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十夜鉦 (平成29年1月31日〜2月1日)

2017/01/30 00:59

◎ 平成二十九年一月三十一〜二月一日 十夜鉦

● 平成二十九年一月三十一日 火曜日
○ 十一月日々折々 その十五 十夜鉦

《今回の自選代表二句と自句自解》

堂内式僧打ち鳴らす十夜鉦

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。寺本堂での堂内式に移行し、十夜僧により十夜鉦が打ち鳴らされた。

十夜会に住職座して稚児灌頂 

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。今目の前では、住職による稚児灌頂の儀が厳粛に行われている。稚児灌頂については、後述。
,
(十一月下旬 開山上人五百年遠忌併修十夜法要F)
本堂に十人余りの十夜僧
十夜会や住職・僧侶ら内陣へ
十夜会や式衆僧侶内陣に
堂内式僧打ち鳴らす十夜鉦 
十夜会や入堂和讃厳かに
十夜会に住職立ちて三宝礼
十夜会に住職立ちて三奉讃 
十夜会や差定の懺悔偈・十念を
十夜会に住職座して稚児灌頂 
㊟稚児灌頂(ちごかんじょう)・・・もともとはインド世界での大王や立太子が即位する時の『洗礼式』で(清めの儀式)四海(天下ノ意)の水を頭頂に注ぎ四海世界人(全世界の支配者すなわち皇帝)となぞらえられたのだそうだ。
 お地蔵さまなどに水を描けるような感じであると思われる。
 その潅頂の儀式はインド仏教に伝わり、徳の高い僧侶(高僧)や聖人などの洗礼式となった。(ピクシブ百科事典より転載)
 大乗仏教では最後の修行を終えた菩薩(仏陀)が悟りを開いて仏になるとき、諸仏から智水の灌頂を受けて成仏するものとされる。
十夜会や式中和賛を詠唱講
十夜会や稚児灌頂に和賛の声
十夜会や稚児灌頂に詠唱が 
十夜会や堂内和賛の声響く 
十夜会や和賛の声は優しくて
お十夜の和賛の声は優しくて
十夜会や住職次つぎ稚児灌頂
十夜寺目の前稚児たち通りゆく
冬灯稚児なかには親の手を
冬灯母親稚児を抱っこして
冬灯男女の稚児たち愛らしく
十夜会に住職遠忌の表白を
※遠忌・・・開山上人五百年遠忌併修十夜法要

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● 平成二十九年二月一日 水曜日
○ 十一月日々折々 その十六 十夜法要

《今回の自選代表二句と自句自解》

菩提寺の十夜和讃を講詠唱  

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。寺本堂での堂内式で、十名程の詠唱講の方々の十夜和讃のご詠歌の声が本堂内に響き渡る。

お十夜の式中幾度か散華の儀 

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。寺本堂での堂内式で、式中幾度か散華の儀が行われた。

(十一月下旬 開山上人五百年遠忌併修十夜法要G)
十夜会に開山上人像開眼
十夜会に開山上人像造立
冬灯下極彩色の上人像
冬開眼五百回忌の記念像
冬開眼五百遠忌の開山像
冬開眼五百遠忌の上人像
十夜寺僧侶ら礼讃懇ろに
菩提寺の十夜和讃を講詠唱  
十夜会に詠唱の声と鉦の音
十夜会や堂に厳粛な時流れ
十夜会に開山上人像入魂
十夜会や僧侶と信徒合掌す
十夜会に真身観文僧読経
お十夜の式中幾度か散華の儀  
十夜会に塔婆回向を僧侶らと
十夜会にお数珠手にしてお焼香
十夜会にお数珠手にして焼香す
十夜会に総回向偈僧読経 
十夜会に僧総願偈と三唱礼
十夜会に僧侶ら読経送仏偈 
十夜会に一同低声十念を
菩提寺の十夜法要粛々と

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十夜会 (平成29年1月29〜30日)

2017/01/28 02:20

◎ 平成二十九年一月二十九〜三十日 十夜会

● 平成二十九年一月二十九日 日曜日
○ 十一月日々折々 その十三 十夜会

《今回の自選代表二句と自句自解》

十夜会の稚児さんの手に蓮の花  

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。練行列(ねりぎょうれつ)の後ろに二十名程の稚児の列が続く。お稚児さんの手には蓮の花が握られている。

十夜会の稚児の額に位星 

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。練行列(ねりぎょうれつ)の後ろに二十名程の稚児の列が続く。
お稚児さんの額に黒くて丸い位星(くらいほし)が施されていて、とても可愛い。

(十一月下旬 開山上人五百年遠忌併修十夜法要D)
十夜会や列に随喜寺院の僧
十夜会や列に式衆の僧侶たち
十夜会や施主の住職正装し
十夜会や住職に傘差し随行 
十夜会や旗持ち幟を高だかと
十夜会や幟に五百年遠忌
旗持ちの幟に併修十夜会と 
十夜会やお稚児さん達列なして 
十夜会や親の中には稚児と手を  
十夜会の稚児さんの手に蓮の花  
㊟稚児・・・稚児(ちご)には、概ね、以下の意味がある。
 本来の意味の稚児で乳児、幼児のこと。「ちのみご」という言葉が縮んだものと考えられる。後に、6歳くらいまでの幼児(袴着・ひもとき前)に拡大される。袴着・ひもとき〜元服・裳着の間の少年少女は「童」(わらは・わらべ)と呼ばれた。
・大規模寺院における稚児 → 下記 大規模寺院における稚児 参照 転じて、男色の対象とされる若年の男性の意。
・祭りにおける稚児 → 下記 祭りにおける稚児 参照

大規模寺院における稚児[編集]
 烏天狗と牛若丸(鞍馬寺の稚児)
平安時代頃から、真言宗、天台宗等の大規模寺院において、剃髪しない少年修行僧(12〜18歳くらい)が現れはじめ、これも稚児と呼ばれるようになった。皇族や上位貴族の子弟が行儀見習いなどで寺に預けられる「上稚児」、頭の良さを見込まれて世話係として僧侶に従う「中稚児」、芸道などの才能が見込まれて雇われたり腐敗僧侶に売られてきた「下稚児」がいた。禅宗では喝食と呼ばれた。
 髪形は垂髪、または、稚児髷で、平安貴族女性と同様の化粧をし(お歯黒も付ける場合もあった)、極彩色の水干を着た。又、女装する場合もあり、その場合、少女と見分けがつきにくかった。
 真言宗、天台宗等の大規模寺院は修行の場であるため山間部にあり、また、女人禁制であるため、このような稚児はいわば「男性社会における女性的な存在」となり、しばしば男色の対象とされた(ただし上稚児は対象外)。中世以降の禅林(禅宗寺院)においても、稚児・喝食は主に男色、衆道、少年愛の対象であった。
 特に、天台宗においては「稚児灌頂」という儀式が行われ、この時に「○○丸」と命名された。これを受けた稚児は観音菩薩と同格とされ、神聖視された。
 室町時代に書かれた「お伽草子」には僧侶と稚児の恋愛や稚児が観音菩薩の化身として現れる“稚児物”と呼ばれる作品群があり、また稚児を巡る社会風潮を批判するために書かれた『若気嘲弄物語』のような作品もあった[1]。
 また、大法会の際に舞楽、散楽、延年を上演する場合が多く、他の寺の僧侶からも注目を集めた。
 これらの稚児は成人に達すると還俗する場合が多いが出家して住職となった者もいたらしい。(中略)
稚児出身の歴史上の人物[編集]
源義経(鞍馬寺、牛若丸・遮那王)
武蔵坊弁慶(比叡山→書写山、鬼若丸) (中略)
祭りにおける稚児[編集]
 現代においては、祭りの中で、特徴的な化粧(厚化粧の場合が多い)をし、揃いの、または決められた衣装を着た少年少女(概ね小学生以下)が稚児と呼ばれる場合が多い。
 ただ、稚児と呼ぶかどうかは祭りの主催者によって一定しない場合が多く、鶴岡八幡宮例大祭の八乙女・童子や花巻市の花巻まつりの囃子方のように、見た目が稚児であっても稚児と呼ばない場合がある一方で、姫路市の姫路ゆかたまつりのように、素顔にゆかた(袴無し)の場合でも稚児と呼ばれる場合もある。
 
