージ上で、横綱日馬富士の趣味の油絵「富士山と桜」が披露された。なかなかの出来であった。

春の会大関ボイス・パーカッション  

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第二部の「お楽しみ歌くらべ」後半のステージ上で、大関照ノ富士が見事なボイス・パーカッションを披露した。

(二月中旬 隅田散策と第50回「NHK福祉大相撲」など その十三)
春の会次は横綱・大関戦
春の会照ノ富士対日馬富士
春の会日馬富士の絵ステージに  
春の会舞台に富士と桜の絵
春の会趣味の油絵披露され
春の会横綱の油絵披露され 
春の会描いた油絵を説明し
春の日に横綱松山ちはるの歌
春の日に「大空と大地の中で」聞く
春の会続いて登場照ノ富士
春の会大関ボイス・パーカッション  
春の会大関見事なパーカッション
春の会大関ボイ・パー披露して
春の会客ボイ・パーに大拍手
春の会次に照ノ富士歌披露
「美しき狼たち」の歌春に
※「美しき狼たち」・・・「あしたのジョー」の主題歌。
春の会次は「しゃちほこ」・伍代戦
春の会START」(スタート)の歌「しゃちほこ」が
春の会若さはじける歌声が 
春の会十代弾けるステージに
「しゃちほこ」やステージ華やぐ春の会 
歌手伍代花柄の春の着物着て
春の会「肱川(ひじかわ)あらし」の歌を伍代
春の会続いて勢・ 夏川戦
春の会「演歌が好き」と勢関
春の会「演歌が好き」と勢が
春の日に「ありがとう・・・感謝」を勢が
春の会小金沢の歌勢が
春の日に勢の歌に聞き惚れて
長閑かな勢歌声伸びやかに
春の会勢関は歌うまし 
春うらら大関勢演歌好き
春の会夏川との縁白鵬が
春の会白鵬「つきあい十年」と
春の会夏川ビーズのドレス着て
春の会夏川ビーズの黒ドレス
春の会夏川「あしたの子守歌」

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春めく (平成29年4月13〜14日)

2017/04/13 00:37

◎ 平成二十九年四月十三〜十四日 春めく

● 平成二十九年四月十三日 木曜日
○ 二月日々折々 その十一 春めく

《今回の自選代表二句と自句自解》

春めくや多彩な衣装の乙女たち  

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第二部の「お楽しみ歌くらべ」にカラフルなコスチュームを着た五人組の乙女たちの「チームしゃちほこ」(略称はしゃちほこ)がステージに登場し、一挙に国技館が華やかに春めいた。「チームしゃちほこ」については、後述。

春うらら振袖姿の女性歌手

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。アイドルグループ「しゃちほこ」に続いて、紅い振袖姿の女性歌手丘みどりが登場し、より春めいて麗らかな雰囲気にさえなった。丘みどりについては、後述。

