裸木 (平成26年2月4日 火曜日)

○ 十二月日々折々 その十八

《今回の自選代表二句と自句自解》

冬黄葉梢裸の公孫樹の木  

 中野区内の新井天神北野神社。境内の公孫樹の枝葉の裾付近には黄葉が残っているが、木の半分以上が裸木状態。この時季らしい公孫樹の姿だ。

力石隙間に落葉の飾りつけ 

 新井天神北野神社の境内に十三個の力石が丸く置かれている。力石と力石の間の隙間に落葉が積もっている。力石を飾っているかのようだ。落葉という自然の飾りつけが力石に良く似合っている。

※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「冬の写真」の『十二月中旬 都内の中野散策に「新井天神北野神社の力石」』の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。


〈十二月中旬 都内の中野散策 その六 (新井天神北野神社)〉

冬の旅道訊ね向かう天神社

中野通り並木の桜裸木に

㊟中野通り・・・東京都渋谷区笹塚から新宿区西落合までの道路の呼び名。沿線に新井薬師などがある。(Yahoo! JAPAN辞書より転載)

冬の旅新井天神北野社へ

㊟新井天神北野社・・・新井一円の総鎮守である北野神社は新井天神と称し、文武両道の神とされる菅原道真公、また食物を司る保食神の二柱をお祀りしております。 当神社の創建年代は明らかではありませんが古くは天満宮と称し、天正年間(1573~1592)、新井薬師の開祖である沙門行春が建立したとも、それ以前よりこの地の鎮守社であったとも言われています。 境内には「新井」という地名の由来ともなった井戸が現在も使用されています。(新井天神北野神社の公式HPより転載)

冬晴や鳥居を潜り北野社に

冬黄葉梢裸の公孫樹の木 

境内に作業員いて年用意

水屋にて手水の作法冬の晴

冬の晴撫で牛触り本殿へ

境内の稲荷神社に冬日差 

冬の晴社に幾つもの力石

冬うららこんなにいくつも力石 

冬日差す社に十三力石

㊟十三力石(ちからいし)・・・十三の力石。十三個の大きな石は「力石」といって、昔、若者たちが力くらべに使ったものです。 今日とは違い、娯楽の少なかった時代には神社の祭礼は人々の最大の楽しみでした。 祭りの日、若者たちは大きな石を頭上に高くかかげて、その力を競い合い、持ち上げた石の重量や姓名を刻んで奉納したものです。 力石の行事は、娯楽の面だけではなく、その多くが神社の境内にあることからも、本来は神事儀礼であり、また重い石を持ち上げる ことにより一人前として社会に認められた当時の通過儀礼のひとつでもありました。(新井天神北野神社のHPより転載)

力石隙間に落葉積もりをり 

力石隙間に落葉の飾りつけ

冬の旅大鳥神社境内に

北野社の本殿前に冬の晴

冬の晴鈴を鳴らして合掌す

北野社の境内周辺枯木立

北野社を去りて再び冬の旅

冬の旅新井五差路を通り過ぐ

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この記事へのコメント

高島
2014年04月07日 13:14
四日市大学にて体育史学の立場から力石を研究する者です。飯島様の力石に関する作品の拙著への掲載許可をお願いします。takashim@za.ztv.ne.jpまで
http://www.za.ztv.ne.jp/takashimにはこれまで寄せられた作品を約1700作掲載しています。
飯島治蝶
2014年04月20日 17:02
どうぞ、ご活用下さい。
高島
2014年08月05日 13:41
飯島様の作品を掲載させていただきました「力石を詠む」を謹呈させていただきたいのですが、
takashim@za.ztv.ne.jp
まで御住所を御教示下さい。

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