服飾・化粧[編集]
 稚児の衣装は概ね平安装束(神官装束、巫女装束)か、それを大幅に簡略化した稚児装束の場合が多く、また袴は不可欠と考えられる。少年は烏帽子、少女は天冠を被る場合が多い。持ち物としては舞扇、蓮・桜・紅葉・等の造花等が多い。
 化粧は額に「アヤツコ」と呼ばれる、まじないの意味がある模様、または「位星(くらいほし)」と呼ばれる丸を黒、または赤で入れ、鼻筋を白く塗るのが基本だが、それ以外は、ほとんど素顔、口紅を塗るだけの場合から、大人のフォーマルと同様の厚化粧、歌舞伎舞踊と同様の舞台化粧(極稀にお歯黒を付ける場合や引眉する場合がある)、バレエと同様な洋風の厚化粧、と結構様々である。これらの化粧・服飾は単なる装飾ではなく、神性・神聖・神秘・等の意味合い・意味付けがあり、また通過儀礼の意味があるともされる。
(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
◎「稚児について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百七十三)》
十夜会の水干の稚児さんの手に蓮を
十夜会の男児の頭に烏帽子
十夜会の稚児の額に位星(くらいほし) 
十夜会の女児の頭に天冠が
十夜会の行列の稚児愛らしく
十夜会の稚児の写真を親御さん
十夜会にパチパチ写真を親御さん
十夜会にビデオ撮りする親御さん
十夜会に寺の近くの道を練る
十夜会に行列国道練り歩く

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● 平成二十九年一月三十日 月曜日 
○ 十一月日々折々 その十四 十夜僧

《今回の自選代表二句と自句自解》

十夜寺練行列後に庭儀式  

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。練行列(ねりぎょうれつ)を終えてすぐに、庭儀式が厳かに執り行われた。

十夜会や本堂に入り堂内式  

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。練行列(ねりぎょうれつ)と庭儀式に続いて、寺本堂での堂内式に移行した。

(十一月下旬 開山上人五百年遠忌併修十夜法要E)
十夜会やお練りはやがて境内に
十夜寺練行列後に庭儀式  
十夜寺僧らと信徒ら境内に
十夜会や寺境内に百有余
十夜寺庭で開経偈・四誓偈を
十夜会や読経の声が境内に
十夜会や合掌姿の僧・信徒
十夜寺境内音木(おんぎ)の音響く
リズムとる音木の音は冬空へ
十夜寺庭にて十念・摂益文
お十夜の庭儀式終え児らの声
二十余の稚児たち頑張る十夜会に
二十余の稚児たち頑張る冬の日に 
十夜会や本堂に入り堂内式  
十夜会や続いて堂内式差定
十夜会や司式の僧侶開式と 
喚鍾や鍾打ち鳴らす十夜僧
十夜会や連打の鍾の音本堂に
十夜会や「月影」詠唱入堂時
十夜会や住職・僧侶ら入堂す

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十夜寺 (平成29年1月27〜28日) 

2017/01/26 00:15

◎ 平成二十九年一月二十七〜二十八日 十夜寺

● 平成二十九年一月二十七日 金曜日 
○ 十一月日々折々 その十一 ストーブ

《今回の自選代表二句と自句自解》

十夜寺開山遠忌に朱蝋燭 

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要がある。御本堂の須弥壇に朱蝋燭が点されていた。

お十夜に五百回忌記念話 

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。五百年遠忌を記念しての開山上人のお話を拝聴した。信州との地縁、増上寺との縁に深く合掌。

(十一月下旬 開山上人五百年遠忌併修十夜法要B)
十夜寺檀家仲間ら集い来る
十夜寺正午より皆と斎供養
十夜寺皆と客殿で斎供養
十夜寺皆と客殿でするお斎(とき) 
十夜寺皆と客殿で昼食会
十夜会の斎の弁当に舌鼓
十夜会のお斎の弁当有り難く
十夜寺檀信徒らと歓談す 
冬の日に健康長寿の話して
冬の日に練行列(ねりぎょうれつ)の話聞く
冬の日に寺総代と打合せ
十夜寺午後一時前に本堂へ
菩提寺の本堂内にストーブが
お十夜に赤き蝋燭灯されて  
十夜寺開山遠忌に朱蝋燭 
十夜会や堂の須弥壇に対の供物
十夜寺僧侶の法話に開山上人
十夜会や堂の須弥壇に上人像
お十夜に五百回忌記念話 
十夜会に開山上人話聴く
冬日知る開山上人信州人
十夜会に知りし開山信州人

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● 平成二十九年一月二十八日 土曜日 
○ 十一月日々折々 その十二 十夜寺

《今回の自選代表二句と自句自解》

十夜会や二回に分けて記念写真 

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。御僧侶や檀信徒や縁者ら二百有余が参集した。寺の境内ては、人数が多いため、二回に分けて記念写真が撮られた。

十夜会や詠唱講の声響く 

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要が執り行われている。練行列で、十名程の詠唱講の方々のご詠歌の声が優しく響き渡る。

(十一月下旬 開山上人五百年遠忌併修十夜法要➃)
冬日知る開山上人武家出身
十夜会に知りし上人増上寺出    
十夜会に寺との縁(えにし)の深さ知る
十夜会に「キリ神様」の話聞く
十夜会に耳病悉除の話聞く
十夜寺上人の法話有り難く
十夜寺僧侶の法話有り難く
十夜寺僧の法話後に記念写真
十夜会や寺境内にて記念写真
十夜会や記念写真に百二十余 
十夜会や二回に分けて記念写真 
開山の遠忌併修の十夜寺
十夜寺撮影終えて練行列
冬の午後出発場所へ移動して
冬の午後皆といっしよに外歩く
十夜会の練行列は撮影後
※練行列(ねりぎょうれつ)・・・先導・総代・詠唱講・錫杖突き・随喜寺院・住職・傘差し・旗持ち・稚児行列の順。
十夜会や列先導の手に錫杖 
㊟錫杖(しゃくじょう)・・・楽器名および声明 (しょう みょう) の曲名。 (1) 体鳴楽器。杖の頭部の金属製の輪に,数個の小環をつけ,振り鳴らすもの。「戒錫」ともいう。柄の短いもの,床に突き立てて鳴らす柄の長いものがある。(ブリタニカ国際大百科事典より転載)
十夜会や総代さん達法被着て 
十夜会や詠唱講の声響く 
十夜会や講の人たち鈴鳴らし
十夜会や講の人たち鉦(かね)鳴らし

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九州場所 (平成29年1月25〜26日)

2017/01/24 02:07

◎ 平成二十九年一月二十五〜二十六日 九州場所

● 平成二十九年一月二十五日 水曜日
○ 十一月日々折々 その九 九州場所

《今回の自選代表二句と自句自解》

初冬の夜スーパームーンは明るくて

 初冬の夜。スーパームーンは期待以上に明るく、そして大きかった。

㊟スーパームーン・・・14日のスーパームーンは20時21分時点で約35.7万kmまで接近。今年最も小さい満月(4月22日)と比べて、明るさは30%増、見かけの大きさは14%増となり、1948年1月26日以来、68年ぶりの大きさになるという。次に同等の大きさで観測できるのは18年後の2034年11月26日。(Impress Watch より転載)

落葉踏み歩く菩提寺の裏参道

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要がある。裏参道の落ち葉を踏み、菩提寺へと向かった。

(十一月中旬 日常生活)
白鵬は九州場所で1000勝
㊟白鵬1000勝・・・東横綱・白鵬(31)=宮城野=が、前頭二枚目・魁聖(29)=友綱=を上手投げで下し、通算1000勝を達成した。元横綱・千代の富士(先代九重親方、1045勝)、元大関・魁皇(現・浅香山親方、1047勝)に次ぐ史上3人目の大台到達となった。(スポーツ報知 11/15(火) より転載)
白鵬は九州場所で上ぐ千勝
白鵬は九州場所にて1000勝
一日後スーパームーンを冬の夜に
初冬の夜スーパー十六夜(いざよい)明るくて
初冬の夜スーパー十六夜明るかり
初冬の夜スーパームーンは明るくて 
初冬の夜スーパー十六夜大きくて  
初冬の夜スーパームーンは大きくて 
初冬の夜スーパー十六夜大きかり 