(二月中旬 隅田散策と第50回「NHK福祉大相撲」など その十)
春の午後次は「お楽しみ歌くらべ」
春の会次は「お楽しみ歌くらべ」
※「お楽しみ歌くらべ」・・・力士と女性歌手が一緒に歌う、NHK福祉大相撲の人気 プログラム。
出演者
・歌手・・・丘みどり 伍代夏子 チームしゃちほこ 天童よしみ 夏川りみ 西田あい 
・力士・・・横綱白鵬、日馬富士、鶴竜、大関照ノ富士、勢、高安
(尚、「お楽しみ歌くらべ」では読者にわかりやすくするため表現上、時系列を一部意図的に変えているところがあります。 治蝶)
春の日の 「歌くらべ」司会 藤井アナ
㊟藤井アナ・・・藤井 康生(ふじい やすお、1957年1月7日 - )はNHKのエグゼクティブ・アナウンサー。
 大相撲アナウンサー[編集] 入局後からスポーツ担当アナウンサーとして活動。特にメインで取り組んでいる分野は大相撲。福岡勤務時は九州場所担当として、名古屋異動直後は50回目の節目を迎えた名古屋場所の担当としてそれぞれ全国のアナウンサーをまとめ上げた。
 また、正面解説・北の富士勝昭(元横綱)、向正面解説・舞の海秀平(元小結)の3人は“ゴールデントリオ”と言われ、昨今では各場所初日か千秋楽の中継でこのトリオで放送が進められることが多い。(中略)
エピソード[編集]
・1996年のアトランタオリンピックで女子マラソンの競技終了後の選手インタビューを担当し、銅メダルを獲得した有森裕子(リクルート)の「自分で自分を褒めたいと思います」というコメントを引き出したことで知られる[1]。
・2007年第52回有馬記念のテレビ実況では、内からスルスルと伸びてくるマツリダゴッホの姿に、思わず「祭りだ、祭りだ、マツリダゴッホ!!」と流れるように連呼し、中継解説をしていた鈴木康弘調教師が思わず吹き出してしまうハプニングがあった。
・好角家で知られるデーモン閣下のことを「デーモンさん」と呼んでいる数少ない人物である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
・NHKアナ「はっきり誤審」/秋場所
<大相撲秋場所>◇初日◇9日◇東京・両国国技館
 大関把瑠都(27=尾上)と幕内魁聖(25=友綱)の一戦は、微妙な判定で明暗が分かれた。土俵際で上手投げを仕掛け、最後まで左足を俵に残していた把瑠都に対し、魁聖の体が先に落ちたようにも見えたが、軍配は魁聖に。物言いもつかない結末に勝った魁聖が「負けたと思った。先に落ちたと思ったんでびっくりした」と驚きの声をあげた。
 一方、負けた把瑠都は苦笑いで「勝ったかなと思った。(左足は)俵の上に乗ってたから。相手の手がつくのも分かった。物言いもついてなかったので『えっ』と思った」と話した。
 ビデオで確認した中継局NHKの藤井康生アナが思わず「はっきりと誤審と言っていいくらいの相撲」と言うほどで、取組後は協会にも視聴者から抗議の電話が届いた。北の湖理事長(元横綱)は「まあ際どかった。確認があっても良かったな」と話したものの、鏡山審判部長(元関脇多賀竜)は「(把瑠都の)体が半分出ていた。後でゆっくりビデオを見るわけにはいかないから」と“問題なし”を強調していた。[2012年9月10日10時54分 紙面から]
◎「藤井康生アナのエピソード」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百八十八)》
春の会脳裏にアナのエピソード
春の会ステージ上へ歌手・力士  
前半は歌のデュエット春の会
春の会ステージ上に一組(ひとくみ)目
春の会トップは「しゃちほこ」照ノ富士
春の会舞台に「しゃちほこ」照ノ富士
㊟「しゃちほこ」・・・チームしゃちほこは、スターダストプロモーションに所属する名古屋在住の女性タレントで結成された日本の女性アイドルグループである[1]。略称はしゃちほこ。「ももいろクローバーZ」、「私立恵比寿中学」、 「たこやきレインボー」の姉妹グループ[2]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)メンバー…秋本帆華・咲良菜緒・ 大黒柚姫・坂本遥奈・伊藤千由李の五人組
春の会「しゃちほこ」綺麗なコスチューム
「しゃちほこ」は春めく色のコスチューム
春めきて乙女らの衣装色とりどり 
春めくや多彩な衣装の乙女たち  
春めくや乙女の五人ステージに 
春めくや五人の乙女らステージに 
春うらら「しゃちほこ」大関歌う「恋」
春の会デュエットで歌う力士・歌手
春の会色とりどりのライト揺れ
春うらら「しゃちほこ」大関恋ダンス
※「しゃちほこ」大関恋ダンス・・・
 お楽しみ歌くらべでは横綱白鵬、日馬富士、歌手は伍代夏子、天童よしみらが参加。アイドルグループ「チームしゃちほこ」は大関照ノ富士と恋ダンスを披露した。8日に姉妹グループ「私立恵比寿中学」の松野莉奈さんが急死するショックの中、元気な笑顔で盛り上げた。(デイリースポーツより転載 )
春の会歌手力士の歌二組(ふたくみ)目 
春の会丘と鶴竜ステージに
春うらら振袖姿の女性歌手 
春うらら振袖姿の丘登場
春うらら振袖姿の丘みどり
㊟丘みどり・・・丘 みどり(おか みどり、1984年7月26日[1] - )は、演歌歌手。本名は岡 美里。身長157cm[1]。血液型はA型[1]。兵庫県姫路市出身。所属事務所はアービング。2016年6月より姫路観光大使に就任[2]。(中略)「佐渡の夕笛」作詞:仁井谷 俊也 作曲:弦 哲也 編曲:南郷 達也 [3]c/w:「雨の木屋町」(発売:2017年2月8日)(KICM-30778)(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
春や春歌姫和装の艶姿
春の会二人で「ロンリー・チャップリン」を
㊟「ロンリー・チャップリン」・・・「ロンリー・チャップリン」は、1987年7月1日に発売された鈴木聖美 with Rats&Starの2枚目のシングル。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