(十一月下旬 開山上人五百年遠忌併修十夜法要@)
菩提寺へ車で十夜法要へ
菩提寺へ車走らせ十夜会に
菩提寺の駐車場吹く冬の風
鳴きながら曇り空飛ぶ冬の鳥
菩提寺の裏参道に散る枯葉
落葉踏み歩く菩提寺の裏参道 
菩提寺の参道路傍に八手の実
吹く風に十夜法要幟揺れ
冬風に年忌法要の幟揺れ
冬に開山上人年忌法要
十一月上人の五百年遠忌
菩提寺の十夜会併修遠忌かな
五百年遠忌併修の十夜寺

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● 平成二十九年一月二十六日 木曜日
○ 十一月日々折々 その十 冬の風

《今回の自選代表二句と自句自解》

菩提寺の六地蔵尊に冬の菊  

 十一月下旬。今日は、菩提寺で開山上人五百年遠忌併修十夜法要がある。菩提寺の六地蔵尊に、菊の花が供えられていた。

冬紅葉菩提寺墓所にあかあかと 

 十一月下旬。菩提寺の墓所に入ると、あかあかとした紅葉が見えてきた。

(十一月下旬 開山上人五百年遠忌併修十夜法要A)
十夜寺既に仲間ら境内に
十夜寺檀家仲間らに挨拶し
十夜寺住職僧侶ら準備中  
菩提寺の六地蔵尊に冬の花
菩提寺の六地蔵尊に冬の菊  
十夜寺地蔵の供花真新し
冬紅葉菩提寺墓所にあかあかと 
冬黄葉菩提寺墓所を金色に 
立ち止まり暫し眺める冬もみじ
菩提寺の竹林揺らす冬の風
十夜寺先ずご先祖の墓掃除
十夜寺お墓の草取り掃き掃除
十夜寺水屋で手にする桶柄杓
十夜寺続いて先祖の墓洗う
ご先祖の墓の供花に冬菊を 
十夜寺線香手向け手を合わす 
十夜寺線香手向け合掌す
冬風に線香の煙棚引けり
十夜寺受付済ませて客殿へ
十夜寺納める塔婆灯明料
十夜寺受け取る袋に記念品

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冬灯 (平成29年1月23〜24日)

2017/01/22 00:04

◎ 平成二十九年一月二十三〜二十四日 冬灯

● 平成二十九年一月二十三日 月曜日
○ 十一月日々折々 その七 冬灯

《今回の自選代表二句と自句自解》

もてなしの心嬉しき初冬の夜 

 初冬の夜、子の知り合いのカフェ・バーで、孫娘の誕生会と先取りの成人祝いを家族でした。お店の御夫婦からはプレゼント以外でも、心嬉しいおもてなしを受けた。感謝、感謝である。

イタリアンコース料理を冬の夜に

 初冬の夜、子の知り合いのカフェ・バーで、孫娘の誕生会と先取りの成人祝いを家族でした。イタリアンコース料理を家族で堪能することとなる。

(十一月中旬 孫の成人式前撮り撮影会と孫の誕生会B)
初冬の夜子の知り合いのカフェ・バーに
初冬の夜カフェ・バー到着七時過ぎ
初冬の夜撮影後孫の祝成人
初冬の夜撮影後孫の誕生会
初冬の日祝成人と祝誕生
初冬の日店入口に祝成人
初冬の日店入口に祝誕生
冬灯下大掲示板に絵と文字が
冬灯店は貸切状態に
もてなしの心嬉しき冬の夜
もてなしの心嬉しき初冬の夜  
冬灯店内はクリスマスモード
冬灯ママとマスターにご挨拶
六人がテーブル囲む初冬の夜
初冬の夜成人祝い先ず乾杯
初冬の夜誕生祝い乾杯す
初冬の日家族で祝いの会食会
初冬の日家族で祝いの夕食会 
イタリアンコース料理を冬の夜に  
冬の夜美味しと熱きピザを食む 
初冬の夜飲み物食べ物次つぎと
冬の夜美味しとパスタ料理食む
家族らと会話の弾む冬の夜
冬灯下料理を前に家族写真
冬の夜にコース料理のデザートを
冬灯下コース料理のデザートを

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● 平成二十九年一月二十四日 火曜日
○ 十一月日々折々 その八 冬の夜

《今回の自選代表二句と自句自解》

冬灯店の美人ママ手にケーキ

 初冬の夜、子の知り合いのカフェ・バーで、孫娘の誕生会と先取りの成人祝いを家族でした。店の美人ママの手作りケーキをママが、テーブルに持ってきた。綺麗な仕上で美味しそうな誕生ケーキだ。

冬うらら頂く記念の家族写真 

 今日は、寒さを感じない晴れた冬の日であった。夜になっても気分は麗らかな感じだ。夜、子の知り合いのカフェ・バーで、孫娘の誕生会と先取りの成人祝いを家族でした。店の美人ママがわざわざ記念の家族写真を撮ってくれた。帰り間際にその写真を頂いた。うれしく有難いことであった。

(十一月中旬 孫の成人式前撮り撮影会と孫の誕生会➃)
冬灯店の美人ママ手にケーキ 
冬灯下誕生ケーキに祝成人
冬灯下ケーキにローソク・花火付き
冬灯下ケーキの花火パチパチと
冬灯下ケーキのローソク一息で
冬灯下孫はローソクひと息で
冬灯下直後に記念の家族写真
冬うららママも「写真を撮らせて」と
冬灯下美味し美味しとケーキ食む
冬灯下ママ手作りのケーキ食む
冬灯家族皆ママに「美味しい」と
冬灯お店で暫しする雑談
冬灯笑む店の若き美人ママ
冬の夜に思い出語る美人ママ
冬灯店との新たに知る縁(えにし) 
冬の夜にお店で暫し歓談す
冬の夜頃合を見て店を辞す
冬の夜帰り際受く記念品  
冬うらら頂く記念の写真立
冬うらら頂く記念の家族写真  
冬の夜ママとマスターに礼述べて
冬の夜家族の帰宅は十時頃

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立冬 (平成29年1月21〜22日)

2017/01/20 00:09

◎ 平成二十九年一月二十一〜二十二日 立冬

● 平成二十九年一月二十一日 土曜日
○ 十一月日々折々 その五 立冬

《今回の自選代表三句と自句自解》

夕べまで木枯一号吹き荒れて 

 今日は夕方まで、木枯一号が吹き荒れた。冬の到来を実感した。

木枯や大統領選大接戦  

 一日中、木枯一号が吹き荒れた今日、アメリカでは大統領選挙は、大接戦の様相呈していた。

冬うらら予約の前撮り撮影会  

 今日、大分前から事前に予約をしていた来年成人式を迎える孫の前撮り撮影会で、写真撮影をした。スタッフの話では、今日は朝から夜まで、十数組の前撮り撮影会となるとのこと。

(十一月上旬 日常生活A)
日本は暦相応の立冬に
日の本は暦相応の立冬に
列島は暦相応の立冬に
冬に入り日々急激に増す寒さ
冬に入り急激に日々寒さ増し 
夕べまで木枯一号吹き荒れて 
木枯や大統領選大接戦  
木枯や米政治映す選挙戦
木枯や米政治映す選挙結果
㊟米政治映す選挙結果・・・米政治の行き詰まり映す=大統領選
【ワシントン時事】次期米大統領となるトランプ氏をめぐり最後まで予想外の展開を見せた今回の選挙は、米政治の行き詰まりを映し出した。(時事通信 11/9(水) より転載)

(十一月中旬 孫の成人式前撮り撮影会と孫の誕生会@)
初冬かな予約の前撮り撮影会
冬うらら予約の前撮り撮影会  
初冬の日孫成人の撮影会
初冬の日成人式の前撮りを
初冬の日家族六人会場へ
初冬の日孫と子らとの撮影会
初冬の日知己の呉服屋の撮影会
冬うらら社長と暫し立ち話
初冬の日会場に入り先ず着付
初冬の日着物の着付に一時間
初冬の日和服姿の妻子孫
初冬の日いよいよ写真撮影に

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● 平成二十九年一月二十二日 日曜日 
○ 十一月日々折々 その六 初冬

《今回の自選代表二句と自句自解》

初冬の日スタジオ撮りする孫娘 

 初冬の今日、大分前から事前に予約をしていた来年成人式を迎える孫娘の前撮り撮影会で、特設スタジオで写真撮影をした。半日掛かりで、三箇所のステージで場面設定を変えながらの撮影会であった。

松戸駅駅前通りに冬灯  

 初冬の今日、半日掛かりの写真撮影会を終えて外に出るとすでに暗くなっていた。松戸駅駅前通りは、街路灯やイルミネーションの明かりが辺りを明るくしていた。

(十一月中旬 孫の成人式前撮り撮影会と孫の誕生会A)
初冬の日先ず孫一人の写真撮る
初冬の日スタジオ撮りする孫娘 
初冬の日孫は振袖の立ち姿
初冬の日撮影背景三パターン
初冬の日孫は小道具を手に写真
初冬の日孫は毛氈に坐し写真
初冬の日親子四人の写真撮る
初冬の日家族六人の写真撮る
初冬の日撮影背景三パターン
初冬の日男女三人のカメラマン
初冬の日三者三様の記念写真
初冬の日写真撮影に一時間 
初冬の日記念写真に一時間 
初冬の日写真選びに一時間
初冬の日撮影会に三時間 
初冬の日もてなす社長に礼述べて
初冬の日撮影会場より外へ
初冬の日外は夜景の駅前通り
松戸駅駅前通りに冬灯  
初冬の夜家族で歩いてカフェ・バーへ
初冬の夜子の知り合いのカフェ・バーへ

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文化の日 (平成29年1月19〜20日)

2017/01/18 00:19

● 平成二十九年一月十九日 木曜日
○ 十一月日々折々 その三 秋雨

《今回の自選代表二句と自句自解》

秋のロケメイク役者の手直しを 

 秋のロケ現場。ある程度のシーンが撮り終わり休憩となった。その間に、主役は、メイクさんに手直しされていた。 

秋のロケ番組のファイル手に帰路に 

 芸術の秋。二時間半程のロケを終えて、スタッフから番組のファイルを頂き、家路に就いた。貴重な経験が出来た。

(十一月上旬 テレビドラマのエキストラ出演B)
秋の朝合い間に役者ひと休み
秋のロケ役者は傍でひと休み
秋の朝カメリハ・本番繰り返し
秋のロケ合い間にメイク手直しを
秋のロケメイク役者の手直しを 
秋の朝無言でひたすら出番待ち
秋の朝数回カメリハ・本番を
秋の朝二時間ほどで終了す
秋の会帰りに受け取る記念品
秋の会帰りにクリヤーファイル受く
秋の朝番組のファイル手に帰路に   
秋の朝ファイル手にして家路就く
芸術の秋に演者の良い経験
芸術の秋にエキストラ体験を
秋の朝撮影会終え家路就く
秋の朝ドラマのロケ終え就く家路
秋雨に傘差し妻と就く家路
秋のロケ終え九時前に自宅着く
秋のロケ終え九時前に無事帰宅
秋の朝貴重な経験して帰宅

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● 平成二十九年一月二十日 金曜日 文化の日
○ 十一月日々折々 その四

《今回の自選代表二句と自句自解》

キッチンに立つこと増える食の秋 

 食欲の秋。去年と同様に台所で調理をすることが増えた。料理番組から得た知恵で色々と工夫して料理をする。料理は奥が深い。

食文化一考してみる文化の日   

 食欲の秋。和食・洋食・中華料理・他の世界各国の伝統料理・各国の新作料理・・・。料理は奥が深い。食材、調味料(スパイス)、調味方法などでも様変わりする。今日は料理をしながら、食文化の深みを考える文化の日であった。

(十一月上旬 日常生活@)
秋増える料理番組見る機会
食欲の秋に食材買い出しに
秋や秋食材選び楽しくて 
食欲の秋多き旬の食材 
キッチンに立つこと増える食の秋 
食欲の秋に土鍋でご飯炊き
食欲の秋注意米の水加減
食欲の秋炊く米に氷入れ
食欲の秋に炒める肉・野菜
秋の昼啜る味噌汁は茸入り
秋の昼「とてもおいしい」と妻の声
秋の昼漬けた浅漬旨きかな
食の秋多めに料理し作り置き
文化の日今日もまた立つ台所
㊟文化の日・・・文化の日(ぶんかのひ)は、日本の国民の祝日の一つである。日付は11月3日。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
食文化支えて料理文化の日
食文化担いて料理文化の日
老夫婦和食にこだわる文化の日
文化の日具材の相性考えて
食欲の秋に素材の活かし方
食欲の秋にこだわる調味料
食欲の秋にこだわる無農薬
食文化一考してみる文化の日 
文化の日子らと孫らに手料理を
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晩秋 (平成29年1月17〜18日)

2017/01/16 00:01

● 平成二十九年一月十七日 火曜日
○ 十一月日々折々 その一 晩秋

《今回の自選代表二句と自句自解》

芸術の秋にドラマのエキストラ 

 秋の朝、エキストラを依頼されて、ドラマ「コック警部の晩餐会」のロケの現場へ向かった。芸術の秋に、エキストラ体験をすることとなる。

㊟エキストラ・・・エキストラ(英語:extra)とは、テレビドラマや映画などの映像作品分野では、通行人、群集など物語で重要性の少ない役を演じる出演者の事。必ずしも職業俳優が演じるわけではない。日本の映画業界では、「仕出し」、古くは「ワンサ」とも言う。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

秋のロケすぐにスタッフと打合せ 

 芸術の秋に、エキストラ体験をすることとなった。ロケ現場に着いたら、ほどなくスタッフとの打ち合わせをした。

(十一月上旬 テレビドラマのエキストラ出演@)
晩秋に依頼受け劇のエキストラ
晩秋に頼まれ妻とエキストラ
晩秋にテレビドラマのエキストラ
芸術の秋にドラマのエキストラ 
秋の朝テレビドラマの撮影会
秋の朝ドラマのロケの現場へと 
秋の朝歩いて地元のとんかつ屋
秋の朝妻連れロケの現場へと
秋の朝有縁の店へ二人して
晩秋に「コック警部」の劇に出に
㊟「コック警部」・・・『コック警部の晩餐会』(コックけいぶのばんさんかい)は、2016年10月20日から毎週木曜 0時10分 - 0時40分(水曜深夜)にTBS系の水曜版『テッペン!』・『水ドラ!!』枠で放送されるテレビドラマである。主演の柄本佑は連続ドラマ初主演となる[1]。
制作局 TBS
演出 中前勇児 吉田健
脚本 船橋勧
プロデューサー 田中健太
出演者 柄本佑・小島瑠璃子・えなりかずき・藤真利子(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の朝すでに来ている二三十
晩秋の撮影現場に人・車
秋の会撮影現場に人・車
集合は十一月の朝七時
晩秋の現場は人気のとんかつ屋
秋の朝現場の各部署準備中
秋の朝役者ら含め約四十
秋の朝照明・音声準備して
秋の朝調理やメイクスタンバイ
秋の朝あちこち動くADら
秋の朝すぐにスタッフと打合せ  
秋のロケすぐにスタッフと打合せ 

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● 平成二十九年一月十八日 水曜日 
○ 十一月日々折々 その二 秋の朝

《今回の自選代表二句と自句自解》

秋のロケ手を挙げ品の注文を 

 芸術の秋に、エキストラ体験をすることとなった。ロケ現場に着いたら、ほどなくスタッフと役どころなどの打ち合わせをした。私は、とんかつ屋の店員に、四人分の注文をする役となった。

秋のロケチェック後監督「OK」と 

 芸術の秋に、エキストラ体験をすることとなった。私は、とんかつ屋の店員に、四人分の注文をする役となった。リハーサルと本番を何回も繰り返し、ようやくチェック後、監督の「OK」が出た。やっと安堵出来た。