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● 平成二十九年四月十四日 金曜日
○ 二月日々折々 その十二 春意

《今回の自選代表二句と自句自解》

歌手たちのドレス・振袖に湧く春意

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第二部の「お楽しみ歌くらべ」にカラフルなコスチュームを着た五人組の乙女たちの「チームしゃちほこ」(略称はしゃちほこ)がステージに登場し、一挙に国技館が華やかに春めいた。そしてさらにアイドルグループ「しゃちほこ」に続いて、紅い振袖姿の女性歌手丘みどりが登場し、どこか華やいだ春らしい心持ちになった。

春めくやデュエット曲は恋の歌

 よく晴れた春の日に開催された「NHK福祉大相撲」。第二部の「お楽しみ歌くらべ」の六番手に登場した横綱白鵬と歌手の夏川りみの二人は、デュエットで「銀座の恋の物語」を歌った。より春らしい気分になった。

(二月中旬 隅田散策と第50回「NHK福祉大相撲」など その十一)
春の会歌のデュエット次つぎと
春の会歌手力士の歌三組目
春の会高安・西田三番手
㊟高安・・・安 晃(たかやす あきら、1990年2月28日 - )は、茨城県土浦市出身の大相撲力士。田子ノ浦部屋(入門時は鳴戸部屋)所属。本名同じ。身長186cm、体重177kg、血液型はA型。突っ張り、押し相撲を得意とする一方で左四つからの寄りもある。13代鳴戸(隆の里)と同じく上手捻りも得意とする。[1]好物は煮魚(特にサバの味噌煮)。入門前は野菜嫌いであったが現在では好き嫌いが無いという。[2]最高位は東関脇(2016年9月場所・11月場所)。趣味は音楽鑑賞。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
㊟西田・・・西田 あい(にしだ あい、1988年7月14日 - )は、日本の女性歌手。鹿児島県姶良市(あいらし)出身[1][2]。 東芸エンタテイメンツに所属して芸能事務所GPRがエージェンシーしており、レコードレーベルは「クラウンレコード」で販売と流通は「株式会社クラウン徳間ミュージック販売」が担当している。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
春の会歌手クリーム色のドレス着て
春の会西田クリームのドレス着て
女性歌手ドレス・振袖に春心  
歌手たちのドレス・振袖に湧く春意 
春の会三組目の歌手力士歌
春の会二人はマイク手に「居酒屋」
春の会次は伍代と日馬富士
春の会舞台に伍代と日馬富士
春の会四組目の歌手着物着て
春の会伍代夏子は着物着て
㊟伍代夏子・・・伍代 夏子(ごだい なつこ、1961年12月18日 - )は、日本の演歌歌手。本名、山田 輝美。旧姓、中川。東京都渋谷区出身。夫は、杉良太郎。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
春麗和服が似合う演歌歌手
春の会二人はテレサ・テンの歌
春に聞く「時の流れに身をまかせ」
春の会五組目天童勢関
春の会ベテランの歌手ステージに
春の会ドレスの天童ステージに
春の会ふたりで「二人の大阪」を
春の会夏川・白鵬六組目
春の会デュエット最後の六組目
春の会羽織袴の白鵬関
春の会夏川りみはドレス着て
春の会夏川ラメ入りドレス着て
春の会白鵬りみとコンビ組み
春に聴く「銀座の恋の物語」
春の会夏川・白鵬「銀恋」を 
二ン月に二人で「銀恋」歌い上ぐ
春めくやデュエット曲は恋の歌

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