(十一月上旬 テレビドラマのエキストラ出演A)
晩秋に我ら夫婦は客の役
秋の朝監督役者に説明し
秋の朝監督柄本に説明し
秋の朝監督・役者の打合せ
秋のロケとんかつ屋さんの座席着く
秋の朝とんかつ屋さんの座席着く
秋のロケ我ら夫婦は客の役
秋のロケ注文をする客の役
秋のロケ手を挙げ品の注文を 
「本番」の大き声飛ぶ秋のロケ
秋のロケ手を挙げトンカツ注文し
秋の朝リハーサル後に本番を
秋のロケ現場の監督「本番」と
秋のロケ主演者たちの声のみに
秋のロケ主演者の声こちらまで
秋のロケ柄本佑の声響く 
㊟柄本・・・柄本 佑(えもと たすく、1986年12月16日 - )は、日本の俳優。東京都出身。アルファエージェンシー所属。父は俳優の柄本明、母は女優の角替和枝、弟は俳優の柄本時生、妻は女優の安藤サクラ。(中略)テレビドラマ[編集] コック警部の晩餐会(2016年10月 -、TBS) - 主演・古久星三 役[6](フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋のロケ柄本の脇にいる小島
㊟小島・・・ここでは、小島瑠璃子のこと。小島 瑠璃子(こじま るりこ、1993年12月23日 - )は、日本のバラエティタレント、グラビアモデル、スポーツキャスター、司会。千葉県市原市出身[3]。ホリプロ所属。(中略)テレビドラマ[編集] コック警部の晩餐会(2016年10月 -、TBS) - 七瀬あずみ 役[25] (フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋のロケしばらくしてから「OK」と  
秋のロケチェック後監督「OK」と 
秋のロケ二三の場面の撮影を

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ハロウィーン (平成29年1月15〜16日)

2017/01/14 01:57

● 平成二十九年一月十五日 日曜日
○ 十月日々折々 その六十九 ハロウィーン

《今回の自選代表二句と自句自解》

ハロウィーンなかに仮葬の親子連れ

 松戸駅の周辺で開催されたハロウィンのイベントを見に行った。仮想した子供たちが多いなか、仮想している母親も数組見かけた。なかには、子供とお揃いの仮装をした親子連れもいた。

ハロウィーン仮想の姿の撮影会 

 ハロウィンのイベントを見に行った。イベントの最後に、仮想の姿での記念撮影会がもたれた。

(十月下旬 ハロウィンイベント)
妻連れて夕方ハロウィンイベントに
秋夕べ歩いて向かう松戸駅
ハロウィンの会場は駅の東口
ハロウィーン会場に多くの親子会場に
ハロウィーン多くの仮装の子供たち
ハロウィーン子ら様々な仮葬して
ハロウィーンなかには親も仮葬して 
ハロウィーンなかに仮葬の親子連れ 
ハロウィーン参加の親も仮葬して
ハロウィーン子供らにお菓子配られて
ハロウィーン会場に歌のお兄さん
ハロウィーンお兄さん囲む親子連れ
ハロウィーンお兄さん囲む子供たち
ハロウィーンお兄さん歌を次つぎと 
ハロウィーンアナ雪歌うお兄さん 
㊟アナ雪・・・『アナと雪の女王』(アナとゆきのじょおう、アナとゆきのじょうおう、原題:Frozen)は、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ製作による2013年公開のアメリカ合衆国の3Dコンピュータアニメーション・ミュージカル・ファンタジー映画。2013年度アカデミー長編アニメ映画賞受賞作品。日本ではアナ雪の略称でも呼ばれる[7]。
ハロウィーン歌のお兄さんに大拍手 
ハロウィーン歌終え子らはパレードに
ハロウィーン仮装パレードぞろぞろと
ハロウィーンスタッフの後続く子ら 
ハロウィーン仮装行列ぞろぞろと
ハロウィーン行列の中に魔女・カボチヤ
ハロウィーンなかにカオナシコスプレも
※カオナシ・・・スタジオジブリのアニメ「千と千尋の神隠し」に登場する。
ハロウィンの会場移動し西口へ
ハロウィーン連絡通路をぞろぞろと
ハロウィーン西口イベント広場へと
ハロウィーンイベント広場で記念写真
ハロウィーン写真に多くの親子連れ
ハロウィーン仮想の姿で記念写真
ハロウィーン仮想の姿の撮影会  
ハロウィーン記念写真は思い出に
秋の宵頃合を見て就く家路

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● 平成二十九年一月十六日 月曜日
○ 十月日々折々 その七十 星月夜

《今回の自選代表三句と自句自解》

秋の会代わる代わるに歌披露 

 十月下旬に行われた町内老人会の秋のカラオケ定例会。メンバーが代わる代わるに 自慢の喉を披露し歌った。

街の空よく澄み煌く星月夜 

 長年住み慣れた街の夜空は、それなりの満天の星空。空気もよく澄んでいて星星が煌めいている。月も煌々として明るい。珍しいことなので、しばらく眺めていた。

遠近の紅葉楽しみ過ごす日々 

 最近は、平地の紅葉も見頃となった。日々出掛けた先々で、紅葉を愛で楽しんだ。

(十月下旬 町内老人会のカラオケ定例会)
秋日和心弾ませカラオケ店
秋の昼食後にカラオケ楽しめり
秋の午後仲間と次つぎ歌うたう
秋の会昭和歌謡を次つぎと
秋灯映像の歌手皆若く
秋の会代わる代わるに歌披露 
秋の会民謡・演歌・ポップスを
秋うらら数曲まとめて歌う我
秋うらら数曲まとめて歌謡曲 
秋うららお八つ食みつつ雑談す
秋の午後仲間と再びカラオケを
芸術の秋のカラオケ楽しくて
秋麗歌とおしゃべり楽しくて
秋の夕カラオケ楽しみ閉会に

(十月下旬 日常生活)
棲みし街よく澄み煌く星月夜 
街の空よく澄み煌く星月夜 
秋深し時折多き寒暖の差
遠近の紅葉楽しむ日々過ごす
遠近の紅葉楽しみ過ごす日々 
筑波嶺の上より色付く紅葉かな
筑波嶺の上より色染む紅葉かな
眺め見るあか黄みどりの筑波山

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秋夕焼 (平成29年1月13〜14日)

2017/01/12 01:06

● 平成二十九年一月十三日 金曜日
○ 十月日々折々 その六十七 秋深し

《今回の自選代表二句と自句自解》

東北道車窓流れる群れススキ

 秋の旅の帰り道。那須インター東北自動車道に乗る。路傍にススキが群れて生えていた。

流れゆく車窓の景色に秋実感 

 秋の旅の帰り道。那須インター東北自動車道に乗った。ススキや蔦紅葉や背高泡立草や刈田などが車窓を流れてゆく。高速道路にも季節感がある。

〈十月中旬 錦秋の会津路 その五十三 (二日目 戦争博物館〜羽生市)〉
秋の旅午後三時前に出発す
秋の旅車行き交う道走る
秋の旅車は三時に那須インター
秋の旅ETCより入線す
秋の旅三時に東北道に乗り
㊟東北道・・・東北自動車道(とうほくじどうしゃどう、TOHOKU EXPRESSWAY)は、埼玉県川口市の川口ジャンクション (JCT) から青森県青森市の青森インターチェンジ (IC) へ至る高速道路(高速自動車国道)である。略称は東北道(とうほくどう、TOHOKU EXPWY)。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
東北道車窓流れる群れススキ  
東北道車窓に流れる蔦紅葉
東北道車窓に背高泡立草 
高速道刈田車窓を流れゆく 
秋の旅景色眺めて帰る道
帰り道車窓流れる秋景色  
秋景色車窓に流れる心地よさ
流れゆく車窓の景色に秋実感  
秋の旅車は鬼怒川渡り越す
車中での会話楽しむ秋の旅
車中での話題はさまざま秋深し
秋の旅宇都宮通過三時半
秋の旅高速道を順調に
秋の旅東北道を順調に
秋の旅鹿沼を通り栃木入る
秋の旅栃木過ぎてひと休み  
佐野サービスエリアで休む秋の旅
㊟佐野サービスエリア・・・佐野サービスエリア(さのサービスエリア)は、栃木県佐野市黒袴町の東北自動車道上にあるサービスエリアである。東北自動車道の栃木県内で最も南に位置するサービスエリアである。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅渡良瀬川越え館林
秋の旅利根川越えて羽生市へ
㊟利根川・・・利根川(とねがわ)は、大水上山を水源として関東地方を北から東へ流れ、太平洋に注ぐ河川。河川法に基づく政令[1]により1965年(昭和40年)に指定された一級河川・利根川水系の本流である。「坂東太郎(ばんどうたろう)」の異名を持つ。河川の規模としては日本最大級で、東京都を始めとする首都圏の水源として日本国内の経済活動上で重要な役割を果たしている、日本を代表する河川の一つである。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)

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● 平成二十九年一月十四日 土曜日
○ 十月日々折々 その六十八 秋夕焼

《今回の自選代表二句と自句自解》

秋の旅利根の西空夕焼けて

 秋の旅の帰り道。那須インター東北自動車道を順調に走行する。利根川の西空が夕焼けであかい。きれいだ。

大利根を茜に染める秋夕焼 

 秋の旅の帰り道。日本最大級の利根川は、今茜色に染められている。見事な秋の夕焼けだ。しばらく茜の夕景色を楽しむことが出来た。

〈十月中旬 錦秋の会津路 その五十四 (二日目 羽生市〜自宅)〉
秋の旅利根の西空夕焼けて 
秋の旅利根の川面に夕日映え
大利根の空にも川にも秋夕焼
利根川を茜に染める秋夕焼
大利根を茜に染める秋夕焼 
秋の旅午後四時半に羽生市に
夕映の高速走る秋の旅 
秋の旅加須・久喜過ぎ岩槻に
秋の旅高速道路を順調に
秋の旅東北道を順調に
秋の旅走行ここまで順調に
秋の旅川口より入る外環道
秋の旅中川渡り三郷市に
秋夕べ三郷付近渋滞中
秋の旅三郷インター降り松戸市に
秋の旅車は市内のファミレスに
秋の宵ファミレスに入りひと休み
秋の夜旅の清算終え解散
秋の夜握手し別れる旅仲間
六人の仲間と別れる秋の夜
秋の旅終えて帰宅は八時前
晩秋の会津の楽しき旅終える
晩秋の会津の楽しき旅終へし

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林檎 (平成29年1月11〜12日)

2017/01/10 01:36

● 平成二十九年一月十一日 水曜日
○ 十月日々折々 その六十五 林檎

《今回の自選代表二句と自句自解》

帰り道会津土産に林檎買う  

 秋の旅の帰り道で「道の駅しもごう」に立ち寄り、会津の旅のお土産として林檎を購入した。

缶コーヒー手に紅葉見贅沢感 

 自販機で缶コーヒーを手に入れ、標高が高い「道の駅しもごう」傍の高台から紅葉した周囲の山々を眺めた。 実に良い眺望だ。贅沢な感じさえする。

〈十月中旬 錦秋の会津路 その五十一 (二日目 下郷町役場付近〜那須町)〉
里山の薄の原に薄日差す
秋の旅次第に山道上りゆく
上りゆく道の左右に群れ薄
秋の旅立ち寄る「道の駅しもごう」
㊟「道の駅しもごう」・・・標高が高く、豊かな自然景観の眺望が楽しめます。物産販売やレストランも営業しています。(下郷町観光協会HPより転載)所在地 福島県南会津郡下郷町大字南倉沢字木賊844-1882
帰り道会津土産に林檎買う   
缶コーヒー手に紅葉見贅沢感 
秋芝の高台上り大絶景
大絶景四方八方に紅葉山
紅葉山視界は三百六十度
紅葉山頃合測り出立す
秋の旅頃合をみて出発す
二時前に道の駅出て秋の旅
秋の旅車は再び上り坂 
車窓より連山紅葉の絶景を
山間の白樺林は黄葉して
秋の旅甲子トンネルを潜りゆく
㊟甲子トンネル・・・甲子道路(かしどうろ)は、国道289号の自動車通行不能区間および狭隘区間であった福島県南会津郡下郷町から福島県西白河郡西郷村までの23.3kmを結ぶ代替路線として建設された道路である。2008年9月21日、主トンネルである甲子トンネルを含む区間が開通し、自動車通行不能区間が解消した。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
長さは4,345m。
福島のトンネル抜けて紅葉山
トンネルを次つぎ潜る秋の旅 
紅葉する木々よりこぼれる陽射かな 
秋の旅車は右折し県道へ
秋の旅車は県道290(ニーキュウマル)
㊟県道290・・・栃木県道・福島県道290号那須甲子線(とちぎけんどう・ふくしまけんどう290ごう なすかしせん)は栃木県那須郡那須町から福島県西白河郡西郷村に至る一般県道である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅車は県道くねくねと
秋の旅車はクネクネ山下る
紅葉山車はくねくね坂下る
秋の旅山坂下り那須町に

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● 平成二十九年一月十二日 木曜日 
○ 十月日々折々 その六十六 秋思

《今回の自選代表二句と自句自解》

車窓より高原の紅葉楽しめり  

 秋の旅の帰り道。福島県から栃木県北部の那須岳の南側山麓地域の那須高原に入った。起伏の飛んだ山岳地帯とは違う高原の紅葉を車窓から楽しんだ。

食欲の秋馬は人参むしゃむしゃと  

 秋の旅の帰り道、小休止も兼ねて那須町にある戦争。博物館に立ち寄った。そして、戦争博物館に飼われているポニーに餌の人参を上げた。私が手にする人参をむしゃむしゃと美味しそうに食べた。三本ともすぐに平らげた。食欲の秋だ。ポニーの眼がとても可愛いかった。

〈十月中旬 錦秋の会津路 その五十二 (二日目 那須町〜戦争博物館)〉
秋の旅那須高原が目の前に
㊟那須高原・・・那須高原(なすこうげん)とは、栃木県北部の那須岳の南側山麓地域を言い、那須岳の標高千数百メートルの地域より東北本線、国道4号が通る標高300m辺りまで、緩やかな斜面が広がる。また、那珂川を挟んで那須野が原、那須高原の北西側は福島県の甲子高原に連なる。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
の秋の旅Tの言葉に笑い声
※旅仲間七人は主にイニシャル表記・・・IとKとMとSとTとYと私の七人
車窓より高原の紅葉眺め見る
車窓より高原の紅葉楽しめり  
秋の旅車は左折し17号
㊟17号・・・栃木県道17号那須高原線(とちぎけんどう17ごう なすこうげんせん)は、那須高原から山麓の栃木県那須郡那須町高久甲に至る主要地方道である。
 概要[編集] 旧黒磯市市街地と那須湯本および那須岳山麓を結ぶ地方主要道路で、全区間にわたって那須街道の通称で呼ばれ[1][2]、国道4号および東北自動車道那須ICと接続し年間約490万人の観光客が訪れる那須高原[3]への主要なアクセス道路となっている[2]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅湯本温泉通りゆく
秋旅にゴルフ場の多き道
秋旅にゴルフ場多き那須街道
秋の旅しばらく走り博物館
勉学の秋寄る戦争博物館
㊟戦争博物館・・・陸軍館、海軍館、図書館の施設があり、戦争に関する展示物が15,000点揃っております。
 零戦(ぜろせん)、軍艦、大砲、機関銃、戦時中の子供達の学用品など戦争に関するありとあらゆるものが展示されており、戦争を知らない方々にも何か感じ取っていただけると思います。(那須観光協会 那須町観光ガイドより転載) 住所  栃木県那須郡那須町高久乙2730
秋灯館内狭しと展示物
秋の展なかに飯盒(はんごう)・ヘルメット
秋の展なかに刀・銃・砲弾が
秋の展操縦席と零戦(ぜろせん)が
秋の展武運長久の文字見えて
秋の旅外の展示に大砲が
秋の旅館の敷地に馬小屋が
食欲の秋にポニーに人参を
食欲の秋馬は人参むしゃむしゃと  
食欲の秋馬は人参うまそうに   
秋の旅牝のポニーの頬撫でて
平和の世深き秋思の旅路かな

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稲架 (平成29年1月9〜10日)

2017/01/08 01:32

● 平成二十九年一月九日 月曜日
○ 十月日々折々 その六十三 冬隣

《今回の自選代表二句と自句自解》

秋うらら「長寿の水」飲み長寿祈念 

 名水の「長寿の水」を飲み、健康長寿を祈念した。

※長寿の水(ちょうじゅのみず)・・・下野街道(会津西街道)筋にあり、高倉山から湧き出る水。約1000年も前から湧き続けているという。東北の名水50選の一つ。所在地 福島県南会津郡下郷町栄富字高倉原

名水を頂き暫く紅葉狩 

 名水の「長寿の水」を飲み干したあと、暫く周囲の紅葉狩を楽しんだ。身も心も洗われる思いがした。

〈十月中旬 錦秋の会津路 その四十九 (二日目 会津郡下郷町栄富@)〉
秋山に那須から来たと 先客が
秋の水「よく汲みに来る」と先客が
水小屋の柄杓手に取り秋の水
秋の水柄杓に掬いゴクリ飲む
秋の水思わず「うまい」と声に出し
秋うらら「長寿の水」飲みご長寿に
秋うらら「長寿の水」飲み長寿祈る
秋うらら「長寿の水」飲み長寿祈念 
旅仲間変わる変わるに秋の水
秋旅に「長寿の水」をお替わりし 
流れ落つ秋の水に揺れヒンヤリと 
高倉の秋の旨水お替わりし
「長寿の水」頂き暫く紅葉狩 
名水を頂き暫く紅葉狩 
湧水と四方の山の紅葉愛で
雰囲気のある場所に秋の旨水
秋の旅名水飲むこと三箇所目
叢雲と紅葉山の間に薄日差す
山中の紅葉見満喫して乗車
冬隣豪雪地帯の話して
秋の旅冗談に皆の笑い声
紅葉愛で再びくねくね道走行

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● 平成二十九年一月十日 火曜日
○ 十月日々折々 その六十四 稲架

《今回の自選代表二句と自句自解》

山里の家並の路傍に咲く桔梗 

 紅葉を愛でながら福島県南会津郡下郷町の山里の山道を走行していると、家並の路傍に桔梗が群れて咲いていた。この土地に似つかわしい光景だ。心が和む光景でもあった。

秋の旅車窓に飛び込む山のダム  

 紅葉を愛でながら福島県南会津郡下郷町の山里の道を走行していると、車窓に突然、山のダム(旭ダム)が目に飛び込んできた。紅葉見を楽しんでいた気分が、一瞬にして吹き飛んだ。

※旭ダム(あさひ)・・・旭ダムから取水された水は、下流にある湯野上発電所に送水され、水路式−流込み式発電で、最大出力7,200kWの電気がつくられる。所在地, 福島県南会津郡下郷町. 河川名, 阿賀野川水系/阿賀川<昭和電工(株)湯野上発電所>

〈十月中旬 錦秋の会津路 その五十 (二日目 会津郡下郷町栄富A〜下郷 町役場付近)〉
紅葉愛でくねくね山道下りゆく
秋旅にYは四駆の話して
※旅仲間七人は主にイニシャル表記・・・IとKとMとSとTとYと私の七人
紅葉愛で下郷町の山道を
㊟下郷町・・・下郷町(しもごうまち)は、福島県南会津郡にある町である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅しはらく走り山里に
山里の家並の路傍に咲く桔梗  
秋の旅車窓左に登山口
秋の旅目に高倉山登山口
田のなかに稲架は長く列なして
田のなかに稲架の長く列成して
秋の旅渡る小川の戸石川
下郷の山里走る秋の旅
秋旅に会津鉄道の踏切越え
秋の旅県道曲がり国道に 
秋の旅左折し国道289(ニーハチキュー)
㊟国道289・・・国道289号(こくどう289ごう)は、新潟県新潟市から福島県いわき市へ至る一般国道である。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
秋の旅大川の架橋渡り越す
秋の旅阿賀川の架橋通り過ぐ
秋の旅車窓に飛び込む旭ダム  
秋の旅すぐ目の前に旭ダム
秋の旅近くに下郷町役場
山里に薄き秋の陽差し込めり
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新蕎麦 (平成29年1月7〜8日)

2017/01/06 01:40

● 平成二十九年一月七日 土曜日
○ 十月日々折々 その六十一 新蕎麦

《今回の自選代表二句と自句自解》

三澤屋にねぎ蕎麦啜る音響く 

 秋の旅。お昼どき、大内宿の三澤屋で有名な高遠そば(ねぎ蕎麦)を頂いた。長葱を手にして、ツルリと蕎麦を食べた。店内は満員。あちらこちらから、ねぎ蕎麦を啜る音が響いてくる。

三澤屋に椀の蕎麦湯を啜る音 

 秋の旅。お昼どき、大内宿の三澤屋で有名な高遠そば(ねぎ蕎麦)を頂いた。長葱を手にして、ツルリと蕎麦を食べた。店内は満員。遠く近くから、蕎麦湯を啜る音が響いてくる。

〈十月中旬 錦秋の会津路 その四十七(二日目 大内宿E)〉
長葱を手にして高遠そばを食む
高遠そばなかに苦戦の仲間いて
高遠そば次第に慣れてツルツルと
高遠そば次第に慣れてツルリンコ
三澤屋に幾つも高遠を啜る音
三澤屋にねぎ蕎麦啜る音響く 
三澤屋にねぎ蕎麦啜る音景色 
ねぎ蕎麦を味わい啜る旅仲間
ねぎ蕎麦を美味しうましと完食し
三澤屋の名水新蕎麦舌鼓
ねぎ蕎麦やああねぎ蕎麦やねぎ蕎麦や
食欲の秋に名物満足感
食欲の秋に名物幸福感
仲間とのねぎ蕎麦会食此れ楽し 
ねぎ蕎麦を食べ終え蕎麦湯啜りけり
三澤屋に椀の蕎麦湯を啜る音 
ねぎ蕎麦や幾種か聞こえる音風景 
秋の昼勘定場にて精算し
秋の旅勘定場にてお勘定
秋灯ソロバン勘定場の席に  
ねぎ蕎麦や店員見送り「ありがとう」 
ねぎ蕎麦や感謝のお辞儀を女店員
高遠そば「おいしかった」と店員に
秋の昼蕎麦屋に待機の客あまた

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● 平成二十九年一月八日 日曜日
○ 十月日々折々 その六十二 秋山

《今回の自選代表二句と自句自解》

吹く風に揺るる紅葉の艶やかさ  

 大内宿の三澤屋の近くに紅く色付いた立木が数本ある。その紅葉した枝が、目の前で秋風に揺れ動いている。動きが加わるとより鮮やかに見える。

紅葉山極上景色に「キャッホー」と 

 樹齢九百五十年程の「八幡の欅」(中山の大欅と呼ばれている。)を見たあと、福島県道131号下郷会津本郷線の四方全てが紅葉山のカーブの多い山道をゆるゆると走行する。曲がる度に、紅葉した山の景色が変わる。そこは紅葉した極楽浄土。極上の紅葉の山景色だ。「キャッホー」と思わず叫んでしまった。すごい凄すぎる。

〈十月中旬 錦秋の会津路 その四十八(二日目 大内宿F〜会津郡下郷町栄富)〉
吹く風に揺るる紅葉の優雅さよ
吹く風に揺るる紅葉の艶やかさ  
大内宿出発秋の昼下がり
秋の旅 131(イチサンイチ)号 南下して
㊟131・・・福島県道131号下郷会津本郷線(ふくしまけんどう131ごう しもごうあいづほんごうせん)は、福島県南会津郡下郷町から大沼郡会津美里町に至る一般県道。旧会津西街道。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)通称 大内こぶしライン。
秋の旅車中の話題に会津弁
秋の旅路傍に古き大樹あり
眺め見る「八幡の欅」モミジして
もみじ且つ散る中山の大欅 
もみじの木樹齢九百五十年
紅葉山山間の道はくねくねと
行く道の四方は全て紅葉山  
紅葉山極上景色に「キャッホー」と 
紅葉山続く中山峠越え
※中山峠・・・福島県南会津郡にある。
紅葉山曲がれど曲がれど大絶景
紅葉山カーブの途中に名水が
秋の旅途中「長寿の水」に寄る
※長寿の水(ちょうじゅのみず)・・・下野街道(会津西街道)筋にあり、高倉山から湧き出る水。約1000年も前から湧き続けているという。東北の名水50選の一つ。所在地 福島県南会津郡下郷町栄富字高倉原
秋の旅高倉山の 湧水に
秋の旅「長寿の水」と看板に
紅葉山「長寿の水」と道標に
紅葉山すでに名水に先客が
秋山に名水を汲む先客が
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利酒 (平成29年1月5〜6日)

2017/01/04 01:17

● 平成二十九年一月五日 木曜日
○ 十月日々折々 その五十九 利酒

《今回の自選代表二句と自句自解》

観音堂紅葉の山々目の前に 

 大内宿の高台にある子安観音に参拝に行った。紅葉の山々に囲まれていることが、ここからもわかる。

試飲所に立ち寄り地酒の新酒飲む  

 お昼どき、大内宿で有名な三澤屋に行く。店の前に試飲所があり、地酒の利酒(ききざけ)で新酒を頂いた。旨い。

〈十月中旬 錦秋の会津路 その四十五(二日目 大内宿➃)〉
秋の旅歩いて子安観音へ
秋の旅石段上り観音堂
秋の旅観音堂に千社札
秋の旅観音様に手を合わせ
秋曇眼下に町の家並みが
観音堂紅葉の山々目の前に 
大内宿周囲の山やま紅葉して  
秋の旅大内宿は山のなか
すてき旅コスモスが似合う大内宿
仲間らと爽やかな時期のすてき旅 
秋の昼皆と予約した三澤屋へ 
大内宿「利酒(ききざけ)いかが」と言う店員
お昼どき「利酒(ききざけ)いかが」と店員が
試飲所に立ち寄り地酒を秋旅に
大内宿地酒の利酒数あまた
試飲所に立ち寄り地酒の新酒飲む  
秋の昼三澤屋前にてする試飲
お昼どき利酒一杯頂いて
秋の昼「大内宿」を試飲して
秋の昼三澤屋前にて地酒飲む

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 平成二十九年一月六日 金曜日
○ 十月日々折々 その六十 紅葉酒

《今回の自選代表二句と自句自解》

大内宿地酒を飲みつつ紅葉見を  

 大内宿の三澤屋の前の試飲所で、地酒を飲みながら周囲の紅葉見を楽しんだ。

長葱を手にしてツルリと蕎麦を食む 

 秋の旅。大内宿の三澤屋で有名な高遠そば(ねぎ蕎麦)を頂いた。長葱を手にして、ツルリと蕎麦を食べた。美味い。

〈十月中旬 錦秋の会津路 その四十六(二日目 大内宿D)〉
大内宿紅葉を愛でつつ飲む地酒 
大内宿紅葉を愛でつつ地酒飲む 
大内宿地酒を飲みつつ紅葉見を  
旅先で地酒口にし見る紅葉
大内宿地酒口にし紅葉見る 
利酒や思いもよらぬ食前酒 
大内宿つかの間味わう紅葉酒
秋の旅三澤屋さんには深井戸が
㊟大内宿三澤屋の深井戸
 大内宿にある高遠そばで有名な「三澤屋」。三澤屋で出されるそばは敷地内にある深井戸から汲み上げた地下水でうっているとのこと。同じ敷地内にある只浦酒店で販売されている銘酒「雪中百花、大内宿」もこの地下水を仕込水として花春酒造で造られています。
 この井戸は、三澤屋と只浦酒店の間の中庭に湧いていました。コンクリートの枡の中にはパイプから大量の水が湧き出ていました。(福島県湧水 - 忍者ツールズより転載) 所在 福島県南会津郡下郷町大内字山本26−1
◎「大内宿三澤屋の深井戸」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その百六十九)》
秋風に揺れる暖簾を潜りゆく
秋の昼囲炉裏端より座席着く
有名な三澤屋満席秋の昼
三澤屋の席つき旬のねぎ蕎麦を
㊟高遠そば(ねぎ蕎麦)・・・江戸時代初期において蕎麦は、辛み大根のおろし汁と焼き味噌で食べるのが一般的だった[6]が、醤油や鰹節などの普及によって、醤油だれに取って代わった。福島県の「高遠そば」も長い年月の間に醤油や鰹節を用いる食べ方も見られるようになったが、古い形のままの「高遠そば」も見られる。会津地方の観光地である大内宿では、鰹節をかけた蕎麦を大根おろしを入れただし汁につけ、箸代わりの長葱で食べるという同地の名物「高遠そば」もある[7]。(フリー百科事典『ウィキペディア:Wikipedia』より転載)
店内の席つき旬のねぎ蕎麦を 
昼どきに此処の名水のねぎ蕎麦を
昼食に深井戸の水のねぎ蕎麦を 
一卓を七人囲みねぎ蕎麦を
一卓を七人囲み旬の蕎麦
一卓を七人囲み蕎麦を食む
蕎麦上に大根おろしと鰹節
ねぎ蕎麦に大根おろしとかつお節
ねぎ一本手にしてツルリと蕎麦を食む
長葱を手にしてツルリと蕎麦を食む
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秋桜 (平成29年1月3〜4日)  

2017/01/02 01:32
 

● 平成二十九年一月三日 火曜日
○ 十月日々折々 その五十七 秋桜

《今回の自選代表二句と自句自解》

大内宿路傍のコスモス風に揺れ 

 秋の旅。歴史ある大内宿を歩く。路傍の可憐なコスモスが風に吹かれて揺れている。宿場の秋だ。

秋の旅宿場真中に本陣跡   

 秋の旅。歴史ある大内宿を歩く。宿場の中程に、本陣跡があった。現在は、跡地に「町並み展示館」が建てられている。

〈十月中旬 錦秋の会津路 その四十三 (二日目 大内宿A)〉 
秋の旅藁葺き屋根 並ぶ道
大内宿歩く路傍に コスモスが
大内宿路傍のコスモス 風に揺れ  
大内宿歩く路傍に秋桜
秋色の大内宿を仲間らと
錦秋の大内宿を歩きゆく
※ ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・秋の写真」の「十月中旬 錦秋の会津路」に「錦秋の大内宿」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
秋の旅見晴台の方向へ 
秋の旅子安観音方面へ 
秋の旅人込む街道歩きゆく
秋の昼人出は昨夜と大違い
秋旅に歩く旧会津西街道
秋の旅此処は江戸の世の宿場町
秋旅に宿場や問屋並ぶ道
秋の旅今は土産屋・民宿が
秋の旅団体客と擦れ違う
秋の旅東洋人と擦れ違う
秋の旅西洋人と擦れ違う
秋の旅大内宿に人あまた
紅葉どき大内宿に人あまた
秋の旅町並み眺め歩きゆく
秋の旅町並み真中に本陣跡  
秋の旅宿場真中に本陣跡  
秋の旅本陣跡に展示館

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 平成二十九年一月四日 水曜日 
○ 十月日々折々 その五十八 秋の雛

《今回の自選代表二句と自句自解》

秋旅に藁葺き屋根の展示館  

 秋の旅。歴史ある大内宿を歩く。宿場の中程に、本陣跡があった。現在は、跡地に「町並み展示館」が建てられている。藁葺き屋根の展示館に立ち寄った。

秋旅にタイムスリップ江戸の世に  

 秋の旅。歴史ある大内宿を歩く。宿場の中程に、本陣跡があった。現在は、跡地に「町並み展示館」が建てられている。藁葺き屋根の展示館に立ち寄った。展示館内部は、江戸時代の展示物も多い。館内で展示物を観ているうちに、江戸の世にタイムスリップしてしまった。

〈十月中旬 錦秋の会津路 その四十四 (二日目 大内宿B)〉
秋旅に立ち寄る「町並み展示館」
㊟大内宿町並み展示館・・・大内宿本陣跡に復元された宿駅時代の本陣です。
当時の風習を伝える写真や生活用具が展示されています。 (下郷町観光協会HPより転載)
秋旅に藁葺き屋根の展示館  
勉学の秋に問屋本陣を
※問屋本陣・・・馬や人足の手配などの当時のな重要な役目を果たした。
大内宿本陣内に秋灯
秋灯むき出しの梁(はり)たくましく 
秋灯むき出しの梁がっちりと
勉学の秋に部屋など見て回る
勉学の秋見る囲炉裏・台所
秋灯下本陣囲炉裏に火と煙
秋灯下台所には薪の山
勉学の秋に乗っ込み・雪隠を
※乗っ込み・雪隠(せっちん)・・・玄関・便所のこと。
秋灯雪隠隣に風呂場有り
勉学の秋に上段の間と馬屋
秋灯次の間奥に上段の間
秋灯上段の間に掛軸が
秋灯鎧(よろい)展示され 
秋灯掛軸中の間床の間に
大内宿展示館内に秋の雛 
勉学の秋に生活用品を
秋の展往時の偲ぶ品揃え
江戸の世にタイムスリップ秋旅に
秋旅にタイムスリップ江戸時代
秋旅にタイムスリップ江戸の世に  
秋の旅今遥かなる時を越え
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